東京地方裁判所 平成11年(ワ)7849号 判決 2001年10月01日
原告
エリザベス・ジュン・ランギ
同補佐人
パク・ジョン・ウェ
被告
テンプル教育サポート・サービス有限会社
同代表者代表取締役
リチャード・エー・ジョスリン
同訴訟代理人弁護士
高石義一
同訴訟復代理人弁護士
塩谷久仁子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金一六〇一万三七四四円及びこれに対する平成一一年四月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、米国大学の日本分校の英語教員として平成二年三月一六日に雇用された原告が、期間を一年間とする雇用契約を更新していたところ、平成九年三月二四日付けで、被告から、雇用期間が終了する同年四月三〇日以降は雇用契約を更新しないとの通知(雇止め)を受けたので、その効力を争い、同年五月分から平成一一年三月分までの給料等の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲げたものを除き、当事者間に争いがない)
(1) 被告は、米国テンプル大学作成の教材、カリキュラムを使用する各種教室の経営を業とする、平成七年一二月五日に米国テンプル大学の一〇〇パーセント出資により設立された有限会社である。
(2) テンプル大学ジャパン(以下「本件分校」という)は、昭和五七年六月九日、テンプル大学の日本分校として開設された。本件分校の経営は、開設当初は株式会社テンプル・ニッポン(平成三年五月三〇日、イースタン国際教育連合株式会社に商号変更)が、平成四年五月一日以降は株式会社テンプル・インターナショナルがそれぞれ行っていたが、平成八年五月一日以降は被告が行っている。本件分校には、カレッジ(教養学部)、大学院及び集中英語コース(カレッジの授業はすべて英語で行われるので、その進学の準備のためのもの)などのコースが設けられている(書証略)。
(3) 原告は、ニュージーランド国籍の女性であり、一九七六年、同国のヴィクトリア大学でTESOL(英語教授法)修士課程を終えた後、英語教育に従事していた。原告は、平成五年八月、本件分校の大学院でTESOL修士を取得した。原告は、いずれも契約書に署名する方法により、次のとおり雇用契約を締結し、本件分校において、集中英語コースの常勤の専任教員として勤務していた(書証略)。
ア 締結日 平成二年三月一六日
使用者 テンプル・ニッポン
期間 平成二年四月二五日から平成三年四月二四日まで
給料 月額三五万八九〇〇円
特約 一か月前に使用者からの通知がない限り、自動的に更新される。
イ 締結日 平成三年五月二三日
使用者 テンプル・ニッポン
期間 平成三年四月二五日から平成四年四月二四日まで
給料 月額三八万四四〇〇円
特約 三か月前に使用者からの通知がない限り、自動的に更新される。
ウ 締結日 平成五年五月八日
使用者 テンプル・インターナショナル
期間 平成五年四月二五日から平成六年四月二四日まで
給料 月額四二万五〇〇〇円
特約 三か月前に使用者からの通知がない限り、自動的に更新される。
エ 締結日 平成六年五月一〇日
使用者 テンプル・インターナショナル
期間 平成六年四月二五日から平成七年四月二四日まで
給料 月額四四万六〇〇〇円
特約 三か月前に使用者からの通知がない限り、自動的に更新される。
オ 締結日 平成七年五月三一日
使用者 テンプル・インターナショナル
期間 平成七年四月二五日から平成八年四月二四日まで
給料 三七万九一〇〇円
特約 三か月前に使用者からの通知がない限り、自動的に更新される。
カ 締結日 平成八年七月八日
使用者 被告
期間 平成八年五月一日から平成九年四月三〇日まで
給料 年俸四五四万九二〇〇円
特約 この契約は、契約期間中限りのもの(恒久的でないもの)であり、更新は保証されない。
(以下、カの契約を「本件契約」という)
(4) 被告は、平成九年三月二四日付けで、原告に対し、本件契約について、同年五月一日以降の更新をしないことを通知するとともに(以下、これを「本件雇止め」という)、これに代わるものとして、期間を四か月間とする雇用契約を申し出たところ、原告はこれを拒否した(書証略)。
2 争点
(1) 本件雇止めに、解雇に関する法理が適用されるか否か。
(原告の主張)
