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東京地方裁判所 平成11年(ワ)25010号 判決

原告 日本信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 平野友明

右訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明

被告 笠井信雄

被告 笠井紀恵

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一一四万六七五六円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告らに対する債権者として抵当権の実行を行っていた原告が、債務弁済協定調停申立てに関連して不動産競売手続停止申立てを行った被告らに対して、右申立てによる手続停止期間に生じた債権元本額の遅延損害金相当額の損害を生じたとして、<1>主位的に民事調停規則六条により、<2>予備的に不法行為により、右損害金あるいは損害金相当額の賠償を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実は、以下のとおりである(認定した証拠については番号を掲げた。)。

1  金銭消費貸借契約証書(甲四)

(一) 昭和五〇年四月一〇日付で、原告が、被告笠井信雄(以下「被告信雄」という。)に対し、金一六一〇万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付」という。)との記載のある不動産抵当金銭消費貸借契約証書(甲四、以下「本件契約書」という。)が存在する。

最終償還日 昭和七〇年(平成七年)四月一〇日

支払方法 一六一〇万円のうち八一〇万円については、元利均等月賦償還の方法により、昭和五〇年五月から毎月一〇日限り七万六〇三二円、八〇〇万円については、元利均等半年賦償還の方法により、毎年六月及び一二月の各一〇日に毎回四四万五二四七円を月賦償還に付加して支払う。

利息 月利〇・八パーセントの月割計算(半年賦は複利計算)

損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

期限の利益 割賦金の支払を怠ったときは、原告は、期限の利益を喪失させることができる。

(二) 右書面には、被告信雄の原告に対する債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)に、抵当権を設定する旨の記載がある。

(三) 右書面には、被告笠井紀恵(以下「被告紀恵」という。)が、右同日、原告に対し、被告信雄の原告に対する債務を保証する旨約する旨の記載がある(以下、「本件保証」という。)。

2  登記の存在(甲一五、一六)

本件不動産について、原告のために、別紙登記目録記載一、二の登記が存在した。(本件不動産の売却のため、抹消済み)

3  期限の利益喪失と競売手続(甲一、弁論の全趣旨)

原告は、平成五年一二月七日、被告らが本件金銭消費貸借契約等の割賦金の支払を怠ったとして、被告信雄を債務者、被告紀恵を所有者として、本件不動産に対して、横浜地方裁判所平成五年ケ第一八四二号不動産競売開始決定を得た(以下「本件競売手続」という。)。

右競売手続において、本件不動産については、最低売却価格が三八〇五万円と定められた。

4  被告らによる債務弁済協定調停の申立てと仮処分決定

(一) 第一次調停申立て

(1)  被告らは、平成七年一一月二日、東京簡易裁判所に対し、本件貸付けに関する債務弁済協定調停を申し立てた(東京簡易裁判所平成七年メ第五二六〇号債務弁済協定調停事件)。(乙五)

(2)  右に関連して、被告らは、不動産競売手続停止申立てを行い(東京簡易裁判所平成七年サ第〇一七九〇二号)、同年一一月二九日、二五〇万円の保証金をたてて、本件競売手続を停止する旨の仮処分決定を得た。(乙三、四)

(3)  被告らは平成八年一一月二九日、東京簡易裁判所に対し、右債務弁済協定調停申立てを取り下げた。(乙八)

(二) 第二次調停申立て

(1)  被告らは、平成九年二月二六日、東京簡易裁判所に対し、本件貸付けに関する債務弁済協定調停を申し立てた(東京簡易裁判所平成九年メ第一一一五号債務弁済協定調停事件)。(乙一)

(2)  右に関連して、被告らは、不動産競売手続停止申立てを行い(東京簡易裁判所平成九年サ第〇三三四二号)、同年三月五日、三三〇万円の共同保証金をたてて、本件競売手続を停止する旨の仮処分決定を得た。(乙九、一一)

(3)  被告らは平成九年一〇月二一日、東京簡易裁判所に対し、右債務弁済協定調停申立てを取り下げた。(弁論の全趣旨)

二  争点

1  本件金銭消費貸借契約及び本件保証契約は有効か。

2  被告らは、民事調停規則六条により、損害賠償責任を負うか。

3  被告らが平成九年二月に不動産競売手続停止申立てを行ったことが違法といえるか(不法行為)。

三  当事者の主張

1  争点1(債権の存在)について

(原告の主張)

原告と被告らとの間に、本件金銭消費貸借契約及び本件保証契約が締結され、現存することは、関係証拠から明らかであり、関係証拠が偽造であるとの被告信雄の供述は信用できない。

