大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)24561号 判決 2002年10月24日

両事件原告

A野太郎

同訴訟代理人弁護士

島田達夫

第一二〇四一号事件被告

有限会社A田

同代表者代表取締役

E田竹夫

同訴訟代理人弁護士

宮田信男

第二四五六一号事件被告

B野こと D原梅夫

同訴訟代理人弁護士

小林譲二

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、五五四万四八六〇円及びこれに対する平成一〇年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

※以下、両事件原告A野太郎を「原告」と、平成一一年(ワ)第一二〇四一号事件被告有限会社A田を「被告会社」と、同第二四五六一号事件被告D原梅夫を「被告D原」と、それぞれ略称する。

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、九六八万四〇九五円及びこれに対する平成一〇年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外B山松夫(以下「B山」という。)が交差点で信号無視をしたことから、原告において、B山の運転する普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)のドアを開け、B山に注意をしたところ、B山が加害車両を急に後退させたために原告が負傷した事故について、原告から、① 被告会社に対し、被告D原の下請としてB山の保有車両(以下「B山車両」という。)を修理する間、被告D原を介し、被告会社の所有する加害車両をB山に代車として提供したとして、また、② 被告D原に対し、B山からB山車両の修理の依頼を受け、これを被告会社に下請に出すとともに、被告会社より加害車両を借り受け、これをB山に代車として貸与したとして、それぞれ自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は、争いがない。)

(一)  本件事故の発生

(1) 日時 平成一〇年六月九日午前六時五五分ころ

(2) 場所 東京都足立区《番地省略》先路上

(3) 加害車両 普通乗用自動車(大宮《番号省略》)

同運転者 B山

同所有者 被告会社

(4) 態様 原告が、加害車両の運転席側ドアを開けて、運転者であるB山の信号無視を注意したところ、B山が、加害車両を急に後退させ、原告を巻き込み転倒させた。

(二)  原告の負傷の内容

左股関節脱臼、創部感染症

(三)  原告の入通院の経過

原告は、本件事故当日である平成一〇年六月九日から同年九月二六日まで一一〇日間、コーワ病院に入院し、同年一〇月三日から平成一一年二月一日まで一二二日間(実通院日数五日)、同病院に通院した。

(四)  損害の填補

自賠責保険からコーワ病院に対して、治療費の一部として一二〇万円が支払われた。

二  争点

(一)  被告らの運行供用者責任の有無

(原告の主張)

(1) 本件事故は、被告D原が、平成一〇年三月に、その所有者である被告会社から加害車両を借り受け、これをB山に貸与して運転させていたところ、B山によって惹起されたものである。したがって、被告らは、いずれも加害車両の保有者であり運行供用者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(2) 加害車両がB山に貸与された経過は、次のとおりである。

被告D原は、「B野」という屋号で自動車の修理の請負業等を営んでいたところ、平成一〇年三月上旬ころ、B山からB山車両(トヨタ・ソアラ、足立《番号省略》)の修理を依頼され、これを請け負った。しかし、この修理は被告D原の下ではできなかったので、被告D原は、同月二六日ころ、かねてより取引関係のあった被告会社にこれを外注に出し、被告会社は、被告D原の下請としてB山車両の修理を請け負った。

その際、被告D原は、B山から修理期間中の代車の提供を求められたが、あいにく代車用車両の在庫がなかったので、外注先である被告会社に代車の提供を求め、そのころ、被告会社から加害車両を借り受けた。そして、被告D原は、修理期間中の代車としてこれをB山に貸与した。その結果、B山は、加害車両を運転して本件事故を惹起したものである。

(3) 以上のとおり、被告D原は、加害車両の所有者である被告会社とは、加害車両を借り受ける以前から、自動車の修理業において元請と下請という取引関係があった。そこで、被告D原は、このような密接な人的関係に基づき、B山に代車として提供する目的で被告会社から加害車両を借り受け、被告会社も、被告D原のこの目的を知り、かつ、被告D原が加害車両をB山に貸与して運転させることを了解して、被告D原に加害車両を貸与したものである。したがって、被告らには、B山の加害車両の運転について十分に運行利益があり、また、本件では、上記のような目的で比較的短期間を想定して貸与され、その目的を達成したときには、被告D原、そして、さらに被告会社に加害車両を返還することが予定されていたのであるから、運行支配があったことも明らかである。

B山に対する加害車両の提供に関する法律関係については、被告らの間に争いがあるが、そのいずれが直接的貸与者であり間接的貸与者であろうと、原告が被告らに自賠法三条に基づき損害賠償請求をすることに何ら影響を及ぼすものではない。被告らは、加害車両の貸与に関し、「直接的」、「間接的」という関係にはなく、「共同して」貸与したという関係にあるものと解すべきである。

