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東京地方裁判所 平成11年(ワ)7416号 判決

原告 株式会社ピー・オー・ヴィ・アソシエイツ

右代表者清算人 西村俊郎

右訴訟代理人弁護士 藤林律夫

同 尾崎達夫

同 鎌田智

同 伊藤浩一

同 金子稔

被告 株式会社マイクロハウス

右代表者代表取締役 武内静夫

右訴訟代理人弁護士 白井久明

主文

一  被告は、原告に対し、金一四四八万九六〇〇円及びこれに対する平成八年一二月一日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一四四八万九六〇〇円及びこれに対する平成八年一二月一日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求原因

(一) 原告は、一般広告代理業、展示会・イベント等の企画・立案・実施・運営等を主な営業目的とする株式会社であったが、平成一二年四月三〇日、株主総会の決議により解散した。

(二) 被告は、広告代理業、コンピュータソフトウェアの開発と販売業、コンピュータ関連の雑誌、単行本等の企画・編集・出版業並びにコンピュータ及びその周辺機器の販売業等を主たる営業目的とする株式会社である。

(三) 長田啓司(以下「長田」という。)は、被告のメディアセンター部部長の地位にあった者である。

(四) 原告は、平成八年四月三日から同年九月末までの毎週水曜日、午前一時一五分から四五分までの三〇分間について、米国マルチメディア情報番組「C/Net」(以下「本件番組」という。)の製作を行い、本件番組を原告の買い切り番組としてテレビ東京において放映させた。

本件番組の総コマーシャル秒数は、一回各三〇分の放映につき、二一〇秒であった。

(五) 原告は、平成八年三月初旬ころ、長田を通じて被告との間で次の内容のコマーシャル枠販売委託契約(以下「本件販売委託契約」という。)を締結した。

(1)  原告は、被告に対し、平成八年四月から同年九月までの六か月間、毎週放映される本件番組の各回の総コマーシャル秒数二一〇秒のうち各九〇秒のコマーシャル枠(以下「本件コマーシャル枠」という。)について、これを第三者に継続的に販売する権利を付与する。

(2)  被告は、原告に対し、本件コマーシャル枠販売の販売権利料として、毎月金五七四万七四〇〇円(販売権利料五五八万円とこれに対する消費税一六万七四〇〇円の合計)を、毎月末日までに当月分の販売権利料を支払う。

(六) 原告は、次の各契約変更日に、長田を通じて被告との間で、本件販売委託契約の販売権利料(以下「本件販売権利料」という。)の支払時期を次のとおり変更することに合意した(以下「本件変更契約」という。)。

(1)  変更契約日 平成八年五月一三日

平成八年四月分の販売権利料のうち、金二八七万三七〇〇円を同年六月一五日までに、残金二八七万三七〇〇円を同年九月末日までに支払う。

(2)  変更契約日 平成八年五月三一日

平成八年五月分の販売権利料のうち、金二八七万三七〇〇円を同年七月一五日までに、残金二八七万三七〇〇円を同年九月末日までに支払う。

(3)  変更契約日 平成八年六月二八日

平成八年六月分の販売権利料のうち、金二八七万三七〇〇円を同年八月一五日までに、残金二八七万三七〇〇円を同年九月末日までに支払う。

(4)  変更契約日 平成八年七月三一日

平成八年七月分の販売権利料のうち、金二八七万三七〇〇円を同年九月一五日までに、残金二八七万三七〇〇円を同月末日までに支払う。

(5)  変更契約日 平成八年八月三〇日

平成八年八月分の販売権利料のうち、金二八七万三七〇〇円を同年一〇月一五日までに、残金二八七万三七〇〇円を同月末日までに支払う。

(6)  変更契約日 平成八年九月三〇日

平成八年九月分の販売権利料のうち、金二八七万三七〇〇円を同年一一月一五日までに、残金二八七万三七〇〇円を同月末日までに支払う。

(七) 長田は、本件販売委託契約及び本件変更契約締結の際、被告メディアセンター部部長として、右各契約の締結権限を有していた。

(八) 仮に、長田が本件販売委託契約及び本件変更契約締結の際、右各契約の締結権限を有していなかったとしても、長田は、被告メディアセンター部部長として、被告から、テレビなど、雑誌以外のメディアに関する営業について包括的な権限を与えられていた使用人であったから、長田は商法四三条一項所定の商業使用人に該当する。

