東京地方裁判所 平成11年(ワ)23431号 判決
原告 稲田吉弘
右訴訟代理人弁護士 山上芳和
同 藤井圭子
被告 丸大証券株式会社
右代表者代表取締役 田中亨
右訴訟代理人弁護士 岡村勲
同 北尾哲郎
同 京野哲也
同 加藤公司
同 相葉和良
同 山上俊夫
同 柳谷美恵子
同 内田清人
同 前川晶
被告 竹中恵
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金三四八万二〇〇〇円及び内金九八万二〇〇〇円に対する平成一二年四月一二日から、内金二五〇万円に対する平成九年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主位的請求
1 被告丸大証券株式会社は、原告に対し、川崎電気株式会社の株式一万株の株券を引き渡せ。
2 被告らは、原告に対し、連帯して九三〇万円及び内金七五〇万円については平成一二年四月一二日から、内金一八〇万円については平成一一年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告らは、原告に対し、連帯して一〇〇〇万円及び内金七五〇万円については平成一二年四月一二日から、内金二五〇万円については平成九年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告丸大証券株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、寄託契約に基づき、川崎電気株式会社(以下「川崎電気」という。)の株式一万株の株券の返還を求める(主位的請求の1)とともに、被告会社の歩合制証券外務員の被告竹中恵(以下「被告竹中」という。)とその使用者である被告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告の有する株式会社ソフトバンク(以下「ソフトバンク」という。)の株式を被告竹中が自己の債務の担保としたことによる損害七五〇万円と、被告竹中が川崎電気の右株式の売却の指示に従わなかったことによる損害一八〇万円との合計額九三〇万円とこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め(主位的請求の2)、右の川崎電気の株券の返還が認められない場合に、予備的に、ソフトバンクの株式関係の右損害七五〇万円と、被告竹中が川崎電気の右株式を自己の債務の担保としたことによる損害二五〇万円との合計額一〇〇〇万円とこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事件である。
一 争いのない事実
1 原告は、被告会社の歩合制証券外務員であった被告竹中を通じて次の株式を買い入れた。
(一) ソフトバンクの株式(以下「ソフトバンク株」という。)
買入日 平成八年三月六日
単価 二万四七〇〇円
株式数 一〇〇株
(二) 和光証券株式会社の株式(以下「和光証券株」という。)
買入日 平成八年三月六日
単価 八四九円
株式数 一〇〇〇株
(三) 川崎電気の株式(以下「川崎電気株」という。)
買入日 平成八年一一月二六日
単価 <1>四九六円、<2>四九八円、<3>四九九円、<4>五〇〇円
株式数 <1>五〇〇〇株、<2>一〇〇〇株、<3>二〇〇〇株、<4>二〇〇〇株(合計一万株)
2 原告は、右各株式の購入代金を支払い、その株券については、被告会社に保管を委託した。
二 争点
1 川崎電気株の株券の返還の有無(主位的請求の1)
(一) 被告会社の主張
被告会社は、平成八年一一月二九日、川崎電気株の株券を原告に返還した。原告は、右各株券を受領した上、「受渡し精算書 持出票」及び「預り証」の受領欄に署名押印した。川崎電気株が保護預かりとなっていないことは、残高照合書によって一目瞭然である。
(二) 原告の主張
被告竹中は、平成八年一一月二九日、原告に対し、いくつかの書面に署名することを求め、原告は言われるままに署名したが、被告主張の書面であることの認識はなかった。被告竹中は、原告に対し、川崎電気株の株券について、被告会社において保管しているとの説明をしていたのであり、原告は右株券の引渡しを受けたことはない。
2 被告竹中の不法行為と被告会社の使用者責任の成否(主位的請求の2及び予備的請求)
(一) 原告の主張
(1) ソフトバンク株について
