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東京地方裁判所 平成11年(ワ)2597号 判決

原告 玉井宏侑

右訴訟代理人弁護士 桜井健夫

同 上柳敏郎

被告 日興證券株式会社

右代表者代表取締役 金子昌資

右訴訟代理人弁護士 田中信人

右訴訟復代理人弁護士 石川雅巳

主文

一  被告は、原告に対し、金一六三四万四〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五五〇〇万円及びこれに対する平成一一年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、(1) 原、被告間のペレグリン債の売買契約が不成立又は錯誤若しくは証券取引法一五条二項違反により無効であることを理由とする不当利得返還請求権、(2) 目論見書交付義務違反を理由とする証券取引法一六条に基づく損害賠償請求権、(3) 説明義務違反・適合性原則違反を理由とする債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権のいずれかの請求権に基づき、売買代金相当額五〇〇〇万円と弁護士費用五〇〇万円との合計額である五五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者等

被告は、証券取引の取次等を業とする株式会社であり、榎本明夫(以下「榎本」という。)は、被告下北沢支店の投資相談課長、竹花万里子(現姓小林、以下「竹花」という。)は、同支店の投資相談課に勤務する従業員であった。

原告は、大正八年一二月生まれ(本件当時七七歳)の無職の男性であり、被告下北沢支店に取引口座を有していた。

2  被告によるペレグリン債の募集・販売

被告は、バミューダに設立され香港に本店を有する投資銀行であるペレグリン・インベストメンツ・ホールディングス・リミテッド(以下「ペレグリン社」という。)の発行する第一回円貨社債(以下「ペレグリン債」という。)を、募集・販売することになった。

右募集の要領は、次のとおりである。

券面総額   一〇〇億円

発行総額   一〇〇億円

各社債の金額 一〇〇万円及び一〇〇〇万円

申込期間   平成九年六月一七日から同月二七日まで

発行価格   額面一〇〇円につき一〇〇円

申込証拠金  なし

利率     二・六パーセント

払込期日   平成九年六月三〇日

利払日    六月三〇日及び一二月三〇日

申込取扱場所 引受人の本店及び国内支店

償還期限   平成一二年六月三〇日

登録機関   日興信託銀行株式会社

募集の方法  一般募集

引受人    日興證券、山一證券、新日本証券(以上幹事)

大和證券、野村證券、興銀証券、勧角証券

3  原告によるペレグリン債の購入

原告は、被告に対し、平成七年六月三〇日、ペレグリン債五〇〇〇万円分の購入代金名目で、五〇〇〇万円を支払った。

4  ペレグリン社の倒産

ペレグリン社は、平成一〇年一月一三日に香港高等法院に、同月一九日にバミューダ最高法院に、清算の申立てをし、いずれも同年三月一八日、清算命令が出された。

5  利金の入金

原告は、平成九年一二月三〇日、ペレグリン債の利金五二万円(以下「本件利金」という。)を受領した。

二  争点

1  原、被告間のペレグリン債の売買契約の成否

2  売買契約についての原告の錯誤の有無

3  証券取引法一五条二項の目論見書交付義務の有無

4  適合性原則違反、説明義務違反の有無及びこれらによる被告の債務不履行ないし不法行為による損害賠償責任の有無

5  損益相殺

6  過失相殺

第三争点に対する当事者の主張

一  争点1(売買契約の成否)

1  被告の主張

原告は、被告との間で、平成九年六月一七日、五〇〇〇万円分のペレグリン債(以下「本件ペレグリン債」という。)を買い受ける旨の売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。

2  原告の主張

原告は、リスクのない円建て外債の取得は承諾したが、ペレグリン債のように信用リスクのある証券の取得は承諾していなかった。したがって、原、被告間で、本件売買契約は成立していない。

二  争点2(錯誤の有無)

1  原告の主張

原告は、本件売買契約の重要事項である信用リスクの有無、内容、程度について誤信しており、かつ、その誤信の事実は被告に対し表示されているから、本件売買契約は、錯誤により無効である。

2  被告の主張

原告は、ペレグリン債に関する情報を電話や店頭での説明、目論見書の受領等により十分に提供を受けている。信用リスクの有無、内容、程度に誤信はなく、仮に誤信があったとしても、それは表示されていない。

