東京地方裁判所 平成11年(ワ)25612号・平11年(ワ)13157号 判決
第一事件及び第二事件被告 赤塚勝己(以下「被告勝己」という。)
右被告両名訴訟代理人弁護士 酒井憲郎
同 冨田司
主文
一 被告ミツ子は、原告に対し、金二〇四七万三五八九円及びこれに対する平成一一年五月一日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告ミツ子と被告勝己が、平成一一年四月二〇日、別紙物件日録記載一及び三の各土地の持分四分の一並びに同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分二分の一についてした売買契約を取り消す。
三 被告勝己は、別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分四分の一につき、詐害行為を原因として東京法務局江戸川出張所平成一一年五月一八日受付第二〇〇九一号赤塚ミツ子持分全部移転登記の各抹消登記手続を、同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分二分の一につき、詐害行為を原因として東京法務局江戸川出張所平成一一年五月一八日受付第二〇〇九二号赤塚ミツ子持分全部移転登記の各抹消登記手続を、それぞれせよ。
四 被告ミツ子と被告勝己との間で平成一一年四月二六日ころ成立した、別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分の一部八分の三並びに同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分の一部四分の一についてこれを被告勝己の単独所有とする旨の遺産分割協議を取り消す。
五 被告勝己は、被告ミツ子に対し、別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分の一部八分の三(同目録記載一の土地については甲区順位番号二番、同三の土地については甲区順位番号三番に登記されている赤塚秀丸から相続した持分四分の三の一部二分の一)並びに同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分の一部四分の一(同目録記載二及び四の土地については甲区順位番号二番、同五の建物については甲区順位番号三番に登記されている赤塚秀丸から相続した持分二分の一の一部二分の一)について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
六 訴訟費用は被告らの負担とする。
七 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 第一事件
(一) 被告ミツ子に対する請求
主文第一項、六項及び七項同旨
(二) 被告勝己に対する請求(選択的)
(1) 債権者取消権に基づく請求
主文第二項、三項及び六項同旨
(2) 債権者代位権に基づく請求
主文第三項及び六項同旨
2 第二事件
主文第四項、五項及び六項同旨
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(第一事件)
1 被告ミツ子に対する請求
(一) 訴外日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)は、被告ミツ子に対し、昭和六三年一一月二六日、二二一〇万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」といい、この契約に基づく被告ミツ子の債務を「本件貸金債務」という。)。
(1) 弁済方法 元利均等償還方式
昭和六三年一二月二七日を第一回として、以後毎月二七日に平成一〇年一一月までは元利金一三万一二八四円宛を支払い、平成一〇年一二月から最終弁済期限である平成二五年一一月までは元利金一九万〇九三五円宛を支払う。
(2) 利息 年六・九パーセント
(3) 期限の利益 ミツ子が元利金の支払を一回でも怠ったときには、当然に期限の利益を失う。
(4) 遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)
