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東京地方裁判所 平成11年(ワ)4304号 判決 2000年11月30日

反訴原告

生田目光浩

反訴被告

大野綾子

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金二七三六万八三五一円及びこれに対する平成七年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を反訴被告の、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求(反訴)

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金六九九四万〇二五一円及びこれに対する平成七年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の反訴被告負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成七年四月一八日午後六時五〇分ころ

(二) 場所 東京都葛飾区金町三丁目七番地一四号先交差点(以下「本件交差点」という。)内

(三) 反訴被告車 反訴被告が運転し、かつ、保有する普通乗用自動車

(四) 反訴原告車 反訴原告(昭和四六年一月七日生、平成六年三月に杏林大学外国語学部中国語学科を卒業。乙一二)が運転する足踏み式自転車

(五) 事故態様 柴又方面から水戸街道方面に向かって本件交差点を直進進行しようとした反訴原告車が、柴又街道方面(反訴原告車の進行方向左手)から江戸川土手方面(同右手)に向かって直進しようと本件交差点内に直進して進入してきた反訴被告車と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  反訴被告の責任

反訴被告には反訴被告車を運転するにつき前方不注視等による過失があり、また、反訴被告は反訴被告車の運行供用者であるから、反訴被告は反訴原告に対して不法行為及び自賠法三条による損害賠償責任を負う。

3  反訴原告の受傷と治療経過

反訴原告は、本件事故により、頸部挫傷、右母指MP関節部側副靱帯損傷、右肩関節外傷性拘縮の傷害を受け(乙四、六)、高山整形外科病院(以下「高山外科」という。平成七年四月一八日から同年一〇月二日までの実日数七一日の通院)、獨協医科大学越谷病院整形外科(以下「獨協医大病院」という。平成七年六月二八日から平成九年二月二七日までの実日数五七日の通院)の各病院で治療を受けた。

4  反訴原告の後遺障害と等級認定

反訴原告は、右傷害による症状は平成九年二月二七日に固定し、右母指MP関節の伸展、屈曲の可動域制限の後遺障害が残存し(乙四)、後遺障害一〇級七号の等級認定を受けた。

5  反訴原告の損害額

反訴原告の損害のうち、治療費(サポーター代を含む。)は、七八万六一五一円である(甲八、一一)。

6  反訴被告の既払金

反訴原告は、反訴被告から、総額五八一万円を受領している(病院に対する直接支払も含む。甲八、一一、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  本件事故の態様と反訴原告及び反訴被告の過失割合

(一) 反訴被告の主張

反訴被告は、本件交差点手前で一時停止して左右を確認したところ、反訴原告車が道路左側に停止したので時速一〇キロ以下の速度で走行し始めたところ、出会い頭に反訴原告車と衝突したものである。

反訴原告は、交通整理の行われていない本件交差点に進入するに当たり、左右を注視して、他の車両の動向に注意しつつ安全な運転をすべき義務があるのに、漫然と本件交差点に進入したものであって、反訴原告には、左方注視義務違反、安全運転義務違反の過失があるから、相当程度の過失相殺をすべきである。

(二) 反訴原告の主張

反訴原告車は本件交差点手前で減速したものの、停止したわけではない。

本件事故は、反訴被告車が一時停止規制のなされている道路から本件交差点に進入するに当たり、一時停止しないまま、かなりの速度で交差点に進入してきたことによって発生したものであり、本件事故における過失相殺はごくわずかにとどめるべきである。

2  損害額の算定

(一) 反訴原告の主張(治療費を除く)

(1) 通院交通費(請求額 一一万九五九〇円)

(2) 休業損害(請求額 七五六万七五八六円)

反訴原告は、大学を卒業し、中国に留学するための費用を貯めるためにアルバイトをしていたが、本件事故のために長期治療を余儀なくされて無収入となってしまった。

本件事故に遭遇しなければ、平成七年の間は同年における二〇歳から二四歳の大卒男子の平均賃金(三二〇万七三〇〇円)程度の、平成八年から平成九年までの間は二五歳から二九歳の大卒男子の平均賃金(平成八年は四五六万六五〇〇円、平成九年は四六一万九二〇〇円)程度の収入を得られたはずである。よって、本件事故日(平成七年四月一八日)から症状固定日(平成九年二月二七日)までの六八一日間の反訴原告の休業損害は、以下のとおりとなる。