三  争点3(証券取引法一五条二項違反の有無)

1  原告の主張

証券取引法一五条二項により、被告は、ペレグリン債を募集により取得させる場合には、原告に対し、あらかじめ又は同時にその目論見書を交付する義務を有していたところ、それを怠った。

したがって、本件売買契約は無効である。仮に有効であるとしても、被告は、原告に対し、証券取引法一五条二項、一六条により、原告の被った損害を賠償する責任を負う。

2  被告の主張

被告は、原告に対し、本件ペレグリン債の募集期間初日の平成九年六月一七日から同月二七日までの期間に、目論見書を交付している

四  争点4(被告の債務不履行又は不法行為の有無)

1  原告の主張

(一) 適合性原則違反

(1)  適合性原則

適合性原則とは、「投資勧誘に際して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて不適合な証券取引を勧誘してはならないとの法則」である。証券会社は、この原則に違反して顧客に損害を生じさせた場合は、それによる損害賠償の責任を負わなければならない。

(2)  本件における適合性違反

原告は、本件売買契約締結当時、七七歳で退職後一一年の無職であり、その投資目的は、原告夫婦の老後のための資金であった。被告社員の竹花は、こうした事情や、原告がリスクのある取引はこりごりと考え、安全運用の方針でいることを十分承知していた。

また、原告の資産は、預貯金のみであったところ、被告は、その資産のほぼ半分を本件に充てさせたものである。

原告の投資経験は、当初MMF、金貯蓄、国債、チャンスのみであったところ、そのうち榎本に誘導されて、社債、転換社債、株式投資信託、外債まで取引対象が広がった。株式やオプション、ワラント等デリバティブの取引はない。右のうち外債は、為替リスクを伴うものであったが、発行者は、フィンランド輸出金融公社、欧州投資銀行、欧州評議会民生基金、南オーストラリア州金融公社、カナダ・オンタリア州と、いずれも公共債であった。しかるに、竹花は、原告に対し、本件においては、香港の新興の私法人の債券を購入させたのである。

原告の右投資目的、財産状況及び投資経験等に鑑みれば、本件売買契約の勧誘は明らかに不適合である。

(二) 説明義務違反

本件売買契約の勧誘及び締結に当たって、竹花は、信用リスクについて告知、説明しておらず、また、証券取引法一五条二項所定の目論見書交付義務を履行しなかった。

竹花は、ペレグリン債が危険ではないかとの感覚を持ちながら、右リスクを告知、説明するどころか、買ってもらいたいので上手に説明したというのである。

したがって、竹花の勧誘には、説明義務違反の違法がある。

2  被告の主張

(一) 適合性原則違反

以下のとおり、本件ペレグリン債は、原告に適合する商品である。

(1)  本件ペレグリン債は、円建て債であり、原告が過去及びその後に投資した米ドル建てフィンランド輸出公社債(平成七年一〇月二六日買付)、円・豪ドル建て第一回欧州投資銀行二通貨債(同年一一月七日買付)、円・豪ドル建て欧州評議会民生基金二通貨債(平成八年二月一三日買付)、円・豪ドル建て南オーストラリア州金融公社二通貨債(同年三月二六日買付)、円・豪ドル建てオンタリオ州二通貨債(同年八月二九日買付)、円・豪ドル建てノバスコシア州二通貨債(同年一〇月二一日買付)、円・豪ドル建てスウェーデン国立住宅金融公社債(平成九年九月一二日買付)という外貨建て債と比較して、為替リスクがない。

(2)  本件ペレグリン債の格付けトリプルBプラスは、原告が過去に買い付けた為替リスクのない債券銘柄である第六回ジャスコ債(ダブルAマイナス)、第一回トーア・スチール債(トリプルBプラス)、第三回ナカバヤシ転換社債(トリプルB)、第五回CSK転換社債(トリプルBプラス)、第二回ニッショー転換社債(トリプルB)の格付け内容と同様なレベルであり、本件ペレグリン債だけが特別に低い格付けではない。

