東京地方裁判所 平成11年(ワ)3686号 判決 2000年1月31日
原告
蘒原昭美
右訴訟代理人弁護士
塩谷安男
被告
F
右訴訟代理人弁護士
六川浩明
被告
日本シーゲイト株式会社
右代表者代表取締役
小林剛
右訴訟代理人弁護士
角山一俊
同
古田啓昌
同
中山代志子
主文
一 被告Fは原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成一一年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告Fとの間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告Fの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告日本シーゲイト株式会社との間においては、全部原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、各自原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する被告Fにつき平成一一年三月一五日から、被告日本シーゲイト株式会社につき平成一一年二月二四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が被告Fに対し、同被告が原告の私的なネガ・フィルムを盗み出し焼き付けた上、インターネットの同被告のホームページに掲載したことが不法行為に当たるとして、民法七〇九条に基づき損害賠償を、また、右不法行為が被告日本シーゲイト株式会社の事業の執行につきされたものであるとして、同被告に対して、民法七一五条に基づき損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等(認定事実には証拠を掲示する。)
1 被告日本シーゲイト株式会社(以下「被告会社」という。)は、親会社(シーゲイト・テクノロジー・インターナショナル)のための電子機器及びその部品の購入・販売・輸出入業務の契約の代行・仲介・斡旋をすることを目的とする会社である。(原告と被告F(以下「被告F」という。)との間では弁論の全趣旨)
2 被告Fは、平成一〇年五月まで被告会社に勤務し、平成一〇年五月当時被告会社の情報技術部シニアマネージャーであった。
3 原告は平成七年四月から平成一〇年八月ころまで被告会社の情報技術部に勤務していた。(原告と被告会社との間では弁論の全趣旨)
4 被告Fは、平成八年ころ、被告会社内の原告の事務用机引出しに保管されていた原告の容姿を撮影した写真数葉を盗み出し、原告に無断でインターネットの被告Fのホームページに掲載した。後日、右掲載を知った原告が被告Fに対し強く抗議した結果、同被告は原告に対して謝罪し、右掲載した写真へのアクセスができないような措置を施すとともに、以後かかる行為を行わない旨を誓約した。(原告と被告会社との間では弁論の全趣旨)
5 被告Fは、平成一〇年四月ころ、被告会社内の原告の事務用机の引出しに保管されていた原告を撮影した写真のネガフィルム数葉を盗み出し、原告に無断でこれを焼き付けた上、そのうちの三葉を前記同様に被告Fのホームページに掲載した(以下この行為を「本件加害行為」という。原告と被告会社との間では弁護士弁論の全趣旨)
右三葉の写真は原告がタオルのみまとった状態で撮影されたものであった。(甲一の1ないし3)
6 被告Fは、右焼き付けた写真のうち原告の顔写真を、他の女性のヌード写真と関連づけるようにして同被告のホームページに掲載した。(甲二)
7 被告Fは平成一〇年五月一三日退職した。(丙五)
二 争点
1 職務関連性(被告Fの不法行為が被告会社の「事業の執行につき」されたといえるか。)
2 損害額
三 当事者の主張
1 争点1(職務関連性)につき
(原告の主張)
①被告Fは、被告会社の原告の事務用机の引出しに保管されていたネガフィルムを盗み出したこと、②原告の写真は被告会社から被告Fに業務用に提供されたコンピューターを使用して開設・管理された同被告のホームページに掲載されたこと、③被告Fのホームページには被告会社のロゴが掲載され、そのロゴをクリックすると、被告会社の親会社のホームページにリンクされていたこと、④被告会社は被告Fのホームページをチェックしていたことに照らせば、被告Fの不法行為は被告会社の事業の執行につきされたと評することができる。
(被告会社の主張)
否認する。①被告Fの窃取行為は一回的な犯罪行為であること、②被告Fのホームページは同被告が費用を負担し、契約したものであること、③誰でも自分のホームページから他人のホームページヘリンクすることができ、また、被告会社が従業員のホームページから親会社のホームーページへのリンクを承認したことがないことに照らし、被告Fの本件加害者行為は被告会社の管理可能な範囲を超えているから、被告会社の事業の執行につきされたと評することができない。
2 争点2(損害額)について
(原告の主張)
