東京地方裁判所 平成11年(ワ)23807号 判決
原告 百洋建物株式会社
右代表者代表取締役 小林敏之
右訴訟代理人弁護士 江崎正行
被告 株式会社菱和ライフクリエイト
右代表者代表取締役 西岡進
右訴訟代理人弁護士 菅原克也
主文
一 被告は、原告に対し、金五五一万三一一〇円及びこれに対する平成一一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金七三〇八万円及びこれに対する平成一一年一一月五日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告がワンルームマンションを建築して、専有面積の坪単価を決めて土地建物を被告に売却する取引形態(いわゆる専有卸し)で売買契約の交渉を開始し、途中から、実質的には、原告が建物建築の施工業者を斡旋して、土地をマンションの建築条件を満たす土地として被告に売却する取引形態に変更して、売買契約の交渉を継続していた原告が、被告に対し、被告が売買契約の内容を根底から覆すような条件を提示するなど信義則上の注意義務違反行為をしたことにより、売買契約が締結できず、損害を被ったとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金七三〇八万円及びこれに対する不法行為の後である平成一一年一一月五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで遅延損害金(商事法定利率年六分の割合で請求)の支払を請求している事案である。
二 前提事実(争いがないか、証拠により容易に認定できる事実-認定に用いた証拠は( )内に掲げる。)
1 当事者
原告は、不動産の売買、賃貸、管理並びにこれらの仲介業を主たる目的とする株式会社であり、被告は、不動産の所有、売買、賃貸借、管理及び鑑定を主たる目的とする株式会社である。
2 原告と被告の交渉経過
平成九年五月中旬(以下の年号のうち平成九年のものは、記載を省略する。)ころ、原告が別紙一の「土地の表示」記載の土地(以下「本件土地」という。)に、同別紙の「予定建物」記載の分譲用のワンルームマンション(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を建築し、専有面積の坪単価を決めて土地建物を被告に売却する取引形態(いわゆる専有卸し)で販売するべく、原告代表者の小林敏之(以下「小林」という。)は、株式会社ハウジングライフの田中裕巳(以下「田中」という。)を仲介人として、被告の開発事業部課長の梶正昭(以下「梶」という。)を担当者として、被告との間で売買契約の交渉を開始した(右のように、原告と被告との間で開始された本件不動産に関する取引を、以下「本件取引」という。)。
本件取引は、当初は「専有卸し」の形態で話を進めていた(甲六)が、途中から、実質的には、本件建物の建築代金に相当する部分については、被告から直接建築業者である日産建設株式会社(以下「日産建設」という。)に支払をすることになり、建物建築につき、原告は被告に対し日産建設の施工を斡旋する形態になった。(甲七、八)
梶は、日産建設に対し、被告の希望する金額と支払方法で本件建物の建築を請け負うという趣旨の書面の提出を求めていた(甲三〇、甲三一の二)ところ、七月一四日、日産建設の担当者川内(以下「川内」という。)が梶に対し、発注予定金額につき一億四二八五万円(消費税は別途)、支払条件につき着工時一〇パーセント現金、完成引渡時九〇日以内一括手形支払という条件で、被告が日産建設宛に本件建物の新築工事の発注の内示をした(甲三または乙六の一枚目左側の書面。以下「本件発注内示書」という。)のを受けて、その条件で日産建設が請け負う旨の日産建設作成、被告宛の承諾書(甲三または乙六の一枚目右側の書面。以下「本件承諾書」という。)を届けた。(甲三、三二、乙六)
原告は、七月一八日、田中及び本件建物の設計管理者である株式会社大風建築設計(以下「大風設計」という。)の代表者大風義昭(以下「大風」という。)とともに、本件不動産にかかる土地建物売買協定書(甲一。以下「本件協定書」という。)を三部作成し、それぞれ記名押印したうえで、田中が右同日、本件協定書三通を梶に対し届けた。本件協定書の骨子は、<1>原告は、被告が本件土地上に本件建物を建設するに当たり、企画・設計・土地の更地化・施工者斡旋・建築確認書の取得等を行う、<2>売買代金額は、土地代金として一億七〇〇〇万円、企画・設計・施工者斡旋・建築確認取得・近隣対策費代金として一億〇三九三万六〇〇〇円の合計二億七三九三万六〇〇〇円とする、<3>被告は、原告に対し、売買代金として、契約締結時(七月二八日予定)に二〇〇〇万円、更地完了時(八月一五日予定)に一〇〇〇万円、建築確認取得時(九月一〇日予定)に二億四三九三万六〇〇〇円をそれぞれ支払うというものであった。(甲一)
七月三〇日、梶は、田中を介して、本件不動産の買主が被告から正友地所株式会社(以下「正友地所」という。)に変更し、正友地所が被告に専有卸しをすることになった旨の意思表示をなした(以下「本件買主変更」という。)。
七月三一日、原告は、本件建物につき、新宿区建築主事に対し建築確認申請を行った。
八月九日、原告は、本件土地の地主(株式会社アセット・マネジメント)との間で、売買代金を二億二四四九万六〇〇〇万円とし、そのうち手付金として契約締結時に五〇〇万円、中間金として九月一〇日までに一〇〇〇万円、残金として同月三〇日に二億〇九四九万六〇〇〇円を支払うとの約定で、本件土地を買い受ける旨の土地付建物売買契約(以下「本件土地取得契約」という。)を結び、手付金として五〇〇万円を支払った。(甲二、三三)
八月二五日、正友地所は、原告に対し、契約締結を拒絶する旨の意思表示をなした。そこで、小林は、再度、梶との間で、本件不動産にかかる売買契約に向けての協議を再開した。
九月一〇日、原告は、地主に対し、本件土地取得契約に基づき中間金一〇〇〇万円を支払った。(甲三四)
九月一八日、建築確認の通知書が出された。(甲三九)
九月一九日、小林は、別紙二のとおり、本件土地の代金(二億七三九三万六〇〇〇円)の決済期限につき、九月二五日限り四〇〇〇万円、一〇月一五日限り二億二五〇〇万円、一〇月一五日振出の手形で残八九三万六〇〇〇円とすることを含む提案(乙二。以下「原告最終提案」という。)を被告に対し提示した。
九月二七日、被告は、原告に対し、別紙三「ご提示案」の「契約内容」記載のとおりの三つの案(乙三。以下「被告最終提案」という。)を提示した。
一一月五日、原告は、地主に違約金を一七〇〇万円に減額してもらい、残金として二〇〇万円を支払って、本件土地取得契約を解約した。(甲三五)
三 争点
【争点1】被告に、本件不動産の売買契約に向けた信義則上の注意義務違反が認められ、被告が原告に対し不法行為責任を負うものといえるか否か。
(原告の主張)
1 事実経過
(一) 基本合意の成立
梶は、交渉の過程で、被告の契約書のひな形に原告・被告間でそれまでに形成された合意内容を盛り込んだもの(甲六)を田中を介して小林に示し、それに基づいた土地建物売買協定書案(甲七)に、七月七日修正を加え(甲八)、同月一二日には、菱和書式の契約書をひな形として示した(甲一〇)上で、土地建物売買協定書案に承諾の意思を表示するとともに、契約書原案の作成と、七月一四日の早い時間にその原案のファックスを求め、契約日の確定は日産建設次第と伝えた(甲一二)。小林は、これに基づき、土地建物協定書案(甲一三)、土地売買契約書案(甲一四)を梶にファックスし、同日には日産建設から本件承諾書(甲一五の分)を得て、同月一五日には近隣への挨拶文(甲一六)の検討を経た。