(3)  原告は、被告下北沢支店に口座を開設してから本件ペレグリン債を買い付けた平成九年六月一七日までの期間に、価格変動リスクのある「投資信託」、価格変動リスク及びデフォルトリスクのある円建て「社債」及び「転換社債」、為替リスク、価格変動リスク及びデフォルトリスクのある外貨建て「外債」及び「二通貨債」を投資対象とし、各銘柄に投資を繰り返しており、その投資知識及び経験は豊富である。本件ペレグリン債は、格付けトリプルSプラスの円貨建て債であり、原告の過去の投資銘柄の同一線上にある商品である。

(二) 説明義務違反

勧誘の経過は次のとおりであって、説明義務違反はない。

すなわち、竹花は、平成九年六月一七日の数日前ころ、ペレグリン債の起債概要に関する情報(銘柄、利率、発行単価、償還日、格付け、利払日、発行日、販売単位、募集期間等)を榎本から受け、原告に勧誘しようと電話したところ、原告は、「格付けがトリプルBプラスだったので、大丈夫だろうかと心配したが、利率が五パーセントや六パーセントではなく、二・六パーセントであり、為替リスクがないので安心と思い、二〇〇〇万円分を買いたい」と述べた。竹花は、「数に限りがありますので、あるかどうか確認してみます。」と言って、榎本課長に本社に確認してもらった上で、「二〇〇〇万円はお取りできました。」と回答したところ、原告から「五〇〇〇万円取れるようであれば買いたい」旨の申出があり、最終的に、額面五〇〇〇万円の買付注文予約となった。その後、竹花は、募集期間初日の平成九年六月一七日に募集買付の注文入力の処理をした。その前後に、原告は、被告下北沢支店に来店し、再度、本件ペレグリン債の商品内容の説明を竹花から口頭で受け、目論見書を郵送又は店頭で受け取っている。

五  争点5(損益相殺)

1  被告の主張

原告は、平成九年一二月三〇日、本件利金五二万円を受領している。

2  原告の主張

本件利金は、債務不履行又は不法行為の日から訴状送達の日までの遅延損害金の額に満たないから、損益相殺を考える場合の益として残る分はなく、請求している損害額に影響を与えない。不成立、錯誤の場合の不当利得額に関しても同様である。

第四争点に対する判断

一  前提事実

前記争いのない事実及び証拠(甲一、二、乙一ないし一六、一九ないし二二、二四ないし三九、証人小林、榎本、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  原告は、大正八年一二月に生まれ、専修大学の専門部を卒業後、昭和一九年に国策パルプ工業株式会社(退社時は山陽国策パルプ株式会社)に入社し、総務部、人事部、資材部等で勤務し、定年時には主席調査役であった。定年退職後の昭和五三年に住商石油株式会社に再就職したが、昭和六一年に同社を退職し、以後は無職となった。

原告は、横浜の宅地を売却して得た代金等を預金として有していたが、平成六年ころ、預貯金の金利が低下したことから銀行金利より利回りのよい商品を求め始め、被告下北沢支店に設けた自己名義(平成六年一一月二一日口座開設)及び妻名義(平成六年一月一八日口座開設)の口座を通じて、同支店との証券取引を行うようになった。

2  榎本は、平成六年八月から平成一〇年二月まで、被告下北沢支店において、投資相談課長の職にあった。その間の同支店における職員数は、五、六人程度で、来店顧客を主な対象として、投資信託、債券等を中心に扱っていた。竹花は、平成七年六月末ころから平成九年九月までの間、同支店に勤務していた者であるが、平成七年一二月一日以降、原告の証券取引を担当するようになった。

3  原告が、本件ペレグリン債を購入するまでの間、被告下北沢支店で行った原告名義及び原告の妻名義の取引の概要は別紙証券等取引目録(以下「別紙目録」という。)記載のとおりである。

4  原告は、前項の取引で購入した社債、外国社債、二通貨債、転換社債を、本件ペレグリン債を購入するまでの間に、次のとおり売却した。

(一) 平成七年一二月二七日、別紙目録一5(1) (購入日平成七年一一月二八日、購入額三〇〇万四二六八円)及び(3) (購入日平成七年一二月一五日、購入額一〇〇万九七五四円)記載の第三回ナカバヤシ社債を、四〇八万四九九四円で売却した。

右同日、別紙目録二3(2) 記載の第三回ナカバヤシ社債(購入日平成七年一一月二八日、購入額一〇〇万二〇九九円)を、一〇二万〇四七六円で売却した。

(二) 平成八年二月一三日、別紙目録一2(1) 記載の第六回ジャスコ債(購入日平成七年六月三〇日、購入額一〇〇万〇二三〇円)を、償還期限まで待たずに、九九万六三一一円で売却した。

