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東京地方裁判所 平成11年(ワ)23023号 判決 2002年11月07日

原告 X

同訴訟代理人弁護士 舟辺治朗

宇田川博史

納谷全一郎

被告 都市環境開発株式会社

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 西村國彦

松村昌人

船橋茂紀

松尾慎祐

泊昌之

若山保宣

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、3600万円及びこれに対する平成11年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要及び争点

本件は、被告の運営する「鳳琳カントリー倶楽部」の正会員として入会保証預託金3600万円を被告に預託した原告が、その預託金の返還を求めている事案である。

1  前提となる事実(認定した事実には証拠を掲記した。)

(1)  当事者等

ア 被告は、「ゴルフ場、スポーツ・レクリエーション施設の経営」等を目的とする株式会社であり、「鳳琳カントリー倶楽部」という名称のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を経営し、かつ、同名称の会員制ゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)を運営している。

イ 原告は、平成元年7月4日、本件クラブの正会員入会申込書を被告に郵送することにより本件クラブへの入会を申し込み、平成元年8月18日ころ、被告に対し、3600万円の入会保証預託金を預託して、本件クラブの正会員となった。(甲1)

(2)  本件クラブの会則

原告の入会時における本件クラブの会則(以下「本件会則」という。)には、以下のような定めがある。(乙1)

ア 入会保証預託金は、入会保証預託金証書の発行の日より10年間据置くものとする。(第13条3項)

イ 会社は、理事会の同意を得て、会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき、又は、本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき、あるいは、天災地変、社会情勢の著しい変化、その他止むを得ない事態が発生したときは、第13条3項の据置期間を一定の範囲内延長することが出来る。(第15条1項、以下「本件延長条項」という。)

ウ 会社は、前項により据置期間を延長した場合、会員に対し、理由を付して据置期間の延長を通知しなければならない。(第15条2項)

エ 入会保証預託金は、据置期間経過後、本倶楽部退会の際、入会保証預託証書及び会員証と引換えに返還する。但し、理事会の承認による、入会保証預託金の据置期間延長の場合は、その延長期間経過後とする。(13条6項)

(3)  据置期間延長の決議と通知

被告は、最初の据置期間の経過前である平成8年8月30日付けで、持ち回り決議の方式により理事会の同意を得て、翌31日の取締役会において、本件クラブの入会保証預託金の据置期間を10年間延長すること(同意を得られた会員については同意を得られた日から10年間、同意を得られなかった会員については当初の償還期限から10年間)を決定し(以下「本件延長決議」という。)、原告に対し、平成8年9月2日付けで据置期間の延長及びその理由を直接告知して通知した。(乙4、乙5)

(4)  原告の退会の意思表示

原告は、被告に対し、平成11年9月22日到達の内容証明郵便により、同月30日をもって本件クラブを退会する旨の意思表示をした。

(5)  本件クラブと被告との関係等

被告は、本件クラブの会員から入会保証預託金(以下「預託金」という。)の預託を受け、これらを資金として本件ゴルフ場を開設・経営するとともに、本件クラブの運営を行っており、本件クラブには実質的な社団性はない。本件クラブへの入会行為の法的性質は、入会者と被告との間の個別の契約であり、本件会則は、同契約の内容を構成する約款たる性質を有する。

2  争点

本件の争点は、以下のとおりである。

(1)  原告が本件会則の内容を承認して会員となったか否か

(2)  本件延長条項の有効性

(3)  本件延長決議の有効性

ア 理事会の持ち回り決議の有効性

イ 本件延長決議が本件延長条項の要件を充足しているか否か

ウ 本件延長決議の効力が延長に同意していない原告に対しても及ぶか否か

(4)  被告による同時履行の抗弁の主張の適否

第3争点に対する当事者の主張の要旨及びこれに対する当裁判所の判断

1  争点(1)(原告が本件会則の内容を承認して会員となったか否か)について

【原告の主張の要旨】

(1) 本件会則に基づく合意の不成立

ア 原告は、本件クラブに入会するに際し、紹介者から入会申込書とパンフレットを手渡されただけであり、後に、被告から本件会則などを受け取ったこともないから、原告と被告との間には、本件会則に基づく合意は成立していない。

イ 原告が署名して提出した入会申込書には、本件会則に従う旨の文言があるが、小さい活字で印刷された不動文字に過ぎず、このような申込書に署名しただけで本件会則の内容が直ちに原告と被告との契約内容となることはない。

