東京地方裁判所 平成11年(ワ)6604号 判決 2001年2月16日
原告
宮田耕一
訴訟代理人弁護士
井上啓
被告
読売観光株式会社
代表者代表取締役
安原幸雄
訴訟代理人弁護士
加茂善仁
同
岩﨑通也
加茂善仁訴訟復代理人弁護士
緒方彰人
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告が被告に対し、雇用契約に基づく権利を有する地位にあることを確認する。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告のした解雇の効力を争い、地位の確認を求める事案である。
1 争いのない事実及び証拠によって認定した事実
(1) 当事者
ア 被告は、昭和二一年に設立され、観光バスによる貸切バス業務及び旅行業務を主たる目的とする資本金八〇〇〇万円の株式会社であり(書証略)、観光バス二四台を所有し、主として観光バスによる運送事業を営み、平成一一年四月当時、従業員数は五二名(運転士二六名、バスガイド一七名)である(書証略)。
被告は、読売新聞社の百パーセント子会社であり、同じく同社の百パーセント子会社で旅行業を主たる事業目的とする株式会社読売旅行(以下「読売旅行」という)とは兄弟会社の関係にある(書証略)。
被告の大口顧客は読売旅行であり、年間売上高(七億円弱)のうち約七割を同社からの受注が占めている(書証略)。
イ 原告は、平成七年一〇月一日、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、管理部運転係に配属され、観光バスの運転手として勤務してきた(書証略)。
(2) 本件解雇に至る経緯
ア 被告は、平成一一年二月九日、原告に対し、同月一一日から当分の間の乗務停止を命じた。
イ 被告は、原告に対し、同年三月一日、退職を勧奨し、さらに同年四月二日、自宅待機を命じ、その後同月二一日、再度原告に対し退職を勧奨したが、原告がこれを拒否したので、同日、原告に対し、解雇の意思表示をし(書証略)、同年五月一二日、解雇予告手当及び退職金を支給した(以下「本件解雇」という)。
(3) 就業規則(書証略)
第一〇九条 従業員が次の各号のいずれかに当たるときは訓戒、けん責、罰俸、乗務停止、職務転換、出勤停止、休職、役職降下または解除を行う。
(1、2号省略)
3号 業務怠慢または監督不行き届きにより会社に損害を与えまたは信用を傷つけたとき
(4ないし11号省略)
12号 会社の諸規則にそむきまたは前各号に準ずる行為のあったとき
第一一〇条 従業員がつぎの各号のいずれかにあたるときは懲戒解雇する。ただし情状によって他の処分にとどめることがある。
1号 会社の経営方針に反する行為のあったとき
2号 故意または重大な過失により会社にいちじるしい損害を与えまたは信用を傷つけたとき
3号 業務上の命令にしたがわず著しく職場の風紀秩序を乱したとき。または他人に対して暴行脅迫を加えてその業務を妨害したとき
(4ないし9号省略)
10号 その他しばしば懲戒処分を受け改心の実なきとき
(4) 乗務員服務規則(書証略、以下「服務規則」という)
第三四条 泊り仕業の場合の終業点検、運行予定等必要な事項は営業所に電話または電報連絡し点呼を受けて下さい。宿泊は特に社員としての誇りを堅持し、風紀をみだすような行動や飲酒には特に留意して下さい。
社員間の風紀問題については、特に留意し、かりそめにも疑われるような行動は絶対にとらぬようにして下さい。万一このようなことが発見された場合は、厳重に処分します。
第三六条 万一車両に故障を生じた場合は速やかに点検して迅速な処置を行い、長時間にわたって修理を要するような場合には乗客にその旨を話して了解を得るとともに営業所に連絡して指示を受けて下さい。
第三九条 事故防止のために次の事項は絶対に守りましょう。
1号 関係法令、交通法規、諸規程、並びに高速走行安全運転要領等の厳守
(2ないし5号省略)
6号 無理な追い越し、割り込み、スピードの出しすぎは絶対しないようにして下さい。
(以下省略)
(5) 「貸切バス乗務心得」(書証略、以下「乗務心得」という)
(配車時)
((1)ないし(4)省略)
(5) お客様を出迎えた後、すみやかに幹事様、添乗員様とコースの打ち合わせ、積み込み品のチェック、確認をしましょう。なお、添乗員さんもお客様です。
(以下省略)
((6)省略)
(7) 梯団運行時は先頭運転手(一号車担当)が、打ち合わせして、その事項を同行運転手・ガイドを集合させ伝達し徹底させる事。(最初の出発時は全員で打ち合せる事)
梯団運行時は特に集合、解散を速やかに行い、各車両のお客様を出迎えましょう。
配車場所での仲間同志のなれなれしい行動はお客様に不快感を与えます。
((8)省略)
(9) 梯団運行時にはお互いに協力し合い、乗務員同志でいがみ合ったりしないこと。
(見学・休憩場所を取るタイミング)
(1) 見学、休憩は良く打ち合わせをし、予め休憩する場所を決めておきましょう。打ち合わせなしに突然立ち寄るということは、お客様に変な誤解をまねきます。必ず、お客様には休憩場所は伝えておきましょう。状況によって変更が必要な時はお客様の了解を得てからにしましょう。
((2)省略)
(宿泊業務心得)
((1)ないし(3)省略)
(4) 食事
食事は旅館(ホテル)の受入れ体制と長い習慣により同一部屋に用意される場合が多いので、この場合、乗務員、ガイドはお互いに相手の立場をかんがえて、次の点に注意し手早く済ませること。
((イ)ないし(ハ)省略)
(ニ) 旅館へいろいろ注文をつけてサービスを強要しないこと。
(6) 食事後の過ごし方
食事後は用事以外は自室内で早めに休養をとることとします。
(食事以外で不必要な時間は同室しないこと。日頃同じ仲間意識の感覚でこちらは平気でも、一般社会にとって男女の問題は、とかく色メガネで見られがちです。出先で誤解されないようくれぐれも気をつけて行動すること。用事がある場合は、電話連絡かロビー等を利用すること)
(帰庫後の日報記入・点検・清掃)
(1) 日報のシメは入庫してすぐ行います。時間、キロ数は正確に記入して下さい。間違いは許されません。
(2) 帰庫後二〇分が点検、清掃のための時間です。
