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東京地方裁判所 平成11年(ワ)6780号 判決 2001年12月20日

①事件原告(以下「原告A」という)

A

①事件原告兼⑧事件被告(以下「原告B」という)

B

外六名

②事件原告兼⑦事件被告(以下「原告I」という)

I

②事件原告兼⑥事件被告(以下「原告J」という)

J

③事件原告兼⑤事件被告(以下「原告K」という)

K

③事件原告(以下「原告L」という)

L

④事件原告(以下「原告M」という)

M

右一三名訴訟代理人弁護士

鹿野哲義

中川文彦

佐々木雅康

①ないし④事件被告兼⑤ないし⑧事件参加人(以下「被告破産管財人」という)

破産者山一證券株式会社

破産管財人

松嶋英機

①ないし③事件被告兼⑤ないし⑧事件被参加人(被参加事件につき脱退、以下「被告互助会」という)

山一互助会

上記代表者清算人

柴田弘邦

上記両名訴訟代理人弁護士

的場徹

長谷一雄

福崎真也

佐藤高章

山田庸一

山崎惠

川村百合

主文

1  原告ら一三名の被告ら両名に対する請求をいずれも棄却する。

2  別紙一覧表1記載の原告ら一〇名は、被告破産管財人に対し、それぞれ同表「最終残債務額」欄各記載の金員及びこれらの金員に対する同表「遅延損害金起算日」欄各記載の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は原告ら一三名の負担とする。

4  この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  ①、②、③事件

(1)  被告互助会は、原告Fを除く別紙一覧表2記載の原告ら一一名に対し、それぞれ同表「被告互助会に対する請求」欄記載のうちの「請求金額」欄各記載の金額及びこれに対する原告A、同B、同C、同D、同E、同G、同Hについてはそれぞれ平成一〇年五月三〇日から、原告J、同Iについてはそれぞれ平成一一年四月一六日から、原告K、同Lについてはそれぞれ平成一二年四月一四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  被告破産管財人と別紙一覧表2記載の原告ら一二名との間において、原告らは、それぞれ破産者山一證券株式会社に対して、同表の「破産者に対する請求」欄各記載の金額の破産債権を有することを確定する。

2  ④事件

被告破産管財人と原告Mとの間で、貸主が被告互助会、借主が原告M、借入日が平成九年二月二八日、借入金額が金四五四万円とする金銭消費貸借契約に基づく債権(平成一二年四月二四日現在残高三二三万七四八〇円)が存在しないことを確認する。

3  ⑤ないし⑧事件

主文第2項と同旨

第2  事案の概要

本件事案の概要は以下のとおりである。

原告らは、訴外破産者山一證券株式会社(以下「破産会社」という)ないしその関連会社に雇用され、被告互助会の会員であった者であるが、破産会社在職中に、従業員持株融資制度(以下「本件持株融資」ないし「本件持株融資制度」という)又は自社株融資制度に基づき(以下「本件自社株融資」ないし「本件自社株融資制度」といい、「本件持株融資」ないし「本件持株融資制度」と併せて、「本件各融資」ないし「本件各融資制度」という)、訴外山一従業員持株会(以下「訴外持株会」という)ないし被告互助会から融資を受け、平成元年から同九年にかけて、破産会社の株式を取得した。

破産会社は、平成九年一一月から同一一年六月にかけて、自主廃業及び破産宣告を受けたため、原告らの所有していた破産会社の株式は無価値になった。

原告らは、被告破産管財人に対して、破産会社の株式が無価値になったことについて、破産会社が、いわゆる飛ばし(企業が期末決算において有価証券の含み損を隠蔽するため、決算期末に含み損を抱えた有価証券を証券会社の媒介により市場外で決算期の異なる他の企業に対し簿価ないしこれに資金調達コストを上乗せした価格で売却し、翌年度の期首に金利分を上乗せした価額で買い戻す行為)を行うなどして含み損を秘匿し、決算期毎の財務報告書、有価証券報告書に虚偽の記載をするなどして二七〇〇億円にも上る債務の存在を隠した上、原告らに本件各融資制度を利用させて破産会社の株式を購入させたとして(詐欺)、不法行為に基づく損害賠償請求権等を理由とする破産債権を有することの確定及び債務を負担していないことの確認を求めている。

また、原告らは、被告互助会に対しては、破産会社等を退職するに当たって規約により給付することが定められている餞別金の支払を求めるとともに、前記のとおり、原告らが被告互助会から融資を受けて破産会社の株式を購入するに当たって、①破産会社の欺罔行為があった、②原告らに錯誤があったから、被告互助会の融資(本件金銭消費貸借契約)は効力がないとして、既に支払った金員相当額につき不当利得に基づく返還請求をしている(①ないし④事件)。

他方、被告破産管財人は、原告らに対し、訴外持株会ないし被告互助会が本件融資制度に基づき原告らに融資した貸金返還請求権を譲り受けたとして、貸金の返還請求をしている(⑤ないし⑧事件)。

1  前提事実(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲記する)

(1)  当事者等

ア 破産会社は、昭和一八年九月三〇日に設立された有価証券の売買、媒介、取次ぎ等を目的とする株式会社である。

イ 原告ら

原告らは、別紙一覧表2「入社日」欄記載の日(原告Mは昭和六三年二月一〇日)にそれぞれ破産会社に入社し、同表「退社日」欄記載の日(原告Mは平成九年一二月一六日)に破産会社ないし破産会社の関連会社を退社した者である。

ウ 被告互助会

被告互助会は、破産会社及びその関連会社の従業員の親睦、扶助を図ることを目的として設立され、従業員は、破産会社及びその関連会社に入社した日に被告互助会に入会し、役員就任か退職により退会する。被告互助会は、平成一〇年三月三一日に解散し、現在清算中である(乙2、弁論の全趣旨)。

エ 被告破産管財人

東京地方裁判所(以下「東京地裁」という)は、平成一一年六月二日午前一〇時、破産会社に対し、破産法一二六条一項に基づき、破産宣告の決定をした(東京地裁平成一一年(フ)第三九三六号事件、以下「本件破産宣告」という)。東京地裁は、本件破産宣告と同時に、弁護士松嶋英機を破産会社の破産管財人に選任した(甲9)。

(2)  本件持株融資及び本件自社株融資(本件各融資)について

ア 本件持株融資について(甲1の1)

(ア) 訴外持株会は、破産会社の従業員に対し、従業員持株制度に基づき、以下のとおり、破産会社の株式を取得するための資金を貸し付けた。

使途 自社株購入資金

返還方法 毎月一回元金の二〇〇分の一を給料から、毎年二回元金の二〇〇分の四を賞与からそれぞれ天引の方法により支払う。

利率 年4.5パーセント

(イ) 原告Dは、別紙一覧表1の「③持株」欄記載のとおり、平成元年一二月一九日、本件持株融資制度に基づき、訴外持株会から三八六万円を借り受け、増資した自社株を購入した。

イ 本件自社株融資について(甲1の2及び4、24、25、弁論の全趣旨)

(ア) 被告互助会は、会員に対し、自社株融資制度に基づき、破産会社の株式を取得するための資金を貸し付けた(甲1の3、同24、25)。

目的 破産会社の株式を買い付けた代金について会員が希望する金額を被告互助会が融資するもので、福利厚生の一環として会員の財産形成を目的とする。

融資限度額 自社株購入代金のうち一万円単位までの融資希望額

融資回数制限 三回まで(ただし平成九年四月ころに五回に拡大)

利息 平成四年四月一五日まで年6.8パーセント、同年一〇月一五日まで年5.7パーセント、同五年四月一五日まで年5.3パーセント、同年一〇月一五日まで年4.6パーセント、同六年四月一五日まで年4.1パーセント、同七年六月一五日まで年3.5パーセント、同年一〇月一三日まで年2.8パーセント、同八年四月一五日まで年2.4パーセント、同月一六日以降年2.1パーセント

融資申込日 自社株買付約定日の翌日

融資実行日 自社株買付の受渡日(買付約定日の四取引日目の日)

返済期間 一〇年、買付の翌月給与から控除開始

返済方法 元利均等方式で、破産会社が支払うべき給与から元金の五〇〇分の一を、賞与から元金の五〇〇分の一九をそれぞれ天引の方法により返済する。賞与は年二回あり、一〇年で元金を分割して支払う。利息は賞与から天引される。

(イ) 原告Aら一二名は、別紙一覧表3の「自1」、「自2」欄各記載のとおり、平成三年一一月二五日から同九年一一月二五日の間、また、原告Mは同九年二月二八日、本件自社株融資制度に基づき、被告互助会から金員を借り受け、破産会社の株式を購入した。

(3)  本件に至るまでの事実経過の概要(甲2、3、6の1及び2、同10の1ないし10の12、同11、12の1ないし3、同44、乙15、16、19、20ないし22、24、25、27、32、37、39、45、弁論の全趣旨)

ア 破産会社による新株発行増資(平成元年一二月二日、以下「本件増資」という)以前の状況

(ア) 日本経済は、昭和六〇年から同六二年前半にかけて、順調に推移していた。東京証券取引所(以下「東証」という)の日経平均株価は、昭和六二年一月下旬には二万円を、更に、同年六月には二万五〇〇〇円を超えていた。破産会社は、このような状況の中で、顧客からの預り資金獲得のため、同業他社と激しい競争をしていた。

(イ) 破産会社は、「法人の山一」と呼ばれ、事業法人(以下「顧客企業」という)に強いといわれていた。当時、企業は、金融子会社を利用して資金運用を行うことが多く見られた。これらの企業は金融機関の借入資金を運用することが多く、有価証券の投資に当たっても、目標利回りや予定利回りを当然視していた。そのため、破産会社は、顧客企業の期待に応えなければ同業他社との競争に勝てない状況であった。