その上で、七月一五日、梶は、田中に対し、「原告と被告が、本件協定書を締結する合意をし、本件協定書調印を同月二二日、契約書調印を同月二八日とする。」旨の合意(以下「本件基本合意」という。)をする意思を伝えた。そして、翌一六日午前一〇時三〇分、田中が梶に対し、梶が田中に伝えた本件基本合意をする意思を小林に伝え、小林がこれを承諾することにより、本件基本合意が成立した。
(二) 契約締結の延期
ところが、梶は、本件協定書調印の当日である七月二二日に至って、右協定書の売買代金の土地代とその他の代金の内訳について、税理士の検討を要するとの理由の下に、翌二三日まで調印を延期する旨小林に通知した。二三日、二四日の二日間にわたって何の連絡もなく、同月二五日に至って漸く、梶から小林に対し、本件協定書調印と契約書調印を同じ日に一緒に行う旨の意思が表示された。しかし、梶は、調印日についての具体的な日程は明示しないまま、当初の契約書調印日である同月二八日は徒過されてしまった。
(三) 本件買主変更による正友地所との交渉経緯
小林は、七月三〇日の被告による本件買主変更の意思表示を受けて、以後正友地所との間で、原告と被告とのこれまでの経過、本件協定書の内容等の取引に関しての確認を行い、その結果原告と正友地所は、八月二五日に、協定書に調印する旨合意した。ところが、当日になって、正友地所から契約締結を拒絶する旨の意思表示がなされたため、小林は、再度梶と協議した結果、九月二日になって、梶から、被告が単独で買い取るか、スポンサー経由にて専有卸し買いをするか、いずれかを実行する旨の意思表示がなされた。
被告は、九月一二日付けの文書で、最終決済期日を一〇月一五日まで延期したいとの意向を表示した。
原告は、九月一九日、売買代金(二億七三九三万六〇〇〇円)の決済期限を、同月二五日限り四〇〇〇万円、一〇月一五日限り二億二五〇〇万円、同日振出の手形で残八九三万六〇〇〇円と決めたい旨の提示をした。
ところが、被告は、九月二七日、被告最終提案を提示した。
2 責任原因
(一) 被告最終提案の評価
本件基本合意は、次のような交渉経過により成立したものである。すなわち、<1>本件取引の当初の形態は、原告が本件建物を建築し、専有面積の坪単価を二三〇万円として被告に売却する(専有卸し)という内容であり、建築予定の専有面積が一八四・三二坪(六〇九・三四五平方メートル)であったことから、売買代金は、二三〇万円×一八四・三二坪=四億二三九三万六〇〇〇円となっていた、<2>原告としては、日産建設との間で、一億五〇〇〇万円の請負代金を予定していた、<3>ところが、交渉を重ねる間に、被告からは、本件建物が菱和仕様でなくてはならないこと、部材を被告の関連部材メーカーから仕入れて欲しいこと等の要求が出され、また、日産建設に対する支払条件や支払方法(着工時一〇パーセントを現金、完成引渡時に九〇日以内の手形支払)の点で、原告の希望と齟齬が生じてきた、<4>そこで、原告、被告、日産建設間で交渉を重ねた結果、土地と建物を分離し、本件土地につき本件建物の建築条件を満たすものとして、原告が被告に売買し、本件建物は当時の建築単価では比較的安かった日産建設に斡旋するということで、全体の売買代金四億二三九三万六〇〇〇円から建築請負代金一億五〇〇〇万円を差し引いた二億七三九三万六〇〇〇円が代金として決定されたものである。なお、本件協定書の土地代金として一億七〇〇〇万円、その他として一億〇三九三万六〇〇〇円という内訳は、あくまでも被告の最終的な税務上の処理に有利になるとの被告の要求により決めたものである。また、原告としては、本件協定書の代金支払条件だからこそ、本件基本合意に至ったものである。なお、日産建設からは、一億五〇〇〇万円を下回る一億四二八五万円での本件承諾書を得て、本件協定書の調印に備えていた。
したがって、被告最終提案は、いずれも本件基本合意に至った経過を根底から覆すものにほかならない。
(二) 不法行為の成立
原告と被告は、五月中旬から開始された協議に基づき、本件不動産にかかる売買契約の締結に向けて誠実に努力を行ってきた結果、七月一六日に本件基本合意が成立した。ところが、被告は、本件協定書調印当日になって税金上の問題という、決して正当な理由とは認められない理由で、本件協定書調印及び契約締結を延期し、その後も何ら正当な理由とは解せられない口実で、次々と本件協定書調印及び契約締結を延期し、最終的には本件基本合意の内容の変更等を求めてきた。この間、原告は、被告が本件基本合意の内容に従って誠実に契約締結に至るものと信じ、自己がなすべき義務をほぼすべて履行してきた。
したがって、このように、被告が正当な理由がないにもかかわらず、本件基本合意を破棄し、売買契約の内容を根底から覆すような被告最終提案を提示することは、信義則上の義務に反し、不法行為となる。
なお、本件基本合意は、いわゆる契約書調印前の不法行為の類型の中でも、第三段階と呼ばれる「契約内容の具体的な事項が定められて契約締結日などが定められるに至った(成熟した)段階」の類型である。この段階においては、契約交渉当事者は、誠実に契約の成立(調印)に努力すべき信義則上の義務を負っている。ところが、被告は、代金の支払条件あるいは金額そのものを自己に都合よく変更するために、調印を延期し続け、契約締結を拒絶したものである。
(三) 確かに、本件協定書が調印されなかったことからすれば、調印についての会社としての最終的な意思決定はなされなかったとしても、契約段階がどの程度に達していたかは、外部にどのような表示がなされていたかにより決定されるのであるから、本件取引でも、外部的に会社を代表して本件取引を担当していた梶の外部的な表示が本件の程度に至っていれば、第三段階にあったことは明らかである。
(被告の反論)
1 原告、被告間に本件基本合意は成立していない。
2(一) ワンルームマンション業界には、諸々の条件の悪さから相当な低価格でしか売却できない特殊な物件が持ち込まれ、ワンルームマンション用地として、他の不動産業者では付けられない高価格で売却がなされる。しかし、右高価格での売却は無条件でなされるのではなく、案件を持ち込む売主側が、特殊な企画・基準に合わせる必要があり、持込み業者が持込み案件の難問の解決案等をすべて整えて、やっと成約ということになる。その際、難問の解決案については、担当者の判断だけではなく、上司を含めた他の部署の検討を経る必要があり、そのために稟議が必要とされる。売主側としては、必要な一切の書類を揃え、問題を抱える特殊な案件であるが、問題は解決済みであると納得させなければならない。したがって、設計図まで完成させ、稟議にかけたが、結論が不可であれば、しかたがないものである。
(二) 本件取引は、「専有卸し」という内容の契約が基本であり、被告は、一貫して、その基本線に沿った検討・協議を行ってきた。
すなわち、「専有卸し」とは、売主が建物を建築し、その完了後に土地建物を一括して購入することを基本形態とするために、<1>土地のみを区別して代金決済しない、<2>建物の建築に必要な契約金・中間金等は、売主が工面する、したがって、建築会社との交渉は売主の責任となる、という内容が基本となる。原告は、当初専有卸し形態で本件取引を被告に持ち込み、その後も実質的には専有卸しであるとして、各種の条件等を提示してきた。