明日の仕事のために、決められた通りの点検、運転席回りの整理、確認を行って下さい。
2 争点
本件解雇の効力
(1) 被告の主張
原告には、次のとおり、就業規則一一〇条1ないし3号、10号に規定する懲戒解雇事由に該当する行為があったところ、原告の将来を考慮して普通解雇にしたものであり、本件解雇は有効である。
ア 平成九年五月一一日から一三日の業務に関する一〇日間の乗務停止処分
原告は、平成九年五月一一日から一三日にかけて、佐藤忠夫(以下「佐藤」という)運転手と読売旅行中央営業所の女性添乗員とともに、宮城県鎌先温泉二泊三日の運行業務についた。原告は、同月一二日の業務終了後、宿泊先の旅館で、午後一〇時ころまで、佐藤及び添乗員と飲食をともにしたところ、佐藤が添乗員に対して、いわゆる猥談をしたり、添乗員の身体を触ったりしていたのを黙認し、同月一三日、佐藤が添乗員の部屋に立ち入り猥褻行為に及んだため、添乗員が原告に事実を訴えたが、原告は何ら対応せず、被告に報告もしなかった。
被告においては、宿泊を伴う業務があることから男女間の風紀問題については特に注意を喚起し、服務規則、乗務心得にも規定(服務規則三四条、乗務心得(宿泊業務心得)(6))を設け、風紀を乱す行為を厳に戒めている。これに明らかに反する佐藤の行為は悪質であるが、これを黙認した原告の行為も風紀を乱すものであり、被告の品位を汚し、その信用を傷つけたものである。また、原告がこれを被告に報告しなかったことも、被告の対応を遅らせることになり、その信用を失わしめる結果につながった。
被告は、これにより、原告に対し、平成九年五月一九日付けで始末書の提出を命じるとともに、同月二二日付けで就業規則一〇九条3号、12号に基づいて乗務停止一〇日の懲戒処分に付した。
イ 通行禁止道路通行に対する警察官への対応等
原告は、平成九年八月一日、池袋において三台のバスによる乗客輸送業務に従事し、最後尾の三号車を担当したところ、走行前に一号車担当の具志堅浩、二号車担当の善方友弘の各運転手と経路の確認を行ったにもかかわらず、打ち合わせた経路を誤った上、大型車両通行禁止標識を見落とし、大型車の通行が禁止されている池袋西口陸橋を通行した。原告は、警視庁池袋署の警察官に停車を命じられたが、違反事実を認めず、池袋警察署までの出頭を求められて出頭した際も違反事実を認めなかった。そのため、被告の間中英彦板橋事業所長、村岡博(以下「村岡」という)運行管理者は、同月四日、警察の求めに応じ、原告を伴って池袋警察署に出頭し、厳重注意を受けるとともに、板橋事業所を管轄する志村警察署へも出頭して原告に対する今後の教育について説明するよう言い渡された。その後、被告は、この件に関し、原告に対し、反省文の作成、提出を指示するとともに二日間の乗務停止処分とした。
原告の上記のような行為はバスによる旅客運送事業に伴う被告の信用を著しく損なったばかりか、原告が乗客の安全を守るドライバーとして不適格であることを示すものである。
ウ 一号車運転手からの指示命令違反
原告は、平成九年八月三一日、吉田敏一(以下「吉田」という)運転手(一号車担当)と原告(二号車担当)の二台で河口湖へ乗客を迎えに行く乗務に就いた際、出庫前に吉田運転手から経路の確認を受けるとともに、休憩場所について打ち合わせをしたが、原告が吉田運転手の指示に従おうとしなかったため口論となり、休憩場所を決められないまま出発せざるをえなくなった。
被告では、乗務心得で、一号車の運転手が指示する運行経路・休憩場所等に従うことを義務付けているにもかかわらず、原告の上記行為は、これに反し、運転手相互の信頼関係を乱し、安全運行上も問題を生じせしめるものであった。
エ 宿泊先における一人部屋の要求
被告においては、旅館との関係は営業上極めて重要であり、乗務員の態度は、旅館の被告に対する評価に直結するものであるところから、乗務心得の(宿泊業務心得)(4)(ニ)で、旅館へのサービスの強要を禁止しているにもかかわらず、原告は次のとおり、これに反し、被告の禁止事項、経営方針に反し、被告の信用を著しく傷つけたものである。また、同僚の運転手に対し、旅館に対し一人部屋を要求することを強要することは協調性を乱す行為であり、やはり、被告の禁止事項、経営方針に反するものである。
(ア) 原告は、平成一〇年四月八日から宮城県白川二泊三日の運行業務に就いた際、到着先の旅館で、同僚の運転手との同室を嫌い、宿泊旅館から提供された部屋とは別に原告のための部屋を要求して二日間その部屋に宿泊した。
(イ) 原告は、同月一六日から潮来・鴨川二泊三日の運行業務に就いた際も、同月一六日、前記同様富士屋旅館に対し、予め用意されていた部屋とは別に一人部屋を要求してそこに宿泊し、同月一七日は、同僚の里川雅昭(以下「里川」という)運転手に対し、旅館に対し一人部屋を要求するよう求めたが、里川運転手がこれを拒否したので、原告は、前日と同様、鴨川ロイヤルホテルに対し一人部屋を要求した。
オ 乗用車に対する危険走行と乗用車運転手に対する暴言
原告は、平成一〇年六月一四日、国道一七号線をバスを回送運転して進行中、方向指示器を点滅させず急激な車線変更を行ったため、左後方を走行中の乗用車が危険を感じてクラクションを鳴らし、原告の運転するバスを追い越そうとしたところ、バスを左側に幅寄せしたため、乗用車が原告の運転するバスを追抜き、原告のバスの前をノロノロ運転した。これに腹を立てた原告は、当該乗用車が赤信号で停止した際、バスから降りて、その乗用車の窓ガラスを叩き、その運転手に対して暴言を吐き怒鳴りつけた。
原告の行為は、危険な走行であることはもとより、乗用車の運転手に対する態度は同乗していたガイドにも恐怖感を抱かせるもので、観光バスの運転手として不適切極まりなく、しかも乗用車の運転手から強い抗議を受けており、被告の信用が著しく傷つけられた。
カ エアー漏れ故障に関する運行管理者からの業務命令拒否等
原告は、平成一〇年七月二三日から尾瀬・鬼怒川二泊三日旅行の運転業務に就いたが、同月二五日午前八時二〇分ころ、鬼怒川温泉から乗客を乗せ、日光に向かって走行中、バスのエアーが漏れるという故障が発生した。運行管理者の村岡は、原告から連絡を受けて、車両の下に潜り故障個所を具体的に確認するよう指示したが、原告は、被告が運転手に支給し、携行を指示している作業着(つなぎ)を携行しておらず、村岡の指示に従わなかった。