ちなみに、加害車両の貸与が有償か無償かについては、被告D原も被告会社も、自らの経済的利益のために、有償で修理を引き受ける代わりに加害車両を代車として貸与したものであるから、この貸与は、有償であったと解すべきであり、少なくとも有償に準ずるものである。

(4) 被告らは、いずれも最高裁第一小法廷平成九年一一月二七日判決・裁判集民事一八六号二二九頁を引用して、自賠法三条に基づく運行供用者責任を争っているが、同最高裁判決の事例は、実質的に泥棒運転に近く、しかも、貸与者が貸与した車両を取り戻す(返還を受ける)方法がなかった場合に関する事例であるから、本件には該当しない判例である。

本件では、被告D原は、B山の自宅の住所を知っていて、B山宅を訪れ、B山の父親等に会ったりもしており、十分な努力をすれば、B山から貸与した車両を取り戻すことは可能であった。しかるに、被告D原は、B山に対しては、修理代金の支払を請求しているものの、加害車両の返還を求める努力はしていない。被告会社に至っては、被告D原と同様、B山の自宅の住所を知っていたにもかかわらず、自らが貸与した加害車両の返還について何ら努力をしていない。

(5) 被告らは、B山が無免許であったこと、そして、この点を被告らに秘していたことを根拠に、被告らの運行支配と運行利益を争うが、理由がない。もし、無免許であったことが運行支配と運行利益を否定する根拠となるのであれば、他人の車を借り受けて無免許で運転中に引き起こした事故について、貸与者において運転者が無免許である事実を知らなかった場合には、すべて貸与者には自賠法三条の責任がないことになるが、このような主張が認められないことは明らかである。

(被告会社の認否及び反論)

(1) 被告会社が加害車両の保有者であることは認めるが、被告会社に自賠法三条の運行供用者責任があることは争う。

(2) 被告会社とB山との関係は、次のとおりである。

被告会社は、被告D原から求められて代車を提供したが、B山に対する代車提供の手配、B山車両の引取り、代車の返還及び修理代金の支払の督促は、すべて被告D原が行っていた。

B山に貸し渡された代車は、修理期間に限っての転貸供与であり、B山車両の引渡しとともに返還されるべきものである。被告D原は、被告会社から修理が完了した旨の通告を受けた時点で、B山から代車の返還を受け、これを被告会社に返還すべき義務を負っていた。実際の代車の返還場所は被告会社であるから、いわゆる「指図による占有移転」の方法によることになるが、このことは、B山との関係が直接的なものか間接的なものかという点には影響しない。

また、被告会社からの修理代金の請求は、B山ではなく被告D原に対して行われ、被告会社には被告D原から修理代金が支払われている。

以上からすると、加害車両に関するB山と被告会社との関係は、間接的な関係であり、代車の提供は、被告D原から修理委託を受けるに当たり使用貸借として提供したものであって、修理下請業者の元請業者に対する付随的義務と解すべき行為である。

(3) 被告会社には、以下のとおり、運行供用者責任は存しない。

本件事故発生までに多数回にわたりB山に対して車両の返還を求め、これに対しB山がたびたび虚言を弄して返還を引き延ばしていたとの被告D原の主張からすると、被告D原が修理完了後にB山の代車利用を許諾していたのでないことは明らかである。被告D原と被告会社は、平成一〇年四月二九日、修理委託契約に基づく修理代金の精算を済ましており、被告会社にとっても、同日以降、B山の無断利用を許諾できる関係にはない。

さらに、被告会社にとって加害車両の所在やB山による利用の実態を把握すべき手掛かりのない本件の場合には、車両の回復は、被告D原の努力とB山による任意の返還にまたざるを得ない。

以上からすると、最高裁第一小法廷平成九年一一月二七日判決の事案と同様、本件においては、被告会社に自賠法三条の責任を問うことはできないものと解される。

(4) ちなみに、本件事故当時、B山は適法な運転資格を有していなかった。車両の有償貸与の場合には免許の有無を確認するのが一般であり、代車を提供する場合においても、被告会社の直接のユーザーであれば、支払能力及び運転資格を確認することができる。そして、B山に運転資格がないことを知っていれば代車を提供しなかったし、知らなかったことに重大な過失が認められるのであれば、被告会社が責任を負うこともやむを得ない。しかし、本件においては、被告会社の地位が下請修理業者である結果、被告会社には、経済的な修理対価の確保、そして、無資格運転者への代車提供に伴うリスクを回避できる可能性は全くないというほかはない。

