東京地方裁判所 平成11年(ワ)5027号 判決 1999年7月29日
原告
ティー・エスシー株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
清水直
角家弘志
御山義明
被告
株式会社整理回収機構
右代表者代表取締役
B
右訴訟代理人弁護士
比佐守男
永田泰之
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求及び訴訟物
一 原告は「被告が太陽エステート株式会社に対する東京地方裁判所平成九年(ヨ)第一三四八号不動産仮差押命令申立事件の仮差押決定正本に基づき平成九年三月一二日別紙物件目録≪省略≫記載の建物及びその敷地権に対してした仮差押執行を許さない。」との判決を求めた。
二 右は、民事保全法四六条、民事執行法三八条に基づき、本件建物について原告が所有権を有すると主張して本件仮差押執行の排除を求める第三者異議の訴えである。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 被告は、株式会社住総が太陽エステート株式会社に対して有する貸付金債権二一億五一〇〇万円(貸付日平成三年三月八日、弁済期平成四年九月三〇日、利息年七・五%、損害金年一四・六%)を譲り受けたと主張し、右債権の執行を保全するため、東京地方裁判所平成九年(ヨ)第一三四八号事件についての平成九年三月一二日付け仮差押決定正本に基づき、別紙物件目録記載の建物及びその敷地権(以下「本件建物」という。)に対して、平成九年三月一三日受付の仮差押えの登記をする方法により、仮差押えの執行をした。
2 本件建物は、平成二年七月五日までの間は、昭和五六年二月一八日に設立された太陽商事株式会社(以下「旧太陽商事」という。)の所有であり、旧太陽商事が登記簿上の所有名義人であった。旧太陽商事は平成二年七月五日に太陽エステートに吸収合併されて解散し、本件建物の所有権も太陽エステートに移転した。本件建物の登記簿上の所有名義は、本件仮差押執行時まで、旧太陽商事のままであった(吸収合併による太陽エステートへの所有名義人の表示変更は行われていないし、第三者名義への移転登記も行われていない。)。
3 原告は、右吸収合併後まもない平成二年八月二日、商号を太陽商事株式会社(以下「新太陽商事」ともいう。)とし、本店所在地を旧太陽商事と同一場所とする新たな会社として設立された。原告は、その後の平成一〇年八月一八日に至って、商号を現在のティー・エスシー株式会社に改め、そのころ本店所在地も現在地に移転した。
二 原告の主張
1 本件建物は、原告(新太陽商事)設立時に太陽エステートから原告(新太陽商事)に譲渡された。したがって、原告(新太陽商事)は、本件建物の所有権者であるから、太陽エステートを債務者とする仮差押えの命令による本件建物への仮差押えの執行の排除を求めることができる。
2 旧太陽商事は、飲食業と不動産事業を営んでいた。太陽エステートは、住総ないしその百パーセント子会社である住総エステートサービスからの派遣役員が役員の過半数を占めるなど住総と不即不離の関係にあった。また、旧太陽商事が行っていた不動産事業は、住総エステートサービスとの共同事業であった。このような事情を背景として、旧太陽商事が巨額の利益を挙げそうになったところ、住総及び住総エステートサービスの役員であるCの要請により、旧太陽商事を繰越損のある太陽エステートに合併することになった。その後まもなく住総から、今度は、合併後の太陽エステートの中に旧太陽商事の営業に係る飲食業部門があるようになって、不動産業のための融資稟議書起案の際に飲食部門の売上も計上しなければならなくなるなど煩雑となるため、飲食業部門を分離してほしい旨の要請があり、これを受けて旧太陽商事の飲食業部門を分離して原告(新太陽商事)の設立に至ったものであり、住総は飲食業部門用の物件である本件建物が原告の設立と同時に太陽エステートから新太陽商事に譲渡されたことをも知っていたものである。したがって、住総は背信的悪意者であるから、原告の本件建物についての登記の欠缺を主張する利益を有しない。
被告は、背信的悪意者である住総から本件仮差押命令の被保全債権の譲渡を受けた者であるから、原告の本件建物についての登記の欠缺を主張する利益を有しない。
仮に単なる債権譲受人は債権譲渡人の背信的悪意者たる地位を引き継がないとしても、被告は、単なる債権譲受人と異なり、住総の一切の営業上の権利及びこれに基づく法律上、契約上、事実上の地位を譲り受けた者であるから、背信的悪意者たる地位を引き継ぐものというべきである。