(ウ) 破産会社は、顧客からの預り金で株式等の売買を繰り返し、その都度手数料収入を獲得しており、これらの手数料収入が破産会社の収益の大部分を占めていた。

(エ) 破産会社の法人営業部門に当たる事業法人本部内では、顧客企業に対し、一任取引で一定期間の運用を行い、その間の運用資金に対する利回り保証をすることを約束した勧誘(以下「にぎり」という)で資金の導入を図るケースが増大した(以下、にぎりによる資金口座を「にぎり口座」という)。

(オ) 昭和六三年に入ると、同六二年九月のタテホショックによる債券市場の暴落や、同年一〇月二〇日のいわゆるブラックマンデーを契機とする株式相場の大幅下落を受け、にぎり口座における破産会社の運用成績は落ち込んだ。破産会社は、個人営業部門に当たる営業本部では損失補填を行ったが、事業法人本部では損益調整売買や飛ばしを行った。この飛ばしは、含み損について損失補填をせずに、時間を稼ぎながら株価の上昇を待つものであるから、株価が上昇せずに、さらに下落したときには損失を拡大させる危険を持っていた。

(カ) 破産会社の社長に就任した甲野太郎(以下「甲野社長」という)は、平成元年九月ころ、乙山次郎副社長(以下「乙山副社長」という)に対して、法人顧客ファンド等の実態調査を指示した。甲野社長の前記指示を受け、損失の生じたファンドの処理を目的とする委員会が設立された。

(キ) 破産会社は、平成元年一二月二日、株式三〇〇〇万株を一株当たり一九三〇円で公募発行し、株式の流通市場から五七九億円の資金を集めた。

イ 本件増資から平成三年末までの状況

(ア) 乙山副社長は、平成二年二月ころ、甲野社長に対し、法人顧客ファンド等に関する実態調査結果を報告した。乙山副社長は、前記報告の中で、甲野社長に対し、事業法人本部の運用金額は一兆八〇〇〇億円程度で、そのうち含み損は一三〇〇億円程度あることを告げた。その上で、乙山副社長は、甲野社長に対し、含み損を整理するためには、損失を顧客法人に負担させるか、損失補填をするかの二者択一であり、やむを得ないものについては損失補填せざるを得ないと述べた。

(イ) 事業法人本部における法人顧客ファンドについては、含み損が過大であり、また、事実関係が錯綜していたために、大口の法人顧客ファンドは処理できないものが多かった。

(ウ) 破産会社は、平成三年ころ、ストリップス債を利用して顧客企業の損失を解消する方法を活発化させた。この方法は、ストリップス債の相場の上昇もあり、一定程度のファンドの整理を可能にした。

(エ) 平成三年夏、証券不祥事が発覚し、損失補填問題を中心にして証券会社の営業方法に対し、強い社会的非難が加えられた。大蔵省は、平成三年七月一八日、破産会社に対し、特別検査を実施し、損失補填リストの公表を求めた。そのため、破産会社は、平成三年七月二九日、約四五六億円に上る損失補填(昭和六三年九月期から平成二年三月期までのもの)を公表せざるを得ない状況に陥った(甲11【八六頁】)。

(オ) この頃から、顧客企業が、破産会社に対し、ファンドを解消したいと要求するようになった。顧客企業のファンドを解消するためには、損失が生じているファンドを破産会社が引き取るか、顧客企業が引き取るかの二つの方法しかなかった。しかし、前者は損失補填に当たり、当時の環境下において実行することは困難であり、他方、顧客企業も損失の生じているファンドを容易には引き取らず、ファンドを解消するための交渉は難航した。

(カ) 甲野社長ほか九名の破産会社の役員は、平成三年八月二四日、事業法人営業本部の運用ファンドの実態報告等に関する会議を行った。山一證券社内調査報告書(以下「本件社内調査報告書」という、甲3)には、前記会議の時点で、ファンドの合計は一兆円を超え、含み損も五〇〇〇億円ほど存在していたと記載されている。会議では、含み損を顧客企業に引き取ってもらう交渉を強力に押し進めること等が決定された。

(キ) 甲野社長は、平成三年九月四日、参議院証券・金融特別委員会で証人喚問された。甲野社長は、委員会の中で、損失補填を行い、一般投資家の信頼を裏切ったことについて謝罪し、再発防止に努めると述べたが、平成二年三月期以降の破産会社における損失補填の実態は明らかにしなかった。

(ク) 破産会社の役員は、平成三年一一月二四日、ホテルパシフィック東京の会議室で、含み損のある預り資金の処理について、会議を行った。会議では、法人ファンドのうち処理できないものが一二〇〇億円ほどあり、これをペーパー会社に引き取らせる旨の方針が決定され、既に設立されていた日本ファクター株式会社のほかにペーパー会社四社が飛ばしの受皿として設立された。そして、これらの五つの受け皿会社が、破産会社が自主廃業するまで、含み損のある有価証券を管理した。

(ケ) 平成三年一二月一七日付日本経済新聞朝刊は、株式市場において、破産会社に飛ばしが一兆円あるとの噂が飛び交ったこと、破産会社も飛ばし自体が一八〇〇億円程度あることを認めているとの報道をした(乙32)。

ウ 平成九年一一月までの状況

(ア) 破産会社では、平成四年六月二六日、甲野社長が会長に、丙田三郎副社長が社長(以下「丙田社長」という)にそれぞれ就任した。

(イ) 破産会社は、平成四年三月期、同五年三月期(五〇六億円の赤字、甲62)と赤字決算を続けた。

(ウ) 大蔵省は、平成五年二月から同年三月にかけて、破産会社に対し、定例検査を行った。大蔵省は、平成五年六月二四日、定例検査の結果を踏まえ、丙田社長に対し、破産会社の経営状況は由々しい事態であることを伝え、同年九月三〇日までに経営改善計画に関する書面を提出するよう指示した。

(エ) 破産会社は、平成五年八月一三日、ペーパー会社及び海外の含み損も記載した資料をもとに会議を行った。この会議では、破産会社の担当者から、経理上表に出ている特金、ペーパー会社の含み損、海外で表面化していない損失(以下「簿外債務」という)、商品部で抱えている損失、山一ファイナンス株式会社の不良債権等総額六三〇〇億円の含み損についての説明がされた。

(オ) 破産会社は、平成五年一二月三日、大蔵省に対し、「経営改善計画について」と題する書面(以下「改善計画書」という)を提出した。改善計画書は、ペーパー会社及び海外の含み損については触れておらず、これらの簿外債務は存在しないことを前提の記載がされていた。

(カ) 破産会社は、平成六年三月期決算では、一七八億六七〇〇万円の経常利益を計上したが、翌七年三月期決算では、公表上五二〇億円余りの損失となり、再度、赤字決算に転落した。そして、国内及び海外における破産会社の簿外債務は、平成七年三月期には二三〇〇億円であったものが、同八年三月期には約二四〇〇億円、同九年三月期には二七〇〇億円と増加していった。

(キ) アメリカ合衆国(以下「合衆国」という)格付会社ムーディーズ・インベスターズ・サービス(以下「ムーディーズ社」という)は、平成八年一月二三日、破産会社の社債に対する格付をBaa2からBaa3に一段階下げた(乙39)。

(ク) 破産会社の平成九年四月、六月期決算は、経常損益で五四億円の赤字であった(乙37)。

(ケ) 平成九年四月二六日及び同年五月三日付週刊東洋経済には、破産会社が、平成四年以降も飛ばしと損失補填を行っているとの記事が掲載された。

(コ) 平成九年七月三〇日付日本経済新聞夕刊は、破産会社が、平成七年ころ、総会屋に対し、八〇〇〇万円の利益供与を行ったこと、東京地方検察庁特捜部(以下「東京地検特捜部」という)が、総会屋に対する利益供与の疑いで、破産会社の本店等を捜索したことを報道した。破産会社の株価は、平成九年七月三〇日、東京地検特捜部による捜索等のために大量の売り注文が集まり、前日比二六円安の二七五円まで急落し、同年四月八日に付けた年初来安値二九六円を大幅に更新した(乙34)。

(サ) 平成九年九月二一日付日本経済新聞朝刊には、破産会社が、平成五年以降、法人顧客数社の口座に対し、利益の付け替えによる損失補填を行っていた疑いが強いとの記事が掲載された(乙15)。

(シ) 平成九年一〇月一九日付日本経済新聞朝刊では、破産会社の中間決算が赤字に転落することが報道された(乙16)。

エ 平成九年一一月以降自主廃業までの事実経過

(ア) ムーディーズ社は、平成九年一一月六日、破産会社の財務状況の悪化を理由に破産会社の社債とコマーシャルペーパーの格付を投資不適格に引き下げる方向で検討する旨を発表した(乙20)。また、同じく合衆国格付会社のスタンダード・アンド・プアーズ(以下「スタンダード社」という)が、破産会社の金融市場における取引の信用力を投資適格級では最低のトリプルBマイナスに下げた(乙21、22)。

(イ) 平成九年一一月一八日付朝日新聞朝刊は、破産会社は平成九年九月中間決算で二七億円の赤字になるなど業績が悪化しており、今後二年余りで社員を二五〇〇人削減する予定であると報道した(乙24)。

(ウ) 破産会社の株価は、平成九年一一月一九日、前日終値比五〇円安の五八円まで下落し、ストップ安になるなど投機的な売りに晒された(乙19)。

(エ) 平成九年一一月二〇日付読売新聞夕刊には、破産会社が富士銀行に対し資金支援を要請するなど経営建て直しを進めていること、破産会社は、大蔵省を通じて富士銀行以外の金融機関にも協力を要請していること等を報道した(乙25)。

(オ) 日本経済新聞は、平成九年一一月二二日、破産会社が自主廃業すると発表した(甲44【一二頁】)。

(カ) 破産会社は、平成九年一一月二四日、大蔵大臣に対し、自主廃業に向けて営業を休止する旨の臨時報告書(以下「本件臨時報告書」という)を提出した(乙45)。本件臨時報告書には、平成九年九月三〇日時点の破産会社の貸借対照表に関して、資産総額は三兆六〇九四億七六〇〇万円、負債総額は三兆五〇八五億五九〇〇万円、自己資本は一〇〇九億一七〇〇万円であること、今後係争に発展する可能性のある取引が四件あり、その係争額は二五三億円に及ぶことが記載されている。

