東京地方裁判所 平成11年(ワ)334号 判決
原告 高橋正己
右訴訟代理人弁護士 田中隆三
被告 日本商品先物取引協会
右代表者会長 酒巻俊雄
右訴訟代理人弁護士 高中正彦
同 松島幸一
同 中村博明
同 増岡由弘
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、平成九年一一月七日付けでした原告を不都合行為者とする決定が無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 社団法人日本商品取引員協会は、平成一〇年四月二二日法律第四二号の改正前の商品取引所法五四条の三に基づき、商品取引員たる会員の行う先物取引に係る受託業務の適正かつ円滑な運営を確保することにより、委託者の保護を図ると共に、商品先物取引受託業の健全な発達に資することを目的として設立された社団法人であり、商品先物取引受託を業とする会社はほとんど同協会の会員となっていた。
なお、同協会は、平成一〇年四月二二日法律第四二号附則八条一項、四項の規定により、平成一一年四月一日、同法による改正後の商品取引所法により被告に改組されて解散するとともに被告が設立され、原告に対する不都合行為者の決定も被告に承継されている(以下では、同協会と被告とを総称して「被告」という。)。
(二) 訴外サンワード貿易株式会社(以下「サンワード貿易」という。)は、商品先物取引受託業を目的とする会社であり、被告の会員である。
原告は、平成八年一二月から平成九年七月まで、サンワード貿易に従業員として勤務していた。
2(一) 被告は、前記目的を達成するため、「受託業務に関する規則」、「会員従業員に関する規則」及び「広告に関する規則」からなる「自主規制規則」を制定している。
(二) 右「会員従業員に関する規則」(以下「本件規則」という。)は、法令等の違反者に対する処分等に関して、以下のとおりに規定している。
(1) 被告の会員となった者はその会員の従業員又は従業員であった者に不正行為があったことが判明したときは、直ちにその内容を記載した所定の不正行為届出書を被告に提出しなければならない(本件規則一一条一項)。
(2) 右(1) の届出があったとき又は被告自身が従業員等の不正行為を掌握したときは、その内容を確認しなければならない(本件規則一二条)。
(3) 被告の会員は、右(1) の届出があった不正行為の詳細が判明したときは、被告に対して顛末報告書を提出しなければならない(本件規則一三条)。
(4) 被告は右(3) の顛末報告書の提出があったとき又は被告が掌握した不正行為の内容が商品取引受託業の信用を著しく失墜させるものと認めたときは、その内容を審査する(本件規則一四条)。
(5) 被告は右(4) の審査の結果、当該従業員等について不正行為の事実を認め、かつ、その行為が商品受託業の信用を著しく失墜させると認めたときは、これを不都合行為者と決定する(本件規則一五条一項)。
その際、当該従業員等に弁明の機会を与え、決定をした場合にはその旨を遅滞なく被告の会員と当該従業員等に通知する(本件規則一五条二項及び三項)。
(三) 本件規則は、被告がある者について不都合行為者と決定した場合、その効果について、以下のとおり規定している。
(1) 被告の会員である商品先物取引受託業者は、その従業員等が不都合行為者と決定された場合、その者が決定を受けた日から三年間、その者を従業員として就業させてはならない(本件規則一七条)。
(2) 被告の会員となっている全商品先物取引受託業者は、不都合行為者と決定された者をその者が右決定を受けた日から三年間は採用してはならない(本件規則五条一項)。
3 被告は、平成九年一一月七日付け書面で、原告に対し、原告を不都合行為者と決定した旨を通知し、右書面は、そのころ、原告に到達した(以下、右決定を「本件決定」という。)。
本件決定は、原告が、平成九年五月一三日に、サンワード貿易大阪支社において、委託者訴外井上弘(以下「井上」という。)に対して支払うべき現金八一万〇三七三円(帳尻益金及び委託証拠金の一部。以下「本件金員」という。)を持参した際、領収書を徴収しながら現金を渡さず、もって右金員を着服したとの事実を認定したうえ、これを前提として、原告が委託者(顧客)に支払うべき金銭を委託者に渡さず、これを着服したことにより、受託業務に係る制度を悪用したものであって、商品取引を著しく失墜させたものであるから、本件規則一五条一項に基づき不都合行為者と決定した旨をその理由としている。
4(一) ところで、不都合行為者の決定は、当該決定を受けた者が商品取引員協会ないし商品先物取引協会から排除され、その業務を行い得なくなる結果、職業選択の自由を著しく制限されることとなるから、被告は、右決定を行うに当たっては、不都合行為の存在の事実認定に関して、十分な裏付けのある資料により、慎重に判断されるべきものである。
(二) しかるに、本件決定は、後記四のとおり、杜撰な審査の結果、原告が平成九年五月一三日委託者である井上に支払うべき八一万〇三七三円をいったん支払った後、井上から右金員を借り受けたのにすぎないにもかかわらず、原告が井上に支払うべき金銭を横領した旨を認定したものであって、事実を誤認し、合理的な限度を逸脱した過重な決定をしている。
(三) 以上のとおり、本件決定は、被告が不都合行為者の決定に関する裁量権を濫用、逸脱して不当に職業選択の自由を制限するものであるから、公序良俗に反し、無効であるといわなければならない。
5 よって、原告は、被告の本件決定が無効であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。
2(一) 請求原因4(一)は争わない。
(二) 同4(二)、(三)はいずれも否認又は争う。
三 被告の主張
1 被告が本件決定をした経緯は以下のとおりである。
(一) 井上が、原告が同人に返還すべき本件金員を着服した旨を自発的に申し出た結果、原告の着服事故が発覚したものであり、被告は、平成九年七月一一日、サンワード貿易から、原告が井上に支払うべき本件金員を持参した際、領収書を徴収しながら、井上に対して現金を渡さず、着服したことが判明した旨の「不正行為届出書」を受領した。