(九) よって、原告は、被告に対し、本件販売委託契約及び本件変更契約に基づき、販売権利料の合計金三四四八万四四〇〇円から既払額一九九九万四八〇〇円を控除した残額(平成八年七月分の販売権利料の残金二九九万四八〇〇円並びに同年八月分及び九月分の販売権利料金一一四九万四八〇〇円の合計)金一四四八万九六〇〇円並びにこれに対する最終弁済期の翌日である平成八年一二月一日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  予備的請求原因

(一) 長田は、被告メディアセンター部部長として、平成八年三月ころ、本件販売委託契約締結の際、右契約が何ら問題なく成立したかのような言動をとり、右契約の成立を信じた原告に、右契約に定められた販売権利料のうち未払金額相当の損害を与えた。

(二) したがって、被告は、原告に対し、民法七一五条に基づき、長田の使用者として、販売権利料の未払金相当額の損害金一四四八万九六〇〇円について、損害賠償義務並びに遅延損害金の支払義務を負う。

二  請求原因に対する認否

1  主位的請求原因について

(一) 主位的請求原因(一)の事実は知らない。

(二) 主位的請求原因(二)ないし(四)の事実はいずれも認める。

(三) 主位的請求原因(五)ないし(八)の事実はいずれも否認する。

2  予備的請求原因について

予備的請求原因のうち、長田が、平成八年三月ころ、被告の被用者として被告メディアセンター部部長の地位にあったことは認めるが、不法行為の事実については否認する。

三  抗弁

1  主位的請求原因(八)に対し

被告においては、本件販売委託契約のように被告に多額の債務が生じる契約については被告の代表取締役である社長が唯一の決裁権者であって、長田には契約締結権限がない。

そして、原告は、本件販売委託契約締結の際、長田に右契約を締結する権限がないことを知っていたか、仮に知らなかったとしても、その事実を容易に知り得たものであるから、原告には重過失がある。

したがって、被告は本件販売委託契約について責任を負わない。

2  相殺

(一) 長田は、本件販売委託契約の締結には被告代表者の承諾を得る必要があり、しかも被告代表者が本件販売委託契約の締結を承諾しないことを認識していたにもかかわらず、被告代表者の承諾を得ないで本件販売委託契約の締結をし、被告に右契約上の責任を負わせて、被告に損害を生じさせた。

また、長田は、本件販売委託契約締結後においても、右契約締結の事実を被告代表者に報告する必要があったにもかかわらず、内密にしたことにより、スポンサー獲得の機会を失わせ、被告に損害を生じさせた。

(二) 原告の担当者は、右(一)の事実を知りながら、長田をして本件契約を締結せしめ、また、被告代表者には内密にしてほしいとの長田の依頼を受け入れて、被告に本件販売委託契約締結の事実を知らしめず、長田の右不法行為に加担し、その結果被告に損害を与えた。

(三) 被告は、長田と原告の右(一)(二)の共同不法行為により、本件販売委託契約に基づく債務額相当の損害を被った。

(四) 被告は、原告に対し、平成一一年一二月九日の本訴第三回弁論準備手続期日において、右(三)の損害賠償請求権をもって、原告の本訴請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁事実はいずれも否認する。

2(一)  本件販売委託契約の締結交渉に当たった原告担当者は、長田が被告メディアセンター部部長という肩書を有することから、本件販売委託契約を締結する権限があると信じていたのであり、被告代表者が本件販売委託契約の締結を承諾しないことを知っていたという事実もない。

(二)  原告担当者には、被告担当者である長田の頭を飛び越して被告代表者と直接契約締結交渉をしなければならない義務はないし、いちいち被告代表者に長田の権限の範囲を問い合わせるべき義務もない。

(三)  長田が被告社内において本件販売委託契約の締結を被告代表者に報告すべき義務を負担していたとしても、原告が右事実を被告代表者に報告すべき義務はない。

理由

一  請求原因について

1  主位的請求原因(二)ないし(四)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、同(一)の事実が認められる。

2  そこで、本件販売委託契約の成否について判断する。

(一)  前記争いのない事実、証拠(甲二の一及び二、三の一ないし六、四の一ないし四、五、六の一ないし六、七、八の一ないし八、九、証人木村章夫の証言、同長田啓司の証言(ただし、左記認定に反する部分を除く。)、被告代表者本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1)  本件番組は、米国で放送されていたパソコン等に関する情報番組で、これを原告が輸入して日本語訳のアフレコをつけたものである。

