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東京地方裁判所 平成11年(ワ)22415号 判決

原告 松田耕治

右訴訟代理人弁護士 田汲幸弘

同 佐藤文昭

被告 国

右代表者法務大臣 臼井日出男

右指定代理人 齋藤紀子

同 山口裕志

同 田中保政

同 篠崎実

同 三浦仁

同 山本好男

同 山口芳久

同 高橋宏

被告 都市基盤整備公団

右代表者総裁 牧野徹

右訴訟代理人弁護士 大橋弘利

同 花輪達也

右指定代理人 岡田晴雄

同 平野豊

同 野崎新吾

被告 東京都

右代表者知事 石原慎太郎

右指定代理人 江村利明

同 野上三恵

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告国は、原告に対し、二五一八万四二五〇円及びこれに対する平成一一年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告都市基盤整備公団(以下「被告公団」という)は、原告に対し、五四一五万一五〇七円及びこれに対する平成一一年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告東京都は、原告に対し、八二万五六一五円及びこれに対する平成一一年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記のとおり破産宣告を受けた株式会社竹下組(以下「竹下組」という)の破産管財人である原告が、竹下組に対する請負工事の発注者である被告らに対し、請負契約に基づき、被告らによる右契約解除時点での工事出来高部分について未払代金の請求をしている事案である。

一  前提となる事実

1  当事者

竹下組は、建設業を営む株式会社であるところ、平成一一年七月九日東京地方裁判所に破産申立てを行い、同月二九日午前九時同裁判所から破産宣告を受けた。原告は、同日竹下組の破産管財人に選任された。

被告公団は、平成一一年一〇月一日、住宅・都市整備公団(以下「住都公団」という)の一切の権利義務を承継した。

2  被告国関係

(一) 請負契約の締結

(1)  竹下組と被告国は、前者を請負人、後者を注文者として(以下同じ)、平成一一年三月二三日田園調布出張所耐震改修工事の請負契約(以下「田園調布契約」という)を契約金額一四七〇万円で締結した。

その後、竹下組と被告国は、同年七月一六日右契約の契約金額を三六万七五〇〇円増額する旨を合意し、田園調布契約の契約金額は総額一五〇六万七五〇〇円となった。

(2)  竹下組と被告国は、平成一一年三月二九日H一〇砧災害復旧工事の請負契約(以下「砧契約」という)を契約金額一億九九五〇万円で締結した。

(3)  竹下組と被告国は、平成一一年四月一日多摩川下流堤防維持工事の請負契約(以下「多摩川契約1」という)を契約金額一八九〇万円で締結した。

(4)  竹下組と被告国は、平成一一年六月一五日多摩川下流堤防維持(その2)工事の請負契約(以下「多摩川契約2」という)を契約金額一八三七万五〇〇〇円で締結した。

(二) 注文者の解除特約と請負人の違約金支払義務

被告国は、竹下組との間で、右(1) ないし(4) の各請負契約に際し、被告国は、竹下組がその責に帰すべき事由により工期内に工事を完成しないとき又は工期経過後相当の期間内に工事を完成する見込みが明らかにないと認めるとき(工事請負契約書四六条一項二号)、同契約書四八条一項の規定によらず契約の解除を申し出たとき(同条項五号)等には契約を解除することができる(同条項本文)、右により契約が解除された場合においては、竹下組は請負代金額の一〇分の一に相当する額を違約金として被告国の指定する期間内に支払う(同条二項)との合意をした(以下右の契約解除と違約金の定めについての条項を「解除違約金条項」という)。

(三) 被告国は竹下組から、前記各請負契約について平成一一年七月一五日付けの履行不能届の提出を受けたが、これは工事請負契約書四六条一項五号に該当するとして、同月一六日ころ竹下組に対し各請負契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) 竹下組は、右同日までに、田園調布契約について九五七万三四二六円相当の、多摩川契約1について一八四一万八九七二円相当の、多摩川契約2について七七〇万六二三二円相当の工事を完成させていた。なお、竹下組が砧契約に基づき完成させた出来高部分はない。

