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東京地方裁判所 平成11年(ワ)28679号 判決 2001年6月28日

原告

桂晶子

ほか一名

被告

木原秀幸

ほか二名

主文

一  被告らは、連帯して、原告らに対し、各七〇〇八万二七〇五円及びこれらに対する平成九年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告らに対し、各七八八〇万〇七〇六円及びこれらに対する本件事故の日である平成九年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、亡テリー・リー・シャーウィン(以下「亡テリー」という。)が、海岸で日光浴のため横臥中、被告木原秀幸(以下「被告木原」という。)の運転する小型貨物自動車に轢過されて死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し、亡テリーの相続人である原告らが、加害車両の運転者、その使用者及び加害車両の所有者に対し、損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

(一)  本件事故の発生

(1) 日時 平成九年六月二七日午前一〇時五〇分ころ

(2) 場所 神奈川県鎌倉市材木座海岸

(3) 加害車両 被告木原が運転する小型貨物自動車

(4) 被害者 亡テリー

(5) 態様 亡テリーが、上記場所において、日光浴のため砂浜の上の簡易ベットに横臥していたところ、海の家の建設に従事していた被告木原運転の加害車両がバックして、亡テリーを轢過した。

(6) 結果 亡テリーは、両肺破裂による出血のため、平成九年六月二七日午後二時一四分に死亡した。

(二)  責任原因

被告木原は、加害車両を運転して本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、また、被告日本サクセション株式会社は、被告大木から加害車両を借り受け、従業員である被告木原に運転させて海の家の建設作業を行わせていたものであるから、自賠法三条及び民法七一五条に基づき、さらに、被告大木は、加害車両の所有者であり、これを被告日本サクセション株式会社に貸与していたものであるから、自賠法三条に基づき、それぞれ亡テリー及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  相続

亡テリーの本国はアメリカ合衆国オハイオ州であるところ、同州の抵触法によれば、本件の相続関係に適用される法律は日本法であるから、反致により、本件の相続関係の準拠法は日本法となる(法例二六条、三二条)。そして、原告桂晶子(以下「原告晶子」という。)は亡テリーの妻であり、原告ジェイミ・アオイ・シャーウィン(以下「原告ジェイミ」という。)は亡テリーの子であって、亡テリーの死亡により、その損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した(民法九〇〇条一号)。

二  争点――亡テリー及び原告らの損害

(一)  原告らの主張

(1) 医療関係費 六六万四四一〇円

ア 治療費 六六万〇一一〇円

イ 入院雑費 一三〇〇円

ウ 入院付添費 三〇〇〇円

(2) 入院慰謝料(入院一日) 一万六〇〇〇円

(3) 逸失利益 一億一〇九九万四三九一円

亡テリーは、本件事故当時、四九歳であって、学校法人神奈川大学が設置する神奈川大学の助教授の職にあり、一二三六万七三八〇円の年収を得ていた。亡テリーは、本件事故に遭わなければ、神奈川大学の教員の定年である七〇歳までの二一年間、神奈川大学の教員として勤務し、この間、一二三六万七三八〇円を下回らない年収を得ることができたというべきである。また、亡テリーの被扶養者は、原告ら二名であった。したがって、生活費控除率を三〇%として、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、亡テリーの逸失利益は、次の計算式のとおり、一億一〇九九万四三九一円となる。

一二三六万七三八〇円×(一-〇・三)×一二・八二一一(二一年間のライプニッツ係数)=一億一〇九九万四三九一円

(4) 死亡慰謝料 三二〇〇万〇〇〇〇円

ア 亡テリーの慰謝料 二六〇〇万〇〇〇〇円

イ 原告らの固有の慰謝料 各三〇〇万〇〇〇〇円

(5) 葬儀関係費用 各七万五三六〇円

原告ジェイミは、平成九年七月三日に亡テリーの母国であるアメリカ合衆国で行われた亡テリーの葬儀に出席した。そのための交通費は一五万〇七二〇円であり、原告ら各自の負担額は、その二分の一である七万五三六〇円となる。

(6) 小計 各七一九一万二七六一円

原告らは、亡テリーの損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したから、原告らの固有の損害と合わせると、原告ら各自の損害額は、各七一九一万二七六一円となる。

(7) 既払分の控除 各三三万〇〇五五円

原告らは、亡テリーの治療費として六六万〇一一〇円の支払を受けており、原告ら各自の控除分は、その二分の一である三三万〇〇五五円となる。したがって、既払分を控除した後の原告ら各自の損害額は、各七一五八万二七〇六円となる。

(8) 弁護士費用 各七二一万八〇〇〇円

原告らは、本件事故に基づく損害賠償請求訴訟の提起・追行を原告代理人に委任し、報酬として各七二一万八〇〇〇円を支払うことを約した。

(9) 合計損害額 各七八八〇万〇七〇六円

(二)  被告らの認否及び反論

(1) 治療費は、認める。入院雑費及び入院付添費は、争わない。

(2) 入院慰謝料は、争わない。

(3) 逸失利益については、亡テリーが、本件事故当時四九歳であり、学校法人神奈川大学が設置する神奈川大学の助教授の職にあったことは認める。本件事故当時の年収は、知らない。就労可能年数(労働能力喪失期間)及び生活費控除率は、争う。