(二) 原告は、被告ミツ子との間で、昭和六三年一一月二六日、被告ミツ子の日本生命に対する本件貸金債務について次の内容の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」といい、この契約に基づく債務を「本件求償金債務」という。)を締結した。
(1) 被告ミツ子が元利金の支払を一回でも怠ったときには、原告は日本生命に対し残債務全額を代位弁済することができる。
(2) 求償債務の遅延損害金 年一八・二五パーセント
(三) 原告は日本生命との間で、本件消費貸借契約の締結に際して、被告ミツ子の本件貸金債務を連帯保証するとの合意をした。
(四) 被告ミツ子は平成一〇年一一月二七日以降の元利金の支払を怠った。
(五) 原告は、日本生命に対し、平成一〇年一二月一日に四万八七六二円を、同月三〇日、平成一一年一月二九日、同年三月三日及び同月三一日に各一五万三七六二円を、同年四月三〇日に残債務全額二〇九二万五四三一円を、それぞれ代位弁済した。
2 被告勝己に対する債権者代位権に基づく請求(後記3と選択的)
(一) 1(一)ないし(五)と同じ。
(二) 被告ミツ子は、もと別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分四分の一並びに同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分二分の一(以下「本件一の持分」という。)を有していた。
(三) 本件一の持分のうち、別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分四分の一については東京法務局江戸川出張所平成一一年五月一八日受付第二〇〇九一号により平成一一年四月二〇日売買を原因とする赤塚ミツ子持分全部移転登記が、同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分二分の一については東京法務局江戸川出張所平成一一年五月一八日受付第二〇〇九二号により平成一一年四月二〇日売買を原因とする赤塚ミツ子持分全部移転登記が、それぞれ被告勝己のためにされた(以下これらの登記を「本件売買に基づく登記」という。)。
(四) 本件売買契約当時、被告ミツ子には本件一の持分以外に原告の右債権を満足させるに足りる財産はなかった。
3 被告勝己に対する詐害行為取消権に基づく請求(前記2と選択的)
(一) 1(一)ないし(五)と同じ。
(二) 被告ミツ子は、被告勝己に対し、平成一一年四月二〇日、本件一の持分を八〇〇万円で売却した(以下「本件売買契約」という。)。
(三) 2(三)と同じ。
(四) 2(四)と同じ。
(五) 被告ミツ子は、本件売買契約が債権者である原告を害することを知っていた。
4 よって、原告は、
(一) 被告ミツ子に対し、本件保証委託契約に基づき、求償金二〇四七万三五八九円及びこれに対する代位弁済日の翌日である平成一一年五月一日から支払済みまで約定の年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を、
(二) 被告勝己に対し、選択的に、被告ミツ子に代位して同被告の所有権に基づき、本件一の持分について本件売買に基づく登記の各抹消登記手続を、詐害行為取消権に基づき、本件一の持分について本件売買契約の取消し及び詐害行為を原因とする本件売買に基づく登記の各抹消登記手続を、
それぞれ求める。
(第二事件)
5 1(一)ないし(五)に同じ。
6 訴外赤塚秀丸(以下「秀丸」という。)は、もと別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分四分の三並びに同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分二分の一を有していた(以下、これらを「本件二の持分」という。)。
7 秀丸は平成一一年四月三日に死亡し、その相続人はその妻である被告ミツ子、同じく子である被告勝己及び訴外赤塚秀和(以下「秀和」という。)であった。
8 右相続人三名は、同月二六日ころ、本件二の持分を被告勝己の単独所有名義とする旨の遺産分割協議(以下「本件遺産分割協議」という。)を成立させた。
9 本件遺産分割協議に基づき、本件二の持分について、平成一一年四月三日相続を原因として、東京法務局江戸川出張所平成一一年四月二六日受付第一七七三四号ないし第一七七三六号により赤塚秀丸持分全部移転登記(以下これらの登記を「本件遺産分割に基づく登記」という。)がそれぞれ被告勝己のためにされた。
