大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成11年(ワ)8614号 判決 2000年11月06日

原告

沼野八須男

被告

鬼武良雄

ほか二名

主文

一  被告鬼武良雄及び被告五津正は、原告に対し、連帯して金三二八六万〇五五三円及びこれに対する平成九年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、被告鬼武良雄に対する前項の判決が確定したときは、原告に対し、金三二八六万〇五五三円及びこれに対する平成九年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告鬼武良雄及び被告五津正は、原告に対し、連帯して金三二八八万四三一六円及びこれに対する平成九年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、被告鬼武良雄に対する前項の判決が確定したときは、原告に対し、金三二八八万四三一六円及びこれに対する平成九年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、軽四輪貨物自動車が、その前部を、道路左端を同一方向に走行していた自転車に衝突させた交通事故に関し、自転車に乗っていて負傷した被害者が、軽四輪貨物自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、その所有者に対しては自賠法三条に基づき、それぞれ原告に生じた損害の賠償金の支払を、軽四輪貨物自動車の運転者が従前所有していた他の自動車につき契約していた任意保険会社に対し、その保険契約中の他車運転危険担保特約に基づき、保険金の支払を、それぞれ求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。また、これらを前提に問題なく認められる法的判断を含む。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成九年七月八日午後九時二〇分ころ

(二) 事故現場 埼玉県川越市大字古谷上四六五五番地先路上

(三) 被害車両 原告が乗っていた自転車

(四) 加害車両 被告五津正(以下「被告五津」という。)が保有し、被告鬼武良雄(以下「被告鬼武」という。)が運転していた自家用軽四輪貨物車(所沢四〇ぬ二四三四、「本件ミニキャブ」という。)

(五) 事故態様 被告鬼武は、本件ミニキャブを運転中、財布内からメモ用紙を探し出すことに気をとられ、道路左端を同一方向に進行していた原告運転の自転車に、本件ミニキャブの前部を衝突させ、原告を路上に転倒させた。なお、被告五津は、本件ミニキャブについて、任意保険に加入していなかった。

2  事故の結果

原告は、本件事故により、頭部外傷後遺症、外傷性くも膜下出血、外傷性硬膜下水腫、脳挫傷等の傷害を負い、埼玉医科大学付属病院に搬送された。原告は、同病院において平成九年七月八日から同年一一月一二日まで入院治療を受け、同日から指扇病院に転院し、さらに平成一〇年三月三一日までの合計二六七日間の入院治療を受け、同日、歩行障害、腰痛、四肢拘縮及びそれに伴う上下肢の関節可動域制限の後遺障害が残存し、症状が固定した旨の診断を受けた。そして、自動車保険料率算定会大宮調査事務所において、この後遺障害が自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一級三号にいう「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に該当する旨の事前認定を受けた。その結果、原告は、禁治産宣告を受け、原告の甥である沼野一郎が後見人に就いた。(以上、甲三ないし五)

3  責任原因

(一) 被告鬼武は、前方左右を注視し、進路の安全を確認して走行すべき注意義務があるのに、これを怠り、財布内からメモ用紙を探し出すことに気を取られて漫然走行し、本件事故を発生させた過失がある。

したがって、被告鬼武は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告五津は、本件ミニキャブを保有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

4  保険契約

(一) 契約の締結

被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、被告鬼武との間に、次のとおりの自動車総合保険契約(PAP。以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(1) 被保険自動車 被告鬼武所有の自家用小型貨物車(セドリック・所沢四四ふ八七一四、以下「鬼武車両」という。)

(2) 保険期間 平成八年一〇月一四日から平成九年一〇月一四日まで

(3) 保険金額 対人無制限

(二) 直接請求権

本件保険契約には、対人事故においては、被保険者が被害者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と被害者との間で判決が確定した場合には、被害者は、保険会社に対してその額を直接請求できる旨が規定されている。

(三) 他車運転危険担保特約(詳細は丙一)

本件保険契約には、被保険自動車が自家用小型貨物車で、被保険者やその家族が運転中の他の自動車が自家用軽四輪貨物車である場合、これを被保険自動車とみなして、被保険自動車の契約条件に従い、普通保険約款賠償責任条項が適用される旨の他車運転危険担保特約(以下「本件特約」という。)が付加されている。

