東京地方裁判所 平成11年(ワ)2241号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 眞田範行
同 宮家俊治
同 宮本勇人
同 佐藤恒史
右訴訟復代理人弁護士 嘉多山宗
被告 株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役 白石勝
右訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
同 林陽子
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成七年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成七年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告が発行する雑誌に掲載された記事によって、名誉を毀損されるとともに、プライバシーを侵害されたなどとして、不法行為に基づき慰謝料の支払を求めた事案である。
一 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、又は末尾に挙げた証拠等により認められる。
1 当事者等
(一) 原告(昭和三九年九月二五日生)は、平成七年当時、宗教法人オウム真理教(以下「オウム真理教」又は「教団」ということがある。)に所属し、オウム真理教の信者であった未婚の女性である。
(弁論の全趣旨)
原告は、平成七年三月からオウム真理教の緊急対策本部長であった上祐史浩(以下「上祐」という。)の専属運転手であり、同年六月一四日、千葉県警により、オウム真理教の元信者に対する逮捕監禁致傷の嫌疑で逮捕された。(甲五、原告本人)
(二) 被告は、出版等を目的とする株式会社であり、週刊誌「週刊文春」(以下「本件雑誌」という。)を発行している。
2 被告は、本件雑誌の平成七年八月一七日・二四日号(特別定価三〇〇円)四二ページに、大見出しを「上祐の車中から父親にこっそり電話・めだちたがり屋Aにこれだけの「噂」」とする記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
二 争点及びこれに対する当事者の主張
本件訴訟における争点及びこれに対する当事者の主張は、次のとおりである。
1 本件記事は原告の名誉を毀損するか。
(原告の主張)
(一) 本件記事には、左記の記載がある。(記載の存在は争いがない。)
記
(1) 「めだちたがり屋Aにこれだけの「噂」」
(2) 「十一年前ある殺人事件に関与していて、当時は一晩十万円の高級売春モデルだった」
(3) 「川崎・堀之内の高級ソープランドで月収二百万円のソープ嬢だった」
右の記載は、原告がめだちたがり屋であり、また、売春婦及びソープ嬢であったと指摘するものであり、原告の社会的名誉を著しく毀損した。
(二) 名誉毀損行為とは、人の社会的評価を低下させる蓋然性があると判断することができる事実を摘示することであるところ、本件記事が読者に対し、原告がめだちたがり屋であり、売春婦及びソープ嬢であったという印象を与える蓋然性があれば、原告の社会的評価を低下させ、その名誉が毀損されたということができる。
(三) 本件記事は、原告が高級売春モデルであったとか、ソープ嬢であったなどという噂を列挙し、匿名のコメントを織り交ぜて、噂の一部については実体があるかのような印象を与えた上で、ソープ嬢であったとの噂については確認することができなかったとしているにすぎないのであり、高級売春モデルだったという点については明示的にこれを否定していないなど、その表現及び構成において、原告にまつわる噂が虚偽であることを明らかにするようなものとなっていない。
本件記事の記載内容及び方法から、読者は、原告がソープ嬢であったとの噂こそ確認が取れていないものの、ホステスであったとか、高級売春モデルであったという噂については、噂どおり又はそれに近いなにがしかの事実が存在すると判断する。
(被告の主張)
(一) 本件記事は、原告の社会的評価を低下させるものではない。
(二) めだちたがり屋という表現で呼ばれたとしても、原告の社会的評価を低下させるものではない。
また、仮に、めだちたがり屋という表現によって、原告の人柄に対する若干の否定的評価が生まれるとしても、右の表現は意見又は論評であり、その評価の前提事実は「サングラスにキャップを深めに被り、パンツルック。とてもオウムの信者とは思えぬファッションで上祐の“足”として時速一六〇キロの猛スピードでマスコミを振り切(る)」という原告の所作、態度であり、これらの前提事実は真実であるから、めだちたがり屋という表現は原告に対する名誉毀損とならない。
(三) 一般読者が本件記事を読んで、原告が売春婦であったとか、ソープ嬢であったと理解することはない。
すなわち、本件記事は、原告の過去に関する噂を取り上げたが、その噂の内容を真実であるとは述べておらず、噂の中で最も真に迫っており、かつ、最も酷い原告がソープ嬢であったという噂を否定しているのであるから、読者はその他の噂も同様に根拠がないものであると判断する。
(四) 本件当時、原告の過去を断定してその人格を貶める内容の記事が大量に出回っており、本件記事中に記載した噂がマスコミで繰り返し報道されて周知になっていたので、右の噂が存在していることを報じることは許される。
2 本件記事は原告のプライバシーを侵害するか。
(原告の主張)
(一) 本件記事には、左記の記載がある。(記載の存在は争いがない。)
記
(1) 「そういえば昔から彼女は『私、有名になりたいの』って口癖のように言ってたわね」と、十年前、Aがクラブホステスをしていた時の同僚が語る。
(2) で、出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。
「二重まぶたの整形手術をしていた」「歯科医と婚約したが、破談となり、かなりの精神的痛手を負った」「『母方の祖母がロシア人で、私はロシアのクオーターなの』とか『自分は材木問屋のお嬢さまなの』と当人が言っていた」「睡眠薬による自殺未遂」「モデルをやっていたが、パッとせずホステスをはじめたが客の取り合いで同僚とのトラブルが絶えなかった」「十一年前ある殺人事件に関与していて、当時は一晩十万円の高級売春モデルだった」等々。
(3) 彼女のホステス時代をよく知るクラブオーナー氏によると、「今と違って、当時の彼女はもっとふっくらしていましたね。生意気ではありましたが、在籍していた七〇人のホステスの中では三本の指に入るほどの抜けた存在でしたよ。色白でモテましたね。」
