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東京地方裁判所 平成11年(刑わ)874号 判決 2000年1月27日

主文

被告人を懲役三年八月に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、勤務先のスナック経営者C子(当時五六歳)から金品を強取しようと企て、Bと共謀の上、右Bにおいて、平成一〇年一月六日午後六時二五分ころ、東京都江東区(住所省略)の右C子経営のスナック「イサキ」店内において、同女に対し、エアーガンをけん銃であるかのように装って突き付けながら、「金だ、金。」などと申し向け、さらに、同女を同店トイレ内に閉じこめるなどしてその反抗を抑圧し、同女所有に係る現金約四〇万一〇〇〇円及びショルダーバッグ一個ほか六五点(時価合計約七八〇〇円相当)を強取した。

(証拠の標目)省略

( )内の甲乙の番号は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示す。

(事実認定の補足説明)

一  争点

前記認定の日時・場所で強盗の被害が発生した事実及びその強盗に被告人が関与していることは、当事者間に争いがなく、また、被告人の自宅から本件被害品の一部が発見されたこと等の本件証拠に照らしても、間違いのないところである。本件争点は、その強盗の実行犯は誰であるかにあり、被告人が決意し、Bに指示して実行させたとする前記認定に対し、弁護人は、被告人が単独で決意して実行したものであり、Bは無関係である旨主張するので、この点について検討する。

二  争いのない事実関係

本件各証拠によれば、次の各事実を、当事者間に争いのない事実として認定することができる。

1  被告人は、本件当時、本件被害店舗である「イサキ」から徒歩で一〇分位の距離にある東京都江東区(住所省略)のHビル二〇二号室に、長男B(当時一二歳の中学一年生)、次男D(当時五歳)と共に居住していたが、夫が服役中であったこともあって、本件より約二年前より、「イサキ」で働くようになった。

2  しかし、被告人は、欠勤が多かったことなどから経済的に困窮し、家賃や光熱費を滞納するなどしていたところ、本件直前である平成九年一二月に支給されるはずだった児童福祉手当が手続上の問題から支給されなかったこともあって、一層生活費に困窮し、「イサキ」で強盗を働こうと決意した。

3  そこで、被告人は、本件犯行に使用されたファミリーマートのビニール袋、モデルガン(前記認定の「エアーガン」。以下同じ。)、「カード番号」「カラオケ全部」と記載されたメモ紙等を準備した。

4  なお、Bも、被告人が「イサキ」に勤務するようになって以降、被告人の欠勤を電話で連絡したり、「イサキ」を訪れて食事をごちそうになるなど、被害者であるC子と面識があった。

5  また、被告人の公判供述によれば、本件当時の被告人の身長は一五八ないし一五九センチメートル、体重は七六ないし七七キロ、本件より約八か月前の平成九年四月二八日実施の健康診断の結果によれば、Bのその当時の身長は一五九・五センチメートル、体重は七二・〇キログラムであった。