右の届出書には、井上のサンワード貿易宛ての経過報告書、原告の署名押印のある経過書及びサンワード貿易と井上の和解に関する合意書及び領収証が添付され、原告は、右経過書において、個人的な借金の返済のため、井上に引き渡すべき本件金員を着服費消したことを明確に自認していた。
(二) その後、サンワード貿易は、被告に対し、平成九年八月四日付で原告を懲戒解雇した旨、原告との間で、サンワード貿易が井上に支払った金員につき、債務弁済の公正証書を作成した旨、原告の行為はサンワード貿易及び商品先物取引業界の信用を失墜させたものである旨を記載した「不正行為に関する顛末書」を送付した。
(三) 被告は、本件規則一四条に基づいて審査を開始し、平成九年七月二九日、サンワード貿易の役員から事情聴取を行ったが、その結果は、概ね前記「不正行為届出書」及び「不正行為に関する顛末報告書」記載の事実を裏付けるものであった。
さらに、被告は、原告に対し、聴聞を実施することとし、同年八月一四日付書面を発送して被告方への出頭を求めた。しかるに、原告は、一身上の都合により同月二九日の聴聞期日を延期してもらいたい旨の電話連絡をしたが、その後まったく連絡をしなかった。被告は、原告に対し、同年一〇月八日、聴聞に出向くよう催告する書面を送付し、これが返送されたため、更に同月二三日、右書面を送付した。しかし、原告からは何らの連絡もなかった。
(四) 以上のような経過であったため、被告は、平成九年一一月七日、原告を本件規則一五条一項に定める「不都合行為者」と決定し、その旨を原告に通知したものである。
2 本件決定の正当性について
(一) 原告は、本件金員を着服したことはなく、井上の了解のもとに借り受けた旨を主張し、井上からもそれに沿う内容の書面が提出されているが、井上の右書面は、被告の決定後約一年も経過した後に作成されており、原告が懇願して作成したものか、あるいは原告の窮状を察して作成したものかのいずれかとの疑いが濃厚である。原告の不都合行為は、井上からの自発的な申出によって発覚したものであり、井上のサンワード貿易に対する書面は、真実を記載したものというべきである。また、原告自身も、当初から着服横領の事実を認め、またサンワード貿易との債務弁済契約公正証書には、わざわざ「横領した金員の返還」であることが記載されており、原告の右主張は全く信用性がない。
(二) 仮に、原告主張のとおり、原告が井上から金員を借り入れたものであったとしても、取引の顧客からみだりに金員を借り入れることは商品先物取引に携わる社員としてあるまじき行為であるというべきであり、原告の右行為は、本件規則一五条一項所定の「当該従業員等について不正行為の事実を認め、かつ、その行為が商品受託業の信用を著しく失墜させると認められるとき」に該当するものである。
そして、被告は、不都合行為者とする原因がある以上、本件決定時における理由に拘束されることなく、これを別途主張しうるものというべきである。
(三) よって、被告の行った不都合行為者の決定は正当なものである。
四 被告の主張に対する認否及び原告の反論
1(一) 被告の主張1(一)のうち、被告主張の経過報告書等(乙1の1~5、乙2の1、2)が存することは認め、その余は否認する。
被告は、会員であるサンワード貿易が提出した右経過報告書等のみを資料として本件決定を行ったものであるところ、右いずれの資料にも原告が本件金員を着服横領したとの事実は記載されておらず、その裏付けとなり得ないものであるうえ、井上に対する事実の聞取確認調査すら十分に行われないまま、漫然と前記着服の事実を認定して本件決定を行ったものである。
原告は、井上に対し、本件金員を支払った後にこれを借り受けたものであるところ、その際、右借受金の返済期限等について明確に定めなかったことから、井上が右金員の返済を請求し、原告がその猶予を求めるということが繰り返され、そのうちに、井上が原告に不信感を抱き、サンワード貿易に問題を持ち込み、本件に発展したものである。
また、井上は、原告が井上に対して金銭貸借の事実をサンワード貿易に黙っていてほしいと強く要請したため、サンワード貿易にその旨を告げなかったものである。
(二) 同1(二)の事実のうち、被告主張の顛末報告書が存することは認めるが、その余は否認する。
右顛末報告書には、被告主張の公正証書は添付されておらず、本件決定の審査過程においてこれが提出されたこともなく、当時、被告の手元に右公正証書があったかは疑問である。仮に、被告の手元に右公正証書があったとしても、原告は、右公正証書作成の際、着服を容認する趣旨ではなく、単に本件金員を返還すればよいというほどの意識しか有していなかったものである。
原告は、サンワード貿易が井上の側に立ち、井上の金を着服したものとして事情聴取する等したことから、原告がサンワード貿易に勤務することに嫌気がさし、同社を退社する気になり、また、商品取引業界において、顧客との金銭貸借が禁止されていることは承知していたこともあって、着服でも借受でも解雇されることには変わりはないと判断し、それ以上にサンワード貿易とも井上ともトラブルを拡大させる必要がないと考え、サンワード貿易の主張するままに井上の金員を着服した旨を認めたのにすぎない。なお、その際、原告は、必ずしも不都合行為者の制度を十分に理解しておらず、他の商品先物取引業者で就業し得なくなることまでは承知していなかったものである。
(三) 同1(三)の事実のうち、原告が被告に連絡しないまま聴聞に出頭しなかったことは認め、その余は争う。
原告は、被告に対して井上からの金銭貸借であることを秘匿し、聴聞の呼出を受けても出頭しなかった点において責められる点があることは否めないものの、前者については、原告が顧客からの金銭貸借が禁止行為とされていることから、これが露見してサンワード貿易から解雇されることをおそれたためであり、後者については、サンワード貿易退職後に勤務した訴外株式会社コーワフューチャーズ(以下「コーワフューチャーズ」という。)の常務取締役訴外坂田順三(以下「坂田常務」という。)に解決を一任していたところ、同人が交渉途中で死亡したためそのままになったことによるものであり、本件決定を受けるほどに強い非難を受けるべきものではないというべきである。
(四) 同1(四)の事実は認める。
2(一) 同2(一)は争う。
本件決定は、前記のとおり、極めて杜撰な事実認定により、前提となる事実を誤認したうえ、裁量権を濫用し、逸脱して不当に職業選択の自由を制限する決定をしたものである。
