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東京地方裁判所 平成11年(ワ)7748号 判決

原告 有限会社関東リメイク

右代表者取締役 松原美知子

右訴訟代理人弁護士 鈴木隆

被告 日本興業株式会社

右代表者代表取締役 長野厚

右訴訟代理人弁護士 鈴木繁夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録二記載の建物部分を明け渡し、かつ平成一一年二月一日から右明渡済みまで、月額金三六万七〇九二円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

原告は、平成七年六月二三日、株式会社行政通信社(以下「行政通信社」という)より、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という)の一部である同目録二記載の建物部分(以下「六階部分」という)の賃借権(以下「本件賃借権」という)を譲り受け、平成七年六月一〇日、本件建物所有者である株式会社エスエスティ(以下「SST」という)及び品川忠志より本件賃借権譲渡に対する承諾を得たことによって、本件賃借権を取得し、これを事務所として使用していたところ、平成一一年一月末ないし同年二月一日ころ、被告が、本件建物一階に設置されていた自動ドアを閉鎖し、かつ六階部分にあった原告の机、椅子、応接セット等を勝手に持ち出して、以来六階部分の原告の使用占有を妨害しているとして、原告が被告に対し、本件賃借権に基づき、本件建物六階部分の明渡及び月額金三六万七〇九二円の割合による賃料相当損害金の支払を求めた事案である。

第三当事者の主張及び争点

一  以下の請求原因事実は当事者間に争いがない。

1  本件建物は、元東京メタル株式会社が所有していたところ、同社は、昭和四九年八月一日、行政通信社に対し、六階部分を賃貸した。

2  東京メタル株式会社は、昭和五二年四月三〇日、株式会社ランゲージ・サービス(以下「ランゲージ」という)に対し、本件建物を売り渡し、ランゲージは本件建物につき所有権移転登記を経由した。これにより六階部分の賃貸人たる地位もランゲージに移転した。

3  平成四年九月二一日、ランゲージはSSTに対し、本件建物を売り渡し、SSTは本件建物につき所有権移転登記を経由した。その後、平成五年一月七日、真正な登記名義の回復を原因として、品川忠志に対し、本件建物の所有権移転登記が経由された。これにより六階部分の賃貸人たる地位は、SSTないし品川忠志に移転した。

4  被告は、平成一〇年一二月二二日、競売による売却により本件建物の所有権を取得し、同月二四日付をもってその所有権移転登記を経由した。右競売の際に存在した一番根抵当権は昭和五二年四月三〇日に設定登記されたものである。

二1  右争いのない事実によれば、行政通信社は、競落人である被告に対抗できる六階部分の本件賃借権を有していたものである。

2  そして、原告は、次のとおり、本件賃借権を行政通信社から譲り受けたと主張する。

平成七年六月二三日、原告は行政通信社より、六階部分の本件賃借権を譲り受け、平成七年六月一〇日、SST及び品川忠志より、本件賃借権譲渡に対する承諾を得た。これにより、原告は本件賃借権を取得した。

3  右原告の主張に対し、被告は次のとおり主張して、原告の本件賃借権取得等を争っている。

(一) 行政通信社から原告への本件賃借権譲渡は不存在である。この契約は、契約書を作成するなどして譲渡契約の外観を作出しただけの虚構である。原告は、六階部分の占有をしておらず、六階部分に占有者がいたとすれば、それは伊藤峯大こと呂聖和(以下「伊藤」という)、株式会社ティー・エム・エー(以下「TMA」という)又はSSTである。

(二) 賃借権譲渡契約の存在が肯定されたとしても、原告の賃借権譲受は建物の使用を前提とする本来の賃借権の設定を目的とするものではない。原告は、伊藤が支配運営する法人であり、伊藤の指示の下に、競落人から解決金名目等により金員を得ようとするなどの競売妨害を行うために本件賃借権を譲り受けたものである。そのような実態のない賃借権を理由として、競落人である被告に対して建物の明渡を請求することは権利の濫用であり、許されない。

