東京地方裁判所 平成11年(ワ)27111号 判決 2001年7月02日
原告
A
同訴訟代理人弁護士
青木亮三郎
被告
三井倉庫株式会社
同代表者代表取締役
椎野公雄
同訴訟代理人弁護士
岡昭吉
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成一一年一〇月から毎月一五日限り、二〇万六七四三円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、一〇〇万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員として入社した原告が、延長された試用期間終了の際に、従業員として不適格と認められるとして解雇されたことから、解雇が無効であるとして、労働契約上の地位確認及び解雇後の賃金と商事法定利率による遅延損害金の支払いを求めるとともに、被告の社員が適正な指導をせず、かえっていじめや無視等をした上でなした違法な解雇は不法行為に該当するとして、慰謝料一〇〇万円の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 被告は、倉庫業を営む会社である。
原告は、平成一一年三月、大妻女子短期大学英文科を卒業した後、同年四月一日、被告に採用され、見習期間を三か月として、関東支社深川トランクルーム事務所(以下「深川事務所」という)に配属された。
深川事務所には、荻原勝昭所長(以下「荻原所長」という)、米川昇(以下「米川」という)、原告の指導担当であった宮下恵美(以下「宮下」という)らが配属されていた。
(2) 被告は、原告に対し、同年六月二五日、その勤務状況に以下の難点があるとの理由で、同年七月一日付けで本採用とするには不適格であるとして、同年七月一日付けをもって、見習期間を二か月延長する旨命じた(書証略)。
ア 事務処理能力の欠如
<1> データの入力・集計・管理、作業員への配送指示等の業務において単純な間違いが多く繰り返されている。
<2> 上記間違いに対する是正指導にも本人の意識が希薄であり、業務の必要上必要なメモも取ろうとする姿勢が見られない。
<3> 業務マニュアルを渡し指導しているが、業務手順が覚えられず業務処理に時間を要している。
<4> 業務で理解できないことがあるにもかかわらず、他職員に相談、質問もせず上司の指導にも耳を傾けず我流を通し間違いを犯している。
イ 原告の事務処理能力では同人のフォローに他職員が多大な負担を要している。
ウ 現職場への配属以来、再三に亘り教育指導、監督を繰り返し行ってきた結果、現在は業務に取り組む態度等においては改善傾向が見受けられるが、基本的な事務処理能力は改善していない。
なお、同年四月一日から六月末日までの間に発生した原告の作業ミスは次のとおりである(書証略。以下「当初期間中のミス」という)。
<1> 三井信託銀行株式会社(以下「三井信託」という)の帳票発送業務で、出荷依頼書に基づく入力の際、出荷先・品名を再三間違えた。
<2> 在庫データを誤って何度も削除した。原告には誤操作したという認識はなかった。
<3> 帳票運送料の基礎となる一件ごとの配送料の記載間違いにより、集計表の一括精査の時点で訂正したことが再三あった。
<4> 帳票発送手段は郵便、自社便、宅急便、三井信託扱いと四種類あるが自社便とすべきところ、宅急便を手配した。
<5> 配車表の入力もれが再三あった。入力したとすれば、データの保存処理がなされず、データが消えたものである。
<6> 帳票のプリントミスにより「再発行処理」をすべきところ、再度「出庫処理」をしたため、在庫が二重に落ちた。伝票は破棄されていたが精査の時伝票番号が欠けていることに気付き、本人に確認して誤処理の事実が判明した。
<7> 帳票の出庫入力の際、誤入力したデータを訂正するための操作段階で、在庫品の品名を削除したため在庫も削除された。
<8> 月二回の帳票在庫表の配付先を間違えた。
<9> 保存文書について、被告厚木事務所、深川事務所に対する依頼票の判別ができないため、配送依頼票が顧客の間違いで他方の事務所に送られたときの処理ができない。
<10> 被告厚木事務所と深川事務所に対する保存文書の依頼書が入庫依頼なのか出庫依頼なのか判別できないことがある。
<11> 本店分(月、水、金に集配送)、支店分(配送依頼票がFAXで到達した翌日に集配送)の保存文書集配送日が定められているのに、無視して手配をした。支店分を本店の配送日に配送指示したため配送日が遅れた。
<12> 保存文書の出庫依頼でカートンとファイルの区別が分からなくなるときがある。本店分として保管している文書はカートンのまま配送することがあるほか、カートンを開けて中のファイルを取り出して配送するときもあり、配送依頼票にその旨の指示がある。カートン単位の依頼であればカートン番号、ファイル単位の依頼ならばカートン番号とファイル番号を入力することになる。もし、原告がファイル単位の依頼に対し、カートン単位の持出しの入力をした場合、在庫が全部消滅の処理となる。
<13> 保存文書で部署コードを誤入力したので削除するよう指示したところ、別カートンを削除した。たまたま同一入庫日のカートンであったので上司が気付いた。これ以外のカートンを誤って削除すると、棚卸しまで発見できない。
(3) 被告は、原告に対し、就業規則一二条3項に当たるとして、同年八月三〇日付けの解雇通告書(書証略)により、同月三一日付けで解雇にする旨通告し(以下「本件解雇」という)、そのころ、解雇予告手当として、合計二二万三四〇〇円を支払った(書証略)。