三  C子の供述

1  C子の供述内容

本件被害者であるC子は、当公判廷において、次のように供述する。

(一) 本件当日、午後六時二〇分ころ、開店準備のため「イサキ」に赴き、一人で、カウンター内の流しで洗い物をしていたところ、午後六時二五分ころ、ファミリーマートの買い物用のビニール袋に両目の部分の穴を開けて作った覆面をかぶった犯人が、けん銃のような物を両手で持ち、その銃口を私の方に向けて、出入口のドアから入ってきた。私は、客がふざけてやっているのかと思い、「どうしたの。」と尋ねたが、犯人は、けん銃様の物を左手に持ち、右手を口の前で左右に動かして「テープを貼れ。」と言ってきたので驚き、「どうしたの、誰なの。」と聞いたが、更に「手を縛れ。」と言われた。私は、大変だと思って、とっさにカウンターを出て出入口付近にいた犯人の前まで行き、その両肩を揺すり、「何なの、何が欲しいの。」と尋ねたところ、犯人から、「金だ、金。」「テープを貼れ。」などと繰り返し言われ、さらに、出入口のシャッターとドアを閉められた。逃げ道がなくなり、こわくなって、一〇〇円玉五〇枚が筒状になっているもの一本を取り出して犯人に手渡し、「これ一本五〇〇〇円だから、これ持って帰って。シャッターを開けて。」と叫んだ。犯人は、それをポケットにしまうと、今度はポケットからメモを取り出した。読めなかったため、「これ読めないよ。」と言うと、「カラオケ全部と暗証番号だ。」と言ってきたので、「カラオケはリースだし、お店にキャッシュカードなんて持ってくるわけないでしょう。」と答えた。すると、犯人は、「トイレに入れ。」と言ってきたので、私は、「お客さんが来るからシャッターを上げて出て行って。」と言ったが、更に、犯人から、「トイレに入れ、殺さないから入れ。」と言われたので、店の奥のトイレに入ったが、トイレの外側に設けられた鍵を閉められそうになったので、トイレから飛び出し、「お願いだからここは閉めないで。」と言うと、犯人は、「鍵は閉めないから入れ。」と言ってきたので、「言われるとおりにするから、早くシャッターを開けて。」と頼み、トイレのドアを少し開けた状態で再びトイレに入った。すると、犯人は、トイレから遠ざかりながら、「絶対出てくんなよ。」と繰り返し言い、最後に「俺が出て行ってから一〇数えて出てこい。」と言い、少し経ってシャッターを開ける音がしたので、一〇数えてトイレから出た。犯人が入ってきてから出て行くまで、一〇分前後であった。

(二) その後、被害を確認していたところ、まもなく、店の鍵や現金など大切な物が入っているバッグがなくなっているのに気付き、直ちに隣の居酒屋から一一〇番通報した。

(三) 犯人は、黒っぽいジャンパーを着て、身長は一六〇センチメートル前後、がっちりした体型だった。犯人と会話をして、声の感じで、はっきり男と分かった。

(四) 二日位後になって、声の感じや覆面の穴から見えた目の感じ、私が怖がらないで犯人の方に飛び出ていったのはどこか知っている雰囲気があったと思ったことなどから、犯人はBだと思うようになった。被告人が犯人であることは絶対にない。

2  C子の供述の信用性

(一) C子の右供述内容は、具体的で自然であって、特にその信用性に疑いをさしはさむ事情は認められない。

(二)(1) これに対し、弁護人は、<1>C子が入れられたトイレの外鍵は、トイレの上部端に付けられており、店の従業員にしか分からない位置にあること、<2>犯人は、C子に対し、テープを口に貼れと指示しているところ、ガムテープは、店のカウンター内に入った者にしか分からない位置にあることを理由に、実行犯は被告人ではなくBであるとするC子供述の信用性を論難する。

(2) 後述のとおり被告人やBが公判段階において真実を述べていない本件において、この点は必ずしも明らかではないが、Bも以前に「イサキ」を訪れた経験があることに争いのない本件においては、Bがトイレの外鍵やガムテープの存在を知っていたとしても不自然ではなく、いずれにしても、弁護人指摘の点が、C子供述の信用性に影響を及ぼすものではないと考えられる。

(三) そして、C子の右供述中、実行犯は男性であり被告人ではないとの部分は、次の理由により、その証拠価値が極めて高いというべきである。

(1) C子は、被害届(甲1)を作成した被害直後から、一貫して、実行犯は男性であったと指摘している。

(2) C子は、実行犯を男性と考えた根拠はその声の感じであると供述するところ、C子は、前記のように、一〇分程度の比較的長い時間、言葉のやり取りを含め、実行犯の言葉をよく聞いていた事実が明らかであるから、実行犯の声が男性のものか女性のものか、優に識別できる状況下にあったと考えられる。

