東京地方裁判所 平成11年(ワ)25960号 判決
原告 加納裕行
被告 旭硝子コートアンドレジン株式会社
右代表者代表取締役 鷹野宏
右訴訟代理人弁護士 高橋守雄
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 原告は、「被告は、原告に対し、金一三四五万三八六〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因を次のとおり述べた。
1 原告は、平成五年九月一〇日ころ、三協住宅設備株式会社に対し、肩書地所在の原告所有建物(以下「本件建物」という。)の屋上及び階段踊り場防水工事、外壁塗装工事、天井新設及び既設解体工事を請負代金三三〇万円で注文し、右工事は、同年一〇月二〇日ころ完成した。
2 被告は、原告に対し、三協住宅設備らと連名で、右工事に関して「材料又は施工上の欠陥が理由で漏水した場合、施工後一〇年の保証期間中は、無償にて補修致します。」と記載された保証書を提出していた。
3 原告は、右工事が不完全であったとして、被告に対し、修理費相当額の支払いを求める訴えを提起したところ(当庁平成九年(ワ)第二四七七五号事件)、平成一一年三月九日、次のとおりの裁判上の和解が成立した。
(一) 被告は、原告に対し、工事費・材料費を負担して、本件建物の屋上部分(塔屋を含む)についてサラセーヌを使用した防水工事並びに外部階段のALC外壁との接合部の欠損箇所にコーキング材を注入する工事をする。
(二) 原告は、前項の防水工事・注入工事の施工について全面的に協力する。
(三) 原告は、被告に対し、被告の本件建物に関する(一)の工事の方法・工程・施工結果について同工事開始前から同終了後をも含め、注文、指示、損害賠償請求等、いかなる申立てもしない。
(四) 被告は、原告に対し、工事費・材料費を負担して、本件建物の外階段の踊り場、踏み面部の塗り替え工事も(一)の工事に付随して誠実に実施する。
(五) 原告は、被告に対し、(二)、(三)と同様、被告の右塗り替え工事の施工に協力し、同工事開始前から同終了後をも含め、工事の方法・工程・施工結果について注文、指示、損害賠償請求等、いかなる申立てもしない。
(六) 原告は、その余の請求を放棄する。
(七) 原告と被告との間には、本和解条項に定めるほか、他に何らの債権債務のないことを相互に確認する。
(八) 原告と被告は、本和解条項は、訴外長山塗装工業所こと長山勝伸及び同三協住宅設備株式会社との関係に全く影響を及ぼさないことを確認する。
4 原告と被告は、右和解で取り決めた補修工事を当初平成一一年四月六日と七日に行う旨約束していたが、双方了解の上、同月一三日と一四日に変更した。しかし、被告は、当日来訪せず、原告が被告に対し、同年八月一二日内容証明郵便を送るなどしても、一切連絡もしないし、補修工事を行わない。
5 被告の右和解の不履行により、原告は、補修工事相当額として七一五万一一三〇円、慰謝料として六三〇万二七三〇円、合計一三四五万三八六〇円の損害を被った。
なお、現在最低限なすべき補修工事の内容は、次のとおりである。また、被告が行う補修工事について、最低でも五年間の保証を要求する。
(一) 天井一階北側穴埋めクロス貼り(クロス貼り替え、クーラーボックスベニヤ補修、天井・壁補修)
(二) 地階踊り場三箇所の付け根部分修理(鉄柱H型接ぎ、ケレン錆止め、上塗り二回)
(三) 一階階段踏み面部分修理(階段付け根部分と手すり接続部分の溶接各二箇所、ケレン錆止め、上塗り各箇所二回)
(四) 一階店舗前手すり取り替え修理(部分溶接、ケレン錆止め、上塗り二回)
(五) 一階階段手すり取り替え修理(手すり七本部分溶接、ケレン錆止め、上塗り二回)
(六) 一階階段踏み面部分修理(踏み面補強溶接、L型鋼、ケレン錆止め、上塗り二回)
(七) 二階踊り場踏み面部分修理(ワレ・コーキング処理、壁面隙間埋め防水工事、ケレン錆止め、上塗り二回)
(八) 三階踊り場階段部分修理(手すり付け根部分補強溶接、ケレン錆止め、上塗り二回、上塗り、漏水部コーキング及びワレ、C型鋼とコンクリート面の破断部コーキング処理後、サラ防水による塗装防水工事)
(九) 一階踊り場天井、踏み面下部分修理(キーストン部天井全面、補強溶接、モルタル不良部修理、漏水止め防水処理、ケレン錆止め、上塗り二回)
