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東京地方裁判所 平成11年(ワ)27960号 判決

原告

甲野太郎

被告

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

松村葉子

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一一年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成六年分から同一〇年分までいずれも計算方法に誤りのあることが明らかな所得税の確定申告書を提出し、そのうち同六年分、同七年分及び同九年分については、所轄の税務署長から、一旦は当該申告書記載どおりの還付金の還付を受け、後の同一一年九月に至って減額又は増額の更正を受けるなどした給与所得者の原告が、当該税務署長のした右還付等の行為が違法であるとし、その違法行為により「適正に納税する権利」を侵害されるなどして精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づいて、慰藉料一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  前提事実(特記しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、大学法学部の教員として勤務するいわゆる給与所得者であるが、平成四年分から同一〇年分までの所得税について、それぞれ別表の当該各年分の「申告」欄記載のとおりの確定申告書を荻窪税務署長に提出した。

なお、所得税の確定申告書の「申告納税額」欄は、所得税法一二〇条一項五号の金額(黒字)又は同六号の金額(赤字)を記載する欄である。

(甲一の1ないし5、乙一、二、弁論の全趣旨)

2  右1についての経過

(一) 平成四年分及び同五年分の各確定申告書に記載された課税標準等及び税額等は国税に関する法律の規定に従って誤りなく計算されたものであったのであり(以下、課税標準等及び税額等につき国税に関する法律の規定に従って誤りなく行われる計算を「正しい計算」という。)、荻窪税務署長は、同五年分の所得税ついて確定申告書の「申告納税額」欄に記載された赤字の金額(△一万五五六七円)に相当する所得税を原告に還付した(乙一、二、弁論の全趣旨)。

(二) ところが、同六年分から同八年分までの各確定申告書においては、いずれも、本来「所得金額の合計額」から「所得から差し引かれる金額の合計額」を控除した残額とすべきものである「課税される所得金額」として、右残額に対し更に一定の計算を施した、右残額よりも少ない金額が記載され、他方、「所得金額の合計額」の前提となる「給与所得の金額」として、本来その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とすべきものであるのに、その控除をしないままの過大な金額が記載されていたため、「課税される所得金額に対する税額」及び「申告納税額」は、正しい計算によるものよりも過大な税額が記載されていた。

右のような計算方法の誤りがあることは、右各確定申告書の記載上明らかであった。

しかるに、荻窪税務署長は、同六年分及び同七年分の所得税については、各確定申告書に右のような計算方法の誤りがあることを看過して、その「申告納税額」欄に記載された赤字の金額(同六年分は△八万四二六一円、同七年分は△三一九四円)に相当する所得税を原告に還付した。

他方、同税務署長は、同八年分の所得税については、確定申告書に右のような計算方法の誤りがあることを発見して、同九年六月三〇日に別表の同八年分の「減額更正」欄記載のとおりの正しい計算による更正(「申告納税額」を九八一九円から△九一八一円に減額するもの)をした上、右の九八一九円(過納金)と九一八一円(還付金)の合計額に相当する所得税を原告に還付した。

(甲一の1ないし3、弁論の全趣旨)

(三) その後提出された同九年分の確定申告書においては、「給与所得の金額」としては給与所得控除額の控除をした金額が記載されていたが(もっとも、正しい計算による金額よりも五万一四五三円過大であった。)、「課税される所得金額」として、同六年分から同八年分までと同様に「所得金額の合計額」から「所得から差し引かれる金額の合計額」を控除した残額に対し更に一定の計算を施した過少な金額が記載されていたため、「課税される所得金額に対する税額」及び「申告納税額」は、正しい計算によるものよりも過少な税額が記載されていた。

右のような計算方法の誤りがあることは、右確定申告書の記載上明らかであった。

しかるに、荻窪税務署長は、同九年分の所得税につき、確定申告書に右のような計算方法の誤りがあることを看過して、その「申告納税額」欄に記載された赤字の金額(△二九万八二六七円)に相当する所得税を原告に還付した。