三 被告の主張
1 仮に原告(新太陽商事)が本件建物の所有権者であるとしても、原告は前所有者である太陽エステートから本件建物の所有権移転登記を経由していないから、本件建物の所有権取得を差押債権者である被告に対抗することができない。
2 背信的悪意者からの被保全債権の譲受人は、右譲受人自身が背信的悪意者に当たるという場合でない限り、譲受人の地位にあるというだけの理由で背信的悪意理論の適用を受けるものではない。仮に本件債権の前債権者である住総が太陽エステートから原告に対する所有権移転について背信的悪意者であるとしても、被告は背信的悪意者からの被保全債権の譲受人にすぎない。そして、太陽エステートから原告に対する所有権移転について被告自身が背信的悪意者となるべき事情については原告は何ら主張しないから、背信的悪意に係る原告の主張は失当である。
第三当裁判所の判断
一 弁論の全趣旨によれば、被告は住総が太陽エステートに対して有する二一億五一〇〇万円の貸付金債権を譲り受けた太陽エステートに対する債権者であり、右の地位に基づき本件建物に対して本件仮差押えの執行をしたものであることが認められる。
二 被告は、本件建物についての仮差押債権者であるから、本件建物の物権変動について登記なくして対抗することができない第三者に当たる。そうすると、原告(新太陽商事)が前所有者である太陽エステートから本件建物を譲り受けた所有権者であるとしても、原告は本件建物についての太陽エステートからの所有権移転登記を経由していないから、仮差押債権者である被告に対しては、本件建物の所有権取得を対抗することができないというべきである。
三 原告は、住総が背信的悪意者に当たる旨を縷々主張する。
しかしながら、被告は、住総が仮差押えの執行により本件建物の所有権について原告と対抗関係に入った後に住総から本件仮差押命令の被保全債権について債権譲渡を受けたのではなく、住総から右被保全債権について債権譲渡を受けた後に自ら仮差押命令の申立てをしてその執行により本件建物の所有権について原告と対抗関係に入った者であり、そもそも住総は、本件建物所有権について原告と対抗関係に入ったことはない。そうすると、住総は本件建物所有権についての原被告間の対抗関係とは何ら関係を有しない者であるから、住総が本件建物所有権の原告への移転について背信的悪意者であるかどうかは原被告間の法律関係には影響を及ぼすものではないというべきであり、背信的悪意に関する原告の主張は、主張自体失当である。
被保全債権の元債権者(債権譲渡人)が背信的悪意者に当たるばかりでなく右の者からの債権譲受人自身も背信的悪意者に当たる場合には、仮差押えの目的不動産の譲受人は被保全債権の債権譲受人に対して登記なくして右目的不動産についての物権変動を対抗することができると考えられるが、被保全債権の債権譲受人自身が背信的悪意者に当たらない場合には、仮差押えの目的不動産の譲受人は右債権譲受人に対して登記なくして物権変動を対抗することができないと解すべきである。不動産の二重譲渡の場合においては、第二の買受人が背信的悪意者に当たるとしても、背信的悪意者からの転得者は、転得者自身が第一の買受人に対する関係で背信的悪意者と評価されるのでない限り、登記なくしては物権変動を対抗することができない第三者に当たり、右転得者が登記を得た場合には不動産の所有権取得を第一の買受人に対抗することができるところ(最高裁平成五年(オ)第九五六号同八年一〇月二九日第三小法廷判決・民集五〇巻九号二五〇六頁参照)、被保全債権の債権譲受人についてこれと別異に解すべき理由はないからである。このことは、債権譲渡についての債権譲受人の権利取得原因が合併などの包括承継でない限り、単発的な債権譲渡契約による場合であっても、契約上の地位の移転や営業譲渡である場合であっても、同様であるというべきである。結局のところ、その者自身が背信的悪意者に当たらない場合であっても前主の背信的悪意者たる地位を承継するのは、包括承継人に限られることになる。そうすると、仮差押えの目的不動産である本件建物についての太陽エステートから原告に対する所有権移転に関して被保全債権の債権譲受人である被告自身が背信的悪意者となるべき事情については原告は何ら主張していないから、結局のところ、背信的悪意に関する原告の主張は、主張自体失当であることに変わりはない。
したがって、いずれにしても、被告は原告の所有権移転登記の欠缺を主張することができ、原告は本件建物の所有権の取得を被告に対抗することができないというべきであるから、背信的悪意に係る原告の主張は失当である。
四 以上によれば、原告の主張は理由がない。
(裁判官 野山宏)