(五) 被告国は解除違約金条項に基づき、田園調布契約について一五〇万六七五〇円、砧契約について一九九五万円、多摩川契約1について一八九万円、多摩川契約2について一八三万七五〇〇円、合計二五一八万四二五〇円の違約金請求権を有しているとして、原告に対し、平成一一年七月三〇日付けの相殺通知書により、右違約金請求権を自働債権とし右各請負契約に基づく工事の出来高部分に係る竹下組の請負代金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(六) 被告国は原告に対し、平成一一年九月二七日、右相殺後の工事出来高残代金として一〇五一万四三八〇円を支払った。

(七) 本訴において、原告は被告国に対し、田園調布契約、多摩川契約1及び多摩川契約2に基づき、被告国が相殺による消滅を主張している額に相当する合計二五一八万四二五〇円の請負代金を請求している。

3  被告公団関係

(一) 請負契約の締結

(1)  竹下組と住都公団は、前者を請負人、後者を注文者として(以下同じ)、平成一〇年一〇月一六日フレール西経堂2ブロック基盤整備工事の請負契約(以下「西経堂契約」という)を契約金額二億三六二五万円で締結した。

その後、竹下組と住都公団は、平成一一年五月一三日右契約の契約金額を五二〇八万円増額する旨を、同年七月二八日契約金額を更に一九八四万五〇〇〇円増額する旨をそれぞれ合意し、西経堂契約の契約金額は総額三億〇八一七万五〇〇〇円となった。

住都公団は、竹下組に対し、竹下組の破産宣告前に西経堂契約について前払金七〇八〇万円を支払った。

(2)  竹下組と住都公団は、平成一一年三月一八日平成一〇年度金町駅前団地二号棟他二棟耐震改修工事の請負契約(以下「金町契約」という)を契約金額二七八二万五〇〇〇円で締結した。

その後、竹下組と住都公団は、同年七月一日右契約の契約金額を一七三万二五〇〇円増額する旨を合意し、金町契約の契約金額は総額二九五五万七五〇〇円となった。

住都公団は、竹下組に対し、竹下組の破産宣告前に金町契約について前払金八三〇万円を支払った。

(3)  竹下組と住都公団は、平成一一年三月二五日南永田団地環境整備その3工事の請負契約(以下「南永田契約」という)を契約金額四七二五万円で締結した。

住都公団は、竹下組に対し、竹下組の破産宣告前に南永田契約について前払金一四〇〇万円を支払った。

(4)  竹下組と住都公団は、平成一一年五月一四日ビューコート仏向一二街区基盤整備補修工事の請負契約(以下「ビューコート契約」という)を契約金額八四万円で締結した。

(5)  竹下組と住都公団は、平成一一年六月二四日浦安弁天団地関連道路補備工事の請負契約(以下「浦安契約」という)を契約金額六七二万円で締結した。

(6)  竹下組と住都公団は、平成一一年六月三〇日北坂戸団地(一二街区)環境整備その1工事の請負契約(以下「北坂戸契約」という)を契約金額一億三六五〇万円で締結した。

(二) 注文者の解除特約と請負人の違約金支払義務

住都公団は、竹下組との間で、本件各請負契約に際し、被告国が竹下組との間で合意したのと同様の内容を有する解除違約金条項の合意をした(工事請負契約書四三条一項、二項)。

(三) 竹下組は、住都公団に対し、平成一一年七月一六日に浦安契約及び北坂戸契約について、同月二八日に西経堂契約及び南永田契約について契約履行能力喪失届を提出したが、これに対し住都公団は、竹下組による工事の続行が不可能になったものであり、右事由は同契約書四三条一項二号に該当するとして、右同日ころ竹下組に対し右各契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) 竹下組は、破産宣告前に、ビューコート契約(契約金額八四万円)及び金町契約(契約金額は二九九五万七五〇〇円であり、前払金は八三〇万円である)に基づく各工事を完成させ、西経堂契約について二億四二四六万六〇〇〇円相当(ただし、この金額から前払金七〇八〇万円を控除した残額は一億七二六六万六〇〇〇円)の、南永田契約について九八〇万七七四九円相当(ただし、前払金が一四〇〇万円ある)の各工事を完成させていた。