(甲一の4、弁論の全趣旨)

(四) その後提出された同一〇年分の確定申告書においても、「給与所得の金額」としては給与所得控除額の控除をした金額が記載されていたが(もっとも、正しい計算による金額よりも五万七二四〇円過大であった。)、「課税される所得金額」として、同六年分から同九年分までと同様に「所得金額の合計額」から「所得から差し引かれる金額の合計額」を控除した残額に対し更に一定の計算を施した過少な金額が記載されていたため、「課税される所得金額に対する税額」及び「申告納税額」は、正しい計算によるものよりも過少な税額が記載されていた(甲一の5、弁論の全趣旨)。

3  平成一〇年分確定申告書の提出後の経過

(一) 荻窪税務署の職員は、平成一〇年分の確定申告書につき、右2(四)のような計算方法の誤りがあることを発見して、その旨を原告に指摘したが、その際、同様の計算方法によっていた同九年分の確定申告書は肯認されたのに何故に同一〇年分のみが誤りとされるのかと原告から質問されて、同九年分も誤っていると答え、何故に年によって処理が異なるのかとの原告の質問に対しては、「計算誤りを把握できたら指摘する。」と答えた。

(二) そこで、原告は、何らかの基準により選別された確定申告書についてのみ審査が行われ、その余の確定申告書については無審査に近い処理がされているのではないかとの疑問を抱き(乙三、弁論の全趣旨)、その疑問点について質問する内容の文書を荻窪税務署に送付した。

これに対し、同税務署は、同九年分及び同一〇年分の所得税についての給与所得の金額の計算、課税される所得金額の計算及び課税される所得金額に対する税額の計算に関する説明を記載した文書を原告に送付した。

(三) 原告は、右文書に接して、自己の計算方法の誤りを了知し、同一一年六月一五日、同一〇年分の所得税について別表の同年分の「修正申告」欄記載のとおりの修正申告書を荻窪税務署長に提出した。

これに記載された課税標準等及び税額等は、正しい計算によるものであった(弁論の全趣旨)。

(四) しかし、原告は、右のとおり自己の計算方法の誤りを了知した後も、前記(二)のような疑問が解消されなかったことから(弁論の全趣旨)、荻窪税務署に対し、同九年分について確定申告書記載どおりの税額が確認されて還付金が還付されたのは何故かなどにつき文書による回答を求めるという趣旨の文書を複数回にわたり送付した(そのうちの一通が同一一年六月五日付けの乙三)。

これに対し、同税務署は、直接会って説明したいという趣旨の同月一四日付け文書(乙四)を送付したが、右の質問に対する文書による回答はしなかった。

(五) その後の同一一年九月二二日、荻窪税務署長は、①同六年分、同七年分及び同九年分の所得税について、それぞれ別表の当該各年分の「減額更正」欄(同六年分及び同七年分)ないし「増額更正」欄(同九年分)記載のとおりの正しい計算による更正をするとともに、②同九年分及び同一〇年分の所得税について、それぞれ過少申告加算税の賦課決定をした(弁論の全趣旨)。

(六) なお、原告は、同九年分の更正並びに同九年分及び同一〇年分の過少申告加算税の賦課決定等について、不服申立てをしている。

4  所得税の還付に関する法令の規定(ただし、本件に関連する限度)   (一) 税務署長は、還付金又は国税に係る過誤納金があるときは、遅滞なく、金銭で還付しなければならない(国税通則法五六条一項)。

所得税の確定申告書の提出があった場合において、当該申告書に所得税法一二〇条一項六号(源泉徴収税額の控除不足額)に掲げる金額の記載があるときは、税務署長は、当該申告書を提出した者に対し、当該金額に相当する所得税を還付する(同法一三八条一項)。