4  以上のとおり、本訴における争点は、原告が本件賃借権を譲り受けたか、仮に譲り受けたとして、原告がその賃借権を主張することが権利濫用になるかである。

第四争点に対する判断

一  原告主張の本件賃借権譲受については、原告主張に沿う内容の原告と行政通信社間の賃借権譲渡契約書(甲八の1)、行政通信社作成の代金の領収書(甲九)が存在する他、その時期は別として、現実に原告が六階部分を占有するに至っている。また、伊藤峯大は、個人名義の銀行預金から売買代金に相当する四〇〇〇万円を引き下ろしており(甲二三)、これを原告に貸し付けたとの書面がある(甲二二)。そして、証人緒方豊は、前記原告主張に沿う証言をしているのであるから、一見、原告が本件賃借権を譲り受けたことは明白であるかのように見える。しかしながら、本件においては、次に述べるような種々の疑問があり、これらの証拠にもかかわらず、原告が本件賃借権を譲り受けて取得したとすることには疑問を持たざるを得ないし、原告が被告に対し、本件賃借権を主張して、六階部分の明渡や賃料相当損害金の支払を求めることは明らかな権利の濫用というべきである。以下、この点を説明する。

二  まず、原告主張の本件賃借権譲渡については、疑問点として、その代金額が四〇〇〇万円と異常に高額であることがあげられる。

1  なぜこのような大金を支払って六階部分の本件賃借権を取得したのかについて、証人緒方豊の証言及び同人作成の陳述書(甲三八。以下、この両者を併せて「緒方の証言等」という)は、要旨、次のように述べる。

緒方は、平成四年三月、埼玉県川越市において原告を設立し、建物のリフォーム及び小規模建物建築業を開始し、順調に経営をしていたところ、平成六年、米国ロスアンゼルス大地震が発生し、平成七年には阪神淡路大地震が発生したので、緒方は、従前から考えていた耐震構造とするための補強工事需要の増加を確信するようになった。しかし、川越市という狭い市場で業務を行っていたのではせっかくのチャンスであるのに大きな飛躍はできない、飛躍のためには、東京二三区内に事務所を構え、事業展開することが必要であると考えた。本件賃借権の譲受は、そのような検討をしているときに勧められたもので、六階部分は、右営業目的の観点から、地理的条件、交通の便、周囲の環境について申し分がないと判断した。しかし、四〇〇〇万円は高すぎると思ったが、それでも買受を決意した理由は、営業を目的とした立地条件よりも、本件建物周辺の環境的条件にあり、本件建物の道路を挟んだ前面に、日本都市センターが存在し、その隣に、全国都市会館と麹町会館(全国職員共済会)と並んであり、至近距離に、都道府県会館があったので、その会館で食事等をして、慣れてくれば、会館内にパンフレット等を配備させてもらったり、事務局に耐震対策の説明会開催の立案を相談することができるように働きかけることができると思い、この立地条件が大きな魅力であった。

2  しかしながら、右緒方の証言等はにわかに信用することができないのである。すなわち、

(一) 確かに、本件建物が一等地に所在することは緒方の証言等のとおりであるが、だからといって「その会館で食事等をして、慣れてくれば、会館内にパンフレット等を配備させてもらったり、事務局に耐震対策の説明会開催の立案を相談する」という右緒方の証言等のような営業展開を考えていたというのは、ほとんど夢物語の世界であって、緒方が真剣に本件建物での事業展開を考えていたのかどうかについて大きな疑問を持たざるを得ないところである。