(2) 本件延長条項についての合意の不成立

ア 仮に、被告が本件会則を原告に対して事前に交付していたとしても、小さい不動文字で書かれた会則を事前に熟読して入会する者は現実問題として皆無である。会員に対して重大な影響を与える本件延長条項のような条項については、信義則上、積極的な開示義務・説明義務があり、申込者に対して入会前に特に説明し確認させたうえで入会させるのでなければ、その拘束力を及ぼすことはできないと解するべきである。被告は、会員が最も注意を払う入会保証預託金証書において、10年間の据置を記載しながら、その期間が延長される場合があることを記載していないから、前記の開示義務・説明義務を果たしていない。

イ 被告は、預託金会員制ゴルフ場における預託金会員制度の性質を主張し、この制度においては、もともと10年間という据置期間の経過後に、ゴルフ場経営会社が多数の会員に対して預託金を返還するということは予定されておらず、そのことは会員となろうとする者においても承知していることであると主張するが、原告にはそのような認識はない。原告は、かつての上司から入会を勧められた一消費者に過ぎず、預託金は10年後に返してもらえると思っていた。したがって、仮に、本件延長条項について合意が成立している部分があるとしても、せいぜい「天変地変」又はそれに類する事態が発生した場合に関してだけである。

【被告の主張の要旨】

被告は、原告が入会申込書を提出するにあたり、予め原告に対してパンフレットと本件会則を交付している。原告は、本件会則を承認して入会を申し込んだ者であり、本件会則は、原告と被告との契約の内容を定めるものとして原告を拘束する。

【当裁判所の判断】

(1) 証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

ア 原告は、貿易会社の代表取締役であり、本件クラブに加入する以前に2つのゴルフ場の会員となっていた。(乙2、原告本人)

イ 原告は、平成元年6月ころ、以前に原告が株式会社博報堂に勤めていたころの上司であったB、Cの両氏から、博報堂が関与しており経営に間違いのないゴルフ場であるとして、本件クラブへの入会を勧められた。

ウ 被告は、一般に、本件クラブの入会希望者に対し、本件会則を記載したA4版の冊子、表紙に金文字で「鳳琳」と書かれたB4版本文24頁カラー刷りのパンフレット、会員募集要項、正会員入会申込書(以下「本件申込書」ということがある。)及び入会申込書を被告宛に郵送するための料金受取人払いの封筒を一式として、これらを、表面に金文字で「鳳琳カントリー倶楽部」などと記載されたB4版より若干大きい厚紙のバインダー様のものに挟み込んだもの(以下「本件パンフレット等一式」という。)を交付していたところ、平成元年6月13日ころ、博報堂の関係者から原告を紹介され、同日ころ、原告に対し、本件パンフレット一式を送付した。(乙46ないし乙50、乙56、乙57、被告代表者)

エ 原告は、本件ゴルフ場のパンフレットを見て日本庭園風のコースであることに興味を持ったことや、B、Cの両氏を信頼していたことから入会を決め、平成元年7月4日ころ、本件申込書に自ら必要事項を記載したうえ、郵送により被告に提出した。原告は、平成元年8月9日ころ、被告から入会を承認され、同月18日ころ、被告に対し、入会金400万円及び入会保証預託金3600万円を納めて本件クラブの正会員となった。(甲1、甲9、乙2、原告本人)

オ 本件申込書には、冒頭に、「本件クラブ会則を承認のうえ募集要項に従い入会を申し込みます。」との記載がある。(乙2)

(2) 前記認定の事実によると、原告は、本件クラブに入会するに際し、本件クラブには本件会則が存在し、入会すればその会員には本件会則の定めが適用されることを認識したうえで、本件クラブへの入会を申し込んだと認めるのが相当である。

原告本人は、交付されたのは本件申込書とパンフレットだけであり、本件会則の交付を受けたことはないと供述をしているが、そのように明言する一方で、交付を受けたパンフレットが乙46号証と同様のものであったか否かについては記憶がないと答えるなど必ずしも確かな記憶ともいえないこと、原告に本件クラブへの入会を勧めた紹介者が、本件パンフレット一式のうち、ことさら一部だけを抜き出して原告に渡すということは常識的に考えにくいこと(募集要項がなければ預託金の金額すらわからない)、原告が入会申込書を紹介者に手渡しするのでなく被告に郵送で提出していることなどに照らすと、原告の供述は採用できない。