(二) 税務署長は、所得税法施行令二六七条一項に規定する還付金(同法一三八条一項の規定により還付を受ける還付金)に係る金額の記載がある確定申告書の提出があった場合には、当該金額が過大であると認められる事由がある場合を除き、遅滞なく、同法一三八条一項の規定による還付又は充当の手続をしなければならない(同法施行令二六七条四項)。

二  原告の主張

1  荻窪税務署長の違法行為

(一) 所得税の還付金の返還債務は、暦年の終了のときに発生(成立)する。所得税法一三八条一項及び同法施行令二六七条四項は、右返還債務について、還付金の金額が記載された確定申告書の提出により確定することを原則としているが、その金額の記載が課税要件規定に照らして誤っている場合には、修正申告又は更正によって確定することを予定しており、同項が還付金の金額が過大であると認められる事由がある場合を除くと規定しているのは、確定申告書記載の還付金の金額のうち過大な部分について税務署長が還付手続をすることができないことを規定したものである。

したがって、税務署長のする還付金の還付行為が適法であるか否かは、確定申告書の記載どおりに還付したか否かではなく、還付金の基礎となる税額の計算が課税要件規定に適合しているか否かにかかっているのであり、確定申告書に課税要件規定に照らして誤った還付金の金額が記載されているにもかかわらず、税務署長がその記載どおりの金額を還付した場合、課税要件規定に違反するものとして違法である。

本件における荻窪税務署長の各還付行為は課税要件規定に違反する違法なものであり、原告は、これにより適正に納税する権利を侵害された。

(二) 荻窪税務署長が平成九年分の所得税について原告の提出した確定申告書に記載された金額の還付金を還付したことは、同署長が、所得税法施行令二六七条四項にいう当該金額が過大であると認められる事由がある場合に該当せず、右金額を適正であると判断したということであり、その前提として右申告書に記載された課税標準及び税額の計算方法が適法であると判断したということにほかならない。したがって、同署長は、右還付により、右申告書の記載内容が適法であると認める旨の公的見解の表示をしたものというべきである。

同署長のした同年分の増額更正は、右公的見解の表示に反するものであるから、信義則に反して違法である。また、右還付金に係る延滞税も、同様に、又は国税通則法六〇条一項一号の要件を充足せず、違法である。

原告が同年分及び平成一〇年分の所得税につき過少申告をしこれを放置したのは、同署長の右公的見解の表示を信頼したためである。したがって、右各年分の過少申告加算税賦課決定は、国税通則法六五条四項にいう正当な理由があるにもかかわらずなされたものであり、違法である。また、原告が同一〇年分の修正申告書を提出したのは、同条五項にいうとおり、調査があったことにより更正があるべきことを予知してしたものではないから、この意味においても同年分の過少申告加算税賦課決定は違法である。

(三) 荻窪税務署長は、不公平な税務処理や裁量行政がなされているのではないかとの疑問に基づく原告の質問や文書による回答の要求に対して、無回答であることが多く、これらの点について文書で回答しなかった。このような同署長の対応は、行政の説明義務ないし情報公開法又はその精神に違反するものであり、違法である。

2  損害

原告は、荻窪税務署長のした右1のような違法行為のため、①自己の職務と関係のない税法等の調査、研究や文書作成のために五〇時間以上を費やし、②不眠等の体調不良を迎える日が続き、また、③本件訴状ないし不服審査請求書の記載に誤りがあるとすれば、裁判所ないし国税不服審判所という公的機関において不名誉を被るなど、多大な精神的苦痛を受けた。これを慰藉するに足りる額は一〇〇万円を下らない。