(被告D原の認否及び反論)

(1) 被告D原は、加害車両の所有者でも使用者でもない。原告は、被告D原が被告会社から加害車両を借り受け、これをB山に貸与したことを前提として、被告D原の運行供用者責任を主張しているが、以下のとおり、その主張は理由がない。

被告D原は、個人で車両の販売・輸入代行を行ってきたものであって、自動車修理の技術はなく、もともと修理業は行っていない。自動車販売の業務過程で顧客から修理を依頼される場合もあるが、すべて被告会社に修理を依頼していた。また、被告D原は、営業効率の点からも、もともと代車用車両を一台も保有しておらず、したがって、自動車販売業者が顧客サービスの一環として行う代車の無償貸与ということ自体を行っていない。自動車修理に関連して顧客から代車を求められた場合には、被告D原の依頼に基づいて、すべて被告会社が代車を提供している。代車の貸与と返還、すなわち代車に対する占有・事実支配の移転は、すべて被告会社の上尾工場において、被告会社と顧客との間で直接行われていた。ただ、顧客からの自動車修理の依頼が被告D原あてにされ、被告D原がさらに被告会社に対して修理を依頼していることから、被告D原が顧客との関係で修理代金の支払及び代車の返還を請求し、被告D原が被告会社に修理代金を支払うという形式を採っているが、実態は、顧客と被告会社との間の修理契約及び修理期間中の代車貸与契約を仲介しているにすぎない。

したがって、代車貸与・返還に関する被告D原の法的な地位は、単に修理を依頼した顧客と被告会社との間の伝達機関であり、両者の仲介者にすぎない。加害車両の提供を受けて本件事故を惹起したB山も、「その間代車として今回事故を起こした車を修理会社から借りていたのです」と供述しており、加害車両を貸与していたのが被告D原ではなく被告会社であることを明らかにしている。被告会社の顧客に対する代車貸与に関し、被告D原が運行供用者責任を負う理由はない。

(2) また、B山は、以下のとおり、被告らを欺いて加害車両を借り受け、運転し続けたものであり、この点からしても、被告らが本件事故について損害賠償責任を負う理由は全くない。

B山は、平成一〇年三月上旬に、被告D原を介して被告会社から加害車両を借り受けるに際し、無免許であることを秘して、あたかも有資格者であるかのように被告らを欺き、加害車両を交付させた。B山が無免許であることが事前に判明していれば、B山には自動車を運転する資格はないのであるから、被告会社が貸与しないことはもちろん、被告D原が仲介することもなかったはずである。B山は、このように被告らを欺いて被告会社から加害車両を交付させ、さらに、同年四月二九日に修理が完了し、代車返還義務が発生した以降も、同年六月九日まで一か月半にわたって加害車両の運転を続け、本件事故を発生させた。

また、被告D原は、同年四月二九日に、被告会社の求めに応じ、B山から修理代金を受領する前に被告会社に修理代金の立替払をしたことから、B山に対して代車の返還と修理代金の支払を請求した。B山は、被告D原に対して直ちに代車の返還と修理代金の支払をすると答えながら、一貫して代車を返還せず修理代金の支払もしなかった。そこで、被告D原は、同年五月に入ってから、B山の自宅に何回も出向いて代車の返還等を請求し、深夜までB山の帰宅を待ったこともあったが、B山は代車に乗って出かけており、代車を返還させることができなかった。

このように、本件では、B山は、代車を利用するために、無免許であることを秘して、あたかも有資格者のように欺いて被告会社に代車を交付させたばかりでなく、修理が完了して代車返還義務が発生した後も、被告D原の幾度もの返還要求に対して直ちに代車を返還する旨欺き続け、一か月半にもわたって代車を運転し続けて本件事故を発生させた。このような事情がある場合には、加害車両の貸与者である被告会社に運行供用者責任を負わせることは到底できないし、まして、単なる仲介者である被告D原に運行供用者であるとして責任を負わせることは、酷に過ぎるといわなければならない(最高裁第一小法廷平成九年一一月二七日判決参照)。

(二)  故意招致又は過失相殺

(被告らの主張)

(1) 原告の受傷の原因は、原告を振り切ろうとしたB山の無理な後退にある。B山は、急加速の原因は「ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えたからである」と供述し、刑事判決も、B山の供述を入れ、これに沿った認定をしている。しかし、B山には、当初から、原告から逃れるために原告を振り落とそうとした意図が明らかに認められる。アクセルペダルに足を乗せて車両を後退させていた運転者が、驚いてブレーキペダルを踏もうとして、もともと踏んでいたアクセルペダルを強く踏んだという供述は、いかにも不自然である。

