東京地方裁判所 平成11年(ワ)9794号 判決 2000年8月25日
原告
吉田豊秋
右訴訟代理人弁護士
古田典子
同
萱野一樹
被告
アリアス株式会社
右代表者代表取締役
丸山政志
右訴訟代理人弁護士
布留川輝夫
主文
一 原告が被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は,原告に対し,326万円及びこれに対する平成11年4月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
三 被告は,原告に対し,平成11年5月から本判決確定に至るまで毎月25日限り65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
四 原告の請求中,本判決確定の日の翌日から毎月25日限り65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員の支払を求める部分を却下する。
五 訴訟費用は,被告の負担とする。
六 この判決は,第二項及び第三項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一,二項同旨
二 被告は,原告に対し,平成11年5月から毎月25日限り65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は,被告が原告をいったん解雇した後,仮処分手続後に解雇を撤回し原告を復職させることとしたが,復職に際し従来の原告の役職を解職して新たな勤務条件における勤務を命じようとしたところ,原告がこれを拒否して欠勤を続けたとして原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたのに対し,原告が右懲戒解雇の無効を主張して地位確認及び未払賃金の支払を求めたものである。
二 前提となる事実(証拠を掲げたものの外は,当事者間に争いがない。)
1 被告は,ホテルの経営及び不動産関連事業を業とする資本金1000万円の株式会社であり,訴外株式会社世創(以下「世創」という。)が中心となっているグループ企業「世創グループ」に属している。世創の代表取締役は伊東平吉(以下「伊東社長」という。)である。
2 原告は,平成2年3月1日,世創に入社して不動産部に配属され,平成4年8月21日,同社ホテル事業部に異動して管理課課長になり,同年12月21日同部次長に,平成6年12月21日同部部長になった。原告は,平成9年8月21日,被告に転籍となり,被告のホテル事業部長として,世創グループの関連会社が経営するホテルの運営管理を担当していた。
3 被告は,平成10年5月25日付けの書面により,伊東社長を代理人として,原告に対し同年6月25日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「第1次解雇」という。)。
原告は,同年7月,東京地方裁判所に地位保全等の仮処分を申し立てたところ(当庁平成10年(ヨ)第21139号。以下「別件仮処分」という。),被告に対し月額55万円の賃金仮払を命ずる仮処分命令が発令された。
4 被告は,平成10年12月7日付けの内容証明郵便により,原告に対し,第1次解雇の意思表示を撤回し,原告の部長職を人事権に基づき解職し,賃金を35万2000円(基本給31万2000円,住宅手当及び家族手当各2万円)とし,職務手当及び役付手当については原告の被告における新職務に照らし協議の上決定する旨の通知を行った(<証拠略>)。
5 原告は,平成10年12月11日,被告に対し,東京地方裁判所に第1次解雇後の平成10年7月分から11月分までの過去分の賃金支払を求める訴訟を提起し,平成11年1月10日,原告の請求認容判決が言い渡された(以下「別件判決」という。)。
6 第1次解雇撤回後,原告の被告における勤務に関し,原告代理人弁護士と被告との間で書面のやりとりが行われたが,原告が被告において就労することのないまま,被告は,平成11年3月30日付けの内容証明郵便により,原告が就業規則54条5号(正当な理由なく無断欠勤が3日以上に及ぶもの),7号(職務上の指示命令に反抗し,その職務の遂行を妨げた時)及び18号(その他,前項各号に準ずる行為のある時)に該当するとして,原告に対し懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。<証拠略>)。