(3) 前記(2)を前提にすると、原告は、被告との間の契約関係において、本件延長条項を含む本件会則の適用を受けるというべきである。

原告は、被告が本件延長条項に関する開示義務・説明義務を果たしていないこと及び原告が現実に本件延長条項の存在を認識していなかったことを理由として、原告には本件延長条項は適用されない、仮に、適用されることがあるとしても、せいぜい「天変地変」又はそれに類する事態が発生した場合だけであると主張する。

しかしながら、前記のとおり、被告は原告に本件会則を交付していると認められるから開示義務は果たされているし、本件会則は、一読して特別難解な内容ではなく、原告から何ら個別的具体的な質問もないのに特別に説明義務が課されると解すべき根拠もない。本件延長条項についても、その効力の有無は別論として、預託金会員制ゴルフ場のゴルフクラブの会則にこのような条項が存在すること自体は、高額の預託金を支払って預託金会員制ゴルフ場の会員権を取得しようとする者の間においてはむしろ常識的なことがらであるところ、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件クラブに入会する以前に、預託金会員制とそうでないものとの2つのゴルフ場の会員となったことがあり、かつ、預託金会員制ゴルフ場のシステムに関する基本的な理解も備えていたことが認められるから、本件延長条項の存在を認識していなかったという原告の供述はにわかに採用できない。

さらにいえば、仮に、原告が本件延長条項の存在を認識していなかったとしても、被告においては、本件パンフレット一式を交付した相手方から本件申込書によって入会の申込みを受けた以上、当該申込者が本件会則の内容を認識し、承認しているものとの前提に立って手続を進めるのであり、このことは、経済取引社会における当然の約束事というべきであるから、実際には、当該申込者において、本件会則の各条項を逐一熟読していなかったとしても、本件会則が存在することを認識して申し込んだ以上、本件会則の適用について包括的に同意したものと認めるのが相当であって、後に、自分が各条項を逐一熟読していなかったことを理由に、個別の条項について同意していないと主張することは許されない(なお、個別条項が包括的同意に親しまない不合理な内容である場合には、例外的に包括的同意の効力の範囲外と解釈すべき場合や、条項の効力そのものを否定すべき場合があり得るが、本件においては、この点は、本件延長条項の効力の問題として後に判断する。)。

(4) 以上のとおり、原告は、本件延長条項を含む本件会則を承認して会員となったものと認めるのが相当である。

2  争点(2)(本件延長条項の有効性)について

【原告の主張の要旨】

本件延長条項は、預託金会員制のゴルフ会員権の最も基本的な権利である預託金返還請求権を、被告の一方的な意思(理事会には実態がなく、その同意には意味がない。)により大幅に制限できることとするものであり、純粋随意条件を無効とする民法134条の趣旨との対比からしても、効力を有しないと解すべきである。

したがって、預託金の据置期間を延長するためには、会員の個別的な同意が必要であり、同意を与えていない原告に対して据置期間の延長を主張することはできない。

【被告の主張の要旨】

本件延長条項は、以下のような見地から定められた合理的な条項であり、原告被告間の契約内容を定めるものとして有効である。

(1) 預託金会員制ゴルフ場における預託金会員制度の性質

ア 預託金会員制ゴルフ場は、多数の会員から利払いの負担のない資金を調達し、ゴルフ場用地の買収・開発・諸設備の整備・当座の運営などの事業資金として使用することを予定した制度であることは公知の事実である。

イ ゴルフ場経営会社の事業収益は、せいぜい年1億円に過ぎないので、集めた預託金全額に対応する返還原資をプールすることはできない。預託金の償還は原則として会員権市場における売却により対応することが予定されているのであり、償還期限の到来する10年後に預託金を全面返還しなければならないという事態は、事業の終了(会社の解散・清算)を想定することであって、そのような事業計画はあり得ない。そのことは会員においても当然に承知していることである。

(2) 預託金会員制ゴルフ場会員権の性質

ア ゴルフ会員権契約は、形式的には、会員とゴルフ場経営会社との間の個別的契約であるが、必然的に他の多数の会員を伴うことが予定され、かつ、このことを契約当事者において相互に理解しているという集団的契約関係性がある。そのため、個別的契約は、集団的契約関係性に由来する一定の制限を受ける。このことは、本件会則の3条にも目的として明記(「本倶楽部は、会員の卓越した見識と、会員尊重を根幹とした会社の経営理念とをもって、真の倶楽部ライフの確立を目指し、広く会員に資することを目的とする。」)されている。