(二) 仮に、原告の右金員の借受行為に不相当な面があるとしても、従前、被告が顧客からの金員借入行為により不都合行為者と認定した例においては、借入額が数百万円から数千万円と多額な場合であって、本件においては原告が井上から借り受けた金員の額は八一万〇三七三円と少額であるから、当然に不都合行為者との決定を受けるものではなく、原告が本件決定を受けなかった可能性は十分にあるのであって、右の例と同視して原告の借受行為を不都合行為と認定することは裁量権を逸脱した過重な決定を行ったものというべきである。
第三証拠
証拠は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実に加えて、証拠(甲1~3、甲7(ただし、後記措信しない部分を除く。)、甲8(ただし、後記措信しない部分を除く。)、甲9、甲10 (ただし、後記措信しない部分を除く。)、甲11、乙1の1~1の5、乙2の1~3、乙3、乙4の1、2、乙5、6、乙7の1~10、乙8~10、証人井上(ただし、後記措信しない部分を除く。)、証人菅野、証人水上、証人中曽根、原告本人(ただし、後記措信しない部分を除く。))並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、平成八年一二月、サンワード貿易に入社し、同社の大阪支社の部長として商品取引の営業を担当し、実質的に同支社の責任者として勤務し、当時、その顧客数は数名であった。なお、原告は、肩書住所地に家族と居住し、大阪には単身赴任していた。
原告は、平成九年三月ころから井上の取引を担当するようになり、しばしば井上と会うようになった。もっとも、原告は、井上とは取引に関すること以外には、特に個人的に親しく交際したことはなかった。(特に、甲7、8、10、乙3、6、証人井上、原告)
2 井上は、平成七年ころから先物取引をするようになり、平成九年二、三月ころから、サンワード貿易に委託して商品先物取引をしていたが、利益が出たことはなく、合計約八〇〇万円程度の損失を被っていた。なお、井上は、同年三月二七日から同年五月一〇日までの間に、サンワード貿易に対し、合計四五七万円を支払っている。(特に、乙7の1、証人井上)
3(一) 井上は、平成九年五月一三日、原告に電話で連絡を取り、当日の取引相場について確認したところ、原告が、井上に対し、八一万〇三七三円の利益が出た旨を報告したうえ、本件金員の返済には井上作成の領収書を徴する必要があるので、印鑑を持参して来社してほしい旨を依頼した。(特に、甲8、乙1の2、証人井上、弁論の全趣旨)
(二) 井上は、右同日、印鑑を携えてサンワード貿易の大阪支社に赴いたが、原告は、同支社で本件金員を交付しないまま、井上を同支社が入居しているビルのレストランに行き、井上に対し、封筒の中の現金を見せ、井上をして前記(一)の金額の領収書に署名捺印させ、その交付を受けたが、井上に対して本件金員を交付しなかった。井上は、原告が井上の証拠金項目に本件金員を振り込むものと軽信し、原告に右金員を預けたまま、特に異議を述べなかった。なお、その際、右領収書以外の書面が作成されたり、交付されたりしていない。(特に、甲8、乙7の3、証人井上、弁論の全趣旨)
(三) 井上は、その後、原告に対し、本件金員の返還を求めたが、原告は、言を左右にしてこれに応ぜず、かえって、井上の証拠金項目に加算することを提案した。しかし、井上は、原告がその後も証拠金項目に加算する取扱いをした形跡がないため、原告の右対応に不安を抱くようになった。(特に、甲8、井上、弁論の全趣旨)
4(一) 井上は、平成九年五月二〇日、サンワード貿易の本店に架電し、同社の管理監査部副部長であった訴外八光正高(以下「八光副部長」という。)に対し、サンワード貿易から送付された「預り・返済及び振替現在高証明書」には本件金員に相当する金額が証拠金として入金されていない旨、本件金員については領収書に署名捺印したが、現金は受け取っておらず、これを担当者の原告に預けた旨を述べて苦情を申し立てた。八光副部長は、担当者に預託したのであれば、その金額が記載された通知書または預り書が送付されるので、二、三日経過してもそれが届かなかったときは連絡してほしい旨を回答した。(特に、乙7の2、乙10、証人水上)
(二) 井上は、平成九年六月二〇日、再度、サンワード貿易の本店に架電し、同年五月一三日に、本件金員に関して領収書にサインしたが、現金は受け取っていない旨、その後何時まで経っても証拠金に加算されないので、不審に思って原告に確認したところ、原告から現金は個人で管理していると言われたがどういうことか等と苦情を申し立てた。当時、サンワード貿易の管理監査部長であった訴外鈴木光雄(以下「鈴木部長」という。)は、井上に対し、同社の管理監査部で調査するので、現金受渡しとその後の経過についてファックスで連絡するよう依頼し、井上もこれを了承した。(特に、甲8、乙10、証人井上、証人水上、弁論の全趣旨)
(三) 井上は、平成九年六月二〇日、サンワード貿易本店のお客様相談室の鈴木部長宛に「経過報告書」と題する書面をファックスで送信した。
右書面には、井上とサンワード貿易との取引に関する取引経過が記載されており、平成九年五月一三日の欄には、営業担当者が八一万〇三七三円を持って来たが、井上が記入した領収書と現金を持って帰った旨、後日、営業担当者に確認したところ、証拠金には入っているとの回答であったので、証拠金には入っていない旨問い質すと、個人で管理しているとの返事であった旨の記載がある。(特に、乙7の1、証人井上、証人水上)
5(一) 鈴木部長は、そのころ、当時、サンワード貿易の常務取締役であった訴外水上友夫(以下「水上常務」という。)に対し、井上からの苦情について報告したところ、水上常務は、井上の右「経過報告書」が何を要求しているのか必ずしも明確ではなかったことから、鈴木部長に対し、井上に更に、詳細を聞くよう指示し、鈴木部長は、同年六月二五日、井上に対し、右現金受渡しの状況について細かく説明するよう連絡したところ、井上は、同月二六日午後二時四七分ころ、サンワード貿易本店の「お客様相談室」宛に「経過報告(詳細)」と題する書面をファックスで送信した。
