東京地方裁判所 平成11年(ワ)25840号 判決
原告 日本火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 松澤建
右訴訟代理人弁護士 飯沼春樹
同 児玉譲
同 御宿哲也
同 棚橋美緒
同 竹山拓
同 小笠原治彦
同 石井輝久
同 大谷直樹
被告 茨城ヰセキ販売株式会社
右代表者代表取締役 古内治男
被告 近藤健治
右両名訴訟代理人弁護士 西川茂
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金九三五万一一四九円及びこれに対する平成一〇年一〇月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告近藤健治が不動産を取得するに当たり、その取得資金の借入債務につき、住宅ローン保証保険契約を締結した原告が、被告らは、共謀して、右借入申込みに当たって、不動産の売買代金額や被告近藤が準備することができる自己資金額を偽り、原告をしてその旨誤信させて住宅ローン保証保険契約を締結させた結果、原告に支払保険金相当額の損害を与えたと主張して、不法行為に基づき、支払保険金相当額の損害賠償を請求する事件である。
一 争いのない事実
1 被告近藤は、平成元年六月二三日、被告茨城ヰセキ販売株式会社(以下「被告会社」という。)から、茨城県西茨城郡友部町鯉渕十一の割六六一二番一九九所在の土地及び同土地上の建物(以下、併せて「本件不動産」といい、右土地、建物を、それぞれ「本件土地」、「本件建物」という。)を代金三二二五万三〇〇〇円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。ただし、本件建物については、本件売買契約締結後に被告会社が建築することが予定されており、平成元年一二月二七日に新築されたものである。
2 被告近藤は、本件不動産を購入するに当たり、(1) 住宅金融公庫から一九三〇万円を、(2) 社団法人茨城県年金住宅福祉協会(以下「年金協会」という。)から平成二年六月二五日、一〇三〇万円を借り入れた(以下、年金協会からの融資を「本件融資」という。)。
3 原告は、平成元年一二月二八日、被告近藤との間で、年金協会を被保険者として、右2(2) の借入債務につき、住宅ローン保証保険契約を締結し(以下「本件保証保険契約」という。)、平成二年五月九日、本件保証保険契約に基づく求償金債権を被担保債権として、本件不動産に第二順位の抵当権設定登記を受けた。
4(一) 被告近藤は、平成元年一二月七日、年金協会に対し、本件不動産取得資金の借入れを申し込むに当たり、(1) 売買代金額を三七〇〇万円とする売買契約書の写し(以下「本件申込用契約書」という。)を添付した上、(2) 借入申込書の資金計画欄に、所要資金合計が三七〇〇万円、そのうち自己資金が七四〇万円である旨を記載して提出し、これが、年金協会を介して、原告に提出された。
(二) 被告会社の従業員であり、被告近藤のために公的資金の融資の手続等を助けていた取引主任の村山勝則は、被告会社が所持していた本件不動産の売買契約書の売買代金部分を三二二五万三〇〇〇円から三七〇〇万円に改ざんするなどして本件申込用契約書を作成した。
5 被告近藤は、平成一〇年四月一二日支払分以降の年金協会に対する約定弁済を怠ったため、同年一〇月二日、年金協会から繰上償還の請求を受け、同月一二日の経過をもって期限の利益を喪失し、本件保証保険契約に定める保険事故(以下「本件保険事故」という。)が発生した。
6 原告は、年金協会に対し、平成一〇年一〇月一九日、保険金として九三五万一一四九円(本件貸付金残金九〇八万〇九六三円、利息二六万三二九三円、損害金六八九三円)を支払った。
二 原告の主張
1 被告らの不法行為
(一) 年金協会は、住宅購入資金を貸し付けるに当たって、不動産取得に要する資金総額の八割を公的機関からの融資額の上限としている。これは所要資金の二割程度の自己資金も準備できない購入者は、一般的にみて経済的信用性に乏しく、そのような者に高額で、長期にわたる住宅ローンの融資を行うことが危険であるとの理由による。そして、原告も、右条件を満たさない住宅購入者については、保険事故の発生の危険性が高いため、保険契約を締結することはない。
(二) 被告らは、被告近藤が本件不動産の取得に要する資金総額の二割以上の自己資金を準備することができないにもかかわらず、年金協会に対し、本件不動産の売買代金額を真実の価格よりも高額であるかのように偽って、融資限度額を超えた融資を受けることにより、自己資金の不足分を補うことを企図して、<1> 本件申込用売買契約書を作成、添付し、<2> 年金協会に提出した借入申込書の資金計画欄に、所要資金合計額を三七〇〇万円、うち自己資金を七四〇万円とする虚偽の記載をして、これを、年金協会を介して、原告に提出した。