仮に刑事判決の認定どおりであるとしても、B山には、もともと後退速度を上げて原告を痛めつけ、振り切ろうとする意図があり、傷害の未必の故意か、少なくとも暴行の故意が認められる。また、原告がとっさにハンドルを掴む前に、既にB山が意図した原告に対する暴行が加えられているから、その後のガードレールへの激突が故意又は過失のいずれによるものであっても、結果的加重犯である傷害罪の成否を左右するものではない。このような事実経過を経たにもかかわらず、刑事判決が業務上過失傷害を問うにとどまっているのは、起訴が業務上過失傷害罪であったことから、これを認定したにすぎないものと考えられる。

(2) このようにB山が意図して原告に傷害を負わせたのは、原告の対応が、B山の信号を無視した危険な走行に対する注意の域をはるかに超えた喧嘩闘争の気勢を示すものであったからである。B山は、原告から暴行を加えられるとの危険を感じ、これを免れようとして故意に本件事故を惹起したものである。本件事故は、B山によって故意に招致されたものであるから、被告らに運行供用者責任は認められない。

付言するに、仮に被告会社に自賠法三条の責任が課せられるとしても、付保先保険会社は、保険約款上、免責の抗弁を提出することができる(仙台高裁平成一一年一月一四日判決・判例時報一六九八号九〇頁参照)。

(3) 仮に被告らが一定程度の責任を免れないとしても、本件事故は、原告が自ら保有する原動機付自転車を運転する過程で、B山といさかいを起こし、原告の運転行為と時間的かつ場所的に密接な経過の中で発生したものであって、原告がB山に対し謝罪を強く迫るなど恐怖心を抱かせた結果発生した事故であるから、原告自身に五割相当の過失(寄与割合)があることは否定できないと考えられる。

(原告の認否)

被告らの故意招致又は過失相殺の主張は、争う。

(三)  原告の損害額

(原告の主張)

(1) 入院治療費 四二四万三六九一円

(2) 通院治療費 九万〇七二〇円

(3) 入院雑費 一四万八二〇〇円

一日につき一三〇〇円とする。

(4) 通院雑費(自宅療養雑費) 六万二〇〇〇円

一日につき五〇〇円とする。

(5) 休業損害 二四三万九四八四円

原告は、平成九年七月ころから有限会社C川にフェンスの設置施工職人として勤務していたが、本件事故による負傷により、平成一〇年六月九日から平成一一年二月一日まで、七か月と二三日休業し、その間全く収入が得られなかった。

原告が、休業する直前の平成一〇年一月から同年五月までの間に勤務先会社から得た給与は、合計一五七万五五〇〇円であり、これを一か月当たりに平均すると三一万五一〇〇円となる。

(6) 慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円

原告の入院期間は四か月間であり、通院期間(自宅療養期間)は五か月間である。原告は、入院期間中、左大腿骨頭壊死の疑いも出てきて、二回も手術を受けるという大変な苦痛を被り、さらには、退院後も自宅で安静療養を続け、通院等をするために外に出る時は、杖を使用しての不自由な歩行を余儀なくされるという、著しい不便と苦痛を受けた。

(7) 損害の填補

前記自賠責保険金から支払われた一二〇万円を(1)の入院治療費の填補に充てると、入院治療費の残額は三〇四万三六九一円となる。

(8) 弁護士費用 九〇万〇〇〇〇円

(9) 合計 九六八万四〇九五円

(被告会社の反論)

(1) 適正治療費の額

原告の受傷は一種の自招被害というべきもので、本件は純粋な交通事故とは厳に区別されるべき事案である。このような場合は、本来健康保険による治療が承認されるケースであり、かかる手続をすれば治療費は一点一〇円で算定されることになる。また、純粋の交通事故の場合であっても、一点一〇円で計算することには合理性が認められる。コーワ病院では医療費は一点二〇円で計算されているので、かかる見地に立って計算し直すと、入院治療費が二四一万六五四一円、通院治療費が五万五八六〇円となり、本件における適正治療費の額は二四七万二四〇一円となる。

