東京地方裁判所 平成11年(ワ)27485号 判決
原告 関喜代子
右訴訟代理人弁護士 鈴木国夫
被告 日本生命保険相互会社
右代表者代表取締役 宇野郁夫
右訴訟代理人弁護士 牛島信
同 長瀬博
同 高橋健一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、関浩一が被告との間で、原告を保険金受取人、自己を被保険者とする生命保険契約を締結し、それには災害割増特約及び新傷害特約が付加されていたところ、関浩一が交通事故により死亡したので、原告が被告に対し右特約に基づき災害保険金を請求したところ、被告は同事故が関浩一の重過失によるとして免責特約の適用を主張し、争う事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、生命保険事業及び生命保険の再保険事業を行う相互会社である。
2 関浩一(以下「浩一」という。)は、被告との間で、昭和六三年九月一日、左記の内容の特約付き生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。(乙一、二)
記
(一)保険期間 終身
(二)被保険者 浩一
(三)保険金
(1) 主たる契約に基づく保険金 一〇〇〇万円
(2) 特約に基づく保険金
<1>定期保険契約に基づく特約保険金二五〇〇万円
<2>災害割増特約に基づく災害割増保険金一〇〇〇万円
<3>新傷害特約に基づく災害保険金 一〇〇〇万円
(右<2>の災害割増特約及び<3>の新傷害特約は、被保険者が不慮の事故による傷害によって死亡したときは、それぞれ災害割増保険金及び災害保険金を支払う旨の特約である。)
(四)保険料
平成一五年八月まで 月額二万四七四〇円
平成三〇年八月まで 月額一万五七四〇円
(五)保険金受取人 原告
3 浩一は左記交通事故(以下「本件事故」という。)によって死亡した。(甲一、乙三)
記
(一)発生日時 平成一〇年五月四日午前〇時ころ
(二)発生場所 東京都大田区山王二丁目一番六号先道路上
(以下「本件事故現場」という。)
(三)加害車両 事業用普通乗用自動車(品川五五け四九七五)
(四)運転者 荒木博(以下「荒木」という。)
(五)被害者 浩一
(六)事故の態様 荒木運転の加害車両が右道路上で浩一を轢過し、胸腹腔内臓器損傷を負わせ、死亡させた。
4 本件事故現場はJR大森駅山王北口前を通る二車線道路であり、日中は路線バスも頻繁に通行し、混雑する道路であって、歩行者の横断が禁止されており、本件事故現場の近くに信号機の設置された横断歩道がある。(甲三、弁論の全趣旨)
5 浩一は、本件事故現場に近い、原告肩書地に居住しており、本件事故現場付近の道路状況等を熟知していた。(乙四、弁論の全趣旨)
6 本件保険契約の災害割増特約及び新傷害特約はいずれも、不慮の事故が契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によるときには、被告は災害割増保険金及び災害保険金を支払わないとの免責特約(以下「本件免責特約」という。)が付されていた。(乙二)
二 争点(重過失の有無)
1 被告の主張
浩一は、平成一〇年五月四日午前〇時ころ、飲酒後前記道路上に座っていたところを、加害車両に轢過され死亡したのであるから、本件事故は浩一の重過失によるものであり、本件免責特約が適用される。
2 原告の主張
(一) 浩一が道路上に座っていたということは否認する。浩一は道路を横断中に本件事故にあった。
(二) 浩一は、当日友人と行きつけの店で飲酒したが、いつも以上に飲み過ぎたということはなく、店を出るときには全く正常な状態であった。
(三) 浩一は膠原病であり、身体が少し不自由であったことに加え、まれに意識が遠くなるということがあったため入院して治療した結果、医師から単独での外出は勿論、飲酒を含め通常の社会生活に十分対応できるとの判断を得て本件事故の三か月程前に退院した。
(四) 本件事故現場の左右数十メートルの所に横断歩道があるが、JR大森駅山王北口改札を出た直ぐのところに横断歩道がないため、横断歩道まで行かずに本件事故現場を横断する人が極めて多い。
(五) 加害車両が進行してきた山王口交差点から本件事故現場までの見通しは極めてよく、しかも、その間の距離は五〇メートル以上あるので、荒木は、タクシーの運転手としてごく普通の注意をもって運転をしていれば、仮に浩一が道路上に座っていたり倒れていたとしても、これを発見して直ちにブレーキをかけ、あるいはハンドルを切って衝突を避けるという措置をとることができた。
(六) しかも、加害車両は京王交通株式会社品川営業所所属で地元のタクシーであり、荒木は前記道路の特殊事情を熟知していたから、横断者や障害物がないか、より一層注意すべき義務があった。
(七) 自賠責保険においては、本件事故については前記道路事情も加味し、浩一に過失がないとして、満額が支払われた。
第三当裁判所の判断
