東京地方裁判所 平成11年(ワ)25857号 判決 2000年11月28日
原告
旭硝子株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
久保田穰
同
増井和夫
被告
日本板硝子株式会社
代表者代表取締役
【B】
訴訟代理人弁護士
吉澤敬夫
同
牧野知彦
補佐人弁理士
【C】
同
【D】
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、別紙目録記載の複層ガラスを製造、販売してはならない。
二 被告は、原告に対し、金六億九八〇〇万円及びこれに対する平成一一年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、透明導電性積層体に関する特許権を有する原告が、被告が製造販売している別紙目録記載の複層ガラスは原告の右特許権を侵害すると主張して、被告に対し、その製造販売の差止め及び損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。
登録番号 第二一三六四八四号
発明の名称 透明導電性積層体
出願日 昭和六二年一一月二六日
公告日 平成八年三月二九日
登録日 平成一〇年五月二二日
特許請求の範囲
「透明基板上にZnOからなる透明酸化物層と銀層を交互に積層した合計(2n+1)層(n≧2)のコーティングが施された積層体であって、基板側から数えて一番目及び最外層のZnOからなる透明酸化物層の厚さが二〇〇~六〇〇Å、それ以外のZnOからなる透明酸化物層の厚さが四〇〇~一二〇〇Å、各銀層の厚さが七〇~二五〇Åであり、表面抵抗が六Ω/□以下、可視光線透過率が七〇%以上であることを特徴とする透明導電性積層体。」
2 本件発明の構成要件を分説すると次のとおりである。
A 透明基板上にZnOからなる透明酸化物層と銀層を交互に積層した合計(2n+1)層(n≧2)のコーティングが施された積層体であって、
B 基板側から数えて一番目及び最外層のZnOからなる透明酸化物層の厚さが二〇〇~六〇〇Å、
C それ以外のZnOからなる透明酸化物層の厚さが四〇〇~一二〇〇Å、
D 各銀層の厚さが七〇~二五〇Åであり、
E 表面抵抗が六Ω/□以下、
F 可視光線透過率が七〇%以上である
G 透明導電性積層体
3 本件発明の作用効果は、次のとおりである(甲二)。
「本発明の透明導電性積層体において、偶数番目の層の銀層は、導電膜として作用する。銀層の比抵抗はドープされた酸化インジウム膜や酸化スズ膜と比べて一桁以上低いので、全体膜厚が二〇〇〇Å程度で六Ω/□以下の表面抵抗を実現することができるのである。又、この偶数番目の層の銀層は、特に赤外域における反射率を上げる働きをする。
又、本発明において、奇数番目の層のZnOからなる透明酸化物層は銀層の可視域における反射防止層として作用し、可視光線透過率を上げ、同時に可視光線反射率を下げ全体として可視光線透過率が七〇%以上の透明導電膜として機能させる働きをする。」
4 被告は、「ペアマルチレイボーグ グリーン」なる商品名の製品(以下「被告製品」という。)を製造販売している。
二 争点
1 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。
2 損害の発生及び額
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(原告の主張)
(一) 被告製品の層構成は、次のとおりである。
第1層(ガラス基板側)酸化亜鉛 約二六〇Å
第2層 銀 約九〇Å
(含チタンバリア) 約三〇Å
第3層 酸化亜鉛 約八二〇Å
第4層 銀 約一四〇Å
(含チタンバリア) 約三〇Å
第5層 酸化亜鉛 約二二〇Å
(窒化珪素保護層) 約七〇Å
(二) 右の層構成は、本件発明の構成要件AないしDを充足する。
(三) 被告製品の表面抵抗は、約二・八Ω/□、可視光線透過率は約七五%であるから、本件発明の構成要件E、Fを充足する。
本件発明の構成要件AないしFを充足する製品は、透明導電性積層体である。
(四) したがって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(五) なお、被告製品は、第2層と第3層の間、第4層と第5層の間に、含チタンバリアが存在するが、これは、亜鉛と酸素を気相で反応させて酸化亜鉛とし、銀層の上に積層させる際に銀層が酸化される可能性があるため、銀層の上に保護膜としてチタン金属の層を作っておくものであって、当業者の技術常識に属する。また、このような層があっても、可視光線に対する作用は何らの影響を受けない。
