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東京地方裁判所 平成11年(ワ)24099号 判決 2000年4月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、3,000万円及びこれに対する平成10年12月8日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告が払戻請求書に押捺された印鑑の印影と登録印として通帳に押捺された印鑑の印影の確認義務を怠り、原告の預金を第三者に違法に払い戻したとして預金3,000万円及びこれに対する債務不履行の日の翌日である平成10年12月8日から支払済みに至るまで商事法定利率年6分の割合による損害の賠償を求める事案である。これに対し、被告は払戻請求をした者につき、特段の不審事由はなく、払戻請求書及び振込依頼書の預金者欄の記載は正確であり、盗難届も提出されておらず、払戻請求書に押捺された印鑑の印影と登録印として通帳に押捺された印鑑の印影の違いについても相当の注意を用いても相違点を発見することはできなかったのであるから、払戻しは有効であると主張して争っている。

二  当事者間に争いのない事実

1  原告(当時の代表者取締役は下垣ベティ真利子)は、平成10年12月ころ、被告本店の普通預金口座(口座番号<略>)に約3,000万円の預金をしていた。

2  原告の前記預金口座の登録印の印影は、別紙1のとおりである。

3  平成10年12月7日、何者かが被告渋谷支店を訪れ、別紙2のような払戻請求書(以下「本件払戻請求書」という。)を提示して、3,000万円の払戻しがされるとともに、「A」なる人物に振込みがされた。

4  本件払戻請求書に記載された、口座番号、社名、所在地、代表者の事項については、被告に届けられている事項と相違なかった。

三  争点

1  本件払戻手続は、原告から権限を与えられたものが届出印を使用してしたものか。

2  被告に印鑑照合義務違反があるか。

第三  争点に対する判断

一  被告は、まず、本件払戻手続は、原告から権限を与えられたものが届出印を使用してしたものであると主張する。しかしながら、後記のように本件払戻請求書に押捺された印鑑の印影と登録印として通帳に押捺された印鑑の印影については違いが認められるところであって、被告の主張を認めるに足りる証拠はない。被告は、(一)本件預金払戻請求書と同時に提出された振込依頼書に記載された原告の本店所在地は「東京都渋谷区広尾<略>N-401」と極めて正確な表示となっているが、このような情報は通帳に記載されていない、(二)本件払戻手続と同時にされた、石井至(原告の現在の代表者取締役)名義の口座からの預金払戻しについても払戻請求書とともに振込依頼書が提出されているところ、これについても石井至の住所として「東京都渋谷区広尾<略>D-805」と極めて正確に記載されている。広尾<略>D棟などという情報は、自動車車検証でも知りえない情報である、(三)(一)及び(二)の各振込依頼人の電話番号として記載されているのは石井至の勤務先であるオリックス証券株式会社である、などの間接事実を挙げるが、これらの事情を考慮しても被告の主張を認めることはできない。なお、証拠(乙5)については、平成10年12月7日時点において、被告の届けられた原告の住所は、「東京都世田谷区池尻<略>」であったと認められるところである。

二  被告の印鑑照合義務違反の有無について

1  <証拠略>によれば、登録印として通帳に押捺された印鑑の印影と本件払戻請求書に押捺された印鑑の印影との間には別紙3のような違いがあったと認められる。

2  しかしながら、これは現在になって両者を丹念に照合した結果、判明したことであって、両者は一見したところその違いを容易に判別できないほど酷似している。即ち、

(一) 両者の印影の大きさは殆ど変わらず、円形という点でも共通している。

(二) 内枠の円の配置も共通である。

(三) 外枠と内枠の間の「有限会社石井兄弟社」の文字の配置や太さ接し方が極めてよく似ている。「会」「石」など特徴のある文字の崩し方も酷似している。

(四) 内枠の中の漢字についても、間隔、太さ、接し方が酷似しており容易に判別できない。

3  このように両者の印影が告示している以上、銀行の印影照合事務担当者に対して一般的に期待されている業務上相当の注意義務を払っても、本件においては両者の印影の違いは判別できなかったというべきである。

4  そうすると、本件において被告に印鑑照合に関する注意義務違反は認められない。

第四  結論

よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官 田代雅彦)

(別紙)1、2(編集注・コメント中に印影のみ掲載)

3 準備書面(2)

第一 甲第5号証の印影並びに乙第2号証の銀行の届け出の印影(本物)と乙第6号証の印影(偽物)に対比について

1 本物と偽物の対比の詳細は次の通りである。

本物 偽物

・外円の直径 18mm 19mm

・内円の直径 10.5mm 11mm

・「有」の字 月が「己」状になっている

・「限」の字 塗りつぶされており判別不能

・「会」の字 「会」の下の線が内円と繋がっている

・「社」の字 「社」の右側の「土」の部分が内円と繋がっている

・「石」の字 「石」の横線が外円と重なり、左下へ下がる線が内円と繋がっている

・「井」の字 「井」の縦線が外円と重なり、内円とも繋がっている

・「兄」の字 全く別の字

・「弟」の字 全く別の字

・「社」の字 木偏の縦線と旁の「土」の字でつくられる四角形の大きさが大きい

・「取」の字 左側が別の字

・「締」の字 糸偏が別の字、旁は判別不能

・「役」の字 判別不能

・「印」の字 旁の線の長さが違い、横線の位置も違う

第二 証拠方法<略>

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