右書面には、(1) 井上が平成九年五月一三日午前中にサンワード貿易の営業担当者と当日の相場の状況について電話で話をした旨、営業担当者から、領収書に印鑑が必要なので印鑑を持参してほしいと言われたので、印鑑を持参した旨、(2) 営業担当者が領収書と現金とを持参し、井上に領収書に署名押印を求めたため、井上がこれに従った旨、営業担当者は、井上に対し、封筒から少し現金を見せて、井上に渡そうと思ったんですがと言いながら、すぐに封筒をしまってしまった旨、井上は後に振り込まれると思い、原告と分かれた旨、(3) 井上は、同年五月一七日ころ、サンワード貿易から送付された「預り・返済・及び振替現在高通知書」には、本件金員が「帳尻出金」と「証拠金出金」という項目で記載されていたため、同社の管理部へ電話をし、領収書に署名押印したが、現金をもらっていないし、振込みもないとの連絡をした旨、同管理部は、証拠金に入っていると思うと回答した旨、(4) その後、井上が残高通知書等で確認をしても、本件金員が証拠金に入っていないので、同年六月上旬ころ、前記営業担当者に対し、相場の今後の展開について電話で話をするとともに、領収書に署名押印した現金はどうなっているか確認したが、右営業担当者が証拠金に入っていないかと応答したため、井上が証拠金に入っていないと指摘したところ、右営業担当者が自分が個人で管理している金もあると回答した旨、(5) その後、井上が、原告の右対応が気にかかるのでお客様相談室に相談した旨が記載されている。(特に、甲8、乙7の2、乙10、証人井上、証人水上、弁論の全趣旨)
(二) また、井上は、平成九年六月二六日午後四時〇八分、右お客様相談室宛に対し、再度、右「経過報告(詳細)」と題する書面に引き続く内容の書面を「経過報告(詳細)」と題してファックスで送信した。
右書面には、右(一)の(1) ないし(4) と同一の記載があるほか、(5) 営業担当者が個人で管理するということでは証拠金等の管理がきちんとされない旨、本件金員がどういう扱いになっているのか不明であり、安心して今後の取引を継続することができない旨、事実関係の調査をお願いし、責任ある回答をお願いしたい旨の記載がある。(特に、甲8、乙7の3、乙10、証人井上、証人水上、弁論の全趣旨)
6 水上常務は、井上の右ファックス送信書や鈴木部長からの報告から、井上が、原告が井上に交付すべき金員を持ち去ったことに対してクレームを付けているものと理解し、当時、サンワード貿易の専務取締役であった訴外菅野和己(以下「菅野専務」という。)に相談し、その対応策を協議し、とりあえず事実関係を調査することとなり、原告を札幌市所在のサンワード貿易本社に呼び寄せ、水上常務が原告から事情を聴取することとし、その後、菅野専務が同年六月三〇日に大阪に赴き、井上と面会することとした。(特に、乙9、10、証人菅野、証人水上、弁論の全趣旨)
7(一) 水上常務は、平成九年六月三〇日、サンワード貿易本店の自室で原告と面接し、井上からファックスで送付を受けた書面三通を原告に示したうえ、原告に対し、井上からクレームが来ていること、右ファックス送信書には原告が井上に支払うべき証拠金を着服したような記載があること、一歩間違えば刑事事件になること、サンワード貿易の帳簿上は井上に支払ったこととなっており、井上の領収書もあること、菅野専務も井上に確認すべく大阪に出向いている旨を告げて、事実関係を問い質したところ、原告は、水上常務に対し、大阪支社は社員約二十五、六名と多く、まとめていくのに飲食代等の経費を要した旨、当時、原告は、多額の借金があり、井上に渡さなければならない金を流用した旨、いずれ歩合をもらったらそれで埋め合わせるつもりであった旨を告白し、原告において右金員を費消した事実を認めて謝罪した。(特に、乙10、証人水上、原告、弁論の全趣旨)
(二) 水上常務は、原告に対し、サンワード貿易の社長に報告する必要があるので事実関係を書面に記載するよう求め、原告もこれに応じて「経過書」と題する書面を作成した。その間、水上常務は、席を外しており、原告に対して書面の内容について具体的に指示したことはなかったが、書面が作成されてから改めて同席した際、右書面の字が乱雑であったことから、原告に対し、その書き直しを指示し、原告も右書面を清書した。なお、右清書の際も水上常務は席を外していた。また、原告は、右書面の作成について拒否したことはなく、井上から金銭を借り受けただけであると弁解したこともなかった。
右「経過書」には、原告が当時借金を五〇〇万円近く有していた旨、それまでは、自分の金で回っていたが、当時半年間ほどボーナスや加給金がなく、顧客の井上の資金八一万〇三七三円を使ってしまった旨、原告は右資金をボーナスが出たときに井上に返済しようと思っていた旨、このようなことで会社に迷惑をかけて大変申し訳ない旨の記載がある。
水上常務は、直ちに大阪に出向いていた菅野専務に電話連絡を取り、原告が着服の事実を認めた旨を伝えるとともに、原告に対し、処分が決まるまで自宅で謹慎するように命じ、原告もこれに素直に従って、横浜の自宅に帰宅した。(特に、乙1の2、3、乙10、証人水上、原告、弁論の全趣旨)
8 菅野専務は、水上から右連絡を受けたことから、井上に架電し、平成九年七月一日に面会することとし、右同日、サンワード貿易大阪支社の応接室において井上と面会し、同人に対し、顧客から預かった金銭を従業員が流用すれば会社として責任があるとして、大変迷惑を掛けて申し訳ない旨を謝罪したうえ、サンワード貿易が井上に返済する旨を申し入れたところ、井上もこれを了承した。
その際、菅野専務は、井上に対し、「合意書」と題する書面に署名捺印を求めた。右書面には、井上とサンワード貿易との間で、井上が原告から受け取るべきであった金銭について、不明金額八一万〇三七三円はサンワード貿易の責任において井上に支払う旨、この合意により、サンワード貿易も井上も平成九年六月二六日付「経過報告(詳細)」と題する書面記載の事項の全部に関して、右「合意書」に定めるもののほか、他に何らの債権債務の存在しないことを確認する旨の記載がある。
井上は、右合意書に署名捺印するとともに、菅野専務から八一万〇三七三円の支払を受け、その旨の領収書を作成してこれを菅野に交付した。
なお、その際、井上は、菅野専務に対し、平成九年五月一三日に原告と会った折、領収書にはサインしたが、原告からその場で金銭を渡してもらえなかったので不審に思い、その金銭がどうなっているのかということでサンワード貿易の本店に電話した旨を述べたにとどまり、原告個人に対して金銭を貸し付けたとの趣旨の話をしたことはなかった。(特に、乙1の4、5、乙9、証人井上、証人菅野、弁論の全趣旨)