本件分校における原告の雇用契約は、自動更新条項を含むものであり、七年間にわたり、書面によって毎年更新され、反復継続していた。本件契約は、原告が引き続き本件分校で勤務することを目的とするものであるから、従前の雇用契約の延長線上にある。したがって、本件分校における原告の雇用契約は、黙示の更新を根拠として、以後期間の定めのない契約として継続している。
被告は、本件分校を経営していたテンプル・ニッポン及びテンプル・インターナショナルから業務や職員を承継したから、その承継に伴い、両者が経営していた当時の雇用契約及び雇用慣行を承継した。したがって、本件契約は、原告とテンプル・ニッポン、原告とテンプル・インターナショナルの間の各雇用契約と同様、自動更新条項付きの一年間の雇用契約である。
被告は、テンプル・インターナショナルから本件分校の経営を承継したにもかかわらず、その経営を始めた平成八年五月一日以降、集中英語コースの教員に対し、自動更新条項付きの雇用契約を認めず、更新の保証のない雇用契約を締結させ、一方的に雇用条件を引き下げた。これは、内規に違反するとともに、原告とテンプル・ニッポン、原告とテンプル・インターナショナルの間で確立された雇用慣行に違反するものであり、信義誠実の原則に反する。
したがつて、本件契約は、期間の定めのない雇用契約に転化したか、これと同視すべきものであるから、本件雇止めには、解雇に関する法理が適用されるべきである。仮にそうでないとしても、原告には雇用継続に対する合理的期待があるから、本件雇止めには、解雇に関する法理が類推適用されるべきである。
(被告の主張)
本件契約は、更新が保証されないことが明確に合意された期間一年間の雇用契約である。
本件契約は、原告とテンプル・インターナショナルの間の雇用契約が終了した後に新たに締結された雇用契約である。
テンプル・インターナショナルは、経営難を理由に本件分校を閉鎖することとなったため、テンプル大学は、一〇〇パーセント出資により被告を設立し、被告は、平成八年五月一日から本件分校を経営している。しかし、被告は、テンプル・ニッポン及びテンプル・インターナショナルとは全く別の法人であるし、テンプル・インターナショナルから本件分校の経営について営業譲渡を受けたり、校舎などの物的施設を承継した事実はない。
本件契約は、被告が原告との間で最初に締結した雇用契約であり、自動更新条項もないから、更新の連続により期限の定めのない雇用契約に転化するということはありえない。
被告は、集中英語コースの応募者が大幅に減少したので、本件契約の終了日の約六か月前である平成八年一一月六日付けで、原告を含む教員らに対し、雇用契約が更新されない可能性があることを予告した。被告は、他方で、集中英語コースの応募者数が目標を達成するよう十分な努力を重ねつつ、それでも最悪の事態に備えて、客観的かつ公平な審査手続を設けて、再雇用の可能性の高い教員と、可能性の低い教員を選定することとした。被告は、平成九年一月二八日付けで、原告に対し、それまでの慣行に従い、新たな雇用契約を締結しない可能性があることを予告した。
被告は、客観的かつ公正な手続による審査の結果、原告を再雇用しないことを決定した。
したがって、本件契約は、期間の定めのない雇用契約に転化したか、これと同視すべきものという余地はないから、本件雇止めには、解雇に関する法理は適用されない。また、原告には雇用継続に対する合理的期待がないから、本件雇止めには、解雇に関する法理は類推適用されない。本件契約は、平成九年四月三〇日の経過により終了した。
(2) 本件雇止めにつき、社会通念上相当とされる客観的合理的理由があったか否か。
(原告の主張)
被告は、平成八年末ころから、経営難を理由に集中英語コースの専任教員の人員削減を実施することとした。その方法は、すべての教員の勤務成績を評価し、最も低い評価を受けた者を解雇するというものであった。被告は、審査の結果、原告の勤務成績を最低と評価し、平成九年四月三〇日、原告を解雇した。しかし、被告は、当時、人員削減を必要とするほどの財政難にはなかった。評価の際に用いられた資料は、教育の質を測るためのものとして不適当なものであり、また、原告に有利な資料が抜き取られていたり、他人によって原告に極端に不利に作られ、後日無効と宣言された書類が原告の評価資料として混入していた。したがって、被告の行った審査は、一方的かつ不公平なものであった。被告の原告に対する解雇は、人員削減に名を借り、最初から原告のみを標的として行われたものであるから、解雇権の濫用に当たり、無効である。