ところで、被告は、「専有卸し」につき、必ずしも、売主が建物を建築し、被告に売却する形態のみに限定しておらず、第三者が建物を建築する場合であれ、買主である被告が建築する場合であれ、買主である被告のリスクがなく、または限りなく最少で、専有面積当たりの価格が予定どおりの価格で入手することができればよいとの立場であって、マンション販売業者である被告の関心は、土地の価格、建物の建築費、その他諸々の諸経費等にあるのではなく、専有面積一平方メートルをいくらで入手でき、いくらで販売できるかである。したがって、被告が原告から本件土地を購入する場合、同時に本件建物について、専有面積一平方メートル当たりいくらで入手できるかが確定されなければ、被告としては契約に応じることはできないものであるところ、その確定ができていなかった。すなわち、本件協定書は、「土地建物売買協定書」という表題であるが、中身は土地の売買であり、建物については、被告が建築会社に発注する内容となっていて、右文書の中には、本件発注内示書及び本件承諾書が含まれており、日産建設からは、本件承諾書どおりの条件の内諾を受けているとするものである。しかし、本件協定書では、被告と日産建設との間で、本件発注内示書の内容どおりの建物建築請負契約が、本件協定書の締結と同時に行われるのではなく、あくまで見込みが示されているだけであり、現に、日産建設が被告に提出した正式な見積書(乙一)では、請負代金が一億八六〇〇万円とされていた。仮に、梶が七月一四日の時点で川内から交付を受けていたのが甲三の文書であったとしても、右文書は、被告で稟議にかけるために作成されたものであり、七月下旬ころに完成された実施設計図(甲二二。以下「本件実施設計図」という。)の図面とは異なっていて、甲三に添付されている設計図では、建築費の積算ができない状況であった。したがって、本件協定書のような形態では、一億五〇〇〇万円と一億八六〇〇万円との差額について原告は責任は負わないものであり、確定数値で土地・建物を被告に売却する「専有卸し」形態ではないことになる。
(三) 被告が正友地所に参画を求めたのは、原告が専有卸しの形態を構築できないのであれば、スポンサー的役割を果たす第三者に事業参画を求める以外に方法はないと考え、被告が提案したものである。すなわち、正友地所が本件取引に参画してきたのは、原告が斡旋すると称していた被告と日産建設間の建物建築請負契約が、被告が申し出た金額、仕様、グレードを条件とすると、契約の締結が困難であったため、正友地所が親会社である前田建設に建築させる形態がとられることになったからである。そして、原告と正友地所との間で検討されていた土地売買契約書(甲二一)では、正友地所が原告から本件土地を購入するとの内容になっているところ、同社の計算と責任で本件建物が建築され、被告には当初予定された専有面積一平方メートルの確定価格で本件不動産が売り渡される予定になっていたのである。しかし、日産建設に問い合わせ等して試算した結果、条件が合わず、日産建設が本件建物の建築を一億五〇〇〇万円で請け負う見込みがないと判断したため、正友地所は、八月二五日に原告との契約を拒絶するに至った。
(四) さらに、被告が九月二七日に被告最終提案をしたのは、原告または被告の努力、譲歩によって、専有卸しの実質が確保できれば、本件取引を断念するのではなく、計画を進めたいとの最後の願望に基づくものであって、被告の態度は終始一貫したものであった。本件協定書の内容は、前記のとおり土地売買であり、原告最終提案も、土地と建物に分けて記載され、建物については、「請負額」とされ、誰が請け負うのか明示されていない。この点、原告が請け負うのであれば、この内容の記載も不要であり、被告が建物建築を発注するのであれば、原告と条件等を協議する必要はない。原告がこのような回りくどい形態の提案をしたのは、原告が実質的な専有卸しの形態を提案し続けるというので、被告も可能な限り、その可能性を追求していた証である。
なお、被告は、専有卸しの案件のうち、土地代金のみを切り離して決済はしないとの点を譲歩するために金融機関と交渉し、融資を受ける内諾まで得て、九月一二日には、原告に対し、他の条件(建築問題)が整えば、土地代金の大半の決済が可能であることを通知した(乙四)。しかし、原告が建物の建築問題について従前の内容を変えないため、契約成立に至らなかったのである。
【争点2】(仮に前記1が認められる場合)被告に賠償させるべき損害額はいくらか
(原告の主張)
原告は、本件基本合意が契約に至らず、以下のような損害を被った。
1 土地取得関係費 合計二六七九万七四二四円
(内訳) 手付金 五〇〇万円
中間金(追加支払の違約金を含む。) 一二〇〇万円
仲介料(税込み) 七一三万四六二四円
古家解体費 二六六万二八〇〇円
2 建物設計確認取得関係費 六四四万二四〇〇円
(内訳) 基本設計・実施設計料(税込み) 六三九万二四〇〇円
確認申請印紙代 五万円
3 諸費用 二九八万三二〇八円
(内訳) ボーリング代 二七万三〇〇〇円
真北測量代 八万円
ケーブルテレビ調査費 一万二五〇〇円
遺跡発掘作業費 六一万七七〇八円
近隣対策交渉費 二〇〇万円
4 売却時利益 三〇二一万六九六八円
(本件基本合意の代金二億七三九三万六〇〇〇円から土地購入代金二億二四四九万六〇〇〇円、仲介料、古家解体費、建物設計確認取得関係費、諸費用を控除した金額)
5 弁護士費用 六六四万円
(被告の反論)
1 原告の主張は争う。
2 原告の本件土地取得の問題
原告は、八月九日に、ワンルームマンション用地にしか使用できない本件土地をやむなく購入したのであるが、それは、被告に売却するためであり、売却条件は、土地を先行決済するという条件であり、これは譲れない条件であった。ところが、原告は、被告が本件協定書に調印しなかったのは、被告に本件土地の購入代金を決済する資力がないと判断した後に、それでも被告が本件土地を購入するものと考えて、本件土地を購入したことになり、原告の主張は、独り善がりの主張である。
3 被告最終提案に対する原告の態度の問題
原告は、本件取引で三〇〇〇万円強の利益を見込んでいたところ、被告は、被告最終提案の一つとして、原告に対し、原告の利益見込額の範囲内で土地代金の減額案を提示した。これに対し、原告は、右被告の案につき、金額的に全然受け容れられないとして拒否した。これも、原告の全く独り善がりの言い分といわざるを得ない。
4 設計料の負担の問題
ワンルームマンション業界では、土地・建物売買契約時に、建物の内容が確定し、建築代金も確定するためには、設計が完了していなければならない。万一、契約が成立しない場合に、その実質的な補填は、当然に案件持込み業者が行うべきであり、本件取引において、原告は、設計者に対し、そのことを説明し、場合によっては、誰が無駄を実質的に補填するのかも、取り決めておかなければならなかった。
第三争点に対する判断
一 認定事実
前記第二の二の前提事実に加えて、証拠(甲一ないし三、甲七ないし三〇、甲三一の一、二、甲三二、四六、四七、乙一ないし六、乙七(一部)、証人田中、同大風、同梶(一部)、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、本件取引にかかる事実経過につき、以下のとおり認められる。
1 本件取引の端緒
平成九年三月(以下の年号のうち、平成九年のものは、記載を省略する。)ころ、小林は、大風設計の大風に対し、本件土地を引き合いに出して、ワンルームマンションに適当な土地があるので検討して欲しいと依頼したところ、大風は、検討した結果、本件土地につきワンルームマンションを建築して採算可能な物件と判断して、知り合いのハウジングライフの社員の田中に販売業者(ディベロッパー)の紹介を頼んだ。なお、小林は、本件土地につき、付加価値を付けるにはワンルームマンションの敷地としてのみ有望であって、他の用途には使えないものとみていたため、当時、本件土地の地主から本件土地の売却を受けてその所有権を取得していたわけではなく、原告が地主から売渡承諾書を得るなどしていたにとどまり、適当な販売業者が買い手として現れ、本件土地の売却の見通しが立った段階で、本件土地を正式に買い受けるつもりでおり、このような本件土地の権利関係については、田中に告げていた。また、大風設計は、四月下旬までに、本件建物の基本設計を終えていた。
2 原告・被告間の本件取引を巡る交渉その1