9 サンワード貿易は、原告の処分について検討した結果、事案の性質に加えて、原告が入社半年で起こした不祥事であり、大阪支社の実質的責任者の地位にあったことをも理由として、平成九年七月一〇日、懲戒解雇処分としたうえ、被告に対し、同月一一日付け「不正行為届出書」を提出して、原告が委託者井上に支払うべき現金を着服した事実及び原告を懲戒解雇にした事実を届け出た。
また、サンワード貿易は、原告に対し、同月五日の役員会において、原告作成の経過書、顧客からの調査依頼書、顧客との面談調査により、原告の行為が登録外務員としてあるまじきことと判断された旨、本件規則一一条一項に従い、被告に不正行為者として報告し、同月一一日に受理された旨を通知する旨の同月一五日付け通知書を送付した。(特に、乙1の1、乙2の2、乙10、証人菅野、弁論の全趣旨)
10 水上常務は、サンワード貿易東京支社の訴外福島隆(以下「福島」という。)に命じ、原告との間で、互助会から借り受けた二〇〇万円のほか、井上に支払った本件金員の返還を交渉させた。福島は、原告から分割返済の申し出を受けたため、平成九年八月四日、東京都新宿区高田馬場所在の公証人役場に赴き、右立替金の返済について、公証人訴外小林幹男に債務弁済契約公正証書の作成を依頼し、同公証人は債権者をサンワード貿易とし、債務者を原告とする債務弁済契約公正証書を作成した。その際、原告は、右公正証書の内容に関して何ら異議を述べなかった。
右公正証書には、原告は、平成九年五月一三日、サンワード貿易の大阪支社営業部長として勤務中、同社の委託者である井上の帳尻金及び証拠金の一部合計八一万〇三七三円を着服し、これを同社が原告に代わり井上に支払ったことにより、同社に対する右と同額の立替金返済債務を負担したことを承認し、これを以下のとおり弁済することを約し、同社はこれを承諾した旨、原告は、元金を分割して、平成九年八月から平成一二年一月まで三〇回にわたり、毎月末限り二万円宛、ただし、最終回は三万〇三七三円(ただし、平成一〇年及び平成一一年の各一月及び八月のボーナス月には五万円宛加算した額とする。)を割賦弁済する旨の各記載があるほか、利息、遅延損害金に関する条項、期限の利益喪失条項、執行受諾に関する条項等が定められている。
その後、原告は、サンワード貿易に対し、右債務弁済契約に従い、平成一〇年七、八月ころまで右立替金債務を分割返済していたが、そのころ、右債務の残額約六〇万円を一括して返済した。(特に、乙2の3、乙10、証人水上、原告、弁論の全趣旨)
11(一) 被告の会員課係長であった訴外中曽根淳(以下「中曽根」という。)は、不都合行為者にかかる事務を担当していたが、平成九年七月一四日、サンワード貿易から、前記不正行為届出書並びにこれに添付された井上作成の前記「経過報告(詳細)」と題するファックス送信書(乙1の2)、原告作成の前記「経過書」と題する書面(乙1の3)、井上及びサンワード貿易作成の前記「合意書」と題する書面(乙1の4)、井上作成の領収書(乙1の5)の提出を受けたことから、同月二九日、サンワード貿易の水上常務に対し、事情聴取を行った。(特に、乙1の1~5、乙3、8、10、証人水野、弁論の全趣旨)
(二) その際、水上常務は、中曽根に対し、(1) 原告を採用した経緯のほか、(2) 井上が同年六月二六日ファックスで経過報告書を送信し、同年五月一三日のサンワード貿易から井上に対する返還金八一万〇三七三円の支払を受けていないので、その扱いについて調査依頼があった旨、サンワード貿易は内部で出金手続が完了していたことから井上の計算違いであると考えていた旨、サンワード貿易の社内調査の結果、原告が借財の返済のため右金員を着服したことを認め、その旨の経過書を作成して提出した旨、なお、サンワード貿易は基本的には委託者に対して銀行振込で返還する方法を取っているが、右の件に関しては原告が委託者に持参して支払う旨を述べたため現金出金となったようである旨、(3) サンワード貿易は、同年七月一日、井上との間で合意書を取り交わし、右返還金を支払ってトラブルを解決したうえ、同月一〇日原告を懲戒解雇にした旨、原告は、右解雇後も当業界で稼働したいと希望しており、サンワード貿易も、原告の生計を考慮して諸届出の提出を躊躇したが、委託者の金銭を預かるという受託業務の性格上毅然とした措置を講ずることとした旨、なお、原告は、サンワード貿易が被告に不正行為届出書を提出した旨を伝えたので、最悪の場合には三年間にわたり、採用ができないことを知っている旨、(4) サンワード貿易は、原告に対し、右金員と互助会からの借受金約二〇〇万円の返済を求めたところ、原告が一定期間の返済計画に基づいて返済することを承諾したので、同月二五日、原告との間で右立替金の返済に関して公正証書を作成することを確認し、同年八月五日までに公正証書を作成することとしたこと、原告が被告への届出により不都合行為者となった場合、三年間は業界を追放されるので返済期間はある程度長くなることはやむを得ないと考えている旨を説明し、中曽根は、右聴取した内容に基づき、「高橋正己氏の不正行為に関するサンワード貿易㈱から聴取について」と題する書面を作成した。(特に、乙3、8、10、証人水野、弁論の全趣旨)
(三) 更に、サンワード貿易は、平成九年八月七日、被告に対し、「不正行為に関する顛末報告書」と題する書面(乙2の1)を提出した。
右書面には、(1) 原告に関する社内処分の内容として原告を懲戒解雇した旨、(2) 不正行為の内容及び顛末として、委託者に支払うべき現金を持参した際、領収書を徴収しながら現金を渡さず着服したことが判明したため、同社が着服金全額を委託者に支払い解決した旨、当該外務員に対しては返済方法等を明確にするため公正証書作成の措置を講じた旨、(3) 信用失墜の有無として、委託者との直接の接点となる登録外務員は、商品取引員の代理人として委託者の信頼に応える立場であるにもかかわらず、外務員制度を悪用した当該行為はサンワード貿易並びに当業界の信用を著しく失墜させた旨が記載されている。(特に、乙2の1、3ないし5、8、証人中曽根、原告、弁論の全趣旨)
