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東京地方裁判所 平成11年(ワ)9061号 判決 2000年2月21日

原告

日本テレビ放送網株式会社

右代表者代表取締役

氏家齊一郎

右訴訟代理人弁護士

大矢勝美

北沢豪

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤隆信

右訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

今坂雅彦

多田郁夫

森山満

遠藤幸子

村瀬孝子

橋本浩史

吉田良夫

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成一一年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、別紙(一)記載の謝罪広告を同(二)記載の方法で一回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、訴外株式会社静岡第一テレビが契約に反してテレビコマーシャルを間引いて放送していたという、いわゆるCM間引き問題について、被告が、その発行する週刊誌「週刊新潮」平成一一年四月一五日号(四四巻一五号)において、「怪文書も出た『CM間引き事件』のドロ沼」と題して、原告の役員を系列局の社長に送り込むことにより、「一種の売上至上主義がCM間引きの温床になり」、「東北・中国地区の日テレ系列四社にも同様の間引き疑惑が囁かれ始め」、「氏家・日テレの牙城に、いつ次なる火の手が上がっても不思議ではない」との記事を掲載したことにより、原告の社会的、営業的信用が毀損されたとして、原告が被告に対し、民法七〇九条、七二三条に基づき、損害賠償及び謝罪広告を求めている事案である。

一  前提事実(証拠による認定は、末尾に証拠を示した)

1  当事者等

(一) 原告は、放送事業等を目的とする会社であり、「日テレ」と略称されており、氏家齊一郎が代表取締役の地位にある。原告は、地方の民間放送局と番組等の配信に関するネットワークを構成しており(以下、右ネットワークを「原告系列」といい、右系列に属する地方の民間放送局を「原告系列局」という)、原告系列における番組等の配信元である。(弁論の全趣旨)

(二) 被告は、雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、週刊誌「週刊新潮」を発行している。

(三) 株式会社静岡第一テレビ(以下「静岡第一テレビ」又は「SDT」という)は、原告系列局の一つであったところ、平成八年四月ころから平成九年六月までの間に、広告主との間で、番組と番組との間の一定時間枠に広告主のコマーシャルを流す放送契約(以下「スポットCM」という)を締結して代金を受領しながら実際はその放送をしない、いわゆるCM間引き行為(以下、右行為を単に「CM間引き」という)を約一三〇社分、約三七〇〇本について行い、これが、平成一一年三月ころ、新聞報道された。(乙一、四)

2  記事の内容

被告は、平成一一年四月七日ころ、週刊誌「週刊新潮」平成一一年四月一五日号(以下「本件週刊誌」という)に別紙(三)の記事(以下「本件記事」という)を掲載して発行したが、これには、次のような記載及び写真が含まれていた。

(一) 本件週刊誌三四頁右上見出し部分(以下「記載1」という)

「怪文書も出た『CM間引き』事件のドロ沼」

(二) 同頁左上の原告代表者の写真(以下「本件写真」という)

(三) 同頁本文第三段一八行目ないし二六行目(以下「記載2」という)

「彼は7年前社長に就任してまもなく、日テレの役員を札幌や新潟など全国の主だった系列局の社長に送り込み、ネットワークのテコ入れを行った。それ以来の一種の“売上至上主義”がCM間引きの温床になったことも事実なんです。」

(四) 同頁本文第三段二七行目ないし三一行目(以下「記載3」という)

「実際、SDTの問題をきっかけに、東北・中国地区の日テレ系列4社にも同様の“間引き疑惑”が囁かれ始めている。」

(五) 同頁本文第四段一二行目ないし一五行目(以下「記載4」という)

「氏家・日テレの“牙城”に、いつ次なる火の手が上がっても不思議ではない状況なのだ。」

二  争点

1  争点1 本件記事は、原告の社会的、営業的信用を毀損するか。

(原告の主張)

(一) 記載1及び本件写真について

記載1は、本件記事全体を通じる主題がCM間引き事件であることを示すものであり、例えば、記載4の「次なる火の手」がCM間引きを意味するものであることを示す。

そして、記載1は、本件記事の掲載された頁の右側上部にあり、本件写真は、記載1と対比する形で同誌面の左側上部に静岡第一テレビの建物の写真とともに掲載されている。このような位置関係からすると、記載1と本件写真は、原告代表者と静岡第一テレビによるCM間引きとの間に強い結びつきがあることを視覚的に表現しているものというべきである。そうだとすれば、記載1及び本件写真は、原告の社会的、営業的信用を毀損する。