原告のこのような態度は、車両故障が生じた場合速やかに点検して迅速な処理を行う旨規定した服務規則三六条に反し、また、乗客に迷惑をかけないようにするために、故障個所をできるだけ早く確認するという運転手として当然行うべき義務を果たさなかったもので、重大な指示命令違反である。
キ 飲食代不正請求
被告では、乗務の都合で帰庫時間が午後九時を過ぎる場合には、運転手及びガイドに対し軽食代として八〇〇円を支給しているところ、原告は、平成一〇年一二月二日、日帰り乗務を終え、乗客を降ろした後、同乗していた高安憲子(以下「高安」という)ガイドに対し、「ここで車両の掃除をして帰ろう。掃除をして時間をかせげば帰庫は九時を過ぎるから軽食代がもらえる」と述べて、時間を調整し、午後九時〇五分に帰庫し、軽食代八〇〇円を不正に受給した。
ク 事故
原告は、次のとおり、わずか二年間に五回も事故を発生させ、被告に損害を被らせた。また、これらの事故は、原告の著しく注意義務を欠いた運転によって惹起されたものであり、プロの乗務員としてはあまりに初歩的なミスによるものであって、回数も多く、原告の運転手としての資質に問題があることは明らかである。
(ア) 原告は、平成八年一一月二七日、東北道那須高原サービスエリアにおいて、後退不注意により、乗用車と接触し、右後方バンパーを損傷した。
(イ) 原告は、平成九年二月二七日、長野原大字林字中柵一四五号線室沢橋において、不注意によりトラックと接触し、右ミラーを損傷した。
(ウ) 原告は、同年三月五日、埼玉県川口市榛松中学校前において、後退不注意により左ドア下を損傷した。
(エ) 原告は、同年六月二〇日、栃木県日光市国道一二〇号線いろは坂において前方不注意、ハンドル操作不確実により車両を路面に衝突させ、右後方側面、下面、左下ドア部分を損傷した。
(オ) 原告は、平成一〇年九月二八日、東京都杉並区成田西において前方不注意によりガードレールに衝突し、フロントバンパー右角を損傷させた。
ケ ガイド・運転手とのトラブル
被告においては、安全運行を行い、乗客に適切なサービスを提供しなければならないという観光バス業務の性質上、運転手相互あるいは運転手とガイド相互間の協力関係が不可欠であるため、乗務心得においても乗務員相互の協力を求めている。それにもかかわらず、原告は、次のとおり、被告の経営方針・指示命令に従わず、自己中心的な考えに固執し、他の意見を聞かず、都合が悪くなると他人に責任を転嫁する態度に終始し、他の乗務員から原告と同乗したくないと言われ、被告は配車に支障を生じていた。被告は、村岡を通じて被告に他のガイドと協調するよう注意もしたが、原告は、反省せず、改善もしなかった。
(ア) 脇田智恵美(以下「脇田」という)ガイドとのトラブル
原告は、平成八年五月一七日、学校の遠足の運行業務に就いたが、社内で、学校の先生が生徒たちとゲームなどを進めている様子を見て、同乗していた脇田に対し、「ガイドの意味はない」、「ちゃんと仕事をしろ」などと怒鳴りつけたほか、帰路の回送中も左方確認を忘れたとして怒鳴りつけた。
また、原告は、同年九月八日、群馬県片品への送りの乗務に就いた際、同乗していた脇田が原告と私語をしなかったところ、脇田に対し、「君は明るくない」、「何を考えているかわからない」、「仕事を間違えたんじゃないか」などと嫌みを言い続けた。
(イ) 石井典子(以下「石井」という)ガイドとのトラブル
原告は、平成九年三月三一日、読売旅行中央営業所の依頼による群馬県秋間一泊バス旅行において、運転業務に従事したが、その際、同乗していた石井が、出発前日、原告に対し、経路の確認をしておくよう述べたにもかかわらず、二日目(四月一日)の乗務で、群馬ドライブイン近辺で同じところを三〇分程度も回り、乗客も不安げな様子となった。石井は、見覚えのある十字路に出た地点で、原告に右折するよう伝えたが、原告は、「この道は初めてだ。知っているなら早く教えろよ」と捨てぜりふを吐き、石井に責任を転嫁した。
(ウ) 八尾智美(以下「八尾」という)ガイドとのトラブル
原告は、平成九年四月一七日、四台のバスによる長野県大町一泊旅行の運転業務に従事したが、被告においては、出発時に乗務員全員で経路を確認することになっている(乗務心得(配車時)(7))にもかかわらず、これに参加せず、出発直前になって、同乗することになっていた八尾から内容の伝達を受けたが、道に迷い、八尾に対し、「君がちゃんと道を教えないからだ」などと言って、責任を転嫁した。
また、原告は、平成一〇年七月一四日、アルペンルート一泊旅行の運転業務に従事した際、同乗した八尾と読売旅行の添乗員が、原告との間で出発前に休憩場所の打ち合わせをしようとしたところ、「休憩場所は走行してみなければ決められない」などといって、打ち合わせに協力しなかった。走行経路や休憩場所は、事前に乗客に知らせることになっているため(乗務心得(見学・休憩場所をとるタイミング)(1))、出発前の打ち合わせで決定する必要があるが、原告の協力が得られず、八尾と添乗員が休憩場所を決め、これを乗客に伝えたところ、原告は、「勝手に決められたら困る。事故など起きたらどうする」などと言って、業務に協力しなかった。
(エ) 吉田運転手とのトラブル
原告は、平成九年一〇月二九日、三台のバスによる埼玉県羽生の日帰り運転業務に従事した際、休憩先のドライブインにおいて、三号車担当の吉田が、ドライブインでタオルをもらったのを金銭を受領したものと誤解して、吉田に対し、因縁を付け、危うく二人はもみ合いになるところであった。
(オ) 山田友香(以下「山田」という)ガイドとのトラブル
原告は、平成一〇年九月一二日、塩原に迎えの乗務に従事した際、同乗することになっていた山田が、原告に対し、出発の準備ができた旨伝えたにもかかわらず、これを無視し、出庫時間になってもバスを動かさなかった。そこで、山田が、再度、原告に対し、出発時間である旨伝えると、原告は、山田に対し、「言っとくけど君のために車を動かすんじゃないからね。五分前の君の行動は何なんだ」、「山田さん、あなた頭いいんだから、あなたに向いた頭の良い仕事をした方がいいんじゃないの」、「俺だって、先輩によく言われるよ」などと嫌がらせの発言をした。