10 被告ミツ子は、本件遺産分割協議の当時、本件二の持分の相続分以外に見るべき資産を有していなかった。
11 被告ミツ子は、本件遺産分割協議が債権者である原告を害することを知っていた。
12 よって、原告は被告勝己に対し、詐害行為取消権に基づき、本件遺産分割協議の取消しと、本件二の持分のうち被告ミツ子の法定相続分二分の一に相当する持分について、真正なる登記名義の回復を原因としてミツ子への抹消登記に代わる移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 第一事件
(一) 被告ミツ子
請求原因1(一)ないし(四)の事実は認める。同1(五)の事実は不知。
(二) 被告勝己
(1) 請求原因1(一)ないし(五)の事実は不知。同2(二)及び(三)の事実は認める。同2(四)の事実は不知。
(2) 同3(二)の事実は認めるが、本件売買契約が詐害行為であるとの主張は争う。本件売買契約は、被告勝己が別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件土地建物」という。)の住宅ローン(以下「本件住宅ローン」という。)の連帯保証人になり、秀丸及び被告ミツ子に対し、別紙住宅ローン返済等一覧表記載のとおり平成二年一〇月から平成九年九月までの間に本件住宅ローンの返済資金及び家計援助金として合計約一二六九万四四六三円を提供したことに基づき、秀丸の死亡を契機にして締結されたにすぎないものであるから、詐害行為には当たらない。
(3) 同3(三)及び(四)の事実は知らない。
(4) 同3(五)の事実は否認する。被告ミツ子は、平成一一年四月九日の本件遺産分割協議の話合い及び本件売買契約時並びに本件売買契約書作成時においても、少なくとも担保物件の売却後の本件求償金債務の残金については、分割払による支払が可能であると思っていた。そして、秀丸の死亡により本件住宅ローンの債務は生命保険金によって返済が完了したため、本件求償金債務については分割払であれば十分に支払が可能であった。また、原告は被告ミツ子に対し、平成一一年四月一六日、担保物件の売却後における本件求償金債務の残金は分割払の検討の余地があると告げていたのであり、原告もまた分割払の余地を認めていた。したがって、被告ミツ子には、本件売買契約締結時に、右契約が債権者を害するとの認識はなかった。
2 第二事件
請求原因6ないし9の事実は認める。10の事実は不知。
本件遺産分割協議が詐害行為であるとの主張は争う。本件遺産分割協議は、本件土地建物を被告勝己に継がせるという秀丸の遺志、家族間の合意及び被告勝己が本件住宅ローンの連帯保証人になり、合計一二六九万四四六三円の資金提供をしたことなどから、被告勝己が本件二の持分を相続し、被告ミツ子は相続しないことにしたものであり、詐害行為には当たらない。
被告ミツ子は、右のとおり、秀丸の唯一の遺産である本件二の持分について相続しないことにしたものであるが、実質的には相続放棄と異ならないのであり、相続放棄が詐害行為取消権の対象にならないとされていることからしても、本件遺産分割協議は詐害行為には当たらない。
11の事実は否認する。前記1(二)(4) のとおり、被告ミツ子には、本件遺産分割協議の際、右協議が原告を害するとの認識はなかった。
三 抗弁
1 第一事件
(一) 所有権喪失(債権者代位権に基づく請求に対し)
被告ミツ子は、被告勝己に対し、平成一一年四月二〇日、本件一の持分を代金八〇〇万円で売却した。
(二) 被告勝己の善意(詐害行為取消権に基づく請求に対し)
被告勝己は、被告ミツ子とは同居してはおらず、被告ミツ子の本件債務の返済状況、原告との交渉経緯等については何も知らなかったのであるから、本件売買契約の際、その売買によって原告の債権者を害することを知らなかった。
2 第二事件
(被告勝己の善意)
被告勝己は、本件遺産分割協議の際、それによって原告の債権者を害することを知らなかった。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)、(二)の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。
五 再抗弁(抗弁1(一)に対し)