オ 自主廃業後の事実経過

(ア) 破産会社が自主廃業を決定した後、大蔵省の指導の下、破産会社に、日本銀行や日本証券業協会、銀行出身者で構成される顧問委員会が設置された。

(イ) 顧問委員会は、破産会社の作成した「退職手続マニュアル」(以下「本件マニュアル」という)を承認した。本件マニュアルでは、①本件自社株融資制度に基づく貸金は退職金その他をもって全額返還させるのを原則とするが、その貸金残額の二〇〇万円(退職金の五〇パーセントを上限とする)の範囲内で、貸金の支払を分割払とし、分割払とした部分について公正証書を作成する、②この公正証書の作成に応じない従業員に対しては、退職金の支払を全面的に停止し、かつ、貸金について訴えを提起し、勝訴判決を得て強制執行により回収するとの記載がある(甲2、弁論の全趣旨)。

(ウ) 破産会社は、平成一〇年三月、東証から上場廃止処分を受けた。

(エ) 東京地裁は、平成一一年六月二日午前一〇時、破産会社の債務は合計四九六四億円と債務超過の状況にあり、支払不能に陥っていることは明らかであるとして本件破産宣告をし、破産会社の破産管財人として、弁護士である松嶋英機を選任した。

(オ) 原告らは、平成一一年九月七日、破産裁判所である東京地裁に対し、損害賠償請求権と不当利得返還請求権及びこれらに対する平成一〇年五月三〇日から本件破産宣告の前日である平成一一年六月一日までの年五分の割合による遅延損害金について、破産債権(以下「本件各破産債権」という)の届出をしたところ、被告破産管財人は、同年一二月一五日の債権調査の期日において、本件各破産債権全額について異議を述べた(甲10の1ないし10の12)。

(カ) 被告互助会は、平成一二年四月七日、被告破産管財人に対し、被告互助会が本件自社株融資制度に基づき原告らに対し貸し付けた貸金債権を譲渡した(乙27)。

2  争点

(1)  被告互助会は権利能力なき社団に当たるか。

【原告らの主張】

被告互助会は、実質的には単なる破産会社の組織の一部にすぎない。

また、仮に、被告互助会が権利能力なき社団に当たるとしても、被告互助会は、その運営の全てが破産会社の指揮下にあり、本件自社株融資も破産会社の管理の下に行われていた。よって、民法九六条一項の詐欺取消の適用に当たって、破産会社の欺罔行為は被告互助会の欺罔行為に当たるというべきであり、被告らにおいて、被告互助会と破産会社とが別個の社団であるとして、詐欺の成立を否定することは権利の濫用であり、許されない。

【被告らの主張】

被告互助会は、会員からの会費及び破産会社からの借入金等の資金調達を自らの計算で行い、この資金を基に自らの計算で組織を運営し、貸付けを行っている。したがって、被告互助会は権利能力なき社団であって破産会社の組織の一部ではなく、原告らの主張は理由がない。

(2)  被告破産管財人の原告ら(原告A、同L、同Mを除く。以下、本項における「原告ら」とは、原告A、同L、同Mを除く原告らを指す。)に対する貸金返還請求権ないし不当利得返還請求権の当否。本件各消費貸借契約は錯誤、詐欺、公序良俗違反に当たるか。原告Mの被告破産管財人に対する債務不存在確認請求の当否。

【被告破産管財人の主張】

ア 貸金返還請求権について

被告互助会は、原告らに対し、別紙一覧表1「融資日」欄各記載の日に、同表「融資額」欄各記載の金員を貸し付けた。しかるに、原告らは、破産会社を退職後、被告互助会に対し、同表「最終残債務額」欄各記載のとおり、借入金の一部しか弁済していない。被告互助会は、平成一二年四月七日、被告破産管財人に対し、被告互助会の原告らに対する前記貸金残額債権を譲渡した。よって、被告互助会の債権債務を承継した被告破産管財人は、原告らに対し、前記金銭消費貸借契約に基づき、貸金返還請求権を有する。

イ 不当利得返還請求権について

仮に、原告らが主張するように、本件各金銭消費貸借契約が詐欺を理由に取り消され、また、錯誤ないし公序良俗違反に当たり無効だとしても、被告互助会は、原告らに対し、貸金相当額の不当利得返還請求権を有する。

ウ 原告らの主張に対する反論

(ア) 詐欺取消の主張に対して

a 原告らが取消を主張する法律行為は金銭消費貸借契約であるから、原告らの契約の相手方は、本件持株融資については訴外持株会、本件自社株融資については被告互助会である。他方、原告らが欺罔行為の主体と主張するのは破産会社であるから、本件はいわゆる第三者詐欺に当たる。そして、訴外持株会及び被告互助会にとって、破産会社の含み損、簿外債務の存在は全く知り得ない事柄であるから、本件において、原告らは、破産会社の第三者詐欺を理由に本件各金銭消費貸借契約を取り消すことはできない。

b 原告らは、破産会社作成の有価証券報告書の内容が虚偽であると主張するが、同報告書は、大蔵大臣宛に提出されるものであり、株式市場で取引をした者との関係は非常に間接的である。したがって、破産会社による有価証券報告書の提出は、「錯誤に基づく意思表示に向けられた行為」ということはできない。また、詐欺が成立するためには、相手方を欺罔して錯誤に陥れようとする故意と、この錯誤によって意思表示をさせようとする故意が必要であるところ、原告らの主張ではこれらの故意の内容が明らかになっていない。

c 原告らは、いずれも証券取引を業としていた破産会社の従業員であり、株式取引に精通した専門家である。破産会社の含み損に関する噂は、平成九年当時、新聞や雑誌等で繰り返し報道され、株価も各種報道に伴って急激に下落していた。そして、破産会社の株価は、平成九年一一月には、一株当たり一〇〇円を割り込む水準となった。以上のような当時の事情に鑑みると、原告らは、破産会社の財務状態、営業状態が有価証券報告書より劣悪であることについて、当然に認識できたと考えるのが相当である。よって、少なくとも平成九年以降に買付を行った原告Dを除く原告ら全員にはいずれも錯誤はなかった。

d 仮に、本件各消費貸借契約に原告らが主張するような欺罔行為、錯誤が存在したとしても、いずれの行為も自社株購入に当たっての意思決定上の瑕疵にすぎず、自社株購入のために原告らが締結した本件各金銭消費貸借契約についての瑕疵ということはできない。また、破産会社の欺罔行為及び原告らの錯誤と本件各金銭消費貸借契約締結との間には因果関係がない。

(イ) 錯誤無効の主張に対して

原告らは、証券取引を業としていた破産会社の従業員であり、破産会社に関する当時のマスコミ報道、株価の推移、格付の状況によれば、破産会社の含み損の存在、倒産の可能性を相当程度に認識することができたというべきである。よって、原告らには、本件各金銭消費貸借の締結に当たって何らの錯誤もない。

また、仮に、原告らが、破産会社に含み損が存在する可能性を認識していなかったとしても、原告らは証券会社の従業員であり証券取引の専門家であるし、問題になっているのは原告らが自ら勤務していた破産会社の株式であるから、原告らには錯誤に陥ったことにつき重大な過失がある。

(ウ) 公序良俗違反の主張に対して

原告らが公序良俗違反に当たると主張しているのは破産会社の行為である。にもかかわらず、原告らは、原告らと訴外持株会ないし被告互助会との間の本件各金銭消費貸借契約について公序良俗違反に当たると主張しており、原告らの主張は理由がない。

(エ) 原告らの不当利得返還義務の範囲について

仮に、本件各金銭消費貸借契約が詐欺により取り消され、また、錯誤ないし公序良俗違反に当たり無効だとしても、訴外持株会及び被告互助会が、原告らに対し、本件各金銭消費貸借契約に基づき交付したのは金銭である以上、借主である原告らが利得したのは金銭である。よって、原告らは、被告破産管財人に対し、原状回復義務の履行として、受領した借入金相当額の金員を返還すべきである。

【原告らの主張】

本件各融資に基づく金銭消費貸借契約は、以下のような理由から効力がない。

ア 詐欺取消

(ア) 破産会社は、遅くとも平成元年から同九年一一月に至るまで長年にわたり、巨額にのぼるにぎり口座の存在や飛ばし等の事実を隠蔽し、決算期ごとに公表する有価証券報告書等には虚偽の記載をしていた。破産会社が隠していた簿外債務は、最終的には二七〇〇億円にも及ぶ。破産会社がこれらの隠蔽行為をしていたために、同社の株価は実態よりも高い価格で取引されていた。

他方、破産会社は、本件持株融資制度を設け、あるいは被告互助会をして本件自社株融資制度を設けさせ、原告らにこれらの融資制度を利用させ、不当に高い価格で自社株を購入させてその購入資金を融資した。このような破産会社の行為は、原告らに対する欺罔行為に当たる。

原告らは、破産会社による欺罔行為によって、同社の株価が同社の財務、営業状況を反映した適正な価格であると誤信し、その価格を前提に、破産会社による貸付けを受けた。

(イ) 以上のとおり、破産会社による欺罔行為により締結された破産会社との本件持株融資、被告互助会との本件自社株融資による金銭消費貸借契約は、民法九六条一項により取り消すことができる。本件自社株融資制度に基づく本件各金銭消費貸借契約については、原告らからの借入れの申込みの意思表示は破産会社に対してされており、破産会社は、被告互助会の意思受領機関に当たる。

(ウ) 原告らは、破産会社に対し、本件各金銭消費貸借契約について詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。よって、原告らは、破産会社に対し、本件各融資による借入金返還債務を負担していない。