まず、就労可能年数については、神奈川大学の規定上の定年は七〇歳となっているが、六五歳以上は定年扱いされることや、全体の平均稼働年齢が六七歳となっていることも考慮すれば、自由業等と同様に、六七歳までを就労可能年数と考えるべきである。

次に、生活費控除率については、実務においては扶養家族一人の場合には四割、二人以上の場合には三割とされているが、絶対的な基準ではなく、被害者の具体的な生活状況に即して総合的に判断すべきものである。そして、高額所得者については、税金の負担等を考慮し、生活費控除の割合を高くするのが一般的であるところ、亡テリーは、年収一二三六万円余と高額な年収を得ていたものである。また、扶養家族に関しては、原告ジェイミは、本件事故当時一四歳であり、事故後六年で成人に達し、扶養家族から外れること、原告ジェイミ自立後の原告晶子の就業可能性等を考慮すると、仮に就労可能年数を七〇歳までとするのであれば、生活費控除の割合は四割程度とすべきである。

(4) 慰謝料は、争う。

平成一二年五月二四日、東京地方裁判所において、亡テリーの父であるバーナード・シャーウィンが被告らに対して提起した別件訴訟(東京地方裁判所平成一一年(ワ)第二二一〇〇号事件)において、同人の慰謝料を五〇〇万円、葬儀費用を一〇〇万円とする和解が成立した。原告らの慰謝料を算定するに当たっては、別件訴訟と一体として判断する場合と同様の金額が認定されるべきである。

(5) 葬儀関係費用は、認める。

(6) 原告ら主張の損害額は、争う。

原告らと被告らの付保する任意保険会社である住友海上火災保険株式会社の担当者との交渉経過から考えると、原告らは、遅くとも平成一〇年秋には提訴が可能であり、バーナード・シャーウィンを原告とする別件訴訟と一括しての解決が可能であった。もし、このまま判決がされるとなると、訴額が高額であることから、原告らは多額の遅延損害金を得ることになり、現在の市場金利を考えると公平を欠く。したがって、本件では、公平の原則に照らし、遅延損害金が減額されるべきである。

第三争点に対する判断

亡テリー及び原告らの損害に関する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一  医療関係費 六六万四四一〇円

亡テリーの治療費が六六万〇一一〇円であったこと、入院雑費として一三〇〇円を要したこと、入院付添費として三〇〇〇円を要したことは、当事者間に争いがない。

二  入院慰謝料 一万六〇〇〇円

亡テリーが死亡するまでの入院慰謝料として一万六〇〇〇円が相当であることは、当事者間に争いがない。

三  逸失利益 一億一〇九九万四三九一円

(一)  亡テリーが、本件事故当時四九歳であり、学校法人神奈川大学の設置する神奈川大学の助教授の職にあったことは、当事者間に争いがなく、甲九、調査嘱託の結果(乙一)によれば、神奈川大学の就業規則施行細則三条において、外国人教員を含む大学教育職員の定年は七〇歳と定められていることが認められる。そして、甲一、二、一二、原告晶子本人尋問の結果によれば、亡テリーは、昭和二二年(一九四七年)一〇月二一日生まれで、アメリカ合衆国の国籍を有し、ミシガン州立大学を卒業後、早稲田大学に留学し、いったん帰国した後、再び来日して株式会社タイムライフ教育システムで英語教師として働いていたこと、亡テリーは、同社で働いていた原告晶子と知り合い、昭和五五年二月二九日に原告晶子と婚姻したこと、原告晶子は、亡テリーとの婚姻後、同人が死亡するまで専業主婦を務めていたこと、亡テリーと原告晶子との間には、昭和五八年四月二五日に原告ジェイミが出生したこと、その後、亡テリーは、平成二年三月末まで岩手大学の契約講師として勤務し、同年四月からは神奈川大学の正規の教員として採用され、同大学の専任講師となり、平成六年四月一日付けで助教授となったこと、亡テリーは、大学で弓道部の顧問をしていたほか、日本各地で行われる流鏑馬の競技に参加するなど、日本の伝統文化に親しみ、日本で老後を迎えるつもりであったことが認められる。

以上の事実によれば、亡テリーは、本件事故に遭わなければ、定年に達する七〇歳まで神奈川大学において教員として勤務を続けたものと認めるのが相当である。この点に関し、被告らの主張するように、神奈川大学の就業規則施行細則四条では、六五歳以上で退職した場合には定年退職とみなされるものと規定されているが(これは、退職金支給等の関係で優遇措置をとる趣旨であると推測される。)、同大学の教員について、定年前に退職するのが通例であることを認めるに足りる証拠はない。