12(一) 被告は、平成九年八月一四日付けの書面で、原告に対し、原告がサンワード貿易から不都合行為者として届出られている旨、被告は、本件規則一五条二項に基づき、原告から弁明を受けるため、その意思のある場合には同月二九日までに被告に連絡のうえ来訪されたい旨、仮に右期日までに連絡がない場合には、原告がサンワード貿易から届出があった不正行為について異議がないものと解して本件規則に基づく手続を進める旨を通知し、右書面は原告に対し、同月一五日、到達した。なお、被告は、右書面とともに、不都合行為者の審査等に関する規則の関係規定を記載したほか、本件規則の抜粋を参考資料として同封した。(特に、乙4の1、乙8、証人中曽根、弁論の全趣旨)
(二) 原告は、被告に対し、一身上の都合で同年九月末までに再度被告に連絡をすることを条件として、弁明する機会を猶予してほしいと連絡したため、被告はこれを了承した。しかし、その後、原告が被告に対し何らの連絡もしなかったため、被告は、平成九年一〇月八日付けで、原告に対し、「不都合行為者に係る聴聞の意思の確認について」と題する書面を配達証明郵便で発送し、同月一七日までに被告に連絡されたい旨、もし事前に連絡がない場合には、原告がサンワード貿易から届出があった不正行為について異議がないものと解して本件規則に基づく手続を進める旨を通知したものの、右書面が保管期間経過により返送された。そのため、被告は、再度、連絡期限を同月三一日までとしたほか、右と同一内容の同月二三日付け「不都合行為者に係る聴聞の意思の確認について」と題する書面を普通郵便で発送し、そのころ、右通知書は原告に到達した。しかし、原告は、被告に対し、右期日までに何らの連絡もせず、出頭もしなかった。(特に、乙8、中曽根、弁論の全趣旨)
(三) 被告は、平成九年一一月七日、原告が弁明期日に出頭しないことをも併せて考慮し、原告がサンワード貿易から届出のあった不正行為について異議がないものと判断して、原告を不都合行為者と決定し、原告に対し、その旨を記載した右同日付けの書面を配達証明郵便で発送したが、右書面が保管期間経過により返送されてきたため、同月一八日、再度、これを普通郵便で送付し、そのころ、右書面は原告に到達した。(特に、甲2、乙3、乙4の1、2、乙5、8、証人中曽根、原告、弁論の全趣旨)
13(一) 原告は、知人から坂田常務を紹介され、サンワード貿易を解雇された後、平成九年八月一日、コーワフューチャーズに入社したが、被告から、同月一五日、前記のとおり、原告の弁明を聴取するので出頭するよう通知されたため、坂田常務にその対応を相談した。坂田常務は、原告に対し、とりあえず弁明の機会の期日を一か月ほど延期してもらい、その間にサンワード貿易と交渉して不都合行為者の届出を撤回してもらうのが得策である旨を忠告した。原告は、右忠告に従い、被告に連絡を取り、右弁明の期日を前記のとおり延期する了解を得たが、その後は坂田常務にその交渉等を任せることとし、被告に対し、自ら連絡を取ったことはなく、坂田常務に交渉を一任した旨を連絡したこともなかった。(特に、甲7、乙4の1、乙8、証人中曽根、弁論の全趣旨)
(二) 原告は、平成九年一一月、被告から、不都合行為者に決定された旨の通知を受けたことから、坂田常務に善後策を相談したが、坂田常務は、原告に対し、サンワード貿易が不都合行為者の取扱の解除に関する手続を取ってくれればコーワフューチャーズにおいても就業しうると説明し、もう少し待つように述べた。
もっとも、本件規則一七条は、被告の会員である商品先物取引受託業者は、その従業員等が不都合行為者と決定された場合、その者が決定を受けた日から三年間、その者を従業員として就業させてはならない旨規定しているのみならず、本件規則一八条一項が、不都合行為者の取扱の解除に関しては、会員は、不都合行為者と決定した者について、その者が不都合行為者の決定を受けた日から三年を経過したときは不都合行為者の取扱を解除するものと規定したうえ、同条二項で、同条一項の規定にかかわらず、自己の届出により不都合行為者となった者について、改悛の情が明らかでありその取扱を解除することが適当と認めたときは、自己の従業員とする場合に限り、不都合行為者取扱解除申請書を被告に提出して、不都合行為者の取扱の解除を求めることができる旨を規定している。
坂田常務は、遅くとも平成一〇年四、五月ころには、原告が本件決定後はコーワフューチャーズで就業できなくなることを承知していたものの、その後も原告をコーワフューチャーズで勤務させていたが、同年八月初め、突然倒れ、同月二〇日ころ、死亡するに至った。なお、坂田常務は、原告に対し、被告又はサンワード貿易との交渉経緯やその内容を具体的に説明したり、報告したことはない。
原告は、当時、体調が必ずしも良くなく、坂田常務が死亡したこともあり、折から大阪への転勤を命ぜられたこともあって、平成一〇年八月三一日、コーワフューチャーズを退職した。(特に、甲2、3、7、原告、弁論の全趣旨)
(三) 原告は、その後も商品取引関係の会社に就業する意向を有していたため、自らサンワード貿易と交渉することとし、平成一〇年九月初めころ、水上常務に連絡を取ったところ、水上常務から、本件規則一七条、一八条に関して説明を受け、不都合行為取扱の解除を受けても、サンワード貿易以外では就業できないことを確認した。そこで、原告は、同月半ばころ、急遽、被告を訪れ、担当者の中曽根に対し、本件決定に関して、原告が井上の金銭を着服したのではなく、借り受けただけである旨を申し立てた。
なお、被告は、右申立てに至るまで、原告又は坂田常務から、被告に対し、本件決定に関して異議を述べられたり、本件決定に関し、井上の金銭を着服したことはなく、真実は井上から金銭を借り受けただけであるとの弁解を受けたりしたことはなかった。(特に、甲7、乙8、証人中曽根、原告、弁論の全趣旨)
(四) その際、中曽根は、原告に対し、弁明の機会を与えられたときになぜ来訪しなかったのか、原告主張の消費貸借契約について証拠はあるのか、井上は原告に右金員を貸したと言っているのか等を問い質したが、原告は、コーワフューチャーズの坂田常務にサンワード貿易又は被告との交渉を任せており、同常務から、被告から書面を受けとっても弁明に行かないように言われた旨、右消費貸借契約は口頭によるものであり、これに関しては証拠書類は作成していない旨を応答するに止まり、井上が貸したといっているかとの点については明確に返答しなかった。