ア 被告竹中は、平成八年一一月二五日、原告にソフトバンク株と和光証券株の預り証の受領欄に署名押印させ、それを被告会社に持ち帰って被告会社から右各株式の株券を持ち出し、これを被告竹中自身の借入れのため、株式会社サンアイ機関(以下「サンアイ機関」という。)に担保として差し入れた。
イ 被告竹中は、和光証券株については、原告から売却依頼のあった際にサンアイ機関から受け戻して売却しその売却代金を原告に支払ったが、ソフトバンク株については、サンアイ機関によって担保権が実行されたため平成一一年七月八日に確定的に原告の権利を失わせた。
ウ 原告が、ソフトバンク株について担保権が実行されたことを知ったのは、平成一二年四月七日であり、同月一一日に訴えの変更をするまでは、原告は株券の引渡しを求めていたから、損害額算定に当たっては、右同日の単価七万五〇〇〇円を基準にすべきであって、七五〇万円が損害である。
(2) 川崎電気株について(主位的主張)
ア 原告は、平成九年八月ころ、被告竹中に対し、川崎電気株を売却するように指示したが、被告竹中は、右の指示に従わなかった。
イ 右の指示をした時点の川崎電気株の単価は二五〇円であったが、平成一二年八月二一日現在の株価は七〇円であって、その差額一八〇円を基準にして、原告は、一八〇万円の損害を被った。
(3) 川崎電気株について(予備的主張)
仮に、被告会社による川崎電気株の株券の返還(主位的請求の1)が不能であるとしたならば、それは、被告竹中が、千代田通商株式会社(以下「千代田通商」という。)から、右株式を担保として金銭を借り入れ、その担保権が実行されたためである。その場合の原告の損害は、前記川崎電気株の単価二五〇円によって算定した二五〇万円である。
(4) 被告会社の責任について
被告竹中は、被告会社の歩合制証券外務員で、原告との取引の当時、被告会社の「主席チーフアドバイザー」及び「顧問」の肩書を有し、その名刺の裏面に原告の株式を預かっている旨記載して原告に交付するなどの行為態様から、被告竹中の行為は、客観的、外形的に被告会社の事業の執行の範囲内に属する。
(5) よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、主位的には、前記(1) と(2) の合計額九三〇万円と内金七五〇万円については、不法行為の後の日である平成一二年四月一二日から、内金一八〇万円については不法行為の後の日である平成一一年一一月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、川崎電気株の株券の返還(主位的請求の1)が不能である場合には、予備的に前記(1) と(3) の合計額一〇〇〇万円と内金七五〇万円については、前記平成一二年四月一二日から、内金二五〇万円については、不法行為の後の日である平成九年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告竹中の主張
(1) 川崎電気株は、原告の全面的協力を得て、その運用を一任されたものであり、金融機関(その名称は失念した。)に担保として預けて値上がりを待ったが、値下がりをしたために返還できなくなったものである。
(2) ソフトバンク株についても同様であり、原告の協力を得て、運用を一任され、サンアイ機関に担保として預けたものである。
(三) 被告会社の主張
(1) ソフトバンク株について
ア 被告竹中は、川崎電気の株式が値上がりするとの思惑から、川崎電気の株式の購入資金に充てるため、原告から、ソフトバンク株を借りたのであり、被告竹中がソフトバンク株を右のとおり使用することは、原告も承知していた。
イ ソフトバンク株は、平成八年三月以降一貫して下落を続け、被告竹中が担保に差し入れた平成八年一一月ころの単価は八〇二〇円となっていたから、損害額算定に当たり平成一二年四月一一日の価格を基準とすべき特別の事情はなく、右担保提供時が基準時となる。
(2) 川崎電気株(主位的主張)について
ア 原告は、被告竹中に対し、川崎電気株の売り注文を出していないか、被告竹中の説明により売り注文を思いとどまった。
イ 損害額は、原告が被告竹中に売り注文を出した時点の市場価格と被告竹中による売り注文がされていないことを原告が知った時点の市場価格との差額とすべきである。
(3) 川崎電気株(予備的主張)について
ア 原告は、被告竹中による川崎電気株の担保差し入れを承諾していた。
イ 損害発生時の川崎電気株の単価が二五〇円であることの根拠はない。また、その損害は、目的物件の引渡しに代わるものであり、判決当時と執行当時との間で、騰貴も下落もしないものでない限り、判決当時に、その金額を確定することはできない。