7 被告の従業員給与は前月21日から当月20日までの賃金を当月25日に支払うとされており,原告の平成10年6月の第1次解雇時点の賃金月額は65万2000円(基本給31万2000円,職務給及び役職手当各15万円並びに住宅手当及び家族手当各2万円)である(<証拠略>)。
被告は,原告に対する平成10年12月分以降の賃金の支払をしない。
三 争点
1 被告のした懲戒解雇の効力
2 未払賃金請求権の存否
四 争点に関する当事者双方の主張
1 原告
(一) 懲戒解雇の無効
(1) 被告は,別件仮処分後,第1次解雇を撤回したとしながら,原告について一方的にホテル事業部長の職を解き,新たな職務への復帰を求める旨の通知をするとともに,合理性のない賃金切り下げを一方的に提案し,原告が代理人を通じて原告の就労開始日時,就労場所を書面で示すよう求めたのにもかかわらずこれを拒否し,原告本人に内容証明郵便を送付して本人との直接の協議を要求し,原告が求める過去の賃金の支払,社会保険の資格回復及び復職後の労働条件の具体的提示に応じないまま,原告に対し形式上出勤を求め,その後欠勤を理由として原告を解雇したものであり,本件懲戒解雇は解雇権の濫用に該当し無効である。
また,被告が就業規則として主張するのは,世創の就業規則をそのまま流用し,被告が労働者2人を任意に選んで社員代表として署名させたもので労働者に対する適式な意見聴取手続もとられていないものであり,就業規則としての効力を有しない。
(2) 原告は,第1次解雇後被告が賃金の支払を行わず,生活に窮したため,平成10年12月24日から土木建築会社である訴外有限会社共立建設(以下「共立建設」という。)に日給制の臨時雇いとして稼働し,残土埋立ての現場監視業務を行っていたが,平成11年1月には工事現場の仕事が減った上,共立建設の社長から貸金業を立ち上げるために形式上代表取締役になって欲しいと依頼され,日給制の臨時雇いの立場上断ることはできなかったことから,訴外株式会社サークルリース(以下「サークルリース」という。)の名目上の代表取締役に就任したにすぎない。原告にはサークルリースに関する業務執行権限はなく,営業利益も帰属していない。本件第1次解雇後,被告は別件仮処分命令に従い任意に賃金の支払をすべきであるのにこれをせず,原告の生活を困窮させながら,二重就業であるとして懲戒解雇をすることは,解雇権を著しく濫用するものである。
(二) 未払賃金請求権の存在
原告は,被告の第1次解雇撤回の通知に対し,被告からの賃金引下げには合理性がなく認められず,被告は別件仮処分命令及び別件判決に従い過去分の賃金を支払うよう求めるとともに,原告の今後の就労開始日時及び就労場所が明らかにされればいつでも就労する意思がある旨代理人を通じて労務の提供をしていたにもかかわらず,被告が原告に対し就労開始日時及び就労場所等を明らかにしなかったものであり,第1次解雇撤回後の原告の不就労は使用者である被告の責に帰すべき事由により就労不能となったもので原告は賃金請求権を有する。
(三) よって,原告は,被告に対し労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに,平成10年12月から平成11年4月まで5か月分の賃金合計326万円及びこれに対する弁済期の後である平成11年4月26日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払並びに平成11年5月以降毎月25日限り賃金月額65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告
(一) 懲戒解雇の有効性
(1) 被告は,平成10年12月7日第1次解雇を撤回し,原告に対し職場に復帰すべきことを命じたにもかかわらず,原告は,被告に就労する意思は全くなく,職場復帰を命じた被告の職務命令を無視した。
被告は,原告に対し,平成11年1月20日,再度職場復帰を催告し,同年3月20日,さらに出社を命じ,これ以上労務を提供しない場合は懲戒解雇等の重大な決定をすることを予告したが原告はこれにも応じなかった。