また、原告は、同日帰路のバスで、山田が乗客にお茶を配るタイミングを計るために、原告に対し、休憩場所を尋ねたところ、乗客がいるにもかかわらず、山田に対し、「ああ、あのまずいお茶」などと言って、嫌がらせをした。
(カ) 高安ガイドとのトラブル
原告は、平成一一年二月五日、高安ガイドが前記キの飲食代不正請求の件を他人に話したことに腹を立て、同ガイドを怒鳴りつけた。
(キ) その他のトラブル
上記は、原告が引き起こしたトラブルの一部にすぎず、他にも原告は、赤沼ガイドと同乗した際、赤沼ガイド及び添乗員との打ち合わせで、休憩場所の決定について協力せず、同ガイド及び添乗員から反感を買う発言したり、その他トラブルは相当多数に上っている。
コ 他社のバスの無断運転
原告は、平成一一年一月三一日、二台のバスによる奥日光での乗務に就いていたが、休憩場所である古峰神社において駐車中、原告の乗務するバスの隣に他社の観光バスが駐車し、原告の運転するバスが出発できない状態になったところ、原告は、同乗していたガイドの制止も聞き入れず、他社のバスに乗り込み、これを運転して移動させた。
原告のこのような行為は、犯罪行為になりかねない許されざる行為であることは自明であり、原告の運転手として不適格である。
サ 読売旅行武蔵野営業所からの抗議及び業務依頼停止の申入れ等
(ア) 原告は、平成一一年二月五日、読売旅行武蔵野営業所の依頼による静岡県久能山いちご狩り日帰り旅行業務に従事した際、事前に同社の添乗員から資料の提供を受けたにもかかわらず、道に迷った。そこで、添乗員が、「電話で道を聞きましょうか」と尋ねたところ、原告は、「それなら最初から電話すればよかったじゃないか」等と答えて添乗員の提案を拒否した結果、通常であれば一〇分もかからない経路に四〇分も費やした。
また、原告は、帰路でも、添乗員の指示した経路を無視し、「急に言われてもだめだ」などと言って、添乗員に対しても感情的で粗暴な態度をとり続けた。
読売旅行武蔵野営業所は、同月六日、被告に対し、原告の乗務態度について、<1>運転技術の不慣れ、<2>地図すら見られない、<3>添乗員から指示した道順に抵抗し従わないなど最悪である、今後も同営業所のツアーに乗務させるのであれば、業務依頼を停止する旨申入れてきた。
原告のこのような態度は、運行経路の確認という初歩的な義務を怠ったことはもとより、被告が日頃添乗員をお客様として扱うよう求めていることにも反し、その結果、被告の信用を傷つけたものである。
(イ) 原告は、被告から事実の確認を求められ、その後乗務停止を命じられたが、乗務停止期間中、読売旅行武蔵野営業所に客を装って再三電話し、添乗員の電話番号を聞き出そうとした。同社武蔵野営業所は、原告の行為に激怒し、平成一一年三月一日、被告に対し、業務依頼停止の申入れをするなど厳重に抗議し、被告の信用は著しく失墜した。
(2) 原告の主張
本件解雇は、原告が本件訴訟を提起した後に行われたもので、訴訟提起に対する報復措置であることは明らかであるし、被告が主張する種々の解雇事由は、次のとおり、事実無根あるいは軽微な事実を誇張、歪曲したもので、懲戒解雇事由に該当するようなものではなく、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効である。
ア 一〇日間の乗務停止処分を受けた件であるが、原告は、添乗員に対し、一切猥褻な言動をしていないし、添乗員から事情を訴えられた際も、添乗員を応援したもので、原告には、懲戒解雇事由と規定されている風紀秩序を乱す行為などなかった。
イ 通行禁止通路を通行した件については、もともとは軽微な標識の見落としにすぎず、出発前の他の運転手との打ち合わせ不足や誤解に端を発し、原告には先行車両も通行したはずであるとの思いから、素朴に疑問を感じるとともに先に目的地にお客を送り届けねばと考えたことからの対応であり、警察に対しては充分説明をすれば済むことであったのであり、原告には非難されるところはない。
ウ 一号車運転手からの指示命令違反についてであるが、原告は、吉田運転手の言動に問題があったため、これを指摘したにすぎず、かえって、吉田がこれに感情的に反発して、被告に対し、一方的な報告をしたのを被告が鵜呑みにして原告からの事情聴取も怠ったのであり、原告の行為は、およそ懲戒解雇事由に該当するものではない。
エ 一人部屋を要求した件であるが、このうち、(ア)の平成一〇年四月八日については、当初から一人部屋が用意されており、原告がこれを要求した事実はなく、(イ)の同月一六、一七日については、里川運転手がいびきをかくことが予想され、安全運行確保の観点から十分な休養を取る必要があるため、別室の方が良いと考えたこと、過去に一人部屋を要求した乗務員がいたことから、被告において禁止された行為であることを知らなかったこと、旅館の部屋が空いている様子だったこと、里川も同意したことから軽い気持ちで依頼したにすぎないものである。また、旅館側からクレームも出ておらず、被告に損害が発生したともいえない。
オ 乗用車に対する危険走行の件については、相手方乗用車の方が危険走行を行っていたのであり、原告には責められる点はないにもかかわらず、被告は原告から事情を聞こうとせず、相手方の抗議を鵜呑みにしたにすぎないもので、懲戒解雇事由には該当しない。
カ エアー漏れ故障をめぐる件であるが、村岡は、まるで、原告が車両を故障させたかのような口調で原告に対応したので、原告も感情的に対応した面もあるが、故障個所のおおよその検討はついていたことからそもそも車両の下に潜る必要はなかったし、細部については専門の修理業者でもなかなか発見できなかったことから、原告が下に潜って点検しても意味はなかったのである。しかも、バスの故障は、原告がとりわけ古い車両を割り当てられた結果でもあったもので、原告に対する非難は不当である。
キ 飲食代不正請求については、このような事実はない。また、仮にこのようなことがあったとしても、飲食代の支給が後に廃止されたことも考慮すれば、軽微な違反にすぎない。
ク 事故の件であるが、(イ)については相手方トラックが突っ込んできたもので、原告に過失はなく、(ア)については古い事故であり、また、これらはいずれも軽微なもので、懲戒解雇事由に該当するような重大なものではない。
