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東京地方裁判所 平成11年(ワ)28167号 判決 2002年7月18日

原告

株式会社新生銀行

(旧商号株式会社日本長期信用銀行)

右代表者監査役

齋藤宏二

須藤章

保田眞紀子

右訴訟代理人弁護士

北澤正明

原告訴訟引受人

株式会社整理回収機構

右代表者代表取締役

鬼追明夫

右訴訟代理人弁護士

川端和治

田中豊

松尾眞

桜井健夫

澤野正明

相川泰男

被告

堀江鐵彌

右訴訟代理人弁護士

廣田富男

中村嘉宏

被告

岡本弘昭

右訴訟代理人弁護士

岩渕正紀

竹野下喜彦

右訴訟復代理人弁護士

松永暁太

被告

今村該吉

右訴訟代理人弁護士

森末暢博

被告

鈴木克治

右訴訟代理人弁護士

更田義彦

長文弘

主文

1  原告及び原告訴訟引受人の各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告及び原告訴訟引受人の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告堀江鐵彌、同岡本弘昭、同今村該吉及び同鈴木克治は、原告に対し、連帯して金三億円及びこれに対する平成一一年一二月三〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告堀江鐵彌、同岡本弘昭、同今村該吉及び同鈴木克治は、原告訴訟引受人に対し、連帯して金三億円及びこれに対する平成一一年一二月三〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

第2  事案の概要

本件は、原告が、株式会社日本長期信用銀行時代の平成二年四月二七日に、株式会社イ・アイ・イーインターナショナル(以下「訴外会社」という。)に対して六〇億円の貸付けを行い(以下「本件融資」という。)、さらに同年七月二六日に本件融資の弁済期を延期した(以下「本件期限延長」という。)が、その後訴外会社が破綻したため本件融資金の一部が回収不能となり損害を被ったとして、被告らに対して、本件融資及び本件期限延長についての取締役の善管注意義務違反を理由とする損害賠償請求権に基づき回収不能金の一部及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めて訴えを提起したものである。原告は、その後、上記債権を株式会社整理回収機構(以下「整理回収機構」という。)に譲渡し、整理回収機構が訴訟引受を行っている。

1  争いのない事実等

以下の事実は、当事者間に争いがないか、あるいは証拠(各項に掲記のもの。なお、全体に通じるものとして甲41、甲66、乙19ないし22、証人板井敬之の証言)により認める。

(1)  本件の当事者

ア 原告は、商号を株式会社日本長期信用銀行として「長期信用銀行法」に基づいて設立された長期信用銀行であったが、平成一〇年一〇月二三日、「金融機能の再生のための緊急措置に関する法律」三六条一項に基づく特別公的管理の開始決定を受け、特別公的管理を経て、株式会社新生銀行に商号変更された。

イ 被告堀江鐵彌(以下「被告堀江」という。)は、昭和五一年六月二九日に原告の取締役に就任し、平成八年六月二六日に退任するまで取締役の地位にあった。その間の平成元年六月二九日から平成七年四月二八日まで代表取締役頭取であった。

被告岡本弘昭(以下「被告岡本」という。)は、昭和六〇年六月二八日に原告の取締役に就任し、平成三年六月二七日に退任するまで取締役の地位にあった。その間の平成元年六月二九日から平成二年一一月三〇日までは業務グループ(業務推進部及び業務審査部)の総括担当役員であった。

被告今村該吉(以下「被告今村」という。)は、平成元年六月二九日に原告の取締役に就任し、平成四年六月二六日に退任するまで取締役の地位にあった。その間の平成元年六月二九日から平成二年一一月三〇日までは東京支店営業第四部(以下「東京営業四部」という。)の担当役員であった。

被告鈴木克治(以下「被告鈴木」という。)は、平成元年六月二九日に原告の取締役に就任し、平成一〇年四月一日に退任するまで取締役の地位にあった。その間の平成元年六月二九日から平成三年二月までは業務グループの業務推進部長であった。(甲47の1)

(2)  原告における融資決定権者及び手続

原告においては、貸出業務は取締役会から委任された常例の業務として代表取締役頭取がこれを決定し、執行することとされ、同権限は代表取締役頭取から取締役に各貸出業務ごとに委譲されていた。そして、原告においては、貸出につき最終的にその可否を決定できる権限を与信専決権限と呼んでいた。原告は、平成元年二月に、融資業務の機動性を高めることなどを目的として組織改編を行い、大グループ制を導入し、本部組織として中小企業を対象とする業務グループと大企業を対象とする営業グループを設置し、各グループに審査部を取り込むとともに、部店担当の取締役に無制限の与信専決権限を与えた。

訴外会社は、本件融資当時、東京営業四部が担当部店であり、信用ランクは原告内の分類によりB3とされたことから、個別融資案件については、担当部店である東京営業四部が稟議書を起案し、業務審査部の意見を聴取の上、与信決裁権限者である東京営業四部担当取締役の決裁により融資が決定されることとなっていた。もっとも、原告は、後述のように訴外会社との取引について関連部署の連携を強化する方針をとっていたことから、本件融資当時、訴外会社に対する融資案件は、東京営業四部と業務グループ(業務推進部と業務審査部)が協議し、業務推進部と業務審査部の意見を徴した上で、与信専決権者の決裁を受ける運用となっていた。

本件融資当時、与信専決権者である東京営業四部担当の取締役は被告今村、業務グループの総括担当役員は被告岡本、業務推進部長は被告鈴木であった。(甲48の1及び2、甲52、甲53)

(3)  訴外会社の概要

訴外会社は、訴外甲野太郎(以下「甲野」という。)が率いる企業グループ(以下「訴外会社グループ」という。)の中核企業であり、甲野が代表取締役となり、不動産関連の投資業の外、訴外会社グループの持株会社的機能を果たしていた。

訴外会社グループ傘下の企業は、主要なものだけでも三五社を数え、情報関連、不動産投資、金融業等に及んでいたが、昭和六一年ころから不動産投融資事業を急速に拡大させ、国内のゴルフ場開発、内外のホテル買収、レジャー施設やリゾート開発など多数の案件を手掛け、華々しい事業展開を行った。

(4)  原告と訴外会社との取引経過

ア 原告と訴外会社グループとの取引の開始は、昭和六〇年一一月、原告が訴外会社グループの一社であるキャドテックに対し、短期資金一億円を融資したことに遡るが、原告と訴外会社自体との取引は、昭和六一年四月一〇日付で、サイパン・ハイアットリージェンシーホテル購入のためのつなぎ資金として、七五〇万米ドル(一七億三二五〇万円)の貸付を行ったことに始まる。その際、原告は、訴外会社が近年購入した所有不動産および保有株式にかなりの含みがあり(訴外会社の試算によると、取得価格一二五億、評価額二五〇億、差し引き一二五億)、借入金負担は重いものの相応の体力を有していることからして、訴外会社自体の不動産事業に大きな破綻が生じなければ、訴外会社の現有体力で返済可能であると判断した。ただし、審査部門からは、訴外会社の内容(事業展開の基盤や甲野の事業手腕、資金調達力)につき十分な把握ができておらず、またグループの全体的把握も未了の段階であるので、本格的与信までに不透明部分の解明に努めるべきであり、今後の取引においては担保の徴求、融資拡大のテンポや与信の限度に十分な留意が必要であるとの指摘がなされていた。(甲1の1及び2、甲2)

イ 原告は、その後も、訴外会社グループに対する貸出しを継続し、平成元年一二月末時点では、原告から訴外会社グループへの融資額は一〇五五億円、原告関連のノンバンクから訴外会社グループへの融資額は八七一億円と積み上がっていった。(甲19)

(5)  原告の訴外会社グループへの対応方針

ア この間、原告は、訴外会社グループに対する融資が急速に拡大していることから、昭和六三年一月、訴外会社グループとの取引の基本方針を策定し、副頭取に説明した。

それによれば、訴外会社グループに対する基本認識としては、①甲野のワンマン会社であり、組織として未成熟であること、②甲野は、不動産屋ないし財テク屋という側面もあるが、今後事業家としての成長が期待できること、③会社としては発展・拡大段階にあり、事業欲、資金需要ともに極めて旺盛な状況であること、④いろいろなプロジェクトが一斉に同時進行しており、グループ全体の管理が必要な時期にきていること、⑤プロジェクトごとに銀行を使い分けており、メインバンクの自由にはならない体質であること、⑥グループの各種金融機関からの借入金は急増しており、三井信託銀行と原告からの借入が集中していることなどが挙げられていた。

また、取引の現状と問題点としては、①急速な融資の積み上りにより、与信リスクが増大していること、②プロジェクト主義で個別案件に対応しているが、理解に苦しむ微妙な案件もあること、③担保の質が低下しつつあること、④案件持込から実行まで、審査・検討期間の極めて短いケースがあること、⑤三井信託銀行が積極的な融資を展開しており、原告との残高格差が拡大していることが指摘されていた。

原告の当面の方針としては、①訴外会社グループは成長力ある中堅企業であり、今後も基本的には積極対応し、メインバンクの地位をねらっていくこと、②担保評価の厳正化、海外案件の抑制により融資の拡大に歯止めをすること、③人材派遣により経営監視を行っていくこととし、原告の取組体制として、東京営業四部と本部との連携を強化することとしていた。

さらに、甲野に対して、①不動産屋・財テク屋から脱皮し、安定的収益事業に本腰を入れること、②そのためにプロジェクトの成否の見極めを十分に行うこと、特に海外案件は慎重に対応すること、③企業体力と借入金の不均衡を早急に是正すること、④内部管理体制の強化とワンマン企業からの脱皮を図ること等の注文をつけることとされた。(甲3)

イ これを受けて、原告は、昭和六三年二月四日、安藤常務が、甲野に対して、トータルの企業力とバランスのとれた投資規模とすべきであり、現状は展開のテンポが早すぎることから、一つ一つのプロジェクトを見極めて次に進むことが必要である旨の申し入れを行い、甲野もこれを了承した。(甲4)

ウ さらに、原告は、昭和六三年四月、平間敏行参事役(以下「平間」という。)を訴外会社の常務として派遣し、甲野の補佐として、グループの体制作り、経営全般の指導、監視を行わせることとした。

エ 原告は、昭和六三年六月にかけて訴外会社グループの全体状況を把握するために特別調査を実施し、訴外会社グループに属する企業の資産、損益状況、銀行取引状況、個別案件の状況を調査した。特別調査の結果は、①海外のホテルプロジェクト及び国内のゴルフ場計画で懸念される点はあるが、現状で大きな失敗はなく、②現時点での実質的な含みは九八億円、担保面からの余力は三八億円(ゴルフ場資産を控除した堅めの試算)であるが、借入依存度の高さや今後のプロジェクトの予定を勘案すると、グループの体力に余力があるといえない状況にあり、③当面は、海外投資、ゴルフ場開発の推移、戦線の整理を見守ることが望ましく、④追加与信の検討に際しては、資金使途の妥当性、プロジェクトの安全性、債権保全等を十分に勘案しつつ対応するというものであった。(甲5、甲6)