(2) 休業損害と原告の就労制限

原告は本件事故により左股関節脱臼の傷害を負ったが、コーワ病院からの取寄医療記録を検討した結果によると、脱臼整復後の治療は標準的な経過をたどっていることが確認され、平成一〇年一二月五日時点では、歩行に問題がなく、左股関節可動域制限も消退している。したがって、この日時をもって、完全ではないにしろ就労可能な状態にまで改善されていたことが認められるから、同日以降、MRIで左大腿骨頭壊死のおそれもないことが確認できた平成一一年二月一日までの就労制限は、五割程度と解すべきである。

第三争点に対する判断

一  被告らの運行供用者責任の有無(争点(一))について

(一)  本件事故は、B山が加害車両を運転して引き起こしたものであるところ、加害車両は、被告会社の所有に係るものであり、B山が被告D原にB山車両の修理を依頼したことから、代車として提供されたものである。《証拠省略》によれば、加害車両が代車として提供され、本件事故が発生するに至った経緯として、次の事実が認められる。

(1) 被告D原は、平成九年七月ころから、「B野」という屋号で、自動車の販売や輸入代行を業として行っていた。被告会社は、平成八年に商号を現在の「有限会社A田」と改め、自動車の板金、加工、塗装等を業として行っていた。被告D原は、自動車修理は行っておらず、顧客から自動車の修理を依頼されたときは、主に、かねてより取引関係のあった被告会社に下請けに出していた。この場合には、被告会社からの修理代金の請求は被告D原に対して行われ、顧客に対しては被告D原から請求が行われた。被告D原は、自分の利益分として、被告会社からの請求額に一〇%程度を上乗せして顧客に請求していた。

(2) 被告D原は、代車用の車両を保有していなかった。そこで、顧客から修理の依頼を受けるとともに代車の提供を求められた場合には、被告D原から被告会社に代車の提供を依頼し、被告会社が代車を提供していた。代車の受渡しは被告会社の上尾工場において行われ、被告D原が同工場まで代車を取りに行くか、又は顧客を同工場に連れていった。また、修理が完了した場合には、顧客と被告D原が代車に同乗して同工場に赴き、代車を返還するとともに修理した車両の引渡しが行われた。

(3) 被告D原は、平成一〇年二月半ばころ、訴外C山春夫からの紹介により、B山からB山車両の修理の依頼を受け、これを被告会社に下請けに出した。そして、B山が被告D原に代車の提供を求めたことから、被告会社が代車を提供することになり、同年三月上旬、被告D原を介し、被告会社からB山に加害車両が代車として提供された。

(4) 被告D原は、同年四月下旬、被告会社の代表者E田竹夫から、近々修理が完了し、B山車両を引き取った時のレッカー代を含めて修理代金が九七万円程度になるとの連絡を受け、B山に対し、自分の利益分を上乗せした金額を伝えた。

(5) B山車両の修理は、同年四月二九日に完了した。同日、被告D原がB山にその旨を伝えて修理代金等の支払と加害車両の返還を求めると、B山は、今は金がないので友人から借りて五月の頭には支払うと答えた。

(6) 一方、被告D原は、同年四月二九日、B山から修理代金等の支払を受ける前ではあったが、被告会社の要請を受けて、B山車両の修理代金、レッカー代等として九七万二八七一円を被告会社に支払った。

(7) その後、被告D原は、B山に何回も電話をして修理代金等の支払と加害車両の返還を督促したが、B山は、もうすぐ支払う等と言い逃れをして支払を引き延ばすとともに、加害車両の返還を遅らせてきた。被告D原は、この間、同年五月六日ころ及び同月中旬に、B山に直接会って支払を求めるためにB山の自宅を訪ねたが、いずれの時も、B山は不在であり、在宅していたB山の両親もB山の勤務先を知らされておらず、被告D原はB山に会うことができなかった。また、被告D原は、これ以外にも、B山に出会うことがないかと考えて、帰宅途中に何回かB山の家の前を通ったことがあった。もっとも、この間、被告D原は、B山に対し、加害車両の返還だけを求めたことはなく、その使用の中止を求めたこともない。

(8) 一方、被告会社は、代車の返還の件は被告D原に任せ切りで、自らB山に加害車両の返還を求めたことはない。

(9) 被告D原が同年五月下旬にB山に連絡を取ったところ、B山は同年六月一〇日には支払うと答えたが、同月九日に本件事故が発生した。

(10) B山は、加害車両の提供を受けた当時、無免許であったが、被告D原も被告会社も、本件事故発生の後までこのことを知らなかった。

(二)  ところで、代車である加害車両の提供をめぐる法律関係に関し、原告が、被告D原が被告会社から加害車両を借り受け、これをB山に代車として貸与したと主張するのに対し、被告D原は、代車貸与・返還に関する自らの法的地位について、修理を依頼した顧客と被告会社との間の伝達機関であり、両者の仲介者にすぎないと主張する。