(二)  甲八、調査嘱託の結果(乙一)によれば、本件事故の前年である平成八年に神奈川大学から亡テリーに支払われた給与・賞与は、一二三六万七三八〇円であったこと、神奈川大学における教員の給与体系は四等級に区分され、助手には俸給表の一等級が、専任講師には同二等級が、助教授には同三等級が、教授には同四等級がそれぞれ適用され、号俸に応じて順次昇給する仕組みとなっていたこと、亡テリーが神奈川大学に採用された後に支払われた給与・賞与の年額は、平成二年が八四〇万三六三〇円、平成三年が一〇四四万一三一〇円、平成四年が一一一四万七七九〇円、平成五年が一一五四万八八三〇円、平成六年が一二一一万一九四〇円、平成七年が一二三四万四五四〇円であったことが認められる。

そうすると、亡テリーは、本件事故に遭わなければ、神奈川大学において定年に達するまでの二一年間、一二三六万七三八〇円を下回らない年収を得ることができたものと認められる。

(三)  ところで、死亡による逸失利益を算定するときは、得べかりし収入額から生活費相当分を控除すべきであるが、死亡した者が生存していたならば、将来にわたり、収入のうちどの程度の割合を生活費として費消したのかは、事柄の性質上、これを証拠に基づいて相当程度の確かさをもって認定することは困難である。したがって、生活費控除率は、特段の事情がない限り、被害者の性別、家族構成、年齢など、被害者の死亡当時の事情を基礎として、ある程度類型的に、収入額に対する一定割合をもって定めるのが相当であり、死亡後の事情については、それが具体的に明確になっているような場合を除き、これを考慮することは、損害賠償額算定の方法としては相当でないと考えられる(その結果、例えば、独身男性が死亡した場合には、個々の事案において将来扶養すべき家族を持つ蓋然性の存否を問題にすることなく、就労可能期間全体を通じて五〇%の生活費控除をするのが、裁判実務における一般的な扱いである。)。

そして、本件においても、前記認定のとおり、亡テリーが、死亡当時、いわゆる一家の支柱であって、原告両名がこれに扶養されていたこと等にかんがみると、亡テリーについては、二一年間を通じて、得べかりし収入額から三〇%の生活費控除をするのが相当である。被告らの主張するように、亡テリーの年収は一二三六万円余と同年齢の者の平均賃金より高額であるが、このことのゆえに亡テリーの費消すべき生活費の割合が他の者より高率になるとは必ずしもいえないし、また、原告ジェイミが亡テリーの扶養を受けなくなるという事情の変更が具体的に明確になっているとは認められない。

(四)  そこで、ライプニッツ方式により年五%の割合による中間利息を控除して算定すると、亡テリーの逸失利益は、次の計算式のとおり、一億一〇九九万四三九一円となる(円未満切り捨て。以下同じ)。

一二三六万七三八〇円×(一-〇・三)×一二・八二一一(二一年間のライプニッツ係数)=一億一〇九九万四三九一円

四  慰謝料 合計二一〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、亡テリーの年齢、生活状況等のほか、乙八によれば、平成一二年五月二四日に、亡テリーの父であるバーナード・シャーウィンが被告らに対して提起した別件訴訟(東京地方裁判所平成一一年(ワ)第二二一〇〇号事件)において、同人の慰謝料を五〇〇万円とする和解が成立したと認められることを考慮すると、亡テリーの慰謝料としては一七〇〇万円、原告らの慰謝料としては各二〇〇万円とするのが相当である。

五  葬儀関係費用 各七万五三六〇円

原告ジェイミが、亡テリーの母国であるアメリカ合衆国で行われた亡テリーの葬儀に出席し、そのための交通費として一五万〇七二〇円を要したことは、当事者間に争いがない。原告ら各自の負担額は、相続割合に応じ、その二分の一である七万五三六〇円となる。

六  小計 各六六四一万二七六〇円

原告らは、亡テリーの損害賠償請求権をそれぞれ二分の一ずつ相続したものであるから、原告ら固有の損害と合わせると、原告ら各自の損害額は、各六六四一万二七六〇円となる。

七  既払分の控除 各六六〇八万二七〇五円

原告らが自認する既払分各三三万〇〇五五円を控除すると、原告ら各自の損害額は 各六六〇八万二七〇五円となる。

八  弁護士費用 各四〇〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、各四〇〇万円をもって相当と認める。

九  合計損害額 各七〇〇八万二七〇五円

なお、本件において、以上の損害額に本件事故発生時から支払済みまで年五分の割合による法定の遅延損害金を付するのが公平の理念に反するというような事情は、見いだし得ない。ちなみに、当裁判所が被告側の事情にも配慮して支払総額を一億四五三八万円(弁護士費用、遅延損害金を加算することなく、弁護士費用を除く損害金元本に一〇%の調整金を付加したもの)とする和解案を提示したところ、原告らがこれを受諾したのに対し、被告らがこれを拒絶したことは、当裁判所に顕著である。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告らに対し、連帯して、各七〇〇八万二七〇五円(総額一億四〇一六万五四一〇円)及びこれらに対する本件事故の日である平成九年六月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 河邉義典 村山浩昭 来司直美)

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