(二) 右の記載中の、「クラブホステスをしていた」、「二重まぶたの整形手術をしていた」、「歯科医と婚約したが、破談となった」、「祖母がロシア人、材木問屋のお嬢さまと言っていた」、「モデルをやっていた」、「ホステスをはじめたが客の取り合いで同僚とのトラブルが絶えなかった」、「十一年前ある殺人事件に関与していた」「高級売春モデルだった」、「生意気だったが、在籍していたホステスの中では三本の指に入るほどの抜けた存在だった」、「色白でモテた」等の記載は、原告のプライバシーを著しく侵害する。
右の記載中に摘示された原告の過去の経歴、職歴、私生活の状況等の記載は、いずれも原告の私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であり、かつ、一般人の感受性を基準にして原告の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であって、一般の人々に未だ知られていない事柄である。
(被告の主張)
本件記事は、原告の過去等の噂について、その内容を真実として取り上げたものではない。
3 本件記事は原告の性的に差別されない人格的利益を侵害するか。
(原告の主張)
(一) 本件記事は、オウム真理教の女性信者らについて「オウム決定版「愛と性」の女たち」との煽情的な表題の元で編集された記事の一つであるが、その記事中には左記の記載がある。(記載の存在は争いがない。)
記
(1) “美女軍団”のトップに躍りでた
(2) 綺麗なものには棘があるとはよく言ったものだが・・・。
(3) 美人ドライバーとしてAがデビュー
(4) 上九のサティアンで麻原の“特別待遇”を受けるだけあって、入信前、シャバでもかなりのモテモテぶりではあったようだ。
(5) “いい女”ゆえの有名税ということになろうか。
(6) その“いい女”の父親は徳島在住。
(二) およそ、すべての人は、直接的表現か比喩的表現かを問わず、他人の表現行為によって、性的に差別されない人格的利益を有しており、両性の平等に対する市民の意識が高まっている今日、両性の平等が一般不法行為における公序の内容をなすことは明らかである。しかるに、右各記事は、「『愛と性』の女たち」、「美女軍団」、「美人ドライバー」、「綺麗なものには棘」、「いい女」などと好奇的に性や美醜を問題とする表現で原告を形容した上、「“いい女”ゆえの有名税ということになろうか。」などと、あたかも「ソープ嬢」という噂を立てられても甘受すべきであるかのように論評して、原告を女性であるがゆえの性差別的な表現の対象としたものであって、原告が有する性的に差別されない人格的利益を違法に侵害した。
4 名誉毀損の成立阻却事由の有無
(被告の主張)
(一) 本件記事が掲載された平成七年八月には、オウム真理教に対する市民の関心がかつてなく高まっており、オウム真理教に関する事実は公共の利害に関する事実であった。そして、原告は、右の時期にオウム真理教の緊急対策本部長であった上祐の専属運転手を務めていたため、原告も、市民の強い関心の対象となっており、また、平成七年六月にオウム真理教の元信者に対する逮捕監禁致傷の嫌疑で逮捕された。
右の状況においては、原告に関する事実も、公共の利害に関する事実であった。
(二) 被告は、公益を図る目的で、右のような当時の社会情勢の下で、原告に関する情報を提供することは市民にとって必要ないし有益であると考えて、本件記事を掲載したのであるから、仮に本件記事が原告の名誉を毀損するとしても、違法性が阻却される。
(原告の主張)
(一) 人の犯罪行為を報道すること自体は公共の利害に関する事項であるとしても、それを超えてその被疑者について不必要な事実を報道することは、もはや公共の利害に関する事項とはいえない。
本件記事は、純粋に原告の過去の私生活上の領域に属し、又は私生活上の領域に属すると受け取られる事柄を公表したものであるが、このような事柄を公表することはオウム真理教に関する一連の社会的事象や原告の被疑事実の解明に資するものではない。すなわち、本件記事は、オウム真理教に関する事実という観点からも、逮捕監禁致傷の嫌疑で逮捕勾留されていた原告に関する事実という観点からも、公共の利害に関する事実として公表が許される範囲を逸脱している。
(二) 本件記事は、原告を揶揄するような表現を用いる興味本位でのぞき見趣味的なものにすぎず、その内容及び表現方法は原告に対する人身攻撃に等しいものであり、このような報道は市民にとって無益かつ有害というべきものであって、公益を図る目的で報道したものと評価することはできない。
5 本件記事は公共の関心事に当たり、原告はプライバシー侵害を主張することができないか。
(被告の主張)
(一) ある人に関して報じられた事項が公共の関心事である場合には、プライバシー侵害とはならないと解されるところ、本件記事が噂として取り上げた原告の過去に関する事実は公共の関心事であるから、原告はこれについてプライバシーを主張することができない。
(二) 本件当時、オウム真理教が大量殺人を犯していたことが明らかになりつつあり、オウム真理教の信者がどのような人達であるかということは日本社会における正当な関心事であり、それを明らかにするという観点から、オウム真理教の信者の過去の行為も公共の関心の対象であった。
本件記事が噂として取り上げた原告の過去に関する事実は、宗教とは無縁の世界にいたと思えるような人間もオウム真理教に入信することがありうることを示すものであり、オウム真理教が一般人と全く無縁の存在ではないこと、したがって、これに対する対処方法も極めて重要であることを明らかにするものである。
また、原告は、上祐の専属運転手として積極的に活動して社会的に関心を集めるとともに、刑法犯に問われて逮捕勾留されていたのであり、そのような行為をするに至るまでの入信歴やそれ以前の生活歴はオウム真理教の問題を考える上で意味のある情報であった。原告は、オウム真理教の中の地位とは別に、その行為によって社会的に関心を集めていたのであり、末端信者としての匿名性、プライバシーを主張することはできない。
(原告の主張)
当時、原告が刑事事件の被疑者の地位にあり、また、オウム真理教を巡る事件が社会的に注目されていたとしても、本件記事において報じられた事柄は、原告の被疑事実及びオウム真理教を巡る事件と関連がなく、これを公表する公共的意義もなければ、原告が公表を受忍しなければならない理由も全くないのであって、本件記事は、原告のプライバシーを違法に侵害するものである。
6 原告の被った損害額
(原告の主張)
原告は、本件記事が掲載された当時、未婚の女性であり、売春婦やソープ嬢であったとの本件記事を掲載されて、名誉及びプライバシーを侵害され、また、性差別的表現により人格権を侵害されて大きな精神的打撃を受けたところ、これを慰謝するには五〇〇万円をもってするのが相当である。
(被告の主張)
争う。
第三判断