解雇通告書には、本件解雇の理由について、要旨<1>採用後の勤務状況をみると、軽易な事務をしばしば間違えること、その間違いに対する反省の意思及び改善の意欲が認められないこと、業務マニュアルを手交しているにも拘わらず、実務の流れとの関係を理解できないことなど、当社の従業員としての適格性に疑問があったことから、試用期間を延長したこと、<2>見習期間延長後も、勤務状況が改善されることがなく、かえって、帳票の配送業務につき相手の社名がなぜか変更されている、配送先の社名に発注者の社名を書き加え、誤りを指摘すると正規の配送先と異なる名称を付記する、単純な契約番号入力作業に際し入力漏れや入力ミスが著しく多いなど多くの作業ミスが判明し、本採用が困難である事情が明確になっていること、<3>作業の結果が文書化されていないものについては、原告の作業をいちいちチェックしないと不安があり、また機密文書を誤って他の第三者に送付して問題となる可能性が否定できないこと、<4>原告の業務に不信を抱く職員もあり、職場秩序の観点からも度外視できないことと記載されていた。
なお、同年七月一日から本件解雇までの間に発生した原告の作業ミスは次のとおりである(証拠略。以下「延長期間中のミス」という)。
<1> 七月二日
配送用伝票の作成もれ。帳票の送付状をコピーして受領書として使用するが、原告がこの受領書を作成しなかったため、これに基づいて作成する配車表も未入力となった。
<2> 七月五日
三井信託目黒への納品について配車表への入力もれ。入力したとすればパソコン操作の保存処理を怠った。過去同種のミスが何回もあった。
<3> 七月五日
配送用伝票作成枚数不足。宅急便で発送する帳票は貨物の個数分の配送伝票を作成するが、原告の作成枚数が不足していたので現場作業員が手書きした。手数がかかることと、宛先の記載違いの原因になる。
<4> 七月五日
伝票の誤作成。銀行が持出している保存文書箱を返戻しない旨の通達があったときは、コンピューターに当該文書の保管契約の解約入力処理を行う。原告は通常の貸出業務と誤解して倉庫現場に貨物の移動があったような指図をしようとした。
<5> 七月五日
出荷指図書の誤指図。顧客が持出し中の保存文書箱なのに顧客が誤って再度持出しの依頼をしたとき、原告は持出し中であることを確認したのに、現場へは持ち出しの指図をした。しかし現場では在庫がないので調査を求めたところ、自分の判断で勝手に顧客からの返却の指図書に変更し、集配車が顧客のところへ引き取りに行ってミスを指摘された。
<6> 七月六日
配送先の誤入力。帳票の配送先は特別指定がない限り、入力されたコードで引き出せるにもかかわらず、原告は、それをせずに、納付書の宛先を東京互光株式会社宛とすべきを、取引例のない日本光株式会社と誤入力し、納付書を見て作成する配達表には、さらに間違った日本光琳株式会社と誤入力した。なぜそのような入力をしたのか本人に聞いても、覚えがないとのことであった。
<7> 七月六日
在庫管理を委託された顧客が持出しの指図をしたが、原告は持出日の入力を忘れて記憶にもなかった。原告作成の受領書を探して精査のため、在庫確認をしたところ、持出日の未入力が確認された。原告は自分が作成した受領書を見せられて初めて入力を忘れたことを認めた。
<8> 七月六日
出荷指図書の誤指図。三井信託の支店については、カートン番号が漢字のため、アルファベットに変換して入力している。原告は変換間違いで別のカートンを指示した。
<9> 七月一二日
休暇届の誤記載。回覧で周知ずみのメモリアル休暇届を、リフレッシュ休暇で届出た。訂正を指示したためメモリアル休暇届を出したが、日付を出張欄に記入したので再訂正させた。
<10> 七月一三日
顧客(野村健保組合)に渡す納品書に、社内向け出庫承認印(出庫指図書にだけ押印すべきもの)を押した。顧客に渡す伝票に社内用の決裁印を押してはいけない理由が理解できない。
<11> 七月一三日
配送運送会社を誤選択。名鉄運送宛の帳票は、三井信託便で発送する定めであるのに、宅急便で手配した。費用面だけでなく、三井信託との合意に反する。配送についての注意事項は、マニュアルに記載して交付してある。
<12> 七月一四日
入庫確認なくして入庫処理。帳票の入庫入力は、現場が貨物を確認した記載がある納品書を確認してから行う原則なのに、確認なくして入庫処理をした。従前同様のミスがあり、ある時は入庫のFAXオーダーだけで入庫入力をした。
<13> 七月一四日
配送日の誤手配。当日届けの三井信託の緊急便を二日後発送の手配をした。
<14> 七月一五日
出庫日を一日遅れた日で入力。野村健保は一五日、三信リースは一六日の作業日オーダーを二件とも一六日の作業で入力した。
<15> 七月一五日
配送先の誤入力。配送先につき特別の指図がされているのに、コード通りで入力し、訂正後の宛名も、社名の前に部署名があり一般常識に反する記載になっている。
<16> 七月一六日
入庫データの誤入力。三信リースの入庫データ入力八四四件の内、五六件の誤入力、入力もれがあった。なお、原告は自ら残業をして訂正作業を行っていたが、大村は原告の作業及び自己点検が終了した後に再点検するとなると当日中に完了しないと判断して原告を帰宅させた。
<17> 七月二一日
両事務所の入庫区分の誤り。被告厚木事務所の入庫分は、すべて深川事務所を経由しており、厚木事務所が現品入庫を確認した時点で厚木分へ入庫入力すべきところ、深川事務所到着時点で厚木分の入庫入力をした。
<18> 七月二二日
三井信託銀行寄託書類に関し、返却依頼を持ち出し依頼と誤って出庫指示。持ち出し依頼の場合は必ず在庫照会をして貨物の保管場所を確認した上で保管場所を依頼票に記載して倉庫に回すことになっており、これをすれば貨物が存しないことが判明するにもかかわらず、気付かないまま出庫指示した。