(三) 平成八年七月一二日、別紙目録一3記載の米ドル建てフィンランド輸出金融公社債(購入日平成七年一〇月二六日、購入額六一一万六九八八円)を、償還期限(平成一〇年一〇月二六日)まで待たずに、六四二万七一九八円で売却した。

(四) 平成八年八月二七日、別紙目録一4(2) 記載の円・豪ドル建て第一回欧州評議会民生基金二通貨債(購入日平成八年二月一三日、購入額一五〇万〇一六四円)を、償還期限(平成九年二月一三日)まで待たずに、一五八万一八二一円で売却した。

右同日、別紙目録二2記載の円・豪ドル建て第一回欧州評議会民生基金二通貨債(購入日平成八年二月一四日、購入額二〇〇万〇二一九円)を、右償還期限まで待たずに、二一〇万九〇九五円で売却した。

(五) 平成九年三月四日、別紙目録一4(1) 記載の円・豪ドル建て第一回欧州投資銀行二通貨債(購入日平成七年一一月七日、購入額六〇〇〇万円)を、償還期限(平成一一年三月一六日)まで待たずに、七二五七万八四〇三円で売却した。

なお、原告は、右二通貨債の利金として、平成八年三月二九日に九三万〇六〇〇円の、同年一〇月四日に一四六万四〇〇〇円の各支払を受けていた。

5  原告は、第一回欧州投資銀行二通貨債の売却によって得た七二五七万余の代金について、うち六〇〇〇万円余を別紙目録一1(14)記載のチャンス三ヶ月C号の、うち一〇〇〇万円を同目録一6(2) 記載の「ダ・ヴィンチ」の、残り二五七万円余を同目録一1(12)記載の日興MMFの各購入資金に充てることとした。

右チャンスについては、その募集が平成九年三月二四日であったことから、原告は、とりあえず同月六日に別紙目録一7(2) 記載の金貯蓄を六〇〇〇万円で購入した。そして、原告は、同月一九日に右金貯蓄を六〇〇〇万六八五九円で売却して、この代金を右チャンスの購入資金に充てた。

6  原告は、第一回欧州投資銀行二通貨債の取引により利金を含め一五〇〇万円弱の利益を得たものの、利益が出たのはたまたま為替の状況が思うようにいったからで、うまくいかない場合のリスクも考えれば、今後は、為替リスクのない商品を購入した方がよいと考えるようになり、平成九年三月ころ、竹花にその旨を伝えた。このようなことから、竹花は、原告がリスクの高い商品をあまり好まない顧客であるとの認識を有していた。

7  ペレグリン債の募集開始日である平成九年六月一七日(火曜日)の前週に、被告本社から被告下北沢支店に、ペレグリン債の起債情報がファックスで流され、これを受けた榎本は、竹花らに対し、顧客にペレグリン債の購入を勧めるよう指示を出した。その際、榎本は、竹花らに対し、ペレグリン債についての情報が記載されている二、三枚からなる社内用資料を交付した。同資料には、ペレグリン債の募集条件が記載されていたほか、ペレグリン社の格付けがトリプルBプラスであることや、竹花クラスの職員が勧誘する場合には、上司と一緒に販売しなければならない旨の記載がされていた。この資料を顧客に見せたり交付したりすることは社内的に禁止されていた。

右以外にどのような記載がされていたかは証拠上明らかでないが、竹花は、右社内用資料を見て、ペレグリン債の信用リスクについて、大きな不安を抱き(竹花は、その尋問において、この点につき「(債券自体のデフォルトのリスクについて)凄く不安に思ったのは覚えています。」(証人調書一八頁)、「私は、その債券自体が危険じゃないか、という感覚を持った」(同四五頁)と供述している。)、原告に勧めてよいものかどうか迷いが生じた。そこで、竹花は、榎本にその相談をしたところ、榎本から原告に勧誘するよう指示が出たため、原告方に電話して、ペレグリン債の購入を勧誘した。原告を勧誘相手として選択した理由は、別紙目録一1(14)記載のチャンス六〇〇〇万円が、六月末に解約可能となり、その金員でペレグリン債を購入してもらえるとの判断があったからであった。