(五) 住都公団は解除違約金条項に基づき、西経堂契約について三〇八一万七五〇〇円、浦安契約について六七万二〇〇〇円及び北坂戸契約について一三六五万円の約定の違約金請求権並びに南永田契約についての違約金四七二万五〇〇〇円、同契約について前払金から出来高部分相当請負代金を控除した四一九万二二五一円及びこれに対する前払金支払日である同年四月二〇日から破産宣告日までの約定の年(三六五日当たり)八・二五パーセントの割合による利息金九万四七五六円に係る請求権の合計五四一五万一五〇七円の債権を有しているとして、原告に対し、同年八月三一日付けの相殺通知書により右債権を自働債権とし右(四)記載の各請負契約のうち南永田契約を除いた契約に基づく工事に係る竹下組の請負代金請求権を受働債権として対当額で相殺するとの意思表示をした。

右通知の際、住都公団は、原告に対し、相殺後の残債務額一億三九五七万九七七六円を支払うとの通告をした。

(六) 住都公団は、原告に対し、右相殺の意思表示時点において自働債権として算入していた南永田契約についての前払金請求権に対する破産宣告後相殺の意思表示までの利息金三万二二一七円を支払った。

(七) 本訴において、原告は被告公団に対し西経堂契約、ビューコート契約及び金町契約に基づき被告公団が相殺による消滅を主張している額に相当する合計五四一八万三七二四円の請負代金を請求している。

4  被告東京都関係

(一) 請負契約の締結

竹下組と被告東京都は、前者を請負人、後者を注文者として(以下同じ)、平成一一年四月三〇日内川環境整備工事(その1-2)の請負契約(以下「内川契約」という)を契約金額三五七〇万円で締結した。

その後、原告と被告東京都は、同年七月二九日右契約の契約金額を三四五万八七〇〇円減額する旨を合意し、内川契約の契約金額は三二二四万一三〇〇円となった。

被告東京都は、竹下組に対し、破産宣告前に内川契約について一四二〇万円を支払った。

(二) 注文者の解除特約と違約金支払義務

被告東京都は、竹下組との間で、本件請負契約に際し、契約が解除された場合において契約保証金の納付がないときは、竹下組は請負代金額(ただし、検査に合格した既済部分があるときはこれに相応する契約金額相当額を違約金の算定に当たり契約金額から控除する)の一〇分の一に相当する額を被告東京都の指定する期間内に支払う(工事請負契約書四三条三項)との内容の解除違約金条項の合意をした。

(三) 被告東京都は原告に対し、平成一一年七月二九日付けの書面により竹下組の破産のため工事完成が不可能と認められるので、請負契約書四三条の規定により内川契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) 竹下組は、破産宣告前に、内川契約について二三九八万五一五〇円相当の出来高部分を完成させていた。

(五) 被告東京都は、解除違約金条項に基づき、内川契約に関して八二万五六一五円の約定の違約金請求権を有しているとして、原告に対し、平成一一年九月二九日付けの書面により右債権を自働債権とし右契約に基づく工事の出来高部分に係る竹下組の請負代金請求権を受働債権として対当額で相殺するとの意思表示をした。

(六) その後、被告東京都は、原告に対し、八九五万九五三五円のみ支払った。

(七) 本訴において原告は被告東京都に対し、内川契約に基づき被告東京都が相殺による消滅を主張している額に相当する八二万五六一五円の請負代金を請求している。

二  被告らの主張

1  違約金は損害賠償額の予定と推定されているが(民法四二〇条三項)、同条項は損害の発生及びその数額の立証の困難を除き、かつ紛争を予防しもって債務の履行を確保するためのものであって、債務不履行を停止条件とする条件付契約である。本件においても解除違約金条項は解除を停止条件とする条件付契約であって、本件違約金債権は解除を停止条件とする停止条件付債権である。

したがって、被告らが本件違約金債権を取得したのは各請負契約締結時であり、破産宣告前の原因に基づいて生じたものであるから破産債権となり、かつ破産申立て後に破産債権を取得したものでもないので破産法一〇四条四号の相殺禁止にも触れない。

2  原告は、破産法一〇四条ただし書にいう「原因」とは具体的な相殺期待を生じさせる程度に直接的なものでなければならないとし、損害賠償債権についても支払停止・破産の申立て以後はその実価は低落するのであるから、債務者に対し反対債権を負っていることを利用して契約を解除し、損害賠償請求権を取得する行為は破産法一〇四条四号の相殺禁止の対象になると主張するが、被告らが損害賠償債権を取得したのは各請負契約締結時であり、右主張は理由がない。

