東京地方裁判所 平成11年(ワ)29178号 判決
原告 A
被告 国
右代表者法務大臣 保岡興治
右指定代理人 松村葉子
菊地敬明
大串建
中澤豊
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告は、被告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成一一年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二事案の概要
本件は、刑務所に服役中の原告が、民事訴訟の訴訟費用の納付書の控えを作成するため、カーボン紙の使用許可を求めたところ、刑務所の長がこれを拒否し、それに端を発した原告の発言をとらえて懲罰を科したことが違法であるとして、被告に対して慰謝料の支払いを求めている事案である。
一 容易に認定できる事実
乙一ないし三及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
1 原告は、当時、府中刑務所(以下「刑務所」という。)に服役中であったが、平成一一年九月一三日、「特別発信願」なる願せんをもって、東京地方裁判所民事第三八部宛に同裁判所平成一一年(ワ)第二〇〇二二号損害賠償請求事件について、収入印紙一万五六〇〇円、郵便切手六四〇〇円を同封して、これらを訴訟費用として納付する旨の特別発信をしたいこと及びその際にカーボン紙を使用したいことを申し出た。
2 刑務所においては、カーボン紙の使用は、特に必要と認める場合に限りこれを許可していたが、「特に必要と認める場合」というのは、複数の部数を必要とされているようなものや、複写が必要でその内容が大量であるものを言うものとし、被収容者の申出によって個々にその必要性を判断していた。
3 被告は、原告の前記特別発信及びカーボン紙の使用について検討した結果、特別発信は許可したが、カーボン紙の使用については、「特に必要と認める場合」に該当しないとしてこれを許可しないこととし、平成一一年九月一四日、処遇部門分室取調室において、第三区副看守長北川友昭(以下「北川」という。)がその旨を原告に告知した(以下「本件不許可処分」という。)。
4 その際、原告は、北川に対し、「何で不許可なんですか。口頭での告知は、告知と認めません。書面で告知してください。」などと主張していたが、北川は、「告知は以上である。」として原告を第三区第二三工場へ戻した。
5 原告は、右工場へ戻った後、担当職員看守部長坂恭次(以下「坂」という。)から、役席につき作業をするように指示された際、「作業なんかしていられませんね。作業拒否します。」と同工場内全体に響きわたる大声を発した。坂は直ちにその旨を第三区事務室に通報した。
6 右通報を受けた第三区長看守長高橋真次郎は、北川に対し、原告から事情を聴取し、事実関係を確認の上、規律違反容疑行為を行った疑いがあれば、取調べのための独居拘禁に付すように指示した。
7 北川は、処遇部門分室取調室において、原告から事情を聴取したところ、原告は前記大声を発した事実を認めたため、静穏阻害の規律違反容疑行為を行った疑いにより、原告に対し、取調のための独居拘禁に付する旨を告知した。
8 同月二三日、右事犯に対する懲罰審査会が開催されたが、その際、原告は、容疑事実に間違いがない旨を認めた。同審査会は、当該事犯を現認した受刑者二名の供述調書、職員二名の報告書及び原告の供述調書によって事実を認定し、原告に軽屏禁七日の懲罰を科すことで合意し、翌二四日、懲罰審査会の意見をもとに刑務所長が原告に対する軽屏禁等七日間の懲罰(以下「本件懲罰処分」という。)を決定した。
二 本件の争点
原告に対する本件不許可処分及び本件懲罰処分が違法であるか否か。
三 原告の主張
刑務所の服役囚が民事訴訟を提起し、その訴訟費用の納付書の控えを作成するためにカーボン紙を使用することは、当然に許されるべきことであって、これを禁止することは権利の侵害であり、違法である。
原告は、本件不許可処分に対して抗議したが、聞き入れられなかったことから憤りを感じ、「作業なんかしていられない。」と大声を発したが、これは当然のことであって、自ら違法行為をしておきながら、それが原因となって発生した原告の右行為のみをとらえて本件懲罰処分をしたのは違法であり、人権侵害に該当する。
原告は、被告の右違法行為により、精神的苦痛を受けたので、慰謝料として五〇万円の支払を求める。
第三当裁判所の判断
一 監獄は、多数の被収容者を外部から隔離して収容する施設であり、施設内の規律秩序の維持、被収容者の処遇の平等、保健衛生の保持等の要請から、被収容者の身体的自由及びその他の自由が合理的な範囲で制限を受けることはやむを得ない。
監獄においては、在監者は私物を自由に所持使用することは許されず(監獄法五一条、五四条)、監獄の長が許可したもののみ、これを所持使用することができる。そして、これら物品の所持使用の拒否についての判断は、当該在監者の個別事情や、当該施設の在監者数、職員の人員配置、設備の状況等の具体的事情を前提として、被収容者の処遇の平等、規律秩序の維持、保健衛生の保持等の諸要請を検討しつつ行われる総合的かつ専門的な判断であるから、所内の事情に通暁し、直接その衝にあたる監獄の長の裁量に委ねられている。
そこで、右の観点から本件不許可処分の当否について検討するに、証拠(乙一、二)によれば、原告がカーボン紙を利用して作成しようとしたのは、訴訟費用の納付のために印紙及び切手を郵送する際の添え書きであり、必ずしも控えが必要とされる書面ではなく、しかも極めて短い文章であるから、カーボン紙を使用しなくとも容易にこれを書き留めることができるものであることが認められる。また、原告が、右書面を発送したことは、刑務所の記録に残るものであるから、後にそれを証明することが必要となった場合にも、刑務所にその証明をしてもらうことも可能である。そして、証拠(乙三)によれば、刑務所においては、これまで被収容者に対して、原則としてカーボン紙の購入使用は認めておらず、複写が義務づけられている場合や、その書面の内容が大量でかつ控えを取る必要がある場合など特別な事情がある場合にのみその使用を許可してきたことからすると、本件のような場合にもカーボン紙の使用を認めることは他の被収容者の処遇と公平を欠く結果となることが認められる。
以上からすると、刑務所長による本件不許可処分には違法はなく、適法なものといわざるを得ない。
したがって、本件不許可処分に抗議をして大声を出したことを理由とする、刑務所長による本件懲罰処分もこれを違法とすることはできない。
よって、原告の本件請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
二 以上のとおり、原告の本件請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高田健一)