東京地方裁判所 平成11年(ワ)28165号 判決 2002年4月25日
原告
株式会社新生銀行
(旧商号株式会社日本長期信用銀行)
右代表者監査役
西田俊二
同
須藤章
同
保田眞紀子
右訴訟代理人弁護士
川端和治
同
松尾眞
同
田中豊
同
光前幸一
同
桜井健夫
同
松田耕治
同
澤野正明
原告訴訟引受人
株式会社整理回収機構
右代表者代表取締役
鬼追明夫
右訴訟代理人弁護士
川端和治
同
松尾眞
同
田中豊
同
保田眞紀子
同
光前幸一
同
桜井健夫
同
松田耕治
同
澤野正明
同
深山雅也
被告
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
山崎順一
同
長屋憲一
同
山田昭
同
牛嶋龍之介
同
毛野泰孝
同
小林秀彦
同
中田肇
右訴訟復代理人弁護士
小野吉則
同
新井由紀
同
渡邉淑彦
同
三輪健志
主文
1 被告は、原告訴訟引受人に対し、金一億円及びこれに対する平成一一年一二月三〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項及び第3項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 原告
被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成一一年一二月三〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告訴訟引受人
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、原告が株式会社日本長期信用銀行時代に静岡県熱海市の初島における大型リゾート施設の開発・運営プロジェクトに対して行った追加融資が、同プロジェクトの破綻により回収不能となったことから、原告が、上記追加融資を担当した被告に対して、追加融資に際し、取締役の善管注意義務違反があったとして、委任契約の不履行による損害賠償請求権に基づき、回収不能金の一部及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて訴えを提起したものである。原告は、その後、上記債権を株式会社整理回収機構(以下「整理回収機構」という。)に譲渡し、整理回収機構が訴訟引受を行なっている。
1 争いのない事実等
以下の事実のうち、証拠を掲げないものは当事者間に争いがない。
(1) 本件の当事者
ア 原告は、商号を株式会社日本長期信用銀行として「長期信用銀行法」に基づいて設立された長期信用銀行であったが、平成一〇年一〇月二三日、「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律」三六条一項に基づく特別公的管理の開始決定を受け、特別公的管理を経て、株式会社新生銀行に商号変更された。
イ 被告は、昭和三四年に原告に入行し、昭和六一年六月二七日に取締役に就任し、その後、平成七年四月一九日に退任するまでの間、原告の取締役の地位にあった。この間、平成元年二月一〇日から同年一〇月三一日まで営業部店担当の常務取締役、同年一一月一日から平成三年二月七日まで常務取締役大阪支店長、同月八日から平成四年六月二五日まで営業企画グループ担当の常務取締役、同月二六日から平成五年六月二八日まで営業企画グループ担当の専務取締役、同月二九日以降平成七年三月三〇日まで取締役副頭取、同月三一日から退任まで取締役であった(甲67、甲68)。
(2) 原告における融資決定の権限の所在
ア 原告においては、貸出業務は取締役会から委任された常例の業務として代表取締役がこれを決定し執行することとされ、同権限は代表取締役から取締役に各貸出業務ごとに委譲されていた。そして、原告においては、貸出につき最終的にその可否を決定できる権限を与信専決権限と呼んでいた。
イ 原告は、平成元年二月に、組織改編を行ない、審査部門と営業部門とを同一グループ内に包含する大グループ制を採用し、営業部店の担当役員に実質上無制限の与信専決権限を与えていた。
ウ 原告は、その後、平成三年二月に大グループ制を廃止し、営業部店の担当役員の与信専決権限にも制限を加えることとした。すなわち、直接貸付に関する与信専決権限は、「B1」、「B2」、「B3以下」の三段階に分かれた貸出先の信用ランクと貸出金額に応じて決めることとなった。後記の日本海洋計画株式会社(以下「日本海洋計画」という。)は、信用ランク「B3以下」に分類され、①総与信残高が六億円以下であり、かつ無担保残高がなく、期間一〇年以内の案件については営業部店長が、②総与信残高が三〇億円以下であり、かつ無担保残高が一五億円以下の案件については営業部店担当役員が、③総与信残高が三〇億円を超える案件については営業企画グループ担当役員が、それぞれ与信専決権限を有していた(上記ア、イ、ウにつき、甲34、甲47、甲64)。
(3) 原告における融資手続
大グループ制廃止後における原告の融資の手続は、概ね以下のとおりであった。すなわち、①営業部店において担当者による融資の必要性、安全性、条件等全般的な調査・検討がなされ、その起案による稟議書が部店内部で審査・決裁された後、②審査部において信用リスクの観点から審査・決裁を受け、さらに③営業企画部において、貸出の配分方式、金利水準、融資対象事業の社会的必要性等の銀行全体の政策的見地からの審査・決裁を受け、これらの重畳的な審査・決裁を経た案件のみが最終的に与信専決権者の決裁に廻されることとなっていた。また、重要案件についての関係部署による協議・調整の場として業務運営委員会が設けられており、営業企画グループ担当役員を委員長として、審査部担当役員、審査部長、営業企画部長、同副部長、事業推進部長等がメンバーとなっていた。
(4) 初島クラブプロジェクトの概要
ア 初島クラブプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)は、静岡県熱海市沖に位置する初島において、法人向け会員制リゾートマンションを中核施設として、リゾートホテル(非会員制)、マリーナ、ヘリポート、プール、テニスコート等の付属施設から成る高級マリンリゾートプロジェクトである。本件プロジェクトの事業規模はその後拡大されたが、当初は、総事業費として約二六〇億円を見込み、これを一口二億円の会員権一五〇口の売却により回収する資金計画であった(甲1の2、3)。
イ 本件プロジェクトは、初島において本格的マリンリゾートの開発を目指した小倉豊(富士エースゴルフ倶楽部の創設者であり、株式会社東京相和銀行の会長の長田庄一の義弟、トッパンムーア株式会社の社長の小倉秀文の実弟でもある。)によって進められてきたプロジェクトである。小倉豊は、昭和五〇年代後半から数年がかりで島民への説得を行い、島民の協力を取り付け、昭和六〇年七月に、本件プロジェクトの開発・運営を目的として日本海洋計画を設立し、自らが代表取締役となった。日本海洋計画の設立当時の資本金は二五〇〇万円で、昭和六二年に五〇〇〇万円に増額されたが、増資後の株主及び出資額は、小倉豊(四〇〇〇万円)、島民により本件プロジェクト遂行のために設立された初島事業協同組合(五〇〇万円)及びサントリー株式会社(以下「サントリー」という。)(五〇〇万円)であった(甲1の3、甲10の1)。
ウ 日本海洋計画は、昭和六三年三月、全島四一世帯との間で、本件プロジェクトの敷地として初島の面積の約三分の一にあたる一四ヘクタール弱の土地について賃貸借契約(賃料年間五〇〇〇万円、期間二〇年で、その後も更新される。)を締結した。さらに、温泉探査、開発許認可の申請手続等を進め、平成元年二月、静岡県から土地利用事業実施計画の承認を受け、本件プロジェクトは同県におけるリゾート法申請第一号予定案件となった。日本海洋計画は、これらの事業活動の費用を、出資金や小倉豊からの借入金(一億三〇〇〇万円)、さらには株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)と株式会社三井銀行(以下「三井銀行」という。)からの借入金(それぞれ、一億九八〇〇万円及び二億円)でまかなっていた(甲1の3、甲6、甲13の2、甲41の1、5、6)。
(5) 原告と本件プロジェクトとの関わり