(4) 被告会社の責任について
ア 原告の株券を詐取することは、およそ被告会社の事業の執行に属する行為ではない。
イ 原告は、被告会社の預り証の受領欄に署名押印した上、その代わりに被告竹中の名刺の裏に同被告の個人名義の預かり文言を記載したものを受領したもので、被告竹中個人に対し、ソフトバンク株と川崎電気株の株券を貸し渡したものである。
ウ 原告は、被告竹中が株式を購入する資金に充てるために、被告竹中に対し右株券を貸したのであるから、被告竹中が証券外務員の職務として株券を受領したのではないことを知っていた。
エ 原告は、わずかな注意を払いさえすれば、株券を持参しない被告竹中に預り証を渡す必要がないことを知り得たのに、漫然、被告竹中の前記名刺と引換えに預り証を交付したのであって、被告竹中の行為が職務権限内の行為であると信じたことにつき、重過失がある。
(5) 過失相殺
原告は、株券と引き換えることなく、預り証を被告竹中に交付するなど、原告にも相当の落ち度がある。また、原告は、株券を詐取されたという平成八年一一月、あるいは、川崎電気株の売り注文を出した当時に被告会社に被告竹中の行動について通知していれば、被害額は、当時の相場の値動きの範囲に限られたはずで、損害の拡大を防止すべき必要な対応を怠った。
第三争点に対する判断
一 争点1(川崎電気株の株券の返還の有無)について
1 証拠(甲一、二の各1、2、三、五、乙一の1ないし3、二、四、六、九、一三、一四、調査嘱託の結果、原告本人、被告竹中本人)によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、平成七年当時、株式会社ブリヂストンの関連会社である株式会社ブリヂストンリビング東日本販売の常務取締役であった。原告は、被告竹中の妻が経営している竹中商店有限会社が、右株式会社ブリヂストンリビング東日本が扱う商品の特約店となる過程で、被告竹中と知り合い、株の取引を勧められた。そして、原告は、被告竹中を通じて、同年一〇月、被告会社に口座を開設し、田村電機製作所(同月三日購入、同月一六日売却)、オリエント時計(同月一六日購入、平成八年三月六日売却)の株式の売買を行った。なお、原告は、それぞれの株式を購入した後、預り証の郵送を受け、また、売却した後には、それぞれの預り証の受領欄に署名押印した上、これらを被告会社に郵送した。
(二) そして、平成八年三月六日、原告は、被告竹中を通じて、ソフトバンク株と和光証券株を購入し、被告会社は、同月一五日、原告に対し、各株式の預り証を郵送した。また、同月二九日和光証券株について、同年四月二日ソフトバンク株について、それぞれ原告名義への書換えが行われた。
(三) 被告竹中は、川崎電気が、平成九年春からドイツのABB社と高圧配電盤の合弁生産をするとの情報があり、平成八年一一月の同社の株式の取引が急増したため、同社の株式が急騰するとの予測を立てた。そして、被告竹中は、原告に対し川崎電気の株式を購入することを勧め、自らもこれを大量に購入することとした。
(四) 原告は、同月二五日、和光証券株とソフトバンク株の預り証と「受渡し精算書 持出票」の受領欄に署名押印して被告竹中に交付し、それと引換えに、被告会社の「顧問」という肩書の印刷された被告竹中の名刺の裏に、「稲田吉弘様 ソフトバンク一〇〇株 和光証券一〇〇〇株 お預り致しました。平成八年一一月二五日 竹中恵」と記載されたものを受領した。被告竹中は、原告の署名押印した右預り証を被告会社に持ち帰ってソフトバンク株と和光証券株の株券を引き出した上、サンアイ機関に持ち込み、これを担保に融資を受け、川崎電気の株式購入資金に充てた。なお、サンアイ機関における処理は、主債務者は相馬勝で、被告竹中は連帯保証人とされ、債権額は八〇七万円余りとされた。また、和光証券株については、その後、原告の求めに応じ、平成九年六月二七日に売却されて、原告はその売却代金を受領した。
(五) 原告は、平成八年一一月二六日、被告竹中を通じて、被告会社から川崎電気株を購入した。その購入の際、原告は、購入代金五〇二万四七〇二円のうち、四〇二万四七〇二円を千代田通商から貸付けを受けた。右の四〇二万四七〇二円の融資は、原告からの委任により被告竹中が手続をしたものであり、被告竹中は、同月二九日、原告が被告会社に一〇〇万円を振り込むと、被告会社から川崎電気株の株券を持ち出し、これを千代田通商に持ち込んで担保にし、四〇二万四七〇二円を借り入れたものである。その際、原告は、川崎電気株の「受渡し精算書 持出票」に署名押印して被告竹中に交付した。
