東京地方裁判所 平成11年(ワ)4098号 判決 2001年7月26日
原告
D
訴訟代理人弁護士
松井繁明
同
瀬野俊之
被告
E
訴訟代理人弁護士
塩谷安男
被告
Y4
外三名
右被告四名訴訟代理人弁護士
鳥飼重和
同
多田郁夫
同
遠藤幸子
同
村瀬孝子
同
今坂雅彦
同
橋本浩史
同
吉田良夫
被告
F
外四一名
右被告四二名訴訟代理人弁護士
中村直人
同
菊地伸
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 事案の概要
1 請求
被告らは日石三菱株式会社(本店東京都港区西新橋<番地略>)に対し、別紙取締役請求額一覧表中の各被告の項の合計欄記載の金額及びこれに対する平成一一年三月二〇日(ただし、被告E、被告G、被告H、被告I、被告J及び被告Kにつき平成一一年三月二一日、被告Lにつき平成一一年三月二二日、被告Mにつき平成一一年三月二三日、被告N及び被告Pにつき平成一一年三月二四日、被告Qにつき平成一一年三月二五日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 請求原因の要旨
本件は、三菱石油株式会社(平成一一年四月一日、日本石油株式会社と合併し日石三菱株式会社となっている。以下「三菱石油」という。)が、昭和六二年一二月頃から平成七年九月頃までの間に、Aに対し、業者間転売取引(業転取引)による石油製品の取引価格の上乗せあるいはサイト差取引により総額六三億円以上の資金を違法かつ不当に供与し、三菱石油がAに提供した資金を必要経費として違法な所得隠しの税務申告をして平成二年三月期から平成九年三月期までの所得につき重加算税を含め約二七億六〇〇〇万円を追徴課税されたとして、三菱石油の株主である原告が、取締役であった被告らに対し、業者間転売取引を利用した価格上乗せによる損害四五億円の内金四四億八〇〇〇万円(業者間転売取引を利用した価格上乗せによる不正支出額一覧表のとおり。以下の表にいう第一期とは昭和六二年度である。)、サイト差取引に関連して生じた損害一八億円の内金一七億九九八六万円(サイト差取引を利用した不正支出額一覧表のとおり)ならびに追徴課税額の損害二七億六〇〇〇万円の内金二七億五九七一万円(重加算税を含む追徴金による損害額一覧表のとおり)の合計九〇億三九五七万円の損害につき、取締役の任務違反による損害賠償として、各被告の取締役在任期間の行為と因果関係のある損害に相当する請求額(取締役請求額一覧表記載のとおり)とこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して三菱石油に支払うよう求めた株主代表訴訟である。
3 前提となる事実関係(証拠及び弁論の全趣旨によって認められる。)
三菱石油株式会社は、石油類及びその副産物の探鉱、開発、採取、精製、売買、貯蔵並びに輸送等を主たる目的とする株式会社(資本金約八三六億円)であったが、平成一一年四月一日、日本石油株式会社と合併し、現在は日石三菱株式会社となっている。原告は、三菱石油(現在は日石三菱)の株主である。被告らは、昭和六二年から平成八年までの間に三菱石油の取締役であった。被告らの取締役在任期間は、別紙会社(株)取締役名簿(各年を一二に分割し、月単位で取締役・代表取締役の在任期間を示している。)のとおりであり、昭和六二年度から平成七年度までの取締役の職務分掌は、別紙三菱石油株式会社組織図(定時総会後の組織を示している。)のとおりである。(甲4、弁論の全趣旨)
Aは、A石油商会と称して、石油製品の業者間転売取引の斡旋をして仲介口銭を得ていたが、昭和五四年頃から業転取引を担当する三菱石油本社需給部との取引を始め、三菱石油幹部に通産官僚、政治家、芸能人達を紹介してゴルフ、飲食等の接待をするほか、通産省に関する情報を提供するなどしていた。三菱石油は、Aの助言を受ける形で、昭和六二年度下期(上期は四月から九月、下期は一〇月から三月)から昭和六三年度にかけて通産省によるガソリン生産枠(PQ)の指導に違反してガソリンを生産して利益を上げたことから、Aから報酬の支払を要求された。これを受けて、三菱石油は、業転取引の石油製品の取引価格を上乗せして仲介業者のB株式会社又はC株式会社に通常より多額の利益を与え、その中から仲介業者から業転取引における仲介口銭名目でAに報酬相当額を支払わせる方法により昭和六二年一二月頃から月額二〇〇〇万円(二年間で五億円)程度の報酬を支払うこととした。この方法によりAに支払われた金額は、その後増額されるなどして平成七年度上期までの間に総額約四四億二九〇〇万円に上った。(甲3)
これとは別に、三菱石油は、平成六年一〇月から、業転取引の決済期の差(サイト差)を利用してAに資金を滞留させて金融の利益を与えることとし、平成七年八月末の支払時にAの代金決済が不能となった時点において取引を仲介したCのサイト差取引による代金債権総額二三億七八九五万九〇〇〇円(うちAの債務一七億七一七八万六四九四円)につき、三菱石油が保証債務としてCに同額の債務を負担することになった。(甲2)
三菱石油は、Aに対する報酬相当額約四四億三〇〇〇万円、B、Cの仲介口銭約九億二〇〇〇万円、その他商流維持口銭三億円、サイト差取引経費約五億八〇〇〇万円の合計約六二億三〇〇〇万円を昭和六二年度下期から平成七年度上期までの間にAに対する資金提供のために支出し、これらの支出を必要経費として税務申告していたが、東京国税局はこれを費用と認めず、平成二年三月期分の所得約一億二〇〇〇万円について重加算税を含め約六〇〇〇万円の追徴課税を課したほか、平成三年三月期から平成九年三月期までの七年分の所得につき重加算税を含む合計約二七億円の追徴課税を行った。(甲3、弁論の全趣旨)
4 争点
Aに対する資金供与及びサイト差取引による利益の提供及びこれらを必要経費とする税務申告をしたことが、取締役の三菱石油に対する任務に違反する違法行為であり、または他の取締役の違法行為に対する監視義務違反であるとして、取締役の三菱石油に対する責任が認められるかどうかが主たる争点である。
重加算税を含む追徴課税に関しては、損害に当たるかどうかも争点である。
第2 原告の主張
1 資金提供の違法性
(1) 業者間転売取引を利用した価格上乗せによる資金提供
昭和六二年当時、三菱石油は利益率の高いガソリン販売の増大政策を展開し、一定の成果を上げつつあった。しかし当時は、通産省の通達による行政指導(生産計画指導量=PQ)によってガソリン生産につき量的規制を受けていた。そのため自社で製造できる量を超えたガソリンの販売をするには、市中からその分を購入しなければならなかった。全国的にガソリンの需要が増大していた当時、市中から調達できるガソリン量にも限度があり、また、調達コストも割高にならざるを得なかった。そこで三菱石油は、昭和五五年頃から三菱石油の需給担当部門を通じて三菱石油と関係を持ち、会社最高幹部の部屋にも自由に出入りするようになっていたAの助言を得て、昭和六二年度から通産省の通達に違反し、「生産計画指導量」を上回るガソリンの増産に踏み切った。その際、Aは三菱石油に対し、通産省からクレーム又は規制を受けた場合にも自分がなんとかすると申し入れ、三菱石油もこれを信用した。その後Aは三菱石油に対し、これに対する約五億円の報酬支払を要求してきた。当時の常務取締役であった被告Y1及び被告Y2需給部長は、このAの要求を受け入れ、昭和六二年暮れから毎月約二〇〇〇万円ずつをAに支払うことを決定し、これを実行した。この決定については、当時の常務取締役であった被告Eに報告し、その了承を得たものである。Aに対する資金の提供は、被告Y2の部下であった当時の需給部主査Oが担当した。Aに対する資金提供の方法は、直接、現金で支給するのではなく、需給部の行う需給調整業務、すなわち石油製品の業者間転売を通じて本来の購入価格以上で原油、製品等を購入することにより、介在業者を介してAに資金が供与されるようにしたものである。報酬の支払窓口となった介在業者は、B株式会社であった。被告Y2は、昭和六三年六月に需給部長の職を離れるが、異動の際後任の被告Y3に対し、Aに対する資金供与をOに任せているので引き続きOによる需給取引を認めるよう指示した。さらに被告Y2は、平成三年四月にOが需給部から異動した際、当時の常務取締役被告Y4と相談の上、Oに対し需給部を離れた後も引き続きAに対する資金供与のための需給取引を行うよう指示するとともに、需給部長被告Y3に対し、Oによる需給取引を認めるように指示し、後任の需給部長及び需給部主査に引き継がせた。
三菱石油は、Aからの助言を得て、昭和六二年度から通産省のガソリン生産量の規制枠(PQ枠)を超える増産に踏み切った。三菱石油のAに対する資金供与は、通産省の規制を免れる目的で開始された。通産省によるガソリン生産量の規制は、石油業法一〇条に定める、石油精製業者に課される「石油製品生産計画」策定義務と通産大臣への提出義務(一項)及び通産大臣の「石油製品生産計画」変更勧告権を基礎とする行政指導であり、同法には一〇条違反に対する両罰規定を含む罰則規定が存在する。通産省によるガソリン生産量の規制は、石油業者間の公正を維持し、石油の安定的供給を図ることを目的とする強度の規範性を有したものである。これに違反して「生産計画指導量」を上回る生産を行い、あまつさえ、通産省からの規制を免れるためにAの工作を期待し、同人に対し多額の会社資金を供与するなどということは、取締役の任務を逸脱する違法な行為といわなければならない。