ア 原告の本件プロジェクトへの関わりは平成元年に始まる。日本海洋計画は、土地造成工事を控え、平成元年五月、原告虎ノ門支店に対して、本件プロジェクトの敷地の農地転用許可申請に必要な五〇億円の融資証明書の発行及び会員権販売までのつなぎ融資を求めてきた。原告は、当時、虎ノ門支店を担当する営業部店担当役員として与信専決権限を有していた被告の決裁により、同月三〇日付けで、日本海洋計画が農地転用許可申請書を提出する際に添付する限度額五〇億円の融資証明書を発行した。原告の本件プロジェクトに対する基本方針は、①他の銀行との協調融資団を組成し、原告の融資額は三〇億円を上限とすること、②担保として、本件プロジェクトの土地賃借権、建物(完成後追完する。)及び日本海洋計画の株式並びに会員権預かり保管金等を確保すること、③日本海洋計画を増資し優良企業の出資を求めること(原告としても株式を一〇パーセント程度取得することを検討する。)などを前提として融資に前向きに取り組むというものであった(甲1の1ないし3、甲4、甲5の1、2)。
イ 原告は、平成元年六月二九日、日本海洋計画に対して、協調融資団が組成され本格的融資が実行されるまでの間、大成建設株式会社(以下「大成建設」という。)に対する調査設計申請、史蹟調査工事費の支払いなどのための二億円のつなぎ融資を実行した。被告は、与信専決権限を有する虎ノ門支店担当役員として上記融資を決裁した(甲6、甲52)。
ウ 日本海洋計画は、平成元年一〇月、資本金を九〇〇〇万円に増資したが、原告は増資に当たり資本金の五パーセント(金四五〇万円)の出資を行った。増資に際しての、他の出資者及び出資額は、トヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ自動車」という。)及び富士急行株式会社が各四五〇万円、株式会社フジケンコー(小倉豊が八五パーセント、大成建設が一五パーセントを出資して設立した会社)が二二五〇万円、初島事業共同組合が四〇〇万円であった(甲10の1、2、甲11、甲61の1)。
本件プロジェクトは、平成元年一一月末から大成建設の請負により土地造成工事が開始された(甲13の2)。
エ 原告は、本件プロジェクトに対する協調融資団を組成するため、他の銀行に参加を働きかけたが、平成元年一〇月にはサブメインとの位置づけで一〇億円の融資を要請していた三井銀行が会員権販売の見通しが不透明で行内のコンセンサスが得られないとして参加を辞退した。また、平成二年三月時点で協調融資団の共同幹事となり、マリーナ開発許可申請のための五〇億円の融資証明書を原告と連名で発行していた株式会社日本興業銀行(以下「日本興業銀行」という。)が、同年七月になってプロジェクトの推進方法についての日本海洋計画との間の意見の相違を理由として、本件プロジェクトから撤退する意向を示してきた。このため、原告は、同年九月に原告単名で融資証明書を再発行することとなった(甲41の7ないし9)。さらに、平成三年五月には、富士銀行も、本件プロジェクトの経営母体が弱いことや債権保全が不十分であることを理由として協調融資団への参加を断ってくるなど、協調融資団の組成は容易に進まなかった(甲15)。
オ 平成三年九月からは、大成建設の請負による本件プロジェクトの施設部分の建設工事が予定されており、これに間に合うよう協調融資がなされる必要があったが、同年八月時点においては、株式会社静岡銀行(以下「静岡銀行」という。)、株式会社埼玉銀行(その後、合併により株式会社協和埼玉銀行)、株式会社駿河銀行(以下「駿河銀行」という。)の三行が合計一〇億円の融資を内諾しているほかは、本件プロジェクトへの参加を再検討中の日本興業銀行が二〇億円の融資を検討している状況で、協調融資団は、未だ形成されていなかった。
カ この段階において、本件施設の概要は、分譲マンション(一戸三〇坪が二戸)、会員用リゾートマンション(一室三〇坪が一二八室)及び非会員用のリゾートホテル(一室平均21.5坪が八五室)であり、本件プロジェクトの総事業費は約四八〇億円に拡大していた。本件プロジェクトの資金計画は、分譲マンションの売却により六億円(一戸三億円が二戸)及び会員権の売却により約七〇〇億円(マンション一室当たり一〇口の会員権を割り当て、全体で一二八〇口、一口当たり平均五四七〇万円)を回収し、これらを融資金及び諸経費等の弁済原資とし、余剰金約一二〇億円を運転資金に充てる構想であった。しかし、平成三年八月当時における会員権の販売状況は九三口(分譲マンション二〇口相当分を含む)で、入金も二七億円にとどまっていた。
キ このような状況の中で、原告は、本件プロジェクトの施設部分の建設工事に着工するために、平成三年八月二九日の業務運営委員会において、協調融資団の組成を待たずに、日本海洋計画に対して、大成建設への施設建設工事代金の支払資金及び前記二億円のつなぎ融資の回収資金を融資する方針を承認した。当時、営業企画グループ担当常務であった被告も業務運営委員会のメンバーとして出席した。融資にあたっての原告の方針は、①工事代金の延払を認めることや会員権販売の促進などに大成建設の全面協力を引き出すこと、②損害保険会社、生命保険会社、信託銀行等へも働きかけ、協調融資のメンバーを拡大すること、③会員権販売体制を強化することを前提に、五〇億円を限度に貸出を実行するというものであり、会員権販売が想定通り進行せず、プロジェクトの完成が危ぶまれる事態となった場合には、事業主体の肩代わりなど抜本的な見直し策を講じるとするものであった。上記方針に基づき、同月三〇日、金三〇億円の融資が支店担当役員のA常務により決裁され、同日及び同年一〇月二九日、各一五億円の融資が実行された(上記オ、カ、キについて、甲13の1、2、甲14の1、2、甲15)。
ク 原告は、協調融資団のメンバーを拡大するために、新たに第一生命保険相互会社、千代田生命保険相互会社、朝日生命保険相互会社、千代田火災海上保検株式会社へも参加を呼びかけたが、平成三年九月から平成四年一月までの間に、「リゾート会員権ビジネスが逆風であり一口五〇〇〇万円で買う会社があるのか疑問」、「会員権販売の先行きが不透明で資金回収の目処が立たない」、「債権保全面で実質無担保である」などを理由として、相次いで参加を拒絶された(甲17、甲20、甲21、甲23)。さらに、前記のとおり融資の内諾を得ていた静岡銀行が平成三年一一月に、協調融資団の形成が遅延していること、三井銀行及び日本興業銀行などが参加を辞退していること、会員権の販売について環境変化に対応した方策がとられていないことなどを理由として、また同じく融資の内諾を得ていた株式会社協和埼玉銀行も平成四年一月に、行内におけるリゾート案件への拒否反応を理由として、いずれも協調融資団への参加を拒絶してきた(甲19、甲22)。
ケ 以上のような状況により、協調融資団は、平成四年一月時点では、住友信託銀行株式会社(以下、「住友信託」という。)からの一〇億円が確定しているのみで、駿河銀行が二億円の融資を一応応諾しているが他行の動向次第、さらに日動火災海上保険株式会社(以下、「日動火災」という。)が五億円の融資を検討中という状況であった。しかも、住友信託の協調融資への参加は、同行がメインとなって進めていた磐梯リゾート案件に原告が一〇億円の融資を行なうことを交換条件に応諾するものであり、実質的に原告の保証によるものであった。
コ このころ、日本海洋計画は、大成建設に対して一五億円の工事代金を支払うため、住友信託からの上記一〇億円の融資で不足する五億円について、原告につなぎ融資を求めてきた。原告は、これに応じて、平成四年一月三一日、日本海洋計画に対して五億円のつなぎ融資を実行した。被告は、与信専決権限を有する営業企画グループ担当役員としてこれを決裁した(上記ケ、コにつき、甲43)。
サ 協調融資団については、同年二月に、前記のとおり二億円の融資を応諾していた駿河銀行も参加を辞退してきた。このため、原告は、協調融資団の体裁を整えるために、住友信託に加えて日動火災との間で一〇億円の融資を引き出すための交渉を行ない、日動火災は八億円については原告の関連会社である日本ランディック株式会社が保証予約をすること及び二億円については日本海洋計画が所有する物件に担保設定することを条件として協調融資を行なうことを応諾した。このため、協調融資団は、最終的には、原告、住友信託及び日動火災の三者となったが、住友信託及び日動火災からの各一〇億円の融資は原告が実質的にリスクを負うものであった(甲24、25)。
(6) 長銀総合研究所による調査