一 前記前提事実に、証拠(甲一、二、五ないし七、乙一ないし九、証人黒井克行、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 本件特集記事の掲載
本件雑誌の平成七年八月一七日・二四日号に、「オウム決定版「愛と性」の女たち」という表題の特集記事(オウム真理教の信者等である女性九名それぞれについての記事であり、以下「本件特集記事」という。)が掲載されたが、本件記事は、本件特集記事中の二番目の記事として掲載されたものである。
本件特集記事の冒頭には、「近頃、芸能記者が商売上ったりと泣いている。そりゃそうだろう。深窓の令嬢女医から始まって、女帝、金庫番、肉弾派女ボスに美貌の四姉妹まで総登場。しかも“愛と性”でドロドロになっているんだから、これを超える話など、ちょっとやそっとではお目にかかれない。」との記載がある。
2 本件記事の概要
(一) 本件記事は、その大見出しを「上祐の車中から父親にこっそり電話・めだちたがり屋Aにこれだけの「噂」」とし、その構成は、冒頭から小見出しの「Aの態度は軟化している」前までの部分(以下「前半部分」という。)と、右小見出しから末尾までの部分(以下「後半部分」という。)に区分される。
(二) 前半部分では、冒頭で、「「そういえば昔から彼女は『私、有名になりたいの』って口癖のように言ってたわね」と、十年前、Aがクラブホステスをしていた時の同僚が語る。」という右同僚の談話が紹介されている。
冒頭に続いて、「美人ドライバーとしてAがデビューするや、(中略)芸能誌、ワイドショーの格好の“標的”となった。で、出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。」として、「「二重まぶたの整形手術をしていた」「歯科医と婚約したが、破談となり、かなりの精神的痛手を負った」「『母方の祖母がロシア人で、私はロシアのクォーターなの』とか『自分は材本問屋のお嬢さまなの』と当人が言っていた」「睡眠薬による自殺未遂」「モデルをやっていたが、パッとせずホステスをはじめたが客の取り合いで同僚とのトラブルが絶えなかった」「十一年前ある殺人事件に関与していて、当時は一晩十万円の高級売春モデルだった。」等々。」と記載されている。
次に、彼女のホステス時代をよく知るクラブオーナーの談話として、「「今と違って、当時の彼女はもっとふっくらしていましたね。生意気ではありましたが、在籍していた七十人のホステスの中では三本の指に入るほどの抜けた存在でしたよ。色白でモテましたね。あれから千人を超える女の子を見てきたけど、記憶に残っているのは二人。その一人が彼女です」」と記載されている。
最後に、「どさくさまぎれに、とうとう、「川崎・堀之内の高級ソープランドで月収二百万円のソープ嬢だった」という怪情報まで飛び出す始末。」との記載に続いて「「真っ白なベンツのオープンカーを乗り回し、店のナンバーワンにのぼりつめた」と尾ヒレまでついている。コトの真偽を確認してみると、「(中略)残念ながら他人の空似ですね。」(名指しされたソープの当時の従業員)。実際、当時の在籍記録、店長、ソープ嬢及び性病チェック担当医を徹底取材してみたが、“残念ながら”彼女の勤めた形跡は確認できなかった。“いい女”ゆえの有名税ということになろうか。」と締めくくっている。
(三) 後半部分は、徳島に在住する原告の父親への取材に基づく記事であり、原告とその父親との間のやりとり、原告の父親の現在の心境(原告が徳島に帰ってきたら温かく迎えるつもりであることなど)等を紹介するものである。
その中で、「Aの態度は軟化している」との小見出しの出所と認められる「数日前、弁護士さんから電話がありました。Aの態度は軟化しており、いい方向に向かっているそうです」との談話を始めとする原告の父親の多数の談話の記載のほか、地の文中に「(原告が)オウム真理教にのめり込んでいったのは、自動車事故がきっかけ。酔って自ら運転していたオープンカーが横転し、奇跡的に無傷で助かったことがオウム真理教のご加護だと信じ込んだんだそうである。」との記載がある。
(四) 以上のとおり、本件記事の見出し、構成、内容等からすると、本件記事は、前半部分において、原告の過去の否定的に評価される行状、経歴等に関する多数の噂を列挙し、後半部分において、右の噂にあるような過去の行状等を悔い改め、健全な方向に向かい始めたかに見えるとする原告の父親の談話を紹介するものと認められる。
3 原告のオウム真理教との関わり合い等
(一) 原告は、オウム真理数のチラシを見たことを契機として、平成三年一二月オウム真理教に入信し、平成五年九月出家し、教団の受付、電話取次ぎ等を行っていた。原告は、平成六年七月オウム真理数をいったん退団したものの、同年一〇月再び出家し、その後、複数の教団幹部の専属運転手としてその送迎等を行っていた。原告のオウム真理教における地位は、出家信者の一番下の地位であるサマナであり、地位の高い信者に与えられるホーリーネームを有していなかった。
原告は、平成七年三月から同年六月一四日までの間、上祐の専属運転手をしていたが、上祐に対して刑事責任が問われていた時期に、一度だけ、上祐のアリバイを説明するために記者会見に出席して発言したことがあった。そのため、本件記事の掲載に先立って、原告は、実名をもって雑誌、テレビ等によって取り上げられていた。
原告は、平成七年六月一四日、千葉県警によってオウム真理教の元信者である滝野洋一に対する逮捕監禁致傷の嫌疑で逮捕され、平成八年二月に保釈された。右の被疑事実における原告の役割は、付随的なものであった。
(二) 平成七年三月、いわゆる地下鉄サリン事件が発生し、その後、オウム真理教による犯罪行為が社会の耳目を集め、本件記事が掲載された当時、新聞、テレビ、雑誌等において、オウム真理教に関連する情報が多く取り上げられていた。
4 本件記事に関する取材の経緯
(一) 本件雑誌は、本件記事を掲載した当時、七〇万部前後の発行部数を有していた。
黒井克行(以下「黒井」という。)は、被告の契約記者として本件雑誌の編集部に所属し、右編集部の編集長及びデスクの指示の下で、取材や執筆を行っていた。
(二) 本件記事に関する取材は、本件雑誌の編集部のデスクの指示の下で、黒井と中村竜太郎記者(以下、右両名を「黒井ら」ということがある。)が行った。
黒井らは、平成七年七月上旬、川崎市堀之内で二〇年以上営業し、ソープランドの従業員及び客がよく利用している飲食店を取材し、原告に似た者がソープランドS(以下「S」という。)で働いていたのではないかとの噂があることを確認したが、噂の出所があやふやであるとの感想を抱いた。そこで、黒井らは、Sのマネージャー及びSで働いていた女性三名を取材したが、いずれからも原告がSで働いていた記憶はないとの返答を受け、特に、右マネージャーからは、店の従業員の在籍記録を確認したが原告が働いていた記録はないとの返答を受けた。