原告は、平成元年二月、平間常務のスタッフとして訴外会社グループの事業内容把握の精度を上げることを意図し、松ヶ浦喜久次参事役を訴外会社の関連事業部長として派遣した。

オ 原告と訴外会社グループとの取引はその後も拡大し、平成元年一〇月には、原告及び原告関連のノンバンクからの融資残高が約一七〇〇億円となったことから、業務推進部は頭取であった被告堀江に対し、訴外会社グループの現状と原告の対応について説明を行った。この説明には、業務グループ総括担当役員であった被告岡本及び業務推進部長であった被告鈴木らも同席した。

被告堀江に対する説明資料には、現状認識として、①ここ一両年に急速に投資が拡大し、これに伴い大幅に借入も増大していること、②多様かつ多地域の海外投資が目立つこと、③資金調達先として、ノンバンクにかなり依存していること、④開発投資により資金が固定化していること、⑤人材が不足し、ワンマン型経営の状態であること等が挙げられていた。

また、問題点として、①金融情勢の変化への対応不安、②行きすぎた海外投資への批判を含む社会リスク不安、③手広い投資と甲野への集中型経営への不安、④経営の実情の把握不能の不安、⑤原告グループの投資が過剰に集中していることの不安などが指摘されていた。

そして、今後の課題として、①無制限に広がる投資の管理、②無利息資金の捻出、③銀行取引の拡大と安定化、④経営人材の育成と経営の組織化が必要であるとされ、原告の対応として、①プロジェクトごとの対応ではなく全社的な管理、②関係会社の一体的管理への移行、③原告及び原告関連ノンバンクからの融資割合を下げること、④原告からの人材派遣が必要であることが挙げられていた。

以上の報告を受けて、被告堀江は、チェックしながら積極的に育て、管理するべきであり、思いきった人材を投与する必要があるなどとの意見を述べ、被告岡本及び被告鈴木らに検討を委ねた。(甲11の1及び2)

カ 被告堀江は、平成元年一一月一〇日、甲野の来訪を求め、①現在手がけているプロジェクトは、大型で数も多く、今後の開発成否が最大のポイントとなるだけに、これらのプロジェクトの進捗、採算見通し、販売計画(資金回収見通し)等について、総合的かつ計画的に管理することが必要であること、②平間の補佐となるべき人材の派遣も含めて体制づくりには全面協力する用意があること、③ここ当面の大蔵省、世論等の不動産業、ノンバンクへの対応等を見ると、これまでと同じ資金調達の考え方で臨むことは、相当に危険であり、新しいプロジェクトに手を出すのは可及的に控え、体制固めに専念すべき時期であって、この点を十分認識すべきであること、④ノンバンク依存の資金調達からしかるべき銀行を中心とした資金調達へ移行すべきことが必要であることなどを申し入れた。

これに対し、甲野は、被告堀江の指摘に従って内部固めを中心に事業を行うことを了承した。(甲12、13)

キ 原告は、上記の被告堀江による申し入れ内容を実現するために、同月、赤井剛副参事役(以下「赤井」という。)を担当の訴外会社の経理担当の企画部次長として派遣した。

さらに、業務推進部長の被告鈴木は、同月、原告関連ノンバンク各社に対して、訴外会社グループに対する貸出に際しては東京営業四部に事前に連絡するよう指示した。(甲14ないし16)

ク 業務推進部と東京営業四部は、平成二年一月一二日、頭取の被告堀江に対し、訴外会社グループとの取引について原告の取った具体的対応策、すなわち、東京営業四部と業務推進部及び業務審査部との連携体制の強化、訴外会社への赤井次長の派遣、原告関連ノンバンクに対する、訴外会社グループの案件取り上げについての事前協議の励行の申し入れなどを報告した。さらに、訴外会社の当面の課題として、①新規投資を抑制し、物件販売に努力を傾注するといった姿勢は一応浸透しているが、甲野に直接持ち込まれるプロジェクトの取り扱いについては問題が残っていること、②現在の金融情勢からして、販売予定物件の売却を確実にする必要があり、他社との連携やスタッフの強化、広告等の体制整備が不可欠であること、③取引銀行の拡大を図る必要があること、他方で、原告の課題として、赤井の協力を得て、更に訴外会社及び訴外会社グループの実態把握に努めることなどが報告された。(甲17)

ケ これに引き続き、業務推進部、業務審査部及び東京営業四部は、訴外会社グループの現状と問題点を整理・分析し、原告の対応方針案をまとめ、平成二年二月一九日に常務会に付議し、原告全体としての取組方針を固めた。すなわち、原告の当面の対応方針としては、①プロジェクトリスクによる与信判断からコーポレート(グループ)リスクによる与信判断への転換の徹底、②各種プロジェクトの推進状況の可及的把握、③原告グループとしての与信管理の強化、④人的、資金的支援の一層の推進及び組織体制整備のためのバックアップ、⑤マスコミ対策への助力、⑥原告業務展開のための訴外会社グループの全面的活用が決定された。

また、常務会において、被告堀江から、訴外会社グループの海外物件を実査するよう指示がなされ、同年三月、業務推進部長である被告鈴木外のスタッフが豪州、フィージー、ニュージーランド、タヒチにおける物件の調査を実施した。

この結果は、同年七月に被告堀江に対して報告されたが、物件等は良質であるが、プロジェクトの推進体制等(管理面、要員面)で問題があるというものであった。(甲19、29)

(6)  本件融資

ア 平成二年四月二〇日、甲野は平間を伴って、原告を訪れ、被告岡本及び被告鈴木らと面談して、株価の下落で担保に供していた日新汽船株式会社(以下「日新汽船」という。)の株式を中心に保有株の評価額が三〇〇億円減少したため追い証が必要となり、また、日新汽船の公募増資等を利用した資金調達として一四〇億円から一五〇億円を当て込んでいたが、株価下落やインサイダー報道等から無理になったことなどから、資金計画とのずれが四〇〇億円生じたこと、他方で、シドニーパークハイアットホテル、香港ボンドセンターの売却などで資金の回収を進めているが、資金回収とのずれが生じるため、東京営業四部にも依頼しているところとして、四月分の資金繰りの不足分六〇億円の融資を求めてきた。

これに対し、被告岡本及び被告鈴木らは、全体の資金繰りと資金収支の見込みの提出を促すとともに、今月分の資金については、他に話を広げるのも誤解を招きかねないだろうから原告で対応するのもやむを得まいとの方向で対応し、担当部署に甲野の来訪の趣旨を伝え、検討を依頼した。(甲22)

イ その後、同月二三日、訴外会社から平間常務及び赤井企画部次長が作成した資金繰表が提出された。これには、四月段階では七〇億四〇〇〇万円の不足となるが、五月には三八億一〇〇〇万円の、六月には二四億一〇〇〇万円の、七月には二八億円の余裕が出る旨の記載がされていた。(甲23の1、2)

ウ 東京営業四部、業務審査部及び業務推進部の各担当者は、同月二六日、本件融資依頼への対応について協議を行った。

東京営業四部は、①訴外会社から提出された資金繰表によれば、四月は、最終尻で見れば七〇億円の不足が生じ、訴外会社は、このうちの六〇億円について融資を要請しているが、五月から七月にかけては、一応資金余剰があり、七月には四月借入の六〇億円を余剰資金で返済できるようになっていること、②資金繰表の収入の裏付けとなる物件売却についても具体的に引き合いがなされていること、③貸し出しの際の担保については、リージェントシドニーホテルについて相当の余力があるので、これを徴求できないか平間に確認したところ、平間から同物件は日新汽船の所有物であり、インサイダー取引問題の影響や他行から出向している役員の手前もあるので、無担保扱いとして欲しい旨申し入れられたため、既に徴求中のラジャダマリホテル株式及び日本ソフトウェア開発株式の担保余力を充てることとすること、④これらの担保余力の評価にあたっては、他行等に無用の刺激を与えることを避けるとともに短期資金の融資であることから本来は無担保でよいことを考えると掛け目をつけなくても良く、そうすると六〇億円に見合う担保余力があることなどを挙げて本件融資に積極的な意見が述べられた。

これに対し、業務審査部及び業務推進部から、①甲野が被告岡本らに対して行った資金不足の説明と提出された資金繰表がどの様に結びつくのか不明であること、②資金繰表の収入については物件の売却の確度が低いものが多いこと、③資金繰表の支出については、訴外会社グループが原告の指導にも関わらず従来同様の考え方で、新規のプロジェクトまでも進めようとしており、原告が認知又は関与していないプロジェクトの資金も含まれ、本件借入要請に応じることにより結果としてこれを認めたことになること、④五月以降も毎月資金不足となり、その都度原告が尻ぬぐいさせられることになる可能性があることなどの問題点が指摘された。さらに、業務審査部及び業務推進部は、①東京営業四部、業務審査部及び業務推進部が共同して、五月下旬を目処として、訴外会社のプロジェクトについて一つ一つ洗い直し、進捗状況、資金調達見込み、訴外会社における優先度を完全に把握すること、②これに基づき、凍結できるもの、支払を遅らせることができるもの、待ったなしでやるもの等に区分すること、③これらの作業を踏まえ原告のしかるべき者から甲野に対し申し入れを行い、資金の出を押さえること、④平成二年五月以降は、最終資金収支を見る資金繰り表とプロジェクト別の資金繰り表の二つにより訴外会社の資金繰りを見ていくこと、⑤上記に基づき他行からの資金調達についても訴外会社にどのように進めさせるか検討することなどの今後の取組が必要であるとの意見を述べた。さらに、担保についても掛け目なしという考え方はとれず、他行及び訴外会社を刺激することなく現在徴求済みの余力をうまく使う方法がないかどうか検討すべきであるとの意見が述べられた。

これらを踏まえて、東京営業四部と業務グループで更に協議を行った結果、業務グループの担当者レベルでは、訴外会社に対する今後の取組方針を上記のとおりとすること及び本件融資の担保については稟議上は無担保とするが、実質的には東京営業四部が提案するラジャダマリホテル及び日本ソフトウェア開発の株式並びに原告が必要と認めたときには日新汽船にリージェントシドニーホテルを担保提供させる旨の訴外会社からの念証の徴求によるものとすることについて、それぞれ業務推進部長である被告鈴木及び業務審査部長に説明の上、業務グループの総括担当役員である被告岡村へ報告し了承を得ることとなった。(甲23の1)

エ 業務審査部は、平成二年四月二七日、本件融資に関し、下記の趣旨の意見を東京営業四部に返した。

すなわち、メインバンクとしての原告の立場及び他行への振り分けが総合的に得策でないとの判断から、本件支援はやむを得ない面はあるが、訴外会社グループの当面の資金繰り予定について分析不十分な点は否めず、①グループ全体の当面のキャッシュフローの把握、②売却予定物件による具体的な資金回収スキームの調査、③環境の変化により回収が計画通り進まない場合及び財務調達がスムーズにいかない場合のために支払ベースでスローダウン可能なプロジェクトの把握を事後に実施することを条件として本件融資に承諾するというものであった。なお、本件資金は、既徴求担保の余力及びリージェントシドニーホテルの担保提供についての訴外会社からの念証でカバーするものの、債権保全面で充分とは認めがたく、三か月後にけじめをつけるためにも回収を図られたいとする意見が付されていた。(甲24)