原告は、以上の経過の中で、付設の調査研究機関である長銀総合研究所(以下「長銀総研」という。)により、本件プロジェクトについて四回にわたり採算可能性等の調査分析を行なった。すなわち、平成元年五月一九日付の第一回の調査は、総事業費約二六〇億円、会員権販売を一口二億円、一五〇口とする計画の下での採算シミュレーションであり、会員権販売が計画どおり行なわれ、施設建設完了時には投資金の回収が果たされ、それによる余剰金が本件プロジェクトのために留保されることが運営のための大前提であるとしていた(甲7)。次に、第二回目は、同年一〇月二四日付の「商品システム及び販売計画の検討」であり、会員権販売を成功させるために、オーナー会員(マンション分譲)と正会員に分け、オーナー会員の数を増やし、単価を引き上げる(一口三億円で七五戸)とともに、正会員の単価を引き下げる(一口二四〇〇万円で七五〇口)ことを提案していた(甲8)。さらに、第三回目は、平成二年六月二一日付の「事業計画の内容変更に伴う事業採算性の検討」であり、総事業費約四〇〇億円、マンション分譲を一戸二億五〇〇〇万円を三〇戸、正会員を一口平均四三三九万円で、一一五〇口とする計画について、総工費の上昇、会員権の売残り、ホテル部分の稼働率の低下のケースを想定して、採算性のシミュレーションを行なっているが、建設に必要な資金を大幅に上回る資金の回収が正会員権の販売によりなされることが、事業化の成否のポイントであるとされていた(甲9)。最後に第四回目が、平成三年二月一二日付の「『初島クラブ』事業計画の採算性検討」であり、総工費約四八〇億円、マンション分譲一戸三億円を二戸、正会員が一口平均約五四〇〇万円で、一二八〇口とする計画について、六〇億円の融資を開業二年目から五年間で返済する計画で、正会員権が二割売れ残るケースまでを想定して採算性をシミュレーションするものであった(甲42)。
(7) 本件追加融資
ア 本件プロジェクトについては、予定通り平成三年九月に会員制マンションやリゾートホテル等の施設の建築工事が、さらに平成四年三月にはマリーナ整備工事が開始された。同年六月時点では、施設の建築工事の進捗状況は全体の約四割弱であり、鉄骨は六階建の三階部分まで、外壁は両ウィング棟の三階部分までができあがっている状況であった。他方、会員権販売は不振であり、資金計画上は同時点までの会員権の販売を二七〇口、一一五億五〇〇〇万円の入金を見込んでいたにも関わらず、一二二口(分譲マンション二〇口相当分を含む)、三三億七五〇〇万円の入金しか達成できなかった(この段階では会員権は一口約五六〇〇万円とされていた。)。このため、日本海洋計画は同年五月一日支払予定の工事代金の中間金三六億二〇〇〇万円を大成建設に支払うことができず、大成建設は、工事代金の未払い、原告の本件プロジェクトに対する取組み姿勢に対する不安、先行きの工事代金の回収の目処が立たないことなどを理由に本件工事を中断し、原告に対して協議を申し出てきた(甲26の1、2、甲28の2、甲44)。
イ 営業企画グループ担当の専務取締役であり、業務運営委員会の委員長であった被告は、平成四年七月二三日、業務運営委員会(以下、「七月二三日の業務運営委員会」という。)を開催し、B審査部長、C虎ノ門支店長などが出席して、対応を協議した。業務運営委員会に提出された資料は、工事中止の場合の原告への影響として、①資金回収不能額五〇億円(住友信託、日動火災分も実質原告の負担)、②島民生活保障問題に巻き込まれる可能性(金額算定不能)、③販売済み会員権の払い戻し問題に巻き込まれる可能性(金額算定不能であるが最大三〇億円程度)、④優良株主企業(トヨタ、サントリーなど)とのトラブル、⑤公共性の高い案件であり社会的批判(会員権トラブル、静岡県、熱海市、農林水産省)を受ける可能性があるとし、他方で、建物を完成させる場合の原告の追加融資額は、会員権売却の見込にもよるが、単独融資を前提にすると一〇〇億円から三〇〇億円になるとし、工事中止により社会的問題に巻き込まれる損失と資金回収の可能性を比較すると建物完成まで持ち込むのが望ましいとするものであった。すなわち、①本件プロジェクトは希少価値のある良質のプロジェクトであり、現環境下での会員権販売は不振でも、最終的には会員権募集による資金回収は可能と思われること、②仮に残りの会員権が全て売れ残っても、会員用マンションをリゾートホテルとして運営することにより、償却前利益を毎年一九億円計上することが可能であるとの試算がなされ、建物完成後の運営が、会員権募集による余剰資金に頼らなくとも、概ね順調に推移するものと見込まれること、③工事中止による影響は無視できないこと、④建物完成により会員権販売の促進効果があるほか、運営方法の多様化(ホテルを主体にする)や事業主体の見直しも可能になるなど資金回収の方法が広がることなどから本件建物を完成まで持ち込むのが望ましいとするものであった。業務運営委員会においては、以上の認識に立って、本件プロジェクトに対する支援を継続することとし、平成四年度の必要資金一〇〇億円の資金枠を設定して大成建設を交渉のテーブルにつかせ、同社と必要資金の負担割合を折半する方向で折衝していく方針が了承された(甲26の1、2)。
ウ さらに、同月三一日、被告、K常務、B審査部長、C虎ノ門支店長などが出席する打ち合わせ(以下「七月三一日の会合」という。)が開かれ、上記方針の下で被告が大成建設とのトップ交渉を行なうにあたっての具体的対応案が検討された。そして、K常務から、「年内一杯ぐらいかけて当行のリスクをよく調べて計算し、それから対応を決めてもよいのではないか。」「もっとよく調べる必要がある。総研の調査は環境激変下、甘いのではないか。」という趣旨の意見も出されたが、被告から「当行はこれまでの経緯からすると一〇〇億円ぐらい損をしてでもやらざるを得ない。その覚悟の中でどのくらい損を少なくするか、また、他に転嫁できるかということであろう。」との発言もあり、本件プロジェクトを完成させる前提で、原告のリスクをいかに少なくするかが課題であり、そのために大成建設に工事完成までの費用の半分を負担させるという方針が確認された。その上で本件プロジェクトを中止した場合の社会的リスク、特に大成建設にとっての社会的リスクの大きさ及び本件プロジェクトの事業リスクを再度調査するとともに、大成建設への対応案をさらに検討することとなり、虎ノ門支店を中心に作業を行うよう指示がなされた(甲27の1、2)。
エ また、同年八月四日に、業務運営委員会(以下「八月四日の業務運営委員会」という。)が再度開催され、被告、D専務、K常務、B審査部長、C虎ノ門支店長らが出席し、上記各調査結果の報告を踏まえ、協議が行われた。その結果、①これまでのプロジェクトへの関与の経緯・深さ、現時点での工事中止の場合の直接・間接の影響(与信回収不能五〇億円プラスアルファ(社会的リスクを含む))からみて、この時点で本件プロジェクトを中止するのは現実的ではなく、施設を完成させたうえで、資金の回収を図る方が全体として損失を最小化することができる可能性がある、②建物建設までは大成建設にも負担を折半させるのを原則とする、③建物完成後、最終的に第三者に処分せざるを得ない場合にも、損失が発生したときは大成建設にも応分の負担を求めるべきであり、原告のその時点の損失が現在想定される損失より大きくなった場合は、その部分は社会的リスク回避料と考えるべきであるという被告の意見が方針として確認された。そして、大成建設に対する具体的対応振りとしては、建物完成までの不足金を三三〇億円と見込み、これを半分ずつ原告からの融資及び大成建設による工事代金延払いによってまかない、さらに原告は建物完成後の必要資金(会員権の応募が全くない場合は、最大一一四億円)を融資するという案で大成建設の協力を引き出すこととされた(甲28の1ないし9)。
オ 上記方針に従い、被告が中心になって大成建設と交渉し、同月二五日、原告と大成建設との間で、①大成建設は、今後発生する施設建設費用二九三億八〇〇〇万円のうち半額にあたる一四六億九〇〇〇万円について延払を認め、本件プロジェクトを支援すること、②原告は、日本海洋計画に対して、大成建設に対して未払いとなっている前記工事代金の支払資金として三六億二〇〇〇万円をすみやかに融資すること、③原告は、さらに施設建設費用の半額にあたる一四六億九〇〇〇万円を日本海洋計画に融資すること、④以上により本件プロジェクトを完成させることが合意された(甲29の1、2、甲30の1ないし3)。
カ 原告は、平成四年九月二一日、与信専決権者である被告の決裁を得て、日本海洋計画に対する一八三億一〇〇〇万円の前貸し枠(上記三六億二〇〇〇万円と一四六億九〇〇〇万円の合計額)を設定し、これに基づき、同日四四億二〇〇〇万円、同年一〇月二三日に一七億円、平成五年一月二〇日に一三億五〇〇〇万円(合計七四億七〇〇〇万円)の貸出を実行した(甲31の1、33の2)。
(8) 本件プロジェクトのその後の状況