<19> 七月二三日
ファイルの出庫指示をカートンの出庫指図として誤入力。
<20> 七月二六日
カートンの出庫指図をファイルの出庫指図として誤入力。
<21> 七月二七日
照合用指図書コピーを照合せずに廃棄しようとした。厚木事務所分の返却依頼書によって現場に集荷するよう指示し、間違いなく集荷されたか確認するため、集荷依頼書に現場の入庫確認印のある報告書を受領して依頼書のコピーと照合し、入庫確認後に依頼書のコピーを破棄する扱いであるのに、入庫確認前に破棄しようとした。
<22> 八月二日
配送先の宛名誤記。配送先を岡崎労務管理事務所西村様宛と指定されたところ、発送依頼書である富士ゼロックスシステムサービス株式会社と岡崎労務管理事務所西村様を併記した。誤りを注意すると今度は岡崎労務管理担当事務所西村様と誤記した。
<23> 八月二日
依頼書に必要事項未記載。顧客が会社宛てに作成送付した依頼書の題名を変更して、会社の納品書、受領書に使用するが、納品書として使用する際に、会社名及び所在地、受領書として使用する際の受取り印欄(受領文言と日付、受領した社名等)の記入を欠落した。配車担当者が気付いて補正した。
<24> 八月二日
出庫を入力する際、在庫不足の場合、警告音とメッセージが画面に表示される。原告はこれを無視して入力したのでマイナス在庫となった。原告は作成された納品書の在庫がマイナスであったので気が付いた。
<25> 八月三日
貨物返却依頼書(作業依頼書)に貨物の格納場所(キャビネット番号)を記入して指図しなければならないのに、これを記入しないで指示したため格納場所不明として作業員から戻された。
<26> 八月六日
帳票送り先ミス。三井金属鉱業株式会社が発注者で、送付先が三井金属スタッフサービス株式会社であるのに、送付先宛名欄に両社を併記した。
<27> 八月六日
三井信託の文書保存箱の配送依頼のミスのフォロー不足。三井信託の国際企業企画グループから一六時過ぎに緊急・通常・閲覧の指示(書証略)がないオーダーが流れてきた。本来ならば、発注者に問い合わせて、相手方のミス(緊急の表示もれ)をカバーする必要があるのに、勝手に通常配送日の一一日手配を指示した。
<28> 八月六日
宛先シールのミス表記。ジオトップの送付シールで、宛先の4Fが47Fとなっていた。
<29> 八月一〇日
精査用書類の不足。書類の入庫の精査の際には、入庫報告書、送り状、保存書類作業依頼書が必要であるが、三信リースの入庫の際、この送り状を付けないで精査にまわした。送り状がないと書類の保存期限の確認がとれない。
<30> 八月一〇日
精査時の受領書なしと保存箱の請求入力ミス。各社の保管台帳には、当日の入出庫の動きを記載し、証拠となる受領書とともに精査している。野村證券健康保険組合の保管台帳に文書保存箱三〇枚売上の記載があったが、証拠となる受領書が一緒についていなかったので、原告に差し戻した。その結果、原告は三信リースの保存箱の請求を野村證券健康保険組合で入力していたことも判明した。
<31> 八月一一日
廃棄の精査用書類の不足。原告は廃棄報告書と会社保管の保存切れ報告書控しか提出せず、三信リースの承認印のある保存切れ報告書を廃棄報告書に付けなかったので正しく廃棄指示がされているか確認できなかった。
<32> 八月一二日
宅急便の料金B・L(ビジネス・レター)六八〇円を一般料金七五〇円で一覧を作成してきたので訂正を指示した。すると一覧表の個別の数字は訂正したが、合計を訂正しなかった。
<33> 八月一二日
帳票発送もれ。八月一〇日発送分の帳票につき、一欄分の発送が抜けていた。顧客に指摘されて発送もれが判明した。
<34> 九月二四日、保存文書の取り出し依頼があり、コンピューター上は在庫があるので、出庫の指示をしたが所定の場所に存せず、職員及び現場作業員が長時間探したが見つからなかった。結局、原告が七月二日に持出し依頼票により出庫したが、出庫入力を怠り、しかも深川事務所で保管すべき依頼票を厚木事務所に送付していたことが原因であった。
(4) 被告の就業規則は、次のとおり定めている(書証略)。
(見習期間)
一二条
1項 前条に定める新規採用者は、原則として満三か月の見習期間を経た後、正式に採用する。ただし、特別の事情がある場合は、見習期間を短縮もしくは延長し、またはこれをおかないことがある。
3項 第2項の見習期間は試用期間とし、試用期間の途中において、またはその終了に際して、従業員として不適格と認められる者は解雇する。ただし、入社後一四日を経過した者については、第五三条(解雇)及び第五四条(解雇予告及び解雇予告手当)の手続によるものとする。
4項 見習期間を終えて本採用された者は、当該見習期間について勤続年数に通算する。
(解雇)
五三条 従業員が次の各号の一に該当するときは解雇する。
3号 第一二条(見習期間)の者について、従業員として不適格と認められるとき。
(解雇予告および解雇予告手当)
五四条
1項 会社は、前条により従業員を解雇する場合は、少なくとも三〇日前に予告するかまたは三〇日分の平均賃金を支払う。この場合において、平均賃金とは、労働基準法第一二条の規定による平均賃金をいい、会社は、平均賃金を支払った日数だけ解雇予告日数を短縮する。
2項 次の各号の一に該当するときは、前項の規定を適用しない。
3号 第一二条(見習期間)の者について、一四日以内に採用を取り消したとき。
(5) 原告の平均賃金は、本件解雇前の三か月間で月二〇万六七四三円であり、被告における給与は、毎月末日締め、同月一五日支払である。