オ 以上の経過を経て、東京営業四部は、本件融資について、同月二五日付で、与信専決権者である被告今村の決裁を得た。本件融資の決裁書面には、資金不足の理由として、訴外会社は、日新汽船株式を一六五〇万株所有していることから、三月末の同社の二割の無償増資で得られる三三〇万株を利用して約七〇億円の資金調達をもくろんでいたが、昨今の株式相場の状況等から先送りとなったため、訴外会社の四月の資金収支は七〇億円のマイナスとなったことによるものであり、インサイダー取引問題が決着すれば、同社の無償増資も可能になってくると思われること等から、とりあえず三ヶ月間のつなぎ資金として本件融資を実行したいとし、担保については、ラジャダマリホテル株式の担保余力一八億円、日本ソフトウェア開発株式の担保力二〇億円、日新汽船所有のリージェントシドニーホテルの担保余力について訴外会社から念証を差し入れさせるとしていた。

訴外会社は、原告からの求めに応じて、同月二七日、日新汽船所有のリージェントシドニーホテルについて、原告の承諾なくこれを他に譲渡し、または抵当権その他のいかなる物権的権利をも設定し、または設定の予約を行わないように指導し、原告の請求があったときは、いつでも担保提供者をして利害関係人の同意を得る等の手続を完了の上同物件に第二順位の根抵当権を設定し、これに必要な一切の手続を取らせることを確約する旨の念証を差し入れた。

原告は、同日、手形貸付により本件融資を実行した。(甲25ないし27)

(7)  本件融資後の原告の対応

ア 原告は、同年五月一日、被告岡本及び同鈴木が、訴外会社の甲野、大場専務、平間専務(当時)に来訪を求め、今後の資金繰りの管理等について、①資産売却の回転を速めること、②スタート予定ないし取組間もないプロジェクトの一部で時期をずらし得るものはずらすなど、金融環境の変化に対応して、従来の「出るを図って入るを考える」から「入るを図って出るを制す」に考え方を変えていく必要があること、③プロジェクト毎の収支に加え、グループトータルの資金繰りの管理も併行して行う必要があることを申し入れるとともに、必要な資料の提出を求めた。(甲28)

イ 本件融資の際に、関連部署間で五月下旬を目処に作業することとしていた訴外会社グループの資金繰りについての調査結果がまとまり、七月二五日、被告堀江に報告された。

この調査結果は、訴外会社グループの向こう三年間の資金収支について個別プロジェクトを洗い上げることにより分析したものであるが、向こう一年間は物件売却もあり、繰廻し可能であるが(グループ借入は訴外会社の計画で三二四億円減少することが予定され、原告の査定でも一九四億円の減少が見込まれる。)、その後の二年間は、大幅資金不足となり(訴外会社の計画では六九四億円、原告の査定でも九三九億円の借入増となる)、金利分の借り増しが必要となるとするものであり、物件売却の促進と会員権販売への注力、プロジェクトのプライオリティ付けの必要を指摘するものであった。(甲29)

ウ 被告堀江は、同月二六日、訴外会社の甲野、平間専務らに来訪を求め、被告岡本及び同今村らも同席の上、甲野に対して、向こう一年間の資金繰りは目処が立っているようだが、二年ないし三年先は金利分の借り増しが必要となり、金利水準も高くなっていることから、かねてから進めている物件・会員権の販売等を引続き推進すべきこと、既存プロジェクトの追加投資についてもプライオリティ付けをすべきことなどを申し入れた。これに対して、甲野も了承する旨の回答をした。(甲30ないし32)

(8)  本件期限延長について

本件融資の期限は平成二年七月三一日とされていたが、原告は、訴外会社から期限の延期を求められ、同月二六日に期限を同年八月三一日に一ヶ月間延長した。当該貸出条件変更申請書には、決定権限者は部店長、部店担当役員である被告今村は報告とされていた。

期限延長の事由については、当初の見込みでは七月末までには株式相場も回復し、日新汽船のファイナンスも可能になる見込みであったが、現在までのところ相場の回復が完全とは言えないこと等から本件期限延長の申込みに至ったものであり、事情についてはやむを得ないものがあり、訴外会社全体の資金計画からしてボンドセンター東棟の売却が完了すれば資金的な余剰が生じるため増資の有無にかかわらず、八月末には本件返済の目処がついてくるとされていた。(甲33)

(9)  本件期限延長後の経緯

ア さらに、原告は、八月末までに予定されていたボンドセンターの売却が事務上の問題もあり九月にずれ込むことになったとする訴外会社からの本件融資についての再度の延長の要請に対して、平成二年八月二九日、ボンドセンター売却については販売先もほぼ固まっており、九月末までの売却が確実であり返済の目処も立っているとの理由でこれを認め、貸出期限を平成二年八月三一日から同年九月二八日に変更した。当該変更についての貸出条件変更申請書には、決定権限者は部店長、部店担当役員である被告今村は報告とされていた。(甲34)

イ 原告は、平成二年九月二七日、外内ユーロ円(海外店の資金による円貨貸付)による六〇億円の専決極度枠を設定し融資を実行した。その専決期間は、平成二年九月二八日から平成三年三月二九日までとされていた。貸出申請書には、訴外会社は海外物件への投資及び売却が頻繁に発生するが、海外物件であり一件あたりの金額も大きいから、資産売却の時期のずれが起こりやすく、このような一時的な資金需要は対応するもので、使途の妥当性は認められ、また、ボンドセンター等の物件の売却が予定されており償還に懸念はないものとされていた。

なお、原告審査部からは、上記専決極度枠の設定は、平成二年四月の本件融資の同額更新であり、当初貸出の趣旨、債権保全面のネックから、専決期間にかかわらずボンドセンター東棟の売却代金入金後、速やかに回収することに心がけられたいとの意見が付された。(甲35、甲61)

ウ 原告は、平成三年三月二八日、六〇億円の専決極度枠を設定し、融資を実行した。専決期間は、平成三年三月二八日から平成四年三月二七日までとされていた。貸出申請書には、本件専決極度枠の設定は、外内ユーロ円による上記専決極度枠貸付について、金融環境に機動的に対応すべく、新たに国内ユーロ円の極度枠を設定するものであり、本件と既存の専決極度枠については貸出額から合計が六〇億円を超えないように管理することとしたい旨記載されていた。(甲36)

(10)  訴訟引受

原告は、平成一二年二月二八日、被告らに対する本件訴訟による損害賠償請求権を整理回収機構に譲渡し、同日付の書面で被告に対して譲渡を通知し、同通知は翌日被告に到達した。(甲43の1の1ないし4の2、44)

原告から、同年四月一二日、整理回収機構に本件訴訟の引受を命ずる旨の裁判の申し立てがなされ、当裁判所は、同年六月一三日、整理回収機構に本件訴訟を引き受けることを命じる決定を行い、整理回収機構により訴訟の引受がなされた。なお、被告は、原告の本件訴訟からの脱退に異議を留めている。

2  争点に関する当事者の主張

(1)  本件融資についての被告らの善管注意義務違反の有無

ア 原告及び訴訟引受人の主張

(ア) 取締役による経営判断は、複雑多様な諸要素を勘案してなされる総合的な判断であるから、その判断には裁量権が認められ、取締役が、会社の利益にかなうと判断して経営上の決定を下した場合には、その決定の結果会社に損害を与えたとしても、直ちに取締役の善管注意義務違反行為となるわけではない。しかし、取締役による当該決定に至る過程が著しく不合理な場合及び当該決定が結論において著しく不合理な場合には、取締役の裁量の範囲を逸脱するものとして、取締役に善管注意義務違反が認められる。銀行は、営利法人であることに加え、我が国の経済社会の根幹をなす金融システムの基礎を構成するというその義務の公益性に鑑み、信頼を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、業務の健全性かつ適切な運営を期すべきことが要請されている(銀行法一条)。このような法の趣旨に照らして、銀行の取締役は、銀行の健全性、安全性の維持を第一の使命として経営にあたるべきであり、このことは取締役の注意義務の内容をなすものであるから、銀行の取締役の融資にあたっての裁量もこのような側面から限定を受けることとなる。

取締役が融資決裁権者として融資の実行を決裁するに当たっては、現在及び将来の経済情勢(景気動向、資産価格の動向、各業界の発展や衰退の動向を含む)を踏まえて、融資先の財務、経営状況、経営者の能力、保有資産、従前の与信状況、融資の金額及び資金使途、返済能力、弁済資金の調達方法及びその見込み(他の債務の内容や返済状況等を含む)、提供しうる担保の性質と価値等について十分に調査のうえ、貸付金の回収見込みについて的確な判断を行わなければならない。

また、収益ないし資金流動性が悪化し、財務内容に劣化の兆候の見られる融資先への追加融資については、融資先企業の経営の原状と将来の見込みを積極的に調査して認識、把握したうえ、追加融資の申請理由とその額、担保の状況等に照らし、追加融資をした場合としない場合における貸付金全体としての回収見込額の大小を比較して追加融資を実行するか否かを判断しなければならない。

(イ) 本件融資には以下に述べるような問題点があった。

a 融資の必要性についての検討不足

融資にあたって、資金使途や資金不足の発生原因を確認することは、償還能力、借入必要額、社会的リスクの内容把握に資するものであり、必要不可欠であるところ、本件融資については、不足した資金は本来どの様な方法で調達される予定であったのか、その妥当性、実現可能性はどうであったのか、どの様な原因で運転資金の不足が発生したのか、融資した資金は何のために使われるのか、償還能力に影響を与えないかなどについて、必要な確認手続が全く行われていない。

(a) 資金使途

本件融資の資金使途は、平成二年四月末における収支尻不足分の補填とされているが、それ自体全く特定されていない。したがって、資金使途は、プロジェクトの開発資金なのか、会社の運転資金なのか、訴外会社の不足資金なのか、子会社の不足資金なのか、借入金の返済資金なのか、あるいは新たに必要になった資金なのか、全く不明である。

個別の資金使途を吟味することなく訴外会社が要求する不足資金をそのまま融資するということは、訴外会社の収支尻を丸抱えで面倒を見るということにほかならず、訴外会社に無限定かつ巨額の融資を余儀なくされる危険をはらむので、訴外会社の経営状況をつぶさに調査・検討するなど極めて慎重に検討すべきであった。加えて、本件資金不足は、従前の融資額と比較しても非常に巨額なものであることから慎重な取扱いが要求されるものであった。