三菱石油がAに資金を提供したのは、通産省によるPQ規制を回避するためであったが、PQ規制は、平成元年三月末をもって廃止された。これによって、平成元年度からは、自由にガソリン生産を行うことが可能となった。従来の規制枠を超えて生産しても通産省からなんの規制を受けることもなくなったのである。したがって、Aに対して行ってきた資金提供の必要もまたなくなった。また、三菱石油はAに対し五億円の報酬支払を約し、その支払方法を毎月二〇〇〇万円ずつの分割払いとしたのであるから、その支払が完了した平成元年暮れ頃の時点において、Aに対する資金提供を打ち切るべきであった。しかし、三菱石油は、通産省のガソリン生産量の規制が平成元年三月に撤廃された後もAに対する資金提供を続けてきた。これは、生産枠の拡大とは一切関係のない目的なき資金提供であって、会社資金の膨大な浪費以外のなにものでもない。それでも三菱石油がAに対する資金提供を継続してきたのは、Aに対する資金提供を停止することによって、三菱石油の従前のAに対する資金提供が世間に露見することを恐れたからであって、何らの合理性も見いだし得ない。
平成三年度下期頃、Aは三菱石油に対し、報酬額を一か月一億円宛に増額することを申し入れ、三菱石油は平成四年四月から、Aに対し毎月約一億円宛を支払い、平成五年三月までの間に合計一二億円を支払った。平成五年五月、三菱石油は、業者間転売取引による支払窓口をBからCに変更した上、半年毎の口銭前払取引とすることにし、Aに対し、同月に五億円、同年一〇月に八億円、平成六年四月に七億円を提供した。三菱石油はAに対し、報酬を月額一億円に増額して以降、合計三二億円を支払ったことになる。三菱石油は、Aに対する資金提供を増額したのは、当時Aに対する報酬支払にかかわる業務を担当していたOがAに騙された結果であると説明している。すなわち、AがOに対し、報酬額を一億円に引き上げることを要求する際に、三菱石油上層部にはAから報告しておくと述べ、Oはこれを信じて上司の確認を経ることなく増額支払に応じたというのである。しかし、Aに対する資金供与を従来の五倍、月額一億円にも引き上げる件につき、取締役でもないOが、被告Y1、被告Y2らに何の確認も報告もせずに独断で行ったとは、とうてい信じ難い。
Aに対する報酬支払は、平成六年一〇月から月額二〇〇〇万円に引き下げられている。三菱石油のAに対する資金供与は、会社内部において限られた範囲でしか知られていなかったが、平成六年五月頃、三菱石油の経理部門においてAに対する資金供与が発覚し、問題とされた。当時の常務取締役であった被告Y4は、経理部門においてAに対する資金供与が問題とされたため、Aに対する報酬が増額されている状況を知り、被告Y2を通じ、事務担当者であったOに対し、報酬額を当初の月額二〇〇〇万円にまで減額するよう指示した。被告Y4らは、報酬減額をOに指示した際、Oに対し、Aに関することはすべて三菱石油の取締役会に報告するように指示した。
(2) サイト差取引による資金提供
Aは、三菱石油に対し、業者間転売取引による価格上乗せによる報酬の支払だけでは不十分であるとして、平成四年八月より、サイト差取引による資金提供を申し入れた。サイト差取引とは、業者間転売取引で順次石油製品の取引が行われる過程(商流)において売買代金の代金決済期限(サイト)の差を意図的に設けることによって、その間、代金相当額を手もとに滞留させて実質的に融資を受けることを目的とする取引である。三菱石油はこれを受け入れ、介在業者との間のサイト差によって生じる利益をAに供与することとした。サイト差取引は、平成四年五月頃以降、Aの口銭支払窓口であったBの三菱石油に対する不満が契機となって開始されたものであり、被告Y4のOに対する指示に基づくものであった。平成四年七月頃から、Bのために設定された商流にAが関与し、Aは、三菱石油の実質的な金利負担のもと、Bを窓口として、月額四億円、サイト差を九〇日とする取引により、三か月間の販売代金相当額の資金が滞留されることになり、約一二億円の金融利益を得た。Aに返済資金がなかったため、平成六年一二月頃までの間、このサイト差取引は継続して行われ、一二億円の資金がAのもとに滞留したままになっていた。
平成六年一〇月、Cを介した月額一億七〇〇〇万円、サイト差を九〇日とする取引により、Aに対しサイト差に相当する分の約五億一〇〇〇万円が実質的に融資された。このサイト差取引は、Aに対する報酬額を月額二〇〇〇万円まで減額したその穴埋めとして行われたものである。
平成六年暮れ頃、Bを介したサイト差取引につき、Bが約一二億円の未収金勘定の解消を求めたため、平成七年二月、Cを窓口とするサイト差取引を月額約四億円上乗せした五億九八〇〇万円がAに対し、実質的に融資され、その後、Cを介したサイト差取引によって平成七年三月から八月末にかけて、六回にわたり合計約三六億六一〇〇万円がAに対して実質的に融資され、Aはこのサイト取引によって受領した金額からBに一二億円を返済した。
Cとのサイト差取引のうち、平成七年五月から八月にかけて実質的に融資された四回分約二三億九〇〇〇万円については、AよりCに返済されず、三菱石油がAの債務につき保証債務を負担したとしてCから履行を求められた。三菱石油は、これらのサイト差取引に関連して、Aに対して実質的な金利を負担し、事業運転資金を提供し、介在業者に対してはAに支払うべき資金及び手数料を提供した。このサイト差取引は、継続して行われるため、提供金額のすべてがそのまま三菱石油の損害となるわけではなく、サイト差取引が終了した時点で、損害額が確定する。三菱石油は、上記各サイト差取引が終了した時点で、Aら取引仲介業者に対して資金提供をしたことにより、一八億円の損害を受けている。
2 所得隠しの税務申告の違法性
Aらに対する総額約六三億円の資金供与は、業者間転売取引による取引の価格の上乗せという形態で支払われ、あるいはサイト差取引を利用するものであった。三菱石油は、Aらに提供した上記資金を必要経費として税務申告した。しかし、東京国税局はこれを必要経費として認めることを拒否し、三菱石油が所得隠しを行ったものと認定した。その結果、東京国税局は、平成二年三月期分の約一億二〇〇〇万円につき重加算税を含め約六〇〇〇万円の追徴課税を課し、続いて、平成三年三月期から平成九年三月期までの七年分につき、三菱石油に対し重加算税を含め約二七億円の追徴課税を行った。三菱石油が支払った追徴課税は、合計約二七億六〇〇〇万円である。このような所得隠しの税務申告が違法であることは明白である。
3 被告の責任
被告取締役らの責任は、本件違法行為それ自体(実行行為)に加担したことに基づく責任と監視義務違反に基づく責任に大別される。
(1) 違法行為に加担したことに基づく責任
被告Y1は、三菱石油が通産省のガソリン生産量の規制枠(PQ枠)を超える増産を行った当時、すでに取締役の地位にあった。被告Y1は、三菱石油が通産省からクレーム又は規制を受けた場合に、Aにその対応方を要請し、その対価として月額約二〇〇〇万円の支払を行うことを決定してこれを実行し、それ以後の報酬の増額、サイト差取引による資金提供にも主導的にかかわった。
被告Y2は、取締役に就任する前より、Aに対する資金提供に関与し、平成二年六月に取締役に就任した後も同様の関与を継続した。したがって、被告Y2は取締役に就任後、実行行為者としての責任を負う。
被告Y4は、三菱石油のAに対する資金提供については、昭和六二年から認識し、それまでは販売量を規制していたのに、これが一転し、どんどん売っても構わないことになったこと、Aに対する資金提供が正当な取引の対価ではないこと及びその金額について認識していた。したがって、被告Y4は、PQ規制違反についての対策としてAに資金提供をしていることを知っていた。
被告Eは、被告Y1及び被告Y2が昭和六二年暮れにAに対する資金提供を開始した際、常務取締役の地位にあり、両名から資金提供の事実につき報告を受けている。したがって、被告Eも、PQ規制違反についての対策としてAに資金提供をしていることを知っていた。
三菱石油では、年間の販売計画・操業計画は、常務取締役以上が出席する経営会議で策定されていたが、PQ規制に違反して販売量を増大させ、一〇〇億円もの増収を図るということは、経営会議で決定された。その際、PQ規制違反への対処が論じられたことは当然であり、当時の経営会議のメンバー(三菱石油株式会社組織図のとおり)の被告が、Aに対する資金提供の事実を知っていたことは明らかである。PQ規制は昭和六三年度末で廃止されたので、昭和六二年、六三年度の経営会議メンバーに責任がある。
三菱石油では、担当常務、担当取締役のもとに、需給部が設けられており、需給部では部長のもとに、備蓄チーム、生産・需給計画チーム、需給取引チームが設けられ、需給部は、操業計画に基づく各種の生産量と販売量の差を調整し、製品の過不足を調整することを業務としていた。そして、経営会議で決定された年間の販売計画・操業計画に基づき、需給部生産・需給計画チームが関係部局との間で四半期及び月次の販売計画・操業計画を策定し、需給取引チームが、四半期及び月次の計画に現れる生産量と販売量の差に応じて需給取引を実行した。Aに対する資金供与の方法は、需給部の行う需給調整業務を通じて介在業者を介してAに資金が供与されるようにしたものであり、当時の需給部担当の取締役(三菱石油株式会社組織図のとおり)の被告も、Aに対する資金提供の事実を知っていたのであるから、責任を負う。