なお,被告が,原告に対し職場復帰を命ずるに当たり賃金切下げを提案したのは,被告のホテル部門が運営するホテル数が7から3に減少したため,原告のホテル事業部長としての職責の変更に伴い合理的な報酬額を定めるべく賃金改訂協議を申し入れたものにすぎない。
したがって,原告の右行為は被告の就業規則54条5号,7号及び18号の懲戒解雇事由に該当し,被告が原告に対してした本件懲戒解雇は正当なものである。また,被告の就業規則は適法に定められたもので有効である上,原告は平成9年8月21日,従業員としての労働条件は従来どおりとして世創から被告に転籍したものであるが,被告の就業規則は原告が世創において適用を受けていた就業規則と同一内容のものであった。
(2) 原告は,前記(1)のとおり被告が原告に職場復帰を求めていた間に,自ら貸金業を営むことを目的として,平成11年2月11日,資本金1000万円,本店所在地を千葉市<以下略>とするサークルリースを設立し,原告が代表者となり,かつ右会社名義において自己を代表者として貸金業の許可を得た。
原告の右行為は被告の就業規則49条15号に定める二重就業の禁止規定に抵触し,就業規則59条17号の懲戒解雇事由に該当し,かつ就業規則47条9号の解雇理由に該当するから,被告は,平成11年6月28日の本件口頭弁論期日において陳述した答弁書により,原告に対し懲戒解雇の意思表示をした(以下「第2の懲戒解雇」という。)。
(二) 未払賃金請求権の不存在
原告は,被告が第1次解雇を撤回した後,被告に就労する意思は全く有しておらず,被告から平成11年1月20日に雇用条件につき直接話合いをしたいとして就労のため呼出しを受けていたのに,原告代理人弁護士から回答書のみを送付して呼出しを拒絶し,同年2月11日にはサークルリースを設立するなど,本件懲戒解雇及び第3次解雇の効力発生まで労務の提供を全くしていないから,原告の被告に対する賃金請求権は発生しない。
第三争点に対する判断
一 証拠(<証拠・人証略>)によれば以下の事実が認められる。
1 被告を含む世創グループに属する会社の実質的経営権は伊東社長が有しており,被告の人員配置及び給与の支給などの人事及び仕入れ等についてはすべて伊東社長の意向に基づいて決定がされていた(<証拠・人証略>)。
2 被告は,平成8年ころ,世創から,従業員を含めてホテル事業の営業譲渡を受け,原告も被告に転籍した。営業譲渡当時のホテル数は7軒であったが,その後債務の代物弁済等により3軒に減少した。
被告においては,原告の第1次解雇前,原告がホテル事業部長,勝村勝が不動産部長,その後被告の取締役となった梶浦正が経理部長の役職にあった。
3 伊東社長は,平成9年11月ころ,ホテル数の減少が予想されるとして,被告の運営しているホテルのうち,ホテルケルンが代物弁済により被告の運営対象ではなくなった時点で原告の賃金を減額する旨の話をしたところ,原告はその場合減額に応じることを合意したが,具体的な減額の額については明確な定めはされなかった(原告本人132項ないし136項)。しかし,その後,被告は,原告に対する賃金減額は行わないまま,伊東社長から原告に対し,原告を世創の就業規則47条(10)号により解雇する旨記載した平成10年5月25日付け書面を交付して第1次解雇の意思表示を行った。
4 被告は,別件仮処分において,第1次解雇の解雇事由として,世創グループの業績悪化に伴い人員削減の必要があり,被告のホテル事業部門の縮小により原告の担当業務も減少していたこと及び原告の勤務成績が不良であったこと等を主張した。
5 原告は,別件仮処分命令発令後,平成10年11月26日,同月30日及び同年12月4日に被告事務所に赴き,仮処分により支払を命じられた金額を任意に支払ってくれるように申し入れたが,被告からは支払を受けられなかった(<人証略>)。
6 伊東社長は,別件仮処分において賃金仮払を命ずる仮処分命令が発令されたことから原告を復職させることとし,復職後の原告の業務としては川越のホテルのマネージャーとすることも検討したが,原告が勝村の下で仕事をすることは無理であろうと考え,第1次解雇前の業務をホテル3軒分の業務量に応じ課長職程度で担当させようという考えを持った。また,原告の第1次解雇前の職務給15万円は業務対象となるホテルが7軒であることに対応するものであるとして,3軒に減少した以上減額することを原告に話せば理解が得られると考え,役付手当15万円についても業務の減少により課長職とすれば,月額5万円程度であるから,現実に即して原告と直接話合いをすれば合意ができると考えていた。
