東京地方裁判所 平成11年(ワ)24960号 判決
原告 新日本工業株式会社
右代表者代表取締役 小林盛
右訴訟代理人弁護士 佐野洋二
被告 株式会社香取カントリークラブ
右代表者代表取締役 神田信子
右訴訟代理人弁護士 飯塚俊則
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 原告の予備的請求を却下する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 主位的請求
被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告は、原告に対し、平成一五年五月二日限り、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成一五年五月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告が経営する会員制ゴルフクラブ「香取カントリークラブ」(以下「本件クラブ」という。)の法人正会員である原告が被告に対し、会員契約に基づき、<1>主位的に、入会の際に預託した法人会員保証金三〇〇〇万円の返還期限が預託した日から一〇年経過することにより到来しているとして、右三〇〇〇万円の返還及び右金員に対する返還期限の翌日である平成一一年一二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、<2>予備的に、将来請求として、ゴルフ場の開場後一〇年を経過することにより到来する返還期限である平成一五年五月二日限り、右三〇〇〇万円の返還及び右金員に対する返還期限の翌日である同月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
二 争いがない事実及び証拠によって容易に認定できる事実(証拠によって認定した部分は( )内に証拠を掲げる。)
1 入会契約と保証金の預託
原告は、平成元年一一月三〇日、本件クラブを経営する被告との間で、入会契約(以下「本件契約」という。)を結び、同年一二月五日、被告に対し、法人会員保証金として三〇〇〇万円(以下「本件預託金」という。)を預託した。本件預託金にかかる「法人会員保証金預り証書」(以下「本件預り証書」という。)には、「1 お預り金は、十ヵ年据置きとし利子又は配当金は付きません。」、「3 お預り金は貴殿より請求があった場合は会則に基き本証と引換にお返し致します。」との文言(以下それぞれ「本件預り文言1」、「本件預り文言3」という。)の記載がある。(甲一)
他方、原告は、本件契約の入会申込みの際、「今般貴クラブ法人正会員として入会致したく会則等承諾の上申込みます。」との記載(以下「本件入会文言」という。)のある本件クラブの「入会申込書」(以下「本件申込書」という。)に記名押印し、また、原告代表者の小林盛(以下「小林」という。)も、代表者として署名した。(乙二)
2 期間の経過ないし到来
本件預託金の預託日から一〇年が経過した。
また、本件クラブにかかるゴルフ場の正式開場日は、平成五年五月一日であるから、後記4の会則の規定を適用すれば、一〇年後の平成一五年五月一日には、本件預託金の返還期限は到来する。
3 退会
原告は、平成一一年一一月一六日に被告に送達された本件訴状により、被告に対し、本件クラブから退会する旨の意思表示をなし、その後、被告宛退会届を提出した。(退会届提出につき弁論の全趣旨)
4 据置期間にかかる会則の規定
本件クラブにかかる会則(以下「本件会則」という。)の三一条には、「入会保証金の据置期間の特例」として、「開場以前に入会した者は開場後、又は分割支払による入会者は支払完了後、夫々一〇年を据置期間とする。」旨の規定(以下「本件規定」という。)が存在する。(乙一)
5 相殺
被告は、原告の本訴請求が認められた場合を慮って、平成一二年一〇月一九日の第三回本件口頭弁論期日において、原告に対し、原告の未払の年会費(平成七年度分ないし平成一二年度分)合計一八万七八〇〇円の支払請求権をもって、本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をなした。
三 争点
【争点1】本件規定が原告に適用され、本件預託金の返還期限は平成一五年五月一日となる(被告の弁済期未到来の抗弁)か。
(被告の主張)
1 本件会則は、昭和六三年一二月ころには作成されていた。
小林は、本件契約を結ぶ際、本件会則の交付を受け、本件申込書により本件規定を含む本件会則を承諾したうえ、本件会則の規定を会員契約の内容として、本件クラブに入会する旨の申込みをなし、右申込みに基づいて、被告において原告が本件クラブの会員となることを承諾しており、この時点で、本件会則の規定を内容として、本件契約が成立したものである。なお、本件預り証書上の本件預り文言3でも、「会則に基づき本証と引換にお返し致します。」となっている。