もっとも、本件特約によれば、被保険者やその家族が、運転中の他の自動車を所有している場合(本件特約二条本文)、常時使用している場合(同条ただし書)は、被保険自動車と見なされないとされている。

また、本件保険契約には、被保険自動車が譲渡されても、保険契約者が、本件保険契約上の権利義務を自動車の譲受人に譲渡する旨を書面で保険会社に通知して承認の請求をし、保険会社がこれを承認した場合を除いて、本件保険契約上の権利義務は自動車の譲受人に移転せず(普通保険約款第六章一般条項第五条一項)、被保険自動車について生じた事故による損害または傷害に対しては保険金を負わない旨の規定があるが(同条二項)、本件特約においては、被保険自動車が譲渡されても、この規定は適用されず、保険金の支払義務はあるとされている(本件特約第七条二項)。

5  鬼武車両の譲渡及び保険料の支払

鬼武車両は、平成九年二月一三日に小林美恵子に譲渡されて登録名義が移転され、その後、同年三月七日には抹消登録され、同月一〇日に新規登録されて上條とし子の所有名義となり、本件事故当時も同人が所有していた(乙七、八)。

被告鬼武は、本件保険契約の締結及び更新について、両親に任せたままにしていた上、鬼武車両を売却したことを両親に連絡しなかったため、本件保険契約は、鬼武車両が譲渡された後も、平成一一年一〇月一四日まで継続されて保険料が支払われていた(丙五、六、被告鬼武本人、弁論の全趣旨)。

6  既払金

原告らは、被告日動火災から休業損害として一八七万〇四一九円の支払を受け、自賠責保険から、保険金として三〇〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  原告の損害額

2  鬼武車両の譲渡後においても本件特約は適用されるか(本件において、本件特約第七条二項の適用は制限され、一般条項第五条二項が適用されるか。)。

(一) 原告の主張

本件特約第七条二項により、鬼武車両が譲渡された後であっても本件特約は適用される。

(二) 被告日動火災の主張

被告鬼武は、両親が鬼武車両について本件保険契約の締結手続をしていたため、本件事故当時においても、この締結の事実を把握していなかった。したがって、保険契約に値するだけの当事者としての合理的意思ないし合理的期待を有していないと言えるから、本件特約第七条二項は適用されない。

また、仮に、このような契約当事者に本件特約第七条二項が適用されるとしても、本件特約第七条二項の趣旨に鑑みれば、その適用は被保険自動車譲渡後一定の期間に限定されるべきである。すなわち、一般条項第五条二項が、一定の場合を除き、被保険自動車が譲渡されても、本件保険契約上の権利義務が自動車の譲受人に移転しないとしているのは、一般に、被保険者は、自動車を買い換えて、代替購入車について、保険料の割引率の累積の利益を受けるために車両入替手続を行うのが通常であるからである。そして、この入替車両を取得するまでに、必要に迫られて臨時に他の自動車を運転した場合に、本件特約が適用されない不都合を回避するために規定されたのが本件特約第七条二項である。

このように、本件特約第七条二項は、車両入替えを予定した規定であるから、被保険者が被保険自動車を譲渡した後、入替車両の取得に通常必要な期間である三〇日を超えない期間に限って適用されるべきであり、それを超えた場合には適用されず、一般条項第五条二項が適用されると解すべきである。

そうすると、鬼武車両の所有名義が移転した平成九年二月一三日から三〇日を経過した以降は本件特約第七条二項は適用されない。

したがって、いずれにしても、本件特約第七条二項は適用されず、一般条項第五条二項により、被告鬼武には本件特約の適用はない。

3  本件ミニキャブが、本件特約第二条ただし書にいう被保険者が「常時使用する自動車」に該当するか否か。

(一) 被告日動火災の主張

被告鬼武は、本件事故の三か月前から、被告五津より本件ミニキャブを貸与され、その通勤に使用していたのであるから、本件特約二条ただし書にいう「常時使用する自動車」に該当するので、本件特約は適用されない。