三二〇万七三〇〇円÷三六五×二五八+四五六万六五〇〇円+四六一万九二〇〇円÷三六五×五八=七五六万七五八六円

(3) 逸失利益(請求額 五三一〇万四一八七円)

反訴被告は右手母指を使用することができないため、荷物を持ったりOA機器を操作したりすることがままならず、未だに定職に就けない扱況であり、その労働能力は四五パーセント失われたものというべきである。

基礎収入を平成九年の大卒男子の全年齢平均賃金六八七万七四〇〇円とし、労働能力喪失期間を六七歳までの四一年とすると、計算式は以下のとおりとなる。

六八七万七四〇〇円×〇・四五×一七・一五九=五三一〇万四一八七円

(4) 傷害慰謝料(請求額 一八〇万円)

(5) 後遺症慰謝料(請求額 五八〇万四七五〇円)

(6) 弁護士費用(請求額 六三六万円)

(二) 反訴被告の主張

(1) (一)(1)は不知。その余は争う。

(2) 休業損害について

現実の収入をもって算定されるべきである。

(3) 逸失利益について

反訴原告の右手母指MP関節の可動域制限は標準値の二分の一を若干下回る程度であり、隣接関節の代償機能により実質的な機能障害は少ない。また、右可動域制限は靱帯の瘢痕拘縮によるものと考えられ、かかる軟部組織の病変による可動域制限は回復可能性が高く、原告の主張のような高い労働能力喪失率は認められるべきではない。

反訴原告の右手母指の震えの原因・機序は不明であり、本件事故と相当因果関係があるとは認められない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様と反訴原告及び反訴被告の過失割合)

1  本件事故の態様について

甲一の1から3、乙一四、一八の1、2、二五、反訴原告及び反訴被告の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、別紙図面のとおり、柴又方面と水戸街道方面とを結ぶ、両側にガードレールで区切られた歩道の設置されている道路(以下「本件道路」という。)と、柴又街道方面と江戸川土手方面とを結ぶ、両側に白線で区切られた路側帯の設置された道路(以下「本件交差道路」という。)とが交差する交差点であり、本件道路の幅員は歩道部分を含めて約八・八メートル(車道部分は四・九メートル)、本件交差道路の幅員は路肩部分も含めて六・二メートル(車道部分は三・三五メートル)である。

本件交差点周辺は住宅が立ち並ぶ住宅街の一角にある。

(二) 本件道路は水戸街道方面から柴又方面に向かう一方通行の規制(ただし自転車を除く)がなされ、他方、本件交差道路も、柴又街道方面から江戸川土手方面に向かう一方通行の規制及び本件交差点手前における一時停止規制がなされている。いずれの道路も時速六〇キロの速度規制がなされている(甲一の3、乙一八の2)。

(三) 本件事故当時は、雨天で、かつ、未だ四月中旬であったことからすると、本件交差点付近は、周囲の人家の灯りなどで全くの視界不良とまではいい難いものの、交通状況を十分に把握するには相当に困難といえる程度に暗い状況であったと考えられる。

(四) 反訴被告は、本件交差道路を柴又街道方面から江戸川土手方面に向かって反訴被告車を運転し、本件交差点に差し掛かった。その際の走行速度は時速約三〇キロであり、雨天のためワイパーを最速にし、かつ、暗かったため前照灯を点灯させていた。

反訴被告は、本件交差点手前で一時停止しなければならないことを知っていたため、本件交差点に近づくに連れて減速し、時速約一〇キロ程度で、本件交差点手前約二、三メートルの地点に至ったとき、右方(本件道路の柴又方面)から来る反訴原告車がかなり遅い速度であったように見えたため、反訴原告車が本件交差点手前で停止し、反訴被告車の進行を優先させてくれるものと考えた。その後、反訴被告は、一時停止した後、本件道路の左方(水戸街道方面)を視認し、同方向からの車両がないことを確認して発進し、時速一〇キロに至らない程度に加速した段階で、別紙図面の×地点で反訴原告車と衝突した。