被告Y3は、昭和六三年六月、需給部長に就任した際、Aに対する資金提供の事実を知っていたのであるから、取締役に就任した後に責任が発生することは明らかである。
被告Y4は、Aに対する報酬を当初の二〇〇〇万円に減額することを指示した際、Oに対し、Aに関することはすべて三菱石油の取締役会に報告することを求め、Oはこれを実行している。これ以降、すなわち平成六年六月以降に取締役の地位にあった者は、Aに対する資金提供を知っていたのであるから、取締役就任中にAに支出された資金については、実行行為者としての責任を負う。
(2) 監視義務違反に基づく責任
ア 一般取締役の監視義務
三菱石油は、昭和六二年度からPQ枠を超えるガソリン増産に踏み切った。ガソリン増産それ自体は、この頃の取締役会の承認を得たものである。このことに関連し、一般取締役らは、被告Y1、被告Y2らの前記違法行為につき監視義務違反がある。
石油業を業務とする三菱石油の取締役たるものは、当時ガソリン生産量につき通産省のPQ枠が存在し、これを超えて生産したことが発覚した場合、同省より厳しい制裁的措置があり得ることは熟知していたはずであるし、少なくともそのことを熟知しているべき義務があった。したがって、PQ枠を超える増産が議題となった取締役会において、すべての取締役には、①これによって通産省の制裁的措置があり得るのではないか、②それを回避するための方策はあるのか、などを質すべき義務があった。実際には、被告Y1らがPQ枠超過の増産に踏み切るにあたって、Aより「通産省の方は自分が何とかする」との助言を得て、それに信頼をおいていたのであるから、このような質問があれば、その事情は取締役会に報告されたはずである。しかし石油ブローカーにすぎないAのような人間にそのようなことを依頼すれば、何らかの見返り(報酬、リベートなど)を要求されるであろうことは、社会通念に属することであるから、③そのような要求があった場合、どのように対応するつもりか、を質すべき義務があったことも明らかである。以上の質問をし、それに対し被告Y1らがAの介入を説明し、かつ、相応の見返りを行う旨を答弁したのなら、Aに対し違法かつ根拠のない見返りを容認した取締役全員が、取締役としての監視義務に違反したものというべきである。そのような質問をせず、結果として被告Y1らの違法行為を放任したとすれば、これまた監視義務違反行為に該当する。
実際にAに対し一か月二〇〇〇万円宛の報酬が支払われるに至ったのは昭和六二年一二月からであった。仮に増産を決定した取締役会では何らの質問もしなかったとしても、PQ枠超過の増産を行っていること、それが発覚すれば通産省からどのような制裁的措置があるか分からない緊張状態にあることなどを熟知しているべき取締役全員は、その回避策等を質問し、Aの介入を探り出す義務と機会があった。その義務を果たしていれば、Aに対する報酬支払の事実を確認できたはずであり、それに対して、このような違法な報酬支払を中止するよう求める義務が全取締役に課されていたのである。
以上の監視義務を十分に果たしていれば、Aに対し昭和六二年一二月以降、一か月二〇〇〇万円宛の支払が継続していたことを知るべき立場にあった全取締役は、平成元年三月(昭和六三年度)末をもってPQ枠自体が廃止となったこと、及びPQ枠廃止前にPQ枠を越えた増産を行っていたことは公知の事実であるから、同年四月以降の支払を中止すべきことを求める義務があった。仮に、被告Y1らから、Aに対し五億円の報酬支払を約束している旨の説明があったとしても、その履行が終了する平成二年一二月分より後の支払中止を求めるべき義務があった。
前記のとおり、PQ枠超過の増産を契機にAに対する報酬支払の事実を知り得べき立場にあった全取締役は、少なくとも適時その支払状況につき質問し、調査を求めるなど厳重な監視を行うべき義務があったものというべく、平成四年四月からAへの報酬支払額が一か月一億円に増額されていたのを看過したのは、明らかに監視義務違反である。この監視義務を果たして、一億円増額の事実を把握していれば、ただちに増額そのものを中止させ、一か月二〇〇〇万円に戻すのではなく、これを契機にAに対する違法な報酬支払そのものを中止させるべきであった。さらに、その後の支払額を一か月二〇〇〇万円に戻したとしても、Aの執拗な要求を考慮すれば、別の形式でそれ以上の金員の支払が継続させられるおそれも多かったのであるから、質問、調査要求などによりそのような事態の発生を防止すべき義務が全取締役に存在した。これを怠り、サイト差取引などにより実質的な資金提供を実現させたこともまた、監視義務違反というべきである。
イ 特別の権限を持った取締役らの監視責任
代表権を持った取締役及び需給部、経理財務、監査室指揮各担当の取締役らは、一般の取締役と同様の前記監視義務を負う上に、被告Y1、被告Y2、被告Y4らの前記違法行為につき、特別の監視義務を負う。
三菱石油では、会長、副会長、社長及び副社長が代表権をもっていた。これら代表権を持った取締役らは、三菱石油の最高執行権者として、三菱石油の経営に最大の責任を負っていた。これらの取締役は、単に各取締役に質問して答弁を求めるだけではなく、取締役会の主催者として議案を提案し、関係担当取締役や取締役でない従業員に対し、質問して答弁を求め、調査を命じてその報告を求める等の絶大な権限を持っていたのである。
したがって、三菱石油がPQ枠を超過する増産を決定した当時の代表権を持った取締役らは、それが発覚すれば通産省の制裁措置があり得ることを熟知していたのだから、その回避策がどのように用意されているのかを担当取締役や担当従業員に問いただすべき義務があった。この義務を果たしていれば、Aの介在を直ちに把握できたはずであるし、その場合Aからの何らかの見返り要求のあり得ることは社会通念上明らかなので、これについても問いただし、実情を把握した上で、そのような違法行為を中止させる義務を負っていた。これらの義務を果たさず、漫然とAに対する報酬支払を開始・継続させたことは監視義務に違反することは明らかである。
PQ枠が廃止された時点における代表権を持った取締役らは、過去に三菱石油がPQ枠超過の生産を行ってきたことを知っているのであるから、その間どのような回避策を採ってきたかを調査させ、その実情を把握すべき義務があった。この義務を果たせば、Aに対する報酬支払の実情を把握し得たので、少なくとも当初約束の五億円支払後の支払を中止させるべき義務があった。これらの義務を怠り、漫然とAに対する理由のない報酬の支払を継続させたことは、監視義務に違反する。
仮にAに対する支払を継続させたとしても、代表権を持った取締役らは、常時その実情を監視し、それに必要な報告・調査を命じる権限を有し、義務を負っていたのである。その権限を行使して一か月一億円への報酬増額を早い機会に把握した上で、少なくとも増額を中止させ、既払分の返還を求めさせ、さらにAに対する報酬支払そのものを中止させるなどの措置をとるべき義務があった。これを怠ったことも監視義務違反に該当する。
報酬額を一か月一億円から二〇〇〇万円に減額させたとしても、Aの執拗さからみて、別異の方策で資金の導入を図る可能性も大きかったのであるから、そのような方策を禁じる措置を講ずる義務があった。これを怠り、サイト差取引によってAに対し実質的に資金を提供させたことは監視義務に違反する。
需給部担当の取締役らは、需給部の適正な運営を統括すべき義務がある。
三菱石油が一定の時期、PQ枠を超えたガソリン生産をしていたことは会社内部では知られていたことであったから、需給部担当取締役らとしても、通産省による制裁措置の回避策を知るべき義務があり、この義務を果たしていれば容易にAの介在を知りえたし、また、Aの報酬要求の事実も知りえたところである。その場合、Aに対する報酬支払が業者間取引を利用する手法も十分に予測できるところであったから、部下に命じてその実情を調査させる義務があった。いかに業者間取引数が大量であっても、Aに焦点を絞って調査すれば、その実情を把握するのに特別な困難が存在したわけではない。仮に、当初、Aに対する報酬支払を容認したとしても、PQ枠が廃止されたことは業界で公知のことであったから、それ以降の支払、少なくとも五億円の支払を完了した以降の支払を停止すべく代表取締役らに進言すべき義務があった。Aに対する報酬が一か月一億円に引き上げられた期間は、いかに多数の業者間取引の中に混在させようと、その不自然さは顕れざるを得ないのであって、これを発見する条件は充分にあった。さらにAの要求の執拗さは容易に予測できるところであったから、別異の手法、具体的にはサイト差取引による実質的な資金提供がありうることを予測し、これを事前に阻止すべき義務があった。サイト差取引そのものは、業者間取引の手法と異なり、各取引を追っていけば容易に発見しうるものであって、提供資金の適正を図るべき需給部担当取締役らは常時これらを監視し、その是正を図るべき義務があった。以上の義務を果たさず、Aに対する巨額の報酬支払ないし資金提供を漫然と看過した需給部担当取締役らの監視義務違反は重大である。