五月の中旬ころ、田中が、大風に対し、ワンルームマンション専門の販売業者である被告を紹介してきたので、大風が小林に連絡し、原告と被告は、本件取引につき交渉を開始することになった。同月一六日、小林は、田中の案内で、大風と一緒に被告の梶開発事業部課長を訪問し、本件取引につき、本件土地上にワンルームマンションである本件建物を建築して、いわゆる専有卸しの取引形態で、本件建物の専有面積一坪当たり二三〇万円で被告に対し売却したい旨申し出て、被告の会社内で仕入担当者の立場にあった梶との間で、田中を双方の仲介人として交渉を開始した。このとき、被告は、専門の販売業者として、被告独自の仕様である「菱和仕様」を持っていたので、早速梶は、本件建物の設計担当者となる大風に対し、本件建物の具体的な仕様(甲二三)を知らせた。そして、梶は、同月二七日には、大風と大風設計の実務担当者の訪問を受けて、建物の設計についてさらに詳細な打ち合わせを行い、六月初旬には、完成間近の「菱和パレス駒沢大学」の現場を訪問して、菱和仕様を実際に見分した。
一方、当初、被告の立場は、本件土地及び本件建物(=本件不動産)を一体として専有面積に前記坪単価を乗じた代金額で買い受けるという、専有卸しの原則的な形態を当然の前提として、本件取引の交渉を開始したものであり、かつ、被告は、本件不動産の決済条件として、本件不動産の売買契約締結時に売買代金の五パーセント程度の手付金、本件建物の上棟時に同じく五パーセント程度の中間金、本件建物の竣工引渡後三か月以内に残金を支払うという条件を希望していた。このため、梶は、五月下旬には、被告で使用している「土地建物売買協定書」というひな形を用いて、右のような被告の前提ないし条件を盛り込んだ「土地建物売買協定書」(書込前の甲六)を田中を介して小林に提示して協議した。梶が提示した右協定書では、本件不動産の予定対価の総額は四億〇三九〇万円で、その支払方法は、土地建物売買契約書締結時に二〇〇〇万円、本件建物上棟時に二〇〇〇万円、本件建物竣工引渡後三か月以内に三億六三九〇万円を支払うことになっていた。これに対し、小林の方は、本件不動産のうち未だ所有権を取得していない本件土地については、本件建物の建築確認がなされた段階で、名義を中間省略登記の方法により被告に移転するとともに、売買代金のうち本件土地の代金の分については、右建築確認取得時に先行決済するのが原告側の本件取引の絶対条件(以下「原告側絶対条件」という。)である旨田中を介して申し入れ、田中を通して、前記ひな形を用いた「土地建物売買協定書」に、右原告側絶対条件を取り容れるべく、本件不動産の売買予定対価は総額四億一七〇〇万円で、その支払方法は、土地建物売買契約書締結時に二〇〇〇万円、本件建物の確認取得時及び工事着手時に、本件土地の所有権を被告に移転すると同時に中間金として二億五〇〇〇万円、本件建物竣工引渡後三か月以内に一億四七〇〇万円とする旨の対案を提示していた。なお、梶も、小林が原告側絶対条件を持ち出した理由は、原告が本件土地につき未だ完全な権利取得をしておらず、その決済が未了であるからであると理解していた。
その後、本件建物の建築請負業者は日産建設と決まって、大風と日産建設(担当者は川内)の打ち合わせも始まり、六月中旬には、本件建物の概要を大筋で決定し、同月二六日には、今後の日程として、七月中旬までに実施設計を完了して建築確認申請を行い、八月中旬には建築確認を受けることに決めた(甲二四)。そして、大風設計は、七月上旬には、ある程度詳しい設計図を完成させ、同月四日から八日にかけて、小林、川内、梶に対し、それぞれ右設計図の一部を送付した(甲二五ないし二七)。
他方、被告の方は、田中を介しての交渉の中で、原告側絶対条件に対し、前記のように、建物竣工後に土地建物を一体として残金を決済するという、専有卸しの原則的形態で、かつ、建物の建築代金(通常の専有卸しの場合、実際には建築代金を保全するために、建築業者は、売主の代理人として買主から直接代理受領する。)の支払方法についても、契約時に手付金として代金の五パーセントを支払い、残りの九五パーセントを竣工後三か月以内に支払う(通常被告では、顧客にとって第三者に賃貸するなどの資産運用をして投資物件ともなり得るワンルームマンションの場合、建物が完成した後、顧客に現物を実際に見分させてから、販売契約を結ぶことにしていた。このため、被告の資金繰りとしては、三か月という期限付きではあるが、実際に被告が顧客に分譲するごとに、戸別の代金相当額ずつを売主に支払うことになる。)という条件(以下これらの決済方法を併せて「被告側希望条件」という。)を強く希望した。原告としては、被告側希望条件では、投資物件ともなり得るワンルームマンションである本件建物を分譲して売れ残った場合、しばしば販売業者が売主に引取りを求めたり、その分の代金支払を留保したりすることもよくあるので、右条件を嫌い、また、建築代金を代理受領することになる日産建設の方も、被告側希望条件の建築代金決済方法では、支払条件が良くないとして難色を示した。このため、小林と梶との間では、本件取引の代金の決済条件に関して、なかなか折り合いがつかなかった。
そこで、小林は、梶に対し、双方の条件の妥協案として、土地と建物を分離して取引する形態、すなわち、被告が日産建設との間で本件建物の請負契約を結んで、本件建物の建築代金に相当する部分については、被告が直接日産建設に対し支払うことにし、その代わり原告は、日産建設に必ず請負契約を結ばせるなど、いわゆる施工者斡旋の条件で本件土地を売買するという方式(以下「土地建物分離方式」という。)を提案したところ、七月初めまでには、右方式を取り容れて双方が妥協することになった。本件取引を土地建物分離方式で行う場合、被告にとっては、土地の部分を分離して、その代金を先行決済することになるので、資金繰りの検討が必要となり、融資を受けるとなれば、金融機関に対する金利の負担も発生することになる点や、先行決済した後、果たして日産建設が予定どおりの請負金額で、被告が希望する菱和仕様にて本件建物を完成させてくれるのかどうかも不安であり、何らかの保全の措置がなければ、被告が本件建物建築の危険を負担することになる点などが問題となった。梶は、右のような被告側の問題点について、しばしば田中に話しており、その趣旨は、田中を介して小林にも伝わっていた。
そのような過程で、七月二日、小林と川内が田中とともに梶を訪ねて、打ち合わせを行った際には、川内は、当初、本件建物の建築代金の見積金額を一億八六〇〇万円とする六月一九日付けの見積書(乙一)を梶に提出した。これに対し、梶は、被告の本件建物の建築代金の予算が一億五〇〇〇万円(消費税込み)であり、本件取引は特殊な案件で、原告が施工者斡旋をするということで、日産建設で右一億五〇〇〇万円にて請け負ってもらえれば稟議が通るが、それについては、請負承諾書なる書類を提出して欲しい旨川内に要請した(甲三〇)。なお、当時、被告の内部では、日産建設が建築代金一億五〇〇〇万円で請けるということであれば、これまで被告が経験したワンルームマンションの相場と比べてかなり単価が安かったので、果たして日産建設が本当にこの金額で施工できるのか懸念しており、確実を期するために、一億五〇〇〇万円で請け負うことの文書化を要求するようになったものである。そして、七月八日にも、梶と川内は、改めて建築代金が消費税込みで一億五〇〇〇万円とすることを確認し、併せて支払条件につき、着工時一〇パーセント、完了時九〇パーセントとすることを合意するとともに、梶は、川内に対し、上司に決裁を取るので、先日要請した承諾書を出して欲しい旨再度依頼した(甲三一の一、二)。これを受けて、七月一一日、日産建設は、発注内示書の原案(甲九)を原告宛送付した。