また、ここでいう「原因」は、債権取得を基礎付ける直接の法律関係でなければならないとしているが、停止条件付法律行為は債権の取得を目的とする直接的な原因になり得ることは明らかである。

そもそも一定の場合に相殺が禁止されるのは、他人が破産に瀕することを知って、これに対する債権を取得した者に自己の債務との相殺を許すことは不正に破産財団の減少を図る者を輩出させる弊害があり、また、債権者平等の理念に反するからである。これに対し、破産法一〇四条四号ただし書で相殺を許容したのは、破産者の債務者による債権の取得が支払の停止又は破産の申立てがあることを知る前に生じた原因に基づくときには、そのような弊害がないからである。そして、本件の停止条件は、債務者側の債務不履行、債務者側の事由による解除であるから、被告らによる債権の取得が、竹下組の支払の停止又は破産の申立てがあることを知る前に生じた原因に基づくことはもとより、他人が破産に瀕することを知って債権を取得した場合でないことは明らかである。

3  また、本件は破産宣告前に既に約定の解除権が発生し、いつでも解除の意思表示をすることができる状態になっていたのであるから、破産宣告そのものないし破産宣告に必然的に伴う事実を事由とする解除ではないから破産法五九条を空文化することもない。

さらに、解除事由がなければ解除権が発生することはないから、請負人の破産申立てを知った注文者が常に解除権を行使できるものではなく、発注者が常に違約金を満額回収することができるとの主張は失当である。

したがって、本件における被告らの相殺が相殺権の濫用となることはない。

三  原告の主張

1  本件の解除違約金条項のような賠償額予定契約は、将来契約当時者間で損害賠償請求権が発生した場合に賠償額についての立証責任を免除するとの観点からその賠償額を事前に定めているものにすぎず、「債務不履行による損害賠償請求権の発生それ自体」を停止条件とする契約であって、それゆえ賠償額予定契約が締結されていたとしても請負契約締結時に違約金債権が発生していることにはならない。

仮に請負契約締結時に違約金債権も発生しているということになると、請負人が債務不履行に至ってない場合にも注文者は本来的給付請求権と並んで債務不履行に基づく損害賠償請求権も併せ持っていることになり不自然であるし、債務者の帰責事由の不存在や過失相殺が賠償額予定契約に基づく損害賠償を請求する場合にも抗弁となることが説明できない。

したがって、本件違約金債権は停止条件付債権ではなく請負契約解除時に発生したものであって、右時点は被告らが竹下組の破産申立て又は支払停止を知った後であるから、被告らによる相殺は破産法一〇四条四号の相殺禁止に該当する。

2(一)  破産法一〇四条四号にいう「原因」とは、裁判例においても判示されているとおり、「破産債権の取得を目的とする法律行為自体ないしは債権取得の効果を生ずべき直接の基礎をなす法律関係を指称するものであって、そのような法律関係がなされあるいは法律関係を生ずるについてのさらに原因ないし前提をなす法律上もしくは事実上の関係までをも含むものではない」(大阪高裁昭和四八年五月二八日判決下民集二四巻五-八号三四一頁)のである。本件において、損害賠償債権取得の効果を生ずべき直接の基礎をなす法律関係は契約不履行の事実の発生にほかならず、解除違約金条項自体は、いわゆる損害賠償の予定として、債務不履行から生ずる損害の発生及びその金銭的評価額をめぐる証明の問題を避ける趣旨の規定にすぎないものであり、契約不履行についての原因ないし前提をなす関係にすぎない。

このように違約金債権が発生するためには契約不履行の事実が必要であって、契約時にその発生原因があったということはできないのであり、本件各請負契約について違約金の発生原因は竹下組の支払停止後に生じたというべきであるから、その違約金債権が、被告らが「破産ノ申立アリタルコトヲ知リタル時ヨリ前ニ生シタル原因ニ基ク」(破産法一〇四条四号ただし書)ものであるとはいえない。

(二)  また、破産法一〇四条四項ただし書の適用については、原因とみなされる契約等において、相殺による担保的機能が明示的に予定されているものだけが「前ニ生シタル原因ニ基ク」ものと解すべきである。