被告製品は、第五層の空気と接する位置に窒化珪素の層を設けているが、このような層があっても、本件発明の作用効果に実質的な差異を生じることはない。
本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)には、「本発明の多層コーティングは付着や耐久性を向上させる等の目的により、その基板との界面又は各層の界面、又は空気との界面において、その光学的特性を実質的に変化させない程度の膜厚をもった境界層が挿入されていてもよい」(四欄八ないし一二行)と記載されているところ、右の各層は、この「境界層」に当たる。
したがって、右の各層は、被告製品が本件発明の技術的範囲に属することに影響することはない。
(被告の主張)
(一) 被告製品の層構成は、次のとおりである。
ガラス
酸化亜鉛層(三層) 一六五Å
銀層(一層) 六〇Å
酸化チタン層(一層) 二〇Å(ただし、酸化前の金属チタンの状態のもの、酸化されると厚くなる。)
酸化亜鉛層(九層) 七〇〇Å
銀層(一層) 一四〇Å
酸化チタン層(一層) 二〇Å(ただし、酸化前の金属チタンの状態のもの、酸化されると厚くなる。)
酸化亜鉛層(三層) 二七〇Å
窒化珪素層(三層) 三五Å
(二) 本件発明の構成要件Aについて
本件発明では、透明酸化物層はZnO層に限定されるところ、被告製品には、透明酸化物層として酸化チタン層が存在するから、本件発明の構成要件Aを充足しない。
被告製品は、酸化チタン層が存在し、ZnO層と銀層を交互に積層していないから、本件発明の構成要件Aを充足しない。
被告製品の層の数は、二二であり、同一物質の層をまとめて一層としてても、層の数は、八である。したがって、層の数が(2n+1)ではないから、本件発明の構成要件Aを充足しない。
本件発明では、最外層はZnO層に限定されるところ、被告製品の最外層は窒化珪素層であるから、本件発明の構成要件Aを充足しない。
なお、右酸化チタン層及び窒化珪素層は、付着や耐久性の向上を目的とするものではないうえ、光学的特性を実質的に変化させるから、本件明細書にいう「境界層」には当たらない。
(三) 本件発明の構成要件Bについて
被告製品では、基板側から数えて一番目のZnO層の厚さは、二〇〇~六〇〇Åの範囲内にないから、本件発明の構成要件Bを充足しない。
2 争点2について
(原告の主張)
被告は、平成八年一二月から平成一一年九月までの間に、被告製品を、合計四四万平方メートル販売し、その販売金額は、合計二二億円、利益額は、六億八〇〇〇万円であるから、原告は、右の期間に、右の利益額と同額の損害を被ったものと推定される。
被告は、平成八年三月から同年一一月までの間に、被告製品を、合計三万平方メートル販売し、その販売金額は、合計一億八〇〇〇万円、実施料相当額は、その一〇%に当たる一八〇〇万円である。
したがって、右の合計額である六億九八〇〇万円の支払を求める。
(被告の主張)
原告の主張を争う。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 証拠(乙一ないし四、乙五の一、二)と弁論の全趣旨によると、被告製品の層構成は、次のとおりであると認められる。
ガラス
酸化亜鉛層
銀層
酸化チタン層
酸化亜鉛層
銀層
酸化チタン層
酸化亜鉛層
窒化珪素層
右認定のとおり、被告製品には、銀層と酸化亜鉛層の間に酸化チタン層が積層されているので、このように酸化チタン層が積層されている場合でも、本件発明の構成要件Aを充足し、本件発明の技術的範囲に含まれるかどうかをまず判断する。
2 証拠(甲一八、乙二二、三一)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 銀層と酸化亜鉛層を積層した透明導電性積層体において、銀層に酸化亜鉛層を積層する前に、銀層に金属の層を積層しておかないと、酸化亜鉛層を積層する方法によっては、酸化亜鉛層を積層する際に、銀層が劣化し、可視光線透過率が低くなったり、表面抵抗が大きくなったりすることがある。
被告製品においては、銀層に酸化亜鉛層を積層する前に、銀層にチタンの層を積層しておくことで、右の銀層の劣化を防止している。チタンの層は、酸化亜鉛層を積層する際に、酸化チタンとなるため、銀層と酸化亜鉛層との間に酸化チタン層が積層されることになる。