被告ミツ子と同勝己は、本件売買契約の締結に際し、いずれも売買契約の合意をする意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意した。
六 再抗弁に対する認否
否認する。
理由
第一第一事件
一 被告ミツ子に対する請求
請求原因1(一)ないし(四)の事実は、原告と被告ミツ子との間では争いがなく、証拠(甲三ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、同1(五)の事実が認められる。
二 被告勝己に対する詐害行為取消権に基づく請求
1 証拠(甲一ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3(一)の事実(請求原因1(一)ないし(五)の事実)が認められる。
2 請求原因3(二)の事実(本件売買契約)及び同(三)の事実(本件売買に基づく登記)は当事者間に争いがない。
3 証拠(甲一ないし五、六の1ないし5、七、八の1ないし3、九の1、2、一〇ないし二〇、乙一、二の1、2、三ないし八、被告赤塚ミツ子本人、同赤塚勝己本人、証人道野一也)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 秀丸(昭和一一年八月二日生)と被告ミツ子(昭和一五年五月五日生)は、昭和四九年七月二六日、別紙物件目録記載二及び四の土地の所有権を売買により取得し、各二分の一の持分で共有することにした上、同日、訴外株式会社国民相互銀行のために債務者を秀丸と被告ミツ子、被担保債権額を七七〇万円とする抵当権を設定し、同日付けでそれぞれの登記がされた。
秀丸と被告ミツ子は、昭和五六年一二月一六日、別紙物件目録記載一及び三の土地の所有権を売買により取得し、秀丸の持分を四分の三、被告ミツ子の持分を四分の一として共有することにした上、同日、訴外江戸川信用金庫(以下「江戸川信金」という。)のために極度額六〇〇万円の根抵当権を設定し、同月一七日付けでそれぞれの登記がされた。
(二) 被告ミツ子は、昭和六三年一一月二六日、日本生命との間で本件消費貸借契約を締結し、その借入資金により別紙区分建物目録記載の区分所有建物(以下「本件マンション」という。)を購入した。また、原告と被告ミツ子は、本件保証委託契約の内容を公正証書にすることに合意し、同年一二月一四日、原告の請求に基づき東京法務局所属の公証人により、右内容の公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された(なお、本件保証委託契約の内容としては、請求原因1(二)記載の約定のほか、被告ミツ子が本件貸金債務の弁済を一回でも怠ったときには、原告は、通知催告を要せず直ちに、代位弁済前であっても被告ミツ子に対し本件貸金債務に相当する金額を求償することができるとの事前求償権の合意も含まれていた。)。
被告ミツ子は、昭和六三年一一月二六日、原告が有する本件委託契約に基づく求償債権を被担保債権として、本件マンションに債権額二二一〇万円(損害金年一八・二五パーセント。年三六五日の日割計算)の抵当権を設定し、右同日その旨の登記がされた。
被告ミツ子は、そのころ、第一生命保険相互会社(以下「第一生命」という。)に勤務していたため、そこからの収入などにより昭和六三年一二月から平成一〇年一一月まで一か月当たり元利金一三万一二八四円を支払い、平成一〇年一二月から最終弁済期限である平成二五年一一月までは一か月当たり元利金一九万〇九三五円を支払うという返済の予定を立てていた。
(三) 秀丸と被告ミツ子は、平成二年三月二日、別紙物件目録記載の各土地を敷地として自宅を建築する資金として江戸川信金から三〇〇〇万円を借り受け、その住宅ローンの返済として、江戸川信金に対し一か月一六万四〇一一円、ボーナス時に三六万四四六七円の支払をすべき義務を負うことになった。
秀丸と被告ミツ子は、右同日、江戸川信金のために別紙物件目録記載二及び四の土地に極度額三五〇〇万円の根抵当権を設定するとともに(右(一)記載の極度額七七〇万円の根抵当権は右同日解除され、その登記も抹消された。)、右(一)記載の極度額六〇〇万円の根抵当権についてその極度額を三五〇〇万円に変更し、同月二九日付けでそれぞれの登記をした(右極度額三五〇〇万円の各根抵当権は共同担保)。