また、黒井らは、Sのオーナーに対して、電話を架けて取材したが、原告を雇った記憶はないとの返答を受けた。さらに、黒井らは、Sで働いている女性の検査を担当している医師に対して人を介して取材を行ったが、原告がSで勤務していたことは確認することができないとの返答を受けた。
(三) 本件記事において談話が紹介されている原告がクラブホステスをしていた時の同僚及びクラブオーナーに対しては、黒井ら以外の記者が取材を行った。
本件記事において、「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-」との記載に続いて、噂として列挙されている各事実は、被告以外のメディアが報道した情報を黒井らが集めたものであるが、これらについて黒井らは裏付け調査を行わなかった。
二 争点1について
1 本件記事のような雑誌の記事による名誉毀損の成否を判断するに当たっては、その記事の記載内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかについて、当該記事についての一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきであると解される。そして、右の判断に際しては、記事の内容のみならず、見出しの文言、記事の体裁、構成等を総合し、当該記事を一般読者が読んだ際に、その記事全体から通常受けるであろう印象によって判断するのが相当である。
2(一) 本件記事の概要は、前記認定のとおりであり、「めだちたがり屋Aにこれだけの「噂」」との大見出しの下に、前半部分は、冒頭で、原告がクラブホステスをしていた時の同僚の談話を紹介し、次いで、「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。」として、原告についての否定的に評価されるような多数の噂を列挙した後、彼女のホステス時代をよく知るクラブオーナーの談話を紹介し、さらに、原告が川崎・堀之内の高級ソープランドで月収二〇〇万円のソープ嬢であったとの怪情報があり、これについて取材したものの勤めた形跡は確認することができなかったと記載し、それについて“いい女”ゆえの有名税であろうかと締めくくるという構成を採っている。
(二) 被告は、本件記事は、原告に関する噂を紹介しているが、社会的評価を最も低下させる原告がソープ嬢であったという噂について、取材した結果これを裏付ける事実が発見されず、有名税であったとコメントするものであるから、読者に対し、本件記事中に記載したすべての噂は真実でないとの印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものでないと主張し、証人黒井克行もこれに沿う供述をするので、以下、検討する。
(1) 本件記事中において、原告が川崎・堀之内の高級ソープランドで月収二〇〇万円のソープ嬢であったという事項は、それより前に列挙された多数の噂とは別の段落において、どさくさにまぎれて飛び出した怪情報であり、これには、原告が真っ白なベンツのオープンカーを乗り回し、店のナンバーワンにのぼりつめたという尾ひれがあり、この怪情報の真偽を確認するために、本件雑誌の記者は、名指しされたソープランドの当時の従業員に聴取したほか、当時の店の在籍記録、店長、ソープ嬢及び性病チェック担当医まで徹底取材したが、「“残念ながら”」原告の勤めた形跡は確認することができなかったものとして紹介されているところ、怪情報とはいえ、具体性があり、本件記事にいう徹底取材をしなければ打ち消すことができないような情報について、取材上の限界のある本件雑誌の記者等が取材活動を行ったものの、原告が噂の高級ソープランドで勤めた形跡を確認することができなかったという記載があることのみによって、一般読者が、直ちに本件記事で紹介された他の否定的な評価を受ける多数の噂について、これもまた裏付けのない虚偽の噂であると判断すると認めることはできない。
かえって、本件記事においては、原告に関する一連の噂の記載の前後に、原告がクラブホステスをしていた時の同僚及びクラブオーナーの談話を載せていること、川崎・堀之内の高級ソープランドで月収二〇〇万円のソープ嬢であったという噂の裏付けが取れなかったとの記載の末尾において「“残念ながら”」原告の勤めた形跡は確認することができなかったとの噂が事実であることを期待するかのような口吻を示す表現があることからすれば、読者は、原告に関する多数の噂のうちには裏付けがあるもの(原告がホステスをしていたこと)もあり、これらの噂が全く根も葉もないものではなく、噂どおりの事実があるか、そうではないとしても噂に近い事実があるものと判断すると認めることができる。
とりわけ、右のクラブオーナーの談話は、「今と違って、当時の彼女はもっとふっくらしていましたね」、「色白でモテましたね」、「千人を超える女の子を見てきたけど、記憶に残っているのは二人。そのうちの一人が彼女です」などという極めて具体的なものであり、読者に対してその談話の信憑性を強く印象付けるものとなっている。加えて、地の文においても、右談話を受けて、(原告がオウム真理教に入信する前も)「シャバでもかなりのモテモテぶりではあったようだ。」とのコメントがされており、読者が、本件記事の執筆者も噂の一部が事実であるとの見方をしていると理解する構成になっている。なお、本件記事を執筆した証人黒井克行も、本件記事の冒頭に噂を列挙した趣旨について、これらの噂を否定する趣旨で記事を書いたわけではないと供述しているところである。
(2) これに対し、被告は、ジャーナリズムにおいては、ある人物の素顔を報じるに当たって、まず、世間でいわれている評判や噂を最初に掲げて本人の「虚像」を明らかにし、その後にこれと異なる「実像」を提示するという手法が有効であるところ、本件記事もそのような手法によったものであり、読者は「噂に示された虚像」、「噂の否定による虚像の否定」、「父親との交流に示された原告の人間性の証」という構造を理解し、原告について悪感情を抱かないものであると主張する。
(3) しかしながら、たとえ記事が噂又は風評という表現形式を採っているものであっても、一般に、読者は、噂があると記載された人物について、火のないところに煙は立たないものであり、噂どおりの事実でなくとも、それに近い事実が存在し、又は、そのような噂がまつわる人物であるとの否定的な評価を下すことが容易に想像することができるのであり、殊に、本件記事は、原告について、単発の噂ではなく、いみじくも、本件記事が「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐」と記載するように、否定的な評価を受けるような多数の噂を列挙しているのであるから、このような場合には、原告の社会的評価を低下させることのないように、例えば、列挙された噂について、確実な根拠をもって真摯に否定し、あるいは客観的な反対事実を摘示するなど十分な注意を払う必要がある。