(二) しかも、本件建物は、種々の紛争を抱えており、これを事業展開の拠点にしようと真剣に考える経営者が、魅力的を感ずるようなビルとは到底考えられない。すなわち、

(1)  甲一、甲三九、乙一二によれば、前記のとおり本件建物の所有者であったランゲージは、平成四年一〇月二九日ころ倒産し、そのころから、本件建物は、ランゲージの債権者と思われる多数の人物が占有を始めるような状況になっていたのである。これを具体的に見ると、やはりランゲージの債権者で本件建物を一括管理しているという(甲二八)TMAの上申書(乙二〇)によれば、ランゲージ倒産直後の同月三〇日には、本件建物について「四、五十名の暴力団風債権者が殺到。わめき、どなり、ドアを足で蹴飛ばしながら強引に四階、七階の鍵を破壊し不法に侵入」したといったことがあったものであり、TMAのオーナーである伊藤は、別件訴訟における平成六年一一月一八日の証言において、裁判長からの質問に対して、本件建物は「暴力団風の金貸しが部屋を占有して、占有関係がむちゃくちゃで、誰が占有しているのか特定できない状況になっています」と返答しているし(乙一四)、その後も、平成八年七月ころには、本件建物七階に暴力団事務所が開設された(甲二九)状況である。要するに、本件建物は、ランゲージ倒産後、その債権者が、債権回収のために、法律も無視して、実力行使を行っていた状況が現出していたものであり、これが、原告が本件賃借権を譲り受けたという平成七年六月ころだけ、奇跡のように解消していたなどとは考えられず、このような状況が継続していたものと考えられるのであるから、このような状況を前提とすると、まともな事業展開を考えている経営者が、このようなビルに、しかも四〇〇〇万円もの投資をして、入居するということは到底考えられないのである。

この点は、登記簿から判明する本件建物の権利関係からもいえるのであって、本件建物内に鍵を壊して侵入した債権者である株式会社カンポーハウスが、ランゲージ倒産直前の平成四年一〇月六日に、賃借権設定の仮登記を経由しており(甲一、乙一四)、同年一二月二二日にはランゲージの債権者であった百十四総合ファイナンス株式会社の申し立てた競売の開始決定がされているのである(甲一)。

このように、競売申立がされ、暴力団風債権者が部屋を占拠しており、占有者がだれかも判然としないようなビルに入居して事業を展開しようとする経営者がいるのであろうかを考えると、まともな営業をしていくために、本件建物が適当なビルであると考えたというのは、到底信用できないところである。

(2)  さらに、原告の主張によれば、原告が賃借権を譲り受けた当時の本件建物は「ビル清掃、屋上飲料水水槽の清掃点検、エレベーターの安全点検等が為されておらず、いつ行ったかの記録もなく、総てが危険な状態で放置されている状態であった」というのであり、原告が入居した後も「エレベータ内で暴力団員と乗り合わせた顧客が発注をキャンセルしてくるような状態」であったというのである(原告の平成一一年一〇月一二日付準備書面)。一体、原告代表者であった緒方は、本件建物又は六階部分にどのような魅力を感じたのであろうかとの疑問を持たざるを得ない。

(三) 緒方の行動

このように見てくると、原告が本当に四〇〇〇万円もの大金を支払って本件賃借権を譲り受けたのだろうかとの大きな疑問にぶつかる。そして、この疑問は、次のような緒方の行動を考えると、さらに大きな疑問として発展していくことになる。すなわち、

(1)  緒方は、四〇〇〇万円もの大金を支払う大事な本件賃借権譲渡契約の締結の場に立ち会っておらず、契約締結を、伊藤の知人の岡村溢男に依頼していた(緒方証言一五頁)。

(2)  緒方は、その証言等に述べるような都道府県会館等への営業活動をした形跡がほとんどないのみならず、本件賃借権譲渡を受けたという日から約一〇ヶ月後の平成八年四月二六日には、川越市に、原告とほぼ同じ営業目的の株式会社関東リメイク(原告は有限会社であって、会社組織形態が異なる)を設立して、その代表取締役に就任している(甲三四、乙二五)のであって、このような緒方の行動は、真実四〇〇〇万円もの大金を支払っても本件建物での事業展開をしたいと考えていた者の行動としては、理解できないところである。

この点について、緒方は、証言中で、要旨「株式会社関東リメイク設立の理由は、本件賃借権を譲り受けてから、計画どおりには進まず、また原告の代表者である取締役を辞任し(乙二四)、これを伊藤の指名した松原美知子に譲ったため(乙二三)、原告を取られたような錯覚をしたので、自分が事業をしていた地域である川越市で、もう一度、同じ営業内容の建設全般である株式会社を立ち上げた」と述べる(同証言二三頁)。しかしながら、このような行動は、四〇〇〇万円もの投資をした経営者としてはあまりに無責任であろう。