本件番組については、テレビ東京が、時代のニーズにあった番組として放映に積極的な姿勢であり、原告は、平成八年一月ころ、テレビ東京の要望を受けて、米国からの番組の輸入や翻訳作業、テレビ東京からの放送枠の買い切りなどを行ったが、原告がこれを応諾する前提として、広告代理店である原告の収入源となるコマーシャルのスポンサー探しについて、テレビ東京が全面的に協力することになっていた。

そして、テレビ東京の髪林営業開発部課長は、本件番組のコマーシャルのスポンサー獲得のための協力の一環として、ゲーム、パソコン関係に強い広告代理店として著名であった被告を原告に紹介した。その後、原告と被告は交渉の上、本件番組のコマーシャル枠二一〇秒のうち三枠ないし四枠(一枠三〇秒で九〇秒ないし一二〇秒)を被告側で獲得したスポンサーで埋めることとし、右交渉に当たった被告側の担当者であった被告メディアセンター部部長の長田は、部下の営業部員にスポンサー獲得のための営業活動を指示した。

(2)  このような中で、平成八年三月五日ころ、原告の担当者である木村章夫営業推進室長(以下「木村室長」という。)は、テレビ東京の久保営業開発部長及び髪林営業開発部課長から、本件番組のコマーシャル枠の三枠ないし四枠を買い取ってくれる広告代理店として、長田及び営業部メディアセンター長の小林肇(以下「小林」という。)を紹介された。

木村室長は、被告の名前を聞くのはこのときが始めてであったことから、長田に対し、被告の営業内容を聞いたところ、長田は、被告はコンピュータ関係の雑誌を中心とした広告代理店であり、テレビの仕事はあまりやった経験はないが、将来的には積極的にやって行きたいと考えている旨答えた。

そして、長田はこのとき、被告が買い取るコマーシャル枠のスポンサーとして、日経BPなどとの交渉が今進行中であると話した。

(3)  平成八年三月八日、木村室長は、原告社内において、長田と小林との間で、CM素材となるコマーシャルフィルムの納入スケジュール等の打ち合わせを行った。

その際、長田の話から、その時点で被告が買い取るコマーシャル枠を埋めるスポンサーがまだ一社も確定していないことが判明した。

長田の話に不安を抱いた木村室長は、被告でコマーシャル枠を買い取るという話は本当に大丈夫なのかと念を押したところ、長田は大丈夫だと明言した。ただ、木村室長が、スポンサーが一社も決まっていないという状況であれば、被告に買い取ってもらうコマーシャル枠を本件番組の各回の総コマーシャル秒数二一〇秒のうち三枠(九〇秒、本件コマーシャル枠)に減らそうという提案をし、長田もこれに同意した。

そして、木村室長は、長田との間で、一枠三〇秒二〇〇万円のコマーシャル枠販売権利料の一五パーセントを占める代理店のマージン分のうち、七パーセントを被告が、八パーセントを原告が取得することで合意した。

その際、長田及び小林からは、本件コマーシャル枠の買取の成否、買い取る枠数、代金額、被告の取得するマージン割合等について、社長の承認がないと合意できない旨の発言はなかった。

(4)  その後、木村室長と長田との間では、コマーシャルフィルムの入庫状況の打ち合わせが何度もなされたが、本件番組の放映に間に合わせるための最終フィルムの入庫時期が迫った平成八年三月末ころになっても、長田からは決定したスポンサーの報告が一件もなされなかった。

そこで、被告から約束どおり販売権利料の支払いを受けられるかどうかに不安を持った木村室長は、長田に対し、被告による本件コマーシャル枠の買取りに関する契約書の作成を申し入れ、同月八日の打ち合わせで長田と口頭合意した内容を書面化した契約書の案文を原告側で作成して長田に交付した。これに対し、長田は、同年四月一日、平成八年四月分から六月分の販売権利料を一か月二八二万円に減額変更した契約書案をファックスで送付してきた。

木村室長は、長田から送付された右減額変更案を当初の約束と異なり受入れ難いとして拒絶したが、「スポンサーが見つからないので三か月間だけ減額して欲しい。その間にいくつかスポンサーが見つかると思うのでそれまでの間は了承して欲しい。」と懇願する長田の希望を容れ、毎月の販売権利料の半額は平成八年九月末日まで支払いを猶予する旨の支払期日に関する特約を盛込んだ契約書案を改めて作成した上、長田に交付した。

しかし、長田は、本件番組の放映が開始された後の同年四月中旬になって、被告代表者の印鑑がもらえないと回答してきた。その理由として、長田は、スポンサーが入るという前提で本件コマーシャル枠の買取を社長に承認してもらったが、現時点でスポンサーが決まっていないため、社長の了解を取り付けることができないと木村室長に説明した。