仮に本件融資の資金使途が訴外会社の実施していたプロジェクトの資金不足であるのならば、そもそも開発プロジェクトは、案件ごとに投資額、資金の調達先、担保物件、償還方法が定められていたのであるから、プロジェクトごとの融資先からの期限の猶予あるいはファイナンスにより対応すべきものであった。したがって、このような資金使途に充てるための融資申込には、必要性も緊急性も認められないから、回収見込みに多大な危険が存する以上、本件融資は本来差し控えるべきものであった。

さらに、資金繰表には、従前から訴外会社に対して新規プロジェクトを抑制するように申し入れていたにもかかわらず、原告が全く把握ないし関与していない新規の海外プロジェクトを含んでおり、その不足資金を融資するということはそのプロジェクトを承認したと解釈されることにもなりかねず、本件融資に応じることは到底了承しかねるものであった。

訴外会社に対する主力の融資銀行は、原告、三井信託銀行、三菱信託銀行、住友信託銀行及び日本債券信用銀行の五行であり、平成元年一二月末現在の訴外会社グループに対する融資残高は、原告本体が一〇五五億円、三井信託銀行本体が一一五八億円、三菱信託銀行本体が三七一億円、住友信託銀行本体が四二一億円、日本債券信用銀行本体が二〇三億円であった。加えて、三井信託銀行のみならず、住友信託銀行から日新汽船の常務として人員が派遣されることも報告されていた。したがって、訴外会社に対する従前のプロジェクト融資の多くが上記五行による協調融資の形態でなされており、各行の上記融資割合や他行も人員を派遣していたことなどに照らすと、原告が単独で訴外会社の不足資金の面倒をみる必要は何らなく、これをしないことによる原告の信用失墜が懸念される状況にもなかったのである。

(b) 資金不足の原因

甲野が資金不足の原因として説明するところでは、保有株の評価の下落によりどこにどの様な追証を提供する必要が生じたのか、日新汽船の公募増資の中止によりどの様な資金不足が生じたのかについて全く明らかでない。さらに、四〇〇億円強の資金不足、ズレが生じたというのに、原告に対して六〇億円の借入を申し込んだ残りの不足分についてどの様に対応するかについて、合理的な説明がなされていない。また、甲野の説明する保有株の下落と日新汽船の公募増資断念による四〇〇億円の資金計画のずれは、訴外会社から提供された資金繰表には全く表現されていないし、この四〇〇億円強の資金計画のズレとプロジェクトにおける七〇億円の資金不足とが、どの様につながるのか全く理解不能であった。すなわち、甲野の説明では、日新汽船の株価下落という事態によって発生した資金需要であるから、本件融資金は、日新汽船自体の不足資金に充当されるか、あるいは日新汽船の株式を担保に融資を受けている子会社の担保不足に充当されるはずであると考えられるのに、訴外会社から提出された資金繰表によれば、プロジェクトの収入と支出の差引から約七〇億円の資金不足が生じており、本件融資金はこの不足資金に充当されることになっていて齟齬が存在していた。さらに、資金繰表には、プロジェクトの収支が計上されているが、少なくとも既存海外プロジェクトの大部分は海外の現地法人等がその主体であって、訴外会社が直接経営していたものではないのに、資金繰表は、各プロジェクトの資金収支がすべて訴外会社に帰属するようになっていて明らかに奇妙である。また、本件融資の貸出申請書には、資金不足の原因として日新汽船の無償増資により七〇億円の資金調達を見込んでいたとしているが、これは甲野が当初日新汽船による公募増資等のファイナンスで一四〇億円から一五〇億円を見込んでいたとの説明とも矛盾するし資金繰表上も記載されていない。

したがって、資金不足の原因が不明である以上、その必要性について正当な判断をすることができず、本来であれば、そのような融資実行は差し控えるべきであった。

b 回収可能性についての検討不足

(a) 償還方法(返済原資)

本件融資の償還方法は、訴外会社の収益を財源とするものではなく、資金繰りによることが予定されていたのであるから、償還財源として見込む収入は確実であるのみならずその時期も確定していなければならず、融資にあたってはこれらの点を確認することが必要不可欠であった。

本件融資の返済原資として見込んでいたものは、日新汽船株式の無償増資分を担保とする調達資金であったが、上記の資金調達については、インサイダー問題が解決することと、無償増資がなされること、無償増資分を担保に資金調達ができること等の幾つもの不確実要素が存在していて、一見してその調達は甚だ疑問であった。したがって、日新汽船の増資をあてにした返済原資の調達は、その見込みが全くないか、極めて薄いものであった。

また、訴外会社が提出した資金繰表において、その収入として見込んでいるものは、ボンドセンターの売却代金二〇〇億円と、海外プロジェクトのリファイナンス資金合計一七〇億円であるところ、これらの実現可能性に関する資料も徴求されておらず、その見通しは明らかに不確かなものであった。また、売却予定のボンドセンターには担保が設定されているところ、仮にボンドセンターに担保余力が認められたとしても、その後順位に担保を設定しておかなければ、これが本件融資金の返済原資に充てられる保証はなく、そもそも担保余力が認められるのであれば、本件融資実行にあたって債権保全措置を考慮していたはずであるから、売却金額によっては訴外会社の収入に全く寄与しないことも十分に予想された。したがって、訴外会社の資金繰表に基づく資金繰りによる返済原資の調達も、その見込みが甚だ不確かであったというほかない。

(b) 訴外会社の返済能力

平成二年三月末時点における訴外会社グループに対する与信状況は、原告単体でも、貸出九五〇億五二〇〇万円、信用状発行に伴う保証債務一四六億四二〇〇万円の合計一〇九六億九四〇〇万円に達しており、原告の関連ノンバンクを含めると二一二七億八七〇〇万円に達していた。また、平成二年二月末時点における訴外会社単体に対する貸付額は、原告単体では三一五億一七〇〇万円であり、取引金融機関全体では三五一四億七五〇〇万円に上っていた。また、平成二年四月末時点の訴外会社グループに対する与信状況は、原告単体で一一八一億一四〇〇万円、原告の関連ノンバンクも含めると、二二一二億〇七〇〇万円という巨額なものであった。

他方、平成元年七月末時点における訴外会社の財務・損益状況は次のとおりであった。すなわち、訴外会社の固定資産は八七九億七〇〇〇万円、その固定比率は9685.5パーセントとなっていて、極めて悪い数値であり、負債は二八九〇億一五〇〇万円、その負債比率にいたっては二万5486.3パーセントとまさに天文学的に悪い計数であって、訴外会社の財務内容は著しく劣悪であった。借入金社債依存率も、昭和六三年七月期が90.6パーセント、平成元年七月期が96.1パーセントと悪化している上、異常な高値となっていた。これに対し、訴外会社の売上高は七五億二三〇〇万円、経常利益は九億四三〇〇万円、税引後利益は九億二〇〇万円に過ぎず、総資本経常利益率はわずか0.46パーセントと極めて低い数値であった。

すなわち、訴外会社の体力及び財務内容は、①総資産に対する借入金の依存度が極めて高く、②借入金返済と金利の支払が資産売却によって行われる構造で、③何らかのプロジェクトの失敗があれば訴外会社にその失敗を吸収する余力はない状態にあり、極めて劣悪な状況にあった。

したがって、本件融資実行当時、訴外会社の体力や財務内容などに照らすと、訴外会社の返済能力には重大な疑問が生じていたというべきである。

c 債権保全措置

(a) 担保

前記のとおり、本件融資の回収可能性について重大な危険があり、しかも訴外会社に対する従前の融資には、短期融資であっても必ず担保を徴求していたのであるから、本件融資についても担保を徴求するべきであった。

少なくともリージェントシドニーホテルの敷地・建物について後順位担保を徴求することは必要不可欠であって、本件においては、これを徴求できない何らの理由もなかった。

(b) 物的担保以外の債権保全措置

本件融資の債権保全措置として、ラジャダマリホテルカンパニーの株式一七七〇万株の担保余力一八億、日本ソフトウェア開発の株式三八万株の担保力二〇億及び日新汽船所有のリージェントシドニーホテルの担保余力についての差入念証の徴求がなされているが、上記の株式の担保余力は、上記計算によっても合計で三八億円に過ぎず、そもそも本件融資に見合うものではない。ラジャダマリホテル株式については、いつの時点のどのような評価なのか全く明示されていない。さらに、訴外会社から提出された資金繰表には、平成二年五月に、債権保全措置として勘案されているラジャダマリホテル株式一七七〇万株のうち三〇〇万株を一五億円で売却し、訴外会社の資金繰りに充当される予定となっていたのであり、担保余力の勘案なるものはずさんなものであった。また、日本ソフトウェア開発株式にいたっては、額面五〇〇円の非上場株式であるのに、原告の関連会社のエヌイーディーが投資目的で購入した価格である九〇〇〇円をそのまま時価としているのであって、本件融資時点における評価としては全く根拠がない。のみならず、日本ソフトウェア開発株式は、訴外会社が日本ソフトウェア開発に四〇億円の出資を行うに際しての原告からの四〇億円の借入金の担保として徴求されており、担保余力が全くない状況にあったのである。

次に、日新汽船所有のリージェントシドニーホテルの差入念証は、物件の所有者が差し入れたのではなく、第三者所有の物件について訴外会社が念証を差し入れるというにすぎず、物件の所有者に何らの効力が及ぶものでもないし、これにより本件融資金の返還が保全されるわけでもない。

したがって、本件融資の実行にあたり、物的担保の徴求に代わる十分な債権保全措置が確保されていたわけではない。

(ウ) 結論

以上のとおり、本件融資は、回収可能性を欠いた融資であり、かつ融資の必要性を欠いたものであって、本来その実行を差し控えるべきであったが、仮に融資の必要性が一応認められるとしても、少なくともリージェントシドニーホテルの不動産を担保として徴求した上で実行されるべきであり、無担保のまま実行することは断じて許されないものであった。

(エ) 各被告の責任

a 被告今村の責任

本件融資当時、訴外会社に対する融資の決裁権限者は、東京営業四部の担当役員である被告今村であった。被告今村は、本件融資が、融資の必要性、回収可能性及び債権保全措置について全く不十分な検討しかされておらず、回収見込みのないものであったことを十分認識していたにもかかわらず、これを決裁・実行したのであって、銀行の取締役の裁量の範囲を明らかに逸脱したものとして、善管注意義務違反に基づく責任を負う。

b 被告堀江の責任

被告堀江は、本件融資当時、原告の代表取締役頭取であり、原告の業務を統括する地位にあったのであり、担当取締役の業務執行を指揮・監督する義務を負っていた。被告堀江は、本件融資の内容について、平成二年四月二〇日ころ、担当部署から具体的な報告を受けており、本件融資の実行について、指揮・監督し、これを是正すべきであったにもかかわらず、被告今村による取締役としての裁量の範囲を明らかに逸脱する融資の実行を放置したものであり、善管注意義務違反に基づく責任を負う。