そして、さらに、原告が配布したというチラシ(甲三六)に記載されている電話のフリーダイヤル番号は、株式会社関東リメイクのチラシに記載されたフリーダイヤル番号と同一であり(甲三三)、この番号に掛けると、原告ではなく、株式会社関東リメイクに通じるようになっている(緒方証言五八頁)。この点でも、原告の営業拡大のために四〇〇〇万円の大金を支払って本件賃借権を譲り受けたという緒方は、それにもかかわらず、営業の中心を、原告ではなく、株式会社関東リメイクに置いていたものと考えられるのである。

(3)  原告は、本件賃借権を譲り受けた後、平成八年一二月末から平成九年一月初めの間に、株式会社昌新や株式会社ホワイエに六階部分の占有を侵奪され(甲二九)、この占有を回復した後も、平成一一年一月末日ないし二月一日ころ、被告によって再度占有を侵奪されたものであるが、緒方は、警察に相談したり被害届を出す等の行動に出ることなく、これへの対応を伊藤に相談している(緒方の証言四七頁、七八頁)。これも、借金の担保として原告の代表者を交代したとはいえ、真実四〇〇〇万円もの投資をして新たな事業展開を考えていた経営者の行動としては理解が困難であって、緒方の意識としては、原告を伊藤に完全に譲り渡したつもりであったと考える方が理解しやすいのである。

(4)  結局、このような緒方の行動からは、緒方は、原告の代表権を失った時点で、原告を伊藤に完全に譲り渡してしまったと考え、原告に対する関心をほとんど有しなくなっていたものと考えられるのである。そして、右原告代表者交代の理由は、原告が本件賃借権譲受代金であるという四〇〇〇万円全額を伊藤から借り入れたため、その返済担保として、原告の代表者を交代せざるを得なかったというものであるから(甲二二、緒方の証言等)、このような事態は当初から予想されることであって、緒方が述べる本件賃借権譲受の理由との間には大きな矛盾があるのではないかとの疑問を持たざるを得ないのである。

3  以上を総合してみると、緒方が経営していた原告が四〇〇〇万円もの大金を支払って本件賃借権を譲り受ける理由は、ほとんどなかったものと考えざるを得ないのである。原告が本件賃借権を譲り受ける理由があったとすれば、それは、後記のとおり、緒方が辞任し、伊藤の指名する松原が代表者である原告としての理由しか考えられない。

三  譲渡代金支払への疑問

1  仮に、原告主張のとおり、本件賃借権が代金四〇〇〇万円で譲渡されたとしても、この支払が現実にされたのかについては疑問がある。すなわち、原告が伊藤から借り入れて支払ったという譲渡代金四〇〇〇万円のうち一五五一万円余は、行政通信社の未払賃料として、TMAの口座に振り込まれているところ(甲二四、二五)、TMAは伊藤の支配する会社であるから(乙一四)、少なくともこの部分は、移動した現金は、伊藤から出金されて伊藤に納められたものといわなければならない。また、残金二五〇〇万円は現金で支払われたという(甲二八)が、このような大金を現金で交付するというのは、何らかの理由で正確な金銭交付の痕跡を残したくないためであると推認できるのであって、少なくとも正常な取引であるとは考えられないし、現実にそのような大金の授受がされたものかどうかについても疑問を持たざるを得ない。

2  さらに、原告が伊藤から本当に四〇〇〇万円を借り入れたのかについても疑問がある。すなわち、甲二二は、伊藤が原告に四〇〇〇万円を貸し付けたとの借用証書であり、緒方の証言等や甲三九(伊藤の陳述書)には、右借用証書に沿う内容の記載及び証言がある。しかしながら、甲二二では、利息や弁済期日が空欄となっているし、緒方は、利息は原告の営業が軌道に乗ったときに支払うつもりであって、四〇〇〇万円返済の担保として、原告の代表者を伊藤の指名する松原に変更したものであると証言する(一八頁以下)。しかしながら、金融業をしているTMAのオーナーである伊藤が(乙一二ないし一四)、本当に原告に対して四〇〇〇万円の貸付をしたのであれば、利息等に関してそのようなあいまいな約束をしただけで満足するとは考えられないのである。ここでは、伊藤が本当に原告に対して四〇〇〇万円を貸し付けたかどうかについて大きな疑問があると考えざるを得ない。なお、伊藤において、原告からの利息の収受や借入金返済は眼中になく、それ以外に何らかの目的があるのであれば、このような取り決めをすることも考え得るというべきであるが、この目的は、結局、原告以外の者からの資金回収と考えざるを得ないところである。