三  被告の主張

1  荻窪税務署長の行為の違法性について

(一) 還付行為は確定した還付金の返還債務を履行する事実行為にすぎず、仮に確定申告書の記載内容が所得税法等の規定に従って計算されておらず、その還付金の金額に誤りがある場合でも、修正申告又は更正等所定の手続によって当該金額が是正されない以上、税務署長は、右申告により発生、確定した当該金額を遅滞なく還付しなければならず(但し、所得税法施行令二六七条四項にいう、確定申告書に記載された還付金の金額が過大であると認められる事由がある場合は、税務署長は、例外的に還付しないことができる。)、右金額を還付した場合、その還付行為自体が違法となるものではない。

荻窪税務署長は、平成五年分ないし同七年分及び同九年分について、原告の提出した確定申告書に記載された所得税法一二〇条一項六号の金額をそれぞれ還付したものであり、また、同八年分について、原告の提出した確定申告書の記載に計算誤りが認められたことから、減額更正をしてその誤りを是正するとともに、これにより減少した納付すべき税額及び増加した還付金の額を還付したものであり、右各還付行為に何ら違法な点はない。

なお、同四年分及び同一〇年分については、同署長は原告に対し所得税を還付していない。

(二) (一)のとおり、税務署長が納税者の申告により発生した還付金を還付する行為は事実行為にすぎず、仮に還付金の金額が誤っていたとしても、税務署長は右還付金を遅滞なく還付しなければならないのであるから、荻窪税務署長が平成九年分につき確定申告書記載の金額の還付金を還付したことをもって、同申告書の記載内容を正当と認める旨の公的見解を表示したということはできない。したがって、同署長のした同年分の増額更正が信義則に違反するとの原告の主張は、その前提を欠くものである。また、右更正により納税すべき税額に係る延滞税(なお、同税の納付義務の根拠規定は国税通則法六〇条一項二号である。)も違法でない。

納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合は、国税通則法六五条四項にいう正当な理由には該当しないところ、原告の同九年分及び同一〇年分の各確定申告書の申告額が過少となったのは、単に原告が所得税法所定の計算方法を誤解したためであるから、右正当な理由には該当しない。また、荻窪税務署の職員が同一〇年分の確定申告書の記載内容を検討して計算の誤りを発見し原告に指摘したことは、国税通則法六五条五項にいう調査に該当する。原告は、誤りを指摘され修正するよう指導されたことから、同年分について修正申告書を提出したのであり、同項の規定する更正があるべきことを予知してされたものでないときには該当しない。

(三) 荻窪税務署長は、原告の問い合わせに対して、面談の上で回答と説明を行いたい旨申し入れるなどしており、その対応に何ら責められるべき点はない。

2  原告の主張する各損害は、いずれも納税義務の履行や本件の訴訟追行に伴うものであって、荻窪税務署長の行為とは因果関係がない。

第三  当裁判所の判断

一  所得税(源泉徴収によるもの及び予定納税に係るものを除く。)についての納税義務の確定

所得税の納税義務は暦年の終了の時に成立するが(国税通則法一五条二項一号)、その納税義務の確定すなわち納付すべき税額の確定については、申告納税方式、すなわち、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分(前者の場合は同法二五条の規定による決定、後者の場合は同法二四条、二六条の規定による更正)により確定する方式が採用されているのであり(同法一五条一項、一六条、所得税法一二〇条)、所得税についての納付すべき税額は、原則的、第一次的には、納税者から確定申告書(所得税法一二〇条一項)が提出されることにより、その記載どおりに確定するということができる。

なお、申告納税方式のもとにおいて、納税申告書を提出した者は、その申告に係る税額が過少である等の場合には、当該申告に係る課税標準等又は税額等を修正する(自己に不利益に改める。)納税申告書(修正申告書)を税務署長に提出することができ(国税通則法一九条)、逆に、その申告に係る税額が過大である等の場合には、当該申告に係る課税標準等又は税額等につき、これを自己に有利に改めさせるために、更正をすべき旨の請求をすることができるのであり(同法二三条)、右更正の請求があった場合には、税務署長は、その請求に係る課税標準等又は税額等について調査し、更正をし、又は更正をすべき理由がない旨を通知することとなる(同条四項)。