(六) 原告は、平成九年一月二一日に、千代田通商に対し、四〇二万四七〇二円を返還したが、川崎電気株は原告に返還されなかった。被告竹中は、同年二月一四日に、原告に対し、被告会社の「主席アドバイザー」という肩書のある自己の名刺の裏面に「稲田吉弘様 川崎電気一〇〇〇〇株 お預り致しました。平成九年二月一四日 竹中恵」と記載して原告にこれを交付した。
(七) サンアイ機関は、平成一一年七月五日、担保権の実行としてソフトバンク株を二八五万円で売却し、前記相馬勝と被告竹中に対する債権の弁済に充当したが、なお残債権が七七九万円余りあるとの処理をしている。
2 右の事実を前提に、争点1(川崎電気株の株券の返還の有無)について検討すると、右1(五)のとおり、川崎電気株の株券は、原告が千代田通商から四〇二万四七〇二円の貸付けを受けた際、被告会社から持ち出され、右貸付けの担保とされたものである。
そして、右1(五)のとおり、被告が「受渡し精算書 持出票」に署名押印していることからすると、右の持出しは、原告の意思に基づくものであると解するほかはない。前記1(一)のとおり、原告が株取引の経験を有していたことを考慮すると、右の書類の意味を理解できなかったという原告の供述は、直ちに採用することができない。
したがって、右株券は既に被告会社から、原告の意思に基づいて持ち出されたと認められるから、被告会社に対する右株券の返還請求は、理由がない。
二 争点2(被告竹中の不法行為と被告会社の使用者責任の成否)について
1 ソフトバンク株について
(一) 原告は、前記一1(四)のとおり、被告竹中に対し、ソフトバンク株の預り証や「受渡し精算書 持出票」の受領欄に署名押印した上被告竹中に渡した理由について、株券を見たいので持ってきてほしいと頼み、そのために必要な書類として、右預り証等に署名押印したとの供述をしている(本人調書四ないし六ページ)。
(二) これに対し、被告竹中は、前記一1(三)のとおり、当時、川崎電気の株式が急騰すると予測したことから、原告の有するソフトバンク株と和光証券株の株券を借りて、川崎電気の株式を購入し、利益を分け合うことを承諾してもらい、右のとおり、預り証等に署名押印してもらってこれを受領したという趣旨の供述をしている(本人調書七ないし一〇ページ、六〇ないし六三ページ)。
(三) しかし、被告竹中は、同時に、原告に対して、右株券を利用して金銭を借り入れることについて、借り入れる金額や、利率、弁済期等の説明をしていないとの供述もしている(本人調書三四ページ)。むしろ、被告竹中の供述によると、原告に対し、株式を担保に金銭を借り入れること自体を説明していなかったと解される。
そして、被告竹中が原告と特に親しい関係にあるとは認められないにもかかわらず、原告が、被告竹中が行う投資のために、その利用の方法の詳細を知ることなく、自己の株券を自由に利用することを承諾するということは通常考えにくい。
また、前記一1(五)のとおり、原告は直後に自ら金銭を借り入れて川崎電気株を購入しているのであって、川崎電気の株式が急騰するとの被告竹中の説明を信じたというのであれば、自己が有する株券を被告竹中に貸すという行動に出るよりも、自らその株券を利用して川崎電気の株式に投資するという行動に出るほうが自然である。
そのため、右(二)の被告竹中の供述は、直ちに採用することができない。
(四) これに対し、被告竹中は、原告から、株券を見せてほしいとの申し出を何回か受けたことは認める供述をしているし(本人調書二九ページ)、株券を被告会社から持ち出して持ってきてもらうために、前記預り証等の受領欄に署名押印してこれを被告竹中に交付するということは、不自然な行動ではないと解される。また、預り証を交付する以上、一時的にそれに代わるものとして、被告竹中の名刺の裏に、右株券を預かっている旨を記載したものを受領するという行動も不自然ではない。したがって、右(一)の原告の供述は信用し得る。
その後、原告が、被告竹中が株券を持ってこなかったことについて、被告会社に対し苦情を述べるなどの行動をしたことを認めるに足る証拠はないが、右のとおり、原告が被告竹中に株券を持ってきてほしいと頼んだのは、株券を見てみたいという程度の動機で、差し迫った必要があったものではないこと、原告は被告竹中から右株券を預かった旨記載した名刺を受領し、また、その後、前記一1(四)のとおり、和光証券株については、原告の求めに応じて売却されたことも考慮すると、原告が右のように苦情を述べなかったからといって、直ちに原告の供述に信用性がないということはできない。