四  次に、原告主張のとおり、原告が四〇〇〇万円もの大金を支払って「六階部分を真実賃借人として利用するために」本件賃借権を譲り受けたと考えるには、次のような疑問がある。すなわち、

1  原告の六階部分の占有形態

(一) 原告が本件賃借権を譲り受けたという平成七年六月二三日(又は、甲二九によって、行政通信社が六階部分を完全に明け渡したとされる同年七月一〇日ころ)以降、株式会社ホワイエ等によって六階部分の占有を侵奪されるまで、原告が六階部分を営業の目的で使用した形跡はほとんどないのである。この点について、甲一八、二九には「事務所として使用していた」との趣旨の記載があるが、抽象的なものであるし、乙九によれば、六階部分は、品川尚子こと呂尚子(以下「品川尚子」という)が、一人で「受注や下請けへの連絡の為の電話番のような仕事をしていた」程度であり、しかも、その電話番でさえ、平成八年八月ころ以降は、本件建物の七階に一見して暴力団風の人が出入りするようになったので、週二、三回しか出勤しないようになったというのであって、四〇〇〇万円の投資にしては、利用形態がいかにも不活発であると考えざるを得ない。

(二) この点は、競売の現況調査からも裏付けられるのであって、甲一四によれば、平成八年五月八日と同月二二日、執行官が本件建物の現況調査をした際には、六階部分は、原告が「事務机を所有し占有している」が「空室同然であ」り(一六二丁)、調査当時不在であったので解鍵して立ち入っている(一六四丁)のである。しかも、同調査報告書添付の六階部分の写真を見ると(番号一五ないし二〇)、六階部分には、机やパーテーション(間仕切り)が置いてあるものの、電話番にしろ他の業務にしろ、ここで何人かが業務を行っていたとの形跡は全く見ることができない。

(三) さらに、六階部分の占有を侵奪した株式会社ホワイエ等の代理人からの内容証明郵便には「六階部分は長期間、占有がない状態で、何者かに不法占有されていた形跡があり」「六階の入口に明渡要求の通告書を貼付するなどして経過をまっていましたが、何人からも何等の通知がなく」と記載されている(乙一〇)。

(四) これらの事実からは、原告が、四〇〇〇万円もの大金を費やして本件賃借権を購入した六階部分について、購入したという平成七年六月二三日ころから、少なくとも、株式会社ホワイエ等に占有を侵奪される平成八年一二月末ないし平成九年一月初めころまでの間は、ほとんど利用していなかったと考えられるのである。

2  賃料支払に関する疑問

(一) 原告は、本件賃借権の賃料は、水道光熱費・消費税込みで月額三六万七〇九二円であったという(甲三八、緒方証言八八頁)。しかしながら、被告も指摘するように、ビジネスを行うために締結する部屋の賃貸借契約において、このような毎月変動する費用も含めて、一定額の賃料を定めるというのは極めて珍しいことといわなければならない。

(二) しかも、賃貸人SST及び品川忠志、賃借人原告とする賃貸借契約書(甲一三の一七五丁以下)では、月額賃料三六万七〇九二円の他に、原告は「共益費(暖、冷房費を含む)」や「電気、ガス、水道料金」を負担することとされているのであって(同契約書三条)、前記緒方証言等とは食い違っている。この食い違いについて、緒方は「岡村に任せていたから」と述べるが(九二頁)、緒方が実質的に支配する原告が、真実賃借をしようというのであれば、賃料額という極めて重要な要素の決定を他人任せにするという緒方のこの無責任さは、ほとんど理解できない。

(三) この賃料は、原告は伊藤から借り入れて支払っていたと緒方は証言し(三一頁、八〇頁)、賃料を支払ったという証拠は、甲一〇の1、2の領収書(いわゆる通い帳)であるという。しかしながら、