原告は、被告Fの本件加害行為によって、人格的尊厳を侵害され、また、人間不信に陥り被告会社における勤務継続の意欲を喪失し、精神的苦痛を被ったので、それを慰謝するには三〇〇〇万円が相当である。
よって、原告は被告Fに対し、民法七〇九条に基づき損害賠償金及び訴状送達の日の翌日(平成一一年三月一五日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、また、被告会社に対して、民法七一五条に基づき損害賠償金及び訴状送達の日の翌日(平成一一年二月二四日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(被告ら)
争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(職務関連性)について
民法七一五条の事業の執行につきとは、被用者の行為の外形をとらえて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものとみられる場合をいうものと解するのが相当であるので、以下判断する。
1 まず、被告Fが被告会社の原告の事務用机の引出しに保管されていたネガフィルムを盗み出したことについてみるに、それが被告Fの職務行為の範囲内に属するといえないことは明らかである。なお、会社から供用された部下の事務用机の引出しの中を上司が調査することは、部下が欠勤中、緊急の必要性があり、その同意を得ることができないが、職務関係文書の行方を探す場合等調査の必要性があり、かつ、部下のプライバシーを侵害しないような方法で行われる場合に限り許されるものと解せられる。しかるに、右調査の必要性を認めるべき何ら的確な証拠がない本件においては、被告Fが、被告会社内の原告の事務用机の引出しの中を調査することが被告Fの職務行為の範囲内に属するとは到底いえないのである。
2 次に、被告会社から被告Fに業務用に提供されたコンピューターを使用して開設・管理された同被告のホームページに原告の写真が掲載されたとの原告の主張につきみるに、同被告はホームページを管理するに当たり、被告会社所有のコンピューターを使用していたこと(甲五、丙五、原告本人)が認められるが、①被告会社が被告Fにホームページの開設・管理を指示していたことを認めるに足る的確な証拠はないこと、②プロバイダーとの契約さえあれば、いかなるコンピューターによってもホームページの管理は自由に行うことができることから、ホームページの管理に被告会社所有のコンピューターが使用されたとの一事でもって、ホームページの管理が被告Fの職務行為の範囲内に属すると即断することはできない。また、被告FのホームページのURL(ホームページの住所)は「kawika」にあり(甲一の1ないし3、二、三)、例えば「seagate」など被告会社を示すような文字がないため、右URL(「kawika」)からは、同ホームページの管理が被告Fの職務行為の範囲内に属するということはできない。さらに、被告Fのホームページのプロバイダーとの契約費用を被告会社が負担したことを認めるに足る的確な証拠はない(なお、甲五及び原告の供述には、被告Fの「アカウント」に関し、プロバーダーとの契約費用を被告会社が負担したとの趣旨の部分があるが、それが本件で問題となる被告Fのホームページについてのプロバイダーとの契約費用を意味するものであるとは断定できないこと、及び、被告会社は被告Fのホームページのプロバイダーとの開設費用を負担したことがないこと(丙一〇、一二)に照らし、にわかに措信し難い。)。もっとも、被告会社は被告Fの職務の性質上、同被告の自宅の電話料金を全部払っていたが(丙一〇)、その中に、同被告がホームページを使用する際の電話回線使用料が含まれていたこと、同被告は会社の専用回線を使用してホームページを管理したことがあること(甲五、原告本人)が認められるものの、①被告FのホームページのURLは前述のとおり職務とは関係はないし、その内容も後述のとおり被告Fの職務とは関係がないこと、②そもそも個人のホームページに関する電話回線使用料を会社が負担するということは通常あり得ないから、被告会社がそれを払っていたからといって、それは精算問題が残っているにすぎないと考えられることにかんがみ、被告Fのホームページの管理が同被告の職務行為の範囲内に属するということはできない。
3 被告Fのホームページには被告会社のロゴが掲載され、そのロゴをクリックすると、被告会社の親会社のホームページにリンクされていたとの原告の主張につきみるに、被告Fのホームページに被告会社のロゴが掲載されており、そのロゴをクリックすると被告会社の親会社のホームページにアクセスできるようリンクされていたこと(甲五、原告本人)が認められるが、①被告Fのホームページに被告会社のロゴが具体的にどのように掲載されていたかは的確な証拠がないため必ずしも明らかでないが、甲三、四の被告Fのホームページの内容は個人の経歴や友人に関するものであること、及び、同被告が被告会社からロゴの削除を命じられた後に掲載した他のコンピューター・メーカーのロゴが、「相撲に関する以外のコメント」と題するページに掲載されていること(甲三)からみて、被告会社のロゴもそのような被告Fの個人情報と共に掲載されていたものと思われること、②およそ自己の開設するホームページから他のホームページへのリンクは自由に行うことができるから、同被告のホームページから被告会社の親会社のホームページヘリンクされていたことから、当該ホームページの管理が被告Fの職務行為の範囲内に属するということはできない。