(三) 原告は、本件不動産の売買代金額が三七〇〇万円であり、うち七四〇万円を被告近藤において準備しているものと誤信して、本件保証保険契約を締結した。
2 原告における損害発生との間の相当因果関係
被告らによる右1の(二)の欺罔行為がなければ、原告は、本件保証保険契約を締結することはなく、したがって、本件保険事故の発生による保険金の支払をすることもなかったから、被告らの欺罔行為と原告による保険金の支払との間には条件的因果関係があることは明らかである。
そして、被告らは、被告近藤が、一〇〇万円しか自己資金を準備できず、公的資金を騙取しなければ資金繰りができない状況にあることを知っていたのであるから、右事情の下においては、遅かれ早かれ、被告近藤が年金協会に対する支払を怠り、保険事故が発生し、原告が保険金の支払を余儀なくされる事態が生ずることは予見可能であったということができる。したがって、被告らの欺罔行為と原告による保険金支払との間には相当因果関係があり、支払保険金相当額が原告の損害に当たる。
3 過失相殺の主張に対する反論
被告らは、過失相殺の主張をするが、年金資金による住宅ローンは、年四回の募集に対し、多数の申込みがされ、これを短期間で迅速に審査、処理しなければならない状況にある。右状況の下において、個々の案件について現地調査等を要求するならば、過大な費用を要し、制度の目的を達成することができなくなること、売買代金額は、当該不動産の適正時価と大差がないと考えられることから、原告においては、担保価値の評価に当たっても、当該不動産の売買代金額を基準として、これに一定率を乗じて担保価値を算出する取扱いを行っている。このようなことからすれば、年金協会及び原告が、借入申込書及び添付書類の内容が真実であると信頼し、これを前提とした書面審査のみによって、融資の可否、担保価値の判断をしたからといって、原告の調査が不十分であるということはできない。
三 被告らの主張
1 被告らの行為は、原告に対する不法行為を構成しない。
(一) 被告らの行為をもって、欺罔行為とはいえない。
すなわち、原告は、被告らが本件不動産を取得するための所要資金額について欺罔したと主張するが、被告近藤が被告会社との間で売買代金額を三二二五万三〇〇〇円とする本件売買契約を締結したのは、本件建物の建築確認以前であり、追加工事、外構工事、不動産売買の仲介手数料、火災保険料、保証協会に支払うべき保証料、保証保険料等を含めた現実の「所要資金」は、右売買代金にとどまらず、おおむね三七〇〇万円に達することが予想された。右金額は、別表記載の現実の支出状況(合計三六三〇万円)に照らしてみても相当な金額であって、借入申込書の資金計画欄に所要資金合計として予想される所要資金額である三七〇〇万円と記載したことをもって、被告らが虚偽の記載をしたということはできない。また、被告会社の従業員である村山は、被告近藤において、総額三七〇〇万円程度の資金を必要とする見込みであったため、売買契約書の数字をこれに合わせようとして、本件申込用契約書を作成したにすぎず、村山には公的資金を騙取する意図は全くなかった。
さらに、原告は、被告らが被告近藤が準備することができる自己資金額について、借入申込書に虚偽の記載をしたと主張するが、被告近藤は、本件不動産を取得するために、被告会社に対し、売買代金三二二五万三〇〇〇円から住宅金融公庫及び年金協会からの借入金二九六〇万円及び手付金一〇〇万円を控除した残額である一六五万三〇〇〇円及び追加工事代金等一三七万六五三三円を現に支払っていることに加え、年金協会が本件融資を実行した平成二年六月二五日以前に、住宅金融公庫に対する五七〇万円の追加融資の申込みをし、その後、右融資を受けているのであるから、右追加融資分を含めると、被告近藤においては、自己資金七四〇万円の手当ができていたことになる。
右事実関係によれば、被告近藤による本件融資申込行為は、社会的に相当な行為であり、そこに、不法行為を構成するような欺罔行為はない。
(二) 仮に、被告近藤が本件売買契約に基づく売買代金額を多少膨らませたことが形式的、外形的には欺罔行為に当たるとしても、それによって、原告は、錯誤に陥ってはいない。