長田のこの説明を聞いて、長田と話をしていても埒が明かないと判断した木村室長は、同年五月二二日ころ、被告代表者である武内静夫宛に電話をした。しかし武内社長は不在で話ができなかったことから、秘書の子安に対し、契約書に印鑑をいただけない理由を問い合わせたいと簡潔に用件を述べて再度かけ直す旨を告げた。

しかし、その後、長田から木村室長に対し、社長に直接電話するのは止めてくれと言われたため、木村室長は武内社長宛に再度の電話はしていない。

(5)  本件番組の放映開始後も契約書に被告代表者の押印をしてもらえない状態が続いていたことから、木村室長は、契約書に代わる念書を作成することを長田に要求した。

右念書の内容は、被告が平成八年四月分から九月分までの各月分の本件コマーシャル枠の販売権利料五七四万七四〇〇円のうち、半額の二八七万三七〇〇円については翌々月の一五日までに、残額の二八七万三七〇〇円については同年九月末日まで(八月分については一〇月末日まで、九月分については一一月末日まで)に原告に支払うこと、契約書にはできるだけ速やかに被告代表者の調印を終え原告にこれを交付すること、被告が右販売権利料を支払わないときには、長田自身が被告と連帯してこれを支払うことをいずれも約束するものであり、被告メディアセンター部部長長田啓司の署名と個人としての長田啓司の署名が併記されている。

長田は、同年五月一三日、同月三一日、同年六月二八日、同年七月三一日、同年八月三〇日、同年九月三〇日の各日付の念書合計六通(以下「本件念書」という。)を自ら作成して木村室長に交付した。また、木村室長はそのころ、被告宛の本件販売権利料に関する請求書六通を作成して、長田を通じ又は郵送で被告に送付した。

長田は本件念書に従い、平成八年六月から平成一〇年三月までの間に、右販売権利料の合計金三四四八万四四〇〇円のうち、一八九九万四八〇〇円を下らない金額を個人として原告に支払った。

(二)  証人長田啓司は、自分は木村室長に対して本件コマーシャル枠を責任を持って買い取るという意思表示はしておらず、本件コマーシャル枠のスポンサーを被告側が確保することは努力目標であったに過ぎない旨証言する。

しかし、証人木村章夫は長田が本件コマーシャル枠の被告による買取を約束したと明確に証言していること、長田は木村室長の求めに応じて契約書の作成作業に着手し、販売権利料の金額を減額しながらも、本件コマーシャル枠の被告による買取を内容とする契約書案を自ら作成して原告宛てにファックスしていること(甲二の一)、前記のとおり、長田は木村室長の要求に応じて被告及び長田自身の責任を認める内容の六通の念書を自ら作成して木村室長に交付した上、その趣旨に従って販売権利料の一部を自らの出捐で原告に支払っていることに照らすと、証人長田の前記証言内容を採用することはできない。

(三)  以上の事実を総合すると、平成八年三月八日、木村室長と長田との間で、主位的請求原因(五)記載の本件販売委託契約が口頭により合意された事実を推認することができる。

(四)  問題は、当時長田に本件販売委託契約を締結する権限があったかどうか、本件販売委託契約が被告に効力を及ぼす有効な契約であるか否かである。以下この点について検討する。

(1)  被告は、東京都中央区に本店を置き、パソコン関係の雑誌広告に関する代理店業務等を目的とする会社(資本金一〇〇〇万円)である。(被告代表者本人、弁論の全趣旨)

平成八年三月当時の従業員数は約三〇名であり、代表取締役である社長の下にメディアセンター部、営業部、総務部等四部が組織され、それぞれ部長職が置かれていた。(乙五、証人長田啓司)

メディアセンター部は、雑誌出版社、テレビ局等の媒体社との交渉を行う部門であり、広告の枠取りを中心として、クライアントから需要があった場合の枠取りをスムーズに行うために、優先枠の確保を日頃から媒体社との間で交渉すること、媒体料金の値下げ交渉及び最新メディア情報を営業部に提供して営業の動きをサポートすること等を業務内容としており、当時部長の地位にあった長田の下に約五名の部員がいた。(乙六、証人長田啓司)