(3) また、C子と被告人は、約二年間にわたり、スナックの経営者と従業員としての付き合いがあったという争いのない事実に照らし、C子が被告人の声を判別できないとは考えがたい。

(四) また、C子の右供述中、実行犯はBであるとする部分は、それのみでBが実行犯であると特定することまではできないものの、実行犯の体格・声がBのそれと矛盾しないとの限度で証拠価値を肯定できる。

四  被告人の捜査段階の供述

1  被告人の捜査段階の供述内容

被告人は、捜査段階において、検察官に対し、次のように供述する。

(一) 生活費に窮し、C子が出勤して客がまだ来ない時間帯である午後六時三〇分ころに、自分で「イサキ」に赴き、覆面をしてモデルガンをC子に突き付けて金を脅し取ろうと考えたが、ためらいもあった。

(二) 本件当日、右時間帯が近づき、右計画を実行に移すこととして、Bの机の上にあったモデルガンを取り出し、覆面にするためにコンビニエンスストアのビニール袋に目の部分の穴を開け、筆跡をごまかすために左手で「カードの番号」「カラオケ全部」と書いたメモを準備するなどした。しかし、自分が本当に実行できるのか、急に怖くなり、自分かわいさから、Bに実行させようと考えた。

(三) そこで、Bに、「ママのところ(「イサキ」の意)に行ってお金を取ってきて。」と言った。Bは、びっくりした表情をして、「どうやってやるの。」と聞いてきたので、洋画のアクション映画の好きなBに対し、「映画でやっているように『金だ』とか言って、モデルガンを見せなさい。メモがあるから、ママに見せなさい。」と言った。「できない」というBを説得するため、「大丈夫。お前は、体も大きいから子供には見えないよ。」と言い、モデルガン、覆面、メモ紙をBに渡した。

(四) Bは、その後、モデルガン等を持って家を出ていき、二、三〇分位で家に戻り、見覚えのあるC子のショルダーバッグを持っていたので、それを奪い取ってきたことが分かった。

2  被告人の捜査段階の供述の任意性・信用性

(一) 弁護人は、被告人の捜査段階の右供述は、本件は被告人の単独犯行でBは関係ないと主張していた被告人に対し、警察官や検察官が、実行犯はBであると決め付け、「今さら被告人が実行犯であると言えば、Bを法廷に呼ばなくてはならない。そうすれば、マスコミにも報道される。」などと半ば脅迫した結果引き出されたものであって、任意性・信用性はない旨主張する。

(二) しかし、被告人は、逮捕されたその日の内に、被告人がBに指示して本件強盗を実行させた旨の具体的かつ詳細な調書(乙2)に署名・指印しているばかりか、その後、捜査段階において、基本的に一貫して、その供述内容を維持している。逮捕から五日後という比較的早い段階から弁護人の接見を受けていたこと等の事情を合わせ考慮すれば、被告人の捜査段階の供述の任意性に疑いはない。

(三) そして、被告人が逮捕当日からほぼ一貫して供述していることに加え、その供述内容が具体的かつ自然であること、信用性の高い前記C子供述と合致していること、被告人の周囲にはB以外に実行犯となり得る男性の存在はうかがえない事情ともよく符合していること等に照らし、信用性は高いというべきである。

五  被告人の公判廷供述

1  被告人の公判廷供述の内容

これに対し、被告人は、公判廷において、次のように供述する。

(一) 本件は、自ら実行したもので、Bは無関係である。

(二) 自分が「イサキ」に入ったとき、C子は、カウンターの外の、おしぼりケースの所にいて、驚いたような表情をしていた。C子が何か言ったか、記憶がない。C子に対し、「金だ、金だ。」と、犯人を男と見せ掛けるために低い声で言うと、C子は、「金はない。」と答えたが、C子が近寄ってきたかどうかははっきりしない。C子に対して、テープを貼れという仕草をした覚えはないし、両肩をつかまれた覚えもなく、C子とほとんど会話をした記憶もない。C子から、現金の束を渡された記憶もない。自分で書いたメモをカウンターの上に置いてC子に見せた後、「トイレ」という言葉を発して指でトイレの方を指したかもしれないが、どうしてそう指示したのか分からない。トイレの鍵をかけようとしたこともなく、「絶対出てくるな。」と言ったこともない。「自分が出て行ってから一〇数えて出てこい。」とC子に言い、置いてあったC子のバッグを取って店を出て自宅に戻った。