イ 錯誤無効

原告らは、本件各金銭消費貸借契約の締結に際して、借受けの動機、すなわち、破産会社の株価が同社の財務、営業状況を反映した適正な価格であり、そのために本件各融資制度に基づき自社株を購入することを明確に表示した。よって、本件各金銭消費貸借契約は、民法九五条により無効である。

また、破産会社は、二七〇〇億円を超える簿外債務が存在していたことを隠蔽しており、これは株式取引で許容された限度を超えている。さらに、破産会社は、破産会社に含み損が存在する旨の報道機関による報道を否定していた。これらの破産会社の行為の結果、原告らは、破産会社が公表した有価証券報告書等の財務内容を信用して同社の株式を購入した。仮に、原告らが、破産会社の正確な実情を認識していれば、原告らは株式取引の専門家であるから、自社株を購入することはなかった。以上のとおり、本件各金銭消費貸借契約は、原告らの錯誤によって締結されたものであるから、いずれも無効である。

ウ 公序良俗違反

破産会社は、会社存亡の危機にあったのに、巨額の簿外債務を隠し、虚偽の財務内容を公表し、その結果、同社の株価形成を大きくゆがめていた。他方、破産会社は、自社株購入と本件金銭消費貸借契約を一体化した本件自社株融資制度を維持し、従業員に対して自社株の購入を容易にする手段を講じていた。また、破産会社は、破産会社の財産状態を知らない従業員から自社株購入資金の借入れ申請がある都度、これを承認し、自社株購入に必要な資金を従業員に貸し付け、その債権の元利金を従業員の給料及び賞与から天引して回収した。さらに、破産会社は、経営危機が深刻化した平成九年四月に入り、本件自社株融資制度の回数制限を緩和して、従業員に自社株を購入させた。以上のような破産会社の一連の行為は、やがて会社の危機が表面化し、倒産に至るかもしれないことを十分に認識しながら、それでもなお従業員に資金を貸し付けて自社株を買わせるものであり、その経営態度は公序良俗に違反している。

エ 詐欺取消及び錯誤無効の効果

本件各金銭消費貸借契約は、詐欺取消の意思表示ないし錯誤、公序良俗違反による無効により、その効力はいずれも遡及的に消滅した。その結果、破産会社ないし被告互助会が原告らから受領した弁済金相当額はいずれも不当利得に当たる。よって、破産会社及び被告互助会は、原告らに対し、それぞれ弁済した相当額の金員を返還すべき義務を負う。他方、原告らが被告らに対して負う原状回復義務の内容は、本件各金銭消費貸借契約に基づく借入金によって購入した破産会社の株式の返還にすぎず、破産会社の株式の現在の価値はゼロであるから、原告らは、実質的には、被告らに対し、原状回復義務を負わない。

(3)  原告らの破産会社に対する破産債権の有無(以下、本項における「原告ら」とは、原告Mを除く原告らを指す)

【原告らの主張】

ア 原告Dは不当利得に基づく利得金返還請求権を根拠とする破産債権を有する。

破産会社は、遅くとも平成元年から同九年一一月に至るまで長年にわたり、巨額にのぼるにぎり口座の存在や飛ばし、含み損を隠し、決算期ごとの財務報告書、有価証券報告書に虚偽の記載をし、最終的には二七〇〇億円に及ぶ債務の存在を隠していた。その結果、破産会社の株値は実態よりも高い価格をつけていた。その一方で、破産会社は、従業員持株融資制度を設けて、原告Dに対し、自社株を引き受けさせ、かつ、その払込金の資金に使用することに限定して融資し、金銭消費貸借契約を締結させた。よって、前記金銭消費貸借契約は破産会社の詐欺又は原告Dの錯誤により効力がなく、原告Dは、被告破産管財人に対し、不当利得に基づき、原告Dが、給料及び賞与から天引されて弁済した金員及び遅延損害金について破産債権を有している。

イ 原告らは不法行為に基づく損害賠償請求権を根拠とする破産債権を有する。

破産会社は、前記アのとおり、原告らを欺き、自社株の購入を決意させた。その結果、原告らは、別紙一覧表3記載のとおり本件各融資制度を利用して自社株を購入し、同表「株購入代金総額」欄各記載のとおりの支出をした。原告Hは、破産会社の自主廃業後の平成一〇年二月、自社株を売却し、別紙一覧表3「売却手取額」欄記載の金員を回収したものの、他の原告らは、無価値となった自社株を保有したままであり、自社株購入代金と同額の損害を受けた。よって、原告らは、破産会社を受継した被告破産管財人に対し、不法行為に基づき、別紙一覧表3「株購入代金総額」欄各記載の金員から同表「売却手取額」欄記載の金員を控除した別紙一覧表2「破産者に対する請求」欄上段各記載の金員及びこれに対する同欄下段記載の遅延損害金について破産債権を有している。

【被告らの主張】

ア 不当利得返還請求に対して

破産会社が、原告Dに対し、本件持株融資制度による金銭消費貸借契約に基づき交付したのが金銭である以上、借主である原告Dが利得したのも金銭である。よって、原告Dの利得が自社株であるとの原告Dの不当利得返還請求権の確定請求は理由がない。

イ 不法行為に基づく損害賠償請求権に対して

(ア) 原告らは、有価証券報告書に虚偽の記載をしたこと等を違法行為であると主張しているが、何年度の有価証券報告書のどの項目にどのような内容の虚偽があったのかを特定していない。

(イ) 証券取引法上、発行市場における有価証券届出書の虚偽記載については株式発行会社が責任主体に含まれているが、流通市場における有価証券報告書の虚偽記載に関する責任主体は株式発行会社の役員に限られている。このように、株式発行会社は、発行市場における適時開示義務違反についてのみ責任を負い、流通市場では責任を負わないとすることが証券取引法の立場であり、証券取引法が特に場合を分けて株式発行会社の責任を定めた趣旨からすれば、株式発行会社である破産会社は、有価証券報告書の虚偽記載に関し、不法行為責任を負わないというべきである。

(ウ) 仮に、破産会社の有価証券報告書に虚偽の記載があり、それにより原告らが損害を被ったとみなす余地があったとしても、その損害は、当該報告書の虚偽部分と因果関係がある限度に限られる。原告らは、自社株の株価の下落について、全て破産会社の違法行為に基づく損害に当たるとして損害回復を求めているが、株価の下落要因には様々なものが考えられるのであり、原告らの損害と破産会社の行為との間に因果関係はない。

また、原告らの請求は、結局、破産会社の株式を取得し、旧株主から株主の地位を取得した新株主が情報の不開示等を理由として破産会社に対して損害賠償責任を追及するものであるが、少なくとも会社の倒産時には、情報の不開示を理由とするこのような請求は許されない。

(エ) 原告らが自社株を購入した当時における破産会社に関する報道状況や格付会社による格付に照らすと、破産会社の株価は既にリスクが織り込まれていたとみるべきである。そして、原告らが取得した時点における自社株の株価は、破産会社が再建されれば大きなリターンを期待できる水準であったから、原告らの自社株購入は合理的な投機行為と評価できる。このように、リスクを承知して株式を取得した者が、リスクが実現したことを理由に損失を免れようとすることは株式市場における自己責任の原則に反するものであり、原告らの損害賠償請求は理由がない。

(オ) 株主は、会社の経営が良好な場合は、定率の利息を得るにすぎない一般債権者より有利な配当を享受するが、会社経営が不良になれば、配当を受けられず、さらに、会社が倒産した場合には、一般債権者に劣後して残余財産の分配にあずかることができるにすぎない。したがって、株主が、情報の不開示等を理由に損害賠償請求し、一般債権者と同等の地位で配当を受けることは、株主の残余財産分配請求権が一般債権者に劣後するという会社法の原則の潜脱に当たり、許されない。

(4)  原告らの被告互助会に対する請求の当否(以下、本項における「原告ら」とは、原告Mを除く原告らを指す)

【原告らの主張】

ア 餞別金請求権

原告A、同C、同D、同E、同H、同I、同Kは、被告互助会に対し、別紙一覧表2「原告らの債権内容」欄記載の「餞別金請求権」欄各記載のとおり、餞別金請求権を有している。

イ 不当利得に基づく利得金返還請求権

(ア) 前記のとおり、本件自社株融資制度に基づく本件各金銭消費貸借契約は詐欺取消、錯誤無効により効力がなく、本件各金銭消費貸借契約の弁済として原告らの給料及び賞与から天引された分については、被告互助会の不当利得に当たる。よって、原告らは、被告互助会に対し、別紙一覧表3「不当利得金請求権」欄各記載のとおり、不当利得に基づく利得金返還請求権を有している。

(イ) 原告A及び同Fは、破産会社を退職するに当たり、本件自社株融資に基づく借受金残額の返済をした。しかし、かかる返済は、支払義務がないのに原告A及び同Fが誤解して支払ったものであり、被告互助会の不当利得に当たる。

ウ 相殺の意思表示

被告互助会は、別紙一覧表2記載「充当後の残高」欄各記載の債権を有し、他方、原告らは、同表「原告らの債権内容」欄各記載のとおり、被告互助会に対し、それぞれ債権を有している。そこで、原告らは、被告互助会に対し、「その他の弁済金」、「不当利得金請求権」、「餞別金」の順序で、それぞれ対当額において相殺する旨の意思表示をした。よって、原告らは、被告互助会に対し、別紙一覧表2「被告互助会に対する請求」欄の「請求金額」欄各記載の金員及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める。

【被告互助会の主張】

ア 餞別金請求権に対して

原告A、同C、同D、同E、同G、同H、同I、同Kに対する餞別金は、本件各金銭消費貸借契約に基づく貸金と、平成一〇年三月三一日、相殺されている。餞別金を受領していない旨の原告Iの主張は否認する。

イ 不当利得に基づく利得金返還請求権及び相殺の意思表示に対していずれも争う。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)(被告互助会の社団性、権利濫用の成否)について

(1)  原告らの被告らに対する請求は、基本的には、被告互助会が破産会社の組織の一部であると捉え、被告らにおいて、破産会社と被告互助会が別個の法人格であると主張することは権利の濫用に当たり許されないという点にある。そこでまず、この点について判断する。