ケ ガイド・運転手とのトラブルの件であるが、ガイド・運転手の中には原告と相性の悪い者もいることは事実であるが、それは一部にすぎない上、相性が悪いことも原告のみに責任があるわけでもないのであり、原告は、大多数のガイド・運転手あるいは添乗員と業務を円滑に遂行しているのであって、重大視されるべきものではない。
また、(ア)の脇田の件であるが、脇田の勤務態度に問題があったため、これを指摘したのであって、それも乱暴な言い方などしておらず、到底懲戒解雇事由に該当するものではない。(イ)の石井の件であるが、乱暴な言い方をしたことはないし、責任転嫁をしたこともない。(エ)の吉田の件であるが、原告は、事実を問いただしただけであるのに、吉田が「何、このヤロー」と言い出したことから言い合いになったもので、原告には非難されるいわれはない。(オ)の山田の件であるが、出発の際のやりとりは互いに感情的になった面もあったが、帰路のやりとりについては、このような事実はなかった。(カ)の高安の件であるが、飲食代不正請求の事実がないにもかかわらず、高安がそのことを言ったので、なぜ事実に反することを言うのか問いただしただけである。
コ 他社のバスを無断で運転した件であるが、ドライブインの敷地内のことでもあり、何ら損害は発生していない。また、このようにバスを移動させることは、いわば暗黙の了解のあることである。
サ 読売旅行武蔵野営業所の件について、まず、道に迷ったことは原告も反省するところであるが、乗務員なら誰しも経験のあることである。また、原告は、添乗員の指示に従わなかったことはない。原告が電話をして添乗員の電話番号を聞きだそうとしたのは、被告が同社からの抗議を鵜呑みにし、原告に対し事実確認を行おうとしなかったため、原告は、添乗員から苦情の報告をしたかどうかについて聞こうと考えたからである。なお、自宅待機を命じられた後、被告の営業所に赴いたのは、出社を禁止されたわけではなく、被告の原告に対する処分に関し、労働組合と相談する必要もあったからである。
第三当裁判所の判断
1 被告が就業規則一一〇条1ないし3号、10号に規定する懲戒解雇事由に該当すると主張する各行為について検討する。
(1) 平成九年五月一一日から一三日の業務に関する一〇日間の乗務停止処分
ア 平成九年五月一二日の業務終了後の飲酒を伴う夕食時に佐藤運転手が読売旅行中央営業所の女性添乗員にいわゆる猥談をしたり、身体に触れたりしていたのを原告が黙認していたこと、同月一三日に佐藤運転手が添乗員に対して猥褻行為をしたことを、原告は添乗員から訴えられたにもかかわらず、被告には報告しなかったこと、その後この件に関し原告は一〇日間の乗務停止処分に付されたことは争いがない。
イ この件について、原告は、一〇日間の乗務停止処分に付されたことが不当であるかのような主張もするが、被害を受けた女性は、被告のガイドではなく、いわば被告の一番の得意先である読売旅行中央営業所の添乗員であり、被告が添乗員はお客様であるとの指導を乗務員にしていたこと(乗務心得(配車時)(5)、人証略)からすると、佐藤運転手の行為を漫然と黙認していた原告の態度に問題があったことは否定できず、佐藤運転手が原告からみれば先輩で注意しにくいというのであれば(原告本人)、添乗員に席を外させるといった配慮も可能であったというべきである。さらに、原告がこれらの事実を被告に報告しなかったことについては、従業員である佐藤運転手が、得意先の従業員に対し悪質な行為をしたのであるから、被告としても、これに迅速、かつ的確に対処しなければ、信用問題にかかわるのは当然であることからすれば、原告の行為が非難されてもやむを得ないところであり、就業規則一〇九条3号、12号に基づく乗務停止処分に違法、不当な点はない。
もっとも、原告は、この件で既に乗務停止という懲戒処分に付されており、他の処分との関係で就業規則一一〇条10号に該当するという場合は格別、そうでなければ、二重処分となるため、直接解雇事由に該当するということはできない(なお、被告が、本件解雇の判断の事情の一つとして、原告の過去の懲戒処分歴を斟酌することは二重処分には当たらない)。
(2) 通行禁止道路通行に対する警察官への対応等
ア 証拠(略)によれば、原告は、平成九年八月一日、池袋において三台のバスによる乗客輸送業務に従事し、最後尾の三号車を担当したところ、走行前に一号車、二号車の各運転手と経路の確認を行ったにもかかわらず、これを誤解し、打ち合せた経路を誤った上、大型車通行禁止標識を見落とし、大型車の通行が禁止されている池袋西口陸橋を通行したこと、そのため、原告は、警察官に停車を命じられたが、一号車、二号車も同じ場所を通行したはずであり、自分が違反になるなら一号車、二号車の運転手も違反であるといった趣旨のことを述べたこと、その結果、同月四日、被告の運行管理者である村岡も呼び出されて池袋警察署に出頭し厳重注意を受けた上、被告板橋事業所の所轄の志村警察署に出頭して、今後の原告に対する教育について説明するよう言われ、原告に反省文(書証略)を作成させ、志村警察署へ赴いて反省文を提出したこと、この件に関し原告は二日間の乗務停止処分を受けたことが認められる。
イ このように、原告が打ち合わせの際、経路を誤解して、道を誤った上、標識を見落としたことは、観光バスの運転手として不注意極まりなく、その資質を疑われてもやむをえないというべきであるし、結果として事故に至らなかったとしても、重大事故につながる可能性も否定できないものである。しかも、原告は、警察官に交通違反を指摘されても、これを認めようとせず、運行管理者である村岡まで警察署への出頭を求められて厳重注意を受ける事態に至ったことは、原告が自己の行為を反省していないことを如実に示すものであるとともに、被告の乗務員に対する教育・指導ひいては安全運行に対し、警察から厳しい目を向けられ、その信用を失墜したものというほかなく、乗務停止処分には何ら違法、かつ不当な点がないことは明らかである。
もっとも、この件に関しても、前記(1)と同様に懲戒処分に付されているので、就業規則一一〇条10号に該当する場合を除き、直接解雇事由に該当するということはできない。
(3) 一号車運転手からの指示命令違反