すると、仮に解除違約金条項が債務負担の原因とみなされるとしても、被告国は、違約金発生の原因とみなされる砧契約において、その違約金債権と田園調布契約、多摩川契約1及び多摩川契約2に基づく請負代金債権との相殺が明示的に予定されていたものとはいえないから、少なくとも、砧契約に関して生じた違約金債権と他の契約に基づく出来高相当の請負代金債権とを相殺することは許されないというべきである。

同様に、被告公団は、南永田契約、浦安契約及び北坂戸契約に関する各違約金債権と西経堂契約、ビューコート契約及び金町契約に基づく各請負代金債権とを相殺することは許されない。

3(一)  本件の違約金請求権は破産申立後あるいは支払停止後でかつ被告らがこれを知った後に発生したと解すべきであるが、かかる時点で発生した債権は破産宣告後に発生した劣後的破産債権と同格というべきで、これについて相殺を認めると財団債権よりも有利な取扱いを認めることになる。

(二)  本件について相殺を認めると、実質的に注文者は解除権行使によって違約金が満額回収できることになり、双方未履行双務契約について破産管財人に契約の履行選択の余地を認める破産法五九条を空文化する。

(三)  違約金を高額に設定すると、破産申立てに基づく解除によって注文者が利得することがあり得る。

(四)  したがって、支払停止後破産申立てを知ってなした解除に基づく違約金債権を自働債権とする相殺は相殺権の濫用である。

五  争点

1  本件違約金債権を自働債権とする被告らによる相殺が、破産法一〇四条四号の相殺禁止に該当するか。

2  支払停止後破産申立を知ってした解除に基づく違約金債権を自働債権とする相殺は相殺権の濫用となるか。

第三争点に対する判断

一  まず、本件相殺が破産法一〇四条四号に該当するかについて検討する。

証拠(甲二、六、八、一二、一八、丙三、八、一三、丁一号証)によれば、竹下組と被告らとの間の本件各請負契約書における解除違約金条項は「前項の規定により契約が解除された場合においては、乙は請負代金額の10分の1に相当する額を違約金として甲の指定する期間内に支払わなければならない」というものであることが認められるが、その意味するところは請負人である竹下組の事情に基づく契約解除がされた場合、竹下組が発注者である被告らに対し約定の違約金を支払うというものである。

このように、右合意は、被告らの違約金請求権の効力発生を竹下組の事情に基づく被告らによる請負契約の解除という成否未定の事実に係らせるものであり、右解除の事実の発生は違約金請求権発生のための附款となるものである。すると、右合意の時点において発注者たる被告らの損害賠償請求権は停止条件付債権として既に発生しているものと解するのが相当である。

右結論を前提として判断するのに、被告らは、竹下組が平成一一年七月九日に破産の申立てをした後、竹下組又は原告に対し本件各請負契約を解除する旨の意思表示をしたものであり(前提となる事実2ないし4の各(三))、その経緯の内容は解除違約金条項に規定する違約金請求権の効力発生の事由に該当し、その停止条件が成就したものと認められるものであるが、破産債権者は、破産宣告の当時破産者に対して債務を負担するときには、破産手続によらないで相殺をすることができるのであり(破産法九八条)、本件において、破産宣告前に解除の意思表示をした被告国及び同公団についてはもとより、破産宣告後に解除の意思表示をした被告東京都についても、債権者又は破産債権者として、停止条件の成就により効力が生じた違約金債権を自働債権とする相殺をすることができるものと解するのが相当である。

二  右の点につき、原告は、本件違約金債権は停止条件付債権ではなく請負契約解除時に発生したものであって、右時点は被告らが竹下組の破産申立て又は支払停止を知った後であるから、被告らによる相殺は破産法一〇四条四号の相殺禁止に該当すると主張する。

しかし、本件のように請負契約が締結され、その契約に関する違約金の予定についての合意が同時にされている場合、違約金発生の直接の基礎になる合意は竹下組の支払停止又は破産申立てよりも前の時点で既に法律関係として存在しているのであり、前記のとおり、被告らは右合意により違約金債権を停止条件付債権として取得したものであるから、破産法一〇四条四号本文に規定する「破産者ノ債務者カ支払ノ停止又ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リテ破産債権ヲ取得シタルトキ」には該当しないものと解するのが相当である。