しかし、被告社内においては、明文の稟議規定は定められていなかったものの、交通費、連絡電話代、打ち合わせお茶代、消耗品の購入費等の日々の営業費を除く一切の支払い及び契約の締結について、社長である代表取締役の決裁を必要としていた。特に、被告は当時雑誌等の紙媒体を主としており、テレビ、ラジオ等のメディア広告はスポット広告に限られていたこと、テレビ番組のコマーシャル枠の買取は、スポンサーが付かない場合には多額の損害を被るため(被告は、平成四年にテレビ東京の政治放談番組のコマーシャル枠を買い取り、スポンサーの獲得ができず、実際に多額の損害を被ったことがあった。)、テレビ番組の買取はイレギュラーな営業形態として社長自身の慎重な判断を必要としていた。(乙六、証人長田啓司)

(2)  右(1) の事実に照らすと、長田は本件販売委託契約締結当時、当該契約を締結する権限を有しなかったものというほかはない。

(3)  そこで次に、長田が商法四三条一項所定の商業使用人に該当するかどうかについて検討する。

商法四三条一項の趣旨は、営業活動は反復的・集団的取引であることを本質とするから、このような営業活動に関するある種類または特定の事項の委任を受けた商業使用人については、取引の円滑確実と安全とを図るために、右使用人と取り引きする第三者がその都度その代理権の有無及び範囲について調査確認することを要せず、単に右使用人であることを確認するだけで取り引きできるように、右委任を受けた事項に関しては、営業主から現実に代理権を与えられているか否かを問わず、客観的に見てその事項の範囲内に属すると認められる一切の裁判外の行為を営業主を代理してなす権限を有するものと擬制したのであり、右使用人に該当するというためには、単に前記事項の委任を受けていれば足り、法律行為に関する何らかの権限を与えられていることは必要ではないと解するのが相当である。

そして、長田が、本件販売委託契約締結当時、単に「部長」という肩書を与えられていたに過ぎないものではなく、メディアセンター部部長の地位にあったことは前記のとおりであり、同人は、広告の枠取りを中心とした媒体社との契約条件の交渉を事務を担当していたことが認められる(乙六、証人長田啓司、被告代表者本人)のであるから、長田が商法四三条一項所定の商業使用人に該当するというべきである。

(4)  ところで、営業主が商業使用人の代理権に制限を加えても、これをもって善意の第三者に対抗することができず(商法四三条二項において準用する同法三八条三項)、また、この善意の第三者には、代理権に加えられた制限を知らなかったことにつき重大な過失のある第三者は含まれない(最高裁判所平成二年二月二二日判決・裁判集民事一五九号一六九頁参照)ところ、被告は、木村室長が、長田が本件販売委託契約の締結権限を有しないことを知っていたか、又は知らなかったことにつき重大な過失がある旨主張するので、この点について検討する。

被告は、長田が木村室長に対し、木村室長が被告代表者と直接交渉することは止めてくれと頼んだこと、原告が長田の個人責任を問う本件念書を作成させていること、被告に対して販売権利料の請求をせず、長田個人に対してのみ請求していたことから、原告は長田が本件販売委託契約の締結権限を有しないことを知っており、被告を本件販売委託契約の当事者とは考えていなかったと主張する。

しかし、木村室長が長田から被告代表者と直接交渉しないでくれと頼まれたのは、口頭により本件販売委託契約が成立した後の平成八年五月ころであって、右事実の存在によって本件販売委託契約の成否が左右される余地はない。また、本件念書は長田の個人責任のみを問う内容のものでないことは前記のとおりであって、本件販売委託契約の契約書案に被告代表者の押印を取り付けられない事態に直面した木村室長が、次善の策として、本件念書の作成を長田に要求するに至った経緯はごく自然であって(表見代理が成立する場合でも、代理人は無権代理人としての責任を免れないと解されている(最判昭六二・七・七民集四一・五・一一三三)ことから見て、取引の相手方である原告が長田の個人責任を追及したことも何ら不自然ではない。)、この事実から、原告は被告を本件販売委託契約の当事者とは考えていなかったとする被告の主張は理由がない。