(1)  まず、賃料を伊藤から借り入れて支払ったとの点について見ると、本件賃貸借契約における賃貸人であるSSTは、平成四年九月二一日に伊藤の実姉の福田美枝子が代表取締役に就任し(乙一、一二)、平成九年一二月二〇日には伊藤自身が代表取締役に就任している(乙四)会社であって、伊藤の会社であるし、同じく賃貸人とされる品川忠志は、やはり伊藤がオーナーであるTMAの監査役に就任していて(乙五、六、一二)、同人の妻は伊藤の姪である品川尚子である(乙八、緒方証言六九頁)。そうすると、賃料は、仮に真実金銭の移動があったとしても、伊藤から出金され、伊藤に納められたものといわなければならないのであって、これが、真実支払ったといえるものかどうかについては大きな疑問があるし、伊藤が、紛失等の危険を冒して、わざわざそのような現金の移動をするとも考えがたいのである。

(2)  さらに、賃料支払の証拠として前記領収書(甲一〇の1、2)を作成していることについて考えてみると、このような領収書を利用するということは賃料が現金で支払われていたということになるところ(緒方証言七九頁)、今時の会社が、賃料を支払うのに、現金で支払い、支払の証拠を残すためにこのような領収書を利用するということ自体、極めて不自然であるといわざるを得ない。

(3)  しかも、原告は、平成八年八月ころから、その営業の拠点を川越市に一時移転していたというのであるから、その間は、原告の誰かが現金を川越市から東京都のSST(その本店所在地は、乙四によれば、東京都調布市多摩川六丁目八番地一)に持参していたということになり、これも不自然である。

(4)  被告代理人が緒方証人に対して指摘したように(八四頁)、この領収書の領収印は、その押捺された形態から見ると、同一の機会に数ヶ月分ずつまとめて押捺されたものではないかとの疑問がある。

(5)  また、この領収書については、原告が原本を提出できる理由が判然としない。すなわち、甲二〇(原告代表者松原の陳述書)によれば、平成一一年一月末ころ、原告が六階部分の占有を侵奪された際、六階部分は「一切の什器・備品がなくなっており、ほとんどゴミさえない状態であった」とされるのに、原告が保管すべき右家賃領収書は残っていたことになる。このことは、この家賃領収書は原告が保管していたものではないと推認させるものであり、現実に、緒方は、伊藤に任せていたので、どこに保管してあったか分からないと証言しているところである(八五頁以下)。

(四) このような事情を総合してみると、原告が賃料を支払っていたとは考えられない。

五  小括

以上の検討の結果、原告の代表者であった緒方は、その証言等にもかかわらず、六階部分の本件賃借権を譲り受けてこれを利用しようとする意欲はなく、現実に六階部分を利用したとも認められないし、本件賃借権の賃料についても、本件賃借権の譲渡代金についても、これらを支払ったものかどうかについては疑問があるのである。そうすると、緒方の支配する原告が、四〇〇〇万円もの大金を支払って、本当に本件賃借権を譲り受けたものかどうかについても大きな疑問を持たざるを得ない。しかしながら、原告と行政通信社との間には、前記のとおり、本件賃借権譲渡契約書(甲八の1)が作成されている。そこで、緒方の支配する原告には本件賃借権を譲り受ける理由がなかったとすると、このような書面が作成されたのはなぜであろうかとの疑問が生ずる。この点については、原告の状況等を見てみる必要がある。以下、検討する。

六  原告の状況

1  原告は、緒方が、平成四年三月一六日、埼玉県川越市において有限会社法所定の最低資本金額である三〇〇万円で原告を設立したものであるが、前記のとおり、伊藤が四〇〇〇万円の貸付をしたので、その担保のためとして、平成七年六月三〇日、代表者が緒方から伊藤の指名する松原に交代となり、同年七月三日に現肩書住所に移転している(乙二二ないし二四)。原告の年商等がどの程度であったかは判然としないが(原告の平成一一年一〇月一二日付準備書面中には、年商約二億五〇〇〇万円で粗利は約三五パーセントとの記載があるが、証拠はない)、このような小規模な会社が、四〇〇〇万円という大金を投資して事業展開をしようと考え、これに応じて、伊藤が右大金を貸し付けたというのは、にわかに信じがたいところである。