また、被告は、無断欠勤や職場での規律違反をしたことがなかった原告に対し、このような不公正な審査手続により原告の勤務成績を最下位に位置づけ、原告の今後の職業生活に大きな影響を与えるような屈辱を与え、著しく名誉を侵害したから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は、五五〇万円が相当である。
よって、原告は、被告に対し、一六〇一万三七四四円(次のアないしウの合計額)及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成一一年四月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
ア 雇用契約に基づく平成九年五月分から平成一一年三月分まで二三か月分の給料等一〇一一万三七四四円
(内訳)給料 月額三七万九一〇〇円
保険料 月額一万〇三〇〇円
住宅手当 月額二万円
年金掛金(被告負担分) 月額三万〇三二八円
(379,100+10,300+20,000+30,328)×23=10,113,744
イ 雇用契約に基づく帰国手当 四〇万円(前記アの期間中二回分。一回当たり二〇万円)
ウ 不法行為に基づく慰謝料 五五〇万円
(被告の主張)
被告は、集中英語コースの応募状況の悪化により常勤の専任教員を一五名に削減しなければならなくなったので、雇用期間の満了後に再雇用しない教員の候補者を決めるため、各教員の同意を得たうえで、審査手続を策定した。
被告は、この手続に従い、候補者を選定するための審査委員会を作り、三名の審査委員を専任した。審査委員とディレクターは、それぞれ、所定の資料を審査した。審査委員及びディレクターは、それぞれ個別に審査を行い、その結果を本件分校の学長に報告した。学長は、審査委員会及びディレクターの両方から最も低い評価を受けた原告ほか二名を次年度における専任教員の候補者から外すことを決定した。
このように、被告は、対象者の全員を同一の資料、方法及び基準で厳正に評価したうえで、原告を次年度の専任教員の候補者から外した。
被告は、平成九年三月二四日、原告に対し、四か月間(一学期間)の短期雇用契約を申し出るとともに、もしこの一学期間内に集中英語コースの応募者が増加して一一〇名に達し、人員削減が不要になったときは、一年間の雇用契約に変更する可能性があること、さらには集中英語コース以外のコースに転籍する可能性もあることを説明したが、原告は、この申出を拒否した。
したがって、本件雇止めには、客観的合理的理由がある。なお、被告が原告を解雇した事実はないから、本件において整理解雇や解雇権濫用の事実はない。
第三争点に対する判断
1 事実関係
証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件分校の経営形態
ア テンプル大学は、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアに本校を有する州立総合大学である。本件分校は、日本人学生が日本においてテンプル大学と同一のカリキュラム、教育方法、教育水準による教育を享受することのできる機会を提供するとの基本的方針に基づき、昭和五七年八月九日に開設された。本件分校の経営主体であったテンプル・ジャパン及びテンプル・インターナショナルは、いずれも日本で設立された法人であり、資本構成、役員構成においてテンプル大学と特段の関係を有していなかった。テンプル大学は、これら日本法人との間でそれぞれ委任契約を締結し、「テンプル大学ジャパン」の名称の使用を許諾するほか、教材の開発と決定、教育方法の提供、教育水準の維持などについての助言、教員の派遣などを行っていた。これに対し、授業料の徴収、施設の維持管理、日本における教職員の採用、給与の決定、人事管理などの経営に関する事項は、これら日本法人が独自の判断で行っており、テンプル大学は、これに関与していなかった(証拠略)。
イ 本件分校の最初の経営主体であるテンプル・ニッポンは、途中で経営難となったので、経営から撤退し、平成四年五月一日以降、テンプル・インターナショナルが本件分校の経営を行うこととなった。
ところが、テンプル・インターナショナルも、その後、経営難のために本件分校の存続が困難となり、本件分校の閉鎖を決定した。しかし、本件分校は、開設から相当の期間が経過し、集中英語コース、カレッジコース、大学院コース、企業向けの社員教育プログラムなど多数のコースを提供しており、約一〇〇〇名の学生が在籍していた。