二  還付金の還付について

1  原告は、本件において荻窪税務署長のした還付金の還付が違法であり、その違法行為により「適正に納税する権利」を侵害された旨主張するところ、前記前提事実によれば、平成四年分及び同一〇年分については還付金の還付はされていないし、同五年分については正しい計算による確定申告書記載どおりの還付金の還付がされ、同八年分については正しい計算による更正に基づく還付金の還付がされたのであるから、右各年分について還付金の還付の違法をいうことはできず、検討すべきは、同六年分及び同七年分についての過少な還付金の還付並びに同九年分についての過大な還付金の還付につき、国家賠償法一条一項にいう違法があったと評価されるか否かである。

2  原告は、税務署長のした還付金の還付が適法であるか否かは、確定申告書の記載どおりに還付をしたか否かではなく、正しい計算による還付金の還付をしたか否かにかかっているとして、本件における還付金の還付はいずれも正しい計算によるものではないから違法であると主張し、特に平成九年分の過大な還付金の還付については、所得税法施行令二六七条四項の規定を根拠に挙げて、税務署長は、還付金に係る金額の記載がある確定申告書の提出があった場合においても、当該金額が過大であると認められる事由がある場合には、当該金額に相当する所得税の還付をしてはならないのであるから、違法であると主張する。

確かに、申告納税方式のもとにおいても、前記のとおり、納税者のした申告に係る税額が正しい計算によるものでない場合には、税務署長が更正をすることにより納付すべき税額が確定することが予定されており、特に本件のように計算方法の誤りがあることが確定申告書の記載上明らかである場合には、税務署長において、これを看過することなく、できる限り速やかに更正をすることが期待されているというべきであり、かなりの年月を経過した後に正しい計算による更正をするに至ったものの、一旦は明らかな計算方法の誤りを看過して確定申告書記載どおりの過少又は過大な還付金の還付をした荻窪税務署長の行為は、税法上、「無審査に近い処理がされているのではないか」(原告の主張)との疑問を持たれてもやむを得ないほど不適切なものであったといわざるを得ない。もっとも、「給与所得の金額」の算出に当たり給与所得控除額の控除をせず、あるいは、「課税される所得金額」の算出に当たり「所得金額の合計額」から「所得から差し引かれる金額の合計額」を控除した残額に対し更に一定の計算を施すなどという原告の計算方法の誤りも、通常では想定し難いほど初歩的、基本的な誤りであるといわなければならない(特に「課税される所得金額」については、確定申告書の用紙自体において、単純に「所得金額の合計額」から「所得から差し引かれる金額の合計額」を控除した残額とすべきものであることが明示されているのであり(甲一の1ないし5、乙一、二、弁論の全趣旨)、これに従う限り計算方法を誤りようがないものである。「給与所得の金額」についても、平成四年分及び同五年分については正しく給与所得控除額の控除をしていたのに、何故に同六年分からその控除をしなくなったのか、不可解というほかない。)。

3 しかしながら、原告がその主張の根拠として挙げる所得税法施行令二六七条四項の規定は、前記一のとおり確定申告書の提出により納付すべき税額が確定し、ひいては還付金を還付すべき義務が成立するとともに還付金の額に相当する税額が確定することを前提にして、前記第二4(一)掲記の国税通則法五六条一項、所得税法一三八条一項の規定が命ずるところ(還付金の遅滞なき還付)を具体的に実現するために、税務署長は、同法一二〇条一項六号(源泉徴収税額の控除不足額)に掲げる金額の記載がある確定申告書、すなわち、「申告納税額」欄に赤字の金額の記載がある確定申告書の提出があった場合には、当該金額が過大であると認められる事由がある場合を除き、遅滞なく、当該金額に相当する所得税を還付しなければならないとするものであり、あくまでも還付金の遅滞なき還付を命ずる規定にほかならない。「当該金額が過大であると認められる事由がある場合を除き」としているのは、その場合には、税務署長は、国税通則法二四条の規定による更正(増額更正)をすることになるから、遅滞なき還付をする必要はなく、これをすべき場合から除外するという趣旨であり、その場合には還付をしてはならないということを命じたものとは解されない。もとより、当該金額が過少であると認められる事由がある場合に還付をしてはならないということを命じたものでもない。