2 主な争点
(1) 本件解雇の効力
ア 就業規則上の普通解雇事由の存否、すなわち、原告の作業ミス等が「従業員として不適格と認められるとき」に該当する程度のものであるか。
<1> 被告の主張
原告が入社当初に担当した業務は、三井信託銀行の帳票業務及び保存文書関係業務について、入出庫に関するデータのコンピューター入力、荷役会社への作業指示及び集配車予定表への翌日集配予定の入力、帳票に関する運送料請求資料の作成、並びに書類のファイリングである。いずれも貨物の流れに沿った業務であり、基本をマスターすれば容易な業務である。また、荻原所長から原告の個別指導担当者に指名された宮下は、原告に対し、仕事の処理方法に関するマニュアルを作成して交付し、これの該当箇所を示しつつ、その作業が全体の仕事の流れの中でどう位置づけられているかを教え、更に自分で補足、追記するよう指導した。しかるに、原告は、指導されたことを実行せず、そのため、原告は、単純な作業ミスを発生させた。これに対し、被告は、その都度それを指摘し教育指導をするとともに、宮下の他、荻原所長、米川や七月以降は一階から応援にきた大村所長代理も指導し、宮下も一階の金銭出納管理業務に配置された新入社員の指導担当者に指名された小針に相談しその助言を得て原告自身にマニュアルを作成させることなどを指導し、また、原告の業務内容を軽減するなどの措置を講じたにもかかわらず、原告はさらに単純な作業ミスを連続して発生させた。また、かえって、米川に対し不適切な発言をし、著しく集中力を欠いて処理に時間を要したり、考えられないような過誤を犯したりした。結局原告には、仕事を早く覚えようとか今後どうしたらミスが防げるかと反省する気持ちがなく、間違いに対する反省の意識が希薄で、業務に対する理解力が著しく劣っているにもかかわらず、上司及び先輩に相談、質問して理解しようとする意識が欠如しており、そのため原告が処理した業務は常に間違っていることを前提として上司や同僚が点検、精査する必要があり過度の負担をかけることになるうえ、精査しきれない範囲における処理ミスが、後日発覚した時点では、大きな問題となり顧客の信頼を失う、コンピューターのデータを誤って消去してしまい修復できない事態となる可能性もあった。
なお、宮下が原告のことを一度お嬢さんと呼んだことはあるが悪意によるものではなく、その他いじめの事実は全くない。
以上によれば、原告が従業員としての適格性を有さないことは明白である。
<2> 原告の主張
原告は、生来的に能力が劣っておらず、本件作業ミスはいずれも原告が初めての仕事に戸惑いながらも懸命に努力したにもかかわらず短期間のうちに仕事を覚えることができなかったため発生したもので、規律違反や被告に重大な損害を与えたというものではない。また、原告の作業ミス等の原因は、貨物の流れや被告、三井信託銀行及び同行の取引先の関係といった業務内容の基本を教えず、パソコン操作など事務処理方法だけを教えるといった不適切なものであった上、宮下中心の独自の雰囲気、人間関係を持つ深川事務所二階において、荻原所長、米川及び宮下からいじめ、無視等の仕打ちを繰り返し受けたことにある。さらに本件解雇当時、原告は業務内容等を理解することにより今後の改善が見込まれる状況にあった。したがって原告には上記解雇事由がなかった。
イ 本件解雇の意思表示は権利の濫用として無効となるか。
<1> 原告の主張
仮に、上記解雇事由が認められるとしても、ア<2>のとおり適切な教育指導をせずにいじめを通じて原告をそのような状態に追い込んだものであるから、本件解雇の意思表示は権利の濫用として無効となる。
<2> 被告の主張
原告は、上司らとの話合い内容を録音するという通常は行わないことをした。また被告は、当初の試用期間中に解雇することができたにもかかわらず、原告の反省を期待して期間延長し、その後も本人及び両親に自己都合退職を勧めるなどの配慮をした。本件解雇が延長された試用期間中のもので、被告に留保された解約権の行使であることも考慮すると、本件解雇は権利の濫用には当たらない。
(2) 不法行為の成否
(原告の主張)
被告の適正な指導をせず、かえって社員がいじめや無視等をした上でなした違法な解雇は不法行為に該当する。
(3) 慰謝料額
第三当裁判所の判断
1 事実関係
争いのない事実等、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、平成一一年四月一日、被告にもっぱら定型的な業務を行う担当職として採用され、同日深川事務所二階の四名(荻原所長、米川、宮下及び原告。なお、三月末までは女性の派遣社員一名がおり、四月中旬までは荷役会社からの出向社員がいた)で構成される書類等の保管部門に配置された。なお、深川事務所は、その他一階に八名(うち一名は入出金経理処理を担当する部門に配置された新規採用の女子社員である)で構成される家財等の保管部門、顧客が保管戸棚を利用するトランクルーム部門及びこれらの部門の入出金経理処理を担当する部門があった。原告は、パソコンの基本的操作については大学の情報処理の授業で学習していた。原告が、被告を選んだ理由は大企業で福利厚生がしっかりしており、女性が働きやすい職場であることにあった。原告は総務課、人事課に興味がありこれらへの配置を希望していた。
荻原所長は、同日、深川事務所において、原告の業務の指導を担当する宮下を同席させ、その旨紹介した上で、原告に対し、社会人としての心構え、仕事を早く覚えること、分からないことは何でも相談すること、見習期間中に仕事の出来具合を見ること等を説明した。