反訴被告が反訴原告車を視認したのは一時停止前のみであり、その後、本件事故が発生するまでの間、反訴被告は専ら左方の交通状況に気を取られており、右方にいる反訴原告車の状況を全く確認しようとはしていなかった。

(五) 反訴原告は、本件事故直前、本件道路を柴又方面から水戸街道方面に向かって走行していた。反訴原告は降雨のため傘を差して片手で運転しており、かつ、前照灯を点灯させていなかった。

反訴原告は、本件交差点までは相当速い速度で走行していたが、本件交差点手前で速度を緩めた。もっとも、その減速は本件交差点手前で停止することを予定するものではなかった。そして、そのまま本件交差点に進入し、反訴被告車と衝突するに至った。

2  本件における反訴原告と反訴被告との過失割合

以上によれば、反訴被告は、一時停止規制のなされている本件交差道路から本件交差点に進入する前に一時停止したものの専ら左方からの車両に気を取られており、発進に当たって、右方ことに現に本件交差点に向かってきた反訴原告車の動向に全く注意を払っていないことが認められる。反訴被告は、本件交差点手前で停止する直前に、高速ワイパーで除去しなければならない程度に雨水が流れるフロントガラス又は運転席ドアガラス越しに日暮れの暗い状況下で見た一瞬の反訴原告車の走行の様子(しかも、前示のとおり、反訴原告車が本件交差点手前で停止することを思わせるような走行態様であったとは認められない。)から、同車が自車を優先してくれるものと勝手に思い込んで走行し始めたものであって、反訴被告は、一時停止規制のある道路から交差点に進入する車両の運転者にとって最も重要である、本件道路を含む交差点全体の交通状況を十分に安全確認する義務を尽くしておらず、反訴被告の運転態様が本件事故の主要な原因となったといわなければならない。

他方、反訴原告も、左方から反訴被告車の進行が分からなかったとしても、前照灯を点灯させた反訴被告車の緩やかな走行態様からすると、容易にこれに気づくことができたはずである。また、折からの天候状況と反訴原告車が前照灯を点灯させていなかったこと(それゆえ、他の車両運転者からはその存在を視認することは容易でない。)、片手運転ゆえに自転車の安全なハンドル操作が困難であったと考えられることからすると、反訴原告は、いかに自車の進行の優先度が高いとはいえ、本件交差点に進入するに当たっては、本件交差道路の交通状況を十分に注視し、減速にとどまらず徐行程度まで速度を落とし又は停止するなどして、反訴被告車の動きに即応できるように安全かつ確実な走行態様をとるべきであったと考えられる。

これらの事情を総合的に考慮すると、反訴原告と反訴被告の過失割合は、反訴原告が一〇、反訴被告が九〇とするのが相当である。

二  争点2(損害額の算定)

1  治療費(サポーター代を含む) 七八万六一五一円

前示認定事実による。

2  通院交通費 一一万二六五〇円

高山外科の通院交通費は片道三三〇円として計四万六五三〇円(通院日数七一日だが、初日は片道分のみであるから、三三〇円+三三〇円×二×七〇=四万六五三〇円)、獨協医大病院の通院交通費は片道五八〇円として計六万六一二〇円(通院日数五七日。五八〇円×二×五七=六万六一二〇円)であるから、合計一一万二六五〇円となる(前示争いのない事実、乙七)。

3  休業損害 二一四万五一五〇円

(一) 基礎収入について

(1) 反訴原告は、基礎収入として、現実の収入ではなく賃金センサスの平均賃金によるべきである旨主張するが、その主張の合理性を裏付ける具体的な事実を認めるに足りる証拠は全くない。

(2) 反訴原告は、かねてから中国に留学して語学の実力をつけて日本との貿易関係の仕事に就きたいと考えていたこと、そのための留学費用二〇〇万円程度を一、二年で貯めようと考えていたこと(乙一四)、本件事故当時、人材派遣会社によるアルバイトで稼働しており、平成七年四月一九日から同月二八日までの一〇日間のうち八日間稼働して七万五〇〇〇円を得ることになっていたこと(乙八。期間を通じた平均日額は七五〇〇円となる。)、が認められ(反訴原告本人の尋問の結果)、以上によれば、反訴原告は本件事故時の右アルバイト程度の収入実績のある仕事をし続けたであろうと考えられるから、反訴原告の休業損害を算定するための基礎収入は、日額七五〇〇円とするのが相当である。