ア 本件プロジェクトは、平成六年五月に大部分の工事が完了し、同年七月にリゾートホテル「初島クラブ」が開業し、平成七年七月に付属のマリーナ施設である「初島フィッシャリーナ」の営業が開始された。会員権の販売は、バブル経済の崩壊による影響から、依然不振であり、最終的には一五二口(分譲マンション二〇口相当分を含む)、約六〇億円程度しか販売できなかった。他方で、一般宿泊客の数も伸び悩み、収支は、償却前営業損益で、平成六年度は一二億三五〇〇万円、平成七年度は九億六〇〇万円、平成八年度は八億八五〇〇万円、平成九年度は七億六三〇〇万円、平成一〇年度は六億七五〇〇万円(見込み)の大幅な赤字となった。このため原告は、上記前貸し枠を超える融資を余儀なくされ、日本海洋計画に対する融資残高は、平成一〇年三月時点では、元本のみで三六〇億円を超える状況となっていた(甲33の2、甲36の2、甲55、甲56)。
イ 原告は、平成一〇年三月九日に開催された常務会で、本件プロジェクトの有利子負債を軽減し、収益改善を図るために、日本海洋計画から新会社(相模海洋開発株式会社)に債務の一部のみを引き受けさせる形で営業譲渡をさせ、日本海洋計画に対する残された債権についてはこれを放棄する方針を決めた。これに従い、同月、原告の日本海洋計画に対する貸付金予定元本三六五億円のうち一三〇億円(さらには大成建設の有する債権のうち二〇億円)を日本海洋計画に残す形で、日本海洋計画から相模海洋開発株式会社に対して債権の一部を免責する形で営業の譲渡がなされた(甲35の1、2、甲56)。
ウ 上記収益改善計画においても、原告からの追加的支援が継続されることが前提となっていたが、原告に対して特別公的管理が開始され、追加融資が期待できない状況となったことから、相模海洋開発株式会社(当時、日本海洋計画株式会社に商号変更されていた。)及び日本海洋計画(当時、エヌ・ケー観光株式会社に商号変更されていた。)は、平成一一年四月二六日、静岡地方裁判所に対して、会社更生の申立を行ない、同裁判所は、同年七月五日、更生手続の開始決定をした。会社更生手続において、原告は日本海洋計画に対して更生担保権一〇億二四三万八六四五円及び一般更生債権二三四億二二二七万九三二七円をそれぞれ届けたが、更生担保権一〇億二四三万八六四五円及び一般更生債権三億二〇一三万四〇八八円の弁済を受けたにとどまった(甲35の1、2、甲36の1、2、甲56)。
(9) 訴訟引受
ア 原告は、平成一二年二月二八日、被告に対する本件損害賠償請求権を訴訟引受人に譲渡し、同日付けの書面で被告に対して譲渡を通知し、同通知は翌日被告に到達した(甲37の1、2、甲38)。
イ 原告から、同年四月一二日、整理回収機構に本件訴訟の引受を命ずる旨の裁判を求める申立がなされ、当裁判所は、同年六月一三日、整理回収機構に本件訴訟を引受けることを命じる決定を行ない、整理回収機構により訴訟の引受がなされた。なお、被告は、原告の本件訴訟からの脱退に異議をとどめている。
2 争点
(1) 本件追加融資にあたっての被告の善管注意義務違反の有無
ア 原告及び訴訟引受人の主張
(ア) 銀行の取締役は銀行業務の公共性に照らし、健全性と安全性の維持を最高の使命として経営にあたるべきであり、取締役の融資にあたっての注意義務の判断においてもこのことが当然前提とされるべきである。すなわち、銀行の取締役は、融資実行にあたっては、貸付当時及び将来の経済状況(とりわけ、景気・資産の価値の動向)、相手先企業の業績・規模・経営者の能力・経営状況・保有資産、事業の発展又は衰退の見込み、貸付の額・資金の使途・貸付の必要性、担保の内容及び額、既に負担している債務の内容及び額並びに返済状況、当該貸付の返済資金の調達方法又はその見込み、貸付の社会的妥当性等の諸事情を考慮し、銀行業務の公共性、経営の安全性・健全性維持の要請にかなった合理的な裁量に基づく判断を行わなければならない。特に、本件のような追加融資にあたっては、追加融資をした場合に銀行の受ける利益(又は損失)の大小と、追加融資をしないで先行融資の回収をすることとした場合に銀行の受ける利益(被る損失)の大小を比較したうえで、いずれが銀行の利益を最大にし、損害の発生を最小にするかを真摯に検討することが必要である。このような取締役の注意義務の有無の判断にあたっては、当該銀行の規模及び性質も当然考慮されるべきであり、原告においては、長期金融の専門銀行として、設備資金又は長期運転資金の貸付という業務遂行を客観化、合理化、効率化することを目的として、長銀総合研究所や長銀不動産調査サービス等の専門的調査研究機関が設置され、専門的知見を業務に活用しうる体制を有したことを前提に考えられるべきである。これらを前提に考えるならば、被告のなした本件追加融資の判断は、以下に述べるとおりその判断に必要な情報を十分に収集し、それを慎重に分析・検討しておらず、その判断内容も著しく不合理なものであって、取締役に与えられた裁量の範囲を超えた注意義務違反があると言わざるを得ない。
(イ) 本件追加融資を実行する場合の融資の回収可能性についての検討が杜撰である。被告は、本件追加融資の回収方法につき、①ホテルが完成し営業を開始することにより、会員権の販売を促進する、②ホテル営業を主体とする運営に計画を変更する、③本件プロジェクトそのものを売却するなどの方策により、回収が可能であると判断したものであるが、いずれも検討が不十分である。
すなわち、本件追加融資の時点までは、本件プロジェクトは、総事業費約四八〇億円に対して会員権販売により約七〇〇億円を集めるという資金計画を有していたにもかかわらず、平成元年から開始された会員権販売は、平成四年三月時点で、予定された一八五口、七三億円に対し一〇九口(マンション分二〇口相当を含む)、三三億七五〇〇万円の入金しかなく、さらに同年六月末の時点では予定された二七〇口、一一五億五〇〇〇万円に対して一二二口(マンション分二〇口相当を含む)、三七億三五〇〇万円の入金にとどまり、極めて低調であった。本件追加融資当時、既にバブル経済は崩壊しており、当時想定していた一口約五六〇〇万円という高額なリゾート会員権を今後大量に販売することを見込める状況にはなく、現に本件プロジェクトへの協調融資を持ちかけた都市銀行を始めとする多数の金融機関がこれを理由に融資を拒絶してきたのであるから、会員権の販売により資金回収が可能であるとするためには、長銀総合研究所を活用するなどして、会員権が売れない原因を分析し、将来の販売見込みについても再検討すべきであったのに、このような調査を行わず、安易に資金回収が可能であると結論づけた。
また、被告は、ホテル営業を主体とする運用へと計画を変更することについても、会員用マンションをホテルに転用した場合に開業初年度に償却前利益約一九億円の計上が可能であり、資金的に年間一五億円強の余剰が出るとの審査部の試算に依拠して、資金回収の見込みを判断した。しかしながら、この試算は、比較検討の対象とされた他の地区のリゾートホテルが基本的に定員二人のツインタイプであるのに対して、本件プロジェクトの会員用マンションはもともと分譲用高級マリンリゾートとして企画されたため、一室の面積が約三〇坪と広いことから、一室の定員を四人として、室料を他の地区のリゾートホテルの二倍である七万二〇〇〇円と設定するものであり、高額に過ぎるし、また客室稼働率を56.5パーセントとする点も見積もりが甘いと言わざるを得ない。本件プロジェクトの主要施設は会員用マンションとして企画設計されており、リゾートホテルとして企画設計されたものでないのであるから、会員用マンションの施設を設計仕様や部屋面積をそのままにしてリゾートホテルに転用するのなら、長銀総合研究所を活用するなどして慎重にその収益可能性を検討すべきであったにもかかわらず、このような調査の検討を怠った。
さらに、事業主体の変更についても抽象的な可能性の提示にとどまり具体的客観的な検討は行われていない。
(ウ) 他方で、本件追加融資を打ち切った場合の原告の経済的・社会的負担についての真摯な検討がなされていない。
被告は、本件追加融資を実行しなかった場合、原告には、①既存の貸付金の回収不能という直接的損失以外に、②島民の生活保障等をめぐるトラブル、③販売済み会員権の払戻問題や優良取引先に対する信用失墜、④国・地方自治体に対する信用失墜、⑤建物中止による原状回復問題という有形・無形の損失の発生する蓋然性が高く、これらの損失を回避するためにも追加融資を実行したとする。しかし、追加融資をしなかった場合に想定される懸念材料を抽象的に羅列するのみで、具体的にどのような信用問題や社会的責任が発生するのか、それらが発生する蓋然性はどの程度のものか、それを防ぐためにどのような方策がとれるのか、仮にそのような問題を処理するための金銭的出捐が必要になるとしてどの程度の金額が必要なのかについて十分な情報の収集や検討を行っていない。むしろ、これらの事情は、原告の法的責任を生じさせるものではなく、また、原告に損失が生じる蓋然性が高いことを示す客観的な事情は存しなかった。