なお、被告堀江は、原告では、業務担当取締役がその責任において適切な業務を行うことを予定して組織が構成されているのであって、頭取は各業務担当取締役の業務執行の内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情のない限り、監督義務懈怠の責めを負うことはない旨主張するが、被告堀江には、本件融資に関わる関連情報が伝えられ、多額の融資先である訴外会社からの、従来一度もなかった資金繰りの支障を理由とする融資申込に対して、関係者が、全体の資金繰りと資金収支見込みが不明のまま、使途を確認することもなく応じようとしているという警告を発するような異常な事実が伝えられていたのであり、業務担当取締役らの業務執行に信頼を置ける状況ではなかったのであるから、被告堀江の主張は失当である。

c 被告岡本及び被告鈴木の責任

会社の取締役会は、代表取締役及び業務担当取締役の業務執行を監督する権限を有しており、それは業務の妥当性ないし合目的性にまで及ぶ。各取締役は、取締役会の構成員として、他の取締役による違法な業務執行を制止すべき監視義務を負っている。本件融資当時、東京営業四部の担当する融資案件は、決裁権者の決裁を仰ぐ前に、同部と原告の本部組織である業務グループ(業務推進部と業務審査部)が協議し、業務推進部と業務審査部の意見を徴することとなっており、被告岡本は業務グループの総括担当役員であり、被告鈴木は取締役業務推進部長であった。したがって、被告岡本及び被告鈴木は、本件融資につき、監視義務を行使しこれを是正すべきであったにもかかわらず、かえって自らの職制上の影響力及び事実上の影響力を行使してこれを推進したものであり、善管注意義務に基づく責任を負う。

イ 被告らの主張

(ア) 取締役による経営判断は、複雑多様な諸要素を勘案してなされる総合的な判断であるから、その裁量権は極めて広範囲に及ぶ。そのため、取締役会の経営判断が尊重され、当該取締役が職務の執行にあたってした判断につき、前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、意思決定の過程・内容が企業経営者として特に不合理・不適切なものといえない限り、取締役に善管注意義務違反はない。

取締役が融資の決定を行うにあたっては、当該融資の回収見込みの外、既存の融資の回収可能性、主力銀行としての役割あるいは国内外の信用システムに及ぼす影響等多方面にわたる総合的な検討が必要である。本件における被告らの判断は、いずれも取締役としての裁量の適切な行使であり、善良なる管理者の注意義務違反は存在しない。

(イ) 本件融資の意思決定過程

原告においては、平成元年以来、東京営業四部、業務推進部及び業務審査部を中心に、原告グループ全体を挙げて、訴外会社グループの実態把握に努め、不断の情報収集を行ってきたのであり、本件融資の決定にあたっては、これらの情報を前提に、担当部店である東京営業四部において、訴外会社から資金繰表の提出を受けるなど可能な限り情報を収集するとともに綿密に検討し、業務推進部及び業務審査部と協議の上、業務推進部及び業務審査部の意見も集約して、与信専決権者である被告今村の決裁を受けたものである。したがって、本件融資の決定は、原告において定められた融資の手続を履践するとともに、必要な情報を十分に収集した上で行われたものであり、意思決定の過程に不備はない。

(ウ) 本件融資の意思決定内容の合理性

a 融資の必要性

本件融資は、株式相場の下落及びインサイダー取引問題によって、訴外会社グループにおいて資金調達をあてにしていた日新汽船の増資が不可能になったことから、平成二年四月の一時的な資金不足を補うつなぎ運転資金の融資である。株式相場の下落及びインサイダー取引問題が社会的な耳目を集めたこと、日新汽船の株価が大幅に下落していたことはいずれも事実であって、訴外会社側の資金需要にも合理性があり、一時的な資金不足を乗り切るための本件融資の必要性は明らかであった。

加えて、この融資を他行らに依頼することは、他行及び社会全体に訴外会社グループの信用状態についての誤解を与えかねず、さらにはメイン行たる原告が融資に応じなかったということで、他行が回収に走ることすら考えられた。このような懸念を実現させないため、また、既融資分の回収の極大化を図るためにも、原告が単独で融資する必要性が認められた。

b 回収可能性

(a) 訴外会社グループに対しては、本件融資当時、原告単体で合計一〇九六億円強の与信を行っており、原告関連ノンバンク全体では二一二七億円もの巨額の与信を行っていたがかつて何らの不履行も遅滞もなく、不動産の含み益等により六七〇億円の調達余力を有しており、融資金の回収に具体的な危険を感じるような状態にはなかった。実際に、訴外会社は、平成二年七月期決算では、三億円以上の経常利益を出し、一〇億五二〇〇万円もの税引前利益(税引後は六億五二〇〇万円)の黒字を計上している。

(b) 本件融資の返済については、訴外会社作成の資金繰表並びに甲野及び平間らの説明によって、主として物件・会員権等の売却によって調達した資金を念頭においていたが、リファイナンス等による戻り等も期待できたし、個別プロジェクトの管理による支出抑制も考えられた。とりわけ、ボンドセンターをはじめ、物件は極めて優良であって、売却は時間の問題にすぎなかったこと等から、訴外会社グループの経営状況も踏まえ、同社の返済能力及び返済原資については、特段の問題はないと考えられた。

特に、保有資産の売却については、具体的に売却交渉中であるとの説明であり、とりわけボンドセンターについては、アサヒビールからの買い意向があると個別の名称まで示され、実現可能性が高いことを示されるとともに、トップ会談まで進展し、早晩実現することが十分に伺える状況であった。

さらに、株価の下落やインサイダー問題は一過性のものであったため、当該問題等が決着すれば、日新汽船の無償増資による資金調達も十分可能だと認識されていた。

その後の、原告における詳細な調査・分析によっても、本件融資によって一時的な資金不足を免れたことにより、そのままの経営状態でも、平成三年七月までの向こう一年間は繰り廻しが可能であり、訴外会社グループとしての借入が返済によって三二〇億円も減少することが見通されていた。そして、当然ながら本件融資金六〇億円の返済は、その中に見込まれていたのであって、本件融資当時から当該融資金の返済の見通しが十分に立っていたことが数字上でも明確に裏付けられている。

(c) 以上のとおり、本件融資の回収可能性については、当時、特段の問題はないと判断されたが、かかる判断は全く妥当であった。

c 債権保全

本件融資は、短期資金の貸付けであり、長期信用銀行法上、債権保全のための担保の徴求等は特に要求されていないものである。しかも、本件融資は、一時的なつなぎ融資で、かつ訴外会社の返済能力もその見通しも十分であり回収に懸念がなく、訴外会社の体力にも何ら不安のない時期があったが、業務推進部及び業務審査部の慎重な意見を活かし、債権保全を講じた。本件融資は、稟議上のみ無担保とされたが、ラジャダマリ株式及び日本ソフトウェア開発株式の担保余力並びに日新汽船所有のリージェントシドニーホテルの担保余力についての差入念証を取って担保とすることで、債権保全措置は十分に取られていた。

すなわち、ラジャダマリ株式及び日本ソフトウェア開発株式は、既に根担保として徴求済みであり、本件融資に際して特段の手続がなくても、有担保とみることができたのであって、しかも、その担保価値は、掛け目を考慮しても、念証における担保余力をも考えあわせれば、本件融資を担保するものとして十分であった。なお、原告は日本ソフトウェア株式は同株式購入資金四〇億円の担保として徴求されており、担保余力はなかったと主張するが、その様な事実はない。

さらに、念証についても、手形貸付の方法による一切の債務の履行を確保するため、原告の請求があったときは何時でも日新汽船をして利害関係人の同意を得る等の手続を完了の上同物件に第二順位の根抵当権を設定し、これに必要な一切の手続を取らせることを確約させており、本件融資もまたその対象になっている。しかるところ、訴外会社グループは、日新汽船の発行済株式のうち、58.6パーセントの株式を保有するとともに、日新汽船の取締役九名中五名は訴外会社グループの者が占めるなど、訴外会社が日新汽船の経営権を完全に把握していたことから、念証による確約は確実性が極めて高いものであり、そもそもリージェントシドニーホテルは、原告が一番抵当権を設定していたのであるから、あとは他の金融機関の担保に取られず、いつでも追加担保を取れる措置をとっておけばよかったことをも勘案すると、債権保全上十分な効果を有するものであった。

(エ) 信頼の権利(被告堀江)

原告のような大企業の取締役は、その職務の一部を他の取締役や従業員に委任することができ、委任された者の行為については、特に疑念を差し挟むべき事情がない限り、問題がないものと信頼することができると解され、いわゆる「信頼の権利」が認められる。

原告では、融資の実行に先立ち、担当営業部店のみならず、業務グループという異なる部署においても検討され、とくに審査部門による専門的な検討も加えられるなど、重層的な検討やリスクチェックシステムが機能するよう推達手続及び決裁制度が整備されていた。したがって、原告においては、担当取締役又は従業員を信頼できるだけの組織、決裁に至る具体的かつ適正な手続がいずれも整備されており、「信頼の権利」が妥当する。

頭取が、個別の融資案件について、担保等の融資実行の諸条件といった細かい問題まで含めてつぶさに指揮監督することは効率的かつ合理的な経営という観点から適当でないのはもとより、不可能である。したがって、頭取は、各担当取締役にその業務の遂行を委ねることが許され、各担当取締役の業務執行の内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、監督義務懈怠の責めを負うことはない。本件融資は、通常のつなぎ運転資金融資に関する案件であって、原告が主張するような特殊・異例案件ではなく、「疑念を差し挟むべき特段の事情」も全く存しない。

(2)  本件期限延長にあたっての被告らの善管注意義務違反の有無

ア 原告及び訴訟引受人の主張

(ア) 本件期限延長の問題点

本件融資は訴外会社に対する初めての資金繰り融資であり、調査が極めて不十分なまま、無担保であることから、三か月に限定して融資がなされたにもかかわらず、約定期限に弁済がなされなかったものである。しかも、期限延長後の返済原資として見込むものは、日新汽船の増資による資金調達あるいはボンドセンターの売却による資金回収であり、本件融資の当初に三か月以内に実現できると見込んでいて、実現できなかったものであって、返済原資としての確かさに疑問を抱くべきものであった。

このように、本件期限延長は、回収懸念が現実化している状況下でなされたものであるから、返済期限の延長に応じるには、返済原資として見込んでいたボンドセンターを担保として徴求するか、既に取得していた担保差入書に基づいてシドニーリージェントホテルを担保として実際に徴求すべきであり、それができないときは延長すべきでなかった。それにもかかわらず漫然と弁済期限の延長に応じたものであり、銀行の取締役の裁量の範囲を明らかに逸脱したものである。

(イ) 各被告らの責任

a 被告今村の責任

本件期限延長当時、訴外会社に対する融資の決裁権限者は、東京営業四部の担当役員である被告今村であった。そして、当時の原告における職務権限の定めによれば、本件融資のように手形貸付の期限の延長は、融資の決裁権者が決裁権者となる旨定められたことから、被告今村が本件期限延長の決裁権者であった。しかるところ、被告今村は、決裁権者として、その回収可能性に重大な疑問を抱くべき状況にあったにもかかわらず、期限の延長を阻止せず、あるいは担保を徴求しないまま漫然と期限延長を決裁したものであって、銀行の取締役の裁量の範囲を明らかに逸脱したものとして、善管注意義務違反に基づく責任を負う。