ア 証拠(略)によれば、原告は平成九年八月三一日、吉田運転手(一号車担当)と原告(二号車担当)の二台で河口湖へ乗客を迎えに行く業務に従事した際、出庫前に吉田運転手と経路の確認、休憩場所の打ち合わせを行った際、吉田運転手は、当日が夏休みで中央高速の大月インターまではかなりの渋滞が予想されたことから、できるだけ早く配車地に到着しておくべきとの判断から、中央高速を大月インターから河口湖線に入り、河口湖付近まで行き、その近辺の谷村パーキングエリアで休憩するか、配車場所で昼食を採ろうと提案したところ、原告は、配車場所は狭く、大型バスを駐車させておくのが困難であると考えたことから大月インター手前の談合坂サービスエリアで休憩を採ることを提案したこと、吉田運転手は、原告の提案を入れず、原告と口論となり、休憩場所を決定できないまま出発したことが認められる。
イ 前記事実に照らせば、原告の提案にもあながち合理性はないとはいえないが、吉田運転手の提案にしても、乗客を待たせないという観光バスの乗務員であれば、当然ともいえることを最優先させたものであり、結果として到着時間が早くなったとしても、吉田運転手の判断に誤りはなく、むしろ合理的であったというべきである。このような事情からすれば、被告においては、一号車の運転手の指示に従うことが義務付けられているのであるから(乗務心得(配車時)(7)、証拠略)、円滑な運行を確保する上で、従うべきは当然であり、それに反した原告の行為は一一〇条1号に該当するというべきである。
(4) 宿泊先における一人部屋の要求
ア 証拠(略)によれば、原告は、平成一〇年四月八日から宮城県白川二泊三日の運行業務に就いた際、到着先の旅館で、同僚の運転手との同室を嫌い、宿泊旅館から提供された部屋とは別に原告のための部屋を要求して二日間その部屋に宿泊したこと、同月一六日から潮来・鴨川二泊三日の運行業務に就いた際も、同月一六日、前記同様富士屋旅館に対し、予め用意されていた部屋とは別に一人部屋を要求してそこに宿泊し、同月一七日は、同僚の里川運転手に対し、旅館に対し一人部屋を要求するよう求めたが、里川運転手がこれを拒否したので、原告は、前日と同様、鴨川ロイヤルホテルに対し一人部屋を要求したことが認められる。
なお、原告は、平成一〇年四月八日の件では、自ら要求はしておらず、旅館側からの提供を受けたものである旨主張するが、被告では、宿泊のための部屋を発注者の予算の都合で一部屋しか用意できないときは、男性二名で乗務することになっているところ、このときは男性二名の乗務であったこと(人証略)、発注者からは乗務員の宿泊について、一室使用と注文してきたこと(証拠略)からすると、原告の主張を認めることはできない。
イ 原告の行為について、被告は乗務心得(食事)(4)(ニ)に反する旨主張するが、同号は、食事に関する問題で、必ずしも原告の行為がこれに当てはまるものとは言い難い。しかし、被告の営業上、旅館からの被告に対する評価が重要であること、被告に対する評価が乗務員やガイドの行動に大きく影響を受けることは容易に推測できる。そして、原告のような一人部屋を要求する行為は、旅館に対し、費用以上のサービスの提供を旅館に強いるものであるから、被告に対する印象を悪くすることもまた容易に推測でき、それが被告の名誉を傷つけることにつながるのは明らかであり、就業規則一一〇条2号に該当するものというべきである。
ところで、原告はこうした行為が悪いこととは思わなかった、被告において禁止されていることは知らなかったとも主張するが、原告は被告に入社する際、被告の諸規定を遵守する旨記載した誓約書(書証略)を作成しているし、食事に関する乗務心得をみても、原告の行為が不適切であることは類推できるものであって、悪いこととは思わなかったとすれば、原告は自己の立場を自覚していなかったものというほかない。
(5) 乗用車に対する危険走行と乗用車運転手に対する暴言
ア 証拠(略)によれば、原告は、平成一〇年六月一四日、国道一七号線をバスを回送運転して進行中、右折車を避けながら進行しようとして、方向指示器を点滅させず車線変更を行ったため、左後方を走行中の乗用車が危険を感じてクラクションを鳴らし、原告の運転するバスを追い越そうとしたところ、バスを左側に幅寄せしたため、乗用車が原告の運転するバスを追抜き、原告のバスの前をノロノロ運転した。これに腹を立てた原告は、当該乗用車が赤信号で停止した際、バスから降りて、その乗用車の窓ガラスを叩き、その運転手に対して暴言を吐き怒鳴りつけた。
なお、原告は、方向指示器は点滅させた旨主張するが、乗用車の運転手がその場でクラクションを鳴らしたり、その後被告に対し、原告が方向指示器を点滅させなかったとして抗議までしているのに対し、原告が六月一五日に作成した文書(書証略)では方向指示器については触れられていないことからすると、原告の主張を認めることはできず、むしろ、原告は方向指示器を点滅させなかったものと推認することができる。
イ 原告が危険走行をしたことは、それだけで運転手としての資質を疑わせるものというべきであるが、その後の対応に関しては、相手方も感情的な対応をした面があったことは否定できないが、乗用車で走行している場合、大型バスが近づいてくる威圧感は相当なものであって、実際以上に危険を感じたとしても責められるべきではないし、こうしたことに配慮せず、かつ、自己の危険走行はいわば棚に上げて相手方を怒鳴りつけることは、いやしくも乗客を乗せて運行する観光バスの運転手として、およそ許されざる行為であるというべきであるし、実際に乗用車の運転手が抗議していることからすれば、被告の信用は少なからず傷つけられたというべきであり、原告の行為は就業規則一一〇条2号に該当する。
(6) エアー漏れ故障に関する運行管理者からの業務命令違反
ア 原告が、平成一〇年七月二三日から尾瀬・鬼怒川二泊三日旅行の運転業務に従事した際、バスのエアーが漏れるという故障が発生したこと、村岡から原告に対し下に潜って故障個所を確認するよう指示があったが、原告は被告が支給している作業着(つなぎ)を携行しておらず、村岡の指示に従わなかったことは争いがない。
イ 原告は、村岡の指示に従わなかった理由について、その本人尋問において、おおよその故障個所は判明していたことから必要性がなく、それ以上は、運転手としては、専門家ではないのでわからず、下に潜っても意味がないという趣旨の供述をする。