イ 優先的プレー権と預託金返還請求権との複合的地位が預託金会員制ゴルフ場の会員権の本質であるから、いずれか一方の権利に偏重するあまり、他方の権利を過度に制約することになってはならない。前記アのとおり、本来、預託金が据置期間経過後に全面返還されることは制度上予定されていないのであるから、優先的プレー権を確保するために真に必要であり、適切な代替措置等がとられている場合などについては、預託金返還請求権に対する制約が許容される。

(3) 据置期間延長制度の合理性

ア 据置期間の延長制度は、預託金会員制ゴルフ場の安定経営を可能にするため、会員からゴルフ場の経営を付託されたゴルフ場経営会社が、会員権市場価格の額面割れの事態等による預託金返還請求の殺到に対処するために規定されたものである。

イ 据置期間の制度は、一定の期間内にゴルフ場の設備等に対して投資することによりゴルフ場の価値を上げ、ゴルフ会員権の市場価値を高めることによって、預託金返還請求の行使よりも市場での売却の方が望ましい環境を作り出すことを可能とするためのものである。そして、据置期間の延長の定めは、会員権の市場価格が預託金額面額を長期的にかつ著しく割り込み、預託金返還請求が殺到する場合に備えて、緊急避難的に事態に対処できるようにするための制度である。

ウ ゴルフ場経営会社は、延長された一定の期間内に、会員権の分割など種々の措置を講じて会員権の市場価格が預託金額面額を割り込まないようにし、あるいは、一部会員の返還請求に対応する償還原資を準備して、返還請求に対処することができる。

(4) 本件延長条項の文言等

ア 被告は、オイルショック期における前例を検討したうえで、本件延長条項の文言を検討し、「社会情勢の著しい変化」といった文言に加え、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」との要件を追加している。バブル経済の崩壊及びそれに伴う会員権市場価格の著しい下落を理由として預託金据置期間の延長を行うことが、これらの文言に適合していることは明らかである。

イ 本件延長条項は、据置期間の延長を行うことができる場合を、要件を定めて限定しており、純粋随意条件ではない。

ウ 被告は、申込者が入会に際して本件会則の内容を確認できるよう読みやすくするため、内容に応じて章を分け、各条文ごとにタイトルを付け、文字の大きさや配色にも細心の注意を払い、1頁をA4サイズとして6頁にわたる「鳳琳カントリー倶楽部会則」を作成した。特に重要な本件延長条項については、独立の条項を設け、「入会保証預託金の据置期間延長」というタイトルを付して延長要件を明確化した条項を作成した。

エ 被告は、入会希望者に対し、パンフレット・会則・入会申込書・ビデオテープなどを一式にまとめて送付し、また、被告において、申込者の中から、本件クラブの会員に相応しい者、すなわち、鳳琳カントリー倶楽部におけるプレーを満喫することを目的とする人を厳選した。このような見地から、被告は、会員募集に際し、いわゆる会員権販売業者等を一切使用しなかった。

【当裁判所の判断】

(1) 原告は、民法134条の趣旨との対比からしても、本件延長条項は効力を有しないと主張する。しかしながら、同条はいわゆる純粋随意条件の効力を否定する規定であるところ、本件延長条項が純粋随意条件でないことはその文言から明らかであり、かつ、規範的な条項であるとはいえ要件を充足しているか否かを客観的に判断することが可能であるから、原告の主張には理由がない。

(2) 本件ゴルフ場は、預託金会員制のゴルフ場であるところ、この制度は、被告が主張するように、多数の会員から利払いの負担のない資金を調達し、ゴルフ場用地の買収・開発・諸設備の整備・当座の運営などの事業資金として使用することを予定した制度であり、預託金の償還は原則として会員権市場における売却によって行われることが期待されている。したがって、その是非はともかく、この制度においては、ゴルフ場開場から最初に到来する預託金償還の時期において、ゴルフ場経営会社がゴルフ場の事業収益により預託金全額を返還するということは当初から予定されていないから、ゴルフ場経営会社に対する預託金返還請求問題が、当該ゴルフ場の存続の可否に重大な影響を与えることは避けられない。本件延長条項は、そのひとつの現れであって、預託金会員制ゴルフ場の会則には、定め方の違いこそあれ、預託金据置期間が延長される場合に関する何らかの規定が必ず設けられているといっても過言ではない。そして、そのことは、預託金会員制ゴルフ場の会員権を購入しようとする者にとっては常識的範疇に属することがらであると認められる。このような預託金制ゴルフ場のシステムとその会員権との関係に照らすと、ゴルフクラブの会則において、一定の合理的な要件のもとで預託金据置期間を延長することができる条項を設けること自体には一応の合理性があるから、会員の重大な権利を制約するからというだけで直ちに違法であるとか無効であるとはいえない。