なお、被告今村は、本件期限延長については、原告における職務権限の定めによれば、当初貸出日から一〇年以内の範囲での最終期限の延長に該当することから、決裁権者は担当部店長である東京営業第四部長であり、右職務権限の定めにおいて手形貸付の期限延長は担当部店長によることは原則不可とされているが、例外が認められると主張する。

しかし、手形貸付の期限延長について決裁権限を取締役から部長レベルに委譲することはありえない。そもそも職務権限の定めにおいて、「手形貸付の期限延長は原則不可」としているのは、印紙税の脱法行為となりかねないこととの兼ね合いから定められたものであり、一枚の手形を期限の延長に関する訂正により使い回すことで新たな印紙が不要となってしまうのを防ぐ趣旨である。あえて延長の手続を定めるならば、手形は書換えて、旧手形は返還しないという扱いをするのが銀行実務の常識であり、もし手形を書換えるなら延長期間につき新たな与信を行うことと実質的に変わりがなく、新規与信と同様改めてその時点において稟議及び決裁が必要となるのである。

また、被告今村は、自らが決裁権者でないことを前提に、権限を委譲した部下の行動と判断に対して信頼を置いて権限を行使すれば足りる旨主張するが、被告今村には、本件期限延長に関わる関連情報が伝えられ、それによれば、警告を発すべき異常な事実が明らかとなっていたのであるから、被告今村の主張するような法律論はその前提を欠き失当である。

b 被告堀江の責任

被告堀江は、本件融資当時、原告の代表取締役頭取であり、原告の業務を統括する地位にあったのであり、取締役の職務執行を指揮・監督すべき義務を負っていた。被告堀江は、平成二年七月二五日、本件融資に関して訴外会社の問題について説明を受けたうえ、同月二六日に甲野と面談し、物件売却状況等について確認をしているのであり、本件期限延長の許否及び方法につき、指揮・監督し、これを是正すべき立場にあった。しかしながら、被告堀江は、被告今村の銀行の取締役の裁量の範囲を明らかに逸脱する融資の決裁を放置したものであり、善管注意義務違反がある。

なお、被告堀江は、他の取締役や従業員の報告を信頼して権限を行使すれば足りる旨主張するが、被告堀江には、上記のとおり本件期限延長に関わる関連情報が伝えられ、それによれば、信頼の基礎を覆す警告を発すべき異常な事実が明らかとなっていたのであり、被告堀江の主張は失当である。

c 被告岡本及び同鈴木の責任

被告岡本及び同鈴木は、既に主張したとおり、取締役会のメンバーとして、他の取締役の業務執行等を監視する義務がある。しかるに、被告岡本及び同鈴木は、本件期限延長につき、平成二年五月一日に甲野と面談して訴外会社の資金繰りについて協議し、同年七月二五日には、本件融資に絡む訴外会社の問題について協議をするなどして、その問題点について認識していたのであるから、これを制止するか、あるいは十分な担保を徴求するよう求めるべきであったにもかかわらず、かえって被告今村の決裁を積極的に支持したものであり、善管注意義務違反がある。

イ 被告らの主張

(ア) 弁済期限の延長の判断についても、融資の判断と同様、経営判断の原則が適用され、取締役には広範な裁量が認められる。

(イ) 本件期限延長の合理性

原告にとって、本件融資は予想外の出来事であったことから、訴外会社についての調査・検討を行うこととし、同年五月一日に訴外会社の甲野、専務の大庭及び平間に対して、今後の資金管理についての指示を行い資料の提出を求め、原告でも訴外会社の資金繰りについて継続して調査を行い、七月二五日に調査結果がまとめられた。これによると、平成三年七月までの一年間は、物件の売却があり資金繰りが可能であって、借入金の減少も図れることが確認された。このように、本件期限延長により訴外会社の企業維持が図られれば、中期的に借入金の減少が期待できたのであり、訴外会社及び訴外会社グループについて、あえて本件融資の弁済を強要すれば、訴外会社の資金繰りを悪化させ、他の金融機関にも無用の警戒心を与え摩擦と混乱を引き起こしかねず、原告のメインバンクとしての信用が失墜する可能性が大きかったのであり、本件期限延長を選択する必要性は十分に認められた。

本件期限延長の時点においては、本件融資時から訴外会社の経営状況には特段の変化はなく、平成二年七月期決算は黒字であった。また、同年九月には、ボンドセンター東棟を、ミサワホーム他へ六八〇億円で売却し、訴外会社グループは、二五〇億円の手取額を得る予定であったのであり、本件期限延長を実行しても、本件融資に基づく六〇億円の回収可能性は十分に認められた。

担保についても本件融資におけるそれを継続しており、問題はなかった。このような状況においては、本件融資時において必要な保全措置がとられていたのであるから、あえて担保の変更等を行う必要もなかった。

なお、現実にも、平成二年九月段階の与信残高は減少し、訴外会社グループに対する貸出の継続・増額により原告の収益増も期待でき、三菱信託銀行からの人材派遣や、ニューヨーク・リージェントホテル建設資金の協調融資団の組成や、その後平成三年二月の主力五行による緊急支援体制が実現できた。

以上のとおり、本件期限延長は、十分な検討に基づいてなされたものであり、何ら裁量の逸脱はない。

(ウ) 決裁権限について

本件融資の期限延長の決裁権者は担当部長であり、被告今村ではない。すなわち、原告の組織管理規程には、最終期限の変更の決裁権者は担当部長とされている。そして、現実にも、本件期限延長の稟議書の決定権者欄の「部長」に○が付され、部店担当役員欄には「(報告)」とされている。したがって、被告今村は、担当部長の業務遂行の内容について疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、監督義務違反に基づく責任を負うことはなく、本件期限延長につき、そのような特段の事情は見あたらない。

(3)  損害額及び因果関係

ア 原告及び訴訟引受人

本件融資は、平成二年四月二七日、貸出期間を三か月とし、六〇億円が実行されたが、同年七月三一日から同年八月三一日に返済時期が一か月延長され、同年九月二七日に六〇億円の貸出極度枠が新設(以下「第一新設極度」という。)され、平成三年三月二八日に別の六〇億円の貸出極度枠の新設(以下「第二新設極度」という。)という形式で継続され、現在貸付残高は三二億七九四七万三〇二八円となっている。

上記いずれの新設極度の設定も、本件融資の返済猶予を目的として実行されたものであり、融資の形式を変更したのは原告における一方的な内部手続上の処理にすぎず、これによって実際の新規貸し渡し及び弁済は一切行われていない。また、極度新設にあたり、債務者との合意がなされていたとしても、これは債権の同一性を保ちながら内容を変更する債権変更契約が行われたにすぎない。よって、原告の損害額は三二億七九四七万三〇二八円となる。

なお、被告らは、平成二年九月二七日付の第一新設極度あるいは平成三年三月二八日付の第二新設極度による貸付金を原資として、本件融資が完済された旨主張している。

しかしながら、新設極度の設定は、返済期限の猶予を目的とした内部処理手続にすぎず、これによって消費貸借の成立に必要な金銭が実際に貸し渡されたわけではなく、六〇億円の返済期限を延長して融資を継続するためのものであったというべきである。

また、被告らは、平成三年三月の第二新設極度について、平成二年九月の第一新設極度とは別の新たに設定されたものであって、両者は併存しているから、それぞれ別個のものであるとも主張している。

しかしながら、本件融資は、原告の資金活用の都合上、当初海外店(シンガポール店)の資金による円貨貸付(外内ユーロ円)によって実行されたのであるが、第二新設極度は、これを国内の本店の資金による円貨貸付(国内ユーロ円)に切り替えるために実行されたものであって、第一新設極度の場合と同様に、従前の融資が同一性を保ちながら継続しているものであり、このことは、第二新設極度の貸出申請書において、第一新設極度と第二新設極度による合計の貸出額が六〇億円を超えないよう管理することとされていることからも明らかである。したがって、被告らの主張は失当である。

イ 被告らの主張

(ア) 本件融資は、平成二年九月二八日に金利も含めて完済されており、本件融資に関わる損害は存在しない。

原告は、平成二年九月二七日に設定された第一新設極度による貸付は、本件融資と債権の同一性を保ちながら内容を変更しただけであると主張するが、本件融資の貸出形式は手形貸付(期限延長)であり、手形期間は一か月であり、資金使途はつなぎ短期資金であるのに対し、専決極度枠の設定による貸出は、貸出形式が極度利用(専決期間は平成三年三月二九日)であり、手形期間は三か月以内であり、資金使途は一般短期資金であることからして、形式、内容、管理口も異なる全く別の新たな融資である。

仮に、本件融資が第一新設極度により引き継がれているとしても、平成三年三月二八日の専決極度による貸し出しにより弁済された。すなわち、第二新設極度は、貸出形式は極度利用であるが、資金使途は緊急支援融資とされ、保全措置も新たに総資産とされ、担当部が原告本店と変更されており、また、一時期第一新設極度と併存するなど全く新たな融資である。

以上のとおり、本件融資は、いずれにせよ、新たに設定された極度枠による貸付によって完済されているのであり、損害は現存しない。

(イ) 因果関係の不存在

本件融資の後、第一貸出極度枠及び第二貸出極度枠の設定及びこれに基づく融資が実行され、現在に至るまでの間、多くの別個の経営判断が介在しており、原告の主張する損害と本件融資及び本件期限延長との間には因果関係が認められない。また、原告の主張する損害が残存するとしても、これは、原告の適切・妥当な回収努力の懈怠を理由とするものであり、この点からも、原告の主張する損害と本件融資及び本件期限延長との間には因果関係が認められない。さらに、本件融資により、本件融資と同額以上の損害の発生が回避されたのであり、この点からも本件融資と原告の主張する損害の間には因果関係がない。

第3  争点に対する判断

1 本件融資にあたっての被告らの善管注意義務違反の有無

(1) 銀行の取締役は、融資の判断にあたっては、リスクを勘案の上、当該融資により収益が合理的に期待し得る場合にのみ融資を行なうべきであるが、不特定多数から借り入れた資金を他に融資するという業務の特殊性及び金融システムの根幹を担うという公共性からして、引受けるリスクには自ずと限界があるというべきである。このような観点から融資にあたっては、融資から得られる利息収入、取引先を通じた融資等の取引機会の拡大、既存融資の回収可能性に与える影響など融資から得られる利益のみならず、融資の持つリスクを的確に把握し、これに応じた適切な債権保全措置をとることが必要である。そして、このような判断は、時間と情報の制約下において、将来予測と専門性を伴う総合的判断であることから、情勢分析と衡量判断の当否は、意思決定の時点において一義的に定まるものではなく、取締役の経営判断に属する事項としてその裁量が認められるべきである。したがって、取締役の判断に許容された裁量の範囲を超えた善管注意義務違反があるとするためには、判断の前提となった事実認識に不注意な誤りがあったか否か、又は判断の過程・内容に著しく不合理なものがあったか否か、言い換えれば、当該判断をするための情報収集・分析、検討が当時の状況に照らして合理性を欠くものであったか否か、これらを前提として判断の推論過程及び内容が明らかに不合理なものといえるかどうかが問われなければならない。