同所長は平成四年八月就任以来六名の新規学卒女子社員を受け入れ、教育指導に当たったが、業務については概ね一か月位で基本的なパターンを覚え三か月位で自立できる状況であった。宮下は、平成三年四月配置以来原告の前に三人の新入社員の指導を担当したが、問題は生じなかった。
同所長も宮下も上司からは人格的にも仕事の上でも評価され信頼されている。
(2) 原告は、当初、顧客としては三井信託一社のみに関する帳票(銀行の得意先に配布する得意先従業員用の退職年金加入通知書等)の入出庫に関するデータのコンピューター入力、荷役会社への作業指示及び集配車予定表への翌日集配予定の入力、運送料請求資料の作成、及び保存文書の入出庫に関するデータのコンピューター入力、荷役会社への作業指示、並びに書類のファイリングを担当した。これは(1)の荻原所長が教育指導に当たった新規学卒女子社員六名と同等程度の事務量であった。しかも、同銀行に関する帳票業務等の内容は、上記のとおりであるが、帳票業務であれば、オーダーがきて、それを電算入力して出荷指図書をプリントアウトしてそれを配送方法別に現場へ回す、保存文書であれば、同銀行から入庫、出庫及び同行の顧客からの返却などのオーダーが流れてきて、各依頼別にスタンプを押すなどして現場に回すというもので、単純なものであった。しかし、原告は帳票と保管文書に関する業務が混乱している状況であったため、同月中旬からは、同銀行に関する帳票業務のみを担当することになった。なお、その後五月からは進歩を期待して元の担当に戻した。
これに対し、米川及び宮下は、合計約一五〇ないし一六〇社について、帳票及び保管文書に関する業務を担当していた。
(3) 宮下は、同月初め、原告に対し、コンピューターの操作を一通り教え、また、原告のためにマニュアル(書証略。顧客からの貨物の移動に関する依頼票のコピー及びコンピューター入力画面のコピーをノートに貼り付け、必要事項を記載したもの)を作成し、数日後、原告に交付し、その際、仕事を覚える過程で、マニュアルに自分でわかりやすく追記するよう指導し、また、顧客から送付された作業依頼書に基づいて業務を行う過程でマニュアルを見て機械を操作しながら、実際の仕事の流れを含めて指導した。
そして、宮下は、原告に対し、業務を行うに当たり、マニュアルを見て作業内容を確認すること、理解できない点は質問し、指示を受けることを繰り返し指導した。
(4) しかしながら、原告は平成一一年四月から六月までの勤務において、当初期間中のミスを発生させた。
(5) 荻原所長は、四月下旬ころ、原告にミスが多かったことから関東支社本部へ行き東京を中心とする営業所に勤務する三百数十名の従業員の人事等の業務を統括する平沼関東支社管理センター室長に今までの新入社員とは異なり仕事上のミスが多く問題があると報告した。同室長は同所長に対し引き続きしっかり指導教育をするように指示した。同所長は原告に対し、同月末ころ、担当業務に対する理解を深める等の目的で、三井信託銀行の帳票業務の処理方法について、書面に整理して提出するよう求めた。原告はこれに応じて「帳票の処理方法」と題する書面(書証略)を提出した。同所長はこれを原告と共に検討し、その結果によれば、原告が業務について理解していると思われなかったので宮下らに対し原告に伝票の整理方法などについて最初から教えるように指示した。
(6) 荻原所長は、同年五月一三日、新入社員である原告他一名とそれぞれ面接したが、原告から仕事又は対人関係に関する不満は出なかった。また、そのころ、同所長は再度平沼室長に原告について進歩がない旨報告したが、同室長はまだ見習期間が一か月半あるので、指導教育をするように指示した。
(7) 原告は、荻原所長に対し、同年六月七日、仕事上の問題ではなく人間関係で辞めさせてほしい旨申し出たところ、同所長は、原告が、業務上のミスが多かったことから、将来に不安を持ち、勤務を継続することが難しいと考えた、あるいは担当した仕事が原告の考えと違っていたのだと思い、原告に対して特に退職を引き留めなかった。また、同所長はこのことについて平沼室長に報告し、同室長は本社人事部の並木室長と協議していた。
萩原所長が、原告に対し、同月八日、退職願の用紙を交付したところ、原告は、その日は持ち帰り、同月九日、同所長に対し、退職願(書証略)を提出した。退職願には、退職希望年月日につき「平成一一年六月一六日」、退職理由につき「いじめられた為」と記載されていた。
荻原所長は、原告に対するいじめの事実を現認したことがなく、また平沼室長の指示で大村所長代理及び米川らに事実関係を確認したが、いじめの事実が認められなかったので、平沼室長に報告し、相談した結果、事実と異なる退職願を受理することはできないとの判断に達した。
そこで、荻原所長は、原告に対し、同月一〇日、退職理由について訂正するよう求めた。また、いじめに関する事実を文書にして提出するよう求めたところ、原告は、翌日回答すると言い、退職願を持ち帰った。荻原所長は、原告に対し、翌一一日、再度いじめに関する文書を翌週までに提出するよう求めたが、原告は結局同書面を提出しなかった。
原告は、荻原所長に対し、同月一四日、「先日は相談したのに応じてくれなかったので、退職しません」と申し出た。
(8) 荻原所長及び宮下は連名で、米川は単独で、同月一〇日付けでそれぞれ原告の業務状況についての業務観察記録等(書証略)を作成し、関東支社に提出した。