(四) 秀丸と被告ミツ子は、平成二年六月二九日別紙物件目録記載の建物を新築し、同年八月二日江戸川信金のために極度額三五〇〇万円の根抵当権を設定した後、同月三日、持分各二分の一とする所有権保存登記と根抵当権設定登記をそれぞれした(前記(三)記載の極度額三五〇〇万円の各根抵当権と共同担保)。
(五) 被告勝己(昭和四一年一二月一七日生)は、平成元年に第一生命に入社し、平成三年ころまで江戸川区松江の実家で両親と共に生活していたが、その後、実家を出て独立し、平成八年九月ころ婚姻した。その間、別紙住宅ローン返済等一覧表記載のとおり平成二年一〇月から平成九年九月までの間に本件住宅ローンの返済資金及び家計援助金として合計約一二六九万四四六三円を提供したが(ただし、そのうち、どの範囲の金員が本件住宅ローンの返済に充てられたのかは判然とはしない。)、その後は婚姻による出費があることなどから、秀丸と被告ミツ子に対する金員交付を止めることにした。
(六) 被告ミツ子は、平成七年ころ、第一生命からの給与の額が下がったため、本件貸金債務の弁済が遅れるようになった。また、被告ミツ子は、平成四年一〇月ころから居酒屋の経営を始めるようになったが、その営業利益も十分に上がらなかった。
また、秀丸は、親類と共に鉄工所を経営していたが、平成九年一〇月に激しい腹痛により入院し、同年一一月には胃がんの手術をしたため、その後にはほとんど仕事をすることができなくなり、収入も途絶えることになった。しかも、平成一〇年二月ころからは、賃貸していた本件マンションの賃借人が出てしまい、同所が空室になってしまったことから、その家賃も入らなくなった。その結果、秀丸及び被告ミツ子の家計は大変に苦しい状態になり、平成一一年一月には本件貸金債務について平成一〇年一〇月分までの支払を済ませたが、なおその支払が遅延していた。
秀丸は、平成一一年一月に胃がんが再発して再度入院したが、胃がんが末期の状態であったためもはや回復が困難と診断され、主に痛みを和らげるための治療が行われた。
(七) 原告は、前記平成一〇年一〇月分の支払を最後に被告ミツ子から日本生命に対する本件貸金債務についての入金が途絶えたので、平成一一年三月一一日ころ、神田公証人役場に対し本件公正証書の被告ミツ子への送達を申請した。
(八) 秀丸は、平成一一年三月末ころに危篤状態になり、同年四月三日に死亡した。
右同日ころ、本件公正証書の謄本が被告ミツ子に対し送達された。被告ミツ子は、同月一二日ころ原告に対し電話で連絡し、本件貸金債務について分割払を継続することができるかどうか尋ねたが、原告の担当者道野一也は、被告ミツ子が同年一月二六日以降全く支払をせず、既に期限の利益を失っているので、従前どおりの分割払を認めることはできないこと、本件マンションの競売又は任意売却により残債務の支払を検討してもらうことが必要であると告げた。道野一也は、同月一六日ころ、被告ミツ子から相談を受けたという大森弁護士から、それまでの滞納分を支払うので再度契約どおりの支払を継続する余地はないかとの打診を受けたが、本件が提携ローンであり、既に原告が日本生命に対する一括代位弁済をする手続が進んでいるので、右分割払の継続案を受け入れることはできないと返答した。
秀丸の死亡後、秀丸の相続人である被告ら及び秀和(昭和四三年一二月二七日生)の三名の間で、本件土地建物について秀丸が有する本件二の持分について、これを被告勝己がすべて取得することとする旨の同月一〇日付け遺産分割協議書が作成された。
また、同月二〇日ころ、本件土地建物について被告ミツ子が有する本件一の持分を被告ミツ子から同勝己に対し合計八〇〇万円で譲り渡す旨の同月二〇日付け売渡証書が作成されたが、そのころ、現実に右八〇〇万円の金員が被告勝己から同ミツ子に対し交付されたことはなかった。
(九) 被告ミツ子が有する本件一の持分のうち、別紙物件目録記載一及び三の各土地の持分四分の一については東京法務局江戸川出張所平成一一年五月一八日受付第二〇〇九一号により平成一一年四月二〇日売買を原因とする赤塚ミツ子持分全部移転登記が、同目録記載二、四及び五の各土地及び建物の持分二分の一については東京法務局江戸川出張所平成一一年五月一八日受付第二〇〇九二号により平成一一年四月二〇日売買を原因とする赤塚ミツ子持分全部移転登記が、それぞれ被告勝己のためにされた(本件売買に基づく登記)。
秀丸の相続人である被告ら及び秀和の三名は、本件二の持分を被告勝己の単独所有名義とする旨の本件遺産分割協議に基づき、本件二の持分について、平成一一年四月三日相続を原因として、東京法務局江戸川出張所平成一一年四月二六日受付第一七七三四号ないし第一七七三六号により赤塚秀丸持分全部移転登記(本件遺産分割に基づく登記)がそれぞれ被告勝己のためにされた。