(2)  以上を前提として、本件につき判断するに、既に判示したところ及び証拠(後掲)によれば、以下の各事実を認めることができる。

ア 原告と訴外会社との取引関係について

(ア) 原告は、設立以来、金融債の発行により資金を調達し、大企業に長期資金を融資することを業務の中核に置いてきたが、一九七〇年代の半ばころから、大企業の設備投資と自己資金が充実し、さらに内外の市場から直接資金調達を行なうことが可能となったため、大企業の資金需要が減少し、大企業相手に長期資金を融資するという従来の基本業務の転換を迫られる状況となった。このため、原告は、一九八〇年以降、長期信用銀行という制度に依拠した経営から脱皮し、新たに投資銀行に転換していく方向を目指したが、投資銀行への転換は一挙に図られるものではなく、大企業の資金需要の減少を中堅中小企業の新規開拓で置き換えつつ進めていく戦略がとられた。平成元年四月から平成六年三月までの五年間を対象期間とする原告の第六次長期経営計画は、投資銀行業務や国際業務の展開とともに中堅中小企業との取引の強化を中期的な目標と定めていた。そして、原告は、これに対応して、平成元年二月に組織改編を行ない、グループ制を導入し、融資本部を大企業融資を扱う営業企画グループ、中堅中小企業を対象とする業務企画グループに分け、審査部を各グループ内に取り込むことにより、融資についての担当部店の判断を重視し、意思決定の迅速化を図るとともに、本部による支援の充実を期した。(甲10、甲52、乙19ないし22)

(イ) このような中で、訴外会社は、内外のプロジェクトへの投資を幅広く展開しており、プロジェクトファイナンスや国際業務という原告が力点を置く分野と合致したことから、原告にとって魅力のある取引先であった。このため、原告は、昭和六〇年に訴外会社グループとの取引を開始後、急速に取引を拡大し、昭和六三年ころからは、訴外会社を管理しつつ育成し、メインバンクの地位を確保するというスタンスに立って、訴外会社との取引を継続した。すなわち、訴外会社は、甲野のワンマン企業であり、多数のプロジェクトが同時進行的に展開するとともに借入額も急速に拡大しており、資金調達先としてノンバンクにかなり依存していたことなどから、原告は、訴外会社に対して、内部管理体制を強化し、ワンマン企業からの脱皮を図ること、プロジェクトに優先順位を付け、選択するとともに新規プロジェクトを抑制すること、銀行取引体勢を作ることなどを経営指導していくこととした。そして、頭取から甲野に対して機会を捉えてその旨の申し入れをしたり、平間、赤井及び松ケ浦を訴外会社の常務取締役、経理担当企画部次長及び関連事業部長として派遣し、訴外会社の内部管理体制の整備に協力させるとともにその経営監視にあたらせた。他方で、原告においても、訴外会社グループに対する与信管理を強化するために、平間、赤井を通じて、あるいは業務推進部において海外プロジェクトを実査するなどして、数次にわたって訴外会社グループ全体の資産、財務及びプロジェクトの進捗状況等の把握を行ない、また訴外会社グループとの取引について東京営業四部、業務推進部及び業務審査部の連携を強化し、さらに原告と関連ノンバンクとの連絡を密にし、原告グループ全体と訴外会社グループとの取引状況を把握するなどの態勢を整えた。

(ウ) 本件融資前の平成元年一二月時点における訴外会社グループの借入残高は七六七一億円であり、このうち主要各行の関連ノンバンクも含めた融資残高は、原告グループ一九二六億円(原告単体では一〇五五億円)、三井信託銀行グループ一一五八億円、日本債券信用銀行グループ六二九億円、三菱信託銀行グループ四三四億円、住友信託銀行四二一億円となっており、人材の派遣状況等からも、原告は自他ともに訴外会社グループのメインバンクと認める状況となっていた。(甲19、乙20、乙21)

(エ) 本件融資に至るまでの原告の訴外会社グループに対する認識は、甲野は原告の経営指導を概ね遵守しており、原告として訴外会社グループに対してコントロールできているというものであった。しかし、実際は、甲野は原告に秘密で新規プロジェクトへの投資を続けており、また原告に対してプロジェクトの売却により資金回収できたとしながら、訴外会社グループ内における売却にとどまっており、実質的な回収がなされていないものがあるなど、原告の期待を裏切る行動をとっていたが、これを原告が知るのは訴外会社の資金繰りが逼迫化した平成二年一一月以降のことであった。(甲4、甲11の2、甲12、甲13、甲19、甲32、甲41、甲66)

イ 融資の必要性について

(ア) 訴外会社に資金不足が生じた原因について、甲野の説明は、株価の下落で保有株の評価額が減少したこと及び日新汽船の公募増資を利用した資金調達がインサイダー取引疑惑等により先送りとなったことから、平成二年四月の資金繰りに七〇億円の不足が生じたとするものであった。しかるところ、現実にも株価は、平成元年一二月の日経平均三万八九一五円をピークに下降し、平成二年四月二日には二万八〇〇二円に下落しており(乙24の14)、また日新汽船のインサイダー取引疑惑についても平成二年四月三日の産経新聞に、日新汽船が平成元年六月に第三者割当増資を発表する直前に同社の株が異常に高騰したことについてインサイダー取引の疑惑があるとの報道がなされ、訴外会社のグループ企業である日新汽船にこのような報道がなされたことについて、直ちに平間常務から原告に対して報告がされるとともに、その記事の与える影響について協議がなされた経緯があった(甲21の1ないし3)。さらに、本件融資に際して原告からの求めに応じて平間常務及び赤井企画部次長が作成し提出してきた訴外会社の資金繰表は、プロジェクトの売却等による収入見込とプロジェクトの支出見込を対比させ、全体としての収支見込みを示すものであり、計画された無償増資による資金調達等の充当関係まで明示するものではなかったが、同資金繰表においても、四月末に訴外会社に全体として七〇億四〇〇〇万円の資金不足が生じるものとされていた。そして、これらによれば、訴外会社に一時的な資金不足が生じた事情及び必要資金額として甲野の説明するところは、概ね首肯し得るものであった。

(イ) 以上のとおり、本件融資は訴外会社の四月末の資金不足を補うものであったが、甲野が被告岡本及び被告鈴木に本件融資を依頼したのは四月二〇日のことであり、それ以前に東京営業四部に話はされているものの、日新汽船のインサイダー取引疑惑が新聞に報道されたのが四月三日であることからすると、いずれにせよ本件融資の依頼は時間的に余裕のない中で行われたものであった。前述のとおり原告は訴外会社のメインバンクの立場にあり、また原告グループは訴外会社グループに多額の融資残高があったことから、原告が本件融資に応じず、訴外会社が他行に金策に動くと、逆に他行がメインバンクである原告が融資に応じないことに不安を抱き融資の回収に動いたり、あるいは他行が融資に応じない場合に訴外会社に現実に資金ショートが生じる場合には、原告グループの有する債権の回収に困難を来すことが懸念される状況があった(甲23の1、甲24、乙19、乙20)。

ウ 訴外会社の返済能力について

(ア) 平成二年二月に原告の訴外会社に対する取組方針を付議した常務会の資料によると、平成元年一二月時点における訴外会社グループの総借入債務は七六七一億円となっていた。しかし、他方で、同資料によれば、訴外会社グループは所有する不動産及び株式に含み益を有しており、当面の資金調達余力は六七〇億円あると試算されていた。さらに、訴外会社グループのプロジェクトについて平成元年八月から平成三年八月までの資金収支計画によると、会員権等の販売、プロジェクトの売却等により、二年間の累計で追加投資額を一二八六億円上回る資金の回収が図られ、借入債務も約三〇〇〇億円減少する見込となっていた(甲19)。

(イ) さらに、本件融資に関して、平間常務と赤井企画部次長が作成した前記の訴外会社の資金繰表においても、四月段階では七〇億四〇〇〇万円の不足となるが、五月には三八億一〇〇〇万円、六月には二四億一〇〇〇万円、七月には二八億円の余裕が出るものとなっていた。しかるところ、この資金繰表は、訴外会社グループの経営状況を把握し、監視するために原告が訴外会社の経営の中枢に送り込んだ平間、赤井の両名が作成してきたもので、時間的制約下において入手可能な情報としてはそれ自体として相応の価値を有するものであった。さらに、その裏付けとなる物件の売却による収入の見込については、四月二〇日に甲野が被告岡本及び被告鈴木に面談した際にボンドセンターについてはアサヒビールの購入希望があり、トップ会談が予定されていることを始めとして、その他の物件についても売却の進捗状況について具体的説明がなされており、同様の情報が東京営業四部にも訴外会社から伝えられていた(甲22、甲23の1)。もっとも、担当者レベルでの打ち合わせにおいては、業務推進部及び業務審査部から、前記資金繰表について、訴外会社に資金不足が生じた事情とのつながりが不明であることや収入について物件の売却の確度が低いものが多いなどの指摘がなされ、また、業務審査部は本件融資に対する意見の中で、訴外会社グループの当面の資金繰り予定について分析不十分な点は否めないとしていたが、業務審査部も本件融資には反対ではなく、事後的に個別プロジェクトを洗い直し、グループ全体のキャッシュフロー等を把握することを条件として、本件融資はやむを得ないとするものであった。

(ウ) そして、本件融資実行後に、東京営業四部、業務推進部、業務審査部が共同で、訴外会社グループのプロジェクトを洗い直し、プロジェクトごとの評価・資金収支、グループの資金調達余力、グループ全体の資金収支を調査・分析し、平成二年七月二五日に結果がまとまったが、これによると、訴外会社の向う三年間の資金収支は、当面の平成三年七月以降平成五年七月までの二年間は大幅な資金不足となることが見込まれるが、平成三年七月までの一年間は資金繰りが可能であり、訴外会社グループの借入金は、訴外会社の計画で三二〇億円、原告の査定でも一九四億円減少することが見込まれるというものであった。