しかし、具体的に故障個所が特定できるかどうかは下に潜ってみないと分からないはずで、結果として故障個所の特定ができなかったとしても、村岡の指示に従わなかったことを正当化することはできない。被告においては、乗客へ迷惑をかけないようにするために、乗務員に作業着を支給し、服務規則三六条で故障を生じた場合は速やかに点検して迅速な処置を行うことを規定しており、たまたま結果として、運転手が故障個所やその状態を把握できないことがあったとしても、運転手の点検によって故障個所を特定し、迅速な処置を行えることも少なくないと考えられることからすれば、そもそも故障個所の具体的な確認を行わなくてよいということにはならないのであって、村岡の指示にも従わなかった原告の態度は、重大な指示命令違反であり、就業規則一一〇条1号に該当するというべきである。
(7) 飲食代不正請求
ア 被告では、当時、乗務の都合で帰庫時間が午後九時を過ぎる場合には運転手とガイドに対し軽食代として八〇〇円を支給していたことは争いがなく、証拠(略)によれば、原告が、平成一〇年一二月二日、日帰り乗務を終えた後、時間調整をして、午後九時五分に帰庫し、軽食代八〇〇円を不正に受給したことが認められる。
イ 原告の行為は、被告に与えた経済的損害という意味では軽微なものであったということもできるが、こと金銭の不正受給に関することであり、職務規律を維持する上で、被告としても見過ごしにはできない問題というべきであり、やはり就業規則一一〇条1号に該当するというべきである。
(8) 事故
ア 被告の主張の(ア)ないし(オ)の事故を原告が起こしたことは争いはない。(イ)の事故について、原告は相手方トラックが突っ込んできたもので、原告には過失はない旨主張する。そして、(書証略)によれば、対向車線上を相手方トラックがセンターラインをはみ出して進行してきたことが事故の原因であったことが認められ、過失割合は相手方トラックの方が大きいということができるが、一方、原告も(書証略)によれば、トラックが進行してくるのに気付きながら減速したのみで、停止措置を採っておらず、過失がなかったとはいえない。また、(ウ)の事故について、原告の作成した報告書(書証略)には、ガイドの誘導に従うしかなかった旨の記載があるが、本件現場は、道路の形状が複雑であったのだから(書証略)、原告としても、慎重に後退するのはもとより、安全確認についてもガイドまかせにせず、場合によっては下車するなどして行うべきであったのであり(書証略)、原告にも過失がなかったとはいえない。
イ これらの事故は、確かに人身事故ではなく、車両も大破するようものでもなく、必ずしも重大事故とはいえない。しかしながら、わずか二年間に五件もの事故を起こしている上、(イ)の事故ではトラック運転手の無謀運転を責めるのみであること(書証略)、(ウ)でも報告書(書証略)にガイドに責任を転嫁するような記載をしていることなど反省の態度も薄いことなどからすれば、いずれ重大事故につながる危険性、不安も否定できず、職業運転手としての資質を疑わせる上、これらの事故によって、被告に経済的損害を与えたことも明らかで、中古品を利用して被告の整備工場で修理したり(書証略)、未修理のままとしたものもあること(書証略)から、全体として金銭的な出捐は二六万八一七〇円にとどまるとしても(書証略)、損害の累計額は相当程度に達しているものといえる。したがって、原告がこれら一連の事故を惹き起こしたことは、会社の方針に反するものであることはもとより、会社に損害を与えたものであるというべきであるから、就業規則一一〇条1号、2号に該当する。
(9) ガイド・運転手とのトラブル
ア 被告主張の(ア)ないし(カ)の事実のうち、(イ)、(エ)、(カ)については争いがなく、(オ)の事実のうち、原告が平成一〇年九月一二日、塩原に迎えの乗務に従事した際の往路での山田ガイドとのやりとりについても争いがない。また、証拠(証拠略)によれば、(ウ)の事実が認められ、(書証略)によれば、(キ)のうち、赤沼ガイドとのトラブルの事実が認められる。
(ア)については、原告は、脇田ガイドの問題のある勤務態度を指摘したにすぎない旨主張し、(証拠略)によれば、原告が脇田が左方確認を怠ったことを指摘したことが認められ、脇田ガイドの勤務態度に問題があったことも窺えるが、脇田ガイドが原告とは乗務したくない旨上司に訴えたこと、原告は、脇田ガイドに対し、「ガイドの意味はない」、「ちゃんと仕事しろ」、「君は明るくない」「何を考えているかわからない」、「仕事を間違えたんじゃないか」などと述べており(証拠略)、乱暴な言い方でなかったとしても、少なくとも嫌がらせ的な発言をしたことが認められる。
イ 原告は、ガイドの中には相性の悪い者もいる旨主張し、原告の主張にも理由がないとはいえないが、被告のガイドは平成一一年四月当時一七名であったのに対し、上記によれば、六名のガイドとトラブルを起こしているのであり、原告が被告に勤務していた間、ガイド数に多少の変動があったとしても、相当多数に上っているというほかない。そして、被告の営業に照らせば、安全運行を確保し、乗客への快適なサービスを提供する上で、乗務員らの協調、協力が不可欠であることは当然であり、乗務心得でも(配車時)(9)は梯団運行時の規定であるが、乗務員の協力を求めている。こうしたことからすると、原告がガイドや他の運転手としばしばトラブルを起こすことは、被告の経営方針に反することといわざるを得ず、就業規則一一〇条1号に該当する。
(10) 他社のバスの無断運転
ア 原告が、平成一一年一月三一日、奥日光での乗務に従事していた際、休憩場所に駐車中、隣に他社の観光バスが駐車していて、原告の運転するバスが出発できなくなったため、他社のバスに乗り込み、これを運転して移動させたことは争いがない。
イ (書証略)には、原告が、このようにバスを移動させることは暗黙の了解であると認識していることが窺える記載があり、本人尋問においても同趣旨の供述があるが、その裏付けはなく、かえって他の運転手はこれを否定していること(書証略)、結果として、損害の発生がなかったとしても、バスを運転する以上事故の危険は皆無とはいえず、その場合には責任問題も生じるであろうことからすれば、暗黙の了解があったと認めることはできない。そもそも、ことわりもなく他社のバスを運転するなど、場合によっては、犯罪行為にもなりかねないのであって、許されない行為であることは明らかであり、このような行為は就業規則一一〇条1号に該当するというべきである。