(二) 記載2について

記載2は、一般読者に対し、原告代表者の経営方針である売上至上主義は、CM間引きを引き起こすほど過酷なものであり、これが原告及び原告系列局に浸透しているものであって、静岡第一テレビのCM間引きも右売上至上主義により発生したものであり、CM間引きは原告及び原告系列局の通弊であるとの印象を与えるものである。これは、原告の社会的、営業的信用を毀損する。

(三) 記載3について

記載3は、一般読者に対し、「東北・中国地区の日テレ系列4社」に静岡第一テレビと同種のCM間引きの事実が存在するとの印象又は静岡第一テレビと同種のCM間引きが行われているとの具体的疑惑が存在するとの印象を与えるものである。

右印象は、記載2と相まって、原告系列局の新たなCM間引きの事実ないしCM間引きの疑惑の存在を指摘することにより、CM間引きが原告及び原告系列局全体の通弊であるという印象を与え、原告の社会的、営業的信用を毀損する。

また、原告系列局において、配信元である原告が原告系列局分の広告権までセールスし原告系列局に広告収入を配分する方式(以下「ネットセールス方式」という)がとられる場合、広告主は、原則として、原告系列局の全局分の広告権を購入しなければならないから、記載3による右印象により、原告の社会的、営業的信用は毀損された。

さらに、原告の報道機関としての性質に鑑みると、原告系列局においてCM間引きのような不正行為があるとの指摘は、報道内容に対する信頼性を低下させ、原告の社会的信用を毀損する。

(四) 記載4について

記載4における「氏家・日テレの“牙城”」は、通常の意味合いからすると原告を意味する。そして、「次なる火の手」とは、本件記事全体からすれば、CM間引きの発覚を意味する。そうだとすれば、記載4は、一般読者に対し、原告におけるCM間引きの発覚が極めて切迫した状況にあること又はその具体的疑惑があることを印象づけるものであり、原告の社会的、営業的信用を毀損する。

(五) 本件記事全体について

一般読者は、記載2からすると原告の売上至上主義という経営方針がCM間引きの原因であり、記載3及び記載4からすると「東北・中国地区の日テレ系列4社」及び「氏家・日テレ」の牙城である原告にCM間引きの事実又はその具体的疑惑が存在するという印象を受けるのであるから、本件記事全体は、一般読者に対し、CM間引きは、原告及び原告系列局に特有の組織全体の通弊であるとの印象を与えるものである。

そうだとすれば、本件記事全体は、原告の社会的、営業的信用を毀損する。

(被告の主張)

(一) 記載1及び本件写真について

記載1は、一般読者の観点からすれば、静岡第一テレビに発覚したCM間引きの事実に際して新聞各社に届いたという怪文書の存在及びそれを巡る騒動の顛末を前提として、原告の地方系列局においても、同様のCM間引き疑惑が存在する可能性があるという印象を持つに止まり、記載1が原告を対象とし、しかも原告にCM間引きの事実ないしその疑惑がある、などという印象を持つ一般読者はいない。

本件写真は、原告代表者の写真であるが、その背後に掲載された静岡第一テレビの社屋の写真と相まって、本件記事の内容の主要部分が静岡第一テレビのCM間引きに関するものであることを示すものである。また、本件写真が掲載された理由としては、一般読者に対して、原告代表者が静岡第一テレビのCM間引きが発覚した当時の取締役であったことを視覚的に理解してもらうためである。本件写真によって原告にCM間引きないしその具体的疑惑があるという印象を一般読者が抱くことはない。

(二) 記載2について

原告主張のように、記載2が原告の経営方針が売上増大のために他のものを犠牲にしてCM間引きを発生させるほどの過酷な売上至上主義であり、これが原告及び原告系列局に浸透しているなどという印象を一般読者が抱くはずがない。

一般読者が、ここでの売上至上主義との記載を読んだとしても、原告が営利追求を目的とする株式会社である以上、当然であるとの印象を抱くのみである。

(三) 記載3について

一般読者が記載3を読み、静岡第一テレビと別個の法人格を有する原告においてCM間引きの事実ないし疑惑が存在するとの印象を抱くことはない。

あえて一般読者が記載3から想起するとすれば、静岡第一テレビのCM間引きの事実を契機として、他の原告系列局においても静岡第一テレビと同様のCM間引き疑惑の不存在について徹底的な調査を経た上での疑惑払拭がされない限りにおいて、「東北・中国地区の日テレ系列4社」にCM間引き疑惑が存在してもおかしくはない、という程度の印象を与えるものでしかない。