また、証拠(乙五の1、2)によれば、平成八年一一月二二日時点で残高照合書に記載のあったソフトバンク株と和光証券株の記載が、平成九年五月二〇日現在の残高照合書には記載がなくなったことが認められるが、原告において、右の変化に気付かなかったということはあり得るし、和光証券株については、右のような変化にもかかわらず、その売却代金を得ることができたことから、原告が不審に思わないとしても不自然ではない。したがって、残高照合書の記載を根拠に、原告の供述に信用性がないとすることもできない。
(五) そうすると、結局、被告竹中は、被告会社が預かり保管していた原告のソフトバンク株の株券を、前記一1(四)のとおり、被告竹中自身が融資を受けるため、サンアイ機関に担保として持ち込んだことが認められるが、その点について原告が承諾していたことを認めるに足る証拠はない。そのため、被告竹中による右の担保設定は、故意に原告の株主としての権利を侵害した行為であるというべきである。
(六) ところで、株券を担保として交付した場合は、原則として、譲渡担保権が設定されたと認めるべきで、また、株券に譲渡担保権が設定された場合には、その時点で株券についての権利は担保権者に移転し、ただ、その被担保債権額を返済した場合に返還を求めることができるという関係が残るにすぎない。そのため、被告竹中による不法行為は、右の担保権が設定された平成八年一一月二五日に行われ、その時点で損害も発生したと解すべきで、そのために原告が被った損害額も、その時点の価格を基準に算定されるべきである。
(七) そして、証拠(甲六)によると、右同日のソフトバンク株の価格は九八二〇円が最低であったことが認められるから、原告は、少なくとも、九八万二〇〇〇円の損害を受けたことが認められる。
2 川崎電気株について
(一) 原告が、平成九年一月二一日に、千代田通商に対し、四〇二万四七〇二円を返還したことは、前記一1(六)のとおりである。そのため、川崎電気株は、その時点で、原告に返還されるべきものであったが、被告竹中は、前記一1(六)のとおり、同年二月一四日に、原告に対し、自己の名刺の裏に川崎電気株を預かった旨を記載したものを交付して、原告に対し、川崎電気株を返還しなかった。
(二) その後の川崎電気株の所在について、被告竹中は、「担保処理されているかもしれない」との供述をするのみで、これを明らかにしようとはしていない(本人調書四丁目ページ)。
(三) 被告竹中が、その答弁書において、川崎電気株について、「私自身もこの株で利益を得たいと考えていた為、稲田氏に全面協力して頂きその運用を一任され川崎電気株をノンバンクに保証金証券として預け、証取法で禁止されているはずの手張り行為をやり値上がりを待ちました。」と記載していることは顕著な事実であるが、右(一)及び(二)の事実と右の答弁書の記載を併せ考慮すると、被告竹中は、本来原告に返還すべき川崎電気株を金融機関からの自己の借入れの担保としたと推認することができる。そして、その時点で、右の答弁書に記載してあるような原告による「全面協力」や「一任」の事実があったことを認めるに足る証拠はない。そのため、被告竹中が川崎電気株を自己の借入れの担保としたことは、故意に原告の株主としての権利を侵害した行為であるというべきである。
(四) 右のように被告竹中が川崎電気株を担保とした時期は、これを認定し得る直接的な証拠はないが、右(一)のとおり、平成九年一月二一日に原告が千代田通商に債務を返済して株券の返還を受けられる状態になっていたにもかかわらず、被告竹中が同年二月一四日に、原告に対し、名刺の裏に川崎電気株を預かった旨を記載したものを原告に交付して、その返還を免れたことを考慮すると、同年一月二一日から同年二月一四日までの間に川崎電気株の株券を担保に供したと推認することができる。
(五) 原告は、その陳述書(甲三)において、平成九年八月ころに、川崎電気株の売却を依頼したが、被告竹中がこれに従わなかったとの記載をしているが、右(四)のとおり、被告竹中が、その時点では既に川崎電気株の株券を担保に供し(譲渡担保と解すべきことは、前記1(六)のとおり)、そのこと自体が不法行為と評価される以上、その後、原告の指示に従わないという事実があったとしても、これによって新たに原告の権利が侵害されるということはできない。したがって、川崎電気株に関する原告の主位的主張(前記第二、二2(一)(2) )は理由がない。