他方、七月三日ころには、原告は、土地建物分離方式を踏まえて、<1>原告は、被告が本件土地上に本件建物を建設するに当たり、企画・設計・土地の更地化・施工者斡旋・建築確認書の取得等を行う、<2>売買予定対価の総額は二億七三九三万六〇〇〇円(企画・設計・斡旋・建築確認書取得・近隣対策費用等をすべて含む。)とする、<3>被告は、原告に対し、前記売買代金につき、本契約締結時に二〇〇〇万円、建築確認書取得時に二億五三九三万六〇〇〇円をそれぞれ支払うことを骨子とした「土地建物売買協定書」と題する協定書案(甲八)を作成し、これに対し、梶は、七月七日には、原告の施工者斡旋業務の責任を明確化した文言を加えるとともに、前記代金支払方法に関して、「本契約締結時」を七月一六日、「建築確認書取得時」を八月一五日の各予定とし、その他に現況建物解体更地完了時(七月三一日予定)に一〇〇〇万円を支払う(建築確認書取得時の支払は二億四三九三万六〇〇〇円となる。)というように、具体的に記載した協定書案(甲八)を、田中を介して小林宛ファックスした。
さらに、七月一二日には、梶は、田中を介して小林に対し、菱和書式の「土地売買契約書」のひな形(甲一〇)を示すとともに、田中を通して、前記土地売買協定書案に承諾の意思を表示するとともに、右協定書に基づき契約書の原案を作成し、七月一四日のできるだけ早い時間にその原案を梶宛にファックスすることを要請し、契約日の確定は日産建設次第である旨伝えた(甲一二。なお、右の「日産建設次第」というのは、七月一二日の時点では、日産建設が作成する予定の被告宛の承諾書が未だ提出されていなかったため、右文書が提出されることにかかっているという趣旨である。)。また、同じく七月一二日には、日産建設と被告が取り交わす発注内示書と承諾書の案(甲一一)も、田中から小林宛ファックスされてきていた。
七月一四日、小林は、前記梶の示したひな形に基づき、土地建物売買協定書案(甲一三。前掲甲八の協定書案と同趣旨のもの)と土地売買契約書案(甲一四。前掲甲一〇のひな形に具体的条件を打ち込んだもの。以下便宜「本件契約書」という。)を梶宛にファックスするとともに、日産建設が被告の要望を受けて、先に記名押印した本件発注内示書及び本件承諾書(甲一五の分)も日産建設からファックスを受けた。また、七月一五日には、小林は、日産建設から、近隣への挨拶文の案(甲一六)のファックスも受けた。
他方、七月一四日には、川内が被告を訪問して、本件発注内示書及び本件承諾書(同日付け。既に日産建設の記名押印がなされたもの)(乙六の分)を梶に届けた(その際、梶は留守中であったので、後刻川内は梶宛電話連絡をし、届けた書類の確認をした。)。梶が受け取った本件発注内示書と本件承諾書には、工程表や仕様書(乙六)のほか、原告側に残っている本件発注内示書及び本件承諾書と同様に、その当時に大風設計が作成していた本件建物の設計図面(本件実施設計図の前段階のもの)が添付されていた。なお、本件発注内示書及び本件承諾書に添付されていた設計図面は、本件実施設計図と異なり、それによって本件建物の建築代金の精密な積算まではできなかったものの、専門家が見れば、右代金の概算をすることは可能であり、右設計図面に基づく概算の結果と、本件実施設計図による積算との間に、被告の資金繰りにとって影響を及ぼすような有意な差が出るようなものではなかった。
七月一五日、梶は、田中と打ち合せた際、田中に対し、被告が協定書に調印するのを七月二二日(大安吉日の日)、契約書に調印するのを同月二八日(次の大安吉日の日)の予定としたい旨告げた。そこで、七月一六日午前一〇時三〇分ころ、仲介人の田中は、梶が田中に前日伝えた今後の予定を伝えるとともに、調印の段取りについては、原告側で先に押印した文書を被告側に持参して、これに押印して返してもらうという、持回り方式になる旨も伝え、小林もこれらを了承した。そこで、小林は、早速、契約予定日を七月二八日として、「土地建物売買協定書」(甲一七)を起案した。
七月一八日、小林は、田中及び大風とともに、本件不動産にかかる土地建物売買協定書(=本件協定書)を三部作成し、それぞれ記名押印したうえで、田中が右同日、本件協定書三通を梶に対し届けた。本件協定書の骨子は、<1>前記協定書案の骨子の<1>と同趣旨のもの、<2>売買代金額は、土地代金として一億七〇〇〇万円、企画・設計・施工者斡旋・建築確認取得・近隣対策費代金として一億〇三九三万六〇〇〇円の合計二億七三九三万六〇〇〇円とする、<3>被告は、原告に対し、売買代金として、契約締結時(七月二八日予定)に二〇〇〇万円、更地完了時(八月一五日予定)に一〇〇〇万円、建築確認取得時(九月一〇日予定)に二億四三九三万六〇〇〇円をそれぞれ支払うというものであった。なお、右売買代金の内訳は、税務上の便宜を得るとして被告から提案されたものを取り入れたものであった。これを受けて、梶は、田中に対し、これから稟議に上げ、被告の判を押して、七月二二日には本件協定書を原告宛交付したい旨返答した。
一方、原告は、七月一八日から本件土地のボーリング調査を開始した。
3 協定書締結の延期と本件買主変更
ところが、梶は、本件協定書を稟議に上げたところ、約一億〇四〇〇万円相当の、土地代金以外の費用部分が決済できない旨、被告の税務担当者ないし税理士から指摘を受けるなどして、七月二二日までに本件協定書につき被告内部の稟議決裁を得ることができなかった。そこで、梶は、同日中に田中に対し、被告の社長が、本件協定書の土地代金とその他の代金の割合(分け方)と領収証の件で引っかかり、改めて税理士に相談して七月二三日に返事する旨申し入れ、田中も、小林に対しその旨電話連絡した。しかし、梶は、七月二三、二四日の両日、田中と連絡を取らず、同月二五日になって、田中に対し、協定書と契約書を同時に行うという意向のみ連絡した。しかし、梶は、その後再び連絡を取らないまま、契約書調印予定日であった七月二八日も経過し、翌二九日になって、梶は、田中に対し、翌日来社して欲しい旨電話で連絡した。
七月三〇日、梶は、田中に対し、格別の理由も告げないまま、被告としては、本件協定書の内容はそのままにして、本件土地の買主を被告から正友地所に変更し、正友地所が被告に専有卸しをすることになった(=本件買主変更)旨告げた。被告は、本件取引に非常に興味を持っており、また、梶としても、これまで交渉を続けてきた原告の立場を気の毒に思って、本件買主変更の提案をなしたものであった。小林は、同日、田中から梶の言葉を伝え聞いて非常に驚き、本件買主変更の理由につき、被告が資金繰り等の都合で、土地代金の先行決済ができないため、買主を正友地所に移して、同社に決済させるのではないかと考えた。しかし、同時に小林は、本件取引の話が正友地所を経由するものの、専門の販売業者の被告が本件不動産の販売を担当することによって、いわば正友地所と同体で本件取引を推進するものと理解して、翌三一日、新宿区の建築主事に対し本件建物の建築確認申請を行った。その際、小林は、大風設計が七月下旬までに最終的に完成させた本件実施設計図を添付していた。
そのうち、かねてから、本件土地については、一旦地主から原告が買い受けてワンルームマンションを建築することにより付加価値を付けて第三者に売ることを、地主と債権者である整理回収銀行ともども了解し、原告において、被告との成約を待っていたところ、時期が経過し、整理回収銀行からも催促が盛んに来て、地主も困った状況に陥っていた。そこで、小林は、やむを得ず、本件協定書の締結を待たずに本件土地を買い受けることを決意し、八月九日、原告が、地主との間で、代金を二億二四四九万六〇〇〇円として本件土地取得契約を結び、手付金五〇〇万円を支払った。また、小林は、翌一〇日から本件土地上にあった古家の解体作業に着手した。
他方、梶は、正友地所が入っても、原告には一切負担をかけないように、被告の場合と全く同じ契約条件で、原告と交渉するよう指示して、正友地所に原告との間の交渉を一任した。そこで、小林は、仲介人のナカダ興産を介して、日産建設や大風設計とともに、正友地所との間で、原告と被告とのこれまでの経過、本件協定書の内容等の取引に関して確認を行い、八月一八日から一九日にかけては、本件協定書及び本件契約書と全く同趣旨の協定書や契約書の案やその訂正文書(甲一九ないし二一)をナカダ興産を介して検討し合った。その結果、原告と正友地所は、八月二五日に、本件取引につき協定書に調印する予定になっていた。