中曽根は、原告に対し、本件決定がなされた以上、被告としてはどうしようもない旨、もっとも、新たな事実が判明して不都合行為者の決定が取り消される場合もあるので、どうしても争うのであれば、仮処分を得て、仮に不都合行為者とする決定の効力を停止してもらう方法がある旨を告げた。(特に、甲7、乙8、証人中曽根、原告、弁論の全趣旨)
(五) 原告は、原告訴訟代理人に相談したところ、同代理人から、井上が原告に金を貸したことを認めてくれない限り、仮処分を申し立てても認容されることは難しい旨を説明されたため、井上と連絡を取ることとした。なお、原告は、本件に関し、それまで井上と連絡を取ったことはなかった。
原告は、平成一〇年一〇月、井上と連絡を取り、井上が原告に金を貸したことを認めてくれるよう要請したところ、井上は、時間が経過していたこともあり、金銭が返還されていたこともあって、右貸付けの事実を認めることを了承した。そこで、原告訴訟代理人は、東京地方裁判所に対し、債権者を原告、債務者を被告として、仮処分の申立てをし、同裁判所は、同年一一月二五日、本件決定の効力を本案判決確定に至るまで停止する旨の仮処分決定をした。(特に、甲9~11)
14 他方、被告の受託業務に関する規則五条は、会員は、商品取引所法その他の関係法令及び受託契約準則に規定するもののほか、禁止行為の一つとして、顧客に対し、取引にかかる金銭の貸借又は融資の斡旋を行うことを掲げている。
サンワード貿易も、商品取引業が、顧客の取引証拠金の預託を受ける等、その金銭を取り扱う業務を伴う関係上、登録外務員が顧客から金銭を借り受けることは顧客の金銭の取扱状況を不明確にするおそれがあるのみならず、実際上も、当該外務員が顧客との関係で情報を提供しうる優越的地位を利用して金員を借り受け、トラブルを惹起し、ひいては、委託者の金銭を預かる機会が多い商品取引業界の信用を失墜しかねないことから、このような行為は不都合行為としてあるまじき行為であると極めて厳格に考えており、原告も、平成九年五月当時、顧客から金銭を借り受ける行為が露見すれば、サンワード貿易から懲戒解雇されかねないことを承知していた。
なお、不都合行為者制度は、商品先物取引の外務員試験に必ず出題されるものであり、外務員試験を合格した者は当然に承知しているべき知識である。(特に、甲3、証人水上、証人菅野、原告、弁論の全趣旨)
以上の事実が認められ、右認定に反する甲第四号証、甲第七、第八号証、甲第一〇号証、甲第一二号証の各記載部分並びに証人井上弘及び原告本人の供述部分は、本項冒頭に掲記の各証拠に照らし、たやすく措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで、右認定の事実を前提として、原告の主張について検討することとする。
三1 ところで、公益社団法人は、社員が自主的に設立し、その定款及び法人の定める規則等に基づき、その公益を達成することを目的として自主的に運営されるから、会員に対する懲戒処分についても、当該処分の決定、処分事由の存否等の判断は原則として当該法人の裁量に委ねられているものというべきである。
しかしながら、懲戒処分のうち、除名処分のように、社員を社団から排除し、社団から享受する利益を全面的に奪うこととなる処分については、その裁量も無限定ではなく、当該処分が、社団の目的、性格、処分事由の内容、手続等に照らして著しく不合理で、裁量権の範囲を逸脱したと認められる場合には、当該処分が裁量権の濫用として無効となると解するのを相当とする。
そして、本件において、被告の不都合行為者の決定は、会員である商品先物取引受託業者が、その決定を受けた従業員を決定を受けた日から三年間就業させてはならず、採用することも許されないこととなることは前示のとおりであって、右会員に対して従業員の採用等に厳しい制約を課すのみならず、当該従業員を商品先物取引受託業界において就業し得なくし、一定期間同業界から排除するという重大な結果を伴う処分であるから、会員の除名処分に準じて、その裁量も無限定ではなく、当該処分が、社団の目的、性格、処分事由の内容、手続等に照らして著しく不合理で、裁量権の範囲を逸脱したと認められる場合には、当該処分が裁量権の濫用として無効となると解するのを相当とする。
2 これを本件についてみるのに、被告が商品取引員たる会員の行う先物取引に係る受託業務の適正かつ円滑な運営を確保することにより、委託者の保護を図ると共に、商品先物取引受託業の健全な発達に資することを目的として設立された社団法人であり、商品先物取引受託を業とする会社はほとんど被告の会員であったこと、被告が右目的を達成するため、「受託業務に関する規則」、「会員従業員に関する規則」(本件規則)及び「広告に関する規則」からなる「自主規制規則」を制定していることは既に説示したとおりであり、甲第三号証によれば、本件規則は、商品先物取引受託業の公共性及びその社会的使命の重要性に鑑み、会員の従業員について、その服務基準及び会員の監督責任を定めることにより従業員の資質の向上を図り、もって委託者の保護を図ることを目的としていること(本件規則一条)が認められる。
これに加えて、前記認定の二の事実によれば、(一)井上は、サンワード貿易に対し、原告に委託した商品取引にかかる本件金員の返還を受けなかったとして苦情を申し立てたが、当該苦情の内容は、原告が井上から領収書を徴収しながら、井上が受けとるべき右金員を交付せず、証拠金項目にもこれを加算する取扱いもせず、原告個人が管理しているが、これでは右金員の取扱いが不明であり、サンワード貿易と安心して取引きできないので、サンワード貿易において事実関係を調査されたいとするものであり、原告が井上の受け取るべき金員を費消し、これを着服している旨を示唆するものであったこと、なお、その際、井上は、原告に対して右金員を貸し付けたがその返還を受けていない旨をまったく示唆していないこと、(二)サンワード貿易は、井上の右苦情申立てにより同社の顧客である井上と、同社の外務員であり、大阪支社の実質上の責任者であった原告との間に金銭的なトラブルがあることが発覚したことから、原告から事情を聴取する等して事実関係を調査したところ、原告が、右調査を担当した水野常務に対し、多額の借財があり、その返済のためにこれを流用して費消したことを認めて謝罪し、同常務の求めに応じてその旨を自ら書面に記載したこと、(三)そこで、サンワード貿易は、原告が本件金員を着服したものと判断し、井上に対