しかし,被告又は伊東社長は,本件懲戒解雇に至るまで,原告に課長職程度で元の業務を担当させることを考えていること及び職務給及び役付手当をどの程度減額するかについて通知したことはなかった。
7 第1次解雇撤回通知後,本件懲戒解雇までの間,原告代理人及び被告は,次のとおりの書面のやりとりを行った。
(一) 原告は,被告に対し,平成10年12月14日付け回答書により,第1次解雇撤回により未払の過去の賃金の支払を求めるとともに,原告は職場に復帰して就労する用意があるが,被告からの賃金引下げの提案には合理性が認められないので従前どおりの賃金で雇用するように求め,原告の就労開始日,就労場所,職務内容及び労働条件を書面により通知するよう求めた(<証拠略>)。
(二) 被告は,これに対し,平成11年1月20日付け通知書により,書面到達後1週間以内に,原告本人が直接新職務及び新給料等について話合いを行い職務に復帰するよう求める通知をしたにとどまり,原告の労働条件等については回答をしなかった(<証拠略>)。
(三) 原告は,平成11年1月29日付け回答書により,原告の就労開始日時,就労場所及び職務内容を明らかにするよう重ねて要求した(<証拠略>)。
(四) これに対し,被告は,平成11年3月12日付け通知書により,書面到達後,原告に来社して協議するよう求め,これに従わない場合は,無断欠勤3日以上及び上司の指示に従わないとの事由により懲戒解雇する旨の通知をした(<証拠略>)。
(五) 原告は,平成11年3月25日付け回答書により,別件仮処分命令及び別件判決に従い賃金を支払うこと及び就労場所を書面により指示するよう求め,過去分の未払賃金を支払うのであれば出頭する旨の通知をした(<証拠略>)。
8 被告は,本件懲戒解雇に至るまで,原告に対し,別件仮処分命令で支払を命ぜられた賃金仮払金及び別件判決で支払を命じられた第1次解雇後右解雇撤回までの間の過去分の賃金を任意に支払わなかったため,原告は別件仮処分命令及び別件判決の執行手続を行った。
9 原告は,平成10年12月24日から,日給制の臨時雇いとして共立建設で稼働し,日給1万2000円の支払を受けて残土埋立ての現場監督業務を行っていた。共立建設は,土木工事と残土埋立を業とする社員数5名程度の会社であり,過去に世創グループの会社が行っていたゴルフ場開発について世創グループと取引があった(<人証略>)。
共立建設の代表取締役鵜澤は,原告に対し共立建設の出資者である公認会計士が貸金業の経営を行うことを検討しているが,公認会計士が,貸金業を行うことは相当でないということで原告を名目的な代表者として名義を使用させてくれるよう依頼し,これに対し,原告は共立建設で稼働していることから断りきれず,代表取締役に就任することとして営業許可も受けたが,実質的にサークルリースの経営者として業務を行ったことはなかった。
10 サークルリースは,自動車を担保として金融を行う会社であったが,原告はサークルリースの代表取締役に就任した後も,サークルリースから報酬は受領しておらず,共立建設からの日給1万2000円のみの支払を受けていた。原告は平成11年8月にサークルリースの代表取締役を辞任した。
原告は,その後も共立建設で臨時雇いのアルバイト勤務をしているが,原告が稼働したにもかかわらず共立建設からの日給が未払となっているものもある。
11 被告の不動産部長の勝村勝は,被告の就業規則を作成することとし,世創の就業規則を参照して,同一内容の就業規則(以下「本件就業規則」という。)を作成し,勝村において被告の社員2名を選び,従業員代表としての意見を聴き,その同意を得て平成10年12月3日ころ労基署に届出をした。
本件就業規則には次のとおりの規定がされている。
(服務心得並びに基本原則)
第49条 社員は本則に定めるものの他,業務上の指揮命令に従い自己の業務に専念し業務の向上につとめ,互いに協力して職場の秩序を維持しなければならない。又,常に次の事項を守り職務に精励する事。
(1)号ないし(11)号 略