すなわち、原告が年金協会との間で取り交わした住宅ローン保証保険に関する覚書によれば、原告は、借入申込みを受けたときは、申込書その他の方法により不動産取得者の弁済能力を審査し、当該不動産の調査を行って住宅ローン保証保険の引受けの可否を決定するものとされており、住宅ローン保証保険の解説書においても、信用調査は、あらかじめ定める信用調査基準(年令、勤続年数、所得等)に基づき、弁済能力があることを調査すべきものとされている。被告近藤が、借入申込金額を膨らませるために、所要資金額を多少過大に記載し、これに見合う資料を作成、提出したとしても、融資関係に精通した原告においては、このような例は日常茶飯事であり、あらかじめ定めた信用調査基準に従って、慎重に審理をした結果、本件不動産の売買代金額(三七〇〇万円)は社会的に相当であり、被告近藤には弁済能力があると判定したものというべきである。そして、当時、被告近藤は年金協会に対する債務の弁済を十分に行い得る収入を得ていたし、また、三七〇〇万円という価格が本件不動産の売買代金額として相当であったことは、本件融資後に、住宅金融公庫から五七〇万円の追加融資がされたことからも明らかであるから、原告の右判定は相当なものであったといえる。したがって、被告らに欺罔行為があったとしても、これにより、原告が、被告近藤の弁済能力や本件不動産の担保価値につき誤信したとはいえない。
(三) 原告には、法的保護に値する権利の侵害は生じていない。
すなわち、右(一)及び(二)に述べたところに加え、被告近藤は、年金協会に対し、平成二年七月から平成一〇年三月までの七年九か月にわたり元利均等払いによる債務の弁済を続けてきたが、勤務先の倒産によって支払不能に陥っただけであることからすると、被告近藤が、本件申込用売買契約書を添付して、前記の記載をした借入申込書を提出したとしても、これは、保険者たる原告に対し、その弁済能力や本件不動産の担保価値に関する重要な事項について不実のことを告げたということにはならず、法的保護に値する原告の利益が侵害されたとはいえない。
換言するならば、住宅ローン保証保険契約の締結に当たっての不動産取得者の行為が詐欺に当たるといえるのは、不動産取得者が、その収入金額等について虚偽の証明書を提出するなど、保険事故発生の蓋然性に影響する事実についての告知義務に積極的に違反し、保険事故の発生に至ることを予見しながら、公的資金を騙取したような事案に限られるべきであり、本件のごとき事案をもって、これと同視し、不法行為の成立を認めるべきではない。
2 原告における損害発生との間の相当因果関係の不存在
(一) 被告近藤が年金協会に対する債務の弁済を怠り、本件保険事故が発生したのは、いわゆるバブル経済の崩壊により、勤務先が倒産したことに原因があり、原告による保険金の支払は、被告らの欺罔行為の結果であるとはいえない。
(二) 住宅ローン保証保険契約は、約款三条により、保険契約者の悪意又は重大なる過失によって生じた損害は保険者において填補することを要しない旨を定める商法六四一条の適用を排除し、かつ、約款六条により、保険契約者による告知義務違反による解除を制限している。原告は、このような保険約款の下に本件保証保険契約を締結することにより、自ら、被告近藤の告知義務違反を理由として、本件保証保険契約解除し、保険金の支払を免れるみちを閉ざした結果、年金協会に対する保険金の支払を余儀なくされたものというべきである。
(三) 原告は、本件保証保険契約に基づく求償金債権を担保するために本件不動産に第二順位の抵当権を設定している。原告は、これによって本件保証保険契約に基づく求償金債権を担保できると判断したからこそ、本件保証保険契約を締結したはずであり、その後の不動産価格の下落により、求償金を回収することができなくなったとしても、それは原告が本件不動産の担保評価を誤ったことにより生じた事態であり、これをもって、被告らの欺罔行為の結果であるということはできない。
(四) 仮に、被告らの欺罔行為により、本件保証保険契約が無効になるとしても、それは、売買代金額の八割を超える部分に限られ、しかも、被告近藤は、この部分については、年金協会に対する債務を弁済済みであるから、結局、被告らの欺罔行為により、原告には損害が生じなかったことになる。
3 過失相殺
仮に、被告らに欺罔行為があり、かつ、その結果原告に損害が生じたとしても、原告には、被告近藤の返済能力の審査、調査を誤り、かつ、本件不動産の担保価値の評価を誤った過失があるから、相応の過失相殺がされるべきである。
第三争点に対する判断
一 事実関係
争いのない事実に加え、証拠(後記のもののほか、乙九、一〇)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被告近藤は、平成元年六月二三日、友人である武田弘を介して、被告会社との間で、代金三二二五万三〇〇〇円で、本件土地を購入した上、本件土地上に本件建物を建築する旨の本件売買契約を締結し、手付金一〇〇万円を支払った(甲一)。