(2)ア  前記前提事実及び証拠(甲1の3、同2、17ないし25、乙2、28、54、証人髙原)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告互助会は、破産会社及びその関連会社の従業員相互の親睦、扶助を図ることを目的に設立され、会員に対する慶弔金の贈与、一般貸付け、株式購入資金融資、特別貸付け等を事業として行っていた。

(イ) 被告互助会は、破産会社及びその関連会社の従業員をもって会員とし、各会社に入社したときに入会し、各会社の役員就任又は退社の時に退会したものとみなされる。

(ウ) 被告互助会は、破産会社本社に本部を、本社の各部及び各支店、関連会社に支部を置き、会員からの会費及び破産会社からの借入金を原資として事業を行っていた。また、被告互助会は、その事業処理のために破産会社の人事部厚生課に事務局を置いていた。

(エ) 被告互助会には、理事長一名、理事各支部一名、常任理事一一名以内、監事二名が置かれていた。常任理事は、破産会社の企画室、債券部、エクイティ部、投資信託部、システム管理部、総務部、国際企画部及び営業本部に所属する六級職以上の従業員及び破産会社従業員組合執行委員長並びに破産会社厚生課長の中から理事長の指名により委嘱され、監事は、破産会社監査部長及び経理部長が委嘱された。

(オ) 被告互助会の会務の運営に当たっては、理事長が被告互助会を代表し、理事長、常任理事、監事を構成員とする常任理事会において、規約に定める事項について多数決により決議する。被告互助会には会員総会はなく、常任理事会が最高の意思決定機関となっていた。

イ  以上によれば、被告互助会は組織、運営、事業等の各面について、破産会社と密接な関係があることが認められる。しかし他方、前記アで認定したとおり、被告互助会には理事長及び常任理事会が置かれ団体としての組織を備えていたこと、会員の入退会にかかわらず団体そのものは存続していたこと、規約によって、代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していたこと、意思決定機関である常任理事会では多数決の原則が採用されていたこと等本件に顕れた諸事情に照らすと、被告互助会が破産会社の一部であると認めることは困難であり、被告互助会は権利能力なき社団に当たるものと認めるのが相当である。

よって、原告らが、本件自社株融資制度に基づき金銭消費貸借契約を締結した相手方は被告互助会であると認めるのが相当である。

(3)  進んで、被告らが、被告互助会と破産会社が別個の存在であること(法人格)を主張することが権利の濫用に当たるか否かについて検討する。

前記前提事実及び証拠(乙53、証人髙原、原告B)並びに弁論の全趣旨によれば、原告らが、破産会社の株式を購入するに当たり、本件自社株融資制度を利用するか否かは専ら原告らの意思に委ねられており、破産会社及び被告互助会の強制は働いていないこと、破産会社の従業員のうち本件自社株融資制度を実際に利用したことがある者は全従業員の約二割にすぎないこと、原告らは自ら現金を用意するか、あるいは他の金融機関から借入をして破産会社の株式を購入することも可能であったことが認められる。

そうすると、原告らの破産会社の株式購入と本件自社株融資制度による金銭消費貸借契約とを一体とみなすことは困難であり、被告互助会が破産会社と別個の存在(法人格)であることを主張することが権利の濫用によって許されないとされる事情を認めるに足りる証拠はないというべきである。

以上によれば、原告らが、被告互助会に対して、破産会社に対する事情を直接的に援用することはできないということになる。

(4)  なお、原告Dは、平成元年一二月一九日、本件持株融資制度を利用して、訴外持株会から金員を借り受け、増資した自社株を購入しているので、訴外持株会の社団性等についても付言しておくことにする。

ア 前記前提事実及び証拠(甲1の1、同2)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 訴外持株会は、破産会社の従業員が自社の株式を購入するに当たってその購入する資金を貸し付ける主体として、昭和四四年に一〇月一日からスタートした。

(イ) 破産会社の従業員組合では、従業員ハンドブックを作成し、従業員の福利厚生等の便に供していたが、当該ハンドブックにおいて、訴外持株会は被告互助会と同様に、福利厚生等の一制度として掲載されている。そして、当該ハンドブックには、訴外持株会について「着実な歩みを続け従業員の財産形成に大きく寄与しています」と評価している。

(ウ) 原告Dは、平成元年一二月二日、本件増資に応じて、破産会社の株式を購入し、同月一九日、本件持株融資制度を利用して、訴外持株会から三八六万円を借り入れた。当該借入の際に作成された借入金証書には「山一従業員持株会御中」と記載されていた(乙5の1)。

イ 以上によれば、訴外持株会は、従業員が利用する制度として破産会社と密接な関係があることが認められる。しかし他方、前記アで認定したとおり、訴外持株会は、破産会社の従業員を対象とし、貸付け等の活動を行っていること、会員の入退会にかかわらず、団体そのものは存続していたこと等本件に顕れた諸事情に照らすと、訴外持株会が破産会社の一部であると認めることは困難であり、訴外持株会は、権利能力なき社団に当たるものと認めるのが相当である(なお、従業員持株会が権利能力なき社団に当たることを肯定している裁判例として東京高判平成五年六月二九日判時一四六五号一四六頁などがある)。

ウ そこで次に、被告らが、訴外持株会と破産会社が別個の存在(法人格)であることを主張することが権利の濫用に当たるか否かが問題になるが、前記(3)の事実が認められる本件にあっては、権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。

2  争点(2)、(4)(被告破産管財人の貸金返還請求権の当否等)について(以下、本項における「原告ら」とは、原告A、同L、同Mを除く原告ら一〇名を指す)

(1)  貸金返還請求権の当否

ア 貸金返還請求権の発生

前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、①被告互助会は、平成三年一一月二五日から同九年一一月二五日までの間、原告B、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同Kに対し、本件自社株融資制度に基づき、別紙一覧表1「融資の種類」欄各記載のとおり、金員を貸し付けたこと、②前記原告ら一〇名は、退職するまで給与、賞与の中から天引で前記借入金を返済してきたが、破産会社退職時の借入金残額は、同表「退職時融資残高」欄各記載のとおりであったことが認められる。

イ 餞別金、退職金との相殺

前記前提事実及び証拠(甲1の3、同46、55、56、64ないし66、69)並びに弁論の全趣旨によれば、①前記原告Bら一〇名は、被告互助会に対し、別紙一覧表2「餞別金請求権」、「退職金請求権」欄各記載の餞別金支払請求権、退職金支払請求権を有していたこと、②前記原告Bら一〇名は、破産会社退職時に、前記アの被告互助会に対する借入金残額の支払をしなかったこと、③そこで、被告互助会は、貸金債権と餞別金支払請求権、退職金支払請求権とを相殺したことが認められる。

ウ 債権譲渡

前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、①前記イの相殺の結果、被告互助会の原告らに対する貸金残額は、別紙一覧表1「最終残債務額」欄各記載のとおりになったこと、②被告互助会の原告らに対する貸金返還請求権は、同人らの退職に伴い、原告Iについては平成一〇年五月一九日から、それ以外の原告については同年四月一日から履行遅滞になっていること、③被告互助会は、平成一二年四月七日、被告破産管財人に対し、被告互助会の原告らに対する貸金債権を譲渡したことが認められる。

エ 小括

以上によれば、被告破産管財人は、原告らに対し、別紙一覧表1「最終残債務額」欄各記載の貸金債権及びこれに対する同表「遅延損害金起算日」欄各記載の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有しており、原告らの抗弁が理由がない限り、被告破産管財人の請求は認められるということになる。そこで、以下、原告らの抗弁について検討することにする。

(2)  原告らの抗弁について

ア 詐欺取消

原告らは、本件各金銭消費貸借契約は、破産会社の詐欺により締結されたものであると主張するので、まず、この点について検討する。

(ア) 本件持株融資について(なお、被告破産管財人の原告Dに対する請求は、本件自社株融資に基づく貸金返還請求権であるが、本件持株融資に基づく貸金債権は、餞別金、退職金支払請求権と相殺されている関係で問題となる)

a 前記前提事実及び証拠(乙5の1)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(a) 破産会社は、従前から、顧客企業に対し、一任取引で一定期間の運用を行い、その間の運用資金に対して利回り保証するにぎり口座での資金導入を図り、収益を得ていた(前提事実(3)ア(エ))。

(b) ところが、昭和六三年に入り、株式相場は大幅に下落し、破産会社のにぎり口座での運用成績は大幅に落ち込み、破産会社は、顧客企業に対し、損失補填をする必要に迫られた(前提事実(3)ア(オ))。

(c) このため、破産会社は、飛ばしを行うようになった。この飛ばしは、含み損について損失補填をせずに、時間を稼ぎながら株価の上昇を待つもので、株価が更に低下した場合は損失が更に拡大する危険を有していた(前提事実(3)ア(オ))。

(d) 破産会社は、平成元年一二月二日、株式三〇〇〇万株を一株当たり一九三〇円で公募発行した。破産会社は本件増資により株式の流通市場から五七九億円を集めた(前提事実(3)ア(キ))。

(e) 原告Dは、平成元年一二月二日、本件増資に応じて、自社株を購入し、同月一九日、本件持株融資制度を利用して、訴外持株会から三八六万円を借り入れた。当該借入の際に作成された借入金証書は「山一従業員持株会御中」と記載されていた(乙5の1)。