しかしながら、前認定のとおり、① 被告D原は、顧客から依頼のあった修理を被告会社に下請けに出し、被告会社の所有する代車が顧客に提供された場合には、自ら顧客に対する修理代金の支払及び代車の返還の請求を行っていたこと、② 被告会社からの修理代金の請求は、顧客に対してではなく、被告D原に対して行われ、本件においては、平成一〇年四月二九日に、被告D原が被告会社の要請を受けて、B山車両の修理代金等を被告会社に支払っていること、③ 被告D原は、顧客から依頼のあった修理を被告会社に下請けに出した場合には、被告会社からの請求額の一〇%程度を利益として上乗せして顧客に請求していたこと等の事実にかんがみると、代車の貸与・返還に関して被告D原の果たしていた役割は、単なる仲介者としてのそれではなく、被告D原は、被告会社からその所有車両の貸与を受けて、これを代車として顧客に転貸したものであり、一方、被告会社は、修理を受注する見返りとして、その所有車両を被告D原が代車として顧客に転貸することを了承し、被告D原に無償で貸与していたものであると認めるのが相当である。代車の引渡し・返還が被告会社の工場で行われたこと、B山が代車を借り受けた先は被告会社であると認識していたことは、このように判断する妨げになるものではない。

(三)  以上によれば、被告会社は、加害車両の所有者であり、また、被告D原は、被告会社から無償で加害車両の貸与を受け、加害車両を代車として使用する権限を有する者であって、本来、いずれも保有者として、加害車両につき運行支配と運行利益を有するものである。そして、加害車両はB山に代車として貸与されたが、B山車両の修理が終わればB山から代車が返還されることが予定されていたから、被告らは、加害車両がB山に代車として貸与された後においても、特段の事情がない限り、加害車両についての運行支配と運行利益を失うものではないと解される。

この点に関し、被告らは、本件においては、B山車両の修理完了後も再三督促を受けながらB山が加害車両を返還しなかったという事情があることにかんがみると、被告らはもはや加害車両につき運行支配と運行利益を有しないと主張するところ、B山が、被告D原から何回も修理代金等の支払と加害車両の返還の督促を受けながら、もうすぐ支払う等と言い逃れをして支払を引き延ばすとともに、加害車両の返還を遅らせてきたことは前認定のとおりである。しかし、車両の貸主が運行支配と運行利益を失うべき特段の事情があるというためには、貸主が借主による車両の運行を排除するために必要な措置を採る必要があり、このような措置を採って初めて保有者が運行供用者としての責任を免れることができるというべきである。

これを本件について見るに、前認定の事実によれば、① B山は、被告D原の請求する修理代金等を支払うことができなかったために、加害車両の返還を引き延ばしていたが、加害車両を返還すること自体を拒んでいたものではないこと、そして、B山としては、B山車両の修理が完了していることを被告D原から知らされていた以上、修理代金等の支払とは別に、加害車両の返還又は使用の中止を求められれば、これに応じざるを得ない立場にあることは十分に承知していたと見られること、② 一方、修理代金等が支払われてB山車両がB山に引き渡されれば、加害車両も被告らに返還されるという関係にはあるが、たといB山に支払能力がないため直ちに修理代金等を支払うことができないとしても、被告D原としては、加害車両の返還又はその使用の中止を要求することができたと考えられること、③ B山は様々な口実を設けて修理代金等の支払を引き延ばしてきたものであるが、被告D原としては、修理代金等の支払をめぐるB山と被告D原とのやり取りの中で、B山の支払約束がその場しのぎのものであり、B山の支払能力が疑わしいことに気づいたものと考えられること、④ したがって、被告D原としては、少なくともB山の支払能力に疑問を持った後は、B山に対し、修理代金等の支払の要求とは別に、加害車両の返還又はその使用の中止を要求すべきであったこと、しかし、被告D原は、B山に面会するためにB山方を訪れるなどしていたものの、主に修理代金等の支払を要求していたものであり、加害車両の返還又はその使用の中止だけを求めたことはないこと、⑤ また、被告D原において、警察への届出や相談をするという、より強硬な措置を採るには至っていないこと、という事情を挙げることができる。