(3) なお、本件延長条項については、本件延長条項自体に対する会員の事前の承認があるとはいえ、後日の具体的な延長措置の決定について個々の会員が直接関与することができない内容になっていることに照らすと、このような条項に対する事前の承諾の拘束力を認めるためには、後日の具体的な延長措置自体に、必要性と許容性の両面において合理性が認められなければならないというべきであるが、この点は、本件延長条項自体の有効性とは別個に検討すべきである。

3  争点(3)(本件延長決議の有効性)

【原告の主張の要旨】

(1) 理事会の持ち回り決議

本件延長条項は、理事会の同意を要件としているところ、本件延長決議の前提となる理事会の同意は持ち回り決議によってなされており、無効である。

(2) 要件該当性の不存在

本件において、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき、又は、本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき、あるいは、天災地変、社会情勢の著しい変化、その他止むを得ない事態が発生したとき」に該当する事実はない。預託金返還請求権が会員にとって極めて重要な権利であることに照らすと、本件延長条項の適用は厳格に制限されるべきであり、天災地変や戦争などの非常事態の場合にのみ適用が正当化される。したがって、経済的不況は、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」にも「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」にも当たらない。

(3) 被告における放漫経営

被告には、

ア 当初の予定を変更してゴルフ場建設に過大な費用をかけたこと

イ 予定していた会員募集を早期に打ち切り、余裕資金を残していなかったこと

ウ 集めた預託金を銀行からの借入れの返済に充てることを怠り、10億円近くの過大な利子債務を負担したこと

エ ヘリコプター事業の失敗により、子会社に対する24億円もの不良債権を有するに至ったこと

といった放漫経営があり、預託金返還が不可能になったことについて過失があるから、会員の預託金返還請求権を制限することは許されない。

【被告の主張の要旨】

(1) 理事会の持ち回り決議

持ち回り決議の方法による同意も有効である。また、被告は、事前に個別に各理事の意見を聴いて同意を得ている。

(2) 据置期間延長措置に対する個別的同意の要否

労働者の保護を重視する労働法の分野においてすら、一定の要件のもとで、変更された就業規則が個別的同意を与えていない労働者に対して適用されることを認めている。預託金会員制ゴルフ場における預託金据置期間の延長についても同じようなことがいえるのであり、「据置期間の延長の必要性」と「据置期間延長の内容」の両面から延長措置の合理性を検討すべきであり、合理性を有する延長措置については、個別的同意をしていない会員に対しても拘束力を有する。

(3) 据置期間延長措置の合理性の判断基準

以下のような基準を充足する据置期間延長措置は合理性を有すると解するべきである。

ア 当事者が入会契約の締結当時には予見することのできなかったような経済事情の変動が生じたこと

イ 預託金の返還請求に応ずると倒産が必至であること

ウ 会社の経営の維持のために真にやむを得ない場合であって、他に採りうる手段がないこと

エ ゴルフ場経営会社が経営努力をしており、かつ、会員権の分割などの据置期間延長の代償措置をとっていること

オ 延長の期間が、会員の基本的な権利である預託金返還請求権を剥奪するに等しいような長期間でないこと

カ 延長された据置期間の経過後には、希望する会員からの預託金返還請求に応ずることが合理的に期待可能であること

キ 少なくとも、会員の3分の2以上及び預託金総額の3分の2以上の賛成があること

(4) 本件における据置期間延長措置の必要性

バブル崩壊以後の社会経済情勢の急激な変化により、会員権の市場価格が長期的にかつ著しく預託金額面金額を下回る事態となったことは、「社会情勢の著しい変化」に該当する。これは、被告が本件クラブに入会した当時には予見することができなかったことである。また、これにより被告に対する預託金返還請求が殺到する可能性が高いところ、そうなると、被告が倒産に至ことは必至であるから、据置期間延長措置を行うことが「会社の経営を円滑に遂行するため必要」であることも明らかである。

したがって、被告の据置期間延長決議は、本件延長条項を個々の要件を定めたものと理解した場合でも、本件延長条項を一体的・全体的に理解した場合でも、いずれもその要件を充足している。

(5) 被告の行った据置期間延長措置の内容

ア 据置期間の延長は「一定の期間内」でしか行うことはできない。被告は、本件延長条項による延長は1回に限り行うものであり、再度の延長は絶対に行わないものと解釈している。