8  竹花は、原告に対し、電話で、ペレグリン債の募集が六月一七日から始まり同月二七日に終了すること、利率は年二・六パーセントであり、償還日は三年後であること、募集単位は一〇〇〇万円であること、円建てであるため為替リスクはないが、信用リスクはあり、ペレグリン社はトリプルBプラスに格付けされていること等を伝えた。原告は、この説明を聞き、右利率がチャンスの利率よりも有利である一方、信用に不安を抱かせるような五、六パーセント程度の利率にまでは至っていないなどといった点を考慮の上、ペレグリン債を購入することとした。原告は、当初は二〇〇〇万円分の購入を希望したが、その後の電話でのやりとりの中で、最終的には、五〇〇〇万円分のペレグリン債を購入したい旨、竹花に伝えた。

右電話でのやりとりの中で、竹花は、信用リスクについてはペレグリン社の前記格付けを説明するに止め、竹花自身が前記社内資料からその信用リスクについて大きな不安を抱いた根拠については説明しなかった。

9  竹花は、募集開始日である平成九年六月一七日、原告からの右購入依頼に基づき、注文伝票をコンピュータに入力する作業を行い、この時点において、原、被告間において、本件ペレグリン債の売買契約(本件売買契約)が成立するに至った。

10  その後、原告は、被告下北沢支店に来店し、竹花や榎本とペレグリン債についての話をしているが、榎本とは挨拶をした程度であり、竹花から受けた説明は、前記電話で受けた程度のものであって、この時点においても、竹花が前記社内資料からペレグリン債の信用リスクについて大きな不安を抱いた根拠についての説明は受けなかった。

11  竹花は、原告に対し、本件ペレグリン債の目論見書(以下「本件目論見書」という。)を、郵送又は店頭で交付したが、その時期は、本件売買契約成立日の後から募集最終日である平成九年六月二七日までの間であり、あらかじめ又は右契約成立と同時に交付したものではなかった。

12  原告は、平成九年六月二三日、別紙目録一1(14)記載のチャンスのうち、五〇〇〇万円分を売却し、この売却代金により、同月三〇日、本件ペレグリン債の購入代金五〇〇〇万円を支払った。

13  ペレグリン債は、円建ての商品であるため為替リスクはないが、信用リスク(デフォルトリスク)のある商品であって、本件売買契約当時、日本公社債研究所の格付けでは、トリプルBプラスにランクされていた。日本公社債研究所のトリプルBの格付けは、「一般的投資対象としての安全性は十分あると判断するが、絶えず注意していかなければならない要素を持っている」を意味するとされている。

原告がペレグリン債以前に売買した債券で、ペレグリン債と同様に為替リスクはないが信用リスクがある銘柄としては、<1>第六回ジャスコ債、<2>第一回トーアスチール債、<3>第三回ナカバヤシ転換社債、<4>第五回CSK転換社債、<5>第二回ニッショ-転換社債がある。右各銘柄の各買付時点における格付は、<1>がダブルAマイナス、<2>がトリプルBプラス、<3>がトリプルB、<4>がトリプルBプラス、<5>がトリプルBであった。

14  本件目論見書の「第一部 証券情報」の「第2 事業の概況等に関する特別記載事項」には、ペレグリン社の事業経営上のリスクについて、次のような記載がされていた。

(一) 当グループの業務成績は、香港及び中国の経済状態並びにその他の条件(中国の香港に対する主権の行使)によっては不利な影響を受ける可能性がある。

(二) 当グループのすべての業務は実質上アジアの金融市場にあるところ、日本を除く同市場は未開発で、北米やヨーロッパの市場と比較して変動が激しく大幅に遅れた段階にある上、アジア諸国政府の為替管理の規制の対象となる可能性がある。

(三) 当グループの事業はすべての面において激しく競争的で、競争企業の多くは当グループよりはるかに多大の資本等の資源、国際的影響力、香港外での知名度を有している。

(四) 当グループの直接投資の多くは、証券が公開取引されておらず市場において取引されるに至らない会社に対して行われるところ、そうした投資は将来的上昇を見込んでのものであり、当座は大きな収入を得られるものではなく、投資の将来的実現価値は、その時その時で大幅に揺れるおそれがある。