(一〇) 原告が本件求償債務の担保として抵当権の設定を受けた本件マンションは、平成一一年四月当時、その時価が八〇〇万円前後の金額と評価される物件であった。なお、本件マンションの競売手続(入札期間は平成一二年八月二八日から同年九月四日まで)における最低売却価格は五五八万円であった。
また、平成一一年四月当時、本件土地建物の時価はおよそ三〇〇〇万円程度であった。なお、株式会社ビネットが原告に対して平成一二年八月に提出した査定報告書によれば、本件土地建物の評価額を二七九〇万円から三〇七〇万円と査定していた。
(一一) 原告は日本生命に対し、本件貸金債務の連帯保証に基づき、平成一〇年一二月一日に四万八七六二円を、同月三〇日に一五万三七六二円を、平成一一年一月二九日に一五万三七六二円を、同年三月三日に一五万三七六二円を、同月三一日に一五万三七六二円を、同年四月三〇日に残債務全額二〇九二万五四三一円を、それぞれ代位弁済した。
(一二) 被告勝己は、秀丸が平成九年一一月に入院した後の同人の医療費を負担していたものであり、遅くとも平成一一年初めころには、被告ミツ子が江戸川信金に対する住宅ローンや本件マンションのローンの支払を遅滞するなど、経済的には苦しい状態にあることを認識していた。また、本件売買契約や本件遺産分割協議の合意がされるころまで、被告ミツ子と同勝己との親子関係が悪化しているとか疎遠であるとかという特別の事情はなかった。
4 右3で認定した事実によれば、本件売買契約の締結当時、被告ミツ子が本件貸金債務の弁済をするに足りる資産を有していなかったこと(請求原因3(四)の事実)、及び被告ミツ子が本件売買契約の締結により債権者である原告を害することを知っていたこと(請求原因3(五)の事実)は明らかである。
5 なお、被告勝己は、本件売買契約は、被告勝己が本件土地建物の住宅ローンの連帯保証人になり、秀丸及び被告ミツ子に対し、平成二年一〇月から平成八年二月までの間に本件住宅ローンの返済資金及び家計援助金として合計約一二六九万四四六三円を提供したことに基づくものであり、秀丸の死亡を契機にして締結されたにすぎないものであるから、詐害行為には当たらないと主張する。
しかし、本件売買契約当時、原告の被告ミツ子に対する債権額は元本だけでも二〇〇〇万円を超える金額に達していたのであり、本件一の持分及び本件二の持分の法定相続分のほかに見るべき資産を有しない被告ミツ子が、本件一の持分を被告勝己に代金八〇〇万円で売却すること(ただし、その当時、被告勝己から同ミツ子に対し八〇〇万円の金員が現実に交付されたわけではない。)は、被告ミツ子の財産を積極的に減少させ、その債権者による債権の満足を著しく困難にする性質の処分行為であるから、詐害行為に該当するものというべきである。そして、たとえ被告勝己が本件住宅ローンの支払の一部を負担してきた事実があったとしても、右の判断を左右するものではない。
三 抗弁(被告勝己の善意)
被告勝己は、被告ミツ子の本件貸金債務の返済状況、原告との交渉経緯等については何も知らなかったのであるから、本件売買契約の際、その売買によって原告の債権者を害することを知らなかった旨主張し、これに副う供述をしている。
しかし、被告勝己は、秀丸と被告ミツ子の長男であり、本件土地建物をいずれは取得すべく秀丸及び被告ミツ子の家計を援助し、秀丸の医療費をも負担していたものであること、被告ミツ子と同勝己の親子関係が悪かったという特別の事情もなかったこと等前記認定の諸事情に照らして考えれば、被告勝己が同ミツ子による本件貸金債務の返済状況について何も知らなかったという被告勝己の供述は直ちに信用することができない。
同被告主張に係る前記事実を認めるに足りる証拠はない。
四 以上のとおり、本件売買契約の締結は詐害行為に当たるものであるところ、本件貸金債務の保証人である原告は、本件保証委託契約の締結及び代位弁済により債権者である日本生命が有していた貸金債権を行使し得る地位に立つのであり、これを被保全債権として詐害行為取消権を行使することができるものというべきである。したがって、原告は、本件一の持分について、詐害行為取消権に基づき本件売買契約の取消しと、同契約を原因とする被告勝己に対する同ミツ子持分全部移転登記の抹消登記手続を求めることができる。