イ 被告は、会員権の分割により預託金額面額を均一に低額化して会員権の市場価格と預託金額面額との差額を小さくして預託金返還請求が起こりにくくしたうえで、経営の合理化等を徹底して預託金返還請求に対応する償還原資を準備するのに必要な期間、若しくは、抜本的に預託金会員制のゴルフ場から株主会員制のゴルフ場に変更する等の措置を講じるのに必要な期間という見地から慎重な検討を重ねた結果、10年間という延長期間を決定した。

ウ 被告は、据置期間延長の代替・代償として、以下のような措置をとった。

(ア) 年会費の免除

被告は、据置期間の延長及び会員権の分割に同意した会員に対し、年会費6万円を10年間免除した。

(イ) 名義変更の不停止

会員権の分割にあたり、会員権市場における影響に配慮して名義変更を停止するのが通常であるが、被告は、これを停止せず、分割後に会員が会員権市場において資金を回収する方法を確保している。

(ウ) 登録会員制度の創設

会員権を譲渡せずに1口につき1名に限り登録会員を設けることにより、従来の会員は、会員権を譲渡することなく、第三者に鳳琳カントリー倶楽部における優先的プレー権を行使させることができる。

(エ) 委員会の充実

被告は、従来の運営委員会・会員資格審査委員会・競技ルール委員会・エチケットフェローシップ委員会・ハンディキャップ委員会に加えて、広報委員会・レディース委員会・キャディー委員会・コース委員会・ハウス委員会・会員権委員会・新システム準備委員会を新設し、会員相互のコミュニケーションを図り、広く会員の意見をゴルフ場経営に反映させるような仕組みを取り入れている。

エ 被告は、据置期間の延長という問題の重大性に鑑み、延長決議を書面により通知するだけに止めず、平成8年9月から平成8年12月にかけて、被告の取締役4名及びその他の役付社員3名の7名が分担して全会員のもとを回り、個別に、被告の状況(預託金総額、預託金の使途、償還原資の有無、経営状況等)及び据置期間を延長する以外にゴルフ場の存続を図る途がなかったことを説明した。その結果、平成12年1月29日現在において、総会員の96パーセントにあたる834名の会員から、据置期間の延長及び会員権の分割についての同意が得られている。

(6) 会員の実質的保護の要請

ア 預託金会員制ゴルフ場の会員権について、据置期間延長措置の効力を否定して預託金返還請求を認容することは、ゴルフ場経営会社の倒産を招来することになり、会社の最大の資産である不動産は全て抵当権者に対する弁済に回ってしまい、勝訴した会員自身はわずかな配当等を得るに過ぎないうえに、訴訟を提起していない多数の会員の優先的プレー権を奪うことになり、実質的な意味で会員の保護にならない。将来、預託金の償還を困難にしている事由が消滅した段階において、預託金の全面的償還が確保されるのであれば、据置期間を延長することが会員の実質的保護に資する。

イ 本件クラブのように、会則の条項が整い、情報開示を正しく行い、代替措置・代償措置を講じ、圧倒的多数の会員の同意を得ている場合においてまで据置期間延長決議の効力を否定し、一部会員による預託金返還請求を認容することは、ごく一部の少数者の権利保護という名目のもとで圧倒的多数の会員に対する権利侵害が是認されることになる。全会員の実質的保護の見地からは、訴訟上救済されるべきゴルフ場と、救済されるべきでないゴルフ場の線引きが適切になされることが必要である。

【当裁判所の判断】

(1) 持ち回り決議による理事会の同意の効力について

原告は、持ち回り決議の方法による理事会の同意は無効であると主張するが、持ち回り決議の方法によっているからというだけで無効とする理由はないから、原告の主張は採用できない。

(2) 本件延長決議が本件延長条項の定める要件を充足しているか否かについて

ア 証拠(甲16、証人D、被告代表者)及び弁論の全趣旨によると、

(ア) 本件クラブの会員募集は、昭和61年9月から平成3年5月まで行われ、総会員数は、法人・個人をあわせて869名であったこと

(イ) 本件延長決議がなされた当時、本件クラブの会員権の預託金額面金額は、700万円、900万円、1350万円、1800万円、2700万円、3600万円、4500万円及び6300万円の7種類であり、預託金の総額は221億5500万円であったこと

(ウ) 預託金の償還期限は、平成8年9月から順次到来する予定であったが、平成8年8月時点における本件クラブの会員権の市場価格は約900万円であったことから、1350万円以上の額面金額の会員権については、預託金返還請求権が行使される可能性があったところ、当時、1350万円以上の額面の会員権の預託金の合計額が199億5300万円であったにもかかわらず、被告が平成8年7月31日時点において保有していた「現金及び預金」の総額は、1億5013万1601円であったこと