(二) 原告の主張

本件ミニキャブは「常時使用する自動車」に該当しないから、本件特約は適用される。

第三争点に対する判断

一  原告の損害額

1  おむつ代(原告主張額六四万六二六〇円) 六四万六二六〇円

原告は、症状固定後も指扇病院に入院しており、平成一〇年五月一日から平成一一年四月九日までにおむつ代として合計六四万六二六〇円を負担した(甲六の1ないし23)。

2  タオルセットリース代(原告主張額三六万一二〇〇円) 三六万一二〇〇円

原告は、平成一〇年五月一日から平成一一年四月九日までにタオルセットリース代として合計三六万一二〇〇円を負担した(甲七の1ないし12)。

3  休業損害(原告主張額二一四万三四七六円) 二一一万九七一三円

原告は、本件事故当時、株式会社三上工務所に勤務し、平成九年四月から六月までの間に、一日あたり七九三九円(一円未満切り捨て)の給与を得ていた(甲八の1)。原告は、症状固定日までの二六七日間入院治療を続けていたから、その間はまったく働くことができなかった。

したがって、右を前提に休業損害を算定すると、二一一万九七一三円となる。

4  逸失利益(原告主張額二九九〇万三七九九円) 二九九〇万三七九九円

原告は、本件事故に遭わなければ、六七歳までは働くことができたというべきであり、その後遺障害の内容及び程度に照らすと、一〇〇パーセント労働能力を喪失したということができる。そして、原告は、本件事故の前年である平成八年には、年間三〇二万一〇一三円の収入を得ていた(甲八の2)。原告は昭和二〇年二月一八日生まれで(甲五)、症状固定時において五三歳であったから、右の基礎収入及び労働能力喪失率を前提に、六七歳まで一四年間について、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除すると(係数は九・八九八六)、原告の逸失利益は二九九〇万三七九九円(一円未満切り捨て)となる。

(計算式)

3,021,013×9.8986=29,903,799

5  慰謝料(原告主張額二八七〇万円) 二八七〇万円

本件事故の内容、症状固定までの経過、残存した後遺障害の内容及び程度など一切の事情を考慮すれば、慰謝料としては、二八七〇万円を相当と認める。

6  損害のてん補

1ないし5の損害総額六一七三万〇九七二円から、既払金である三一八七万〇四一九円を差も引くと、二九八六万〇五五三円となる。

7  弁護士費用(原告主張額三〇〇万円) 三〇〇万円

認容額、審理の経過等の事情に照らすと、弁護士費用としては三〇〇万円を相当と認める。

二  鬼武車両の譲渡後の本件特約の適用の可否(争点2)

本件特約第七条二項によれば、鬼武車両が譲渡された後である本件事故当時においても、本件特約の適用はある。

被告日動火災が主張するところの、被告鬼武が、本件保険契約の締結の事実を把握していなかったから、本件特約第七条二項の保護に値しないということが法的に何を意味するのか明らかでないが、前提となる事実4のとおり、被告鬼武と被告日動火災との間に本件保険契約が締結されていることは争いがなく、被告鬼武に本件保険契約の効果が帰属している以上、契約締結の事実を知らないことを前提にした主張はそれ自体失当である。

また、被保険自動車が譲渡されても、保険契約者が、本件保険契約上の権利義務を自動車の譲受人に譲渡する旨を書面で保険会社に通知して承認の請求をし、保険会社がこれを承認した場合を除いて、本件保険契約上の権利義務は被保険者に留保されることになるから(一般条項第五条一項)、一定期間経過後は本件特約が適用されないとすれば、被保険者に酷となり(保険会社は、保険料を徴収しながら、被保険者に保険契約による利益を与えないことになる。)不当であることは明白である。

したがって、被告日動火災の、本件特約第七条二項の適用を被保険自動車を譲渡した後三〇日間に限定する旨の主張も採用できない。

三  本件ミニキャブが「常時使用する自動車」にあたるか否か(争点3)

1  本件ミニキャブの使用状況について

(一) 前提となる事実に加え、証拠(乙三の1・2、四[一部]、五、丙二 [一部]、丁一[一部]、二、被告五津本人[一部]、被告鬼武本人[一部])によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告五津は、平成元年から自営業として五津塗装工業を営み、従前は二トントラック、ハイエース、自家用普通乗用自動車の三台を所有していた。被告五津は、平成九年四月ころ、友人の吉武真人からハイエースを売却してほしいと頼まれ、同人に対しこれを売却した際、代わりに、吉武真人が所有していた本件ミニキャブを譲り受けた。