被告製品を製造する際に、銀層に酸化亜鉛層を積層する前に、チタンの層を積層しないものを作って、可視光線透過率及び表面抵抗を測定すると、銀層が劣化するため、可視光線透過率は七〇%を大幅に下回り、表面抵抗は六Ω/□を大幅に上回ることとなる。
(二) 本件明細書に記載されている実施例1には、銀層に金属の層を積層して、酸化亜鉛層を積層する際に銀層が劣化することを防止する工程についての記載がない。そこで、このような銀層が劣化することを防止する工程を経ることなく、実施例1を実施すると、可視光線透過率は七〇%を大幅に下回り、表面抵抗は六Ω/□を大幅に上回ることとなる。
3 特許請求の範囲には「透明基板上にZnOからなる透明酸化物層と銀層を交互に積層した合計(2n+1)層(n≧2)のコーティングが施された積層体であって、」と記載されている(構成要件A)。この記載に、前記第二の一3認定に係る本件発明の作用効果を併せて考えると、銀層は、導電膜として作用し、六Ω/□以下の表面抵抗を実現する層であり、ZnOからなる透明酸化物層は、銀層の可視域における反射防止層として作用し、可視光線透過率が七〇%以上の透明導電性積層体として機能させる働きをする層であると認められるから、右の特許請求の範囲の記載は、これらの層が交互に積層していることを意味しており、それらの層の間に別の層が存することをおよそ否定する趣旨ではないというべきである。しかしながら、右のとおり層の構成によって物を特定した以上、銀層とZnOからなる透明酸化物層との間にいかなる層が存してもよいというものではなく、銀層とZnOからなる透明酸化物層との間の層は、本件発明の作用効果に影響を与えない、付加的な層でなければならないというべきである。本件明細書(甲二)には、「本発明の多層コーティングは付着や耐久性を向上させる等の目的により、その基板との界面又は各層の界面、又は空気との界面において、その光学的特性を実質的に変化させない程度の膜厚をもった境界層が挿入されていてもよい」(四欄八ないし一二行)との記載があるが、この記載は、右の趣旨を明らかにしたものということができる。
そこで、被告製品における酸化チタン層が、右の「境界層」に当たるかどうかについて検討するに、被告製品における酸化チタン層は、本件明細書に例示されている「付着や耐久性の向上」といった目的のためのものとは認められないうえ、右2認定のとおり、銀層に酸化亜鉛層を積層する前に、銀層に金属層を積層しないと、銀層が劣化して、可視光線透過率及び表面抵抗が、本件発明の特許請求の範囲に記載された数値から外れることになり、本件発明の作用効果を奏しないから、被告製品における酸化チタン層は、本件発明の作用効果に影響を与えるものである。したがって、被告製品における酸化チタン層が右「境界層」に当たると認めることはできない。
証拠(甲八、九、一八、二〇)によると、本件特許の出願前に、銀層に金属の層を積層して、酸化亜鉛層を銀層に積層する際に銀層が劣化することを防止する技術は知られていたものと認められる。しかし、本件特許の出願前に知られていた技術を用いているとしても、右で述べたとおり、本件発明が、特許請求の範囲において層の構成によって特定されている透明導電性積層体に関する発明であること、酸化チタン層が付加的な層とは認められず、本件明細書によって例外的に許容される「境界層」に当たるといえないことからすると、右技術を用いた結果として積層される層をないものとして、本件発明の技術的範囲に属するかどうかを判断することはできない。このことは、右技術が当業者の技術常識であったとしても変わるものではなく、「境界層」に当たらない層が存する物について、本件発明の構成要件Aを充足することを認めることはできない。
よって、酸化チタン層が積層されている被告製品は、本件発明の構成要件Aを充足せず、本件発明の技術的範囲に属さないものと認められる。
なお、原告は、銀層に金属の層を積層して、酸化亜鉛層を銀層に積層する際に銀層が劣化することを防止する技術は、特許の明細書には記載しないことが多いとして、甲二一ないし二四を提出するが、いずれも本件特許とは別の特許(実用新案)に関する公報であって、それらの特許(実用新案)はいずれも本件特許出願後に出願されたものであるから、右認定を覆すに足りるものではない。
二 以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 内藤裕之 裁判官 杜下弘記)
<以下省略>