本件分校のカレッジと大学院を卒業した者はテンプル大学本校におけるのと同等の修士、博士の学位を取得することができたので、学生及びその父母らは、学位取得を希望していた。そこで、テンプル大学は、本件分校を存続させるため、平成七年一二月五日、一〇〇パーセント出資により被告を設立した(証拠略)。
ウ テンプル・インターナショナルは、平成八年四月三〇日限りで本件分校の経営から撤退し、被告は、同年五月一日から新たに本件分校の経営を開始した。被告は、在籍していた学生を引き継ぐとともに、多くの教員及び事務職員との間で新たに雇用契約を締結した。本件分校の名称は、開設以来、「テンプル大学ジャパン」のままであるが、経営主体であるテンプル・ジャパン、テンプル・インターナショナル及び被告は、それぞれ資本構成、役員構成の異なる別個の法人である。被告は、都内在住の外国人学生や、社会人の受入れを可能にするために、校舎を郊外の八王子市南大沢から都心の東京都港区南麻布に移転するとともに、その他の物的設備を独自に調達した。なお、被告は、テンプル・インターナショナルから蔵書を譲り受けたが、その他のものは譲り受けていない(証拠略)。
(2) 教員の採用形態
被告が経営を開始した後における本件分校の教員は、<1>テンプル大学が本校の常勤教員として採用したうえで、本件分校に派遣した教員、<2>被告が日本で採用した常勤教員、<3>被告が学期ごとに採用する非常勤教員に大別される。集中英語コースの常勤教員(平成八年当時の在籍者数は約二〇名)は、いずれもこのうち<2>に当たる。
テンプル大学は、他の米国の大学と同様、学生の納付する授業料を主な財政的基盤としているので、学生数の変動に応じて教員数を増減することができるよう、一部を除き、常勤教員との間の雇用契約は、期間を一年間とし、かつ更新の保証のないものとすることを方針としている。
本件分校は、文部省から補助金を受けておらず、本校と同じく学生が納付する授業料を主な財政的基盤としており、また、カレッジ、大学院、集中英語コースにおいては部門ごとに独立採算制がとられている。そこで、被告は、本校における雇用方針と雇用慣行にならい、学生数の増減に応じて教員数を増減できるよう、集中英語コースの教員との間の雇用契約は、期間を一年間とし、かつ更新の保証のないものとすることを方針としている(証拠略)。
(3) 本件契約の締結の経緯
ア 原告は、前提事実のとおり、平成二年三月一六日に本件分校に採用された後、集中英語コースの専任教員として従事し、雇用契約を更新してきた。
イ ところで、原告が平成七年五月三一日付けで署名した契約書(前提事実(3)オの雇用契約に関するもの)には、雇用契約が更新されるかどうかは、テンプル大学とテンプル・インターナショナルの間の親契約(マスターコントラクト)が平成八年六月三〇日以降更新されるかどうかによると記載されていた。テンプル・インターナショナルとテンプル大学は、平成七年一二月八日、両者間の契約が平成八年四月三〇日限りで終了することを公表し、テンプル・インターナショナルは、平成七年一二月一九日、本件分校の各教員にその旨を通知した。さらに、テンプル・インターナショナルは、平成八年三月六日、本件分校の各教員に対し、テンプル大学との委任契約は同年四月三〇日限りで終了し、その後は教員と何らの関係がないと通知した(書証略)。
ウ 被告は、平成八年五月一日、本件分校の経営を開始した。本件分校の学長は、同月二日、本件分校に在籍していた教職員に対し、標準となる雇用契約にどのような内容を盛り込むべきかについて本校の法務部の検討を待っているところであると通知した。被告は、同年六月一四日、本校から送付された契約書に基づいて、原告との間で、効力発生日を同年五月一日にさかのぼらせて本件契約を締結した。被告は、そのころ、集中英語コースの他の常勤教員との間においても、原告と同様、期間を同年五月一日から平成九年四月三〇日までの一年間とし、更新の保証のない雇用契約を締結した(証拠略)。
(4) 本件雇止めの経緯