また、これまでの支払交渉の中でも、本件金銭消費貸借契約及び本件保証契約が無効であるとの主張がされたことも一度もなかった。

(被告らの主張)

本件金銭消費貸借契約及び本件保証契約は、無効である。

被告らが、本件契約書面に署名押印したことはない。被告信雄の印影はその印章によるものであるが冒用されたものである。

2  争点2(民事調停規則六条の趣旨)について

(原告の主張)

民事調停規則六条は、ずさんな弁済調停及び不動産競売手続停止の各申立てによって、債権者の回収が不当に遅延させられることを防止し、これによって生じた損害を担保するものである。

(被告らの主張)

民事調停規則六条により、何らかの請求権が発生するものではない。

3  争点3(不法行為)について

(原告の主張)

被告らは、平成九年二月に不動産競売手続を申し立て、これにより停止決定の出された同年三月五日から、調停を取り下げた同年一〇月二一日までの間の二三一日間、本件競売手続を停止させた。

これは、被告らが、原告の債権の回収を遅延させる目的で行ったものである。

(被告らの主張)

被告らが不動産競売手続を停止させたことには、正当な理由がある。すなわち、本来、本件貸付け及び本件保証は存在しておらず、そのことを明らかにするために、停止手続を行ったものである。

原告の主張する遅延損害金は、貸付残元金履行遅滞によって発生したものであるから、不動産競売申立てにより生じたものではない。

第三争点に対する判断

1  争点1(債権の存在)について

(一)  当事者間に争いのない事実等(第二の一)並びに証拠(甲四、五、八、乙一二、二〇、被告信雄の供述)及び弁論の全趣旨によれば、被告らが、本件金銭消費貸借契約及び本件保証契約を締結したこと、被告信雄が本件債務を担保するため本件不動産に本件抵当権を設定したことを認めることができる。

すなわち、被告らは、本件契約書は、偽造である旨主張するが、本件契約書上の印影が被告信雄の印章(実印)によるものであることは争いがないから、特段の事情のない限り、被告信雄の意思に基づくものと推定されるべきところ、特段の事情を認めることはできない。したがって、右書面は、真正に成立したものというべきである。

また、被告紀恵についても、本件契約書を見たこともないし、署名はもとより被告紀恵名義の印章を用いたこともなく、被告信雄に代理権を授与したこともない旨述べているが、当時、本件金銭消費貸借契約等締結当時被告信雄と被告紀恵は婚姻関係にあったこと、本件書面の印影についても明確に否定していないこと、その後被告紀恵は被告信雄との離婚に伴い本件不動産を取得していること、本件貸付に関する債務弁済協定調停の際、被告紀恵に対し原告から連帯保証人であるとの指摘がされていること、これに対して格別異議申し立てをしていないことなどの事実からすれば、本件保証契約の意思があったものと推認することができる。

(二)  被告らは、本件契約書が偽造である旨述べ、関係証拠(乙一二、二一ないし二三)の存在を主張するが、担当者印が消印されていること自体をもって、右特段の事情ということはできず、そもそも、これらは原告内部の決裁手続に関するものであるから、何ら右認定を左右するものではない。

そのほか、被告ら(被告信雄の供述、乙二〇)はるる供述するが、いずれも、右認定に反する部分は、採用できない。

2  争点2(民事調停規則六条)について

民事調停規則六条は、債務者が採りうる紛争解決の一つの手段として、債務弁済協定を締結する調停において、右調停による紛争解決の実効性を確保するため、調停が終了するまでの間、民事執行手続を停止することを命じることができる旨規定しているが、他方で、債権の回収が不当に遅延させられた場合に備えて、担保を立てさせることをも規定している。

この担保は、債務者が採りうる法的手段の一つであることからすれば、無過失の担保責任を負わせたものということはできず、あくまで申立人の行為が不法行為を構成する場合の損害賠償義務の担保の性質を有するというべきである。