(エ) なお、被告は、大企業の取締役は、下部組織の報告や分析を信頼して意思決定を行うことが許される(「信頼の権利」)と主張するが、取締役は、「警告を発するような状況」や「異常な事実」が存在する場合には、他の取締役や下部組織の報告や分析を信頼することができないのであり、調査を怠って漫然と信頼しても、そのような信頼は保護に値しないというべきである。本件においては、既に述べたように会員権販売の見通し、ホテルとして運営するための自転可能性といった重要な点について「警告を発するような状況」が顕在していたのであるから、担当者の収集した情報や分析を信頼してよい客観的基盤はなかったというべきである。
(オ) 以上のとおり、被告は、本件追加融資を行うに当たり、十分な情報を収集し、これを慎重に分析して、追加融資を行うことの得失を具体的に検討することを怠って、回収可能性のない巨額の融資を実行し、その結果多大な損失を生じさせたものであり、その判断は結論においても著しく不合理なものであるから、取締役としての善管注意義務に違反したものというべきである。
イ 被告の主張
(ア) 取締役が企業人として合理的な選択の範囲内で誠実に行動した場合には、その行動が結果として会社に損害を生じさせたとしても、そのことの故に取締役の注意義務違反があったとして責任を問われるべきものではなく、取締役の注意義務違反の有無は、当該取締役が職務の執行にあたってした判断につき、①その基礎となる事実の認定、又は②意思決定の過程のいずれかに通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるため、それが取締役としての裁量権を逸脱したものか否かをもって判断されるべきである。銀行においては、融資業務を専門としそれに習熟した行員により、営業部店(支店)での組織的検討がなされた上に営業部店の統括組織において重ねて検討されるという営業部門のピラミッド的組織が作られ、この完成した組織によって段階的に意思決定が行われ、さらにこれと並行して信用リスクの観点からの検討を専門とする審査部による融資先企業及び融資対象事業の信用リスクのチェックがなされるのが一般であって、行員の専門性が高いこと、組織としてのチェック機能が築かれていることなどの銀行の組織及び業務の特殊性に鑑みると、原告のような大組織の取締役は、特段の事情がない限り、下部組織が作成した資料・分析結果を信頼し、これに基づき最終的な経営判断を行えば足り、下部組織において検討された資料や調査結果を子細にわたって調査するまでの義務はないというべきである(「信頼の権利」)。
(イ) 被告は、本件追加融資の決裁をなすにあたって、虎ノ門支店、審査部、営業企画部の検討結果を踏まえ、二度にわたる業務運営委員会及び関係部署との打ち合わせを行い結論を出したのであり、原告の融資における決裁の手順を遵守し、各部署の検討結果に依拠して判断を行ったものであり、各部署の検討結果の信頼性を疑わせるような特段の事情もないので、被告には責任はない。
(ウ) さらに、被告は本件追加融資を実施するについて、本件プロジェクトから撤退した場合における原告の経済的・社会的損失、負担と本件プロジェクトを完成させるために資金支援をした場合における原告のそれとの比較・検討を具体的かつ十分に行ない、本件追加融資を行う判断をしたのであって、被告の判断は取締役に与えられた裁量権を逸脱するものではない。すなわち、工事中止により本件プロジェクトから撤退した場合においては、原告には、①融資金回収不能による五〇億円の損失(住友信託銀行融資一〇億円、日動火災融資一〇億円を含む)の外に、金額算定不能の損失、負担として、②生活保障等をめぐる島民とのトラブル、③販売済み会員権の払い戻し、④優良株主企業(トヨタ自動車、サントリーなど)に対する信用失墜、⑤本件プロジェクトに関係した静岡県、熱海市、農林水産省等官庁に対する信用失墜、⑥建設途上の用地の原状回復費用の負担問題などが発生することが危惧されるのに対して、追加融資をして建物を完成させる場合には、これらの損失を回避できるとともに、融資の回収においても、①建物の完成によって会員権販売促進効果が生じること、②会員権がすべて売れ残る場合にもホテルとして採算がとれる見込みがあったことから、運営方法の多様化、事業主体の見直し等により、資金回収方法が広がることなどが期待できた。
(エ) このうち、追加融資をしない場合の損失については、原告は、農地転用申請やマリーナ開発のために二度にわたって五〇億円の融資証明書を発行するとともに、日本海洋計画に対する融資や出資を通じて日本海洋計画のメインバンクとなっており、本件プロジェクトは原告主導のプロジェクトと認識されていたのであるから、追加融資を打ち切る場合に上記のような金額算定不能の損失が生じる蓋然性は高いものと判断された。すなわち、本件プロジェクトは、日本海洋計画が島の三分の一にあたる面積の農地を島民全世帯から賃借し、島民からなる初島事業協同組合が日本海洋計画の株主となるとともに、初島漁業協同組合もマリーナ建設につき漁業権の補償なしで同意して始まったものであり、建設途上で本件プロジェクトを挫折させることは、農地を提供した島民らの生活保障の問題を発生させるのみならず、島民の雇用の拡大や観光売上げの期待を奪うものであって、生活保障等をめぐって島民とのトラブルの発生するおそれが大きかった。また、当時既入会の会員は一二二口、約三〇億円であり、これらの払戻し問題の発生が予想されたが、これらの会員あるいは日本海洋計画の株主には、原告の重要な取引先であるトヨタ自動車をはじめ、原告と取引のある一流企業が多く含まれ、原告が追加融資を打ち切り本件プロジェクトが挫折する場合には、これらの企業とトラブルになるとともに、原告の信用を失墜させる恐れが強かった。また、原告は長期資金を供給するという業務の性格上、再開発事業や都市開発事業等の公的プロジェクトに参加する機会が多いところ、本件プロジェクトの中止により原告の官公庁に対する信用の失墜が静岡県や熱海市にとどまらず、他県にも波及することが懸念された。さらに、用地の原状回復については、島民、静岡県、熱海市を巻き込んで原告と大成建設との間でトラブルとなることは必至の状況であった。
(オ) 他方で、追加融資を行う場合には、虎ノ門支店、営業企画部、審査部の資金収支見込みによれば、工事を完成させかつ追加の会員権の販売がない場合においても、ホテルとして運営することにより、減価償却費・公租公課・金利負担を除いた利益として年間二〇億円程度が見込まれ、資金的にも年間一五億円強の余剰が出るとの試算がなされていたことから、建物完成後、原告から追加融資を受けることなく本件プロジェクトが独力で資金が回っていくことが可能であり、会員権販売にある程度時間を置くことができ、また会員権を全く販売せずプロジェクトを他に売却することも見込まれた。なお、原告らは、ホテルとしての採算可能性について長銀総研などを利用した調査分析がなされていないことをもって、調査が不十分であると主張するが、銀行内部の分掌上、融資の安全性の面からの審査は審査部の所管であり、長銀総研の調査をいかに使うかは審査部の裁量に属する事項であり、本件においては審査部の検討を経た分析結果が示されているのであるから、調査に何ら不備はなかった。
(カ) 以上のとおり、被告は、工事中断のまま本件プロジェクトから撤退した場合の損失、負担と追加融資をして工事を完成させた場合の原告の負担と資金回収の可能性の拡大を比較検討した結果、施工業者である大成建設にも工事完成のための資金を負担させることにより原告の負担を減らした形で追加融資を行うことが有利であると判断したのであり、取締役の善管注意義務に違反するものではない。
(2) 本件追加融資により、原告が被った損害の有無
ア 原告及び訴訟引受人の主張
原告は、上記会社更生手続により一三億二二五七万二七三三円の弁済を受けたにとどまるから、仮にその全額を本件追加融資金の弁済に充当したとしても、本件追加融資による原告の損害は、六一億一七四二万七二六七円を下回ることはない。本訴においては、そのうちの金一億円の支払いを求めるものである。
イ 被告の主張
原告に損害はない。すなわち、本件追加融資の実行により、原告は完成建物に対する担保権を取得することができた。その価値は、会社更生手続により本件プロジェクトを承継したリゾートトラスト株式会社が総額二七七億円の会員権の販売を予定していることから、本件追加融資額七四億七〇〇〇万円を大幅に上回るものである。加えて、原告は、本件追加融資の実行により、上記のとおり①初島島民に対する生活保障、②販売済みの会員権の買戻し、③建物建設中止による原状回復、さらには④本件プロジェクトを工事途中で挫折させることによって原告が被る国、地方自治体、多数の一流企業に対する信用失墜という有形・無形の損害を回避できたという利益を得ており、これらは回収不能となった本件追加融資額を上回るものである。従って、原告に損害はない。