実質的に考察しても、右条項が相殺を禁止した趣旨は、破産宣告前であっても、支払停止又は破産宣告があった後のいわゆる危殆状態においては、破産債権の実価は低下するのが通常であるところ、破産者に対する債務を負担している者が右の時期において実価よりも下落した破産債権を取得して相殺に供するのは、不当に有利に債務の消滅を図るものであり、法が想定する本来の相殺の趣旨を逸脱するものであることから、このような駆け込み的に取得した債権による相殺を許容しないとする点にあるが、本件のように、工事の発注者と請負人とが請負契約締結に際して本件のような解除違約金条項(損害賠償の予定)の合意をした場合、発注者は、その時点において、特定の事由に基づく解除がされたときには右条項によって定められた額の違約金請求権が発生するものと合理的に期待し得るのであり、その違約金債権の効力発生時期が発注者において相手方の破産の申立てを知った後であるとしても、右破産申立者の危殆状態を知りつつ駆け込み的に相殺適状を作り上げたものではないから、発注者が違約金債権を自働債権として相殺をすることが、破産法一〇四条四号本文に規定される相殺禁止の趣旨に反するものとは到底認めることができない。しかも、本件のように請負契約における発注者が請負人側の事情により契約解除に至った場合、発注者は工事の続行が容易に捗る保障もないことなどから、不測の損害を受けかねない事態に陥ることになるのであり、本件の解除違約金条項はそのような発注者の負担を軽減する趣旨で合意されたものであると解されることからしても、発注者が解除違約金条項により取得した違約金債権に基づく相殺については、これを許容してその担保的機能を保護することが契約関係における当事者間の衡平に合致するものというべきである。

したがって、原告の主張は採用することができない。

三  なお、原告は、被告らによる相殺が許容されるとしても、相殺が許される受働債権は解除違約金条項が合意された当該請負契約の請負代金請求権に限られるものと主張する。

しかし、被告らの本件各相殺について、原因とみなされる契約等において、相殺による担保的機能が明示的に予定されているものに限られるとの原告の解釈は独自のものである上、当事者が解除違約金条項の合意時に期待し得た相殺の担保的機能を限定すべき合理的な根拠を何ら見い出すことはできないから、原告の右主張は採用の限りではない。

したがって、被告国は、砧契約によって生じた違約金債権を自働債権とし、田園調布契約、多摩川契約1及び多摩川契約2に基づく各請負代金債権を受働債権として相殺することができるし、また、被告公団は、南永田契約、浦安契約及び北坂戸契約によって生じた違約金債権を自働債権とし、ビューコート契約及び金町契約に基づく各請負代金債権とを相殺することができるものというべきである。

四  本件相殺が相殺権の濫用となるかについて更に検討する。

1  原告の主張3(一)について、原告の主張は本件違約金請求権が請負契約解除時に発生することを根拠とするものであるが、前記のとおり、本件違約金請求権は請負契約締結時に停止条件付債権として成立しているのであるから、右債権が破産宣告後に発生した劣後的債権と同格であるとは認めることができない。

2  同(二)について、破産法五九条は相手方の解除を否定して破産管財人が履行を選択した場合に常に履行を強要するものではなく、他に正当な解除事由が存在する場合には破産管財人による履行選択の余地がなくなることは当然である。したがって、原告の主張は理由がない。

3  同(三)について、賠償額予定契約において違約金が不当に著しく高額に設定された場合には、その契約に基づく権利行使の違法性を論じる余地が生ずるといい得るが、本件においては、賠償予定額は請負代金額の一〇分の一相当であり、右違法性を論じる余地もないというべきであるから、原告の主張は理由がない。

4  なお付言するのに、本件における賠償額予定契約は契約解除時に請負人の保護・社会経済上の損失回避の観点から解除時までの出来高部分を注文者が買い取ることにより生じる他の請負人による工事続行までの現場管理費等の工事費用を債務を履行できなかった請負人に負担させることとするものであって、極めて正当な目的に出るものである。

5  以上のとおりであり、原告の相殺権濫用の主張はすべて理由がなく、失当である。

したがって、本件における被告らによる相殺が相殺権の濫用であるとは到底認めることができない。

五  よって、原告の主張にはいずれも理由がなく、被告らによる相殺は有効であるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 高橋譲 裁判官 本山賢太郎)

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