(エ) 当時、バブル経済崩壊後の不況の影響を受けて、ゴルフ会員権市場が長期的にかつ著しく低迷し、回復の兆しも特になかったこと

(オ) 預託金返還請求に応じるに足りるだけの資金を銀行借入れ等により確保することは不可能であったこと

が認められる。

イ 前記アの状況は、本件延長条項にいう「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき、又は、本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」に該当するということができる。

この点は、原告は、バブル経済の崩壊によるゴルフ会員権市場の長期的かつ著しい低迷により、据置期間経過後に本件クラブを退会して預託金返還請求権の行使を求める会員が殺到する可能性がある事態となったことは、本件延長条項にいう「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」にも「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」にも当たらないと主張する。

しかしながら、前記のとおり、預託金会員制ゴルフ場の経営において、ゴルフ場開設から最初に到来する預託金償還期限に大多数の会員が預託金返還請求権を行使するに至れば、早晩ゴルフ場経営会社の倒産(法の定める会社更生手続や民事再生手続等を申し立てることも含む。)という事態を招来することは明らかである。そうなると、一般債権者に過ぎない本件クラブの会員は、優先的プレー権を失なったうえに極めてわずかの配当を得るだけという事態も十分あり得る。このような事態をして、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」にも「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれがあるとき」にも当たらないと解釈するというのは文理的にあまりに無理がある。それは、むしろ、文言の如何にかかわらず、ゴルフ会員権市場の長期的かつ著しい低迷といった理由による預託金据置期間の延長を認めない見解、即ち、本件延長条項の効力そのものを否定する見解というべきであって、当裁判所がかかる見解を採用しないことは、前記2のとおりである。

ウ また、本件においては、当初、当事者双方が、会員権市場の低迷という事態に対する予測可能性の観点から本件延長決議の有効性について主張していたことに鑑み、この点についても検討する。

バブル経済崩壊後の不況による会員権市場のここまでの低迷を客観的に予測し得たか否かについては、それぞれの価値観に基づき様々な評価が可能であろうが、本件において、被告は、220億円以上の預託金を集めて預託金会員制ゴルフ場を開設した者であり、原告は、3600万円という高額の預託金を預託して本件クラブの会員権を取得した者なのであって、この両者において、ともに今日の事態の発生を具体的に予見していなかったことは、常識的にみて明らかというべきであろう。

しかしながら、「今日の事態を具体的に予見することはできなかったとしても、他方において、経済情勢の先行きの的確な予測が極めて困難であることを自覚し、かつ、預託金会員制ゴルフ場という制度そのものに内在する預託金償還の困難性を十分考慮して、一定の要件のもとに据置期間の延長が可能となるような会則を整備したうえで、事前にこれを申込者に示し、その同意のもとに入会させることにより、不測の事態に備えるいわば安全装置とすること自体は可能なのであり、預託金会員制ゴルフ場を開設しようとする経営者は、当然、そのような措置を講ずるべきだという考え方」もあり得るのであって、この点は、まさに自由競争原理と契約自由の原則が適用される場面だというべきである。そうすると、本件延長条項の解釈にあたっては、預託金会員制ゴルフ場というスキームそのものに対する価値判断はひとまず背後に留め、預託金返還請求権が会員にとって重要な権利であるという性質論から直ちに結論を導くのではなく、まずは、原告と被告との間の契約内容の根幹である本件延長条項の文言を吟味し、この文言が、預託金会員制ゴルフ場を開設した者と、その会員になろうとする者との間で用いられた文言であることを前提として、素直にその意味を探究すべきである。

本件において問題となるのは、契約自由の原則に則って定められた「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき、又は、本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」という要件の解釈であるところ、本件延長決議がこの要件を充足していると解するのが相当であることは既に判断したとおりである。このような解釈は、少なくとも、本件契約を締結した当事者である原告と被告にとって、何ら予想外の解釈ではないはずである。原告の指摘するところは、不況による会員権市場価格の低迷が「天変地変」ないしそれに類する事態に当たらないことの理由とはなっても、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」にも「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」にも当たらないとする理由にはなり得ない。

(3) 本件延長決議の効力が延長に同意していない被告に対しても及ぶか否かについて

ア 前記のとおり、本件延長条項が原則として有効であるとしても、実際に行われた個別具体的な据置期間延長措置が、これに対して個別的同意を与えていない会員に対しても拘束力を持つためには、当該措置自体に必要性と許容性の両面において合理性が認められなければならない。そこで、この点についてさらに検討する。