経理・財務部門担当取締役ら(三菱石油株式会社組織図のとおり。昭和六三年に経理・財務・計数管理部門から改編・改称)は三菱石油の経理財務全般につきその適正な運用を図るべき責務を負い、また、監査室指揮担当取締役ら(三菱石油株式会社組織図のとおり。監査室は、内部監査全般に係る事項、外部会計監査に係る事項等を担当する部局)は財務会計に限らず三菱石油の経営全般にわたってその適正な運用につき監査する責務を負っている。これらの取締役らは、経理財務部門又は監査室の従業員らを指揮して、三菱石油の全部門にわたり報告を求め、自ら調査する権限を有している。
三菱石油がPQ枠超過の増産に踏み切り、通産省による制裁措置も予測される状況のもとで、当時の監査室指揮担当取締役は、増産計画そのものの適正、その回避策の有無・内容等につき監査すべき義務があり、経理財務部門担当取締役はその回避策をめぐって不正な支出がないかどうかを調査する義務があった。これらの義務を果たしていれば、Aの介在及び同人に対する報酬支払の事実を容易に発見し得たはずであり、また、これを是正するための適切な措置をとるべき義務があった。PQ枠が廃止された時点で、Aに対する報酬支払を中止するか、少なくとも当初の約束の五億円を完済した時点でこれを中止させるべく適切な措置をとるべき義務があった。適正厳格な会計監査又は経営監査を行っていれば、業者間取引における一か月一億円の提供は不自然なものであったから、これを発見することは容易であり(現に需給部員が発見している)、一億円への増額を中止させるのみならずAに対する報酬支払自体を中止させるための適切な措置をとるべき義務があった。また、Aに要求の執拗さは明白であったから、他の手法、具体的にはサイト差取引による実質上の資金提供がありうることを予測して、十分な調査を行い、これを阻止する適切な措置をとるべき義務があった。サイト差取引自体は発見が困難ではなかったので、これを発見し、これを中止させる必要な措置をとるべきであった。
したがって、適正厳格な会計監査又は経営監査を行っていれば、業者間取引における一か月金一億円の提供は不自然なものであったからこれを発見することは容易であったのだから、金一億円への増額を中止するのみならず、Aに対する報酬支払自体を中止するため適切な措置をとるべき義務があった。以上の義務を怠り、Aに対する巨額の報酬支払及び資金提供を看過した経理財務部門担当取締役及び監査室指揮担当取締役には、監視義務違反があった。
(3) 追徴課税についての責任
Aと違法かつ不当な取引を始め被告E、被告Y1、被告Y2及びAとの取引に関与してきた需給部担当取締役が責任を負うことは明らかである。
平成二年三月期から平成九年三月期までの八年間に税務申告すべき期間に経理財務部門担当取締役の地位にあった被告取締役及び同期間に監査室を指揮する任にあった被告取締役(三菱石油株式会社組織図のとおり)は、その任務からして、前記のような違法な税務申告につき重大な責任を負うべきことはいうまでもない。
また、この間のその他の被告取締役は、被告E、被告Y1、被告Y2、需給部担当取締役、経理財務部門担当取締役及び監査室指揮担当取締役に対する監視義務違反の責任を免れることはできない。
第3 被告の主張
1 被告Eの主張
行政指導は諸般の事情に基づいて担当行政当局がその行政目的に基づいて行うものであり、その規範性は法令等とは全く異なるものであり、また、その内容が正当かつ妥当であるとは一概に断定できないものである。したがって、行政指導に違反したという一言をもって、かかる行為が違法であるとすることは失当である。
仮にAに対する資金供与が違法であったとしても、被告Eは、Aに対する資金供与の決定、実行等に一切関与していない。また、被告Eは、これらについて何らの報告も受けておらず、経営会議や取締役会などの会議でこの件が議題として持ち出されたことはなく、また他に知り得る機会もなかったのであって、監視義務違反の事実は認められない。
2 被告Y1、被告Y4、被告Y2及び被告Y3の主張
(1) 経営判断の経緯
三菱石油をはじめとする石油精製販売会社は、ガソリン、重油等の石油類を扱っているが、この中で確実に利益が出るものはガソリンだけであった。ところが、ガソリンは通産省が石油供給計画に基づき、石油精製会社に対して、その生産量を割り当てるという行政指導を行っており、石油精製会社は事実上定められた量以上のガソリンを生産することは不可能であった。そのような中で、特に三菱石油の場合は販売量に比較して割り当てられた生産量が少なく、常に販売すべきガソリンが不足し、その不足分を市場から調達していた。しかし、業転市場から調達するガソリンは価格より調達することが最優先することから、常に高値で買い取ることを余儀なくされていた。昭和五〇年代三菱石油の業績は非常に厳しく、特に、昭和五九年三月期は四九億五〇〇〇万円、六〇年三月期は九二億六〇〇〇万円の当期損失を計上したことから、昭和六〇年度から三年間で一八〇億円の損益改善を目指す「アクションワン運動」を掲げ、収益改善運動を展開することとなった。
被告Y2は昭和六二年六月三菱石油の需給部長に就任した。需給部というのは石油製品の需給計画を建て、各部署に指示することがその主たる業務であるが、PQ規制が存在する中で常時販売に必要なガソリンが不足していた三菱石油では、需給部長の仕事というのはガソリンの生産枠を増やすために通産省に陳情するというのが唯一の仕事といっても過言でないような状況であった。しかしながら、ガソリンが唯一利益を上げられる商品であることはどの石油精製業者も同じであり、ガソリンの生産枠を増やしたいと考えるのも三菱石油だけではなく同業他社も同じであって、何度陳情を行っても三菱石油のガソリン生産枠を増やすという通産省からの回答は得られなかった。そのような中で、Oから「PQ違反をしても大丈夫だとAが言っている」という話が出た。
被告Y2は、通産省内でAを見かけたり、通産省の担当者からAの名前が出たりしている中でのこの発言から、Aの大丈夫だという話は確かな情報に基づくものではないかと考えるようになり、当時の上司であった被告Y1に報告した。被告Y1は、被告Y2のPQ規制に違反してガソリンを増産したいという申出を受け、それまでにも通産省のPQ規制政策に疑問を持っていたことや、ガソリンの生産規制が三菱石油の経営を圧迫していたことから、被告Y2と協議の上、ガソリンを増産することを決定した。
原告は、ガソリン生産量の規制は、石油業者間の公正を維持する目的のもとに強度の規範性を有していたと主張するが、これは誤りである。ガソリン生産量の規制は、石油業者間の公正の名の下に、通産省が石油業者の自由な競争を制限していたにすぎない。しかも、そのため、業者間転売によりガソリンは高値で取引され、そのため一般消費者はガソリンを高値で買わざるを得なかったのであり、ガソリン生産量の規制は不当な規制であって、規範性など認められない。
(2) PQ規制違反に関する経営判断について
被告Y1及び被告Y2は昭和六二年度下期からPQ規制に反してガソリン増産を決めたが、通産省が定めた三菱石油の生産枠は半期一三六万キロリットルであり、これに対し、生産量は昭和六二年度下期が一四七万キロリットル、昭和六三年度上期が一五一万キロリットル、昭和六三年度下期が一五八万キロリットルであって、合計超過生産量は四八万キロリットルであった。そして、この当時の業者間転売により取得するガソリンの買値は一キロリットル当たり四万三〇〇〇円から五万一〇〇〇円、平均四万六〇〇〇円であり、これに対し、ガソリン増産によるコスト、つまりガソリンの生産コストは一キロリットル当たり一万五〇〇〇円から一万九〇〇〇円、平均一万八〇〇〇円であって、この増産により三菱石油は市場でガソリンを調達する場合と比較して概算一三〇〜一四〇億円のコスト削減が可能となった。その結果、三菱石油はPQ違反によるガソリン増産後の昭和六三年三月期には一三二億円(為替差益を除く利益は一〇二億円)、平成元年三月期には一七三億円の経常利益を計上することができた。なお、PQ違反によるガソリン増産前の昭和六二年三月期決算で三菱石油は約一二三億円の経常利益を上げているが、このうち約七一億円は為替差益である。
PQ規制に違反することは単なる行政指導違反ではあるが、この違反が発覚すると、通産省から種々のペナルティが課せられると言われていた。もちろん、実際にPQ違反が発覚したケースはなく、発覚した場合のペナルティがどのようなものであるかは推測であるが、当時言われていたペナルティとは、増産したガソリンの量の何倍かの原油の精製停止を命じられるというものであった。
そのような状況下で、被告Y1、被告Y2がPQ規制に違反してガソリンの増産を決定したのは、Aのガソリンの増産をしても通産省からはペナルティは課せられないという発言であった。しかも、その発言はAの発言の中に出てくる通産省の担当者名その他から、単なる推測ではなく、確実な情報に基づくものであり、間違いはないと思われたからである。そして、PQ規制に反してガソリンを増産することを開始した後、AからPQ違反の報酬として一〇億円の請求がOを通じて被告Y1になされた。これに対し、被告Y1は、ガソリンの増産で一〇〇億円以上のコスト削減が可能となると判断していたが、他方万一PQ違反が発覚した場合のリスクを考えると、Aの通産省に対する情報収集能力に頼るしかなく、相応の報酬の支払はやむを得ないと考えるようになった。そして、被告Y1は、ガソリン増産によるコスト削減が一〇〇億円以上になると考えられたことから、総額五億円の報酬支払を決定し、需給取引の中で月額二〇〇〇万円をめどに支払うこととして、被告Y2に報酬支払を指示し、被告Y2はさらにOに指示をし、Aに対する報酬支払が実行された。