(一〇) 二階踊り場天井、踏み面下部分修理(キーストン部天井全面、補強溶接、モルタル破断修理、漏水止め防水処理、ケレン錆止め、上塗り二回)
(一一) 三階踊り場天井部分修理(キーストン部天井全面、補強溶接、モルタル破断修理、漏水止め防水処理、ケレン錆止め、上塗り二回)
(一二) 二階東南部踊り場、フロアー部分修理(コーキング埋め、サラセーヌ工法による防水塗装)
(一三) 三階屋上手すり取り替え部分修理(手すり補強溶接)
6 よって、原告は、被告に対し、右損害賠償として一三四五万三八六〇円の支払いを求める。
二 被告は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。
1 右請求原因につき、1項ないし3項の事実は認める。
2 同4項のうち、原告と被告は、右和解で取り決めた工事を当初平成一一年四月六日と七日に行う旨約束していたこと、被告は、同月一三日と一四日、原告の下を来訪しなかったこと、原告が被告に対し、同年八月一二日内容証明郵便を送ったこと、未だ右工事が行われていないことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告は、同年四月八日、当時の被告代理人弁護士に架電し、工事日程は同月一三日と一四日が都合良い、工事には右被告代理人弁護士が立ち会う、工程等について注文を付けたい、そうでなければ印を押さない旨申し述べた。そこで、右被告代理人弁護士は、直ちに当時の原告代理人弁護士に対し、その電話の内容と、原告の和解条項に対する理解が不充分なように思われるので説得をお願いしたい旨ファックスしたところ、同月一二日、右原告代理人弁護士から電話があり、原告本人と連絡が付かない、一三日の工事の約束をしていないとのことであった。したがって、原告側の都合で工事が行えなかったものである。
3 同5項の主張は争う。
三 当裁判所の判断
1 請求原因1項ないし3項の事実、同4項のうち、原告と被告は前記和解で取り決めた工事を当初平成一一年四月六日と七日に行う旨約束していたこと、被告が同月一三日と一四日原告の下を来訪しなかったこと、原告が被告に対し同年八月一二日内容証明郵便を送ったこと、未だ右工事が行われていないことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 原告は、被告について、和解で取り決めた工事を履行しない債務不履行責任があると主張するので、以下この点について判断する。
右当事者間に争いのない事実に加えて、証拠(甲二の一・二、二九、三一、乙一ないし四、七ないし一〇、一一の一・二、一二、一五、原告本人、証人中川好正)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 前記和解で取り決めた工事については、当初平成一一年四月六日と七日に行う旨原被告間で合意されていたが、原告側の法事のため都合が悪くなり、同年三月三〇日、前記訴訟事件以来原告の代理人を務めていた湖山久弁護士から、被告の代理人である柳川昭二弁護士に、工事を別の日に変更してほしいとの電話があった。更に、その数日後の同年四月八日、原告から直接被告の柳川弁護士に電話がかかってきて、工事を同月一三日と一四日に変更したい、工事には柳川弁護士が立ち会う、工程等工事内容について注文を付けたい、そうでなければ印を押さない旨申し述べた。
(二) そこで、柳川弁護士は、前記和解において原告が工事の工程等について何ら注文や指示等をしないと約束したのに、これに反した要求をしてきたことから、直ちに湖山弁護士に対し、原告の電話の内容を伝えると共に、原告の和解に対する理解が不充分であるので説得してほしい旨のファックスを入れた。そうしたところ、平成一一年四月一二日、湖山弁護士から柳川弁護士宛に電話があり、目下のところ原告本人と連絡が付かない、翌一三日の工事の約束はしていないとのことであった。そのため、被告は、同月一三日と一四日、原告の下を来訪しなかった。