イ 証拠(甲16、証人D、被告代表者)及び弁論の全趣旨によると、被告が行った据置期間の延長措置の具体的内容は、概ね、前記3の【被告の主張の要旨】の(5)において摘示したとおりであり、預託金返還請求権という会員にとって重要な権利を制限する代わりに、会員権の分割等により、会員の投下資本回収の途を多少なりとも開くとともに会員権の流通によって今後の預託金償還期限を分散させ、かつ、優先的プレー権を有する者を増やして利用者数の拡大を図り、他方でリストラ等により経費を節減するなどして増収を図るなど、相当の経営努力を続けていることが認められる。

その結果、平成12年1月29日現在において、総会員の96パーセントから預託金据置期間の延長に対する同意が得られ、同時に、預託金会員制から株主会員制などの新システムへの移行をも検討してこれに賛同する会員を増やす努力も続けられており、これらの措置により、被告において、再度の据置期聞の延長を行うことなく、将来的に預託金返還問題を抜本的に解決し得る可能性も出てきている。

これらの事実を総合考慮すると、本件における具体的な延長措置の内容は、当時として、十分合理性を有するものであったということができる。

ウ なお、原告は、被告が、①当初の予定を変更してゴルフ場建設に過大な費用をかけたこと、②予定していた会員募集を早期に打ち切り、余裕資金を残していなかったこと、③集めた預託金を銀行からの借入れの返済に充てることを怠り、10億円近くの過大な利子債務を負担したこと、④ヘリコプター事業の失敗により、子会社に対する24億円もの不良債権を有するに至ったこと、を指摘して、被告に放漫経営があったと主張している。

これらのことと、本件延長決議の有効性との法的な関係に関する主張は必ずしも明確ではないが、その点は置くとしても、①については、当時の経済情勢に照らし、他のゴルフ場などと比較して明らかに過大な費用をかけていると断じる根拠は特にないし、②については、無利子とはいえ返還義務のある預託金を過大に集めても必ずしも余裕資金にはならず、かえって会員権分割などの措置がとれなくなるだけであり、どちらかといえばむしろ慎重な経営態度だと評価することもできる。また、③及び④については、結果論だけでなく当時の経済情勢に照らして当時の経営判断として明らかに不当であったと断じる根拠に欠けるうえに、そもそも本件ゴルフ場が預託金会員制ゴルフ場であるところ、その規模(ゴルフ場の規模や預託金の総額)からみて、このような点に関する経営判断の誤りによって預託金の返還が不可能になったという関係にあるともいえない。結局、これらの事項をもって預託金据置期間の延長措置の効力を否定することは合理的とはいえない。

エ 以上のとおり、本件延長決議に基づく据置期間延長措置は合理性を有すると認められるから、これに対して個別的同意を与えていない原告に対しても拘束力を持つというべきである。

4  結論と補足

既に判断したとおり、具体的な据置期間延長措置の合理性の判断におけるひとつの重要な要素として、延長された据置期間の経過後には、被告において、会員からの預託金返還請求に応ずることが合理的に期待可能であることが求められる(本件延長条項の文言にかかわらず、再度の延長が許されないことは被告自身が自認するところである。)。しかしながら、本件延長決議後の我が国の経済情勢は極めて厳しく、本件延長決議がなされた平成8年当時よりも格段に悪化していることは公知の事実であって、原始会員の2度目の償還期限を迎える平成18年度において、被告が預託金返還請求に対応できるか否かは現時点では未知数であり、その時点で民事再生等の手段をとることを余儀なくされる可能性があることは否めない。

しかしながら、本件において判断を求められているのは、平成8年8月31日の時点における本件延長措置の合理性であり、その範囲において合理性を認めることができることは前記のとおりである。また、据置期間延長の決議をした数あるゴルフ場の中では、被告の経営努力は十分評価に値するものであるところ、前記のとおり、民事再生等の法的手続が必ずしも実質的な意味での会員保護にはならず、むしろ、会員の犠牲のもとに会社と優先的債権者とを保護する結果となる嫌いすらあることに照らすと、据置期間の延長に同意した96パーセント以上の会員の優先的プレー権の確保と将来の預託金返還請求への対応のために種々の方策を模索している被告に対し、平成18年を最終の期限としてその機会を与えることは、会員保護の見地からも、社会経済的見地からも相当というべきである。

よって、その余の争点について判断するまでもなく被告の主張には理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 綱島公彦)

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