東京地方裁判所 平成11年(ワ)29107号・平11年(ワ)20863号 判決
平成一一年(ワ)第二〇八六三号 損害賠償請求事件(甲事件)
平成一一年(ワ)第二九一〇七号 損害賠償請求事件(乙事件)
甲・乙両事件原告 東海建設株式会社(以下「原告」という。)
右代表者清算人 福田悦雄
右訴訟代理人弁護士 村山利夫
甲事件被告 株式会社真保組(以下「甲事件被告」という。)
右代表者代表取締役 真保忠夫
右訴訟代理人弁護士 藤田善六
同 岩渕浩
同 後藤直樹
乙事件被告 伊藤宗(以下「乙事件被告」という。)
主文
一 甲事件被告は、原告に対し、金五九六万五一〇七円及びこれに対する平成一一年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告は、原告に対し、金五九六万五一〇七円及びこれに対する平成一二年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、甲・乙両事件を通じて、これを被告らの負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
1 主文第一項と同旨(ただし、遅延損害金の起算日は、甲事件の訴状送達の日の翌日から)。
2 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 乙事件
1 主文第二項と同旨(ただし、遅延損害金の起算日は、乙事件の訴状送達の日の翌日から)。
2 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、金庫に保管中の約束手形を窃取された原告が、右約束手形の裏書人である甲事件被告及び乙事件被告(以下「被告ら」という。)に対し、被告らが右約束手形が盗難手形であることを知り、若しくは知ることが出来ながら、敢えてこれを取得し、裏書譲渡して、最終所持人に支払呈示をさせて、約束手形金の支払をなさしめたため、原告が右約束手形金の支払を受けることが出来なくなった結果、右約束手形金と同額の損害を被ったとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ約束手形金相当額五九六万五一〇七円及びこれに対するそれぞれの訴状の送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 前提となる事実(証拠の記載のない事実については当事者間に争いがない。)
1 当事者
原告は、土木建築、防水、舗装工事の設計施工及び監理業務等を主たる目的とする資本金三〇〇〇万円の株式会社であるが、平成一二年三月三一日株主総会の決議により解散し、現在清算手続中である。
甲事件被告は、土木建築請負業、土木建築用資材の販売等を主たる目的とする資本金三〇〇〇万円の株式会社であるが、平成一一年四月一四日、新潟地方裁判所において、和議認可決定を受けた(乙一三)。
乙事件被告は、伊藤廉の二男である(乙三、なお、甲事件被告は、乙事件被告は伊藤廉とともにIMサービスの名称で新潟市において重機販売、貨物自動車運送業を営んでおり、住所地において伊藤廉ら家族とともに居住している旨主張するが、その真偽は不明である。)。
(以上、弁論の全趣旨)
2 約束手形の取得
原告は、平成一〇年四月二〇日、日本ケミコン株式会社(以下「日本ケミコン」という。)から別紙手形目録一記載の約束手形を、三菱製紙株式会社(以下「三菱製紙」という。)から別紙手形目録二記載の約束手形(以下右両手形を合わせて「本件各手形」という。)額面合計金五九六万七一〇七円の振出交付を受けた。
3 本件各手形の盗難
原告は、本件各手形を自社の事務所に存する金庫内に保管していたが、平成一〇年六月四日午後七時三〇分ころから翌六月五日午前五時五三分ころまでの間に、事務所内に侵入した何者かによって金庫を破壊され、本件各手形を含む手形一三通を窃取された(甲一、八、証人神津鶴二)。
4 手形訴訟の提起及びその結果
原告は、平成一〇年一一月一九日、本件各手形の振出人である日本ケミコン及び三菱製紙とともに、株式会社大光銀行から本件各手形の手形金請求訴訟を新潟地方裁判所に提起された。
右訴訟に証拠として提出された本件各手形には、第一裏書人欄には原告の、第二裏書人欄には一ツ橋物産株式会社の、第三裏書人欄には乙事件被告の、第四裏書人欄には甲事件被告の各記名捺印が存在し、最後の被裏書人欄に株式会社大光銀行の記名が存在する。
なお、原告と一ツ橋物産株式会社との間には、これまでまったく取引関係はなかった(弁論の全趣旨)。