(二) 稼働の継続性

反訴原告はそれまで短期でのアルバイトを間隔を空けて繰り返していた状況であったこと、反訴原告は自宅で両親に扶養されていたこと、などの事情に照らすと、本件事故に遭遇しなければ反訴原告は稼働状態が間断なく継続させたであろう、とまでは認め難く、一定の間隔を置いて稼働したであろうと考えるのが相当である。もっとも、反訴原告の留学費用の目標額が高い(稼働の必要性が高いといえる。)ことも考慮し、稼働の継続度については、治療の全期間を通じて七〇パーセントと評価して算定する。

(三) 休業の必要性

反訴原告の傷害部位が稼働するために重要な右手母指であったとしても、それゆえ直ちに治療期間中の全期間にわたって完全な休業を余儀なくされる状態であったとは評価し難く、休業を要した必要性の程度については、治療の全期間を通じて六〇パーセントと評価して算定する。

(四) 計算式

本件事故日から症状固定日までの期間中(六八一日)の休業損害の計算式は、以下のとおりとなる。

七五〇〇円×六八一×〇・七×〇・六=二一四万五一五〇円

4  逸失利益 二三七八万七五五一円

(一) 基礎収入

反訴原告が本件事故当時二四歳の若年者であったこと、後述するとおり、本件では稼働期間全般について逸失利益を算定することが合理的であること、に照らすと、反訴原告の逸失利益を算定するための基礎収入としては、症状固定した平成九年の大卒男子全年齢平均賃金である六八七万七四〇〇円とするのが相当である。

(二) 労働能力喪失率

反訴原告には右手母指の可動域制限の後遺障害が残存し、前示のとおり、自賠責保険の後遺障害等級認定手続で後遺障害一〇級七号の認定を受けたことが認められる。しかしながら、右手を用いた右手母指の稼働に対する障害事由は、右手母指が全く使用不能の状態にある、というよりはむしろ、その可動域の制限が広範囲にわたるものではないゆえに右手母指は何とか使えるけれども痛みや震えで長時間連続しては働けない(例えばパソコン操作など)又は右手母指で重い荷重を支えられないといった、右手母指の局部の支障という身体状況と評価できるのであって、上肢における関節の機能障害(一二級六号)又は局部の頑固な神経症状(一二級一二号)との比較を考慮すると、右手母指が一般に労働する上で枢要な働きをする部位であり、反訴原告が右利きであることを考慮しても、なお、後遺障害一〇級に相当する労働能力喪失率と評価するのは必ずしも相当ではなく、当裁判所は、反訴原告の労働能力喪失率を二〇パーセントとするのが相当であると考える。

なお、反訴被告は、右手母指の震えがあたかも反訴原告の故意の所作であるかのような疑問を呈し、本件事故との因果関係を否認するが、右震えが損傷した右手母指そのものの症状である上、当裁判所には反訴原告本人尋問時や乙二七(ビデオテープ)における状態がことさら故意になされたものとはうかがえなかったこと、診察医ら(高山外科の医師及び獨協医大病院の竹本知裕医師。甲六、甲七、調査嘱託の結果)も当初からそれを認知し、それに対して特段の合理的な疑問を提起していないことに照らすと、発生の機序、原因が必ずしも明らかではないからといって、直ちに本件事故との因果関係を否定することはできない。

(三) 労働能力喪失期間

反訴被告は、障害に対する慣れや他部位の代償機能、反訴原告の若齢等をもって可動域制限が改善していく旨主張し、右期間を制約すべきである旨主張するが、反訴原告の右手母指の労働に対する制約は、可動域制限のみならず、それを長時間使えないことや荷重に耐えられないことが主であること、たとえ慣れや代償機能があり得るとしても、今後年齢を重ねていくにしたがって障害状態を補完するそのような機能が減退していく等の事態も容易に想定され、この点に関する説得的な説明がないこと、を考慮すると、稼働可能期間全般にわたって労働能力喪失状態が継続しないとまでは認め難く、稼働可能期間である六七歳までの四一年間(ライプニッツ係数は一七・二九四)をもって、労働能力喪失期間とするのが相当である。