米川は、原告について「米川が納得するまで質問せよと再三呼びかけているにもかかわらず、原告には反応がなく、同僚とのコミュニケーションがとれない状態で、先輩らの指導、教育を受け入れようという意識もなく、自分勝手なやり方で失敗することを繰り返している。混乱していても先輩に尋ねず、失敗を報告しないため、収拾がつかなくなる。直ちに報告しなければならないことをその都度説明しているにもかかわらず、ミス入力した出庫伝票の直し方が分からないので黙ってデータを消去することを数回繰り返しており、常にそばにいなければ顧客のデータが消去される危険がある。先輩二人が一五〇ないし一六〇社を担当している現状や業務に対して、全く興味を示さない。原告が現在処理している仕事が全体の中でどのような位置にあるのかを説明しても全く反応がない」と評価し、そのことなどを報告した。
荻原所長及び宮下は、この中で、当初期間中のミスの内容を具体的に指摘すると共に、「同<2>について、何回も理由を含めて指導したが、原告にミスをしたという認識がないために危機感が全くない。同<5>について、原告にミスをしたという認識がないために同じミスを繰返す。原告の仕事の達成度、スピードは普通の人の五〇パーセント位で、口頭での指図で忘れてしまったものは、聞いていないと発言する。五月に再度指導したことについて、本人は分かっているつもりでいるので、指導に対し不満を表情に出すようになった」などと原告に関する同人らの評価を報告した。
また、被告は、同日、原告の業務上のミスから事務量が増加したことなどに対する対応として、派遣社員である上田(旧姓川田)美幸を深川事務所二階に配置した。
(9) 荻原所長及び大村所長代理は、同月一七日、原告と面談した。
原告は、冒頭、面談の内容をテープレコーダーで録音することを許可するよう願い出たところ、荻原所長は、かつてそのような経験をしておらず、不快な思いをしたが、拒否はしなかった。
原告は、面談において、要旨<1>荻原所長に対し辞めさせてほしいと述べたのは、人間関係でやっていく自信がないので相談に乗ってほしい趣旨であったのに、同所長は、相談に乗るどころか、退職届をその場で書くように言った、納得できないから退職はしない、<2>いじめについては、仕事のミスをした時だけお嬢さんと呼ばれる、挨拶をしても挨拶を返してくれない、仕事上の指示がころころ変わる、会社に入社した時、縁故入社かとか、なんで入ったのかとか尋ねられた、与えられた仕事をどうして指定された日までにしなければならないか聞いたら、大変なのはあなただけではなく、前任者はもっと早く倍の仕事をしていたと言われた、二階は三人しかおらず、雰囲気が大変、先輩に恐くて聞けないことがある、<3>現在の仕事については、責任があり、やりがいは感じている、ミスを繰り返さないよう今後は努力する、仕事は、先輩に聞けないので、マニュアル通りには処理しているが、つい自分流に走ってしまい、ミスにつながったことがあった、最初に業務についての説明はすべて聞いているので、私が間違っているだけである、何度も同じことを聞いているので聞けないこともある、旨述べた。
これに対し、荻原所長は、学生ではないので、仕事に対して自分から積極的に取り組む姿勢が必要である、原告の業務上のミスを防止するために、他者が原告の業務を見直ししなければならない状況にあることを理解してほしい、状況に応じた業務処理をしなければならない、責任をもって仕事をするなど述べて、指導した。また、宮下に対してはお嬢さんという呼び方はしないようにと話した。なお、同所長が同日作成した面談記録(書証略)には、原告の最近の態度として、自分から挨拶をし、ミスがあればあった事を素直に認め申し訳ないというようになったと肯定的な評価が記載されている。
(10) その後、原告は指導された事項をメモに取るようになったが、それが業務に生かされないので、宮下らは、ノートの整理方法について、付箋を付けること、ラインマーカーの色を変えること、不明な点を整理して先輩や上司に質問することを指導した。また、宮下は、一階の小針に相談した上、宮下が作成したマニュアルでは分からないなら自分でマニュアルを作成することを指導した。宮下は、原告のミスについて、小さなものは別として、その都度指摘していたが、原告には間違えたという認識がないことが度々あった。宮下は、以前に説明したことも繰り返して指導したが、その際に前に教えた旨、どうしたのか答えられないときに「少し自分で思い出してみて」と述べ、既に経験した業務についてはマニュアルを見て自分で確認するように指導したことがあるが、その趣旨は自分で考えさせるなどの配慮によるものであった。このほか、原告が先輩の米川に対し同人から二週間で完了するように依頼された保存期間切れ文書のファイル作成について「この書類がどれ位の量があるか分かっているのですか。私もこの仕事だけしている訳ではないのですから」と強い口調でいったときに、宮下が「忙しいのはあなただけではない」などと、世間話で「原告の出身学校の先輩は余りいない」と言ったり「なぜうちの会社を受けたか」と尋ねたりしたことがあった。
(11) 平沼室長は、荻原所長から報告を受けるほか、六月下旬頃宮下から直接事情を聴取した。この間に、被告は、原告の雇用について事情を調査し検討した結果、従業員として不適格であることは明白であり、直ちに解雇すべきであるとの意見もあったが、もう一度チャンスを与えて成長の可能性をみるべく見習期間延長の決定をした。そこで、見習期間延長の辞令を交付するため、六月二九日原告を(証拠略)荻原所長とともに関東支社に呼び出したところ、原告は会話を録音させるように申し出た。
荻原所長は、原告の適性を試すべく仕事の種類を増やす意図で、七月中旬からは、原告の担当業務に三井信託の他、荷動きの少ない三社を加え、保存切れ報告書の作成を命じた。また、月に一度土曜日に一階の受付をさせることにした。他方七月から、一階にいた大村所長代理を二階に配置し原告の作業をバックアップさせた。