日本ケミコン、三菱製紙及び原告は、右手形訴訟において、本件各手形が盗難手形である旨主張したが敗訴し、振出人である日本ケミコン、三菱製紙は、支払相手は誰であれ、手形債務を負っていることは間違いなく、早期に処理をしたいという意向を示したこともあって、結局、株式会社大光銀行の悪意、重過失の立証が困難であると判断し、右判決に異議を申し立てなかったので、原告ら敗訴の右手形判決は確定した(証人神津鶴二、弁論の全趣旨)。
二 当事者の主張の要旨
【甲事件】
A 原告
1 本件各手形の裏書中、原告名義の裏書の作成部分は偽造されたものである。
2 原告から裏書譲渡を受けたとされる一ツ橋物産株式会社は住所地において法人登記はされておらず、実在しない会社であり、その代表者とされる中村舜次郎なる人物も、原告の調査した限り、絶えず所在を転々と変えており、新潟地域での評判は良くない人物である旨仄聞している。
さらに、第二裏書人のIMサービスこと伊藤宗なる人物(乙事件被告)は、原告の調査した限り実在しない人物である。
3 したがって、一ツ橋物産株式会社と乙事件被告との間では実体のある取引関係は存しないし、仮に、甲事件被告と乙事件被告との間に本件各手形取得の原因となる実体的取引関係が存したとしても、甲事件被告は、本件各手形の交付を受ける際に、右各手形の振出人や第一裏書人である原告に対し、右振出若しくは裏書の事実を確認すべきである。
4 右確認を怠り、安易に乙事件被告から本件各手形の交付を受けた甲事件被告には、悪意若しくは重過失があるというべきである。
5 原告は、甲事件被告が本件各手形を株式会社大光銀行に裏書譲渡し、同銀行に支払呈示をさせ、同銀行が手形判決を取得した結果、本件各手形金の支払を受けることができなくなり、合計金五九六万五一〇七円の損害を被った。
6 よって、原告は、甲事件被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金五九六万五一〇七円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の翌日(平成一一年九月二八日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
B 甲事件被告
1 乙事件被告は実在する人物であり、父伊藤廉とともにIMサービスの名称で新潟市において重機販売、貨物自動車運送業を営んでいた。
2 甲事件被告は、乙事件被告に対して、自己が保有していたトラクター及びセミトレーラ各一台を売却し、その売却代金の支払のために本件各手形を取得したものであり、正常な商取引に基づくものであった。
3 したがって、甲事件被告は、本件各手形を正常な取引に基づき裏書・交付の方法で善意無過失で取得したものであるから、原告の請求は棄却されるべきである。
【乙事件】
A 原告
1 本件各手形の裏書中、原告名義の裏書の作成部分は偽造されたものである。
2 原告から裏書譲渡を受けたとされる一ツ橋物産株式会社は住所地において法人登記はされておらず、実在しない会社であり、その代表者とされる中村舜次郎なる人物も、原告の調査した限り、絶えず所在を転々と変えており、新潟地域での評判は良くない人物である旨仄聞している。
3 したがって、乙事件被告が正常な取引で右一ツ橋物産株式会社若しくは中村舜次郎から本件各手形を取得したものとは考えられない。
4 乙事件被告は、何らかの方法で何者かから本件各手形が盗難手形であることを知り、若しくは知ることが出来ながら、敢えて本件各手形を取得し、これを甲事件被告に裏書譲渡し、さらに、甲事件被告から株式会社大光銀行への裏書譲渡を経て同銀行に支払呈示をさせた。そして、同銀行が手形判決を取得した結果、原告は、本件各手形金の支払を受けることができなくなり、合計金五九六万五一〇七円の損害を被った。
5 よって、原告は、乙事件被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金五九六万五一〇七円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日(平成一二年一月二三日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
B 乙事件被告
乙事件被告は、請求原因事実は知らないとのみ述べた。
三 主たる争点
甲事件被告及び乙事件被告の不法行為の成否
被告らが本件各手形を取得する際に、本件各手形が盗難手形であることを知っていたか、知らないことにつき重過失があったか
第三当裁判所の判断
一 はじめに
前記第二、一、3記載のとおり、本件各手形は原告が金庫に保管中に盗難にあったものであること、その他証拠(甲四、五、八、九、証人神津鶴二)及び弁論の全趣旨に照らせば、本件各手形の裏書中、原告名義の裏書部分は何者かによって偽造されたものであることは明らかである。