第3 争点に対する判断
1 本件追加融資にあたっての被告の善管注意義務違反の有無
(1) 取締役の注意義務違反の判断基準及び方法
ア プロジェクトに対する追加融資は、常に既存融資の回収を可能とするものではなく、他方で新たに追加融資分についても貸倒リスクを拡大させるものであり、既存融資の回収可能性と新規融資分についての貸倒リスクの大きさは、結局のところプロジェクトの採算性に依存するものである。従って、本件のようにプロジェクトに対して追加融資を行うか否かの判断においては、銀行の取締役は、追加融資の打ち切りにより直ちに顕在化する既存融資の回収不能やプロジェクトの挫折により被る有形・無形の損失の大きさのみに目を奪われることなく、追加融資を打ち切る場合とこれを実行する場合のそれぞれに予測される損失を的確に把握し、これを最小化する方策を検討した上で、その比較衡量を行ない、追加融資を実行する方が損失が小さい場合、すなわち合理的に見込まれる貸し倒れリスク等を考慮しても追加融資を実行することにより全体として利益が期待しうる場合にのみ、これを実行すべきである。
すなわち、銀行の取締役には、時々刻々と変化する経済環境の中で種々の事情を考慮の上、収益機会を求めて合理的に計算されたリスクに立ち向かう果断さとともに、見込みのない事業から撤退する冷静な勇気が求められているものというべきである。
イ しかしながら、このような判断は、時間と情報の制約の中で、経済情勢、当該プロジェクトの属する市場の動向、プロジェクト運営主体の経営能力、取引先との関係や銀行を取り巻く社会情勢など複雑かつ多様な諸事情を勘案した総合的判断であることから、情勢分析とその衡量判断の当否は、意思決定の時点において一義的に定まるものではなく、取締役の経営判断に属する事項としてその裁量が認められるべきである。
そして、取締役の判断に許容された裁量の範囲を超えた善管注意義務違反があるとするためには、判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがあったか否か、又は判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か、すなわち、当該判断をするために当時の状況に照らして合理的と考えられる情報収集・分析、検討がなされたか否か、これらを前提とする判断の推論過程及び内容が明らかに不合理なものであったか否かが問われなければならない。
ウ 他方で、取締役の行なった情報収集・分析、検討などに不足や不備がなかったかどうかについては、分業と権限の委任により広汎かつ専門的な業務の効率的な遂行を可能とする大規模組織における意思決定の特質が考慮に入れられるべきであり、下部組織が求める決裁について、意思決定権者が、自ら新たに情報を収集・分析し、その内容をはじめから検討し直すことは現実的でなく、下部組織の行った情報収集・分析、検討を基礎として自らの判断を行なうことが許されるべきである。特に、原告のように専門知識と能力を有する行員を配置し、融資に際して、営業部店、審査部、営業企画部などがそれぞれの立場から重畳的に情報収集、分析及び検討を加える手続が整備された大銀行においては、取締役は、特段の事情のない限り、各部署において期待された水準の情報収集・分析、検討が誠実になされたとの前提に立って自らの意思決定をすることが許されるというべきである。そして、上記のような組織における意思決定の在り方に照らすと、特段の事情の有無は、当該取締役の知識・経験・担当職務、案件との関わり等を前提に、当該状況に置かれた取締役がこれらに依拠して意思決定を行なうことに当然に躊躇を覚えるような不備・不足があったか否かにより判断すべきである。
(2) 本件追加融資の手続について
以上を前提として被告の善管注意義務違反の有無を検討する。本件追加融資は、既に述べたとおり、虎ノ門支店、営業企画部、審査部における情報収集・分析、検討を経て、二度にわたる業務運営委員会及び関連部署との打ち合わせを行なった上、追加融資を打ち切る場合に生じる既存融資の回収不能、本件プロジェクトの中止に伴い原告が被る恐れのある有形・無形の損失を考慮すると、追加融資を実行することにより、これらの損失を回避することができるとともに、建物を完成させることにより融資の回収方法も広がることから、大成建設に工事代金の一部の延べ払いを認めさせることにより原告の負担額を減らした上で追加融資を実行する方が有利であるとの判断により、与信専決権者である被告の決裁により行なわれたものである。従って、本件追加融資にあたっては、原告の定められた手続に従い、各部局の検討結果に基づき、追加融資を打ち切る場合とこれを実施する場合の利害得失について一応の衡量が行なわれた上、判断がなされたものということができる。
(3) 本件追加融資の判断について
ア そこで、次に、これらの被告の判断の前提となった各部署における情報収集・分析、検討の結果に、被告が意思決定を行なう取締役として当然に躊躇を抱くべき不足・不備があったか否か、あるいは被告の判断の推論過程及び内容に明らかに合理性を欠く誤りがあったかどうかを検討する。
イ 追加融資を打ち切る場合の損失の見込みについて
(ア) 業務運営委員会においては、既に「争いのない事実等」において認定したとおり、虎ノ門支店、審査部及び営業企画部の作成した資料に基づき、追加融資を打ち切る場合に見込まれる損失として、①資金回収不能金五〇億円(原告融資分三〇億円の外、実質原告のリスクとなっている住友信託及び日動火災からの各一〇億円の融資金を含む)、②既販売会員権の払い戻し問題に巻き込まれる懸念、③島民生活保障問題に巻き込まれる恐れ、④地方公共団体などとの関わりのある公共性の高い案件であり、社会的批判を受ける懸念、⑤優良株主企業等とのトラブルなどがあるとして、与信回収不能となる五〇億円の外、金銭への算定が不能な直接・間接の影響について検討がなされた。しかるところ、上記②及び⑤については、当時、会員権は一二二口販売され、三三億七五〇〇万円が入金されていたことからプロジェクトの中止により当然にこれらの会員権の払戻しの問題が生じることが予測され、しかもこれらの会員あるいは日本海洋計画の株主には、原告にとって重要な取引先であるトヨタ自動車、サントリーを始めとする優良企業が含まれていた。また、③については、本件プロジェクトのために島民四一世帯との間で島の三分の一の面積にあたる約一四ヘクタールの農地について賃貸借契約が結ばれており(賃料年五〇〇〇万円、期間二〇年間で、更新される。)、島民は初島事業協同組合を設立して日本海洋計画に出資し、またマリーナの開発について初島漁協が漁業権の補償なしで同意するなど島民挙げて本件プロジェクトに大きな期待を寄せて協力してきていることから、本件プロジェクトの中止は島民の期待を裏切るとともに、生活面において大きな打撃を与えることが予想された。さらに、④については、本件プロジェクトは、静岡県のリゾート法適用第一号予定案件であり、本件プロジェクトに合わせて熱海市による送水管の拡大工事と島内道路の整備が実施され、マリーナ工事を含む第二次漁港整備事業に農林水産省所管のNTT無利息資金が導入されるなど、地域活性化の観点から地元自治体等からも期待の強いプロジェクトであった(甲26の2)。そして、原告は、本件プロジェクトとの関係で五〇億円の融資証明書を発行し、協調融資団の形成を働きかけ、自らも最大額の融資を行なうとともに、日本海洋計画にも出資を行なっていることから、当時において、原告は日本海洋計画のメインバンクであり、本件プロジェクトを主導していると一般に受け止められるような状況になっていたことが窺われる。そうすると、上記②から⑤の問題は、原告に直ちに法的責任を生じさせるものではないが、原告に対して責任の追及が行なわれ、その処理を巡って会員企業との間の取引に影響が出たり、島民との間の紛争が社会問題化したり、取引先や官公庁に対する原告の信用が失墜する事態が生じることが十分懸念される状況にあったと認められる。既存融資五〇億円の回収不能の外に、本件追加融資の打ち切りにより生じるこれらの有形・無形の損失の大きさを金銭的に見積もることは困難であるが、七月三一日の会合における被告の「当行はこれまでの経緯からすると一〇〇億円ぐらい損してもやらざるを得ない。」という発言は、当時の取締役の認識を物語るものであり、プロジェクトの中止が原告にとって多大な影響を与えるものであったことは想像に難くない。