(六) そこで、予備的主張(前記第二、二2(一)(3) )について検討すると、この主張は、川崎電気株を担保としたことを不法行為と主張するものであって、右(三)のとおり、その主張は理由がある。そして、被告竹中の不法行為による原告の損害額は、前記1(六)のとおり、担保権が設定された時点の価格によって算定されるべきであるが、証拠(甲七)によると、右(四)の期間中の川崎電気株の最低価格は、三二三円であったことが認められるから、原告は、被告竹中の不法行為によって、少なくとも三二三万円の損害を受けたことが認められるが、原告の主張額は二五〇万円であるから、その請求は右主張の限度で理由がある。
3 被告会社の使用者責任について
(一) 前記1(四)及び(五)のとおり、被告会社の歩合制証券外務員であった被告竹中によるソフトバンク株に関する不法行為は、原告から同株の株券を見せてほしいと言われ、同株券の寄託を受けていた被告会社から持ち出した際に行われたもので、その行為は、外形的に見て被告会社の業務の執行につき行われたということができる。
(二) また、前記一1(五)、(六)及び前記2(一)ないし(四)のとおり、被告竹中による川崎電気株に関する不法行為は、被告竹中が原告から川崎電気株購入の委託を受け、同時に、その購入資金の借受けの委任も受けたが、原告がその債務を返済した際に右借受けの担保となっていた株券の返還を受けて原告に返還すべきところ、その返還を行わず、被告会社の「主席アドバイザー」という肩書のある名刺の裏面に川崎電気株を預かっている旨記載して、右の返還を免れるという一連の行動の中で行われたものである。そして、その中には、購入資金の借入れと借入先に対する担保株券の授受という被告会社の事業ではない、被告竹中個人に対する委任に基づく行為が含まれてはいる。しかし、その行為は、被告会社の事業である顧客に対する株式の売却と、その株券の預託を受けるという行為の中で、顧客に対するサービスとして行われたものにすぎず、右の一連の行動全体について、被告竹中が個人の資格において原告の代理人として行動したという特別の事情があるということまではできず、右の一連の行動は、外形的に見てなお被告会社の事業の範囲内にあると認められる。
(三) 原告が、被告竹中に対し、原告のソフトバンク株を利用することを承諾したと認めることができないことは、前記1(五)のとおりであり、また、被告竹中に「全面的に協力して」川崎電気株の運用を「一任」したと認めることができないことは、前記2(三)のとおりであって、原告が被告竹中に対し、右株券を貸したと認めることはできない。したがって、原告が被告竹中個人に右株券を貸したことを前提に、被告竹中が職務権限外の行為を行うことを原告が知っていたということはできない。
(四) また、原告が、ソフトバンク株の預り証の受領欄に署名押印の上、これを被告竹中に交付した理由は、前記1(四)のとおり、被告会社から株券を持ってきてもらうためであり、被告竹中から、名刺の裏に右株券を預かった旨記載したものを受領するのと引換えに、右のとおり預り証を交付したからといって、被告竹中が職務権限外の行為を行うことを知らなかったことについて原告に重過失があるということまではできない。
なお、川崎電気株について、原告が被告竹中に対し預り証の受領欄に署名押印の上これを被告竹中に交付したことを認めるに足る証拠はない。
(五) そうすると、被告会社は、前記1及び2の被告竹中の不法行為について使用者責任を負うというべきである。
4 過失相殺の主張について
原告が、ソフトバンク株について、株券と引き換えることなく、預り証の受領欄に署名押印したものを被告竹中に交付した点や、被告竹中が株券を持ってこない点について、被告会社に通知しなかった点について、原告に落ち度がなかったということはできないが、他方、被告竹中の行為は、故意に行われたもので、原告の右の落ち度をとらえて、過失相殺を認めることは公平の観点から妥当とはいえず、被告会社の過失相殺の主張は理由がない。
三 結論
以上の検討によれば、原告の主位的請求は、被告らに対し、連帯して九八万二〇〇〇円とこれに対する不法行為の後の日である平成一二年四月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がなく、予備的請求(右の主位的請求で認容された部分と重複する部分は除く。)は、被告らに対し、連帯して二五〇万円とこれに対する不法行為の後の日である平成九年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。
(裁判官 都築政則)