しかるに、本件記事は、大見出しを「めだちたがり屋Aにこれだけの「噂」」とするものであり、右の大見出しを読んだ読者に対しては、原告は相当数の否定的な「噂」が取り沙汰される人物であるとの印象を強く抱かせるものになっており、また、前記の列挙された否定的な評価を受けるような多数の噂と川崎・堀之内の高級ソープランドのソープ嬢であったという噂とは、その内容が異なって関連しないから、後者の噂が裏付けがなく、否定された(その否定の仕方も「“残念ながら”」という表現を付したものであり、およそ真摯な否定とは認められない。)からといって、前者の否定的な評価を受けるような多数の噂が同様に裏付けがなく、否定されると判断されるものではない。したがって、一般読者が、本件記事の前半部分を読んだ後に、そこに列挙された噂がすべて虚偽のものにすぎないと理解される内容、構成及び表現になっているとは到底認められず、本件記事が被告の主張するような「噂の否定による虚像の否定」という構成を取っているとは解されない。
そして、本件記事の後半部分の内容は、この部分において、原告の態度は軟化している、元の原告に戻りつつあるという父親のコメントを紹介するなどしていることから、原告が過去の悪い行状から健全な状態に向かっているということは理解されるものの、そのことから、一般読者が、前半部分に記載された原告の経歴、職歴、過去の行状等に関する否定的な評価を受けるような多数の噂が単なる噂にすぎないと判断するものとはいえない。
(三) 以上によれば、一般読者は、本件記事において、「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。」との記載に続いて原告の噂として記載された多数の否定的な評価を受けるような事柄について、必ずしもその噂のすべてが真実ではないかもしれないけれども、少なくともその一部は真実であり、あるいは噂の真偽は定かではないとしても、原告は記載された多数の否定的な評価を受けるような噂が取り沙汰される女性であるという印象を強く受けるものと認められる。
3 以上を前提として、本件記事における原告主張の記載が、原告の名誉を毀損するか否かについて、以下検討する。
(一) まず、本件記事の大見出しにおける原告についての「めだちたがり屋」との表現は、一般的には、人格についての揶揄的な表現であり、したがって、原告の人格についての否定的なニュアンスが認められないわけではないが、名誉毀損としての違法性を認めるに足りる程度に原告の杜会的評価を低下させるものとまでいうことはできない。
(二) 次に、前記判示のとおり、一般読者は、「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。」との記載に続いて噂として記載された多数の否定的な評価を受けるような事柄について、必ずしもその噂のすべてが真実ではないかもしれないけれども、少なくともその一部は真実であり、あるいは噂の真偽は定かではないとしても記載された多数の否定的な評価を受けるような噂が取り沙汰される女性であるという印象を強く受けると認められる。そして、その中には、原告が指摘する「十一年前ある殺人事件に関与していて、当時は一晩十万円の高級売春モデルだった。」との噂についても、右の事柄が真実であり、あるいはその真偽は定かではないとしてもそのような噂の取り沙汰される女性であるという印象を強く受けると認められる。
右の事柄は、原告が殺人事件という重大犯罪に関与し、また、売春を業として行っていたという過去の醜状を示すものであるから、その記載によって原告の社会的評価を著しく低下させる性質のものであるということができる。
また、原告が高級ソープランドのソープ嬢であったという噂の記載については、本件記事において、原告が高級ソープランドのソープ嬢であったとの怪情報が飛び出したが、取材の結果、勤めた形跡は確認することができなかったと記載されているから、一般読者は、原告が噂どおりの高級ソープランドのソープ嬢であったとまで判断するとは認められないけれども、そのような噂に近い事実があり、あるいは、そのような噂が取り沙汰される女性であるとの印象を受けるものと認められ、このような印象を与える限りにおいて、右の記載は、原告の社会的評価を著しく低下させる性質のものであるということができる。
(三) なお、被告は、原告の過去を断定し、その人格を貶める内容の記事が大量に出回っており、本件記事で記載した噂がマスコミで繰り返し報道されて周知の事項になっていたので、原告についてこのような噂が存在していることを報じることは許されると主張する。
しかしながら、先行する雑誌などの記事が同種の噂を記載しているからといって、本件記事により更にその噂を報道することが許されるという理由は認めがたい上、本件記事の掲載に先立って原告の過去の行状、経歴等について報道した記事の内容が公知の事実又は一般的に知れ渡った事実になっていたとまで認めるに足りる証拠はなく、本件記事を読んで初めて右の行状、経歴等を知る読者も相当数存在することが推認されるので、被告の右主張は理由がない。
4 以上によれば、本件記事における「十一年前ある殺人事件に関与していて、当時は一晩十万円の高級売春モデルだった」との記載を始めとする原告に関する多数の噂の記載は、原告の社会的評価を著しく低下させるものであり、原告の名誉を毀損するものと認めるのが相当である。
三 争点2について
1 一般読者が、本件記事中の「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。」との記載に続いて噂として記載された事柄について、必ずしもその噂のすべてが真実ではないかもしれないけれども、少なくともその一部は真実であり、あるいは噂の真偽は定かではないとしても、原告は、記載された多数の否定的な評価を受けるような噂が取り沙汰される女性であるという印象を強く受けることは、二において判示したとおりである。
してみると、右の事柄が、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であり、人が公開を欲しない私生活上の事項であって、かつ、一般人に未だ知られていない事項である場合には、本件記事は、原告のプライバシーを侵害するものと解すべきである。
2 以下、右の観点から、原告主張の本件記事の各記載が、原告のプライバシーを侵害するか否かについて検討する。