当グループは投資及びそのほかの自己取引も行っているが、これは当グループを各種のリスクの前にさらすものである。

(五) 本社債のもとにおける当社の債務は、実質上、子会社及び管連会社の現存及び将来のすべての債務に劣後し、子会社及び関連会社の債権者による同主体の資産に対しての権利請求は、当社及び本社債の所有者を含む当社の債権者による権利請求よりも優先される。

(六) 当グループのアジアにおける新市場への拡大は、地域的協力者とのジョイント・ベンチャーを通じて行われるもので、一定のコミットメント及びリスクを伴い、同市場においてはジョイント・ベンチャーの協力者側に大きく依存している。

(七) 当グループの今後の成功も会長及び業務執行取締役等の専門家の当グループへの参加に大きく依存するが、香港、中国等のアジア金融市場における専門家取得の競争は特に激しく、当グループに雇われた従業員はいつでも当グループを去ることを選択できる。

二  争点1について

平成九年六月一七日、原、被告間で、本件売買契約が成立するに至ったことは前記認定のとおりである。

原告は、ペレグリン債のように信用リスクのある証券の取得は承諾していなかった旨主張するが、原告が五〇〇〇万円のペレグリン債の購入を依頼し、被告がこれに応じることによって本件売買契約が成立するに至ったことは前記認定事実より明らかであって、原告が右ペレグリン債の信用リスクをどのように認識していたかは、本件売買契約の成立を左右するものではない。

三  争点2について

原告が、竹花から、ペレグリン債が信用リスクのある商品であること及びペレグリン社はトリプルBプラスに格付けされていることの説明を受けていたことは前記認定のとおりであるから、原告は、ペレグリン債が信用リスクを有する商品であることを認識していたというべきである。したがって、その認識がなかったことを前提とする原告の主張には理由がない。

また、本件売買契約を締結するに当たり、原告が信用リスクの内容、程度について具体的にどのように誤信していたのかという点についての主張、立証はなく、原告の誤信が被告に表示されていたことの立証もないから、錯誤の主張には理由がない。

四  争点3について

1  竹花は、原告に対し、本件目論見書を、郵送又は店頭で交付したが、その時期は、本件売買契約成立日である平成九年六月一七日(募集開始日)の後から募集最終日である同月二七日までの間であり、あらかじめ又は右契約成立と同時に交付したものではなかったことは、前記認定のとおりである。

なお、原告は、その尋問において、本件目論見書の交付を受けていない旨供述し、甲第二号証(原告の陳述書)中にも同趣旨の記載部分があるが、竹花は、その尋問において、郵送か店頭かまでは覚えていないが、目論見書を渡したことは間違いない、本件ペレグリン債以外の原告との取引においても渡すべき書類はすべて渡している、渡した書類の中には、原告から読んでもわからないからとの理由で返されたものもあるとの供述をしているのであって、竹花の右供述に照らすと、原告の右供述及び甲第二号証の右記載部分をそのまま信用することはできない。

2  証券取引法一五条二項は、証券会社が債券の募集をする場合には、購入者に対し、発行会社作成の目論見書をあらかじめ又は同時に交付しなければならないとしているところ、右認定事実によれば、被告が右条項に違反したことは明らかである。

もっとも、証券取引法一五条二項をもって、これに違反する私法上の契約の効力を無効ならしめる規定と解することはできないから、本件売買契約が同条項違反により無効である旨の原告の主張には理由がない。

また、原告は、被告が同法一五条二項、一六条に基づく賠償責任を負う旨主張する。しかしながら、被告が右賠償責任を負うためには、同法一五条二項の違反行為と原告が被った損害との間に相当因果関係があることを要するところ、証拠(甲二、乙二四、証人小林、榎本、原告本人)及び前記認定事実によれば、原告は、被告との間の別紙目録記載の取引の際に、パンフレット、目論見書等の書類を交付を受けても(なお、原告は、その尋問において、これらの書類についても、本件目論見書と同様に、その交付を受けたことがないとの趣旨の供述をするが、右供述は信用できない。)、これを精査した上で、購入するかどうかを決めるというタイプの顧客ではなく、竹花ら被告従業員の口頭での説明を聞いた上で、購入するかどうかを決めるタイプの顧客であったこと、原告は、本件売買契約を締結するに当たっても、竹花の説明のみでペレグリン債の購入を決めており、事前に、本件目論見書の交付を要求したわけではないことが認められるのであって、右認定事実に照らすと、被告が原告に本件目論見書をあらかじめ又は同時に交付したとしても、原告は、竹花の説明により、本件売買契約を締結した可能性が十分に考えられるというべきである。したがって、証券取引法一五条二項の違反行為とペレグリン社の倒産により原告が損害を被ったこととの間に、相当因果関係を認めることはできない。