PQ規制違反は三菱石油のためであり、Aに対する報酬支払も三菱石油のために行ったものである。
PQ規制違反は通産省の行政指導違反ではあるが、通産省の行政指導は三菱石油のガソリンの生産量を販売量に比較して低く抑えるものであり、それが三菱石油の経営を圧迫する要因の一つであった。特に、当時、石油精製会社においては、確実に利益を上げられるものはガソリンだけであり、三菱石油の損益を改善させるためにはガソリンを増産させるしか方法はなかったのであり、被告Y1はあくまでも三菱石油の業績を向上させるためにPQ規制違反の決定をしたのである。そして、PQ規制違反をした場合の通産省からのペナルティを考えると、今後通産省から種々の情報を得てペナルティを回避するために、Aに対する報酬支払も三菱石油のために必要であったのである。
五億円の報酬は、ガソリン増産によるコスト削減額から著しく不合理ではない。
PQ規制違反によるガソリン増産は、PQ規制違反開始当初の試算で平成元年三月末までで約四〇万キロリットルと考えられた。そして、この増産量に基づく三菱石油のコスト削減が概算で一〇〇億円以上になることから、Aに対する支払報酬額を五億円と決定した。五億円は決して少ない金額ではないが、Aのアドバイスがなければガソリン増産とそれに伴うコスト削減はありえなかったのであり、一〇〇億円以上のコスト削減からすれば、報酬はその五パーセント以下の金額であり、通常の商取引の中の仲介料と比較しても必ずしも不合理ではない金額である。そして、三菱石油はPQ規制違反によるガソリン増産により実際に約一四〇億円のコスト削減ができ、また、ガソリン増産によりガソリン販売量も増え、その後のシェア拡大にも貢献したのであって、結果的にもPQ規制違反による報酬五億円は何ら不合理ではなかった。
(3) その後の報酬支払継続に関する経営判断について
Aに対する五億円の報酬は平成二年秋に支払が完了することとなったが、Aは三菱石油の業務に関して有益な情報をもたらすことから、五億円の報酬支払後も毎月二〇〇〇万円を目途としてAに報酬を支払うことを決定した。これは、Aのコンサルタントとしての報酬である。三菱石油をはじめとする石油精製会社は通産省からPQ規制廃止後も、たとえば石油精製設備の増強に関する規制、ガソリンスタンドの建設規制、原油処理枠規制等種々の規制を受けており、PQ規制廃止後も通産省の規制は残されており、石油会社にとって通産省対応は継続して重要な課題の一つであって、これらは特定石油製品輸入暫定措置法が廃止される平成八年三月まで続いたのである。したがって、三菱石油としては通産省から種々の情報をいち早く得る必要があった。そして、Aは通産省や石油業界に知り合いが多く、特に通産省からの有益な情報をもたらすコンサルタントとして有益なことから、報酬支払を継続することを決定したのである。この決定をしたのは、当時副社長であった被告Y1である。
五億円の報酬支払後の毎月二〇〇〇万円の支払も三菱石油のために行ったものであり、金額も不合理ではない。
Aは、PQ規制違反によるガソリン増産のアドバイスだけでなく、三菱石油のためにいろいろな活動をした。それは直接金額には換算できないが、三菱石油の将来の経営に対して利益をもたらすことが見込まれた。そして、実際、Aはその後三菱石油のベトナム油田開発や沖縄の石油備蓄タンク借り上げ、仙台防波堤工事の予算獲得等において、三菱石油のために貢献をしている。したがって、Aに対する報酬支払の継続は三菱石油の利益となっており、何ら違法な支出ではないし、月額二〇〇〇万円という金額も不合理な金額ではない。
(4) 月額二〇〇〇万円を超える報酬支払及びサイト差取引について
Aに対する報酬の増額、サイト差取引による資金提供は、いずれもOがAに騙されて支払ったものであり、被告Y1は一切増額決定はしていないし、被告Y1及び被告Y2は、Oに指示もしていない。月額二〇〇〇万円を超える支払は、被告Y1及び被告Y2の指示を無視してOが勝手に支払ったものである。
被告Y1及び被告Y2がはこの増額支払等を知ることは不可能であったのであり、Aへの報酬支払のうち増額部分については何ら責任はない。
(5) 被告Y4の責任について
PQ規制に関する事項は需給部の所管事項であって、需給部の担当取締役の責任において処理されることであり、平成元年六月に取締役に就任した被告Y4は、販売部門の担当取締役であってPQ規制に関連したAに対する報酬支払の事実について報告を受けるべき立場にはなく、知らない。したがって、報酬支払について責任はない。
被告Y4がAに対する報酬支払について知ったのはOが需給部から販売部に移った平成三年頃であるが、報酬は月額二〇〇〇万円を限度とするものであると聞いており、しかも担当役員において適切に管理されているものと考えており、報酬増額などは全く知らないし、また、報酬がどのような仕組みで支払われていたかなども一切聞いておらず、報酬増額の事実を知ることなど不可能であったから、責任はない。
(6) 被告Y3の責任について
被告Y3は、昭和六三年六月需給部長に就任し、被告Y2との間で需給業務全般の引継をしているが、Aの関係では、需給取引がなされていることが引継の対象となったに過ぎず、Aに対する報酬の支払については引継の対象とはなっていない。したがって、被告Y3はAに対して報酬が支払われていることなど全く知らなかった。Aへの支払はPQ違反に関連して表面化できない問題であったから、Oが社内でも容易には分からないように操作をしており、需給部長、需給担当役員への通常の職制ルートでの報告は一切なく、したがって、被告Y3としては月額二〇〇〇万円の支払すら知りえなかったのであり、被告Y3にはその責任はない。平成六年五月頃、需給部で問題となったのはAに対する報酬が多すぎるということではない。このとき需給部で問題となったのはAへの報酬の金額ではない。Oからの需給部への高値買取件数、数量の指示内容が問題となったのである。
(7) 追徴金に関する主張に対する反論
追徴課税の根拠となったものは、三菱石油によるAに対する業者間転売取引による資金提供とサイト差取引を利用して支出された資金であるが、追徴課税は、これらの資金提供について、課税対象となる交際費に当たると認定したものである。しかし、被告らにはこの追徴税額について責任はなく、また追徴税額について三菱石油には損害もない。なぜなら、Aへの資金提供についての追徴課税は、Aに支払われた資金が交際費として課税対象となったものであるが、仮にAへの資金提供がなければ三菱石油の所得として課税対象とならざるを得なかったものである。つまり、三菱石油にとっては本来の所得として課税されるか、交際費として課税されるかは別としても、もともと課税そのものは不可避であり、課税処分により税金を支払ったことについて何ら損害はなく、被告らが取締役として賠償責任を問われる理由はない。
なお、Aへの資金提供のうち月額二〇〇〇万円に関しては、その支払に関与した被告Y1及び被告Y2は、Aの三菱石油に対する種々の貢献に対する正当な報酬として支払っており、交際費として三菱石油に課税されるべきものではない。税務署は交際費として課税処分を行ったが、月額二〇〇〇万円については正当な報酬として支払った以上、課税処分につき被告らが取締役として賠償責任を問われる理由はない。
3 他の被告の主張
原告は、経営会議でPQ規制違反に対する対処が論じられたと主張するが、そのような事実はない。経営会議で会社全体の販売計画が審議されることはあるが、上程された計画がPQ規制に違反しているなどと説明されたことは過去に一度もない。
取締役会でガソリンの増産を決議したことはない。また、平成六年六月以降に、Aに関する事項が取締役会に報告されたこともない。Oが取締役会でAのことを報告したことは一度もない。
原告は、PQ枠超過の増産を決議した当時及びPQ枠廃止当時の代表取締役について監視義務違反があると主張する。しかし、代表権があるというだけでは、Aへの支払を知りうる根拠とは全くならない。
需給部担当の取締役もAに対する支払は全く知らなかったし、またそのような支払がなされていることを知り得るはずもなかったから、何ら注意義務違反はない。
原告は、経理部門及び監査室担当の取締役について監視義務違反があるとする。しかし、経理部門では、本件のAへの支出は発見できない。本件のAへの支払は、三菱石油が直接支払ったものではなく、他社が支払ったもののようであるが、経理部門では各担当部門からの支払指示の内容(金額、支払先等)と支払先から来た請求書等のそれとを突き合わせて確認するだけが業務であり、その取引の内容の相当性についてチェックはしない。したがって、経理部員ですらAへの支払がなされていることなど知りえないし、ましてやその監督をする経理部門担当の役員が知り得るはずがない。
また、監査室についても、通常の監査手続を行っているのであって、本件のような三菱石油が直接支払をするのではなく、密行して行われ、膨大な石油取引の中に自然に混入されているような場合には、これを発見することなどできない。