(12) 兼業…会社の許可なく他の会社の役員又は社員となり,もしくは会社の利害に影響のある業務に従事してはならない。
(13),(14)号 略
(15) 二重就業の禁止…会社の承認を得ないで他の職務に従事し,又は事業を営んではならない。
(16) その他,前各号に準ずる行為一切。
(懲戒解雇)
第54条 次の各号に該当する者は,懲戒解雇に処す。又退職金の支給はない。
(1) 素行が不良で,会社及び社員に,悪影響を及ぼす行為のあった者。
(2) 帳簿,伝票,文書,図書を無断で修正,訂正,変造し,又は他人の印章を無断で押印した者。
(3) 業務に関し,私利を図り又は不当の金品,その他を受けた時。
(4) 許可なく会社内で集合行進などの大衆行動をした者。
(5) 正当の理由なく,無断欠勤が3日以上に及ぶ者。
(6) 故意に,業務上の秘密を漏らした時。
(7) 職務上の指示,命令に反抗し,その業務の遂行を妨げた時。
(8) 事実の有無を問わず,会社又は個人に関して,公然と中傷誹謗して信用を失墜させ,又は名誉を毀損するような行為をした時。
(9) 重要な経歴を偽り,その他不正の手段によって入社した場合。
(10) 上司,同僚,又は部下に,暴行,脅迫を加え,又は就業を妨害した時。
(11) 会社資産を隠匿し,その他会社に損害を与えた場合。
(12) 他人の財物を窃取し,又は強取した場合。
(13) 許可なく会社及び作業所等で,政治,宗教,その他に関する運動,講演,放送,印刷物の刊行,配布などをした場合。
(14) 刑事犯,行政犯など,判決が有罪となった者。
(15) 再三の懲戒にも拘らず改俊の情がない者。
(16) 前項各号の一つに該当する行為を,ほう助,教さした者及び未遂の者を前各号に準じて処分する。
(17) 会社の承認なしに無断で他の職務に従事し,又は事業を営んだ時。
(18) その他,前項各号に準ずる行為のある時。
二 以上認定した事実により以下に検討する。
1 懲戒解雇の効力
(一) まず,本件就業規則が効力を有するか否かにつき検討するに,その作成の経緯は前記一11認定のとおりであり,被告において労働者の過半数を代表する者の意見を聴いたものとはいえないから,労基法90条の定める手続に欠けるものであると認められる。しかしながら,原告ら被告の従業員は世創から転籍した者であり,前記認定のとおり,被告の原告に対する第1次解雇も世創の就業規則を根拠規定として明示した上でされるなどしており,本件就業規則の内容は被告の従業員に対し実質的に周知されていたものと認められるから,前記手続の欠缺により本件就業規則が無効となるということはできないものと解される。
(二) そこで,被告が原告に対し,本件就業規則54条に基づいてした懲戒解雇の効力について以下に検討する。
(1) 前記認定事実及び争いのない事実を総合すれば,本件において,被告は,第1次解雇が無効であるとして原告に対する月額55万円の賃金仮払を命ずる別件仮処分が発令された直後において,原告に対し,第1次解雇を撤回する旨の通知をしたが,その際,人事権に基づき原告の部長職を解職し,賃金は月額65万2000円から35万2000円に引き下げるとしたものである。この点につき,被告の人事に関し決定権を有する伊東社長自身は,原告の復職後の業務としては課長職程度で業務を担当させようと考えており,また,職務給15万円は減額することで原告の理解が得られるであろうし,役付手当15万円も課長職であれば月額5万円程度で原告と合意ができると考えていた旨述べているところであるが,このような内容は本件懲戒解雇に至るまで,一切原告には伝えられておらず,被告が原告に通知したのは,第1次解雇撤回後,部長職を解任し,賃金は引き下げるとする内容にとどまり,復職後の勤務内容等は全く明らかにされていなかった上,右の復職後は課長職程度を担当させるとする伊東社長の考えについても,どの程度の現実性を有していたものであるかは極めて不確定であったといわざるを得ない。