2  右のとおり、原告の代表者は、平成七年六月三〇日に伊藤の指名する松原に交代となっていたが、原告の従業員ないし原告の業務を行っていた者も、伊藤の配下ないし関係者である。すなわち、前記のとおり、六階部分で電話番をしていた品川尚子は伊藤の姪であり、工藤義昭はSSTの監査役やTMAの取締役に就任していた者(乙三、六)、野代真琴はTMAの従業員(甲一三の九七丁)、松井正幸は、品川尚子の紹介で原告の従業員となった者で(緒方証言七〇頁)、かつ、六階部分に住民登録をしていて、その後、伊藤の住所に住民登録を移転しているし(乙四二、四三、四五ないし四七)、西沢良紀は松井の紹介で、金沢俊子は品川尚子の紹介で、それぞれ原告の従業員になった者である(緒方証言六九頁、七〇頁)。そして、これら従業員の給料も、原告は伊藤から借り入れて支払っていたという(緒方証言三一頁)。

3  原告が六階部分に設置していたという電話回線は、いずれも伊藤関係のものである。すなわち、三二三四-八一〇一及び三二六五-八三七三は、いずれもTMAが債務者ランゲージ及び株式会社ケムテックから貸金の譲渡担保として譲り受けたものであり(乙二一)、原告代表者松原らの名刺(乙三五ないし四〇)にファックス番号として記載されている三二三四-六六三九は、契約者名品川忠志としてランゲージに設置されていたものである(乙五〇)。また、前記のとおり、平成八年五月八日と同月二二日に執行官が本件建物の現況調査をした際には、六階部分には、机やパーテーション(間仕切り)が置いてあったが(甲一四)、この机や間仕切りは、本件建物二階でTMA又はSSTが使用していたものと同一であると考えられるのであって(乙五一ないし五七、緒方証言九五頁以下)、結局これらの備品も伊藤関係の物品であると考えられる。

4  このように、本件賃借権を譲り受けたという原告は、平成七年六月以降は、もはや緒方の支配する会社ではなく、伊藤が完全に支配する会社であったというべきである。

七  伊藤の立場

右のとおり、原告が本件賃借権を譲り受けたのだとしても、その譲受人である原告は、明らかに、都心での営業展開を考えたという緒方の支配する会社ではなく、伊藤の支配する会社であったというべきであるが、その伊藤は、前記のとおり、本件建物について所有権移転登記を経由したSSTや本件建物を一括管理していると称していたTMAを支配しており、金融業を営むTMA又は個人として、ランゲージや同社と代表取締役が同一の東伸計画株式会社に対して、平成四年九月末ころまでに六億三二九九万円にも及ぶ多額の貸付をしていて、その回収ができず、本件建物を一括借り受けしてこれを賃貸に出し、その賃料での回収を考えていたものの、同年一〇月二九日のランゲージの倒産とともに債権者が本件建物内の占拠を始めたために、SST名義で本件建物の所有権移転登記を経由することはできたが、本件建物全体を占有することはできなかった立場にある者である(乙一二ないし一四)。

八  譲渡人の行政通信社の状況

1  他方で、行政通信社は、前記のとおり、昭和四九年八月一日、東京メタル株式会社から六階部分を賃貸したものであるが、平成三年八月一日から一年間の決算期において五八〇万円余の経常損失を計上し、翌期はこれが十倍以上の七七六一万円余に膨れ上がっていたものであり、平成七年四月四日には和議手続開始の申立をしたものの、三億四〇〇〇万円以上の債務超過であって、今後の資金繰りの目処がつかない等の理由により、これを棄却されている(乙二九、三〇)。そして、本件賃借権に係る未払賃料等は、平成四年一一月分から平成七年六月分の合計一五五一万円余もあったというのである(甲二四ないし二六、二八、三九)。このような財政状況の行政通信社が、本件賃借権を維持できていたとは考えがたいのである。