ア 集中英語コースのディレクター(同コースの運営、カリキュラム、人事などをつかさどる立場にある者)は、平成八年一一月七日付けで、集中英語コースの各教員に対し、平成九年度における集中英語コースの応募者数が目標の一一〇名を大幅に下回ることが予想されるため、約二〇名の常勤教員を一五名に削減しなければならない可能性があると通知した。ディレクターは、平成八年一一月一四日の教員会議を経て、同日、各教員に対し、再度同月七日付けで一部を修正のうえ前記と同旨の通知をした。さらに、本件分校の学長は、同月一三日及び同月一四日、各教員に対し、平成九年度の新入学者がこのまま目標を下回るようであれば、同年度には常勤教員の人数を二〇名から一五名に削減することとし、更新の対象とする教員を選定するための審査を実施すると通知した(証拠略)。
イ 被告は、数回にわたり集中英語コースの教員らと協議を重ね、教員らの同意を得たうえで、おおむね次の手続により審査を実施することを決定した(証拠略)。
(ア) 雇用契約の更新を希望する教員は、申請書を提出して契約の更新を申請する。
(イ) 被告は、更新対象者を選定するための審査委員会を作り、三名の審査委員を選任する。
(ウ) 審査の対象とする資料は、各申請者とも共通とし、<1>雇用申請書、<2>教員調査書(所定の項目について他の教員らによる当該教員の評価を記載したもの)、<3>申請者の設定目標シート(平成七年秋から平成八年秋までの間において、申請者が設定した目標を達成したかどうかについての評価を申請者が記載したもの)、<4>学生調査書(平成八年秋までの間における受講学生による教員の評価を記載したもの)、<5>推薦状、<6>授業観察の評価書(ディレクターが申請者の授業を観察した結果を記載したもの。ただし、授業観察を受けるかどうかは任意であり、原告はこれを希望しなかった)の六種類とする(これらの資料は「必須資料」と呼ばれた)。
(エ) 各申請者は、その他に、任意に資料を提出することができ、これも審査の対象資料とすることができる(この資料は「任意資料」と呼ばれた)。任意資料は、必須資料とは別に保管される。
(オ) 審査委員会及びディレクターは、それぞれ個別に、提出された資料に基づき、各申請者について更新の可否を審査し、更新を推薦する者とそうでない者を選定し、その結果を本件分校の学長に報告する。
(カ) 本件分校の学長は、審査委員会及びディレクターによる審査の結果を踏まえ、更新の対象とする教員とそうでない教員を選定する。
ウ 被告は、平成九年一月二八日付けで、原告を含む教員らに対し、集中英語コースに登録する学生数が減少しているので、教員数を削減する必要があるため、同年五月一日以降の雇用契約の更新は保証できないと通知した。集中英語コースの教員のうち原告を含む一七名は、同年二月二日ころ、被告に対し、雇用契約の更新を申請した(書証略)。
エ 審査委員会及びディレクターは、所定の資料に基づき審査を行い、平成九年二月二四日、それぞれ、本件分校の学長に対し、各申請者を評価の高い順に「強く推薦する者」、「推薦する者」、「条件付きで推薦する者」の三種類に順位付けた報告書を提出した。原告は、両方の報告書において「条件付きで推薦する者」とされていた。
ところで、原告は、教員調査書及び学生調査書の両方において、他の申請者と比較して低い評価を受けていた。審査委員会が具体的にどのような評価基準に基づいて審査を行ったかは明らかではないが、ディレクターは、第三者による客観的評価が記載されたこれらの調査書を、申請者の自己評価を記載した他の資料よりも重視して審査を行った(証拠略)。
オ 集中英語コースの応募者数は、当初の予測どおり、目標を大幅に下回ったので、本件分校の学長は、審査委員会とディレクターによる審査結果を総合して適格性が最も低いと判断した原告を含む教員三名を雇用契約の更新対象者から外し、その余の一四名を更新対象者とした。被告は、同年三月二四日付けで、原告に対し、その旨通知するとともに、その代替措置として、期間を同年五月一日から同年八月三〇日までの四か月間(一学期間)とし、給料は一学期間当たり一五一万六四〇〇円(年俸換算では四五四万九二〇〇円であり、従前と同額である)とする雇用契約を申し出たところ、原告は、同年四月四日、これを拒否した(証拠略)。
2 解雇の法理の適用または類推適用(争点(1))について
(1) 前提事実及び前記1の認定事実によれば、原告が本件分校の経営主体であるテンプル・ニッポン、テンプル・インターナショナル及び被告との間で締結した雇用契約は、いずれも期間が一年間の雇用契約である。原告は、テンプル・ニッポンとの間で一回、テンプル・インターナショナルとの間で三回にわたり契約を更新したが、被告との間では、一回も契約を更新したことがないまま本件雇止めがなされた。原告とテンプル・ニッポン、原告とテンプル・インターナショナルの間の雇用契約の更新は、証拠上判然としない平成四年四月二五日から平成五年四月二四日までの契約を除き、いずれも期間満了の都度、契約書を作成して新たな契約を締結する方法により行われた。