(f) 訴外持株会は、平成一一年三月三一日、破産会社に対し、訴外持株会が有する債権全てを譲渡した。

b 以上の認定事実をもとに、原告Dが本件持株融資により締結された金銭消費貸借契約について、破産会社の詐欺を理由に取り消しうるか否かを検討する。

確かに、前記a(a)ないし(c)で認定したとおり、破産会社は本件増資以前に多額の含み損を抱えていたことが認められ、また弁論の全趣旨によれば、破産会社は有価証券届出書等でこのような含み損の存在を明らかにしていなかったことが認められる。よって、破産会社自身が、本件において、有価証券届出書の虚偽記載に関して、投資家に対し、証券取引法上の損害賠償責任を負う可能性は否定できない。しかし、前記a(e)及びa(f)で認定したとおり、本件持株融資により締結された金銭消費貸借契約の貸主は訴外持株会であるところ、前記1(4)で既に認定したとおり、訴外持株会は権利能力なき社団に当たると認めるのが相当であり、破産会社の欺罔行為を理由に、本件持株融資制度に基づく金銭消費貸借契約を取り消すことはできないと解するのが相当である。しかも、本件全証拠を検討するも、訴外持株会が破産会社の欺罔行為について知っていた又は知ることができたと認めるに足りる証拠も存在しない。

c 以上によれば、本件持株融資制度に基づく金銭消費貸借契約は、破産会社の詐欺を理由に取り消したとする原告Dの主張はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。

(イ) 本件自社株融資制度について

a 前記1で認定したとおり、本件自社株融資による金銭消費貸借契約の貸主は、破産会社ではなく被告互助会であると認められる。そこで、前記金銭消費貸借契約が、破産会社の詐欺を理由に、取り消しうるか否かが問題となる。

本件で、原告らが、破産会社の詐欺を理由に前記金銭消費貸借契約を取り消すためには、①破産会社の欺罔行為により原告らが錯誤に陥り、前記金銭消費貸借契約を締結したことに加え、②被告互助会が①の事実を知り又は過失により知らなかったことの二要件を具備しなければならないと解するのが相当である。そこで以下、これらの要件について検討する。

b  詐欺とは人を欺罔して錯誤に陥らせる行為であるから、①詐欺者には相手方を欺罔して錯誤に陥れようとする故意と、さらに、②この錯誤によって意思表示をさせようとする故意が必要である。

確かに、前記前提事実(3)で認定したとおり、破産会社は、原告らが自社株を購入し、本件自社株融資制度を利用して金銭消費貸借契約を締結した当時、多額の含み損を抱えていたにもかかわらず、その事実を隠蔽して虚偽の内容の有価証券報告書等を公表し、真実の情報を開示しなかったことが認められ、原告らは、破産会社が提出した有価証券報告書の記載内容等を判断材料の一つとして、本件自社株融資制度を利用して自社株を購入したものと推認できる。

c  しかし、本件で、原告らは、流通市場において自社株を購入したにすぎず、原告らと破産会社は直接の契約関係に立っていないこと、原告らの自社株購入により破産会社は直接利益を享受してはいないこと、原告らと被告互助会との間で金銭消費貸借契約が締結されるに当たって、破産会社は、原告らに対し、積極的に働きかけておらず、原告らは、自己の判断で自社株の購入及び本件自社株融資制度の利用を決定したこと等の事実が認められ、これら本件に顕れた諸事情を総合勘案すると、破産会社には、虚偽の有価証券報告書を公表すること等により、原告らに自社株購入の決意を生じさせ、さらには、本件各金銭消費貸借契約を締結させようとする詐欺についての前記①及び②の故意を認めることは困難である。よって、本件において、破産会社が、原告らに対し、欺罔行為を行ったとはいい難いから、破産会社の行為は、前記(イ)a①の要件を満たしていないと認めるのが相当である。

d  また、証拠(甲1の3、証人髙原)及び弁論の全趣旨によれば、被告互助会には、一一名以内の常任理事が置かれ、常任理事は、破産会社の企画室、債券部、エクイティ部、投資信託部、システム管理部、総務部、国際企画部及び営業本部に所属する六級職以上の従業員及び破産会社従業員組合執行委員長並びに破産会社厚生課長の中から理事長の指名により委嘱されていたこと、被告互助会の理事長は常任理事の互選で選任されていたことが認められるものの、被告互助会の理事長が、原告らにおいて本件各消費貸借契約を締結した当時、破産会社の前記b認定の各行為を知り又は過失により知らなかったと認めるに足りる証拠も存在しない。よって、本件は、前記(イ)②の要件も満たしていない。

(ウ) 小括

以上のとおり、原告らの詐欺取消の抗弁は理由がない。

イ 錯誤無効

(ア) 本件において、原告らは、破産会社が真実の財務内容及び営業内容を公表していれば、原告らが自社株を購入することも、本件各金銭消費貸借契約を締結することもなかったから、原告らの錯誤と本件各金銭消費貸借契約締結との間には相当因果関係が存在すると主張し、さらに、原告らは、被告らに対し、①借入金を自社株購入に充てること及び②原告らが自社株購入を決断したのは破産会社の公表した決算、営業報告を真実と信じた旨の動機を表示したから、本件各金銭消費貸借契約は原告らの錯誤により無効であると主張する。そこで、以下、この主張の当否について検討する。

(イ) 自社株購入と金銭消費貸借契約の一体性について

前記前提事実及び証拠(乙53、証人髙原、原告B)並びに弁論の全趣旨によれば、自社株を購入するに当たり、本件各融資制度を利用するか否かは原告らの意思に委ねられており、破産会社及び訴外持株会並びに被告互助会の強制は働いていないこと、破産会社の従業員のうち本件各融資制度を実際に利用したことがある者は全従業員の約二割にすぎないこと、原告らは自ら現金を用意するか、あるいは他の金融機関から借入をして自社株を購入することも可能であったことが認められる。

以上本件に顕れた諸事情に照らすと、原告らの自社株購入と本件各融資制度による金銭消費貸借契約とを一体とみなすことは困難であり、他に、これを認めるに足りる証拠は存在しない。よって、原告らが、破産会社の公表した有価証券報告書の記載等を真実であると誤信して訴外持株会及び被告互助会との間で金銭消費貸借契約を締結したとしても、本件金銭消費貸借契約が錯誤に当たり無効と認めることは困難であるというべきである。

(ウ) 破産会社の行為と金銭消費貸借契約の因果関係について

原告らは、破産会社が真実の財務内容及び営業内容を公表していれば、原告らが、本件各融資制度を利用して自社株を購入することはなかったとして、破産会社が虚偽の有価証券報告書を公表したこと等の行為と原告らの金銭消費貸借契約締結行為との間には因果関係が存在すると主張する。

しかし、一般に株価は、会社の業績、資産、収益の状態等のほか、金融事情を含む株式あるいは債券市場の一般的、個別的動向、世界及び日本における社会、政治、経済情勢、各種投資家の心理状況等、様々な事象を織り込みつつ、これらに敏感に反応しながら変動するものであることが認められる。よって、破産会社が真実の財務内容及び営業内容を公表した場合、同社の株価は下落したであろうことは推認できるものの、真実の財務内容及び営業内容の公表により、同社の株価がどの程度下落したかは本件証拠上明らかではないから、真実の公表により、原告らが自社株を購入する可能性は否定できない。むしろ、本件の原告らの中には、金融機関の株式としては危険な株価水準に当たるといわれる二〇〇円を下回る株価(甲44)で購入した者、さらには、倒産の危機が迫っているといわれる額面近くの価格で購入した者も多数存在する。そうだとすると、破産会社が真実を公表していたとしても、原告らが、本件各融資制度を利用して自社株を購入していた可能性はないわけではなく、破産会社が真実の財務内容及び営業内容を公表しなかったことと、原告らが本件各金銭消費貸借契約を締結したこととの間に因果関係を認めることは困難であり、他に、この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

(エ) 原告らによる動機の明示について

さらに、原告らは、本件各融資制度の利用に当たって、被告らに対し、①借入金は自社株購入に充てること及び②原告らが自社株購入を決断したのは破産会社の公表した決算、営業報告を真実と信じた旨の動機を表示したから、動機の錯誤に当たるとしても、錯誤無効であると主張する。

確かに、証拠(甲1の1ないし3)によれば、本件各金銭消費貸借契約に基づき原告らが借り入れた金員は自社株の購入以外の使途には利用できなかったことが認められる。よって、原告らが、本件各金銭消費貸借契約による借入金で、自社株を購入するとの前記①の動機は、被告らに対し、明示されていると認めるのが相当である。しかし、本件に顕れた全証拠を検討しても、原告らが、被告らに対し、自社株の購入を決断した理由が破産会社の公表した有価証券報告書等の記載を真実であると信じたことによるとの動機を表示したと認めるに足りる証拠は存在しない。以上によれば、仮に、原告らが主張するように、破産会社の行為と本件各金銭消費貸借契約との間に因果関係が認められるとしても、動機の錯誤が被告らに対して明示されていたとは認められず、本件各金銭消費貸借契約を無効ということは困難である。

(オ) 小括

以上のとおり、原告らの錯誤の抗弁は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

ウ なお、付言するに、流通市場で株式を購入し株主となる者は、前記イ(ウ)で明記したような各種事象を考慮に入れながら、株価が上昇すると判断した局面において、株式を購入するのであるから、その投資判断に対する責任は、原則として株式購入者が自ら負うべきである。

そして、前記前提事実(3)イ(エ)(キ)(ケ)、ウ(キ)(ケ)ないし(シ)、エ(ア)ないし(オ)で認定したとおり、原告らが本件各融資制度を利用して自社株を購入した当時、報道機関による破産会社の含み損等に関する報道、格付会社による格付の低下等、破産会社の財務内容及び営業内容について否定的な報道ないし評価がされていたことが認められ、原告らは自らが勤務する会社に関する評価であるから、当然、これらの報道を認識していたものと推認することができる。したがって、本件において、原告らは、このような破産会社に対する否定的な評価が存在することを認識しながら、破産会社の業績は回復するとの判断のもと、購入当時の自社株の株価は割安であると判断して、本件各融資制度を利用して自社株を購入したものと認められる。そして、確かに、有価証券報告書は投資の際の一つの判断材料ではあるが、判断材料は、有価証券報告書に限られるものではなく、ましてや、原告らは、いずれも証券会社の従業員であり、特に、原告Eを除く原告らは、営業等の業務を行い、株式取引に関しては、一般の投資家と比べて高い専門的知識を有していたと推認できるから、原告らは有価証券報告書の記載が全て真実であると考えていたとは到底認めることができない。したがって、本件において、原告らは、自らの判断と責任において、本件各融資制度を利用して自社株を購入したものと評価できるから、それによって被った損害も、原告らが自ら負担すべきであると解するのが相当であり、本件各金銭消費貸借契約締結時における意思表示の瑕疵を理由に、破産会社から損害の填補を受けることは、証券取引における自己責任の原則にも反し、認めることは困難である。