一 まず、本件事故の際の浩一の体勢についてみるに、証拠(甲三、四)及び弁論の全趣旨によれば、<1>浩一と衝突した加害車両の前部ナンバープレート下部が約一センチメートル後方に曲がっていること、<2>加害車両の前部バンパー右側面四二センチメートルの位置から五〇センチメートルの間の底部に払拭痕があること、<3>加害車両の地上高二〇センチメートル、車体右側端から四三センチメートルに取り付けられている牽引フックに払拭痕があること、<4>加害車両の地上高一五センチメートル、車体右端から四五センチメートル、同一二二センチメートルの間に取り付けられているオイルパンガードの右側全体に長さ二八センチメートル、幅一〇センチメートルの払拭痕があること、<5>加害車両の左側オイルパンガード、地上高二〇センチメートル、車体前端一〇センチメートルの位置に払拭痕があること、<6>加害車両の車両前端から三九センチメートル、右側端から四〇センチメートルの位置にある舵取りアームに払拭痕があることが認められ、他方、走行している自動車が横断している人物、すなわち立っている人を跳ねた際には同人は上へ跳ね上げられて車のボンネットやフロントガラスに当たりそこに衝突痕が見受けられることが多いが、本件においてはそのような痕跡は何ら認められないことからみて、浩一は加害車両の下に巻き込まれたものと推認され、本件事故の捜査を担当した警察官も浩一は加害車両に跳ね飛ばされたのではなく、路面に押し付けられ前方に押し出されたものと考えていた(乙五の1、六)。そして、大人が車の下に巻き込まれるのは通常路上に座り込むか、寝転がっているほか考えられないところ、前記加害車両の地上高一五ないし二〇センチメートルのところに払拭痕があること及びこれに証人荒木が浩一を黒いゴミ袋のようなものと証言していることを加味すれば、浩一は道路上で寝転がっているところを加害車両によって轢禍されたということができる。
二 そこで、本件免責特約にいう重過失があったといえるか否かを判断する。
1 思うに、本件免責特約にいう重大な過失とは、損害保険給付についての免責事由を定める商法六四一条にいう「重大ナル過失」と同趣旨のものと解すべきであって、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを看過したような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すと解すべきである。
2 本件についてこれをみるに、本件事故は、道路上を走行していた加害車両がその進路上で寝転がっていた浩一を轢過したというもので、浩一は危険な行動をとったものといえる。
問題は、浩一が右行動をとった事情であるが、<1>浩一は膠原病からの全身性エステマトーデスの疾病で入院していたものの、平成一〇年二月四日に退院し、右疾病自体は回復に向かっており、入院は床擦れ治療が主であって、退院時は正常に近く、生活に支障をきたすことはなかったこと(乙五の1)、<2>浩一は退院後から本件事故当日まで外出することがなかったが、前日の午後五時半ころに自宅を出て、友人とともに六時過ぎから八時ころまで東急大井町線戸越公園駅前の居酒屋「一休」で、焼酎ベースの「ホッピー」を四、五杯飲み、その後もう少し飲もうと八時過ぎから一一時過ぎまで、同駅前の居酒屋「綾」で焼酎ベースのウーロン杯を二、三杯飲み、「綾」を出た後はタクシーに乗り、通常はJR大森駅東口までタクシーで乗り入れて徒歩で帰宅するところ、当夜は同駅山王北口で下車したこと(乙五の1)、<3>アルコールの酩酊度が高度ないし泥酔量に達していた場合には、路上に座ったり、寝たりすることも不自然な行動ではなく、法医学の領域では比較的経験される行動であること(乙五の3)、<4>浩一は相当量の酒を飲んでおり、血液一ミリリットル中のアルコール含有量は二・三ミリグラムであったこと(乙六、九)などに照らせば、浩一の行動は膠原病の影響と認めることができず、浩一はしばらくの間飲んでいなかった酒を、しかもアルコール度数の高い焼酎を相当量飲み、道路上に寝転んでしまったというべきである。そうすると、浩一の行動は自殺行為ともいうべきものであり、ほとんど故意に近い著しい注意欠如といわざるを得ない。そして、前述の浩一の酩酊の程度からみて、同人が判断能力を欠いていたとはいい難い。
もっとも、原告は、加害車両の運転手荒木がごく普通の注意をもって運転し、ブレーキをかけあるいはハンドルを切って避ければ容易に本件事故を避けることができたなどと荒木の過失が浩一の過失より大きい旨主張するようであるが、そもそも、本件免責特約の重過失の判断に際し、加害者と被害者の双方の過失を比較することは本件免責特約の文理を離れるため、主張自体失当である。
したがって、本件事故は浩一の重過失によって招致されたものというべきである。
三 以上により、本件について免責事由があるという被告の主張は理由があるから、原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 都築弘)