(2) 被告五津は、一台分の駐車場を借りており、自宅の敷地内には、二台分の駐車スペースが存在しているが、平成一〇年七月ころ、自宅には車検切れのキャラバンが二台駐車されていた。

本件ミニキャブは、平成九年一一月八日で車検切れとなることになっていたため、被告五津は、そのまま廃車にする予定でいた。

(3) 被告鬼武は、従前から被告五津と知り合いであったが、平成九年二月一日から五津塗装に勤務するようになった。被告鬼武は、鬼武車両を中古自動車販売店に売却し、同月一三日、小林美恵子に対しその名義を移転したこともあって、知人から借用していたトヨタマークⅡなどを利用して通勤していたが、被告五津が本件ミニキャブを取得してまもなくからこれを借用し、通勤にこれを使用していた。本件事故は、このミニキャブを運転して帰宅する途中に発生した。

(二) この認定事実に対し、被告鬼武は、本人尋問において、次のとおり供述する。すなわち、通勤には概ね原付バイクを使用しており、被告五津から車を借りる際には、二トントラックを借りることがあり、本件事故以前に本件ミニキャブを借りたのは一回か二回しかなかった。本件事故当日は、友人と食事に行く約束をしたので本件ミニキャブを借りたのであり、本件事故はこの友人の自宅へ向かう途中に発生した。

また、本件ミニキャブを借りた回数については、一回のみであるとか、二、三回であるとか、ややあいまいではあるものの、概ね右の供述に沿う内容の、調査会社の報告書中の被告鬼武からの聴取説明書(甲四の一部)及び被告鬼武作成の陳述書(丙二)がある。

他方、被告五津の本人尋問における供述内容も、概ね被告鬼武の供述内容に沿うものであり、これに沿う内容の、調査会社に報告書中の被告五津から聴取説明書(甲四の一部)及び被告五津作成の陳述書(丁一)がある。

しかし、被告鬼武は、本件事故直後である平成九年七月九日、同月一五日の警察における各取調べ及び同月一七日の検察庁における取調べにおいて、いずれも被告五津から本件ミニキャブを借りて毎日の通勤に使用していた旨の供述をしており、被告鬼武の本人尋問における供述は、これと明白に矛盾する。被告鬼武は、本人尋問において、取調べで右のように供述したのは、運転未熟で事故を起こしたと思われないように乗り慣れていることを示すためであったと説明するが、他方で、本件ミニキャブは、クラッチが重く、ハンドルが運転席に近いなど大変運転しづらい車であったとも供述している。しかし、通常、刑事責任を問われる場面において、少しでもそれを軽くするような供述をするのであればともかく、運転に慣れていて自転車に追突したとなれば、少なくとも責任が軽くなるとは思われず、被告鬼武の説明は不自然かつ不合理であるというほかなく信用できない。そして、捜査における取調べは、保険に関する配慮をする間もない事故直後に行われたものであり、本件ミニキャブを使用していた経緯は、刑事責任の程度にあまり関係のない事柄であることを併せて考えると、被告鬼武がその際に真実を語っている可能性は高く、右の説明が不自然かつ不合理であることを併せて考えると、被告鬼武の本人尋問における先の供述部分及び陳述書等のそれに沿う部分は採用できない。

また、被告鬼武は、被告五津から本件保険契約による保険金が支払われる旨の話を聞いており(被告鬼武本人)、被告五津は、保険金が支払われることにより損害賠償債務の現実の支払を免れる立場にあるから、被告五津の供述の信用性は慎重に判断する必要がある。そして、この供述内容は、雨天や荷物が多いときなどに本件ミニキャブを貸したと供述しながら、その回数が二、三回にとどまるなど、それ自体やや不自然な部分もないではないが、いずれにしても、被告鬼武の供述内容に沿うものであるから、直ちには採用できない。したがって、陳述書等のそれに沿う部分も同様に採用できない。

2  「常時使用する自動車」への該当性に関する判断

(一) 常時使用する自動車への該当性の判断基準について

本件保険契約においては、被保険自動車の使用等に起因して他人の身体等を害したことにより、被保険者が損害賠償責任を負担することになった場合に保険金を支払うとされており(普通保険約款第一章賠償責任条項第一条一項。丙一)、被保険自動車という一台の自動車の使用等に伴う危険を考慮して保険料が定められている。したがって、原則として、被保険自動車以外の自動車の使用に起因して発生した損害賠償責任は、本件保険契約によっては担保されないことになる。ところが、被保険者がたまたま被保険自動車に代えて他の自動車を運転した場合は、その事故発生の危険は、被保険自動車について想定された危険の範囲内のものと評価することができ、被保険自動車についての保険料でその危険をまかなう経済的合理性が認められる。そこで、一定の要件の下で、被保険自動車以外の自動車を運転中に起こした事故についても、本件保険契約の担保の対象としたのが本件特約である。