2 仮に、原告が本件契約の申込みの際、本件会則の交付を受けていなかったとしても、小林は、本件会則の内容にはあまり関心がなく、小林が本件会則の交付を受けたとしても、本件会則の内容を本件契約の内容とすることについて拒絶することはないと考えられることからすると、本件規定を含む本件会則の内容を本件契約の内容とすることについて小林の承諾があったとみるべきである。
3 仮に、後記の原告の反論を前提としても、小林は、本件預り文言1の記載を信じて、本件預託金の返還期限が平成一一年一二月五日となると考えたにすぎない。また、本件預り証書は、本件契約の内容自体ではなく、本件契約の成立日の後に被告から原告に交付された単なる預り証書にすぎないものである。本件預り証書には、本件預り文言3のような他の記載部分もあり、本件預り証書は、本件預託金の返還について一〇年間の据置期間の起算点を明記しているわけではない。仮に、小林が本件預託金の据置期間を誤解したとしても、本件預り証書の記載に対する原告の誤解が本件会則の内容に優先して、遡って本件契約の内容となるものではないとともに、本件預り証書自体は有価証券ではないのであるから、権利創設的効力を有するものでもない。
(原告の反論)
1 小林が本件契約の申込みの際、銀行の担当者から受領したものは、色刷りのパンフレット様のものと本件申込書の用紙だけであり、会則様のものは一切見ておらず、まして受け取っていない。小林は、被告の社員あるいは担当者とは会ったことはなく、まして話したことはないし、本件契約を結ぶまでの間に、本件預託金の返還期限に関する会話をしたこともない。
2 本件預り文言1の記載に従えば、被告は、原告に対し、本件預託金の預り日である平成元年一二月五日から一〇年を経過した平成一一年一二月五日限り、本件預託金を返還しなければならないことは明白である。金銭の預託契約においては、返還期限こそが当事者の合意の根幹をなすものであって、会員募集当時から、例外的な特約である本件規定が存在していたのであれば、その内容が本件預り証書に記載されていたはずである。
3 結局、会則は、常に随時変更される可能性があることにかんがみると、預託者の個別の意思が必ずしも反映されない会則に、預託契約の根幹である預託金の返還時期を委ねることはあり得ず、本件預り証書の体裁からも、本件預り文言1は、返還時期の定め、本件預り文言3は、返還請求の前提として退会が必要であるなどの手続的な定めをそれぞれ規定したものと解釈すべきである。
【争点2】予備的請求(将来の給付請求)は認められるか。
(原告の主張)
1 被告は、現在の時点で、平成一五年五月一日が到来したときにおける預託金の返還が不可能である旨明言している。
2 ゴルフクラブの預託金返還請求権の期限が到来した場合は、ゴルフクラブに対する預託金返還請求が殺到し、ゴルフクラブが会員に対して返還不能に陥ることは、公知の事実である。
(被告の反論)
1 被告は、原告の予備的請求について、現時点でその支払義務自体を争うものではない。ただし、本件口頭弁論終結後に、後発的な事情変更が生じた場合はこの限りではない。
2 被告としては、現在の社会情勢では、仮に、数多くの本件クラブの会員から預託金返還請求があった場合、返還期限の到来時である平成一五年五月一日時点における返還が不可能であるとの予測を述べているにすぎず、右期限到来時における原告のみに対する個別的債務履行が全く期待できないわけではない。したがって、本件では、原告には、あらかじめ給付判決を得ておく必要性は認められず、原告の将来の給付の訴えは認められない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 まず、証拠(乙一、乙四の一ないし五、乙五、乙六の一、二、乙七、証人八本盛夫)によれば、被告は、昭和六三年一二月初旬までには、本件規定を含んだ本件会則の初稿を作成し、平成元年一月下旬には右初稿が印刷されたこと、その後、同年八月に内容を一部見直して改訂(ただし、本件規定はそのまま)し、同年九月中には右改訂版の印刷も終えていたこと、そして、被告は、同年一〇月ころから本件クラブの会員を募集し始めたことが認められる。
右事実によれば、原告と被告が本件契約を結んだ平成元年一一月末時点では、本件規定を含む本件会則は存在していたものと認めることができる。
2 次に、前記第二の二の事実に加えて、証拠(乙二、原告代表者(小林))によれば、原告代表者の小林は、平成元年一一月三〇日の本件契約の申込みの際、「会則等承諾の上申込みます。」との文言が含まれた本件入会文言を見て、これを認識しながら、本件申込書に代表者として署名したうえで、被告宛右申込書を差し入れたことが認められる。