2 被告近藤は、当時、一〇〇万円から二〇〇万円程度しか自己資金を準備できなかったことから、武田に対し、これを超える必要資金の借入れの手続を進めてくれるように依頼し、武田は、被告会社の従業員であり、本件売買契約を担当した取引主任である村山に対し、右必要資金の借入れについて協力を求めた。
3 年金協会は、住宅を新築するのに必要な資金(住宅の新築、新築購入に附随した土地の購入資金を含む。)の借入金のうち、公的資金は、所要資金の八〇パーセント以内としており、そのことを住宅収得者向けのてびきにも記載していたが(甲八)、村山は、武田から右依頼を受け、被告近藤に年金協会が定める融資限度額を超えた融資を受けさせるために、平成元年九月ころ、売買代金を三二二五万三〇〇〇円と定めた本件売買契約書(甲一)のコピーの売買代金に関する部分(契約書の一条)等を切り取り、右部分に新たな契約書用紙を貼り付けて再度コピーを取り、これに売買代金額を三七〇〇万円として所要事項を記入するなどした上、そのコピーを取って本件申込用契約書(甲九)を作成した。
4 被告近藤は、本件申込用契約書を添付した上、資金計画欄に自己資金七四〇万円、所要資金合計三七〇〇万円と記載した借入申込書(甲四)を作成し、年金協会に提出した。
5 年金協会は、右借入申込みに対し、一〇三〇万円の貸付けを決定し、被告近藤に対し、住宅金融公庫からの融資と合算して右三七〇〇万円の八〇パーセントに相当する二九六〇万円が貸し付けられ、右貸付金は、すべて被告会社に対する本件売買契約に基づく売買代金の支払に充てられた。
6 原告は、年金協会との間で、融資金額を保険契約者が取得する不動産の担保価値の範囲内とすることを条件に住宅ローン保証保険契約を締結する旨の覚書を交わしているが(乙一二)、被告近藤の年金協会に対する借入債務を保証する趣旨で、本件保証保険契約を締結するとともに、被告近藤に対する求償金債権を担保するために、本件不動産につき、住宅金融公庫に次いで第二順位の抵当権の設定を受けた(甲二、三)。
7 右5の借入れによっても、なお、被告近藤の被告会社に対する本件売買契約に基づく売買代金等の支払に不足を生じたため、被告近藤は、住宅金融公庫に対し、リフォームローン(住宅改良資金)の借入れを申込み、平成二年一一月二日、住宅改良資金名下に五七〇万円を借り入れた(乙六の1ないし3)。
8 被告近藤は、平成元年当時、株式会社オートラマカスミに勤務しており、同年の給与所得は五六〇万円余りであって、その後も、平成六年までは、最低四二〇万円余り、最高六八〇万円余りの所得を得ており、平成一〇年三月までは年金協会に対する弁済を行ってきたが、勤務先の倒産などの事情から、平成七年以降所得が激減し、平成一〇年四月一二日支払分以降の年金協会に対する弁済を怠り、その催告によって期限の利益を失ったことにより、本件保険事故が発生した(甲一〇の1、2、一一、乙六の4、一七の1ないし7)。
二 右事実関係によれば、被告近藤は、本来であれば借入れができないはずの金額の金員を年金協会から借り入れることによって被告会社に対して支払うべき売買代金を調達する目的の下で、真正な売買契約書を変造して作成された本件申込用売買契約書を添付した上、自己資金を七四〇万円、所要資金合計を三七〇〇万円と記入した借入申込書を年金協会を通じて原告に提出することによって、原告に対し、所要資金合計額及び自己資金額について虚偽の事実を申告し、原告を欺罔したものであり、被告会社の従業員である村山は、かかる借入申込みに用いられることを承知の上で、真正な売買契約書を変造して本件申込用売買契約書を作成したものというほかはない。
この点につき、被告らは、被告近藤が本件不動産を取得するのに必要な資金は、売買代金にとどまらず、追加工事代金、外構工事代金その他の諸経費を考慮すれば、所要資金合計額は三七〇〇万円に近似した金額になり、かつ、被告近藤は、住宅金融公庫からの追加融資を含めれば自己資金として七四〇万円を準備できたのであるから、被告らが原告を欺罔したとはいえないなどと主張する。しかし、借入申込書に記載することが予定された所要資金合計額が被告らが主張するような諸経費等をも含む金額であるとは解し難い上、被告近藤の借入申込みは、売買代金として三七〇〇万円を必要とすることを申告するものと解さざるを得ないから、この点でその申告内容に偽りがあることは否定できない。また、右一7に認定したところによれば、本件融資後に、住宅改良資金名下に住宅金融公庫から借り入れた五七〇万円をもって、自己資金に当たるとする被告らの主張が失当であることは明らかである。したがって、被告らに欺罔行為はないとの趣旨の被告らの主張は採用することができず、また、被告近藤及び被告会社の従業員である村山の行為の目的、態様にかんがみると、これを社会的に相当な行為と評価することもできない。