(四) 計算式

六八七万七四〇〇円×〇・二×一七・二九四=二三七八万七五五一円

5  傷害慰謝料 一六〇万〇〇〇〇円

反訴原告の負傷の部位、程度、治療状況や、本件事故が中国語を使った仕事に就くために留学しようとする反訴原告の意欲を失わせる一因となった点を考慮した。

6  後遺症慰謝料 五一〇万〇〇〇〇円

反訴原告の後遺症の内容や程度、後遺障害等級一〇級の認定を受けていること、前示の後遺症と就労に対する制約状況が中国語を使った仕事に就きたいという反訴原告の夢の実現を困難にしている原因の一つであることは必ずしも否定できないこと(なお、外国との商取引に必要な実務的知識や語学力等に関する反訴原告の能力いかんは不明であり、新卒時及びその翌年時のいずれの時期にも中国との貿易関係に係る希望職種に就職できなかった事情も併せると、本件事故に遭遇しなければ反訴原告がその夢を実現できたとまでは認定し得ない。したがって、本件事故によって反訴原告の右の夢が断たれたと思っている反訴原告の精神的苦痛の全てを慰謝料の斟酌事情とすることは相当ではない。)、などを考慮した。

7  小計 三三五三万一五〇二円

8  過失相殺(一〇パーセント) 三〇一七万八三五一円

9  既払金 五八一万〇〇〇〇円

10  小計 二四三六万八三五一円

11  弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容や難易度等のほか、以下の事情を考慮した。

(一) 反訴被告代理人の児玉康夫弁護士(以下「児玉弁護士」という。)は、反訴原告の後遺障害の程度が軽微であること等を論ずる、作成名義人不明の医学的意見書(甲二)を書証として提出したにとどまらず、反訴原告本人尋問や弁論準備手続の中で、反訴原告の右手母指部の震えが芝居である又は詐病であるとの尋問や発言を繰り返した。反訴原告代理人は、前者に対しては、右意見書の作成者に対する弾劾尋問の機会を得られないことになり、かかる書証の提出は無責任であると主張した(この反訴原告代理人の主張は正当である。)上、その内容を弾劾する主張、立証に努めた。また、後者の点、すなわち、反訴原告の右症状に対して本件事故との因果関係について疑問があるとの指摘をする程度にとどまらず、更に踏み込んで、児玉弁護士があたかも反訴原告の人格を誹謗するかのような発言を繰り返した点に対し、反訴原告代理人は、反訴原告の状況を撮影したビデオを提出するなどして、反訴原告の名誉回復のための訴訟活動に努めた。

なお、反訴原告代理人は、児玉弁護士の右発言をもって反訴原告の慰謝料の加算事由とすべきである旨主張するが、当裁判所は、右発言に対応した反訴原告代理人の訴訟活動に対する弁護士費用の加算事由として評価する。この結果、反訴被告の損害賠償額は更に増額することになるが、これは、反訴被告が児玉弁護士を選任した結果であるから当然甘受すべきであるし、また、同弁護士を斡旋した責任者である住友海上火災保険株式会社(反訴被告が加入する任意保険会社)が最終的に賠償金を支払うのであるから、結果においても特段不合理ではない。

(二) 当裁判所は、本件審理の過程で、既払金のほか金二四五〇万円(諸費用も含む)の和解案を提示したところ、反訴原告代理人はこれを前向きに検討する旨回答したが、児玉弁護士はこれを直ちに拒否した。その後の審理の結果、後述する最終的な損害賠償額は右和解金額を相当額上回ることとなったが(なお、遅延損害金も含めれば更に高額となる。)、これは、反訴原告代理人のその後の審理における更なる訴訟活動の結果によるものである。

12  合計 二七三六万八三五一円

三  結論

よって、反訴原告の請求は、反訴被告に対し、金二七三六万八三五一円及びこれに対する平成七年四月一八日(本件事故日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 渡邉和義)

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