そうすると、他の自動車の使用が、被保険自動車の使用について予測された危険の範囲内にあるとは評価できず、被保険自動車についての保険料でその危険をまかなう経済的合理性を有しないと考えられる場合には、本件特約は適用されないのが合理的である。この観点から、本件特約中には、これが適用される「他の自動車」に該当しない場合として、被保険者やその家族が、当該被保険自動車以外の自動車を所有している場合と、常時使用している場合が規定されている。すなわち、被保険者やその家族が、被保険自動車とそれ以外の自動車を二台所有し、これを使用している場合は、被保険自動車についてのみ保険に加入することで足りるとすると、二台の自動車の使用等に伴う危険について、一台の自動車の使用等に伴う危険を考慮して定められた保険料でまかなうことになり、不当に保険料を節約することを許容してしまうことになる。これを防止するために、被保険自動車以外の自動車を所有している場合が「他の自動車」に該当しないとされたのであり、そうであれば、「常時使用している場合」とは、被保険者やその家族が、その使用状況に照らして、事実上所有しているのと同程度の支配力を及ぼしていると評価できる場合を指すものと解するのが相当である。

(二) 本件ミニキャブの「常時使用する自動車」への該当性について

1(一)で認定した事実によれば、被告鬼武は、約三か月間という長期間にわたって本件ミニキャブを通勤で使用していたものであるが、その使用の実態の詳細は明らかでない。例えば、使用目的は通勤に限定されていたようであるが、休日などそれ以外に私的な目的で使用されていたか否か、ガソリン等の維持費を誰がどれほど負担していたのか、また、ハイエースの代わりに本件ミニキャブを取得した被告五津は、本件ミニキャブをまったく使用していなかったのか否か、被告鬼武は、本件ミニキャブが廃車になるまでその使用を許可されていたといえるか否か(被告鬼武は、被保険自動車である鬼武車両を処分し、知人から借用した自動車以外に特に自動車を所有していなかったことから本件ミニキャブを借り受けたものであり、その当時、次の車両を購入ずる予定が具体的にあったと認めるに足りる証拠はないものの、経過からすれば、所有自動車がない間のつなぎのための借用であると推認できる余地がある。)など、本件全証拠によっても、その詳細は不明である(被告五津は、本人尋問において、本件ミニキャブを使用していた旨の供述をするが、被告五津の供述中、被告鬼武の使用状況に関する部分が信用できない以上、この点も直ちには採用できない。)。

そうすると、使用期間は長く使用頻度も高いものの、結局、それだけにとどまるのであって、使用目的が限定されておらずその裁量が広範に認められていたとか、使用期間も無制限であったとか、維持管理を被告鬼武が行っていたなどの事情を認めるには足りないから、事実上所有しているのと同程度の支配力を及ぼしていると評価するにはなお足りないというべきである。

もっとも、被告五津は、平成九年一一月八日に本件ミニキャブを廃車にする予定であったこと、キャラバンが自宅に駐車されたのがいつからかは明らかでないが、本件事故当時、すでに存在していたとすれば、本件ミニキャブの駐車場所を確保できていたのか否か疑問がないわけではないことなどの事情に照らすと、被告五津は、廃車にするまで本件ミニキャブを被告鬼武に貸与し、自らは使用することがなかった可能性も考えられるところである。しかし、あくまで可能性の域にとどまるのであって、本件全証拠によっても、右の事実を認めるには足りない。

したがって、本件ミニキャブは、「常時使用する自動車」には該当しないというべきである。

第三結論

以上によれば、原告の請求は、被告鬼武及び被告五津に対しては、不法行為に基づく損害賠償金として三二八六万〇五五三円と、これに対する不法行為の日である平成九年七月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告日動火災に対しては、保険契約に基づく保険金として三二八六万〇五五三円と、これに対する不法行為の日である平成九年七月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例