(三) その後、原告と湖山弁護士との間で意思疎通の齟齬等から紛争が生じ、紛議調整事件が第一東京弁護士会に係属するに至ったが、原告は、そのころから、被告に対して和解で取り決めた以上の内容の工事を要求するようになった。湖山弁護士は、平成一一年六月二四日、柳川弁護士に電話をし、原告との間で紛議となっていることを伝えると共に、弁護士会では原告を説得したい意向であり、そのため工事実施の協力をお願いしたい、工事の日程を三回分位予定し、施工業者名も知らせてほしいと要望した。そこで、被告側はこれに応ずることとし、同年七月一四日、被告の柳川弁護士らは、湖山弁護士宛に、被告側で把握しているこれまでの経過を記載すると共に、工事日程(同年七月二七日から三〇日までのいずれか二日間、若しくは同年八月三日から六日までのいずれか二日間)、施工業者名(柏原塗研工業株式会社)を記載した要望書を送付した。
(四) しかし、第一東京弁護士会での調整作業が失敗し、原告は、平成一一年八月一〇日ころ、湖山弁護士を相手に懲戒申立てを行うに至り、また、被告に対し、同月一二日内容証明郵便を送り、約束した工事をしないとして損害賠償を請求した。
なお、原告は、前記和解が成立した時点で、湖山弁護士との委任契約は終了した旨述べる(甲二九)。しかし、前記のとおり、和解においては、被告がなすべき工事の概括的な内容や費用負担は定まっているものの、工事の日程等は決まっておらず、実際の施工に至るまでの事後処理が残されていたこと、乙第一四号証によれば、原告は、和解成立後の平成一一年四月九日、湖山弁護士宛に、被告の対応に誠実さが欠け、責任施工ができるわけがないとして、慰謝料及び工事代金の請求をしてほしいなどと記載された内容証明郵便を送っていることが認められること、更に、原告本人の供述によれば、原告は、和解成立後、湖山弁護士に対し被告の行う工事の内容を知らせてほしいと要求したり、同月一三日に工事がなされることを期待して現場に待機していた際、湖山弁護士に随時連絡を入れたり、その後、湖山弁護士と紛議状態となったときも、同弁護士の下に度々相談に訪れたことが認められること、以上を考え合わせれば、和解が成立した時点で原告と湖山弁護士との委任契約が終了していないことは明らかで、原告が懲戒申立てを行うころまでは、和解の事後処理に関して委任契約が継続していたものというべきである。
3 右認定に鑑みれば、裁判上の和解成立の法的効力として、本件建物に関して、被告のなすべき工事は以後和解条項に定められたもの(前記和解条項(一)の屋上部分のサラセーヌ使用による防水工事、外部階段とALC外壁の接合部欠損箇所のコーキング材注入工事、同(四)の外階段の踊り場、踏み面部の塗り替え工事)に限定され、更に、和解条項記載のとおり、原告は、被告の施工について全面的に協力し、被告に対して注文、指示、損害賠償の請求等をしない義務を負ったことは明らかである。しかし、原告は、工事日程の変更はやむを得ないとしても、工事に相手方弁護士の立会を求めたり、工程等について注文を付けたい旨要求したり、和解成立後間もない時期から損害賠償の請求をする構えを見せるなどしたものであって、原告の右行為は、右和解の趣旨に悖り、和解条項で定められた義務に違反したものというべきである。
更に、原告は、被告が和解で定められた工事をしなかった旨被告を非難するが、被告は、弁護士を通じて、当時の原告代理人弁護士と日程等の打ち合わせを行っていたのであり、被告が原告の要求した平成一一年四月一三日と一四日に現場に行かなかったのは、原告の代理人弁護士から、原告本人と連絡が付かない、一三日の工事の約束はしていないとの連絡を受けたためであり、しかも、前記のとおり、それに先立って原告が和解の趣旨に反した要求を持ち出してきていたことに照らせば、被告が右両日に工事をしなかったのは当然であって、何ら非難すべき過誤はない。また、その後工事をしていない点も、原告が自ら委任した弁護士と紛争となり、かつ原告が和解で取り決めた以上の内容の工事を要求したり(本件訴訟においても、クロス貼り、鉄柱H型接ぎ、溶接、手すりの取り替え等、和解で取り決めた以上の内容の補修工事を要求している。)、損害賠償の請求をするようになって、円満に日程等を打ち合わせて施工をすることが不可能になったためであって、原告側に責任があり、被告に責任はないものというべきである。
4 以上のとおり、補修工事がなされないことから本件建物に幾多の不具合が広がっていることが伺え、原告にとって気の毒な事情もあるが、被告に債務不履行責任はないものといわざるを得ず、その他責任を問われるような事由は何ら見当たらない。
よって、原告の本件請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正之)