エ 公序良俗違反について

(ア) 原告らは、破産会社が巨額の損失を隠して虚偽の財務内容を公表する一方、自社株購入と本件金銭消費貸借契約を一体化した本件自社株融資制度を維持し、従業員に対して自社株の購入を容易にする手段を講じていたこと等を根拠に、破産会社の一連の行為は、やがて会社の危機が表面化し、倒産に至るかもしれないことを十分に認識しながら、それでもなお従業員に資金を貸し付けて自社株を買わせて、本件各消費貸借契約を締結させたものであるから、本件各金銭消費貸借契約は公序良俗に反し無効であると主張する。

(イ) しかし、原告らの主張を前提にしても、何故、破産会社の行為により、破産会社とは別個の権利能力なき社団である訴外持株会及び被告互助会と原告らとの間の本件各金銭消費貸借契約が公序良俗違反に当たるのか明らかではない。また、原告らは、本件自社株融資制度を利用して、流通市場で自社株を購入しているが、当該取引において、原告らと破産会社とは直接の取引関係はなく、破産会社が虚偽の決算報告書を公表したからといって、そのことが直ちに公序良俗違反に当たるほどの強い違法性を有するとは認められず、ほかに、本件各金銭消費貸借契約が、公序良俗違反に当たると認めるに足りる証拠は存在しない。

(ウ) 小括

以上によれば、原告らの公序良俗違反の抗弁はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

オ 補論

以上から明らかなとおり、原告らの各抗弁はいずれも理由がない。なお、付言するに、原告らは、本件各金銭消費貸借契約が無効である等の抗弁を提出するが、仮に、本件各金銭消費貸借契約が無効である場合には、原告らは、被告破産管財人に対し、原状回復義務に基づき本件各金銭消費貸借契約によって得た利益を返還する義務を負うところ、本件において、原告らが返還義務を負うべき現存利益は本件各金銭消費貸借契約に基づき原告らが借り入れた金銭であり、自社株ではない。そうだとすると、原告らの主張を前提としても、原告らは、被告破産管財人に対し、本件各金銭消費貸借契約に基づく借入金残金の返還義務を免れることはできないということになってしまう。

(3)  原告Mの被告破産管財人に対する債務不存在確認請求の当否について

被告互助会が、平成九年二月二八日、原告Mに対し、本件自社株融資制度に基づき、四五四万円を貸し付けたことは当事者間に争いがなく、証拠(乙27)及び弁論の全趣旨によれば、被告互助会は、平成一二年四月七日、被告破産管財人に対し、被告互助会が原告Mに対して有していた債権を譲渡したこと、その結果、被告破産管財人が原告Mに対して有する債権は、同月二四日現在で三二三万七四八〇円であることが認められる。他方、前記(2)で詳述したとおり、被告互助会の本件自社株融資制度に基づく金銭消費貸借契約は、詐欺ないし錯誤、公序良俗違反のいずれにも当たらない。

そうだとすると、被告互助会と原告Mとの間の金銭消費貸借契約が、詐欺、錯誤、公序良俗違反に当たることを前提とする原告Mの被告破産管財人に対する債務不存在確認請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。

(4)  まとめ

以上によれば、被告破産管財人は、前記原告ら一〇名に対し別紙一覧表1「最終残債務額欄」各記載の貸金債権及びこれに対する同表「遅延損害金起算日」欄各記載の日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有しているということになる。

3  争点(3)(原告らの破産債権の存否)について(以下、本項における「原告ら」とは、原告Mを除く原告らを指す)

(1)  不当利得に基づく利得金返還請求権の存否

前記2(2)で認定したとおり、原告Dと訴外持株会との間の平成元年一二月一九日締結の金銭消費貸借契約は、詐欺、錯誤、公序良俗違反のいずれにも当たらないから、これらに当たることを前提とする原告Dの不当利得に基づく利得金返還請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

(2)  不法行為に基づく損害賠償請求権の存否

ア 原告らの主張の要旨

原告らの主張の要旨は、①破産会社は、原告ら従業員が自社株を購入する場合に、本件各融資制度を作り、原告ら従業員が自社株を購入しやすい状況を作っていたこと、②破産会社は、平成元年から同九年一一月までの間、巨額にのぼるにぎり口座の存在や飛ばし、含み損を隠し、決算期ごとの財務報告書、有価証券報告書に虚偽の記載をし、最終的には二七〇〇億円を超える債務の存在を隠していたこと(真実を開示すべき義務の懈怠)、③これにより、原告らは、錯誤に陥り、自社株を購入したこと、④原告らが購入した自社株は無価値となり、原告らは損害を被ったこと、⑤前記①ないし③と④との間に相当因果関係があることを主張している(原告ら最終準備書面第一項、原告ら準備書面(7)第六項など)。

イ 本件各融資制度について

被告互助会が本件自社株融資制度を、訴外持株会が本件持株融資制度を設けていたことは当事者間に争いがない。しかし、前記1で判示したとおり、破産会社と被告互助会、訴外持株会はそれぞれ別個の法人格であり、被告互助会、訴外持株会が本件自社株融資制度、本件持株融資制度を設けていたことをもって、破産会社の違法行為と捉えることはできない。ことに前記2(2)イ(イ)でも認定したとおり、原告ら破産会社の従業員が自社株を購入するに当たり、本件各融資制度を利用するか否かは専ら原告らの意思に委ねられており、破産会社、被告互助会、訴外持株会の強制は働いていないこと、破産会社の従業員のうち本件各融資制度を実際に利用したことがある者は全従業員の約二割にすぎないこと、原告らは自ら現金を用意するか、あるいは他の金融機関から借入をして自社株を購入することも可能であったこと等に照らすと、本件各融資制度の存在をもって破産会社の違法行為と認定することは困難である。

ウ 真実開示義務違反の懈怠について

(ア) 原告らは、破産会社が、真実の財務内容及び営業内容を公表しなかったため、錯誤に陥り、自社株を購入したと主張する。

確かに、前記前提事実によれば、破産会社は、平成元年から同九年一一月までの間、巨額にのぼるにぎり口座の存在や飛ばし、含み損を隠し、決算期ごとの財務報告書、有価証券報告書に虚偽の記載をしていたことが認められる。

(イ) しかし、問題は、破産会社の前記虚偽記載の結果、原告らが錯誤に陥り、自社株を購入したか否かという点である。

この点については、前記2(2)イ(ウ)でも認定したとおり、一般に株価は、会社の業績、資産、収益の状態等のほか、金融事情を含む株式あるいは債券市場の一般的、個別的動向、世界及び日本における社会、政治、経済情勢、各種投資家の心理状況等、様々な事象を織り込みつつ、これらに敏感に反応しながら変動するものである。したがって、破産会社が真実の財務内容及び営業内容を公表した場合、破産会社の株価は下落したであろうことは推認できるものの、真実の財務内容及び営業内容の公表により、破産会社の株価がどの程度下落したかは本件証拠上明らかではないから、真実の公表により、原告らが自社株を購入する可能性は否定できない。むしろ、本件の原告らの中には、金融機関の株式としては危険な株価水準に当たるといわれる二〇〇円を下回る株価(甲44)で購入した者、さらには、倒産の危機が迫っているといわれる額面額近くの価格で購入した者も多数存在する。そうだとすると、破産会社が真実を公表していたとしても、原告らが、本件各融資制度を利用して破産会社の株式を購入していた可能性はないわけではなく、破産会社が真実の財務内容及び営業内容を公表しなかったことと、原告らが自社株を購入したこととの間に相当因果関係を認めることは未だ困難というほかはない。

(ウ) のみならず、そもそも、破産会社の不法行為責任が成立するためには、①原告らに保護すべき法益が存在していたこと、②原告らに損害が発生したこと、③破産会社に原告らに対する加害行為が認められること、④加害行為について破産会社に故意又は過失が認められること、⑤破産会社の加害行為と原告らの損害との間に因果関係が認められることが必要である。そこで以下、本件においてこれらの要件が満たされているか否かについて検討する。

a 保護法益及び原告らの損害の有無について

そもそも株式を購入し、株主となる投資家は自己の判断と責任において企業に投資するのであるから、投資家には可能な限り、株式の購入を検討している会社に関する情報を収集することが求められ、収集によって得た情報によってリスクを認識し又は認識することができたのにあえて当該株式を購入したと評価できるような場合には、それによって発生した損失は投資家が負うべきである。よって、原告らが、自社株のリスクを認識し又は認識できたにもかかわらず、本件自社株融資制度を利用して自社株を購入したと認められる場合には、原告らには、保護法益も損害の発生も認められないというべきである。これを本件についてみるに、前記前提事実及び証拠(原告B)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(a) 破産会社は、平成三年七月二九日、約四五六億円の損失補填を公表し、甲野社長は、同年九月四日、参議院証券・金融特別委員会において、破産会社の損失補填について、謝罪した(前提事実(3)イ(エ)及び(キ))。

(b) 平成三年一二月一七日付日本経済新聞朝刊は、株式市場で破産会社に飛ばしが一兆円あるとの噂が飛び交い、そのうち一八〇〇億円については破産会社も認めているとの報道をした(前提事実(3)イ(ケ))。

(c) 破産会社は、平成四年三月期、同五年三月期と赤字決算を続け、同六年三月期に黒字決算に転じたものの、同七年三月期には、再び公表した数字でも五二〇億円余りの損失となり、赤字決算に転落した(前提事実(3)ウ(イ)及び(カ))。