さらに、原告は被告宛に六通の本件販売権利料に関する請求書を作成して被告に送付しており(甲三の一ないし六、証人木村章夫)、原告が被告に対して本件販売権利料の請求をした事実がないとする被告の主張は事実に反する(右請求書はいずれも、その書式(特にその宛先の記載)が、被告も契約締結の事実を自認する平成八年一〇月から一二月までの間のコマーシャル枠の販売権利料の請求書(乙二の一ないし三)と同一である上、前記事実に照らすと、長田は被告宛の請求書の受領権限はこれを有していたと認められるから、長田が本件販売権利料に関する請求書を受領した時点で、原告の被告に対する本件販売権利料に関する請求がなされたと認めるのが相当である。長田が右請求書を被告の経理に上げなかったとしても、それは被告の内部手続の瑕疵に過ぎない。)。また、原告が平成八年六月以降長田個人から本件販売権利料の一部の弁済を受け続け、被告に対する請求を見合わせていたのは、個人の立場で保証責任を認めた長田が本件販売権利料の支払いを継続している限り、契約書という明確な書証のない本件販売委託契約を敢えて被告に主張して事を荒立てる必要はないと考えたからであると推認されるから、右事実をもって、原告が被告を本件販売委託契約の当事者とは考えていなかった根拠とする被告の主張は採用できない。他に原告が、長田が本件販売委託契約の締結権限を有しないことを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告は長田が本件販売委託契約の締結権限を有しないことを知っており、被告を本件販売委託契約の当事者とは考えていなかったとする被告の主張は理由がない。

(5)  本件販売委託契約は、原告にとっても被告にとっても広告代理店間のコマーシャル枠の売買という通常の取引であって、その内容にも不自然な点はなかったこと(証人木村章夫及び同長田啓司の各証言、なお被告は、本件販売委託契約後、本件番組の平成八年一〇月から一二月までの間のコマーシャル枠一枠を、本件販売委託契約と同一の条件で原告から買い取っている。乙一、被告代表者本人の供述)、木村室長は、テレビ東京の久保営業開発部長及び髪林営業開発部課長から、本件番組のコマーシャル枠の三枠ないし四枠を買い取ってくれる広告代理店の部長として長田を紹介されており、その時点で既に長田及びその部下である被告営業部員がスポンサー獲得のための営業活動を行っていたこと、長田が木村室長の確認に対して本件コマーシャル枠の買取を明言したこと等、本件販売委託契約締結に至る前記事情を総合すると、本件販売委託契約が締結された平成八年三月八日の時点で、木村室長に、長田が本件販売委託契約の締結権限を有しないことを知らなかったことについて重大な過失があるとは認めがたいというべきである。

(6)  以上のとおりであるから、被告が商業使用人たる長田の代理権に加えた制限(事前の被告代表者による決裁)をもって善意の第三者たる原告に対抗することはできないというべきであり、本件販売委託契約は、被告に対し効力を及ぼす有効な契約というべきである。

なお、前記事実に照らすと、本件変更契約締結当時、木村室長は既に長田が本件変更契約を締結する権限を有しないことを知っていたと認められるから、本件変更契約は被告に対して効力を及ぼさないといわざるを得ない。しかし、本件販売委託契約の有効な成立が認められれば、本訴主位的請求を認容するに必要十分であるから、原告の主位的請求は理由がある。

二  相殺の抗弁について

1  前記認定事実に証拠(乙六、証人長田啓司の証言、被告代表者本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、長田は、本件販売委託契約の締結に被告代表者の決裁を得る必要があり、しかも被告代表者が本件販売委託契約の締結を承諾しないであろうことを認識していたにもかかわらず、被告代表者の承諾を得ないで原告との間で本件販売委託契約を締結し、被告に右契約上の責任を負わせたこと、本件販売委託契約締結後においても、右契約締結の事実を速やかに被告代表者に報告せず、その事実を内密にしたことが認められる。

2(一)  被告は、原告の担当者である木村室長が、右1の事実を知りながら、長田をして本件契約を締結せしめ、また、被告代表者には内密にしてほしいとの長田の依頼を受け入れて、被告に本件販売委託契約締結の事実を知らしめず、長田の右不法行為に加担したと主張する。

(二)  しかし、本件販売委託契約締結当時、木村室長が、長田に本件販売委託契約締結権限がないことを知っていたと認めがたいことは既に説示のとおりである。

(三)  また、長田が被告との雇用契約上本件販売委託契約締結の事実を被告代表者に報告すべき義務を負担していたとしても、特段の事情がない限り、取引の相手方である原告が、被告担当者である長田の頭を飛び越してまで右事実を被告代表者に報告すべき義務はないというべきである。

そして、本件販売委託契約は原告にとっても被告にとっても広告代理店間のコマーシャル枠の売買という通常の取引であって、その内容に長田個人の利得を図る等の不自然な点はなかったことは前記のとおりであるから、右特段の事情も認めがたい。

(四)  したがって、本件販売委託契約の締結及びその履行にあたり、原告に被告に対する不法行為が成立する余地はないというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告の相殺の抗弁は理由がない。

3  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がある。

三  以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

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