2  右のとおり、行政通信社の財政状況は破綻状態であったところ、この行政通信社は、自社が賃借してもいない本件建物五階部分について、ランゲージとの間に賃貸借契約書を作成し(甲一三の一四四丁)、この賃借権を五階部分を占有していたアーバンライフ株式会社に譲渡したとして(同九八丁)、賃借権譲渡証を作成している(同一四三丁)。しかして、これらの契約書には、いずれも行政通信社の実印(甲八の5)が押捺されているが、この点は、原告への本件賃借権譲渡契約書においても同じである(甲八の1)。また、右アーバンライフとの各契約書には、いずれも確定日付が取られているが、このような確定日付の取得という念入りな手続は、原告に対する六階部分の本件賃借権譲渡契約書の場合も同じである(甲八の1)。なお、原告から六階部分の占有を侵奪した株式会社ホワイエや株式会社昌新も賃貸借契約書に確定日付をとっている(甲一三の一五三丁以下)。

3  このような状況から考えると、行政通信社は、原告に本件賃借権を譲渡したという平成七年六月二三日ころは、多額の負債を抱え、本件賃貸借契約の賃料さえ支払えず、その代表者にアーバンライフ株式会社の代表者田中英雄が就任したと称しており(甲一三の九八丁)、賃借してもいない本件建物五階部分も賃借しているとして、この賃借権と称するものを右アーバンライフに売却する契約書を作成してしまうという混乱状態にあったものである。しかも、これらの契約書には、わざわざ実印を使用しており、また、確定日付まで取得しているのであって、この点は、原告への本件賃借権譲渡契約書においても同じであることは前記のとおりである。

4  このような状況からは、行政通信社が原告に対して本当に本件賃借権を譲渡したのかについて、深刻な疑問を生じさせるものである。

九  小括

以上によれば、原告は、少なくとも、本件賃借権譲渡を受けたという平成七年六月二三日ころからは、緒方ではなく、伊藤が支配する会社となっていたものであるところ、その伊藤は、ランゲージに対する多額の債権の回収を考えていた立場であり、本件賃借権を譲り受けたという(伊藤の支配下にある)原告は、前記のとおり、少なくとも株式会社ホワイエ等に占有を侵奪されるまでは、六階部分を利用していた形跡がほとんどないのであって、さらに、本件建物については、前記のとおり、平成四年一二月二二日にランゲージの債権者が競売申立をし、その後も、平成八年三月二二日、平成九年三月一三日、同年一一月二七日と債権者による競売申立が相次いでいた状況にあること(甲一)を総合するときは、伊藤が原告を自己の支配下に置き、その原告をして行政通信社との間に賃借権譲渡契約書を作成させた理由は、いずれ出現するであろう競落人に対して対抗できる賃借権を手に入れた形式を整えて、TMAないし自己の債権を回収しようとしたためであると、容易に推認できるのである。

一〇  総括

以上のとおり、仮に行政通信社から原告への本件賃借権譲渡がされたとしても、それは、ランゲージへの債権を回収しようと考えた伊藤が、本件建物に対する競売の進行を見て、競落人から債権回収をするという不法な利益を得ようとして、原告を支配下に置き、原告の名義で本件賃借権譲渡の形式を整えたものと認められるから、伊藤の支配下にある原告が、このような賃借権に基づいて、競落人である被告に対し、六階部分の明渡と賃料相当損害金の支払を求めるのは、明らかに権利の濫用であるというべきである。

第五結語

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 佃浩一)

物件目録

一 所在 千代田区紀尾井町三番地三八

家屋番号 三番三八の二

種類 事務所

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付七階建

床面積 一階 一〇二・八五平方メートル

二階 一五〇・〇一平方メートル

三階 一五〇・〇一平方メートル

四階 一五〇・〇一平方メートル

五階 一五〇・〇一平方メートル

六階 一五〇・〇一平方メートル

七階 一五〇・〇一平方メートル

地下一階 一三七・二五平方メートル

地下二階 三六・七一平方メートル

二 右一の建物のうち

六階部分 一四八・五平方メートル

(別紙図面のイ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・チ・イの各点を順次結ぶ直線によって囲まれる建物部分)

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