(d) 平成五年八月には、コスモ証券が七三〇億円の含み損を理由に大和銀行の傘下へ入り、また、同六年三月には勧角証券が五〇〇億円の含み損を理由に再建手続に入った(原告B)。

(e) ムーディーズ社は、平成八年一月二三日、破産会社の社債に対する格付をBaa2からBaa3に一段階下げた(前提事実(3)ウ(キ))。

(f) 平成九年四月二六日付週刊東洋経済は、平成四年以降も、破産会社が飛ばしと損失補填を行っていることを報道した(前提事実(3)ウ(ケ))。

(g) また、破産会社の平成九年四月、六月期決算は、五四億円の赤字決算であった(前提事実(3)ウ(ク))

(h) 東京地検特捜部は、平成九年七月三〇日、総会屋に対する利益供与の疑いで、破産会社の本社等を捜索した。これを受け、破産会社の株価は、大量の売りを浴び、前日比二六円安の二七五円まで急落した(前提事実(3)ウ(コ))。

(i) 平成九年九月二一日付日本経済新聞朝刊は、破産会社が、平成五年以降、法人顧客数社の口座に対し、利益の付け替えによる損失補填を行っていた疑いが強いと報道し、同年一〇月一九日付日本経済新聞朝刊は、破産会社の中間決算が赤字に転落するとの報道をした(前提事実(3)ウ(サ)及び(シ))。

(j) ムーディーズ社は、平成九年一一月六日、破産会社の財務状況の悪化を理由に同社の社債とコマーシャルペーパーの格付を投資不適格に引き下げる方向で検討する旨を発表し、スタンダード社も、破産会社の金融市場における取引の信用力を投資適格級では最低のトリプルBマイナスに下げた(前提事実(3)エ(ア))。

(k) 平成九年一一月一八日付朝日新聞朝刊は、破産会社について、平成九年九月中間決算で二七億円の赤字になるなど業績が悪化しており、今後二年余りで社員を二五〇〇人削減する予定であると報道し、同社の株価は、同月一九日、前日終値比五〇円安の五八円まで下落し、ストップ安になるなど投機的な売りに晒された(前提事実(3)エ(イ)及び(ウ))。

以上によれば、原告らは、自社株を購入した当時、破産会社には多額の含み損が存在する危険があり、同社の財務内容は公表された数字より悪い可能性があることを認識できたと認めるのが相当である。そして、原告らの多くは、平成九年以降に自社株を購入しているところ、別紙株価推移一覧表1及び2記載のグラフによれば、自社株の株価は、平成九年一月以降、若干の例外はあるにせよ、下落の一途を辿っており、証拠(原告B【六頁】)によれば、破産会社のような金融機関にとって、株価は、当該金融機関の信用力を意味するものと認められ、平成九年以降の同社の株価の下落は、同社の信用力が低下していたことを推認させる。加えて、証拠(原告B【一一頁】)によれば、原告Bが自社株を購入した平成九年一一月一三日当時に至ると、破産会社の株式は世間から危険視されるようになり、被告互助会以外に自社株の購入資金を融資する金融機関はなかったこと、原告らが担当していた顧客の中にも、破産会社が安全か否かについて問い合わせをして来る者が多くいたことが認められる。

このような本件に顕れた諸事情を総合勘案すると、原告らは、自社株購入当時、自社株を購入することに対するリスクを認識し又は認識できる状況にあったと認めるのが相当である。そして、このような状況にあったにもかかわらず、原告らが、自社株を購入したのは、原告Bが当法廷で供述するように、自分が勤務している会社であるから倒産することはないであろう(原告B【二七頁】)という主観的かつ希望的観測によるものと推認でき、そのような原告らの主観的判断は株式投資において保護すべき法益とみなすことはできない。

さらに、証拠(甲44ないし47、55ないし58、65ないし69)によれば、原告らの多くは、破産会社に関する前記マスコミ報道の真否について、原告らが勤務する支店の支店長等に対して確認し、各記事が真実ではないとの回答を根拠に、自社の株価は割安であると判断し(原告B【一一頁】)、自社株を購入していることが認められる。しかし、支店長らの回答を信じて自社株を購入するというのは、株式取引に精通する者として、軽率の謗りを免れない。

以上によれば、原告らは、自社株のリスクが高いことを認識しながら、高リターンを期待してあえて購入したものと認められ、リスクが顕在化して損失が生じたとしても、そのリスクは原告ら自社株に投資した者が負うべき筋合いのものである。したがって、原告らの自社株購入による損失は、不法行為に基づく損害賠償請求権の前提となる損害には当たらないと認めるのが相当である。

b 破産会社の加害行為と原告らの損害との間の相当因果関係の有無について

(a) 証拠(甲55)によれば、原告Dは、平成元年一二月二日に自社株を購入して以降、現在に至るまで、当該株式を保有していることが認められ、その間、前記前提事実(3)で認定したとおり、報道機関により、破産会社の財務状況が悪化していること等の報道が多数されていること、破産会社が自主廃業に至ったのは、巨額の含み損の存在が一つの要因であるとは推認できるものの、経済状況の悪化等、様々な要因が重なり合った結果であると認められること等に照らすと、破産会社が虚偽の事実を公表したことと、破産会社が自主廃業及び破産し、原告Dが購入した自社株が無価値になったこととの間に相当因果関係を認めることは困難である。

(b) また、証拠(甲1の2、同26ないし43の各1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、①破産会社株価の一株当たりの年間最高値は、平成三年が一一三〇円(三月)、同四年が七七〇円(一月)、同五年が九三一円(八月)、同六年が一〇一〇円(六月)、同七年が八四七円(一二月)、同八年が八九八円(一月)、同九年が五二五円(一月)であること、②本件自社株融資制度を利用して自社株を買った者は、融資日から六か月は自社株の売却ができないが、その後は、借入金を返済すれば自社株の売却は自由であることが認められる。

(c)  原告らの中には、自社株の保有中にその株価が買値を超えた者もおり、これらの原告については、自社株を売却して利益を得ることができたのであり、その後も自社株の株価が上昇するであろうとの投資判断に基づき、自社株の所有を継続し、それにより損害を被ったものというべきであるから、破産会社の加害行為と原告らの損害との間には相当因果関係が認められないというべきである。

また、自社株を保有中にその株価が買値を超えたことがない原告らについても、破産会社の株価は原告らが自社株を購入して以降、断続的に下落していたのであるから、原告らとしては、早期に自社株を売却し損失を確定することが可能であったのであって、原告らは自らの投資判断に基づき自社株の保有を継続したものと認められるから、結局、破産会社の加害行為と原告らの損害との間に相当因果関係を認めるのは困難である。特に、原告らのうち平成九年一月以降に自社株を購入した者については、前記前提事実(3)ウ及びエで認定したとおり、平成九年以降は、破産会社の財務内容について、悲観的な報道が繰り返されており、原告らは、あえて、高リターンを期待して自社株を購入したものと推認するのが相当であるから、原告らが、破産会社に対し、不法行為責任を追及することはできないというべきである。

エ 小括

以上によれば、破産会社に対し、不法行為に基づき破産債権を有しているとする原告らの被告破産管財人に対する請求はいずれも理由がない。

4  結論

以上によれば、①ないし④事件の原告らの被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、⑤ないし⑧事件の被告破産管財人の原告ら(原告A、同L、同Mを除く)に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容することにする。

(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・足立正佳、裁判官・富澤賢一郎)

別紙

一覧表1

原告名

融資の種類

融資日

融資額

退職時融資残額

最終残債務額

遅延損害金起算日

1

B

①特別1回

②特別3回

③自社株

④自社株

①H5.1.29

②H7.7.26

③H6.3.3

④H9.11.18

①100万円

②100万円

③632万円

④234万円

①0円

②79万2091円

③、④689万9350円

合計769万1441円

669万0995円

平成10年4月1日

2

C

①一般

②特別1回

③特別3回

④自社株

⑤自社株

①H8.10.16

②H5.3.19

③H7.7.26

④H9.5.20

⑤H9.11.18

①40万円

②100万円

③100万円

④331万円

⑤249万円

①28万8726円

②19万8925円

③79万2091円

④、⑤564万6398円

合計564万6398円

582万8394円

平成10年4月1日

3

D

①特別3回

②自社株

③持株

①H7.7.26

②H7.3.28

③H1.12.19

①60万円

②653万円

③386万円

①53万7463円

②509万7796円

③75万4092円

合計638万9351円

(うち75万4092円は③持株分)

554万8184円

平成10年4月1日

4

E

①特別2回

②特別3回

③自社株

④自社株

①H5.8.9

②H7.7.26

③H3.11.25

④H9.11.19

①25万円

②40万円

③76万円

④55万円

①5万7550円

②23万2200円

③、④99万2916円

合計128万2666円

65万8746円

平成10年4月1日

5

F

①一般

②自社株

①H7.11.20

②H9.1.16

①50万円

②287万円

①33万3273円

②275万4012円

合計308万7285円

239万6980円

平成10年4月1日

6

G

①一般

②自社株

③自社株

①H6.2.16

②H9.11.19

③H9.4.9

①40万円

②110万円

③300万円

①8万4078円

②、③382万7207円

合計391万1285円

348万9006円

平成10年4月1日

7

H

①一般

②自社株

③自社株

①H9.4.16

②H6.6.27

③H9.6.24

①30万円

②187万円

③504万円

①24万6202円

②、③620万8213円

合計645万4415円

595万6657円

平成10年4月1日

8

I

①自社株

①H9.2.10

①699万円

①549万3314円

549万3314円

平成10年5月19日

9

J

①自社株

①H9.2.20

①532万円

①451万4924円

451万4924円

平成10年4月1日

10

K

①自社株

②自社株

①H9.1.30

②H9.2.25

①227万円

②463万円

①、②併せて555万8749円

555万8749円

平成10年4月1日

別紙

一覧表2、3<省略>

株価推移一覧表1、2<省略>

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