したがって、弁済協定調停に伴う執行停止申立てを行った被告らについて、民事調停規則六条により、ただちに責任が生じるものとはいえない。

3  争点3(不法行為)について

(一)  前記当事者間に争いのない事実(第二の一)並びに証拠(甲一、四、九、乙一ないし一一、二〇、被告信雄の供述)及び弁論の全趣旨によれば、被告らが債務弁済協定の調停の申立てをし、競売手続停止の申立てをした経緯に関して、被告らは、平成七年一一月二四日ころ、本件債務について、債務弁済協定調停を申し立て、一括弁済は無理だが分割弁済は可能であるとの条件を提示したこと、右調停において八回の期日を重ねたが、この間、平成八年六月ころ原告から被告らの提案(要求)は理不尽であり受け入れがたい旨の反論があったこと、平成八年一一月末ころ被告らが右調停を取り下げたこと、平成九年一月下旬ころ、裁判所から、本件不動産につき、平成九年二月二一日から二月二八日まで入札を予定し、売却を実施する旨の通知がされたこと、被告らは、平成九年二月末ころ、本件債務について、債務弁済協定調停を申し立て、調停成立時に五〇〇万円、調停成立後二年以内の毎月均等払との支払条件を提示したこと、右申立に併せて第一次申立を担当した弁護士による、被告らに取り下げたことを報告しなかった旨の陳述書(乙一〇)を提出したこと、不動産競売停止手続の申立てを行い三三〇万円の保証をたてて、不動産競売手続を停止する旨の仮処分決定を得たこと、平成九年一〇月二一日ころ、右調停を取り下げたこと、平成一一年九月八日配当表が作成されたことを認めることができる。

(二)  右2のとおり、民事調停の申立て及びこれに関連する競売手続停止の申立ては、いずれも法律に基づいて債務者が採りうる紛争解決の一つの手段であるから、これを行うこと自体は、特段の事情がない限り、不法行為となることはないというべきである。しかし、専ら競売手続を遅延させる目的のために申し立てられた場合などには、法の予定するところを越えて不法行為が成立することがあり得るというべきである。

(三)  そこで、本件を見ると、被告らは、平成七年には一応分割支払の提案をし、平成九年にはある程度具体的な支払の提案をしていたのであり、他方、履行困難な約束をしたり、債務を否定するなどの行動に出ていたことが認められず、右一連の被告らの行動をもって、専ら競売手続を遅延させる目的を持ち、これに基づいて調停等を申し立てたものと認めることはできない。

なるほど、被告らは、平成七年と平成九年に調停を申し立てており、しかも、第二次調停の申立ては入札の通知が届いた直後に申し立てられていることからすれば、入札を妨げる意図もあったことを推察させるという余地はあるが、これは一回目の調停が取り下げられたことの報告を受けていなかったことにより、やむを得ず急きょ行ったものであり、その事情を踏まえて再度競売手続の停止決定が出されたものといえることからすれば、右事情をただちに遅延目的を認定する根拠とすることはできない。

また、当初被告らの提案する条件が原告にとって受け入れがたいものであったとしても、それは窮状に陥った債務者としては、できる限り自己に有利な条件を提示するのが一般であるから、その一事をもって、遅延目的があったということはできず、原告も第一次調停においてはある程度話し合いに応じていること、第二次調停では、被告もより具体的な提案をしていることからも、同様である。

さらに、本訴において、被告らは、債務が存在しないとの主張をしており、右一連の行動と併せて見れば、不誠実な対応と評価されてもやむを得ない面はあるが、当初から債務を否定する言動があったものとは認めがたく、そうであれば、右態度をもって、遅延目的を認定する根拠とはできないというべきである。

(四)  なお、原告は、本件訴訟で、競売手続の停止した期間中に発生した遅延損害金相当額を損害として主張しているが、かかる損害金は、競売手続が停止するか否かにかかわりなく発生しているから、それが損害として認められるためには、手続の停止がなければ遅延損害金の発生が解消したであろうという事情、例えば競売停止決定がなければただちに本件不動産を競売手続で換価できたということなどが主張立証される必要がある。

しかし、本件では、そのように認めるに足りる証拠はない。

第四結論

一  以上のとおり、各争点については、本件債務は存在するものの(争点1)、民事調停規則六条によって特別の債権関係が発生するものではないから(争点2)、被告らの行為が不法行為とならない限り、原告の請求は理由がないところ、不法行為と認めるに足りる証拠はない(争点3)ということになる。

二  そうすると、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 足立正佳)

(別紙) 物件目録

一 土地

所在 横浜市港北区高田町字南原

地番 一五六一番七五

地目 宅地

地積 一四五・五五平方メートル

二 建物

所在 横浜市港北区高田町字南原一五六一番地七五

家屋番号 一五六一番七五

種類 居宅

構造 木造スレート葺二階建

床面積 一階 六四・〇二平方メートル

二階 三三・一二平方メートル

以上

(別紙) 登記目録

横浜地方法務局港北出張所(当時同法務局川和出張所)昭和五〇年四月三〇日受付第一六七三五号抵当権設定

原因 昭和五〇年四月一〇日金銭消費貸借の同日設定

債権額 金一六一〇万円

利息 月〇・八パーセント

損害金 年一四パーセント(年三六五日日割計算)

債務者 横浜市港北区高田町一五六一番地七五

笠井信雄

抵当権者 東京都中央区日本橋三丁目一番八号

日本信託銀行株式会社     以上

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