2  被告人の公判廷供述の信用性

被告人の右供述内容は、信用性の高い前記C子の供述に照らすと、実行犯やC子の言動として明らかに矛盾する内容を含み、また、被告人自らの行動・心理状態を含め、真実、実行犯であれば当然明確に記憶しているはずの事実についても曖昧な内容にとどまっており、信用性は極めて低いといわざるを得ない。なお、弁護人は、被告人の記憶が欠落しているのは、本件当時常用していた睡眠薬の副作用の影響である旨主張するが、到底、採用できるものではない。

六  Bの供述

1  Bは、受命裁判官による尋問に対し、「本件犯行を実行したことはないし、被告人から指示されたこともない。本件犯行の時刻ころは、自宅で、風邪をひいていたDの看病をしていた。」旨供述する。

2  しかし、Bの右供述は、既に見た、信用性の高いC子の公判廷供述、被告人の捜査段階の供述と矛盾する上、B自身、当時起居していた児童相談所の職員の立会いを得た状況下で、自ら作成し、あるいは取調官に対して述べた内容とも相反しており、到底、信用できない。

七  結論

以上に見てきたように、信用性の高いC子供述、任意性に疑いがなく信用性が高い被告人の捜査段階の供述に、被告人の周辺にはBのほかに本件の実行犯となり得る男性の存在はうかがえない事情を総合考慮すれば、本件強盗の実行犯はBであるとの事実を認定することができると考える。

八  共同正犯の成立

なお、本件では争点とはされていないが、本件の実行犯であるBが当時一二歳一〇か月であった事実にかんがみ、念のため検討すると、Bは、被告人に抗しがたい状況下で本件実行に及んだものではなく、自らの自由な意思で実行行為に及んだと評価すべきであること等の事情にかんがみれば、本件は間接正犯が成立する事案ではなく、また、被告人が本件犯行の準備を行い、奪った金品を主体的に処分していること等の事情にかんがみれば、本件は教唆犯にとどまる事案ではなく、共同正犯が成立すると判断した。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、二三六条一項に該当するところ、犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、勤務先のスナック経営者にモデルガンを突き付けるなどして現金約四〇万円等を強取した強盗の事案であって、それ自体重大な犯行である。被告人は、店の事情に明るく、本件スナックに被害者が一人で居る時間帯に狙いを付け、モデルガンや要求内容をメモした紙等を準備した上、長男にそれらを渡して本件の実行を指示したもので、計画的で悪質である。本件犯行の動機は、要するに、被告人自らの飲酒癖や勤労意欲の欠如に起因する生活苦であって、酌量の余地はない。また、被害額は現金だけでも四〇万円以上と多額である上、被害者の被った精神的苦痛も軽視できない。加えて、本件では、被告人は、当初、自ら犯行を実行しようと考えていたものの、実行段階に至り、自己保身や犯行の完遂を企図して、当時一二歳の中学一年生であった長男に対して犯行を指示し、いやがる長男を説得して現実に実行に及ばせているところ、年少者を本件のような重大かつ悪質な犯罪に巻き込んだことは、成人としての自覚と責任に著しく欠けたものとして、その刑事責任を評価する上においても、厳しい非難に値する。以上の諸事情にかんがみると、被告人の本件刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。

そうしてみると、本件後、被害者との間に示談が成立し、被害金の一部は既に回復されていること、被告人に前科はないことなど、被告人に有利な事情を十分考慮しても、被告人を主文の実刑に処するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

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