4 被告会社が被告Fのホームページをチェックしていたという原告の主張についてみるに、被告会社が被告Fのホームページをチェックし被告会社のロゴの削除を命じたこと(甲三)が認められるが、①URLさえ知っていれば万人がホームページにアクセスできること、②右削除以外に被告会社が被告Fのホームページの管理に関して具体的な指示等を出した形跡は何らうかがわれないこと、③被告Fは、ホームページが個人的なものであるのに上司に注意されたことを憤慨するといった趣旨のコメントをホームページに掲載している(甲三)から、当該ホームページが被告Fの個人的なものであると推認されること、④被告会社の人事総務課長佐々木博子が原告からの連絡を受け、被告Fのホームページにアクセスしたところ、最初に現れる画面の右側には相撲の回しを身に付けた被告アイゼンザールの写真が掲載されており、左下には原告とは異なる女性の写真が掲載されていたこと(証人佐々木)から、当該ホームページが被告Fの個人的なものであると推認されること、⑤被告会社がロゴの削除を命ずることは商標権の保護とも考えられること(丙一二)に照らせば、右チェックの事実のみをもっては、被告会社が被告Fのホームページの管理につき指示・監督していたと評することはできず、被告Fのホームページの管理が同被告の職務行為の範囲内に属するということはできない。
5 原告は、被告Fの電子メールの署名(電子メールに挿入する送信者の名前や連絡先等の個人情報)に前記ホームページのURLが記載されており、同被告は被告会社の同僚や自らの顧客にも電子メールを使ってやりとりをすることでホームページの情報を提供していた旨供述する(甲五、原告本人)。しかしながら、①それが仕事上の電子メールかプライベートの電子メールか必ずしも的確な証拠がないので明らかでないこと、②仮に仕事上の電子メールの署名にホームページのURLが記載されていたとしても、前述のようにURLのアドレスに「seagate」の文字がなく、「kawika」の文字があるにすぎないこと、③電子メール上の署名は設定者が自由に作成できることにかんがみ、右供述をもってしたは被告Fのホームページの管理が同被告の職務行為の範囲内に属するということはできない。
なお序でながら一言するに、被告Fは被告会社のインフォメーションテクノロジー管理者として渉外的なコミュニケーションをとることを重要な職務としていたこと(丙一〇、原告)が認められるから、被告Fが被告会社所有のコンピューターを使った電子メールのやりとりなどを行うことは被告Fの職務行為の範囲内に属するといえる。しかしながら、電子メールは特定の個人との郵便のやりとりに類するものであり、ホームページは不特定多数への情報発信機能をもつ掲示板のようなものであるから、電子メールとホームページとは性格・機能を異にするので、電子メールのやりとりが被告Fの職務行為に属するからといって直ちにホームページの管理が同被告の職務行為の範囲内に属するということはできないのである。
二 争点2(損害額)について
被告Fの行為が不法行為に当たることは明らかであるので、同被告が原告に対して賠償すべき損害額について判断する。
タオルしか身につけていない姿を同ホームページ上で公開された上、他の女性のヌード写真と関連づけられた原告が精神的に相当の苦痛を被ったことは明らかである。確かに、被告Fのホームページに掲載された原告の写真を見るためには、同ホームページに普通にアクセスするだけでは足りず、フルアドレスを入力するなどの必要があり(丙一一、証人佐々木、原告本人)、原告の写真が同ホームページに掲載された期間は被告Fがネガ・フィルムを盗み出した平成一〇年四月ころから、プロバーダーであるグローバルオンラインジャパン株式会社の削除証明がある同年五月二八日(丙七)までの期間すなわち二か月足らずではあるが、インターネットの特性上、不特定多数のインターネットユーザーに前述のような写真を昼夜を問わず見られる可能性があったこと、被告Fの同種態様の不法行為は二度目であること、その他本件に表れた一切の事情を勘案すれば、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇万円をもって相当と認める。
そうすると、被告Fは原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する不法行為後である平成一一年三月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うのである。
三 結論
よって、原告の被告Fに対する請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判断する。
(裁判官都築弘)