(一) 本件記事中の<1>「二重まぶたの整形手術をしていた」、<2>「歯科医と婚約したが、破談となった」、<3>「ホステスをはじめたが客の取り合いで同僚とのトラブルが絶えなかった」、<4>「十一年前ある殺人事件に関与していた」、<5>「高級売春モデルだった」との各記載事項は、それぞれ、<1>は従前の容姿を手術によって美化したという過去の手術歴、<2>は婚約が破談となったこと、<3>は接客業の職場において同僚とのトラブルが絶えなかったこと、<4>は殺人という重大犯罪に関与していたこと、<5>は売春を業として行っていたことを示すものであり、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であって、一般人の感受性から見て公開を欲しないであろうと認められる事柄であるということができる。他方、その余の原告主張の本件記事中の記載事項は、一般人の感受性から見て、およそ公開を欲しない事柄であるとまで認めることはできない。
(二) そして、本件記事が掲載される以前において、他のメディアが右の各事柄と同種又は類似の報道をしたことがあったとしても、その内容が公知の事実又は一般的に知れ渡った事実になっていたとまで認めるに足りる証拠はなく、本件記事を読んで初めて右の各事柄を知る読者も相当数存在することが推認されるので、右の各事柄は、一般人に未だ知られていない事柄であったということができる。
3 以上によれば、本件記事中の右<1>ないし<5>の各記載は、原告のプライバシーを侵害するものであるということができる。
四 争点3について
(一) 原告は、本件記事は、「愛と性」、「美女軍団」、「綺麗なものには棘がある」、「美人ドライバー」、「かなりのモテモテぶり」及び「いい女」という表現によって、原告が有する性的に差別されない人格的利益を違法に侵害したと主張する。
(二) 本件特集記事は、表題を「オウム決定版「愛と性」の女たち」とし、導入部分を「近頃、芸能記者が商売上がったりと泣いている。そりゃそうだろう。深窓の令嬢女医から始まって、女帝、金庫番、肉弾派女ボスに美貌の四姉妹まで総登場。しかも“愛と性”でドロドロになっているんだから、これを超える話など、ちょっとやそっとではお目にかかれない。」とするなど煽情的で読者の好奇心に訴える表現がみられること、オウム真理教の信者等のうちの女性に焦点を当てたものであり本件記事もその一環であること、本件記事において原告が女性であるがゆえの表現が用いられていることは否定することができない。
(三) しかしながら、一般のメディア中において、男女を問わず性や美醜等に着目した表現が用いられることがままあることは公知の事実であるところ、そのような表現が用いられたからといって、直ちにその表現が男性又は女性であるがゆえの差別的表現に当たり、その対象とされた人物の人格権を違法に侵害したとまでいうことはできないと解される。
本件においても、原告が指摘する前記の表現には、原告の性や美醜等に着目した表現が含まれるものの、原告が女性であるがゆえの差別的表現であり、性的に差別されないという原告の人格権を違法に侵害したものであるとまでいうことはできない。
したがって、争点3に対する原告の主張を採用することはできない。
五 争点4について
1 本件記事が原告の名誉を毀損するものであったとしても、本件記事の内容が公共の利害に関する事実に係り、本件記事の掲載が公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右の行為には違法性がないため不法行為は成立せず、また、摘示された事実が真実であることが証明されなくても、本件記事を執筆し、発行した者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときは、右の行為は故意又は過失を欠くため不法行為は成立しないものと解される。
2 本件記事の公共性について
(一) 被告は、本件記事が掲載された当時、オウム真理教に関する事項は公共の利害に関する事実であり、また、原告が上祐の専属運転手を務めて市民の強い関心の対象となっていたこと及び原告も逮捕されたことから、原告に関する事項も公共の利害に関する事実であったと主張する。
本件記事が掲載された当時、マスコミにおいてオウム真理教に関連する情報が多く取り上げられていたこと、原告は上祐の専属運転手であったこと、原告が本件記事の掲載に先立って逮捕監禁致傷の嫌疑で逮捕されたこと及び原告がマスコミによって取り上げられていたことは前記認定のとおりであり、これらを前提として、以下、判断する。
(二) 原告が一一年前に殺人事件に関与していたという噂について
原告は、本件記事の掲載当時、逮捕監禁致傷事件の被疑者として逮捕勾留されていたところ、右の逮捕監禁致傷事件に関する事実は、犯罪行為に関する事実として公共の利害に関する事実に当たるということができるから、被疑者である原告の前科、前歴等も同様に公共の利害に関する事実に当たるということができる。そして、本件記事中の原告が「殺人事件に関与」していたという記載により示される行為が具体的にどのような行為を指すかは明らかではないけれども、右の行為をした事実も原告の前歴等に関連する事実であるということができるから、右の噂は、公共の利害に関する事実に当たると解するのが相当である。
(三) 原告が高級売春モデルであったという噂について
原告が高級売春モデルであったという事柄は、原告の過去における私生活上の行状であるところ、原告が犯罪の嫌疑を受けているオウム真理教に所属しており、また、自分自身も刑事事件の被疑者であったとしても、右の私生活上の行状の摘示は、特段の事情がない限り、公共の利害に関する事実に当たるものであるということはできない。
前記認定判示によれば、オウム真理教における原告の地位は最も低いサマナであったこと、教団内における職責も事務や教団幹部の秘書、運転手等であったこと、原告が逮捕勾留された被疑事実である逮捕監禁致傷事件における原告の役割は付随的なものであったこと、原告が積極的にマスコミに関与したと認められる機会は記者会見に出席して発言した一度だけであること、原告が一一年前に高級売春モデルであったことと原告の被疑事実である逮捕監禁致傷事件との間には関連性は認められないことなどからすると、原告が一一年前に高級売春モデルであったという事実を摘示することは、オウム真理教に関する一連の社会的事象や、原告の被疑事実の解明に資するものとは解されず、また、これを公衆に知らせ、その批判にさらすことによって、公共の利益を増進し、これにより公共の利害に関する事実に当たるものであるということはできない。
3 本件記事の公益性について
(一) 被告は、公益を図る目的で、原告に関する情報を提供することは市民にとって必要、有益であると考えて、本件記事を掲載したと主張する。