(2) このような状況の下において,原告が,第1次解雇が撤回されたとしても,復職後の勤務条件に不安を持ち,原告代理人を通じて被告に対し原告の勤務内容を明らかにするよう申し入れ,また,被告が第1次解雇を撤回した以上,解雇期間中の過去分の賃金をすみやかに支払うよう求めることは当然であるといえ,これに対し,被告は原告代理人弁護士に対し原告の今後の担当業務等を具体的に説明したり,明らかにするなどの対応は全くしないまま,直接原告本人に来社するよう強く求めるのみであったのであり,これら一連の事実を総合考慮すれば,原告が職務復帰命令に応ぜず就労しなかったとして,無断欠勤及び職務上の指示命令違反を理由としてされた本件懲戒解雇は,社会的相当性を欠くもので,解雇権の濫用に該当し,無効であるというべきである。
(3) また,被告が,原告が共立建設において就労したこと及びサークルリースの代表取締役となったことが二重就業に該当するとしてした第2の懲戒解雇についてみるに,本件就業規則上,二重就業は服務規律違反には該当するが,二重就業自体が懲戒事由として規定されているものではないこと,原告は第1次解雇撤回にもかかわらず被告が解雇期間中の過去分の賃金を支払わないため生活費が不足し,日給制の臨時雇いとして共立建設でアルバイト勤務したにとどまること,また,サークルリースについては貸金業を営む相当額の資金を原告が有していたとも認められず,原告がサークルリースから取締役報酬の支払を受けたこともないことからすれば,原告はサークルリースの代表者として名義を貸したにとどまると認められること等の事実関係に前記の第1次解雇撤回後の経緯を併せ考慮すれば,被告が原告に二重就業があるとしてした第2の懲戒解雇も解雇権の濫用にあたるものといわざるをえない。
(三) よって,被告の原告に対する本件懲戒解雇及び第2の懲戒解雇はいずれも解雇権の濫用に該当し,無効なものと認められるから,原告は被告の従業員としての地位を有するというべきである。
2 未払賃金請求権等の存否
(一) そこで,原告の未払賃金請求権の存否について検討する。
労働者は債務の本旨に従った労務の提供として就労しなければ賃金を請求することはできないのが原則であるが(民法624条1項),違法な解雇など使用者の責に帰すべき事由によって労務の提供が不能になった場合には,労働者は賃金請求権を失わない(民法536条2項本文)。ただし,同条項適用の前提としても労働者が債務の本旨に従った労務の提供をする意思を有し,使用者が労務の提供を受領する旨申し出れば労働者においてこれを提供できる状況にあることが必要であるというべきである。
これを本件についてみると,前記認定のとおり,第1次解雇撤回後,原告は被告に対し,部長職の解任及び賃金の引下げは不当であると通知するとともに,職場復帰については,就労開始日,就労場所及び勤務内容の明示を求め,就労の意思を書面により通知して口頭による労務の提供をしていたものと認められ,本件復職命令自体を拒否する意思を表示していたことはなく,他方,被告は,復職後の原告の職務内容等の明示に全く応じなかったものであり,また,本件懲戒解雇及び第2の懲戒解雇後は,原告の就労を事前に拒否する意思を明確にしていたものであるから,原告の労務を遂行すべき債務の不履行は被告の責に帰すべき事由に基づき履行不能となったものといえ,原告は被告に対する未払賃金請求権を有すると認められる。
(二) 未払賃金等の額
したがって,原告は,平成10年12月分以降の未払賃金請求権を有するといえるが,原告は本判決確定後の将来の賃金についても支払請求をしているところ,雇用契約上の地位の確認と同時に将来の賃金を請求する場合には,地位確認の判決確定後も被告が原告からの労務の提供の受領を拒否してその賃金請求権の存在を争うことが予想されるなど特段の事情が認められない限り,賃金請求中判決確定後に係る部分については,予め請求する必要がないと解されるから,右特段の事情の認められない本件においては,本判決確定後の賃金請求は不適法であるというべきである(東京地裁平成3年12月24日判決・判例時報1408号124頁参照)。
(三) よって,原告の請求は,被告に対し平成10年12月から平成11年4月まで5か月分の未払賃金合計326万円及びこれに対する弁済期の後である平成11年4月26日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払並びに平成11年5月から本判決確定に至るまで毎月25日限り65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
三 以上のとおりであるから主文のとおり判決する。
(裁判官 矢尾和子)