(12) しかしながら、原告は平成一一年七月から八月中旬までの勤務において、延長期間中のミスを発生させた。
(13) 延長期間中のミスのうち、<13>は顧客との信頼関係を著しく損ない、取引中止の可能性も生じうる。ただし、三井信託の帳票業務は常に精査する態勢を取っている。<26>は常識的には考えられないミスである。また、<1>は配送遅延の恐れがあり、<4>は倉庫現場の混乱を招き、<6>についても本人にミスをした認識がないということは原告の作業結果に対する不安を招くものである。<8>は誤配送の恐れがある。その他にも、被告は、原告について、顧客からの作業依頼書について誤った処理をすることによりその信頼を失い取引中止の可能性も生じうること、入力操作で誤ってコンピューターのデータを削除されると後に修復できないこともあり得ること、原告の作業のチェックのため上司及び同僚に負担がかかること、現場の荷役会社の作業員への指図を度々間違えることによって、作業員が作業依頼書を信用しなくなること、事務所のデータと現物の在庫が合わないことにより現場の混乱、無駄な労力を必要とすること(<34>)、これによって、時間外手当の支払による損害が生じ得るほか、他人のミスによって他の者が多大な負担を被ることが常態化することによって職場規律が乱れるといった非常な不都合を生じると判断していた。
(14) 延長期間中のミスのうち、<6>について、米川は、原告に対し、書類を見直して、このような誤りをしないよう指導したが、原告は、誤りをしたことを覚えていない様子であった。<7>についても、同じく、誤りを指摘したが、原告が覚えていない旨答えたので、作業手順を改めて説明し、コンピューターのみで管理する事項なので、特に注意するよう指導した。<8>について、同様に、誤りを指摘したところ、原告は、誤りの理由と留意点について納得した様子であった。その他、米川は、ほとんどのものについて、その都度誤りを指摘し、具体的に指導した。それにもかかわらず、米川の見るところでは、原告には業務を覚えようとする姿勢が見られず、同僚等に相談することなく勝手な処理をしてミスを繰り返す点の改善がなく、その作業結果は文書化されない個々の操作についても点検をしないと不安があり、誤配送により大きな問題を生じることが懸念される状況であった。
宮下は、原告のミスの原因について、注意力や慎重さに欠け、仕事を覚えミスをなくそうという改善努力がなかったと評価している。
荻原所長は、原告について、<1>間違いが多いうえ、同じミスを繰り返す、<2>上司及び先輩に相談、質問せずに独自の判断で処理をする、<3>一般常識に欠けることから、原告については仕事になれることによってミスが解消することはないと判断して、八月三日付の観察記録(書証略)提出時点で他の部署での勤務を含めて被告従業員として不適格であると上司に報告した。また、原告が処理した業務について、常に間違っていることを前提とした点検、精査が必要とされるうえ、精査できない範囲における処理ミスが生じ、後日発覚した時点では、顧客等の関係で対応できない問題を生じるおそれが大きいと判断した。
(15) 被告は、八月一二日頃、原告について解雇通告書記載の理由と同様の理由で、本人に自己都合による円満退社を勧告した上でこれに応じない場合には解雇することを決定した。これを受けて平沼室長は八月一六日原告に対し同趣旨を伝えたが、原告ははっきりした回答をしなかった。そのため、同室長は八月一八日両親に面談して解雇理由を含めて説明したが、いじめがあったから仕事ができなかったもので退職には応じられないとの回答であった。そのなかで、原告は面談内容を録音する理由について会社の人間が信用できないからであると説明した。
以上の認定事実に対し、原告は、ミスの指摘を受けていないと供述するが、その根拠はミスをしたり指摘を受けたりした記憶がないという点にあるところ、原告は認識がないままミスをし、指摘を受けてもミスをしたという認識がないことがあり、また、多数のミスを繰り返していることから、特定のミスについて記憶がないからといって上記の供述は採用できない。また、原告は、荻原所長に退職を申し出たことはないと供述するが、同所長から退職届を作成するように指示されても退職の意思がないと主張せず、結局退職届を作成して提出していることに照らして採用できない。上田美幸の陳述書(書証略)は、伝聞や具体性に欠ける部分が多く、これを否定する趣旨の証人宮本らの供述に比べて採用できない。その他、上記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本件解雇の効力について(争点(1))
(1) 就業規則上の普通解雇事由の存否
被告就業規則所定の「従業員として不適格と認められるとき」とは、被告従業員として求められる能力や適性を著しく欠いている状態を意味すると解するのが相当である。また、多数の恒常的な成績不良等は当該労働者の改善の余地がない、一般的な能力・適性の欠如を推認させる。