右の公益を図る目的の有無について判断する場合には、本件記事が公共の利益を図ることを主たる目的としているか否かについて、記事の表現方法、記事の根拠となる資料の有無、記事の執筆態度等を総合し、これらが公益を図る目的にふさわしい真摯なものであったかどうか等の検討も含めて、全体的に評価して判定すべきであると解される。
(二) この点について、証人黒井克行は、本件特集記事について、被告の編集部は、当時のオウム真理教の中で女性が果たす役割が非常に大きかったので、その役割等を明らかにすることにより、オウム真理教の真髄に迫ることができるとの認識で企画されたものであり、その上で、オウム真理教の幹部男性が女性信者を性的に搾取しており、女性信者がある意味で被害者ではないかとの観点から「愛と性」という表題が付されたと思われる旨供述する。
また、同証人は、本件記事の意義について、原告は、上祐の専属運転手として社会的関心の対象となっていたところ、普通の女性がなぜオウム真理教に入信したかということが社会の関心事であったので、このことを明らかにするために、原告の経歴を調べることが重要であった旨供述する。
(三) しかしながら、本件記事の概要は、前記認定のとおりであって、本件記事中においては、原告のオウム真理教における役割はその主眼として取り上げられておらず、被告が主張するような女性の役割等を明らかにすることによりオウム真理教の真髄に迫ろうとする姿勢は認められない。
また、本件雑誌の編集部は、原告のホステス時代の同僚及びクラブオーナーに対する取材並びに原告がソープ嬢であったか否かに関する裏付け取材を行っているものの、なぜ原告がオウム真理教に入信したかという点についての原告の過去の経歴等を踏まえた取材は行っておらず、その結果、本件記事においては、普通の女性がなぜオウム真理教に入信したかという観点からの掘り下げた記載はなく、かえって、原告のオウム真理教への入信の経緯について、「(原告が)オウム真理教にのめり込んでいったのは、自動車事故がきっかけ。酔って自ら運転していたオープンカーが横転し、奇跡的に無傷で助かったことがオウム真理教のご加護だと信じ込んだんだそうである。」という事実と異なる記載をしている。
加えて、本件記事は、「“美女軍団”のトップに踊りでた」、「美人ドライバーとしてAがデビュー」、「入信前、シャバでもかなりのモテモテぶりではあったようだ」などとの表現を交えて原告に関する「噂」を紹介し、また、怪情報として飛び出したソープ嬢であるという噂を検証するというものであり、表現方法、内容等からみても、原告の犯罪行為やオウム真理教の真髄に迫ろうという姿勢は認め難い。
以上を総合すると、本件記事においては、普通の女性がなぜオウム真理教に入信したかという観点やオウム真理教における女性の役割等を明らかにしてオウム真理教の実態を解明しようという真摯な表現行為があったと認めることはできない。
したがって、本件記事の掲載が公益を図る目的に出たものであることを認めることはできない。
4 本件記事の真実性及び相当性について
(一) 本件記事の公共性及び公益性についての判断は、前記判示のとおりであるが、なお念のため、本件記事において記載された事実が真実であることが証明されるか否か、又はこれが証明されなくても、被告においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由(相当性)があったか否かについて判断する。
しかして、前記認定のとおり、本件記事においては、原告についての噂(風評)を紹介するという形式が採られているが、このように風評形式で事実が摘示された場合であっても、風評の内容たる事実についての真実性又は真実と信じるについて相当の理由(相当性)が必要であると解される。
(二) 本件記事において記載された事実のうち、原告が一一年前殺人事件に関与したこと及び高級売春モデルであったことが真実であることは、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠(原告本人)によれば、これが虚偽であることが認められる。
(三) 前記認定のとおり、本件記事において、「出てくるわ、出てくるわ、噂の嵐-。」との記載に続いて噂として列挙されている各事実は、黒井らが、被告以外のメディアにより報道された情報を集めて記載したものである。そのうち、原告がクラブホステスをしていたとの噂については、黒井ら以外の記者がクラブホステスの同僚及びクラブオーナーに対して取材を行い、原告がソープ嬢であったとの噂については、黒井らが名指しされた店の関係者に対して取材を行ったが、それ以外の噂として列挙された各事実については、裏付け調査は行われていない。
すなわち、被告の編集部は、原告が一一年前殺人事件に関与したこと及び高級売春モデルであったという噂について、独自の裏付け調査を行うことなく他のメディアによる報道をそのまま利用して記載したのであるから、黒井らが右の噂の対象とされた事実を真実であると信じたことについて相当の理由があったとは認められず、したがって、被告において、本件記事の内容を真実であると信じたことに相当の理由があるとはいえない。
5 以上のとおり、本件記事に関しては、そのうち原告が高級売春モデルであるという記載については、そもそも事実の公共性を認めることができず、また、記事の全般について公益性を認めることができない上、記事内容の真実性又は真実と信ずるについての相当性についてもこれを認めることはできないから、名誉毀損による不法行為の成立を妨げるに足りる事実の存在を認めることはできない。
六 争点5について
1 プライバシーの権利に法的な保護が与えられるべきであるとしても、この権利は無制約なものではなく、言論、表現等の自由との間においてその調整を図る必要があると解される。
そして、右のような観点からすると、他人に知られたくない私生活上の事実であっても、公開することがおよそ許されないわけではなく、これを公開する必要が生じることもあるというべきであるが、公開が許されるためには、当該事実が社会一般の正当な関心事であると認められ、かつ、その公開した内容及びその方法が必要にして相当と認められる範囲内のものであることを要すると解される。
2 前記判示のとおり、本件記事中、原告のプライバシーを侵害すると認められる記載は、<1>「二重まぶたの整形手術をしていた」、<2>「歯科医と婚約したが、破談となった」、<3>「ホステスをはじめたが客の取り合いで同僚とのトラブルが絶えなかった」、<4>「一一年前ある殺人事件に関与していた」、<5>「高級売春モデルだった」という部分であり、また、本件記事が掲載された当時のオウム真理教及び原告に関する状況は、前記一3(一)及び(二)のとおりである。
3 右の<1>、<2>、<3>及び<5>について