エ 債権保全措置について

(ア) 本件融資は、訴外会社の資金繰り上に生じた一時的な資金不足を補うつなぎ融資であり、返済期限は三か月であったことから、長期信用銀行法六条の適用はなく、法律上担保を徴求することは認められていなかった。しかし、原告の融資事務手続きにおいては、原則として不動産その他の確実な担保を徴求し、第三者対抗要件を具備させることとされていた(甲64)ところ、本件融資においては、債権保全措置として、既に訴外会社から担保として徴求していたラジャダマリホテルの株式及び日本ソフトウェア株式会社の株式の担保余力を掛け目をつけた上で一八億円及び二〇億円と評価するほか、訴外会社から原告が必要と認めるときには日新汽船にその所有するリージェントシドニーホテルを担保提供する旨の念証を差し入れさせることとし、現実に訴外会社からその旨の念証が提出された。しかるところ、リージェントシドニーホテルは、平成元年七月に原告が日新汽船に同物件の購入資金二四億円を融資し、その不動産に担保を設定していたが、その担保割合は融資金額の336.3パーセントと評価されており、十分に担保余力を有していた(甲11の1、2)。さらに、日新汽船は、もと外航運輸会社であったが、業績が悪化したことから、昭和六三年に甲野の買収を受け、訴外会社の傘下に入り、同グループの全面的支援を受け、新たにホテル事業(リージェントシドニーホテル)、会員権販売を手がけるなど業務内容を一変させて来ていたのであって、訴外会社グループが株式の58.6パーセントを所有し、また取締役九名中五名は訴外会社の出身者であったことから、上記念証はそれなりの意味を有するものであった。本件融資において、新たに担保を徴求したり、あるいはリージェントシドニーホテルについて担保権を設定し、第三者対抗要件を備えなかったのは、訴外会社が一時的な資金繰り不足を来たし、メインバンクがこれに対して融資をするのに担保を徴求していることが他行の知れるところになると、他行が過敏に反応して融資の回収に動き、原告がその肩代わりをさせられる恐れがあったことから、他行に目立たないようにすることが望ましいとの政策判断によるものであり、前記のとおりの訴外会社の資金繰り見込をも勘案の上、次善の策としてとられたものであった。

(イ) もっとも、業務審査部は本件融資に対する意見の中で、本件融資は既徴求担保余力及びリージェントシドニーホテルに関する念証の差入でカバーするものの債権保全面で十分とは認めがたく、けじめをつけるためにも三か月後に回収されたいとの意見を付している。しかし、前記の債権保全措置は業務審査部も含めた担当者レベルでの打ち合わせにおいて他行及び訴外会社を刺激しない方法として考えられたものであり、業務審査部の本件融資に対する意見もメインバンクとしての原告の立場及び他行への振り分けが総合的に得策でないとの判断から本件融資はやむを得ないとするものであり、前記の政策判断を是認するものであった。

(3)  まとめ

ア  以上によれば、原告は訴外会社のメインバンクとして、長期間の取引関係の中で組織的かつ継続的に訴外会社の経営情報等を収集・蓄積させるとともに経営監視を行ってきたのであって、当時の原告の認識としては甲野は概ね原告のコントロールに従って行動しているものと考えていたものである。そして訴外会社からの本件融資の依頼に対して、時間的制約のある中で、従来から収集・蓄積してきた情報等を総合的に分析し、訴外会社について生じた資金需要は経営悪化によるものではなく、一時的な流動性不足によるものと判断したものである。しかるところ、当時においては、メインバンクは、借り手についての情報収集・蓄積及び経営監視の面で他の債権者よりも優位な立場にあること、最大の融資者として借り手が経営難に陥った場合の危機管理にイニシアチブを発揮することから、これらに信頼・期待して他行は当該借り手企業への融資を引き受け、他方メインバンクは、借り手の預金、為替及び社債管理業務などを独占的に引き受ける関係が成立していたものと解される。そうすると、原告は、本件融資の依頼について既に述べたとおり一時的な流動性不足であると判断したのであるから、上記のような関係の中でメインバンクの動きを注視している他行に対して、訴外会社の経営が悪化しているという誤ったシグナルを送る行動を避ける必要があったのであり、このような観点から訴外会社の資金繰りの見通し及び短期間の融資であることも勘案の上、次善の策として既に述べたような債権保全措置をとったものである。このことからすると、本件融資は、時間的制約がある中で原告が訴外会社との取引の過程で組織的かつ継続的に収集・蓄積してきた情報を関連部署におて総合的に分析、検討した上、本件融資を行なう必要があり、債権保全措置をも勘案すると回収にも懸念はないとの結論に至ったものであり、その判断は、当時の具体的状況下においては、相応の裏付けを有するものであったというべきであり、本件融資が判断の前提となる事実認識及び判断の内容に裁量の範囲を超えた誤りがあったと認めるに足りる証拠はない。

イ  したがって、本件融資の判断において融資決裁権者である被告今村には善管注意義務違反は認められず、これを前提とする被告堀江の監督義務違反、被告岡本及び被告鈴木の監視義務違反の主張も理由がない。

ウ 原告及び訴訟引受人の主張について

(ア) 原告及び訴訟引受人は、本件融資については資金不足の原因及び資金使途が具体的に明らかにされておらず、融資において当然になされるべき審査がなされていない旨主張する。ところで、資金不足の原因及び資金使途の審査は、それが融資の返済可能性の有無、融資額が資金需要に見合った適切なものであるかどうか及び案件が銀行業務の公共性に反しないものであるかどうかの各判断に有用であることから求められているものと解される。しかるところ、本件においては、資金不足の原因は保有株価の下落及び日新汽船の無償増資の中止による資金計画の変更であり、資金使途は訴外会社全体の四月分の資金繰りに当てることが確認されていたところ、融資額が適切であることや案件が公共性に反しないことは、平間常務や赤井次長らを通じての経営監視により確保されており、回収可能性についても原告に集積された情報、平間常務らが作成し提出された資金繰表及び債権保全措置を講じることを勘案の上、回収可能性ありとの判断が可能であったもので、資金不足の原因及び資金使途が具体的に解明されていないことをもって、本件融資が相当性を欠くこととはならないと思料される。さらに、原告及び訴訟引受人は、資金繰表の支出項目の中に原告が認知しないプロジェクトの資金も含まれており、本件融資に応じることによりこれらのプロジェクトを認知することになる旨主張するが、原告は、本件融資後訴外会社のプロジェクトを洗い直し、優先度を把握し、凍結できるもの、支払いを遅らせることができるものなどの選別を行い、資金の出を押さえるよう訴外会社に申し入れる方針であったのであり、現実にも本件融資後にそのような申し入れを甲野に行っているところであって(甲28)、本件融資に応じることですべてのプロジェクトを是認する結果となるわけではない。

(イ) また、原告及び訴訟引受人は、訴外会社の財務・損益状況について各種指標を挙げて訴外会社の返済能力について重大な疑問を抱くべきであったと主張する。しかし、訴外会社は不動産開発業者であり、多くのプロジェクトが開発途上であったという業態からすると、これらの指標が平均的な数値から乖離することは当然であり、その前提で原告はこれまでも訴外会社に対する融資を行なってきたのであり、本件融資においても短期間のつなぎ融資として当面の資金繰りの観点から回収可能性が検討されたものであり、原告らの上記主張は結論を左右するに足りない。

(ウ) さらに、原告及び原告引受人は、本件融資の債権保全措置について、ラジャダマリホテル株式会社及び日本ソフトウェア株式会社の株式の担保余力をそれぞれ一八億円及び二〇億円とするのは根拠薄弱であり、またそもそも日本ソフトウェア株式会社の株式は既に同株式購入資金四〇億円の担保として徴求されていたのであるから何らの担保価値も有しなかったと主張する。しかしながら、東京営業四部の作成した本件融資の決裁書面には、日本ソフトウェア株式会社の株式については先順位債権者がない旨記載されているほか、それぞれ上記のとおり担保余力の評価がなされ、関係部署ともその前提で協議がなされているところであり、日本ソフトウェア株式会社の株式が既に担保として徴求されていたかどうかは証拠上確定することは困難である。しかるところ、原告のように専門知識と能力を有する職員を配置し、融資にあたっては関係部署が重畳的に情報収集・分析、検討を行なう手続が整備された大銀行においては、取締役は、特段の事情のない限り、各部署において期待された水準の情報収集・分析、検討が誠実になされたものとの前提に立って自らの意思決定をなすことが許されるというべきであり、本件においても、取締役として担当部店である東京営業四部における前記の担保余力の評価に依拠することに躊躇を覚えるべき特段の事情は窺われない。

(エ) 以上のとおり、原告及び訴訟引受人の主張は、いずれも理由がない。

2  本件期限延長にあたっての被告ら善管注意義務違反の有無

(1) 本件融資の期限延長は、平成二年七月二六日に決定されたところ、決裁書面には、期限延長を認める理由として、当初の見込では七月末ころまでには株式相場も回復し、日新汽船のファイナンスも可能となるとのことであったが、相場の回復が完全と言えないこと等から本件期限の延長の必要が生じたものであり、訴外会社全体の資金計画からしてボンドセンター東棟の売却が完了すれば資金的な余剰が生じるため増資の有無にかかわらず八月末ころには返済の目処がついている旨記載されている(甲33)。しかるところ、前述のとおり、七月二五日には、東京営業四部、業務審査部及び業務推進部が共同で作業した訴外会社グループ全体の資金収支等の調査・分析の結果が明らかとなり、これによれば訴外会社グループの向う一年間の資金繰りは可能であるとされていた。さらに、七月二七日には、甲野が平間らを伴い原告を訪れ、被告堀江らに対して、訴外会社の七月の決算見込が経常利益で五〇億円強黒字であり、償却等を行ない二〇億円程度に圧縮するつもりであることやボンドセンターの売却についても目処がついていることなどの報告を行なったが、これらの事情は事前に担当部店にも伝えられていたものと考えられる(甲32)。そうすると、本件期限延長にあたっては、本件融資時よりも確度の高い訴外会社グループの資金収支の調査結果があり、これによれば資金繰り上弁済可能とされていた上、本件融資についてとられた債権保全措置を引き継ぐのであるから、一か月間の期限延長を認めても回収可能性に懸念はないとした判断は、これを支える相応の根拠を有していたというべきであり、本件期限延長の判断が合理的裁量の範囲を超えた誤りがあることを認めるに足る証拠はない。

(2)  これに対して、原告及び訴訟引受人は、本件融資の期限延長が必要となったことは、正に回収懸念が現実化したことを意味するのであるから、既に取得した念証に基づいてリージェントシドニーホテルを担保として実際に徴求するか確実な担保を徴求することなく期限の延長に応じることは許されないと主張する。しかしながら、本件期限延長時には、訴外会社グループの当面の資金繰りの状況については本件融資時より確度の高い情報が得られ、これによれば資金繰り上回収の見込があったこと、他方で、新たに担保を徴求することが他行との関係で得策ではないという判断は、この段階においても妥当性を有するものと認められるから、原告らの主張は採用することはできない。

(3)  以上によれば、本件期限延長の決裁権の所在を論ずるまでもなく、被告らに善管注意義務違反を認めることはできない。

3  結論

したがって、原告及び訴訟引受人の各請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する(なお、被告らは、訴訟引受人に対する引受は不適法であるとして却下を求めているが、当裁判所が既に判断したとおり、当該訴訟引受は適法なものであり被告らの主張には理由がない。)。

(裁判長裁判官・永野厚郎、裁判官・島崎邦彦、裁判官・新田和憲)

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