したがって、経理部門及び監査室担当の取締役にも監視義務違反はない。
第4 裁判所の認定した事実
証拠(甲1〜30、乙イ1〜8、乙ハ1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 PQ違反の実行によるガソリン生産
Aは、大阪で十数軒のガソリンスタンドを有する会社を経営して石油元売各社の担当者らと親しく付き合っていたことから、昭和五二年にA石油商会と称して以前の交際による人脈を利用して石油製品の業者間転売取引(業転取引)の斡旋をすることによって仲介口銭を得るようになり、被告Y1が三菱石油の需給部長として業転等の需給調整取引を取り扱うこととなった昭和五四年頃から三菱石油と他の業者との間の業転取引を斡旋して、その取引に介在するBを通じて仲介口銭を得ていた。Aはこのような取引を続けるうちに三菱石油や他の石油元売会社に出入りして各社の役員等と面識を持つようになり、また、官僚や政治家とも広く交際し、これによって得た様々な情報を三菱石油に提供するなどして、三菱石油の役員らとは容易に面会できる関係にあった。
石油元売会社は、昭和六二年当時、通産省の行政指導により、各社ごとにガソリンの生産量の枠(PQ)を定められていたところ、三菱石油の生産量枠はその販売量よりも少なく販売実績を維持するためには自社の生産するもの以外に市場から割高なガソリンを調達しなければならない状態にあり、三菱石油は、そのために年間約一〇〇億円もの余分な調達コストを負担するという不利益を受け、不満を抱いていた。Aは、三菱石油の不満を知り、通産省や業界の関係者に探りを入れた結果、通産省は各社が生産量枠を守っているか否かを確認することはなく、これに違反してもそれが発覚するおそれはないと考え、当時三菱石油の需給部長であった被告Y2に対し「PQ違反をしてガソリンを生産しても問題ない。通産省で調べたが、PQ違反をしているかどうかは、内部や他の業者からの告発がない限りわからない。万一PQ違反が発覚してもなんとかしてやる。」旨助言し、約束したことなどから、被告Y2は、需給部の責任者であった常務取締役の被告Y1に相談して、被告Y1の承認の下で、生産量枠を超えてガソリンを生産することを決定し、PQ違反の実行を関係部局に指示した。これにより、昭和六二年度下期には約一〇万kl、昭和六三年度には約三〇万klをPQ枠を超過して生産し、PQ規制の行政指導がなくなった昭和六三年度末までに合計一〇〇億円余りの調達コストの負担を免れるなどの利益を得た。
2 Aに対する報酬支払の開始
Aは、PQ違反の実行後の昭和六二年一二月頃、生産量枠に関する貢献などの見返りとして報酬を要求した。「常務取締役の被告Y1は、PQ違反が公になった場合、通産省からいかなる不利益な処分を受けるか予想できなかったため、PQ違反の露見を恐れ、また、相応の成果も挙がったことから、販売部長の被告Y4及び需給部長の被告Y2と相談した上で、Aに対して、月額約二〇〇〇万円ずつ合計約五億円の報酬を支払うことを決定した。この決定につき正式の稟議は経ていない。報酬の支払方法は、PQ違反に関するものであったことから表に出すことができなかったため、需給取引を通じて行うこととされ、常務の被告Y1が需給部長の被告Y2に委ね、被告Y2は報酬の支払のための需給取引の実施を需給部主査であったOに委ねた。Oは、Aが、一般の業転取引を斡旋した際の仲介口銭と同様、Bを介して報酬を得ることを要望したことから、Aに指定されたBが通常の仕入価格で仕入れた石油製品を三菱石油が通常より高い価格で買い取る需給調整取引を設定してBを当該商流中に介在させ、Bに通常以上の売買差益を発生させ、Bがその中から業転取引における仲介口銭名目でAに報酬を支払うことにした。
Aは、昭和六三年度末にPQ規制が廃止され、当初の五億円の範囲を超えた後も継続して報酬を支払うように要求した。Aの要求を受けて、常務取締役の被告Y1は、被告Y2及び被告Y4(平成元年六月に取締役に就任)の意見を聞いた上で、Aの生産量枠に関する貢献等に対する見返りの趣旨ならびにその後も同様に情報提供を受けあるいはAの交友関係を利用して利益を得ることを期待して、Aに対する報酬支払の継続を決定した。報酬支払継続の決定についても、正式の稟議は経ていないが、被告Y1は、代表取締役社長の被告Eに報告した。
PQ違反を表面化できなかったことから、Aに対する報酬の支払は、社内的に特命事項とされ、被告Y2(需給部長)とO(需給部主査)が報酬の支払に関与し、被告Y2は、随時、被告Y1と被告Y4に報告ないし相談をしていた。被告Y2は昭和六三年六月に需給部長から企画1部長に異動した際、後任の需給部長の被告Y3に、Aに対する報酬支払をOに任せているので引き続きOによる需給取引を認めるよう指示し、更に、平成三年四月にOが需給部から異動した後についても、被告Y2(平成二年六月に取締役に就任)は、被告Y4と相談の上、引き続きOに対してAに対する報酬支払のための需給取引を行うよう指示するとともに、Oの取引を認めるように後任の需給部長、需給部主査に順次引き継がせた。Aに対する報酬支払状況の報告については、被告Y2が需給部長であった昭和六三年六月まではOから毎月細かく報告されていたが、被告Y2が需給部を離れてからはOからの報告は数か月毎になり、Oが需給部を離れた後は、平成三年上期分についてP(需給部主査)が被告Y2に報告したほかは、Oからも需給部担当者からも被告Y2に対する報告がされなくなった。
Aは、Bやノンバンクなどから多額の借入れをして株式やゴルフ会員権などを購入していたため、平成二年頃からのバブル経済の崩壊による資産価格の下落により多額の損失を被り、平成三年一二月末の時点の借入金残高は、だいぎんファイナンス二五億六九四三万円、B一〇億一六六七万円をはじめとして合計二六の借入先に対し総借入金残高約六三億五五九四万円にも上るなど、利息の支払も困難なほど資金繰りに窮するようになっていた。そこで、Aは、Oに対して、報酬を年間一〇億円程度に増額するように要請した。Oは、上司に相談・報告等をすることなく独断でAの要請を承認し、平成四年一月から対象となる石油製品を拡大するなどして需給取引を利用して支払う報酬額を増額した。
3 サイト差取引によるAへの金融利益の供与の開始
Bは、Aの仲介で三菱石油から土地を購入し、これを担保に三菱石油と直接販売取引契約を締結していたところ、平成四年五月頃、この土地が値下がりしたことから、Aを通じて被告Y4に不満を述べるとともに支援を求めた。当時販売担当取締役であった被告Y4は、これに応じてBを支援することとし、取引上無理のない範囲で配慮するようにOに指示し、Oは、サイト差取引により、Bに対して金融利益を与えることとした。すなわち、「R→B→S(三菱石油の子会社)→R→三菱石油」という石油製品の商流において、SからBへの支払サイトを三〇日、BからRへの支払サイトを六〇日とし、三菱石油の負担で、Bの下に、三〇日間、販売代金相当の資金を滞留させることとした。その当時、Aは、Bに一〇億円を超える借入金残高を抱え、需給取引を利用した口銭名目の報酬は平成四年一月から増額されたもののBを通じてAに支払われる際に借入金や支払利息を相殺され資金繰りが改善しない状況にあった。そこで、Bのサイト差取引を知ったAは、これを利用して金融利益を得ようと考え、平成四年七月頃、O及びBに対し、この商流にUを加え、サイト差を九〇日へと変更することを要請した。このAの要請により平成四年八月頃から商流が変更された。設定されたサイト差取引の商流とその決済サイトは、「三菱石油→(三〇日)→R→(三〇日)→T→(三〇日)→U→(一二〇日)→C→(一二〇日)→B→(三〇日)→S→(三〇日)→R」というものであり、更にBを起点として「B→(一二〇日)→V(Bの子会社)→(一二〇日)→W→(三〇日)→B」という副流を設定し、その取引金額を月額約四億円として、実質的にAが経営する会社であるWに取引代金三か月分の約一二億円の資金を滞留させた上、AのBに対する債務をWからの借り入れによって返済していった。これにより、Bに対するAの借入金債務がWのVに対する代金債務に振り替わり、継続的取引が続く限りにおいては支払資金に困らないという意味でAはサイト差取引によって新たな金融利益を得た。しかし、実態は、AがBから金融を受けていることに変わりはなかった。なお、Cがこの商流に参加したのは、UがBに対して与信枠を持っていなかったことから、Bから両者の間に入るように要請されたからであった。また、サイト差に伴う金利相当分は、購入する石油製品の価格を上げる形で三菱石油が実質的に負担した。Oは、サイト差取引を利用したAへの金融利益の供与を開始するに当たって、上司に相談・報告をしていない。
4 C経由でのAへの報酬支払の開始