(11) 読売旅行武蔵野営業所からの抗議及び業務依頼停止の申入れ等
ア 証拠(略)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成一一年二月五日、読売旅行武蔵野営業所が発注した静岡県久能山いちご狩り日帰り旅行業務に就いた際、事前に同社の添乗員から資料の提供を受けたにもかかわらず、道に迷った。そこで、添乗員が、「電話で道を聞きましょうか」と尋ねたところ、原告は、「それなら最初から電話すればよかったじゃないか」等と答えて添乗員の提案を拒否し、通常であれば一〇分もかからない経路に四〇分も費やした。
また、原告は、帰路でも、添乗員の指示した経路を無視し、「急に言われてもだめだ」などと言って、添乗員に対しても感情的で粗暴な態度をとり続けた。
(イ) 読売旅行武蔵野営業所は、同月六日、被告に対し、原告の乗務態度について、<1>運転技術の不慣れ、<2>地図すら見られない、<3>添乗員から指示した道順に抵抗し従わないなど最悪である、今後も同営業所のツアーに乗務させるのであれば、業務依頼を停止する旨申入れてきた。
(ウ) 原告は、被告から事実の確認を求められ、その後乗務停止を命じられたが、乗務停止期間中、読売旅行武蔵野営業所に客を装って再三電話し、添乗員の電話番号を聞き出そうとした。同社武蔵野営業所は、原告の行為に激怒し、平成一一年三月一日、被告に対し、業務依頼停止の申入れをするなど厳重に抗議した。
イ 原告は、資料の提供を受けていたにもかかわらず、道に迷った上、添乗員に対し、感情的な態度を採るなどしており、添乗員もお客様として接するよう指導している被告の方針(乗務心得(配車時)(5)、人証略)にも反し、原告の行為には弁明の余地はないというべきである。確かに職業運転手であっても、道に迷うことは皆無であるとはいえないとしても、添乗員が「地図もみれない」(人証略)と指摘していることからすれば、原告が充分に地図を検討すれば迷ったりしなかったことも窺える。また、職業運転手ならば、原則として道に迷わずに目的地に到達することを心がけるのは当然であり、原告としては、添乗員、あるいは読売旅行から道に迷ったことで抗議を受けた場合、それを真摯に受け止めるべきであり、事実を確認したいのなら、読売旅行は被告の得意先であり、その関係は重要である上、当事者が直接事実を確認するなどすることは紛争の拡大を招きやすいことなどからして、村岡を通じて行うべきであり、直接、添乗員に事実の確認をするため、自分の身分を隠して添乗員の自宅の電話番号を聞きだそうとし、しかも添乗員に抗議をする可能性もあった(原告本人)というに及んでは論外というべきであり、添乗員が危険にさらされるおそれがあったのであるから、読売旅行が激怒したのも首肯できるところである。このようなことからすれば、原告の上記一連の行為により、被告の信用が傷つけられたことは明らかというべきであり、原告の行為は就業規則一一〇条1、2号に該当する。
(12) 本件解雇に至る経緯
証拠(略)によれば、被告は、読売旅行からの厳重注意、業務依頼停止の警告を受けて、原告を観光バスの乗務員としては不適格であると判断し、平成一一年三月一日、原告に対し、退職勧奨したこと、その後同年四月二日、原告の再就職活動の便宜を考慮して、原告に対し自宅待機を命じたこと、しかし、原告としては、乗務停止処分、自宅待機には不満であり、不当であると考えていたことから、同月一〇日被告に出社したこと、被告は、原告のこうした態度をみて、自宅待機を命じたにもかかわらず、これに従わず、反省の態度も見られず、このまま自宅待機を命じても徒に期日が経過するのみであると判断し、同月二四日、原告に出社を命じ、出社してきた原告に対し、退職届を提出するよう求め、これに応じなければ、解雇する旨伝えたところ、原告は退職届の提出を拒否したこと、そこで、被告は、同日、本件解雇の意思表示をした。
2 上記によれば、前記1の原告の各行為のうち、(3)、(6)、(7)、(9)、(10)は就業規則一一〇条1号、(4)、(5)は同条2号、(8)、(11)は同条1、2号に該当するものというべきである。また、(1)、(2)、(11)のとおり、原告は三回にわたり懲戒処分を受けており、それにもかかわらず、就業規則違反の行為を繰り返してきており、反省の態度が認め難く((11)については乗務停止処分の後、添乗員の自宅の電話番号を聞きだそうとするなど、反省の態度は認められない)、これらの処分を受けたことは同条10号に該当するものというべきであり、したがって、本件解雇は有効である。
ところで、原告は、被告の主張の解雇事由がいずれも軽微であるとし、本件解雇は原告が本件訴訟を提起したことに対する報復措置として行われた旨主張する。そして、確かに前記1の各行為の中にはそれだけみれば、軽微な違反といえなくもないものが含まれていること、本件訴訟提起は、平成一一年三月二六日で、本件解雇の意思表示はその後の同年四月二一日付けであることは認められる。しかし、一方、前記1の各行為の中には、重大な就業規則違反行為も少なからず含まれている上、軽微な違反行為も、例えば、事故などは頻発していれば、運転手としての適格性の観点からみて、これを見過ごすことはできないし、反省の態度もなく、同種の行為を繰り返せば、全体として悪質な行為といわざるを得ないのであって、解雇事由に軽微な行為が含まれているからといって、本件解雇が社会通念上相当性を欠き是認できないとは到底いえない。また、被告は、本件訴訟に先立つ平成一一年三月一日には、運転手として不適格であると判断して、原告に退職を勧奨しており(前記1(12))、同日の業務依頼停止を警告した読売旅行の強硬な態度(前記(11)(ウ))に照らして、被告としては、原告を運転手として雇用し続けることはもはや困難であると考えていたものと推認することができるのであって、本件解雇が報復措置であったと認めることもできない。
3 以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)