し、これを謝罪するとともに、右金員を支払い、井上も異議なくこれを受領したこと、その際、サンワード貿易は井上からも事情を聴取したが、井上は原告が金を渡してくれず、不審に思った旨を答えたに止まり、原告に対して右金員を貸し付けたとの事実を示唆したことはないこと、(四)サンワード貿易は、原告が本件金員を着服したことを理由として、原告に対し、自宅謹慎を命じた後、原告を懲戒解雇したうえ、同社が井上に支払った金員について、原告が同社にこれを分割返済させることとし、その旨の公正証書も作成されたこと、原告は、右各処分又は公正証書の作成に関し、異議を述べなかったことはまったくなく、本件金員を着服したものではない旨、あるいは井上から借り受けたものである旨の弁明をしたこともまったくなかったこと、(五)サンワード貿易は、被告に対し、本件規則一一条に基づき、原告を不正行為者として届け出るとともに、その旨を原告に通知したが、原告はこれについても異議を述べなかったこと、(六)被告は、サンワード貿易から不正行為届出書並びにこれに添付された井上作成の経過報告書、原告作成の経過書、井上とサンワード貿易との間の合意書、井上作成の領収書の提出を受けたことから、右各書面の内容を審査検討したこと、被告は、右各書面が原告の金員着服という不正行為を内容とするものであったことから、本件規則一二条に基づき、サンワード貿易から事情聴取をしたところ、井上の苦情申立てにより右不正行為が発覚したこと、原告が右不正行為を行った事実を認めたこと、サンワード貿易が井上とのトラブルを解決したこと等が判明したこと、また、被告は、サンワード貿易から、本件規則一三条に基づき、原告の右不正行為に関する顛末報告書の提出を受けたこと、(七)被告は、原告に対し、本件規則一五条二項に基づき、右不正行為に関して弁明を受ける機会を与えたが、原告は弁明の期日について一度猶予を求めたのみで、その後は、被告が、再度、右弁明を受ける旨の通知をしたにもかかわらず、原告が被告に連絡もせず、被告方に出頭もせず、被告に弁明をしようとしなかったこと、その間、原告が、被告に対し、原告が本件金員を着服したものではない旨、あるいは井上から借り受けたものである旨の弁明を記載した書面等を提出したこともないこと、(八)被告は、前記各書面の内容及び事情聴取の内容に加えて、原告が弁明の期日に出頭しないことをも踏まえて、本件規則一四条に基づき、原告の行為について審査し、原告が本件金員を着服するという不正行為を行ったものと判断し、本件規則一五条に基づき本件決定をしたうえ、原告にその旨の通知をしたこと、(九)その後、原告は、一年近く経過するまで、被告に対し、本件決定に関して異議を申し立てたことはまったくないことが認められる。
以上の事実、特に、被告の設立目的、性格、会員の従業員に関する服務基準及び監督等を定めることによる従業員の資質の向上の要請等、原告の不正行為の性質及び内容、原告のサンワード貿易における地位、経過報告書等の添付資料の記載内容及び事情聴取の結果、原告の事実調査並びに処分に対する応答の内容及びその後の処分等に対する態度、原告が弁明の機会を自ら放棄した態度等に照らして考えると、本件決定が、その処分事由の内容、手続等に照らして著しく不合理で、裁量権の範囲を逸脱したとまでいうことはできないものといわざるを得ない。
3 この点に関し、原告は、原告は井上に対し、本件金員を支払った後にこれを借り受けたものであるところ、その際、右借受金の返済期限等について明確に定めなかったことから、井上から右金員の返済を請求され、その猶予を求めると言うことが繰り返されるうちに、井上から不信感を抱かれ、サンワード貿易に問題が持ち込まれ、本件に発展したものである旨、サンワード貿易が井上の側に立ち、本件金員を着服したものとして事情聴取したことから、原告がサンワード貿易に勤務することに嫌気がさし、同社を退社する気になった旨、原告は、商品取引業界において、顧客との金銭貸借が禁止されていることは承知していたので、着服でも借受でも解雇されることには変わりはないと思っていたため、それ以上にサンワード貿易とも井上ともトラブルを拡大させないようサンワード貿易の主張するとおりに本件金員を着服した旨を認めたのにすぎない旨、その際、原告は、必ずしも不都合行為者の制度を十分に理解しておらず、他の商品取引業者で就業することが許されなくなることまでは承知していなかった旨、サンワード貿易を退社後、原告が右借受けについて弁明しなかったのは、コーワフューチャーズの坂田常務にその後の交渉を委ねるとともに、同人から聴聞に行くのを止められていたからである旨、井上は、原告から、井上が原告に金銭を貸し付けたことはサンワード貿易には黙っていてほしいと強く依頼されていたため、サンワード貿易にその旨を告げなかった旨を主張し、右主張に沿う証拠(甲4~8、10~12、井上、原告)もある。
しかしながら、井上が当初サンワード貿易に対して苦情を申し立てた際、その外務員である原告の行為により取扱が不明となった本件金員についてサンワード貿易の責任を追求する態度であったこと、不都合行為者制度は商品先物取引の外務員試験に必ず出題されるものであり、登録外務員は、右制度について当然に承知しているべき事柄であるのみならず、原告は被告から弁明の期日に関する呼出を受けた際、不都合行為者の審査等に関する規則の関係規定や本件規則の抜粋を参考資料として送付されたこと、原告が本件金員を費消したことを自認し、右着服を理由とする処分等についてまったく異議を述べなかったことは前記二に認定のとおりである。
また、金銭貸借の事実を秘して金銭の着服の事実を自認するということは、後者が刑事事件として取りあげられかねない内容の事柄であって、一般社会においても明らかに違法性を有する行為として非難される行為であることに照らすと、商品取引業界において顧客からの金銭貸借が禁止されていることを考慮しても、いかにも不自然であり、不可解であるというほかはない。これに加えて、井上が原告の要請に応じて貸付の事実を認めた時期が、サンワード貿易から金員が返済された後であり、かつ一年近く経過した後であることをも併せて考慮すると、右各証拠をたやすく採用することができず、他に原告の右主張を採用するに足りる証拠はない。
四 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 足立謙三)