平成五年三月頃、AとO及びC石油部副部長のXとが協議して、CがBに代わってAに対する仲介口銭名目の報酬支払の窓口となり、Cがほぼ半期ごとにAに報酬相当額をまとめて前払いし、その後三菱石油が石油製品をCから通常より高値で買い入れることにより通常の仲介口銭を超える売買差益を与えて補填することを合意し、O(当時の三菱石油東京支店次長)は、三菱石油東京支店次長名義で、Cに対し、平成五年度上期の前払口銭取引につき、CがAに五億円を支払い、三菱石油がこの報酬額にCの手数料を加えた五億八八二〇万円を売買益の形で填補することを保証する旨の覚書を差し入れ、平成五年五月三一日にCはAに対し約五億円を支払った。これに伴い、Bを通じた報酬支払は平成五年六月までで終了した。平成五年下期についても、OとXとの合意で、同様に前払口銭取引により、Aに対し報酬支払をすることとされ、Oが三菱石油東京支店次長の名義で、三菱石油がCに対し前払口銭取引の報酬返還分及びCの手数料分合計三億五二九〇万円を填補することを確約する旨の覚書を差し入れたが、実際には、CからAに対して、平成五年度下期分として平成五年一〇月に八億円が支払われた。
平成六年度についても、OとXとの間の合意で、前払口銭取引により、上期、下期それぞれ七億円の報酬を支払うこととされ、その後さらに上期分の報酬として一億二〇〇〇万円を追加して支払う合意がされ、平成六年四月にAに対して七億円の報酬がCから支払われた。Oがこれらの覚書でCに補填を約束したAに対する支払報酬額を決定するについて、Oは、報酬支払を担当していた上司である被告Y4又は被告Y2に対し、相談も報告もしていない。
5 報酬の減額
平成六年五月になって、常軌を逸していると思わざるを得ない多額の高値買いが発生していることを三菱石油の需給部の担当者が発見したことから、需給取引を通じてAに対して支払われている報酬額が異常に増えていることが輸入需給部門担当の取締役であった被告Y3の知るところとなり、直ちに被告Y3が被告Y2(当時は常務取締役であったが直後の平成六年六月に代表取締役副社長に就任した。)に報告したため、被告Y2は、Oが無断でAに対する報酬額を異常に増額させたことを知り、Oに対し、Aに支払う報酬を従来どおりの月額二〇〇〇万円程度に減額するように指示し、被告Y2は、この経緯を被告Y4(当時は常務取締役であったが直後の平成六年六月に代表取締役社長に就任した。)にも報告した。被告Y2の指示を受けて、Oは、Cに対する平成六年五月分の補填額を約三五三万円と他の月に比して大幅に減少させるとともに、Xに対し、Aに対する報酬支払額を減額する旨連絡した。
Xは、Cが既にAに対する平成六年度上期分の報酬を前払していることから、平成六年五月末頃、被告Y4と面談して、既にCがAに対する報酬七億円を前払しており、予算にも計上しているとして上期分についてはOとの合意どおり補填するように求め、これを受けて被告Y4は、平成六年度上期分の報酬については、OとXとの間の合意どおりにCがAに支払って三菱石油が補填することを了承し、Aに対する報酬額の減額は平成六年度下期以降に実施することを決定し、Oに対してその旨指示した。
6 C経由のサイト差取引の拡大とその破綻
報酬の減額によって資金繰りに窮することになるAは、Oに対し、資金繰りへの協力を求め、これを受けてOは、CのXの協力を得て、平成六年度下期から、新たに「C→(一二〇日)→Z→(一二〇日)→A→(三〇日)→C」というCの紹介でZを介在させたサイト差取引の商流を設定してその取引金額を月額約一億七〇〇〇万円とし、Aに取引代金三か月分の約五億一〇〇〇万円の金融利益を与えることとし、平成六年一〇月からこのサイト差取引を開始した。Oがこの新たなサイト差取引による金融利益をAに供与するに当たって上司の了解を得ていない。
平成六年秋頃、Bは、Aに対し、子会社のVを整理するため、Vがサイト差取引の商流によりAの経営するWに対して有する約一二億円の未収金を回収してVがサイト差取引から撤退することを求められた。しかし、Aは、資金繰りに窮しており、サイト差取引が継続しない限りVに対する支払資金を捻出することは不可能であったため、OとCのXに資金繰りの支援を要請した。これを受けて、0とXは、CとZを介在させた前記のサイト差取引の商流の取引高を従来の月額約一億七〇〇〇万円から月額約五億七〇〇〇万円に拡大することにより新たに得られる三か月分の取引代金増加分約一二億円の資金でAのVに対する約一二億円の支払資金を捻出させ、これによりB及びVを介在させた従来のサイト差取引を解消することを了承した。Oは、平成七年二月一六日付の書面で、被告Y2(当時副社長)に対し、①サイト差取引の増額は認められない旨二月初旬にAに言明した、②C経由で既にAに対して与えられている約五億一〇〇〇万円のサイト差取引による資金は優先返済の必要がある旨通告しており、現在取り進め中のダナン(確度七〇%)、ハノイ(確度五〇%)のホテル建設計画がまとまれば一部返済は可能である、③平成七年度のAの報酬は月額二〇〇〇万円目途で取り進める、との内容の報告をした上で、前記のとおりCを利用したサイト差取引を拡大することについて被告Y2の了承を得て、平成七年二月から、サイト差取引の拡大が実施された。Oは、平成七年三月一日頃、同日付けの覚書を三菱石油東京支店次長の名義でCに差し入れ、この覚書には、前記サイト差取引による月商五億七〇〇〇万円の商取引に係わる債権債務に関し、三菱石油がすべてを保証する旨が記載されていたが、Oは覚書の差し入れについて上司に相談・報告はしていない。しかし、Aは、月額五億七〇〇〇万円では資金繰りがつかないとして、平成七年三月三日、サイト差取引の一層の拡大をOとXに要請した。Oは、被告Y2に対してサイト差取引の増額は認められない旨Aに言明したとの報告をしていたにもかかわらず、被告Y2をはじめとする上司に無断で、Aのサイト差取引拡大の要請に応じることとし、Xの了承の下にサイト差取引を月商七億二〇〇〇万円まで拡大することを了承し、平成七年五月頃、平成七年三月一日付の前記覚書の内容中、月商額を七億二〇〇〇万円に改めた別の覚書を上司に相談・報告もなく無断で作成してCに差し入れ、そのころから、Aに対するサイト差取引が拡大された。
平成七年七月一七日、東京国税局は、Cに対する税務調査を開始し、七月三一日にXがCを退社したことなどから、CがAに対する支援を打ち切るためにサイト差取引に伴ってCがAに支払うべき平成七年七月末支払分の代金債務をAに対する債権と相殺処理したため、サイト差取引によるAの資金繰りが破綻し、平成七年八月末にCに支払うべきサイト差取引の買掛債務が債務不履行となって新たなサイト差取引が停止し、Aに対する報酬の支払も行われなくなった。
7 A関連の資金流出、保証債務及び追徴課税
サイト差取引と報酬支払が停止した平成七年八月末までの間に、三菱石油の負担でAに支払われた報酬の総額は、別表のとおり合計約四四億二九〇〇万円であり、この報酬額にB、Cの仲介口銭、その他商流維持口銭、サイト差取引経費を加えたA関連の三菱石油からの流出金額は、別表のとおり合計約六二億三〇〇〇万円である。また、三菱石油は、Cを介して行ったサイト差取引によって発生した平成七年四月分から七月分までのA及びZのCに対する未回収代金債権合計二三億七八九五万九〇〇〇円(うちAの債務一七億七一七八万六四九四円、Zの債務六億〇七一七万二五〇六円)について、Cから保証債務の履行を請求され、平成一一年一二月二〇日に東京地方裁判所からその支払を命ずる判決を受け、この判決は確定した。
三菱石油は、報酬及びサイト差取引経費等のA関連の流出金額合計約六二億三〇〇〇万円については、必要経費に当たる石油製品の購入代金として各期の税務申告に当たり、費用として収入から控除して所得を算出していたところ、東京国税局の税務調査により、これらの流出金額は、必要経費には当たらない交際費であり、同額の所得が過少に申告されていると認定され、三菱石油は、更正処分及び重加算税を含む追徴課税を受け、その結果、三菱石油は、平成二年三月期分の所得約一億二〇〇〇万円につき重加算税を含めた約六〇〇〇万円、平成三年三月期から平成九年三月期までの七年分の所得につき、重加算税を含めた約二七億円の各税額を国に納付した。
第5 被告の責任に関する判断
1 Aに対する報酬支払の決定及び実行に関する責任について
原告の主張は、ガソリンの生産量枠に関するいわゆるPQ規制が石油業法に基づく行政指導であることを理由として、PQ規制に違反する行為ないしそれを維持継続することを目的とするAに対する報酬支払を違法行為であると主張する趣旨を含むものと解される。しかし、PQ規制が行政指導に過ぎないことからすると、本来行政指導とは、相手方の任意の協力によってのみ実現される性質のものであって(その後制定された行政手続法三二条参照)、行政指導に違反することのみをもって、その行為を違法と評価することはできないし、ほかにAに対する報酬支払を違法とすべき根拠に当たる具体的な事実は主張立証されていない。
原告の主張の趣旨は、Aに対する報酬の支払が、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務(商法二五四条三項、民法六四四条)ないし三菱石油のため忠実にその職務を遂行する義務(商法二五四条ノ三)など、取締役の三菱石油に対する義務に違反することを主張する趣旨であるとも解されるから、次にこれを検討する。
被告Y1が、Aに対して五億円(月額二〇〇〇万円)の報酬を支払うことを決定してその実行を被告Y2及びOに委ね、被告Y1がこの五億円の支払後も月額二〇〇〇万円程度の報酬の支払を継続することを決定して、以後も被告Y2及びOに支払を実行させた事実は当事者間に争いがない。