ところが、八月二五日当日になって、小林は、ナカダ興産や田中から、正友地所が突然協定書の調印の予定を取り消す旨申し入れたことを聞かされた。
4 再度の原告・被告間の交渉
そこで、被告は、原告と再び本件取引につき直接協議することになり、小林と梶は、再度協議を開始した。そうしたところ、九月二日、梶は、小林に対し、被告が単独で買い取るか、スポンサー経由にて専有卸し買いをするか、いずれかを実行したい旨の申出をした。なお、原告は、九月一〇日には、本件土地取得契約に基づき、地主に対し中間金一〇〇〇万円を支払った。
被告は、本件協定書の趣旨に沿い、土地代金の先行決済を実現すべく、金融機関と融資実行につき協議をしていたところ、九月一二日付けの文書で、原告に対し、最終決済期日を一〇月一五日に変更し、支払内容として、売買代金のうち残金三〇〇〇万円を竣工時に支払うことに変更したい旨原告に申し入れた(乙四)。
九月一八日、原告は、建築確認の通知を受けたので、翌一九日、土地の売買代金二億七三九三万六〇〇〇円の決済につき、前記被告の申入れも考慮して、同月二五日限り四〇〇〇万円、一〇月一五日限り二億二五〇〇万円、同日振出の手形で残八九三万六〇〇〇円とし、建物の請負代金一億五〇〇〇万円(消費税込み)の決済につき、平成一〇年一月末(契約時)に一五〇〇万円、同年四月末(中間時)に一五〇〇万円、同年七月末(竣工時)に一億二〇〇〇万円(いずれも三か月サイトの手形による。)としたい旨提示をした(=原告最終提案)。
ところが、被告は、九月二七日、原告に対し、被告最終提案を提示した。被告最終提案のうち、<1>は、原告から被告に対し直接専有卸しをするものであり、坪単価は二三五万円と、本件協定書の単価よりも五万円高い点では原告に有利となっていたものの、被告の決済条件が、土地建物全体の代金につき、手付金五パーセント、残金は竣工後三か月以内とされている点において、土地代金の先行決済という原告側絶対条件を無視するものであった。また、被告最終提案の<2>は、原告と被告の間に第三者を参画させて、その第三者から原告に対し土地代金の先行決済をするという点で、原告側絶対条件は満たしていたものの、土地代金につき、二億七五〇〇万円から二二〇〇万円という大幅な減額の希望がなされているものであった。さらに、被告最終提案の<3>は、土地代金の先行決済をしようとする点では、原告側絶対条件を満たしているものの、右先行決済を被告の借入により行うため、土地代金から被告の借入金利及び税金分の減額を希望するものであった。
小林は、右のような被告最終提案は、いずれも当初の原告・被告間で調印予定であった本件協定書の趣旨を根底から覆すものと受け止め、地主との最終決済期限(九月三〇日)も迫っていたことから、被告との交渉には見切りを付けて、契約締結を断念することを決意した。そして、小林は、地主に事情を話して、最終決済期限を一一月五日まで延期してもらうなどして、新たに他の販売業者を見つけるべく努力したが、右期限までに見つけることができなかったため、やむを得ず右同日、既払金に加えてさらに違約金二〇〇万円(違約金の総額は一七〇〇万円)を支払って、本件土地取得契約を解約するに至った。
以上のとおり認められ、証拠(乙七、証人梶)中、右認定に反する部分は、採用しない。
二 争点1について
1 前記一の認定事実によれば、<1>小林は、本件土地につき、ワンルームマンションを建築し付加価値を付けて分譲することにより収益が見込まれる物件と判断して、大風設計に本件建物の基本設計を完成させた段階の五月中旬に、本件土地上に原告がワンルームマンションを建築し、専有面積の坪単価を決めて、土地建物を一体として原告が被告に販売する「専有卸し」の形態で、本件取引をワンルームマンション販売の専門業者である被告に持ち込み、田中を仲介者として、被告の仕入担当者梶との間で交渉を開始したこと、<2>ところで、本件取引に関しては、原告側は、本件土地の所有権取得が未了であり、土地代金相当部分については、先行決済を受けることが絶対条件であったのに対し、被告側は、あくまで土地建物一体としての専有卸し形態を前提とし、土地建物の代金相当分とも残金につき竣工後三か月以内の支払という支払条件を強く希望するというように、双方の資金繰りの都合から出されたとみられる原告側絶対条件と被告側希望条件とが利害相反するものとして主張され、なかなか支払条件の合意ができないでいたこと、<3>そうしたところ、小林は、梶に対し、原告側絶対条件を実現しつつ、建物建築代金の支払条件については被告側希望条件も取り容れるべく、土地建物分離方式を提案し、梶も右方式を取り容れて本件取引の条件を詰めることにしたが、その際、被告側としては、先行決済に充てる土地代金部分の資金繰りや、日産建設との請負契約における履行確保(請負代金額の固定及び菱和仕様での建物の完成)の点が問題となり、後者については、小林、梶が、日産建設の川内も含めて検討を行ったこと、<4>その過程で、梶は、前記<3>の後者の問題点の保全策として、日産建設が被告側希望金額で建物建築を請け負う旨の承諾書を提出すれば、稟議が通る旨申し出たところ、日産建設もこれを了承したので、小林と梶の間で、田中を介して、土地建物分離方式による本件取引にかかる協定書案と契約書案を、何度も推敲を重ねながら練り上げたこと、<5>その結果、梶は、協定書案と契約書案をいずれも承諾し、日産建設から本件承諾書を受領したので、七月一五日の時点で、本件協定書調印日を七月二二日、本件契約書調印日を七月二八日と予定したい旨田中に対して申し出、翌七月一六日、田中がこれを小林に伝えて、小林も右予定を了承したこと、<6>そこで、小林は、先に本件協定書に記名押印し、田中を介して梶に届けたところ、梶は、稟議に回し、七月二二日には被告が押印したものを交付すると述べていたことが認められる。右のような小林と梶との交渉経緯やその成熟度にかんがみると、小林と梶は、既に<1>の時点から、本件取引につき、契約成立に向けた準備段階に入ったものとみることができるところ、七月一六日の時点においては、本件取引につき、本件承諾書を受領することにより、被告の懸念材料に対する保全策も講じられ、協定書と契約書の起案を同時に終了し、被告の稟議決裁を得るのみという状況にあったことが認められるから、原告と被告の関係は、契約締結の準備段階にあるのはもとより、その中でも、契約内容の具体的な事項が定められるとともに、問題点についても善処がなされ、協定締結日及び契約締結日もともに予定されて、契約締結も間近の段階に至っていたものと評価することができる。さらに、そうした状況下で、「原告と被告が、本件協定書を締結する合意をし、本件協定書調印を七月二二日、契約書調印を同月二八日の予定とする旨の合意(原告のいう本件基本合意と同趣旨。以下改めて「本件基本合意」という。)も小林・梶間、ひいては原告・被告間で成立していたことが認められる。なお、梶は、当時被告の開発部課長の地位にあって、本件取引を巡る契約締結権限(代理権)があったとは認められないけれども、梶は、被告の会社において、仕入の交渉を任された担当者であったから、稟議決裁を得るまでの交渉については、被告の手足として行動していたものと評価するのが相当である。
そうすると、被告には、契約締結に向けた準備の最終段階にある相手方の原告に対し、契約締結に向けて誠実に交渉すべき信義則上の注意義務を負っていたと解されるほか、特に本件基本合意の成立によって、原告に契約締結成就への期待を一旦抱かせた以上、契約締結への利益を侵害し過大な損害を被らせないよう努力する注意義務も負っていたというべきであって、より具体的には、被告は、特段の合理的事情がない限り、契約締結に向けて最後の協力をすべきであったといえる。