そして、そもそも、前記のような申告納税方式のもとでは、納付すべき税額は納税者のする申告により確定するのが原則であり、納税者において適正な申告をすることが期待されているというべきであるから、たとえ当該申告の内容が正しい計算によるものでなかったとしても、税務署長がこれに従って還付金の還付等をすることについては、少なくとも、国家賠償法一条一項にいう違法、すなわち、当該納税者に対する関係での職務上の義務違反があるということはできない。

4 また、本件で原告の主張する「適正に納税する権利」とは、正しい計算に基づいて過不足なく納税する「権利」をいうものと解されるが、前記のような申告納税方式のもとでは、本件で原告が過少又は過大な還付金の還付を受けたとしても、それは原告が自ら過大又は過少な確定申告をしたことによるものと評価され、しかも、当該申告をした原告としては、前記のとおり更正の請求又は修正申告をすることによって正しい計算に基づいて過不足なく納税すべく是正する途も保障されており、現に、減額又は増額の更正がされて正しい計算に基づいて過不足なく納税することになったというべきであるから、右主張に係る「権利」ないし利益を侵害されたということもできない。

5  以上の次第で、本件において荻窪税務署長のした還付金の還付について、国家賠償法一条一項にいう違法があったと評価することはできない。

三  平成九年分の更正並びに同九年分及び同一〇年分の過少申告加算税の賦課決定等について

1 原告は、荻窪税務署長のした平成九年分の更正並びに同九年分及び同一〇年分の過少申告加算税の賦課決定が違法であるとし、これにより精神的苦痛を受けたとして、その慰藉料の支払を請求している。

しかしながら、仮に税務署長のした更正や過少申告加算税の賦課決定が違法であるとしても、そのことにより当該納税者に財産的損害のほかに金銭による賠償をしなければならないほどの精神的損害が生ずるとは通常考え難く、本件においても、原告は、現在、荻窪税務署長のした前記更正等について取消しを求める不服申立てをしており、右更正等が仮に税法上違法であるとすればその取消しを得ることができるところ、それだけでは足りず、これに加えて金銭による賠償をしなければならないほどの精神的損害が原告に生じたと認めるに足りる資料はない。したがって、原告の前記慰藉料請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

なお、原告は、同九年分の所得税の延滞税についても、違法である旨を主張している。しかし、延滞税は、納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税であり(国税通則法一五条三項七号)、その納付すべき税額の確定について税務署長の行為は介在しないものであるから、本件における同九年分の所得税の延滞税に関して、前記の増額更正とは別に荻窪税務署長の違法行為を観念することはできない。

2  右のとおりではあるが、審理の経過に鑑み、荻窪税務署長のした前記更正等が違法であるとする理由として原告の主張する事由について触れておく。

(一) 原告は、荻窪税務署長が、平成九年分の確定申告書記載の金額の還付金を還付したことにより、右申告書の記載内容が適法であると認める旨の公的見解の表示をした旨主張するが、前記前提事実によれば、同署長は、計算方法に誤りがあることを看過して右申告書の記載どおりの還付金の還付をしたにすぎず、右申告書の記載内容が適正であると認める旨表示したものではないことが明らかである。