三 年金協会が、住宅を新築するのに必要な資金(住宅の新築、新築購入に附随した土地の購入資金を含む。)の借入金のうち、公的資金は、所要資金の八〇パーセント以内としていたことは、前記一3に認定したとおりであるところ、証拠(甲一四)及び弁論の全趣旨によれば、被告らの右二の欺罔行為により、年金協会及び原告は、本件不動産の売買代金額が借入申込書に記載された所要資金合計額である三七〇〇万円であり、被告近藤が準備することができる自己資金が借入申込書に記載されたとおり七四〇万円であると誤信した結果、公的資金の融資が三七〇〇万円の八〇パーセントに達する結果となる本件融資が行われ、かつ、被告近藤の債務を保証する趣旨で、原告において本件保証保険契約を締結したものと認めることができる。
原告は錯誤には陥っていない旨の被告らの主張は、原告の主張を正解しないものであって、採用することができない。
四 ところで、原告が本件保証保険契約に基づき支払った保険金相当額が、被告らの右二の欺罔行為と因果関係のある損害に当たるというためには、被告らの欺罔行為によって、原告が右三のように誤信して本件保証保険契約を締結した場合、社会通念上、一般に保険事故が発生することが予見可能であったことを要するものというべきである。
この点につき、原告は、年金協会が住宅購入資金を貸し付けるに当たっては、不動産取得に要する資金総額の八〇パーセントを公的機関からの融資の上限としているのは、所要資金の二割程度の自己資金も準備できない購入者は、一般的にみて経済的信用性に乏しく、そのような者に高額で、長期にわたる住宅ローンの融資を行うことが危険であることに理由があると主張するが、不動産購入者が所要資金の二割程度の自己資金を準備することができないということだけから、直ちに、社会通念上、定型的に融資金の返済を継続することが危ぶまれる客観的な経済状況にあり、保険事故が発生することが予見可能であるとまで認めることは困難である。換言するならば、被告らが、本件不動産の売買代金額と被告近藤が準備することができる自己資金の額につき虚偽の事実を申告し、この点について原告を誤信させた本件について、被告近藤において、借入金の返済が客観的に困難な経済状況にあり、保険事故の発生が高い蓋然性をもって予見されるにもかかわらず、その経済状況ないし返済能力について虚偽の事実を申告し、これらの点について原告を誤信させた場合と同視することはできないのである。ちなみに、被告近藤は、七年九か月にわたり年金協会に対する債務の弁済を継続してきたが、勤務先の倒産により支払不能に至ったことは前記一8に認定したとおりであり、このことからみても、本件保険事故の発生が、被告らの前記欺罔行為の当時予見可能であった事情に起因するものとは認め難いものというほかはない。
しかも、原告は、年金協会との間で、融資金額を保険契約者が取得する不動産の担保価値の範囲内とすることを条件に住宅ローン保証保険契約を締結する旨の覚書を交わしており、本件保証保険契約に基づく求償金債権を被担保債権として、本件不動産に第二順位の抵当権を設定していることは前記一6のとおりであることからすれば、原告は、本件保証保険契約締結時においては、右抵当権によってその求償金債権は担保されると自ら判断していたと認めるのが相当である。そして、本件保証保険契約締結後、不動産の価格が著しく下落したことは公知のところであることからすれば、仮に、本件保証保険契約に基づく求償金債権が右抵当権の実行によっても回収できないことになったとしても、それは、原告による本件不動産の担保価値の見込違いや右不動産価格の下落に起因するものというべきである。本来であれば、右抵当権によって担保されるべきであった求償金債権の回収が図り得なくなったことを被告らの欺罔行為の結果とみることは相当でない。
以上によれば、被告らの前記二の欺罔行為と原告が主張する損害との間に因果関係を認めることはできない。
五 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないものというほかはないから(ちなみに、原告は、被告近藤に対し、求償金請求をするものではない。)、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引万里子)
別表<省略>