ところが、さらに前記一の認定事実によれば、<7>被告内部では、結局本件協定書及び本件契約書調印の稟議決裁が得られなかったのであるが、本件協定書調印予定の当日になって、自らの希望で振り分けていた本件協定書の売買代金の内訳につき税務上の懸念らしきものを持ち出したほかは、なぜ予定どおり本件協定書の調印ができないのか、それまでの交渉経緯にかんがみて原告側が納得できるような合理的な理由ないし事情を特に説明することもなく、一方的に、梶が田中を介して小林に対し、本件協定書の調印の延期等を申し入れ、その後の予定についても明確な態度を取らなかったこと、<8>そして、梶は、本件契約書調印予定日を経過してから、これまた突然、原告側に対し、合理的な理由ないし事情を格別説明することもないまま、本件買主変更を行って、交渉の前面には正友地所を立て、原告との交渉を正友地所に交渉を一任したこと、<9>これを受けて、小林と正友地所は、本件協定書及び本件契約書の内容はそのままにして、土地建物分離方式により本件取引をなすべく交渉し、八月二五日に協定書調印の予定までなされていたが、再び当日になって、正友地所に拒否されたこと、<10>そこで、小林と梶は、本件取引に向けて再び交渉し、その間被告は、土地先行決済を履行するべく金融機関と借入の交渉を進めるなどの努力もし、その中で決済期日の変更等の申出もしたこと、<11>これに対し、小林は、被告の決済期日の変更希望の趣旨は取り入れて譲歩しつつ、あくまで原告側絶対条件を前提とした土地建物分離方式による原告最終提案をなしたのに対し、被告側は、九月二七日、原告側にとっては、本件協定書及び本件契約書の作成過程では、被告自身も特に異論を持ち出していなかった土地代金額の大幅な減額を受け容れるか、さもなくば、原告側絶対条件である土地代金先行決済の条件を犠牲にせざるを得ないような被告最終提案を提示したこと、<12>これに対し、小林は、本件土地の最終決済期限も迫る状況下で、被告最終提案は、本件協定書の趣旨を根底から覆すものであるとして、被告と交渉を打ち切ったことが認められる。以上のような本件基本合意以後の被告の対応を全体として考察すると、被告は、原告との関係では、前記のような信義則上の注意義務を負っているのに、まず、原告が納得できるような合理的理由ないし事情を示さないまま、本件協定書及び本件契約書の調印を延期し、かつ、正友地所を買主としたり、再度の原告との直接交渉においても、結局、本件基本合意の時点で一旦は了承したかにみえた原告側絶対条件の趣旨を、二か月余りも後の段階になって、事実上没却するような提案をなしたりして、原告をして、被告との交渉継続を断念せざるを得ないように至らせたことが認められるのであって、このような被告の一連の対応は、前記のような本件基本合意の成立過程を含むそれまでの小林と梶との交渉経緯に照らせば、誠実に契約成就に向けて最後の努力をすべき信義則上の注意義務及び相手方の契約締結への利益を侵害しないよう努力すべき信義則上の注意義務に違反した違法な行為であり、原告に対する不法行為を構成するものと評価せざるを得ない。
2 これに対し、被告は、まず、前記【争点1】「被告の反論」2(一)のとおり反論するところ、右反論の趣旨は、本件取引については、七月二二日の時点で結局被告の稟議決裁が得られなかったので、原告・被告間では何らの合意も成立しておらず、被告が不法行為責任を負う前提を欠くことを指摘しているように理解される。しかしながら、契約締結に向けての準備段階に入った交渉当事者間では、それまでの契約締結に向けた交渉の具体的経緯やその成熟度にかんがみて、相手方に対して、いずれも信義則上の注意義務である、契約締結に向けて誠実に交渉すべき義務や相手方の契約締結への利益を侵害しないよう努力すべき義務を負担するものと解すべきところ、本件取引では、原告側絶対条件と被告側希望条件が対立しながらも、その妥協案として、土地建物分離方式を採用し、調整を経た協定書・契約書も起案され、協定書及び契約書調印の日も予定されて、被告側の稟議決裁待ちの段階に至っていたこと自体に注目し、契約締結に向けた最終段階に入ったものとして、被告には、相手方である原告に対し、前記のような信義則上の注意義務を負担させるのが相当であると考えるものである。したがって、このような観点からみれば、被告内で稟議決裁を得られなかった事実は、本件協定書及び本件契約書の内容の合意が最終的には成立しなかったことを意味するにとどまり、それまでの交渉経緯から発生する被告の信義則上の注意義務の存在を否定するものとはならないと解すべきである。また、被告は、前記反論において、本件土地がワンルームマンションの用途のみに有望な特殊案件であることにかんがみ、条件調整はすべて原告の責任であり、買主である被告の稟議決裁が得られなければそれまでであることも指摘しているように解される。しかし、前記一の認定事実によれば、原告のみらず、ワンルームマンションの専門販売業者である被告側も、本件取引については、非常に興味を持って何とか契約を成立させたいという意向があったことが窺われるのであって、契約成立に向けての条件調整等の面においては、双方が等しく協力すべきものであり、本件土地が特殊案件であるからといって、一方的に原告にのみその負担が負わせられるべきものとする見解は、採用できない。
次に、被告は、前記【争点1】「被告の反論」2(二)ないし(四)のとおり反論するところ、その趣旨は、七月二二日の段階では、被告にとって、本件建物の建築代金の積算ができず、実際に日産建設が被告の希望する一億五〇〇〇万円で菱和仕様の本件建物を建築することが不確定であって、この点で、本件買主変更、正友地所による契約拒絶、被告最終提案等、その後の被告の対応につき合理的な理由ないし事情が存在するので、不法行為責任を負わないことを指摘しているように理解され、確かに、本件承諾書に添付された設計図(本件実施設計図の前段階のもの)では、建築代金の概算はできても、正確な積算まではできなかったことは、前記一で認定したとおりである。しかしながら、前記一の認定事実によれば、建築代金について正確な積算はできなくても、被告の資金繰りにとって有意な差が現れるほどのものではなかったとみられる上、日産建設が提出してくれれば、被告の稟議決裁が得られる旨梶が述べていた本件承諾書も、実際に被告は本件基本合意成立前に受領したのであり、その後、未だ建築代金の積算が不可能であるとか、日産建設の施工に不安があるとかいった、本件建物の建築問題が被告の稟議決裁を得る上で、なお障害になっているなどということを、当時被告側が小林に対し告げていた形跡はみられない。かえって、前記一で認定した七月二二日以降の被告の対応に照らして考えると、被告が本件協定書の調印を延期し、本件買主変更を行ったり、被告最終提案を提示したりしたのは、施工者斡旋の費用を含めた土地代金の先行決済の資金繰りが付きにくかったことが主たる原因ではないかと推認され、しかも、被告側は、小林に対し、右被告内部の事情を明確に説明していなかったものである。そうすると、本件協定書の調印延期等、その後の被告の一連の対応に、被告が指摘するような合理的な理由ないし事情があったとは認められないし、また、被告にとっては土地代金先行決済に向けての資金繰りの都合があったとしても、それが原告側に明示ないし説明されていたわけではない以上、やはり、右のような一連の被告の対応に、被告の信義則上の注意義務違反自体を否定するような合理的な事情があったものと認めることはできないというべきである。
三 争点2について
1 基本的な考え方