第二第二事件
一 請求原因5の事実は、前記第一の二1のとおり、これを認めることができる。
二 請求原因6ないし9の各事実は当事者間に争いがない。
三 前記第一の二3で認定した事実によれば、本件遺産分割協議の当時、被告ミツ子が無資力であったこと(請求原因10の事実)、及び被告ミツ子が本件遺産分割協議により債権者である原告を害することを知っていたこと(請求原因11の事実)は明らかである。
四 被告勝己は、本件遺産分割協議は、本件土地建物を被告勝己に継がせるという秀丸の遺志、家族間の合意及び被告勝己が本件住宅ローンの連帯保証人になり、合計一二六九万四四六三円の資金提供をしたことなどから、被告勝己が本件二の持分を相続し、被告ミツ子は相続しないことにしたものであり、詐害行為には当たらないと主張する。しかし、共同相続人の間で成立した遺産分割協議は詐害行為の対象となり得るものと解するのが相当であるところ(最高裁平成一一年六月一一日第二小法廷判決・民集五三巻五号八九八頁)、本件遺産分割協議当時の被告ミツ子の資産状況に照らして考えれば、右分割協議により被告ミツ子が本件二の持分についてその法定相続分に当たる分を取得することなく、そのすべてを被告勝己に取得させることは、相続制度の趣旨を十分に考慮したとしても、債務者である被告ミツ子の資産を積極的に減少させ、その債権者による債権の満足を著しく困難にさせる処分行為であって、詐害行為に当たるものというべきである。
さらに、被告勝己は、本件遺産分割協議は被告ミツ子にとって実質的には相続放棄であるから、詐害行為には当たらないと主張するが、被告ミツ子が秀丸の相続について相続放棄の手続を採っていた事実を認めることはできないところ、遺産分割協議は、共同相続人間で共有になっている相続財産について、いわばいったん相続を承認してもはや放棄することができない状態になった後に、これを共同相続人間で帰属を確定するものであって、本質的に相続放棄とは異なる性質の法律行為というべきである。被告勝己の右主張は失当である。
五 被告勝己の善意
被告勝己は、本件遺産分割協議の際、それによって原告の債権者を害することを知らなかったと主張し、これに副う供述をする。
しかし、前記第一の三において判示したのと同様の理由により、被告勝己の主張に係る右事実を認めることはできない。
六 したがって、原告は、本件二の持分の法定相続分についても、詐害行為取消権に基づき本件遺産分割協議の取消しと、右協議を原因として被告勝己のためにされた所有権移転登記に関して、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる(なお、詐害行為取消しの範囲が被告ミツ子の法定相続分に限られるため、その部分について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を認めることになる。)。
第三結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴各請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋譲)
物件目録
一 所在 江戸川区松江二丁目
地番 参五五七番壱〇
地目 宅地
地積 〇・五弍平方メートル
二 所在 江戸川区松江二丁目
地番 参五五七番壱壱
地目 宅地
地積 〇・五弐平方メートル
三 所在 江戸川区松江二丁目
地番 参五五八番参
地目 宅地
地積 参弐・六六平方メートル
四 所在 江戸川区松江二丁目
地番 参五五八番四
地目 宅地
地積 参弐・六六平方メートル
五 所在 江戸川区松江二丁目参五五八番地四、参五五八番地参
家屋番号 参五五八番四の弍
種類 居宅 事務所
構造 鉄骨造陸屋根三階建
床面積 一階 四七・六壱平方メートル
二階 四八・五壱平方メートル
三階 四八・五壱平方メートル
区分建物目録
一棟の建物の表示
所在 葛飾区鎌倉三丁目六〇参番地六
建物の番号 ダイコーパレス京成小岩
専有部分の建物の表示
家屋番号 鎌倉三丁目六〇参番六の一
建物の番号 壱〇壱
種類 居宅
構造 鉄筋コンクリート造一階建
床面積 一階部分 弐五・五〇平方メートル
敷地権の表示
所在及び地番 葛飾区鎌倉三丁目六〇参番六
地目 宅地
地積 参〇七・八八平方メートル
敷地権の種類 所有権
敷地権の割合 壱〇〇〇〇〇分の六六四四
別紙<省略>