そして、前記認定事実によれば、三菱石油においては、石油業という事業内容の性質上、監督官庁である通産省との円滑な関係を維持するとともにその情報を収集することが三菱石油の利益に資することが一応認められるのであって、そのような情報収集能力が認められたAに対して報酬を提供することが直ちに取締役の三菱石油に対する義務違反になるとはいえない。さらに、報酬額についても、PQ違反により三菱石油に一〇〇億円を超える利益をもたらし、その他の面においても、Aが三菱石油に対して随時通産省の情報等を提供し、さらには三菱石油の事業活動の発展に寄与するその他の活動が期待されることから、Aが提供する情報や、政界・官界にわたる広い交友関係が、三菱石油にとって利益があると判断し、月額二〇〇〇万円程度の報酬を支払ったとしても、年商が一兆円程度で経常利益が一〇〇億円に達するという規模の三菱石油においては、これをもって目的との関係で著しく均衡を失した不当な支出であるということはできない。そうであるとすると、Aに対して五億円(月額二〇〇〇万円)程度の報酬を支払い、その報酬を五億円を超えても月額二〇〇〇万円程度の範囲で継続して支払ったとしても、そのことが三菱石油に対する取締役の義務違反に当たるということはできない。なお、原告は、PQ規制撤廃後はもはやAに対する報酬を支払う理由がなくなったとも主張するが、この報酬の支払も、正当な経営判断に基づくものと評価できるのは前述のとおりである。
2 報酬の増額に関する責任について
前記認定の事実によれば、Oは、Aの要求を受けて、取締役ら上司に無断で、平成四年一月からAに支払う報酬額を年間一〇億円に増額することを承諾し、三菱石油は、平成四年四月から平成五年三月までの間、Bを通じて、Aに対し約九億四四〇〇万円を支払ったこと、平成五年度以降は、支払窓口をCとし、約半年分を前払いするようになり、Aに対し、平成五年五月に約五億円、同年一〇月に約八億円、平成六年四月に七億円を支払い、この間Aに支払われた報酬の合計は約二九億円にも及んだことが認められる。前述のとおり、Aに対する報酬の支払は、それが合理的な範囲に留まる限り、正当な経営判断に基づくものと評価されるべきである。しかしながら、平成四年四月から平成六年四月にかけて支払われた報酬は月額平均約一億円にも及ぶものであり、いかに大企業の三菱石油といっても、監督官庁との情報提供や政界・官界との円滑な情報交換等の関係維持という抽象的一般的な目的を内容とするものとしては、もはや合理的な報酬額の範囲を明白に逸脱したものと評価すべきである。しかし、前記認定のとおり、取締役がこの報酬支払を知ったのは、平成六年五月に被告Y3、被告Y2及び被告Y4が知ったのが最初であって、その際には、被告Y4は、仲介したCが前払いした平成六年度上期分については事後的に承認したものの平成六年度下期分以降は従来の水準に戻すように指示したのであるから、その限りにおいては、取締役としての責任を一応果たしたものと評価することができ、三菱石油に対する関係でAに対して違法な報酬を支払った行為責任を負うとまではいえない。
次に監視責任について検討する。前記認定の事実によれば、Aに対する報酬の支払自体は、違法行為ではなく、その実務が社内的に特命事項としてOに委ねられていたことが認められるのであって、Oの権限逸脱行為を誘発しやすい管理態勢であったことは否定できないけれども、PQ違反行為は、それ自体が違法ではないとしてもそれが公になった場合には商道徳や社会的経済的な公正さの観点から三菱石油の社会的評価を著しく損なうおそれのある行為であり、情報管理の面において特定の担当者の特命事項とされたこともやむを得ない側面があり、Oの行為について綿密な管理監督をしなければならないことを疑わせるような具体的な事情がない限り、支出の実務をOに委ねていたとしても、企業の組織管理の方法として取締役の三菱石油に対する義務違反に当たる違法な方法であるとまで決めつけることはできないと考えられる。また、報酬の支払は高値での需給取引を多用しているから、とりわけAに対する支出を当初から認識していた被告Y1、被告Y4及び被告Y2については、具体的にOの行為の内容について、関係書類等を詳細に吟味したり、Oその他の関係者から事情聴取をするなどしたりすれば、Oの権限逸脱行為を早期に発見することは可能であったであろうが、具体的にOに疑いを抱くべき事情が認められない段階において、このような管理監督をしなければならなかったとまではいえないし、ほかに監視責任を問うべき具体的な事情を認めるに足りる主張立証はない。
したがって、Oによる報酬額の増額に関して、被告らに監視義務違反の責任があるとはいえない。
3 サイト差取引に関する責任について
前記認定事実によれば、サイト差取引は、A関係の業転取引を需給部に取り次ぐことができる地位にあることを利用して、Oが取締役その他の上司に無断で開始し、維持してきたことが認められる。もっとも、被告Y2については、平成七年二月に、Oから報告を受け、その内容により、Aに対するサイト差取引を利用した金融利益の供与が約一七億円に達していることを知った上で、そのサイト差取引をCを介在させて同規模で維持していくことを承認した事実が認められるが、この段階では、既に与えられている金融利益を他の方法で同規模で維持することを承認したにすぎず、しかも、サイト差取引は、介在するB、Cなどの第三者の協力によって成り立っていることから直ちに停止することは必ずしも容易ではないと考えられるから、被告Y2がサイト差取引を事後的に承認し、維持させたことをもって、直ちに取締役の三菱石油に対する義務違反であるということはできない。なお、金融利益の供与が取締役の義務に違反すると認められるためには、貸付時における取締役の判断内容に問題がなければならないと解されるところ、原告はこの点について一切主張・立証していない。他方で、少なくとも、平成七年二月に被告Y2がAに対する約一七億円のサイト差取引の継続を承認した時点では、Aが事業の仲介手数料を受け取って将来的に融資が圧縮されることが期待されることにつきOから報告を受けていたのであるから、その意味からも、このような状況で同額程度のサイト差取引による金融利益の保持を継続させることを承認したとしても、取締役の義務違反とすることはできない。
また、サイト差取引は、特段高値での取引が利用されているのではなく、商流中に介在する業者のサイト差が利用されているにすぎないから、Oが権限を逸脱して無断で、このようなサイト差取引による金融利益をAに与えていることについて、具体的に取締役がその疑いを持って監視監督することができたとまではいえないから、取締役の監視義務違反による責任を問うこともできない。
4 追徴課税に関する責任について
前記認定事実によれば、業者間転売取引による石油製品の取引価格の上乗せ及びサイト差取引によるAに対する資金提供のために要した費用について、三菱石油が必要経費に当たるとして税務申告したところ、税務調査の結果これが交際費に当たるとして費用と認められずに所得と認定され、重加算税を含む約二七億六〇〇〇万円の追徴課税がされたことが認められる。
たしかに、三菱石油が税務申告をするに当たって、税法に従って適正に申告し、追徴課税等を避けて、納税額を最低限にとどめるように取締役が留意すべきことは一般論として当然なことではあるが、しかし、税務申告において、所得を算定するに当たって、特定の支出が収入から控除されるべき費用に当たるかどうかについて、税務当局と申告者との間で判断を異にする場合があることは、必ずしも少なくなく、そうであるとすると、追徴課税がされたということから直ちに取締役に責めに帰すべき事由があるとは断定できないし、したがって、その追徴税額について取締役に三菱石油に対する義務違反があるということもできない。
むしろ、本件においては、当初約束された月額二〇〇〇万円程度の金額であれば、Aに対して報酬を支払うことそれ自体が三菱石油に対する関係で違法な行為であったとはいえないのであり、金額の大きさや三菱石油の利益との直接的な対応関係から見て税務上これを費用と認めることが相当ではないとしても、それだからといって、これを費用として申告したことについて、取締役に責めに帰すべき事由があるということはできず、また、監視義務に違反する責任があるということもできない。さらに、報酬の増額やサイト差取引については、Oが無断で開始した行為であったのであり、外形上取引の形態を取っていることから、これを費用に計上されていることを見過ごしたとしても、これをもって取締役の監視義務に違反するということもできない。
以上のとおりであるから、本件においては、追徴課税がされるに当たって、取締役に責めに帰すべき事由があることを根拠付けるに足りる具体的な事実の主張立証はされていないのであって、したがって、追徴課税に関する取締役の責任を認めることはできない。
第6 結論
よって、そのほかの点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・小林久起、裁判官・河本晶子、裁判官・新田和憲)
別紙
・取締役請求額一覧表<省略>
・業者間転売取引を利用した価格上乗せによる不正支出額一覧表<省略>
・サイト差取引を利用した不正支出額一覧表<省略>
・重加算税を含む追徴金による損害額一覧表<省略>
・三菱石油(株)取締役名簿<省略>
・三菱石油株式会社組織図<省略>
・Aへの支出金額<省略>
・流出金額と報酬支払方法の調査<省略>