被告らは、これらの事実を知りながら、あるいは容易に知ることができるのに知らないまま、本件各手形の取引に関与し、結果的に原告の本件各手形上の権利を喪失させたものであるのか否かが問題となるので、以下、この点について検討する。
二 乙事件被告の責任
ところで、原告主張のとおり、本件各手形の第二裏書人である一ツ橋物産株式会社は、その住所地において法人登記はされておらず(甲六)、その存在が極めて疑わしい会社であり、かつ、その代表者と記載されている中村舜次郎なる人物は、新潟市月見町一三番に本籍を有し、平成八年三月一日以降平成一〇年一二月八日に職権消除されるまで、同所一三番三五号に住民登録をしていたが、その後は住民登録上も不明であり、かつ、現実の住所もしれない状況にあることが認められる(甲一〇及び一一、弁論の全趣旨。なお、原告代理人は、平成一一年一月ころ、たまたま新潟地方裁判所の法廷廊下の掲示板に一ツ橋物産株式会社を被告とする訴訟事件の掲示を見つけたので、同地方裁判所に対し、弁護士法二三条の二に基づき、中村舜次郎の送達場所の照会をしたところ、同人の送達場所は新潟市学校町通三番町五五五番地であるとの回答を得たが、調査の結果、中村舜次郎はその時点ではすでに右送達場所から退去して所在を眩ましていた-甲一二、弁論の全趣旨。)。
右一のとおり、本件各手形は盗難手形であるから、一ツ橋物産株式会社は、本件各手形上の権利を取得することはない。同社から本件各手形の裏書譲渡を受けた乙事件被告は手形法一六条二項により保護されることが有り得るが、一ツ橋物産株式会社が会社としての実態があやふやであるうえ、その代表者も所在を明らかにしないなどの状況に鑑みれば、そのような会社を相手に正常な取引をする取引先がいるとは考えられず、したがって、かかる相手から本件各手形を譲り受けたとする乙事件被告においても、反証のない限り、本件各手形を正規の取引によって正当に取得したものではないとの事実上の推定がなされてもやむを得ないものというべきところ、乙事件被告は、本件各手形の取得の経緯を一切明らかにせず、また、本件全証拠によっても、その間の事情は明らかではない。
以上によれば、乙事件被告は、一ツ橋物産株式会社が本件各手形の正当な権利者でないことを知っていたか、若しくは容易に知ることができながら、敢えて本件各手形を取得し、これを甲事件被告に裏書きし、最終的に原告に本件各手形の手形金を取得することができなくさせたものと認めることができ、これが不法行為を構成することは明らかであるから、原告の被った損害を賠償すべきである。
三 甲事件被告の責任
1 証拠〔甲八、乙一ないし一四(枝番を含む。)、証人神津鶴二、甲事件被告代表者〕並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠は存しない。
(一) 原告は、本件各手形を含む手形が盗難にあったことから、直ちに、所轄の神田警察署に被害届を提出するとともに、各盗難手形の振出人に対しても当該手形が盗難にあった旨の連絡をしておいた。
(二) 甲事件被告は、昭和七年四月に創業し、以後、順調に事業を拡大し、バブル経済の崩壊による建設業界の構造不況下にあっても平成八年度まではそれなりに利益を確保していたが、平成九年度に入ってからは受注不振・工事の原価割れを来すようになり、さらに平成一〇年五月上旬には取引先であった会社が倒産した関係で、資金不足の状態に陥った。
(三) 甲事件被告は、所有する建築機械や資材を処分することとし、取引先から紹介されたIMサービスの伊藤廉と交渉した結果、同人が相場以上の価格で中古鉄板を引き取ってくれるというので、平成一〇年五月末、同人との間において、中古鉄板六〇枚を合計金一九六万四〇〇〇円で売買するという売買契約を締結したが、これまで同人とは取引がなかったことから、同年六月三日と四日の二日に分けて、資材置き場において、現金と引き換えに中古鉄板引き渡すことにより決済した。
(四) 甲事件被告は、最初の取引が問題なく終了し、値段も好条件であったことから、再び伊藤廉に連絡し、同月一〇日、前回と同様の条件で、中古鉄板三六枚を現金と引き換えに金一〇五万八四〇〇円で売却した。
(五) 甲事件被告は、そのころ、トラクターとセミトレーラー(以下、両者を併せて「本件トレーラー」という。)を売却するため、購入先の販売店に買い取り先を探してくれるよう依頼していたが、売却価格は金六〇〇万円くらいであろうと聞いていた。しかし、少しでも高く売りたいという気持ちもあり、伊藤廉が中古鉄板を相場より高い値段で買い取ってくれ、決済もできたことから、甲事件被告は、伊藤廉との二回目の取引日である平成一〇年六月一〇日、伊藤廉に本件トレーラーの売却話を持ちかけたところ、その後現物を見た同人が金六五〇万円で引き取るということであったので、重機置き場で引き渡すことで六月中には売買契約が成立した。その際、支払方法については特に定めなかったものの、甲事件被告としては、前二回の取引と同様、現金決済のつもりであった。