(一) 右の<1>、<2>、<3>及び<5>が示す、原告の美容整形の手術歴、原告の婚約が破談になったこと、原告がホステス時代に同僚とのトラブルが絶えなかったこと及び原告が高級売春モデルであったことは、原告の被疑事実及びオウム真理教を巡る事件と、直接関連するものとはいえない。
(二) 被告は、本件記事の掲載当時、原告の過去は、宗教とは無縁の世界にいたと思えるような人間も、オウム真理数に入信することがありうることを示すものであり、オウム真理数が一般人と全く無縁の存在ではなくこれに対する対処方法が極めて重要であることを明らかにするものであり、また、原告は、上祐の専属運転手として積極的に活動して社会的に関心を集め、原告自身も逮捕勾留されていたのであり、そのような行為をするに至るまでの入信歴やそれ以前の生活歴は、オウム真理教の問題を考える上で意味のある情報であるから、本件記事が噂として取り上げた事項である原告の過去は、公共の関心事であると主張する。
(三) しかしながら、原告のオウム真理教における地位は最も低いサマナであり、職責も事務や教団幹部の秘書、運転手等であったこと、原告の被疑事実である逮捕監禁致傷事件における原告の役割は付随的なものであったことなどの前記認定事実に照らすと、仮にオウム真理教の問題を考える上で信者の入信前の経歴等を取り上げる意義があるとしても、原告を実名で特定した上でその経歴等を公開することが、社会一般の正当な関心事であるとはいえない。また、その内容も、美容整形手術を受けたこと、婚約が破談になったこと、ホステス時代に同僚とのトラブルが絶えなかったこと、高級売春モデルであったことというものであり、このような事項を実名で公開することが被告の主張する宗教とは無縁の世界にいた人間がオウム真理教に入信することがありうることを報道する上で必要にして相当な範囲内にあることとは解されない。
この点に関して、被告は、原告がオウム真理教の中の地位とは別にその行為によって社会的に関心を集めていたのであるから、末端信者としての匿名性、プライバシーを主張することはできないと主張するが、原告はマスコミに注目されていたものの、原告が積極的にマスコミに関与したと認められる機会は記者会見に出席して発言した一度だけであることは前記判示のとおりであるから、被告の右主張は理由がない。
(四) 以上によれば、前記の<1>、<2>、<3>及び<5>の原告のプライバシーを侵害する記載は、当該事実が社会一般の正当な関心事であるとは認められず、また、公開した内容及びその方法が必要にして相当と認められる範囲内のものであるともいうことができない。
4 前記の<4>について
(一) 犯罪行為の被疑者の前科、前歴等は、犯罪事実の解明に資する場合があり、また、起訴・不起訴の相当性を判断する重要な資料となると解されることから、犯罪行為の被疑者が従前犯罪に関与していたとの事柄は、社会一般の正当な関心事に当たるものとして、公開した内容及びその方法が必要にして相当と認められる範囲内のものである限り、その公開が許される場合も考えられる。
(二) しかしながら、被疑者の前科、前歴等の公開が許されるのは、右(一)のような観点から社会の正当な関心事に当たると認められる場合であるところ、本件記事において、原告が「殺人事件に関与していた」という噂があるとの記載は、社会的に原告がどのように見られているか、又は捉えられているかということを示す目的のために公開されたのであり(証人黒井克行の証言)、原告の前歴とオウム真理数を巡る犯罪行為や原告の被疑事実との関連を明らかにする目的で公開されたものではなく、そのような観点からの記載もされていない。加えて、右の記載は、その裏付け取材が行われたこともなく(かえって、前記判示のとおり、原告が十一年前に殺人事件に関与していた事実は存在しないことが認められる。)、原告に関していわれている噂の一つとして記載されており、犯罪事実の解明に資するなどの目的も効果も見出し難い。
また、被告は、オウム真理教の問題を考える上で原告の入信前の経歴等は意味のある情報であるとも主張するが、原告を実名で特定した上で原告の経歴等を公開することが社会一般の正当な関心事であるとはいえないことは3で判示したとおりである。
(三) 以上によれば、本件記事において、原告を実名で特定した上で「殺人事件に関与していた」との噂があると記載することが社会の正当な関心事に当たるとは解し難く、また、公開した内容及びその方法が必要かつ相当と認められる範囲内のものであるということもできない。
5 以上によれば、争点5に対する被告の主張を採用することはできない。
七 争点6について
(一) 前記認定のとおり、原告は、本件記事が掲載された平成七年八月当時、オウム真理教の信者でマスコミから注目されている存在ではあったが、いわゆる公的人物や芸能人ではなかったこと及び三〇歳の未婚の女性(昭和三九年九月二五日生)であったことからすると、本件記事において、殺人事件という重大犯罪に関与したことがあり、売春婦であったこと、又はそのような噂を始めとする否定的な評価を受ける多数の噂の取り沙汰される女性であることを報道されて名誉を著しく毀損されるとともに、美容整形の手術歴、婚約したが破談となったこと、ホステスであった当時、客の取り合いで同僚とのトラブルが絶えなかったこと、殺人事件に関与したこと、高級売春モデルであったことなどおよそ他人に知られたくない事実を虚偽の事柄を含めて記載されてプライバシーを広範かつ強度に侵害されたことによる原告の精神的苦痛は、相当大きいものであったことが推認される。また、本件雑誌が、発行部数が約七〇万部である週刊誌(本件記事が掲載された号の定価は三〇〇円)であるため、多数の読者が想定されるとともに、相当期間保存されることも考えられることからすると、本件記事の影響力、伝播力は相当強いものであることを推認することができる。
他方、本件記事は、名誉毀損及びプライバシー侵害が認められる記載において、原告の過去の経歴、行状等について、風評形式を採り、断定的に報道したものとまでいうことはできない。
(二) 以上認定判示の原告の性別、年齢、未婚であったこと、本件特集記事及び本件記事の概要、本件記事による原告の名誉及びプライバシーの侵害の内容、程度等、原告の受けた精神的苦痛の大きさ、本件雑誌の発行部数、定価等、本件記事の影響力、伝播力等を総合すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには、三〇〇万円をもってするのが相当である。
八 以上によれば、原告の本訴請求は、三〇〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成七年八月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉戒修一 裁判官 渡邉左千夫 裁判官 園部直子)