(四) 記載4について

本件記事の文脈の流れの中で記載4を読めば、一般読者の観点からして、記載4の「氏家・日テレの“牙城”」とは、原告ではなく、原告系列局を指し、「次なる火の手が上がっても不思議ではない状況」とは、原告系列局におけるCM間引きの事実の発覚、原告代表者の責任問題にも発展しかねない可能性がある、という印象を抱くものであり、右印象は、原告の社会的、営業的信用を害するものではない。

2  争点2 本件記事が原告の社会的、営業的信用を毀損する場合、その損害はどの程度か。また、損害の填補の方法として、謝罪広告を要するか。

(原告の主張)

(一) CM間引きは、通常、スポットCMにおいてされるものであるところ、民間放送局にとって、スポットCMの収入は、非常に重要である。原告の平成一〇年三月期決算では、営業収益約二八三〇億円のうち、スポットCMの営業収益は約一二三二億円となっている。また、原告の報道機関としての性格を考慮すると、原告の被った損害は看過することができない。

(二) このことからすれば、本件記事により原告が被った無形の損害は、五〇〇〇万円を下らず、その填補には、右の金銭賠償に止まらず、謝罪広告が不可欠である。

(被告の主張)

本件記事の対象は、原告系列局だけを対象としたものであるから、原告に対して、損害を与えるという類のものではない。

第三  争点に対する判断

一 争点1(記載1ないし4及び本件写真の名誉毀損性)について

週刊誌の記事において、その内容が社会的、営業的信用を毀損するかどうかは、一般読者を基準として、記事において取り上げられた者の社会的評価が当該記事の内容により低下すると認めることができるか否かで判断されるべきである。そして、右判断に当たっては、記事中の個々の記載内容を検討することが大切なことはもちろんであるが、それとともに、記事の見出し、構成、文脈等から、記事全体から一般読者がどのような印象を持つかという観点も重要である。以上のような基準から本件をみると、次のとおりである。

1  本件記事のテーマ及び構成(記載1及び本件写真)について

(一) 前提事実によれば、本件記事の見出し(記載1)は「怪文書も出た『CM間引き』事件のドロ沼」となっており、静岡第一テレビのCM間引き事件をテーマに取り上げている。そして、本件記事は、第一段から第三段一二行目までと第三段一三行目以降の二つの部分から構成されている。弁論の全趣旨によれば、前半部分は、怪文書にまつわる記載であり、原告の社会的評価に影響するとは認められない。

(二) 問題は後半部分である。

一般読者は、後半部分を読むに先立ち、本件記事の右上の見出し(記載1)及び左上の写真(本件写真)を見るのが通常である。そうだとすると、一般読者は、原告の代表取締役である氏家齊一郎と静岡第一テレビの「CM間引き」との間に何らかの関連があるのではないかとの印象を持つと思われる。しかし、本件記事の見出し(記載1)、本件写真が一般読者に右のような印象を与えたからといって、そのこと自体をもって、原告の社会的評価を落としめるものとは言い難い。

2  記載2について

(一) そこで、続いて記載2について検討する。

記載2は、原告代表者が、原告の役員を全国の主要な原告系列局の社長に就任させたという事実を摘示し、右を「ネットワークのテコ入れ」をして影響力の拡大を図ったものと評価するとともに、原告系列局に「一種の“売上至上主義”」をもたらし、そして、右の「一種の“売上至上主義”」がCM間引きの温床となったと論評している。

(二) 一般的な読者であれば、記載2からは、「一種の“売上至上主義”」が静岡第一テレビのCM間引きの一因となったとの印象を受けるということができる。すなわち、一般読者は、静岡第一テレビのCM間引きは売上至上主義が一因となっているとの印象を持ち、それ以上に、原告にもCM間引きがあるないしその疑惑があるという印象までは持たない。したがって、記載2は、専ら静岡第一テレビを対象にしているものといえ、右記載をもって、原告の社会的評価を低下させるものとは言い難い。

3  記載3について

(一) 次に、記載3について検討する。

記載3は、売上重視の考え方が原告及び原告系列局に存在すると指摘する記載2を承けて、東北、中国地方の原告系列局の四社について、静岡第一テレビと同様なCM間引き疑惑があるないし右疑惑が指摘され始めている事実を摘示している。

(二) 一般的な読者であれば、記載3によって、静岡第一テレビがCM聞引きを引き起こした一因である、一種の売上至上主義を共有する、東北、中国地方の原告系列局四社においてもCM間引きの疑惑が生じているとの印象を持つ。