(六) 甲事件被告は、伊藤廉がいつまでたっても本件トレーラーを引き取りに来ないし、具体的な引渡日も連絡してこないため、催促の電話をしたところ、伊藤廉からは、今なかなか売れそうにないし、お客も見つからないのでもうちょっと待って欲しいと申し入れられたが、少しでも早く売却金が必要であったため、待てない旨答えると、伊藤廉からは、それでは手形による決済にして欲しいとの申し出があった。これに対し、甲事件被告は、振出人がしっかりしているものであれば、手形による決済に応じる旨答えた。
(七) 甲事件被告は、伊藤廉から見せられた本件各手形の振出人がいずれも一流企業であるから大丈夫であると判断し、平成一〇年八月五日、本件各手形と引き換えに本件トレーラーを伊藤廉に引き渡した。
その際、甲事件被告代表者は、本件各手形の第三裏書人欄に「IMサービス伊藤宗」と記載されていることには気付いたが、それは伊藤廉自身であると理解しており、伊藤宗が同人の二男であること(乙二)は、本件の紛争になって調査した結果、初めて知った。
なお、甲事件被告代表者は、本件各手形を受け取る際、振出人は勿論、受取人兼第一裏書人である原告、第二裏書人である一ツ橋物産株式会社に対しても、本件各手形に関する調査、問い合わせは一切行っていない。
(八) 甲事件被告は、その後、本件各手形を株式会社大光銀行に裏書をすることによって割引をしたが、本件各手形の支払期日である平成一〇年八月三一日より前の、同月二六日には、新潟地方裁判所に対して和議申請を行うに至った。
(九) 甲事件被告は、これまでの手形取引においては、振出人から直接受取人として手形を取得することがほとんどで、その際には、振出人の信用調査は行うが、いわゆる廻り手形は年に数回も手にすることはないくらいであった。
2 右の各事実によれば、<1>甲事件被告は、本件トレーラーの取引のほぼ一か月前までは伊藤廉とはまったく面識や取引関係がなく、本件トレーラーの取引前に短期間のうちに中古鉄板の取引を二回行ったのみで、しかも、いずれも現金取引であったので、手形取引は本件トレーラーの取引が初めてであったこと、<2>伊藤廉との中古鉄板の取引はいずれも金一〇〇万円台の取引であったのに対して、本件トレーラーの取引はそれに比べると高額の取引であったこと、<3>本件トレーラーの取引は、当初は手形による取引の予定ではなかったにもかかわらず、甲事件被告が決済を急いだことから急遽手形による決済となったこと、<4>しかもその手形が、甲事件被告が日常的に取得する取引相手が振出人となって交付する約束手形ではなく、他社振出の廻り手形で他に二名も裏書の記載があったことが認められ、これらの取引の経過に照らせば、甲事件被告においては、本件各手形を取得するに当たっては、最低限本件各手形の振出人や裏書人に対する調査、問い合わせがなされて然るべきところ(しかも、それがなされてさえいれば、本件各手形が盗難手形であったことが容易に判明した。)、実際には、甲事件被告は、右1において認定したとおり、本件各手形の振出人や裏書人に対する調査、問い合わせを一切行わなかったばかりか、直前の裏書人と取引相手との同一性についてさえ確認していないのであるから、本件各手形を取得するに当たって十分な注意義務を尽くしたとは到底認められず、重大な過失が存するものと認めざるを得ない。
甲事件被告は、右のように十分な注意義務を尽くさないまま本件各手形を取得し、さらにこれを株式会社大光銀行に裏書譲渡し、同銀行をして手形上の権利を行使させることによって、結果的に原告の本件各手形の権利を行使する機会を奪ったのであるから、不法行為による損害賠償責任を免れないというほかない。
四 結論
以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、いずれもすべて理由があるからこれらを認容することとする(なお、被告らの行為は共同不法行為であるから、その損害賠償債務は不真正連帯債務となる。また、甲事件被告に対する訴状送達の日が平成一一年九月二七日であること及び乙事件被告に対する訴状送達の日が平成一二年一月二二日であることは、いずれも本件記録上明らかである。)。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡寛)
別紙<省略>