ところで、一般にゴルフクラブの入会申込者は、ゴルフ場経営会社が作成した会則を承認して、右会社との間で入会契約を結んでいる。そうすると、会則は、これを承認して入会した会員とゴルフ場経営会社との間の入会契約上の権利義務の内容を構成するものとなるところ、その法的性質は、会員とゴルフ場経営会社との間の集団的な契約関係を規律する一種の普通契約約款としての性質を有するものと解するのが相当である。これを本件についてみると、前段の認定事実によれば、小林は、本件入会文言を認識しながら本件申込書に署名して被告に差し入れることにより、本件規定を含む本件会則を承諾したうえ、本件契約の申込みをなしたものと認められるから、原告と被告は、本件規定を含む本件会則の規定をもって、両者の契約上の権利義務の内容を構成するものとして、本件契約を結んだものと評価することができる。そうすると、原告と被告は、本件契約における重要な権利関係の一つである本件預託金の返還期限に関しては、本件規定に拘束されることになる。
3 これに対し、原告は、前記【争点1】「原告の反論」1及び2のとおり反論し、原告代表者小林も、これに沿いあるいは沿うかのような供述をしている(甲五、原告代表者)。
しかしながら、他方で、小林は、仮に本件契約の申込みの際、本件会則をもらっていたとしても、もともと会則の内容にはあまり関心がないとも供述しているところ、そのような小林にとって、本件会則の交付を受けたとしても、本件会則の内容を仔細に検討して、本件契約の内容とすることにつき被告に対し異議を申し出ることは考えにくい。そうすると、いずれにせよ、小林は、本件規定を含む本件会則の内容を本件契約の内容とすることについて承諾したものと評価するのが相当である。
他方、前掲証拠によれば、小林は、当時既に七件ほどのゴルフ会員権を購入した経験を有していたところ、本件契約を結んだ数日後に被告から送られてきた本件預り証書上の本件預り文言1の記載から、本件預託金の返還期限がこれを預けたときから一〇年を経過したときとなるものと考えたことがうかがわれる。しかしながら、本件預り証書は、その文書の性質において、被告が本件預託金を預かったことを証する文書にすぎず、原告と被告との間の本件契約の内容を規律するものとは認め難いうえ、本件預り文言1の記載も、本件預託金の起算点につき明言しているわけではない。したがって、本件預り文言1の記載をもって、原告と被告との間の契約内容として、本件預託金の返還期限を平成一一年一二月五日とする旨定めたものと解することはできないというべきである。
なお、小林は、本件会則を受け取っていない旨供述するけれども、証拠(乙一、二、八、九、証人八本盛夫)によれば、被告は、本件会則、入会申込書及びパンフレットの三点セットを機械的な作業により封筒に入れたものを準備し、ゴルフ会員権の購入資金を購入者に融資する金融機関に対しても、その封筒ごと渡して、勧誘を依頼していた事実が認められるのであって、右のような仕組みに照らせば、本件会則のみ入れ忘れたなどの理由により抜けていた可能性は低く、また、原告に対し勧誘した三菱銀行の担当者の方で、敢えて右封筒の中から本件会則を引き抜いて原告に交付することも考えにくいことからすると、原告も、本件契約の申込みの際に、右三点セットの入った封筒ごと本件会則を受け取っていた可能性が高いものというべきである。
4 以上によれば、本件預託金の返還期限は、本件規定に従い、本件ゴルフ場が開場した平成五年五月一日から一〇年後の平成一五年五月一日となるから、未だ右返還期限は到来しておらず、原告の主位的請求は理由がない。
二 争点2について
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる(民訴法一三五条)ところ、この訴えは、原告が履行期未到来の請求権を有するときに、履行期に債務者が債務を履行しないであろうことがあらかじめ明らかな場合に、履行期の到来を待って現在の給付の訴えを起こせるとしたのでは、債権者の保護が十分ではないので、あらかじめ得ておいた判決を債務名義として、履行期の到来後ただちに強制執行をすることができるようにするために認められたものである。したがって、あらかじめ請求をなす必要がある場合とは、履行期に債務者が即時に任意の履行をすることが期待できないことをいうものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、弁論の全趣旨によれば、被告は、現時点で、本件預託金の返還期限である平成一五年五月一日が到来したときの返還義務自体は争っておらず、また、右返還期限が到来したときにその返還が不可能である旨明言しているわけでもなく、ただ、被告は、現在の社会情勢では、仮に、数多くの本件クラブの会員から預託金返還請求があった場合、返還期限の到来時における返還が不可能となるとの予測を述べているにすぎないものと解される。そうすると、いわゆるバブル経済崩壊後の昨今の経済情勢の下で、一般にゴルフクラブの預託金返還請求権の期限が到来した場合に、ゴルフクラブに対する預託金返還請求が殺到し、ゴルフクラブが会員に対して返還不能に陥ることが多い事実を考慮しても、被告にとって、返還期限到来時において、原告に対し個別的な債務の履行が全く期待できないとまでいうことはできない。
したがって、本件では、原告には、あらかじめ請求をする必要は認められないから、原告の予備的請求は、訴えの利益がなく、却下を免れないといわざるを得ない。
三 むすび
よって、原告の主位的請求は棄却し、予備的請求は却下することになる。
(裁判官 徳岡由美子)