以上の事情を総合すると、自らB山に対して何らの働き掛けをしていない被告会社はもとより、被告D原においても、加害車両の返還期限が経過した後において、B山による加害車両の運行を排除するために必要な措置を採っていたと判断することはできない。したがって、被告らは、修理完了後四〇日程度を経過した本件事故当時においても、いまだ、加害車両の具体的運行を指示・制御すべき立場にあったと解するのが相当であって、本件事故当時、運行支配と運行利益を喪失していたと認めることはできない。被告らの引用する最高裁第一小法廷平成九年一一月二七日判決は、借主が当初から長期間使用する意図で貸主を欺いて自動車を借り受けたというものであり、むしろ、いわゆる泥棒運転に類する事案に関するものであって、事案を異にし本件に適切ではない。

(四)  そのほか、被告らは、B山が無免許であることを秘して加害車両の提供を受けたことをもって、被告らの運行供用者性を否定する事情の一つとして主張する。なるほど被告らにおいてB山が無免許であった事実を知っていたならば、加害車両を代車として貸与することはなかったであろうとはいい得るが、運転免許を有しない者に車両が貸与されたからといって、車両の貸与者につき、直ちに車両の具体的運行を指示・制御すべき立場が失われるものではないから、B山が無免許であったことを理由に運行供用者責任の存在を争う被告らの主張は、根拠がない。

(五)  本件事故については、もとより、これを惹起したB山に直接的な責任があるが、以上のとおり、加害車両を代車として提供した被告らも、運行供用者の一人として、それぞれ自賠法三条に基づく損害賠償責任を免れない。

二  故意招致又は過失相殺(争点(二))について

(一)  《証拠省略》によれば、本件の事故態様として、次の事実が認められる。

(1) 原告は、平成一〇年六月九日午前六時五五分ころ、東京都足立区《番地省略》先道路において、原動機付自転車(以下「原告車両」という。)を運転して、環七方面から赤山街道方面に向かって進行し、信号機により交通整理の行われている交差点を対面信号の青色表示に従って直進しようとした。B山は、同じころ、加害車両を運転して、尾久橋通り方面から尾竹橋通り方面に向かって進行し、対面信号の赤色表示を無視して同交差点を直進して原告車両の直前を走行した。

(2) 原告は、いったん同交差点を通りすぎたが、B山の危険な運転に腹を立てB山に注意をしようと考え、原告車両をUターンさせてB山を追い、同区《番地省略》先の信号機により交通整理の行われている交差点において、赤信号により停車している加害車両に追い付き、その前方に、先行車両との間に割り込む形で原告車両を横向きに立てて置き、加害車両が発進できない状態にした。

(3) 原告は、原告車両から降りて加害車両の運転席に近寄り、「危ないじゃないか」などと言いながら、運転席側ドアの上縁の少し開いていた窓の隙間から手を差し込んでドアロックを外し、運転席側ドアを開けてその内側に立った。B山は一応謝罪したが、原告は「いいから降りろよ」とB山に降車を求めた。

(4) B山は、原告から執拗に降車を求められたため、話合いをすべく、後続車の走行を妨害しないよう後方のガードレールの切れ目まで後退しようとして、原告を運転席側ドアの内側に立たせたまま、時速五ないし六kmの速度で加害車両を後退させた。その際、B山が徐々に後退速度を上げたため、加害車両に合わせて横歩きで歩行していた原告は、身体のバランスを崩し、とっさに加害車両のハンドルを掴んだ。B山は、加害車両を停車させようとしたが、原告がハンドルを掴んだことに驚いてブレーキペタルとアクセルペタルを踏み間違え、加害車両をさらに加速して後退させた。

(5) その結果、B山は、加害車両を斜め後方に約一二・八m暴走させ、同区《番地省略》先道路の右側ガードレールに加害車両の運転席側ドアを激突させ、その衝撃によって原告を加害車両から転落させるとともに、ガードレールに衝突させて本件の傷害を負わせた。

(二)  ところで、被告らは、原告の対応がB山の危険な走行に対する注意の域をはるかに超えた喧嘩闘争の気勢を示すものであったことから、B山は、原告から暴行を加えられるとの危険を感じ、これを免れようとして故意に本件事故を惹起したものであると主張する。しかし、B山に執拗に降車を求める原告を引き離したいという気持ちがあったとしても、当時加害車両を無免許で運転していたB山が、これが発覚してしまう可能性のあるような事故を意図的に引き起こしたものとは考え難く、前認定のとおり、ガードレールへの衝突はB山の運転操作の誤りによるものと認めるのが合理的である。そうすると、本件の一連の経過の中において、加害車両を手段とする原告に対しての有形力の行使、さらには原告の傷害の結果について、B山が未必の故意を有していたとまで認定することは困難であって、B山に対しては過失責任を問うことができるにとどまるというべきである。