本件基本合意以後の本件取引を巡る被告の対応が、原告に対する信義則上の注意義務違反による不法行為を構成することは、前記二1で検討したとおりであり、原告が本件基本合意の成立に至る交渉経緯や本件基本合意の成立によって、本件取引が成立するものと信じてなした費用の支出ないし支払債務の負担分は、被告の不法行為と相当因果関係あるものとして、被告は、原告に対し賠償する義務を負うものというべきである。しかしながら、被告の一連の対応のうち、被告最終提案は、本件基本合意に至る小林・梶の交渉経緯や、一旦調印直前まで至っていた本件協定書の趣旨に悖るものではあるけれども、原告が本件取引によって見込んでいた収益が三〇〇〇万円強であったこと(原告の逸失利益の主張参照)にかんがみれば、被告最終提案のうち、原告側絶対条件を満たさない<1>の案は採れないにしても、いずれも原告側絶対条件は維持したまま、土地代金の減額希望が眼目となっている<2>ないし<3>の案については、減額の幅につき、さらに原告の対案を出すなどして、被告の資金繰りの事情にも配慮しながら、相応の減額にとどめることにより、互いに譲歩して成約にまでこぎ着ける余地も、少なからず存在したものとみられる。そうすると、小林が被告最終提案によって、被告との交渉に見切りを付けたことが、本件土地取得契約の最終決済期限が三日後に迫っていた状況の下であったことを斟酌しても、小林が、地主に決済期限の延期を願い出て(現に、小林は被告との交渉を打ち切った後、他の販売業者を探すために、地主に最終決済期限の延長を認めてもらっている。)、さらに被告との間で妥協点を見出す余地も少なからず存在したことを考慮すると、本件取引が成約に至らなかったことの責任の半分は、原告側にも存在するものと評価するのが合理的であり、損害の公平な分担の観点から、原告が本件取引が成立するものと信じたことによって被った損害額につき五割の過失相殺をし、損害額の五割を被告に賠償させるのが相当である(以下「基準一」という。)。
次に、原告が本件取引に関して費用を支出した時期に注目すると、原告と被告が契約の準備段階に入った五月一六日以降、被告側が本件協定書の調印の延期を申し入れた七月二二日までに、原告が作業に着手し、その対価の支払義務を負うに至った費用については、被告は、原告に対し、前記過失相殺による五割相当額の賠償義務を負うというべきである。これに対し、七月二二日以後は、被告が本件協定書の調印の延期を申し入れてくることにより、原告にとってその理由ないし事情は明らかでないものの、被告内部で本件取引の成立に向けて何らかの障害があるものと推測できる状況になったものといえるから、七月二二日の後に作業に着手し、その対価の支払義務を負うに至った費用については、損害の拡大を自ら防止するという点で、さらに原告に大きな過失があったものと評価すべきであるから、原告が本件基本合意の成立により本件取引が成立するものと信じて被った損害につき、基準一の過失も併せて全体で八割の過失相殺をし、損害額の二割を被告に賠償させるのが相当である(以下「基準二」という。)。
さらに、本件土地取得費用に関しては、ワンルームマンションの業界で、本件取引のように、売主が買主に対して専有卸しの形態で案件を持ち込む場合、売主が自己の負担において地主から土地を先行取得(先行投資)してから買主に持ち込むのが典型的な取引形態ではあるが、売主が買主との成約を見計らってから土地を取得する方法もあり得ることが窺われる(証人田中参照)から、本件取引が成立しなかった場合の損害の公平な分担の観点からみると、基準二の過失相殺八割を施した二割の損害額のうち、その四割の損害額、すなわち併せて全体として損害額の八分を被告に賠償させるのが合理的である(以下「基準三」という。)。
2 各論
そこで、前記1の基本的な考え方に立って、原告主張の損害項目ごとに、被告に賠償させるべき損害額を検討する。
(一) 土地取得関係費(認容額二四三万四七六九円)
前記一の認定事実によれば、原告は、七月二二日の後の八月九日に本件土地取得契約を締結し、手付金として五〇〇万円、中間金として一〇〇〇万円を支払ったが、被告の不法行為により解約せざるを得なくなり、既払の右一五〇〇万円を放棄するとともに、二〇〇万円の違約金を追加で支払ったこと、本件土地取得契約の仲介料(税込み)として七一三万四六二四円の支払債務を負担していること(甲三六)、また、八月九日から古家解体作業に着手し(甲四六)、解体費用として二五二万円の支払債務を負担したこと(甲三七)が認められる。
そうすると、本件土地取得契約にかかる違約金一七〇〇万円と仲介料の七一三万四六二四円の合計二四一三万四六二四円については、基準三を適用して、被告の賠償額は、その八分に相当する一九三万〇七六九円(円未満切捨て。以下円未満がある場合は同じ。)となる。一方、古家解体費二五二万円については、基準二を適用して、被告の賠償額は、その二割の五〇万四〇〇〇円となる。したがって、土地取得関係費にかかる被告の賠償額は、合計二四三万四七六九円となる。
(二) 建物設計確認取得関係費(認容額二三一万五八〇〇円)
前記一の認定事実によれば、大風設計が行った本件建物の設計作業のうち、基本設計は、本件取引を巡る交渉が開始される前に完了していることが認められるから、基本設計料は、被告に賠償させるべき損害とはならない。
これに対し、実施設計については、原告が大風設計に対し六月中旬ころ依頼し、七月中旬までに完成させたものであるから、実施設計料四六一万一六〇〇円(税込み。甲三八)については、被告に賠償させるべき損害となるところ、基準一を適用して、被告の賠償額は、その五割の二三〇万五八〇〇円となる。他方、原告は、七月二二日の後の七月三一日に建築確認申請をし、確認申請印紙代として五万円を支払ったことが認められる(甲四五)ところ、基準二を適用して、被告の賠償額は、その二割の一万円となる。したがって、建物設計確認取得関係費にかかる被告の賠償額は、合計二三一万五八〇〇円となる。
(三) 諸費用(認容額二六万二五四一円)
原告が主張する諸費用のうち、真北測量は、五月一六日より前に行われ、その費用も五月一五日に支出されていたことが認められる(甲四一)から、真北測量代は、被告に賠償させるべき損害とはならない。また、近隣対策費二〇〇万円については、小林がこれを関係者に支払った旨供述しているが、的確な裏付けに乏しく、被告に賠償させるべき損害とは認められない。
これに対し、原告は、七月一八日から本件土地のボーリング調査を開始し、その費用として二七万三〇〇〇円を支払ったことが認められる(甲四〇)ところ、基準一を適用して、被告の賠償額は、その五割の一三万六五〇〇円となる。一方、原告は、本件土地取得契約後に、本件土地に関して、ケーブルテレビ調査を行い、その費用として一万二五〇〇円を支払い(甲四二)、九月八日から一三日にかけて遺跡発掘作業を行い、その費用として六一万七七〇八円の支払債務を負担したこと(甲四三、四四)が認められるところ、右合計六三万〇二〇八円については、基準二を適用して、被告の賠償額は、その二割の一二万六〇四一円となる。したがって、諸費用にかかる被告の賠償額は、合計二六万二五四一円となる。
(四) 売却時利益(認容損害額ゼロ)
被告の不法行為と相当因果関係にある損害は、原告が本件取引が成立するものと原告が信じたことによる損害であるから、原告が主張する売却時利益は、被告に賠償させるべき損害とは認められない。
3 弁護士費用
前記2の認容損害額の合計金額は、五〇一万三一一〇円となるところ、本件訴訟の内容、審理経過、認容損害額等にかんがみると、被告に賠償させるべき弁護士費用は、五〇万円とするのが相当である。
そうすると、被告に賠償させるべき被告の不法行為と相当因果関係にある損害額は、合計五五一万三一一〇円となる。
四 むすび
以上の次第で、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、被告に対し五五一万三一一〇円及びこれに対する不法行為の後である平成一一年一一月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容されるべきである。
(裁判官 徳岡由美子)
別紙<省略>