五  争点4について

証券会社が、本件ペレグリン債のような信用リスクを有する債券の購入を顧客に勧誘するに当たり、購入を決定する上で重要な判断資料となるようなリスクに関する情報を有している場合には、証券会社は、顧客に対し、その情報を開示した上で、信用リスクについての説明を行うべき義務があるというべきである。

しかるに、竹花は、ペレグリン債についての情報が記載されている社内資料を見て、ペレグリン債の信用リスクについて大きな不安を抱いたが、本件売買契約を締結するに先立ち、信用リスクに関する事項について原告に説明したのは、本件ペレグリン債には信用リスクがある、ペレグリン社はトリプルBに格付けされている会社であるという程度であって、右不安を抱いた根拠に関する情報を開示した上での説明をしなかったことは前記認定のとおりである。証券会社の従業員が信用リスクについて大きな不安を抱く根拠となるような情報は、顧客にとっても、購入を決定する上で重要な判断資料となることは明らかであるから、被告は、前記説明義務の履行を怠ったと認めるのが相当である。もっとも、竹花が原告に対し、本件売買契約締結後に本件目論見書を郵送又は店頭で交付していること、本件目論見書には、ペレグリン社の信用リスクについて、前記一の14に掲げた記載がされていることは前記認定のとおりであるが、本件目論見書の交付時期が本件売買契約締結後であることや、竹花は、本件売買契約締結後においても、同人が抱いた不安の根拠となった情報に関する説明をしていないことに照らすと、本件目論見書を右のとおり交付したことをもって、前記説明義務を履行したことにはならないというべきである。

そして、前記認定のとおり、平成九年三月ころ、原告は、竹花に対し、今後は為替リスクのない商品を購入したい旨を伝え、竹花も、原告がリスクの高い商品をあまり好まない顧客であるとの認識を有していたことからすると、前記説明義務が履行されていれば、原告は、竹花と同様にペレグリン債の信用リスクについて大きな不安を抱き、本件売買契約を締結しなかった蓋然性が高いものと認められるから、被告の前記説明義務違反と本件売買契約の締結により原告が被った損害との間には相当因果関係が存すると認めるのが相当である。したがって、被告は、原告に対し、債務不履行による損害賠償責任の履行として、原告が被った損害を賠償すべき義務を負う。

六  争点5について

原告は、本件利金を、本件売買契約により取得したペレグリン債の利金として受領したものであるから、本件利金は、損益相殺の対象として五〇〇〇万円の損害金から控除されるべきである。

七  争点6について

前記認定事実によれば、原告は、本件売買契約を締結する以前においても、別紙目録記載のとおり、為替リスクのある証券や、信用リスクのある証券の売買を多数繰り返してきており、証券取引にリスクの伴うことは十分に認識していたこと、本件ペレグリン債についても信用リスクがあるとの認識は有していたこと、本件売買契約の対象となったペレグリン債は、五〇〇〇万円という高額のものであり、また、原告がこれまで購入したことのない外国の民間金融機関が発行する債券であったことは明らかであるところ、右認定事実に照らせば、本件売買契約の締結により損害を被ったことについては、原告にも過失が認められるのであって、損害賠償額を定めるに当たっては民法四一八条に基づき右過失を斟酌すべきであり、その過失割合は七割と認めるのが相当である。

八  結論

以上によれば、原告の請求は、債務不履行に基づき、売買代金額五〇〇〇万円から本件利金五二万円を控除した四九四八万円に七割の過失相殺を行った額である一四八四万四〇〇〇円と弁護士費用相当額である一五〇万円との合計額一六三四万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田俊雄 裁判官 土谷裕子 裁判官 新崎長俊)

別紙<省略>

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