したがって、本件事故がB山によって故意に招致されたとの被告らの主張は理由がなく、本件において自賠法一四条の悪意免責が成立しないのはもとより、本件の事故態様が被告らの加害車両に対する運行支配、運行利益に消長を及ぼすものでもない(なお、前認定の事実によれば、本件においては、保険約款上の故意免責も成立するものではないと解される。)。

(三)  そこで、過失相殺の成否について検討するに、原告は、B山の信号を無視した危険な運転を注意しようとして、前認定のような行為に及んだものであるが、原告の言動には穏当を欠くものがあったことは否定し難く、B山が運転操作を誤ったことについては、原告のこのような言動が影響していると見られること、また、加害車両の運転席側ドアの内側に立ち、加害車両が後退するのに伴って横歩きで歩行するというのも、これ自体危険な行為であること等の事情を総合すると、本件においては、原告にも事故発生について三〇%の過失があるというべきである。

三  原告の損害額(争点(三))について

(一)  入院治療費 四二四万三六九一円

前記のとおり、原告は、本件事故当日である平成一〇年六月九日から同年九月二六日まで一一〇日間、コーワ病院に入院したものであるところ、《証拠省略》によれば、原告の入院治療に要した医療費の額は四二四万三六九一円であると認められる。

被告会社は、原告の受傷が一種の自招被害というべきものであるとし、一点二〇円の単価で計算されているコーワ病院における医療費(入院治療費のほか、(二)の通院治療費を含む。)は、健康保険基準による一点一〇円の限度で損害として認められるべきであると主張する。しかし、前認定のような本件の事故態様を考慮に入れたとしても、一点二〇円の単価による本件医療費の額が相当性を欠くものであるとは認められない。

(二)  通院治療費 九万〇七二〇円

前記のとおり、原告は、平成一〇年一〇月三日から平成一一年二月一日まで一二二日間(実通院日数五日)、コーワ病院に通院したものであるところ、《証拠省略》によれば、原告の通院治療に要した医療費の額は九万〇七二〇円であると認められる。

(三)  入院雑費 一四万三〇〇〇円

入院一一〇日間につき、一日一三〇〇円の割合により入院雑費を認めるのが相当である。

1300円×110日=14万3000円

(四)  通院雑費(自宅療養雑費) 〇円

本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

(五)  休業損害 二三五万八一〇四円

《証拠省略》によれば、原告は、平成九年七月ころから有限会社C川にフェンスの設置施工職人として勤務していたが、本件事故による負傷により、平成一〇年六月九日から平成一一年二月一日まで二三八日間休業し、その間、全く収入が得られなかったこと、原告が本件事故前である平成一〇年一月から同年六月八日までの一五九日間に同社から得た給与は、合計一五七万五五〇〇円であり、一日当たりの収入は九九〇八円(円未満切り捨て。以下同じ。)であることが認められる。

被告会社は、原告の症状は平成一〇年一二月五日には就労可能な状態にまで回復したから、これから平成一一年二月一日までの就労制限は五割程度であると主張し、乙九の佐藤雅史医師の意見書には、歩行に問題がなく、左股関節可動域制限がなかった平成一〇年一二月五日以降は一部就労が可能であった旨の記載がある。しかし、原告のような会社勤めのフェンスの設置施工職人の場合には、労働能力が一部回復したとしても、就業を部分的に再開し、回復した労働能力に相当する給与の支払を受けることは、現実には必ずしも容易でないと考えられるところ、前認定のとおり、原告は平成一一年二月一日までは実際に休業を余儀なくされたものであるから、同日まで一〇〇%の休業損害を認めるのが相当である。

そうすると、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、二三五万八一〇四円となる。

9908円×238日=235万8104円

(六)  入通院慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円

入院一一〇日間、通院一二二日間(実通院日数五日)を要する傷害に対する慰謝料としては、一八〇万円を相当と認める。

(七)  小計 八六三万五五一五円

(八)  過失相殺

前記の過失割合に従い、過失相殺として(七)の損害額から三〇%を控除すると、残額は六〇四万四八六〇円となる。

(九)  損害の填補

(八)の過失相殺後の損害額から前記の自賠責保険金の支払額一二〇万円を差し引くと、残額は四八四万四八六〇円となる。

(一〇)  弁護士費用 七〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、七〇万円をもって相当と認める。

(一一)  合計 五五四万四八六〇円

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、五五四万四八六〇円及びこれに対する本件事故の日である平成一〇年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 石田憲一 裁判官谷村武則は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 河邉義典)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例