被告は、テンプル・ニッポン、テンプル・インターナショナルと同じく本件分校の経営主体であるが、これらの法人とは資本構成、役員構成を全く異にしている。被告は、本件分校を存続させる観点から、当時在籍していた学生を引き継ぐとともに、当時働いていた教職員との間で雇用契約を締結したが、これを超えて、被告がテンプル・インターナショナルから本件分校の経営について営業譲渡を受けたり、原告との間の雇用契約上の地位を承継した事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、テンプル・インターナショナルとテンプル大学の間の教育の実施に関する委任契約は平成八年四月三〇日限りで終了しており、また、被告は、原告とテンプル・インターナショナルの間の雇用契約の期間が経過した後、テンプル大学本校の雇用慣行と雇用方針に従った契約書を準備し、これに基づいて原告との間で本件契約を締結した。なお、本件契約の契約書には被告が使用者であることが明記されていたこと(書証略)、原告とテンプル・インターナショナルが最後に締結した雇用契約の契約書には、契約が更新されるかどうかは、テンプル大学とテンプル・インターナショナルの委任契約が同年六月三〇日以降更新されるかどうかによると記載されていたこと、テンプル・インターナショナルは、本件分校の各教員に対し、テンプル大学との委任契約は同年四月三〇日限りで終了し、その後は各教員と何らの関係がないと通知したこと、本件契約の契約書には被告のレターヘッドが用いられていること(書証略)からすれば、原告は、本件分校の経営主体が同年五月一日以降、テンプル・インターナショナルから被告に変更したことを認識していたことが推認できる。本件契約は、原告が本件分校で引き続き集中英語コースの専任教員として勤務することを目的とするものであることを考慮しても、原告とテンプル・ニッポン、原告とテンプル・インターナショナルの間の雇用契約とは別個独立の新たな契約といえる。
被告が原告に対し、本件契約の更新を約束した、あるいは原告が更新を期待するのもやむを得ない言動をとった事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、被告は、まず、テンプル大学の雇用慣行に従い、原告との間で、更新の保証のないことが契約書に明記された雇用契約を締結し、また、その約五か月後である平成八年一一月、原告に対し、集中英語コースの常勤教員の人数を二〇名から一五名に削減しなければならないため一部の教員との間で雇用契約を更新できない可能性があること、更新の対象となる教員を選定するための審査を行うことを通知し、平成九年二月、この審査を行った。原告は、更新を保証しないことは内規(就業規則)に違反すると主張するが、集中英語コースの教員が用いていた職員ハンドブック中の「講師に別段の通知がない限り、雇用契約は毎年自動的に更新される」との記載(書証略)を被告が正式な規則として承認した事実を認めるに足りる証拠はなく、その他に、被告と教員との間の雇用契約が毎年自動的に更新される旨の被告の内規や就業規則が存在することを認めるに足りる証拠はない。原告は、本件契約はそれまでの経営主体との間で確立された雇用慣行に違反すると主張するが、従前とは別の経営主体である被告が新たに教員との間で雇用契約を締結するに当たり、どのような条件を提示するかは、被告の裁量に属するから、原告の主張は採用することができない。
(2) 以上によれば、本件契約は、実質的に、当事者双方とも、期間は定められているが、格別の意思表示がなければ当然に更新されるべき雇用契約を締結する意思であったと認めることはできないから、期間の定めのない雇用契約に転化した、またはこれと実質的に異ならない状態で存在していたということはできない。
また、本件契約は、一年間以上の継続が当然には期待されておらず、実際にも一度も更新されたことはなかったから、本件雇止めの効力を判断するに当たり、解雇に関する法理を類推適用すべきであると解することはできない。