(イ) しかしながら、他方で、既販売の会員権の大部分は日本海洋計画の社長の小倉豊の人脈を通じて販売されたものであり、トヨタ自動車やサントリーの日本海洋計画への出資も、原告による融資以前からプロジェクトパートナーという位置づけでヘリコプター輸送やレストラン経営などの事業目的を持って検討されていたものである(甲6)。また、本件プロジェクトは、小倉豊が昭和五〇年代後半に計画し、数年がかりで島民への説得を行なって、島民からの信頼と協力を得て、昭和六〇年に日本海洋計画を設立し、初島事業協同組合から出資を受けるとともに、昭和六三年に島民との間で借地契約を締結し、大成建設に依頼して調査工事を実施し、平成元年二月に静岡県からリゾート施設計画の承認を受け、またその以前から熱海市による送水管工事が施工されるなどしていたもの(甲41の3)であって、本件プロジェクトにおける島民や官公庁との関係は、原告が関与する以前から小倉豊を中心として形成されていたとみることができる。加えて、大成建設も本件プロジェクトの造成工事、建築工事及びマリーナ開発工事を請け負い、静岡県に対して工事完成証明書を提出し、また前記NTT無利息資金を債務保証するなど本件プロジェクトと重要な関わりを有していたのであって(甲26の2)、特に島民との紛争は大成建設による原状回復の見込みとも相当程度関連するなどの事情があった。そして、これらの事情に照らせば前記の損失は必ずしも所与のものではなく、その内容を吟味し、これを分担ないし最小化するための方策を検討する余地のあり得るものであったと考えられる。しかし、この点について踏み込んだ調査・検討が行われた形跡はない。七月三一日の会合の際、虎ノ門支店を中心に本件プロジェクトを中止する場合の社会的リスク、特に大成建設側の社会的リスクを綿密に調査するよう指示がなされてはいるが、これは大成建設から工事完成の協力を引き出すために、いわば大成建設の弱点を探る観点からなされたものであり、原告に生じる損失を最小化する目的で調査の指示が行なわれたものではない。
(ウ) そうしてみると、追加融資の打ち切りの場合に原告に生じる損失についての情報収集・調査、検討は、懸念される項目は尽くされているが、これらが原告にとって大きな影響を与えるものであるとの認識にとどまり、仮にプロジェクトを中止する立場に立った場合に、どのようにしてこれを最小化し得るか、その場合の原告に与える影響はどうであるかという点についての分析・検討に欠けるものがあったというべきである。
ウ 追加融資を行う場合の融資の回収見込みについて
(ア) 業務運営委員会に提出された資料には、既に認定したとおり、追加融資を行なった場合の資金回収の見込については、建物完成により、①会員権販売を促進する効果が生じること、②運営方法をホテル営業を主体とするものに変更するなどの多様化させることができること、③事業主体の見直しも可能となることから、資金回収方法がかなり広がるとした上で、会員権の販売については現環境下での会員権販売は不振であるが最終的には会員権募集による資金回収は可能と思われ、また会員権の販売が現時点でストップし建物をホテルとして運営した場合にもホテルとして採算が可能であるとするものであった。
(イ) ところで、本件追加融資は、建物完成までに一八九億円、さらには建物完成後も会員権の販売状況によっては最高一一四億円の融資が必要となることが見込まれるというものであり、既存融資額五〇億円(原告の実質負担分の二〇億円を含む)、さらには追加融資を打ち切る場合に想定されていた損失と比較しても、数倍に及ぶ巨額の資金について新たに貸倒リスクを生じさせるものであった。従って、追加融資を実施する方が全体として利益を合理的に期待しうるというためには、既存融資分も含めて融資全体について相当程度の回収可能性が見込まれることが必要であった。そして、融資の回収可能性の判断にあたっては、原告のこれまでの本件プロジェクトに対する関わりは、プロジェクトの総事業費四八〇億円(会員権販売により七〇〇億円を回収)のうち五〇億円を融資限度とし、会員権の販売により建物完成後短期間に融資の回収が行なわれることを想定するものであったのに対して、今回の追加融資は、本件プロジェクトの建物完成までの工事費の半分を融資し、状況によっては建物完成後の必要資金も融資することを見込んだものであり、建物完成後の会員権の売れ残りのリスクあるいは本件事業の運営のリスクの大部分を原告が引き受けることになるものであることから、会員権の販売の見込みあるいは本件プロジェクトの事業としての採算可能性について、これまで以上に十分な検討を行なうことが求められていたというべきである。
(ウ) そこで、まず最初に、会員権の販売による資金回収可能性について検討するに、本件プロジェクトについては長銀総研において平成元年五月から平成三年二月までの間に四度にわたる採算可能性等の調査分析が行なわれたが、いずれも会員権の販売により回収した資金から事業費を賄い、開業当初からその余剰金を運転資金に当てることがプロジェクトの成功のために必要であるとされていた(甲7、8、9、42)。
しかるに、平成元年から始まった会員権の募集は、本件追加融資の時点では、既販売一二二口、入金額は三三億七五〇〇万円であり、販売見込みを含めても約一六〇口、約六〇億円にとどまり、全体一二八〇口に対する進捗率は、口数で12.5パーセント、金額で八パーセントに過ぎず、平成三年八月に立てられた販売計画の平成四年六月末における予定(二七〇口、一一五億五〇〇〇万円)からも大幅に下回るなど、極めて低調であった。さらに、当時は、バブル経済の崩壊により一口約五六〇〇万円という高額なリゾート会員権が大量に売却できることが見込める経済情勢ではなく(甲49の1及び2、甲50)、長銀総研の調査分析においても本件会員権の割高感が指摘されていた(甲42)外、原告が本件プロジェクトに対する協調融資を呼びかけた多数の銀行、生命保険会社、損害保険会社も一様に会員権の販売見込に不安を抱き協調融資への参加を断っていたところである。そして、現実にも本件プロジェクトの会員権の販売は最終的には一五二口、約六〇億円にとどまっているのであって、被告の想定するような形で会員権の販売により資金の回収を図ることは到底困難な状況であったものと認められる。以上のような状況下において、会員権の販売も融資の回収方法として念頭に置くのであれば、会員権の販売の不振の原因を分析し、市場の動向も調査し、マーケティングの方法等も検討するなどして商品化さらには事業としての採算可能性について再度の調査分析を行うことが必要であったというべきであるが、業務運営委員会に提出された資料は従来の長銀総研の分析の延長としての会員権の販売予測ごとの資金計画を示す四枚の表に過ぎず、これによって会員権の販売による融資の回収を期待するのは不十分といわざるを得ない。
(エ) 次に、本件プロジェクトをホテルとして運営することによる採算可能との見込みについて検討するに、本件プロジェクトは、分譲マンション二戸(一戸三億円)、会員用マンション一二八室(一室あたり一〇口の会員権を割り振り、会員権は一口当たり約五六〇〇万円)及び一般利用客用ホテル八五室からなっていたが、七月二三日の業務運営委員会に提出された資料には、当時売却済みの会員権一二二口を除く残りの会員権がすべて売れ残っても、これをホテルに転用することにより、長銀総研の試算によると初年度から償却前利益約一九億円の計上が可能であるとし、ホテルの客室部門を一九七室とし、客室稼働率を56.5パーセント、室料を約七万二〇〇〇円とする前提での収支表一枚が添付されていた(甲26の2)。そして、この収支見込みについては、七月三一日の会合で、K常務から長銀総研の試算は環境激変下甘いとの指摘がなされ、虎ノ門支店を中心に再度本件プロジェクトのリスク調査を綿密に行なうこととなった。これに基づき、八月四日の業務運営委員会には前記の試算を裏付ける資料として東京ベイ第一リゾートホテルと本件プロジェクトの収支の対比表、沖縄の主要ホテルについての収支表が資料として提出されたが、K常務から重ねてこの見込みは甘い部分があるとの発言があったものである(甲28の1及び3)。