よって、右主張を前提として同年分の増額更正が違法であることをいう原告の主張は採用することができない。

(二) 原告は、平成九年分及び同一〇年分の過少申告加算税の賦課決定について、国税通則法六五条四項にいう正当な理由がある旨主張する。

しかしながら、右正当な理由には納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合は含まれないと解するのが相当であるところ、前記のとおり、荻窪税務署長は同九年分の確定申告書の計算方法が適正であると認める旨表示したものではなく、原告は、同署長が右申告書の記載どおりに還付金の還付をしたことをもって直ちに同申告書の計算方法が適正であると認められたと誤解したために、計算方法を誤り又は誤ったまま放置したにすぎないのであるから、右正当な理由があるとは認められず、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、同一〇年分の過少申告加算税の賦課決定について、原告が修正申告書を提出したのは、国税通則法六五条五項にいうとおり、調査があったことにより更正があるべきことを予知してしたものではないから、違法である旨主張するが、前記のとおり、原告は、課税標準及び税額の計算方法に誤りがあることを荻窪税務署の職員に指摘されて修正申告書を提出したのであるから、更正があるべきことを予知してしたものであるといえ、原告の右主張は採用することができない。

四  原告は、不公平な税務処理や裁量行政がなされているのではないかとの疑問に基づく質問や文書による回答の要求に対する荻窪税務署長の対応が違法である旨主張する。

確かに、前記前提事実の経過に照らすと、原告が右のような疑問を抱いて質問や文書による回答の要求をすることも無理からぬ面がある。

しかしながら、荻窪税務署長に、これらについて文書で回答すべき法的義務があるとする根拠は見当たらず、確定申告書の課税標準及び税額の計算方法については原告に対して文書により回答しており、右疑問に基づく質問についても直接会って口頭で説明したい旨申し入れるなどの対応をしていることからすると、同署長の対応が違法であったということはできない。

五  他に、本件において荻窪税務署長に国家賠償法一条一項の適用上違法と評価されるべき行為があったとは認められず、したがって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

六  以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・貝阿彌誠、裁判官・釜井裕子、裁判官・天川博義)

別表

(△は赤字であることを示す。)

給与所得

の金額

雑所得

の金額

所得金額

の合計額

所得から

差し引か

れる金額

の合計額

課税される

所得金額

課税される

所得金額に

対する税額

特別

減税額

源泉徴

収税額

申告

納税額

平成4年分

申告(h5.3.16)

5,800,351

132,000

5,932,351

837,090

5,095,000

719,000

693,765

25,200

平成5年分

申告(h6.2.28)

5,510,981

824,169

6,335,150

876,977

5,458,000

791,600

807,167

△15,567

平成6年分

申告(h7.3.1)

7,735,223

412,611

8,147,834

914,427

5,415,000

783,000

156,600

710,661

△84,261

減額更正(h11.9.22)

5,866,700

412,611

6,279,311

914,427

5,364,000

772,800

154,560

710,661

△92,421

平成7年分

申告(h8.2.21)

8,491,243

75,499

8,566,742

1,005,056

5,605,000

791,000

50,000

744,194

△3,194

減額更正(h11.9.22)

6,442,118

75,499

6,517,617

1,005,056

5,512,000

772,400

50,000

744,194

△21,794

平成8年分

申告(h9.3.10)

9,291,466

83,662

9,375,128

1,033,687

6,307,000

931,400

50,000

871,581

9,819

減額更正(h9.6.30)

7,162,319

83,662

7,245,981

1,033,687

6,212,000

912,400

50,000

871,581

△9,181

平成9年分

申告(h10.3.18)

8,565,314

895,016

9,460,330

1,144,516

6,284,000

926,800

1,225,067

△298,267

増額更正(h11.9.22)

8,513,861

895,016

9,408,877

1,144,516

8,264,000

1,322,800

1,225,067

97,700

平成10年分

申告(h11.3.16)

9,638,617

0

9,638,617

1,198,086

6,936,000

1,057,200

38,000

1,223,048

△203,848

修正申告(h11.6.15)

9,581,377

0

9,581,377

1,198,086

8,383,000

1,346,600

38,000

1,223,048

85,500

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