前記認定事実によれば、被告の原告に対する指導教育内容は新規学卒女子社員に対するものとして特段問題はなく、むしろ、原告の履修レベルに応じて担当業務を軽減、変更等の調整をし、指導教育を強化ないし工夫し、これに伴い人員配置を増加させるなど適切なものであった。また、原告に対しては、ごく軽微なものは別としてミスが発覚する都度是正のため注意し反省を促した。それにもかかわらず、原告は、当初の見習い期間はもちろん、延長期間中も解雇されるまで頻繁にミスを繰返した。その中には、宛名の二社併記など通常では考えられないもの、ミスを指摘して訂正させたにもかかわらず訂正後さらに誤りがあるもの、被告に重大な損害を発生させるおそれがあるものなど態様の重いものが相当数含まれており、これを他の従業員の負担においてカバーすることを続ければ、職場全体の意欲や規律の低下を招くおそれがある。そして、原告の与えられた担当業務が被告において平易な内容のものであること、その他の職員と比べればもちろん、概ね三か月位で自立できる状況である従来の新規学卒女子社員と比べても事務処理能力が大幅に劣ることを考慮すると、原告は被告従業員として求められる能力や適性を著しく欠いており、就業規則上の普通解雇事由が存すると認められる。
これに対し、原告は、「その一般的な能力に劣るところはなく、原告の作業ミス等の原因は、被告が貨物の流れや被告、三井信託銀行及び同行の取引先の関係といった業務内容の基本を教えず、荻原所長、米川及び宮下からいじめ、無視等の仕打ちを繰り返し受けたことにある。また、本件解雇当時、原告は業務内容等を理解することにより今後の改善が見込まれる状況にあったにもかかわらず解雇したものである」と主張する。
しかし、被告従業員として求められる能力や適性は、一般的な能力から直ちに推し量ることのできるものではなく、被告の業務内容等から判断すべきところ、これが倉庫業であること等からすると、被告従業員としては事務処理の堅実性、確実性や職務命令に対する忠実性こそが重要であり、創造性や独創性はむしろ業務の妨げとなりかねないとも考えられるのであり、原告が一般的な能力に劣るところはないことと被告従業員として求められる能力や適性を著しく欠くこととは矛盾しない。また、前記1(1)記載の点、特に深川事務所への配置が原告の希望するものではなかったこと、上司との面談を録音しようとするなど、原告が六月上旬ころには被告に対しかなりの不信感を抱いていたこと、原告が職場の同僚らとのコミュニケーションが十分にとれない状況にあったこと、同僚らから原告には指導を受け入れる態度がなく業務に対する関心がないと見られていたことからみても同様のことがいえる。
また、原告は貨物の流れや業務内容の基本を教えられなかったため、簡単なことが簡単とは思えずにミスをしたとも供述するが、それらは決して複雑なことではなく、顧客からの依頼書を見れば推測のつく程度のことであり、しかも、七月ころにはそのことを理解したとしながら(書証略)、さらに看過しがたいものを含めミスを繰返しており、同供述は採用できない。
さらに、いじめについても、前記認定事実によると、原告が宮下らにいじめられていると認識していたこと、宮下は、以前に説明したことも繰り返して指導したが、その際に時には前に教えた旨、どうしたのか答えられないときに「少し自分で思い出してみて」と述べ、既に経験した業務についてはマニュアルを見て自分で確認するように指導したことがあること、原告が先輩の米川に対し同人から二週間で完了するように依頼された保存期間切れ文書のファイル作成について「この書類がどれ位の量があるか分かっているのですか。私もこの仕事だけしている訳ではないのですから」と強い口調でいったときに「忙しいのはあなただけではない」などと、世間話で「原告の出身学校の先輩は余りいない。なぜうちの会社を受けたか」と尋ねたこと、荻原所長は原告が人間関係で辞めさせてほしい旨申し出たのに対して慰留することなく退職届の作成を指示したことが認められる。しかし、これらはいずれも前記経過の中では、些細なことあるいは教育指導の一環であると見るのが相当であり特段いじめと評価することはできない。このことは、原告はいじめが特に五月の連休明けから上田が配置されるまでの間に行われたと供述している(書証略)ところ、この間、被告は、原告にミスが多いことは認識していたが、さらに教育指導を行うよう荻原所長に指示していること、六月一七日の面談の報告書でも荻原所長は原告について肯定的な評価を記載していること、この間原告に対する指導教育が強化され担当業務も元に戻されたこと、その他、荻原所長がいじめの内容を文書で提出するように求めたのに提出されなかったことなどからも裏付けられる。これら以上にいじめがあったとする原告の供述は採用できない。
今後の改善の見込みについても、見習期間を延長して約四か月にわたり教育指導をし、原告の認識としても仕事が単純なことだと理解し、いじめも収まってきた後の、七月以降も前記のようなミスが頻発している以上、今後の改善の見込みも期待できないし、一般論としても不慣れ、誤解による過誤は改善の可能性があるが、他方ケアレスミスや仕事に対する興味が持てない事によるミスは本採用になって仕事に慣れれば余計に多くなる恐れがある。
以上のとおりであるから、原告主張のいずれの点も前記判断を左右するものではない。
(2) 権利の濫用の主張について
普通解雇事由が存する場合でも、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できない場合は、当該解雇の意思表示は権利の濫用として無効となるというべきであるが、前記1及び2の事実関係の下では、本件解雇が試用期間中のものであることを考慮するまでもなく、著しく不合理であると認めるには至らない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって、本件解雇は有効である。
3 不法行為の成否について(争点(1))
上記1及び2によれば、本件解雇に違法な点が存するとは認められない。
4 結論
以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がなく、いずれも棄却することとする。
(裁判官 多見谷寿郎)