以上のとおり、記載3は、CM間引きが静岡第一テレビに止まらず、東北、中国地方の原告系列局四社にも疑惑があるとするものであり、その対象は右四社を対象とするものであり、原告を対象にしているものとは言い難く、右記載をもって、原告の社会的評価を低下させたとはいえない。

4  記載4について

(一) 更に、記載4について検討する。

記載4は、原告の営業の好調さ、原告代表者の社会的地位の高さに言及し、静岡第一テレビのCM間引きの問題の大きさを指摘した後、記載2、3を承けて取り上げられた部分である。そして、問題となる記載部分は、「氏家・日テレの“牙城”に、いつ次なる火の手が上がっても不思議ではないのだ。」という個所である。

(二) 一般的な読者であれば、記載4は、一種の売上至上主義を共有する原告系列局において、CM間引きの疑惑が問題にされており、社会的影響力の大きい原告においても、原告系列局と同様、一種の売上至上主義を共有しているのであるから、CM間引きの事実の発覚が迫っているとの印象を与えるものということができる。

(三) 右理解に対して、被告は、記載4の「氏家・日テレの“牙城”」が、原告系列局を指すもので、「次なる火の手が上がっても不思議ではない状況」が、原告系列局におけるCM間引きの事実の発覚、原告代表者の責任問題にも発展しかねない可能性がある、という印象を抱くものに止まるとするが、本件記事の構成、文脈等からみて、そのような理解は相当ではない。

5  小括

以上1ないし4によれば、一般読者は、本件記事の見出し(記載1)及び本件写真から原告とCM間引きとの間に何らかの関連があるのではないかとの印象を持ち、記載2、3、4と読むに従い、CM間引きの温床は原告を含む原告系列局の売上至上主義に原因があり、CM間引きの疑惑は、静岡第一テレビ、原告系列局の東北、中国地方の四社に止まらず、「氏家・日テレの“牙城”」である原告にも疑惑があるのではないかという印象を持つはずである。民間放送事業者が、CM収入に大きく依存していることに鑑みれば、本件記事のごとき「疑惑」、「推測」により原告の社会的評価が低下したことは明らかであり、被告は、マスコミ事業に携わる者として、その責任を免れない。

二  争点2(損害及び損害賠償の方法)について

1  証拠(甲六、証人新井修一郎)及び弁論の全趣旨によれば、CM間引きは、性質上、スポットCMにおいてなされるところ、スポットCMは、単価が低いこと、状況に応じて柔軟な広告を可能とすることなどから、広告主が重視する傾向にあり、実際に原告の平成一〇年三月期決算においては、営業収入の約四五パーセントを占めていることが認められる。そうだとすると、民間放送局にとってCM間引きがあることないしその疑惑の指摘は、社会的、営業的な信用に影響を与えるものというべきである。

2  また、証拠(証人新井修一郎)及び弁論の全趣旨によれば、原告の平成一〇年度及び平成一一年度の四月から九月までのスポットCMの売上実績を比べると、平成一一年度四月及び六月ないし九月における右売上実績は、平成一〇年度の応当月よりいずれも上回っているのに対し、平成一一年度五月の右売上実績のみが平成一〇年度五月の右売上実績により約三億円下回っていることが認められるところ、証人新井修一郎は、右約三億円の売上実績の下落は、本件記事による影響である旨証言する。

しかし、前提事実記載のとおり、原告系列局の一つである静岡第一テレビは、実際に約一三〇社分、約三七〇〇本のスポットCMについてCM間引きを行ったのであり、これが、本件雑誌の発行されたころとほぼ時期を同じくする平成一一年三月ころに新聞報道されていること、右指摘した本件記事の印象に鑑みると、右平成一一年度五月の右売上実績のみが平成一〇年度五月の右売上実績により約三億円下回っていることをもって、本件記事による影響であると認めることは困難である。

3  右2の事実に本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、本件不法行為による損害賠償の金額としては、金二〇〇万円とするのが相当であり、既に本件記事が掲載されてから一定程度の時間が経過していることなども踏まえれば、右金員の支払のほかに別紙(一)記載の謝罪広告を同(二)記載の方法により一回掲載することを命ずるまでの必要があると認めるに足りる証拠は存在しないというべきである。

三  結論

以上の次第であるから、原告の被告に対する本件請求は、金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年五月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・足立正佳、裁判官・内野宗揮)

別紙<省略>

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