ところで、本件プロジェクトは法人向けの会員制マンションを中核としたマリーンリゾートプロジェクトとして企画され、総事業費を会員権販売により得た資金で弁済し、その余剰金を運転資金に当てることがプロジェクト全体の採算性の前提とされていたところ、プロジェクト全体を一般利用客を対象としたリゾートホテルとしてみる場合には、立地条件、部屋の企画及び付属施設の評価、さらには料金設定や融資の返済条件などが根本的に変わってくるのであるから、従来のプロジェクトとは別個のプロジェクトとして、長銀総研その他の機関等を活用してホテル事業としての収益可能性を本格的に調査分析することが必要であったというべきである(長銀総研の試算として収支シミュレーションが添付されていることから、業務運営委員会の資料の作成過程で担当部署が意見聴取したことは窺われるが、この時点でホテル事業を前提として本格的調査が行なわれた形跡はない。)。被告は、個別融資の信用リスクの審査は審査部の所管事項であり、長銀総研の調査を使うか否かは審査部の裁量の範囲に属する事項であり、本件においては審査部の検討した収支見込みが出されているのであるから、これに依拠することが許されると主張する。しかしながら、審査部は、事業主体等により立案された事業化計画を前提として融資の安全性の観点からその内容の審査を行なう部署であっても、自らが主体となって当該事業の事業化可能性を調査・立案する部署ではなく、現に本件プロジェクトについても会員権販売を前提とする場合には長銀総研により商品システムの検討も含めて四度にわたる採算性についての調査分析が行なわれている(甲11によると、このうち一度は日本海洋計画との間でコンサルタント契約を締結して調査が行なわれたことが窺われる。)ところである。さらに、業務運営委員会の資料は、内容的に見ても、第一ホテル東京ベイを参考にして本件プロジェクトの室料等を設定しているが、都心から一時間以内の地域に位置し、かつ東京ディズニーランドに隣接している第一ホテル東京ベイは本件プロジェクトとは明らかに条件が異なり対比事例として不適切であるし、第一ホテル東京ベイがツインの料金であり、本件プロジェクトの部屋の面積が第一ホテル東京ベイの二倍であることから直ちに四人の定員で料金も二倍の約七万二〇〇〇円とする(甲28の3)のは高額に過ぎるのではないか、また客室稼働率56.5パーセントという想定も高すぎるのではないかなど、必ずしもホテル事業の専門的知識を前提としなくとも疑問を生じさせるものであった。
現実にも、原告は、わずか二年足らず後の平成六年五月時点において、ホテルの初年度事業収入の見込みを、客室稼働率29.3パーセントに引き下げた上で、償却前利益を五億六四〇〇万円の赤字に修正しており(甲63の4)、さらに、ホテル開業後の日本海洋計画の収支は、償却前営業収益で、開業初年度の平成六年度が一二億三五〇〇万円、平成七年度が九億六〇〇万円、平成八年度が八億八五〇〇万円、平成九年度が七億六三〇〇万円、平成一〇年度が六億七五〇〇万円(見込み)の赤字となった。そして、平成一〇年三月時点では、日本海洋計画の原告に対する融資残高は元本のみで三六〇億円を超える状況となった。そこで、本件プロジェクトの有利子負債を軽減し、収益改善を図るため、原告及び大成建設の債権をそれぞれ一三〇億円及び二〇億円免責し、新会社に対して本件プロジェクトの営業が譲渡されたが、この収益改善計画においても、全体としての償却前営業利益を黒字化するには、更に数年かかることが見込まれた(甲35の2)のであって、前記収支見込みは現実性に乏しいものであった。
以上によれば、本件のような巨額の追加融資を行うかどうかの判断において、ホテルとしての収益可能性が極めて重要な要素とされていたにもかかわらず、業務運営委員会の資料は、ホテル事業を前提とした採算性についての本格的な調査を欠き、内容的にも不十分なものであって、これによってホテルとして収益可能との見込みを持つことは、調査・検討不足とのそしりを免れないものであったというべきである。
(オ) なお、建物完成後に事業主体を変更することによる融資の回収の可能性については、抽象的に可能性が提示されているに過ぎず、具体的な検討はなく、結局は会員権の販売見込みあるいはホテルとしての採算可能性に依存するものであることから、回収可能性の判断を左右するものではない。
(4) 結論
ア 以上要するに、本件追加融資の判断の前提となった情報収集・分析、検討は、追加融資を打ち切る場合の利害得失については、原告に生じる損失の吟味及びこれを最小化する方策の検討が不十分であった。他方で、追加融資を実行する場合については、本件追加融資の外に、状況によってはさらに融資を行なう必要が見込まれ、これらは既存の融資額、さらには追加融資の打ち切りにより想定されていた有形・無形の損失と比較して数倍にも及ぶ巨額の融資であり、新たに貸倒リスクを拡大するものであるから、迫加融資を実行する方が全体として利益であるということを合理的に期待しうるためには、融資全体について相当程度の回収可能性があることが必要であった。さらに、本件追加融資は、原告のこれまでの本件プロジェクトに対する関わりと異なって会員権の売れ残りあるいは本件事業の運営についてのリスクの大部分を引き受けることになるものであることから、会員権の販売可能性ないしホテル事業としての収益可能性について慎重な検討が求められる状況であった。しかるところ、会員権の販売見込みについての情報収集・分析、検討は、当時の経済情勢、それまでの会員権の販売状況、他の金融機関の本件プロジェクトに対する対応を考慮すると、その可能性についての再調査が当然に必要であったにもかかわらずこれを行っていないこと、ホテルを主体として運営することによる収益可能性についての情報収集・分析、検討は、このような事業形態の変更は、従来の会員権の販売を主体とするプロジェクトとは別個のプロジェクトと見るべきであり、その採算可能性についての本格的調査が必要であったにもかかわらず、これがなされていないことなどの点において、不足・不備があり、これらをもって融資について相当程度の回収可能性があったとの合理的期待を抱くには到底足りないものであったといわざるを得ない。
イ そして、被告は、平成元年五月の五〇億円の融資証明書の発行及び同年六月二九日の二億円のつなぎ融資を与信専決権者として決裁し、平成三年八月の三〇億円の融資の方針決定については業務運営委員会のメンバーとして関与し、さらに平成四年一月三一日の五億円のつなぎ融資を与信専決権者として決裁するなど本件プロジェクトに当初から関わり、その経緯や内容を熟知しており、また、本件追加融資については与信専決権を有する最高責任者として関与したのであり、このような被告の本件プロジェクトへの関与や本件追加融資における役割を前提とすると、上記に指摘した情報収集・分析、検討の不足・不備は、当該状況下におかれた取締役として、これに基づき意思決定を行なうことに、当然に躊躇を覚えてしかるべきものであったと認められる。
ウ 以上によれば、本件追加融資を行なった被告の判断は、当該状況下において合理的と考えられる情報収集・分析、検討を怠り、追加融資を打ち切る場合の損失に比し、追加融資を行なう場合の回収不能によるリスクを著しく過小に評価し、その衡量判断を誤って、回収可能性の乏しい本件プロジェクトに対して巨額の追加融資を行なったものであり、取締役として許容された裁量を逸脱した善管注意義務違反がある。
2 損害額
争いのない事実等、上記1に認定の事実、甲36の1及び2によれば、原告は、日本海洋計画に対して本件追加融資により、合計七四億七〇〇〇万円を貸し付けたこと、原告は、平成一一年一月ころから、本件プロジェクトの売却を考え、会員権を法的に処理した上五〇億円で売却するという条件で一〇社を超える企業に対して引取りを打診したが断られ、価格を一〇億円に下げたところ、買受けを希望する企業が現れたことから、日本海洋計画等において会社更生手続を申し立てる方針を決定したことが(甲36の1及び2)認められる。そして、上記認定のとおり、会社更生手続において、本件施設の更生担保権は一〇億二四三万八六四五円と評価され、原告は更生手続により、一般更生債権と合わせて一三億二二五七万二七三三円の弁済を受けた。以上によれば、本件追加融資により、原告が少なくとも六一億一七四二万七二六七円の損害を被ったことが認められ、本件追加融資により施設が完成されたことにより原告が追加融資額を上回る担保価値を獲得できたこと、あるいは回収不能となった金額を上回る損害を回避できたことを認めるに足りる証拠はない。
3 なお、被告は、訴訟引受人に対する引受は不適法であるとして却下を求めているが、当裁判所が既に判断したとおり、当該訴訟引受は適法なものであり、被告の主張には理由がない。
4 従って、訴訟引受人の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、原告の本訴請求はその請求権が訴訟引受人に譲渡されていることが明らかであり理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・永野厚郎、裁判官・新田和憲 裁判官・吉井隆平は、填補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・永野厚郎)