したがって、本件契約は、平成九年四月三〇日の期間の経過をもって終了したと認めるのが相当である。原告の被告に対する給料等及び帰国手当の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(3) また、被告に本件契約を更新すべき法律上の義務はないから、本件雇止めが不法行為を構成するとは認められない。
被告は、集中英語コースの各教員との間で十分に協議したうえで審査の手続及び審査に用いる資料を決定し、原告からの更新の申請に基づき、原告が提出した資料及びその他の所定の資料に基づいて原告の適格性を評価し、更新の可否を判断したのであるから、その結果、原告が契約の更新を申請した教員らの中で相対的に低い評価を受けたからといって、これが不法行為を構成するとは認められない。原告は、被告は原告について虚偽の審査資料を作成した、審査の方法が不公平であった、本件の審査は人員削減に名を借り最初から原告のみを標的として解雇するために行われたものであると主張するが、このような事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の被告に対する慰謝料の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
3 社会通念上相当とされる客観的合理的理由(争点(2))について
(1) 仮に、本件分校における原告の雇用契約が数回にわたり更新され、原告が七年間にわたり本件分校に勤務していたことから、本件雇止めを有効と判断するためには社会通念上相当とされる客観的合理的理由が必要であると解するとしても、原告は、一年ごとに期間を一年間とする雇用契約を締結しており、原告の教員としての地位は、期間の定めのない雇用契約による教員のそれとは異なるから、必要とされる客観的合理的理由及びその程度は異なると解される。
(2) 前記1の認定事実によれば、本件分校においては、平成八年末ころから、次年度における集中英語コースへの応募者の減少が見込まれており、これに備えた措置をとることが必要な状況にあったところ、本件分校の運営形態や当時の財政状況に照らすと、同コースの教員数を削減する必要があったと認められる。
被告は、各教員間の機会の均等と公平を図るため、更新の対象とする教員を選定するための審査を実施したが、教員らとの間で十分に協議し、教員らの同意を得たうえで、審査手続及び審査資料を決定した。審査委員会及びディレクターは、所定の資料に基づいて審査を行った結果、原告の適格性が他の申請者のそれよりも相対的に低い水準にあると評価した。具体的な評価基準は証拠上明らかではないが、この評価は、審査資料のうち第三者による各教員の客観的評価が記載されている教員調査書及び学生調査書における原告の評価とおおむね符号しており、不自然な点は見当たらない。そして、原告は、審査委員会及びディレクターの各審査において、ともに最も低い評価を受けたのであるから、これらの審査結果を前提とすれば、原告を更新対象から外した被告の判断は、正当といえる。原告は、原告のみが差別的に取り扱われた、虚偽の資料が審査に用いられた、原告の提出した資料が審査の際に抜き取られたなどと主張するが、このような手続上の瑕疵を認めるに足りる証拠はない(なお、被告は、本件訴訟において、原告に関するすべての審査資料を開示している(書証略)。また、原告は、教員調査書、学生調査書及び授業観察の評価書は教育の質を測るうえで不適当であると主張するが、被告と教員らによる協議の結果、これらを審査資料とすることが決定されており、原告の主張する様々な問題点を踏まえて、審査資料とすることが決定されたと推認できること、これらの資料に加え、各申請者が任意に提出した資料に基づいて適格性の有無が判断されたことからすると、審査資料の当否は、本件雇止めの効力を左右するものとは認められない。
さらに、被告は、原告を次年度における雇用契約の更新の候補者から外す一方で、期間終了の約一か月前に、期間を四か月間とする他は従前と同様の待遇とする雇用契約を申し出、代替案を提示したが、原告は自らこれを拒否した。
(3) 以上によれば、仮に、本件雇止めに社会通念上相当とされる客観的合理的理由が必要であるとしても、本件分校における学生数の減少及びこれに伴う教員数削減の必要性、審査手続の策定及びその実施経緯、代替案の提示などの事情を考慮すると、本件雇止めには、社会通念上相当とされる客観的合理的理由があったと認められる。
4 結論
以上によれば、原告の請求は、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍見昇)