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東京地方裁判所 平成11年(特わ)322号 判決 2001年3月22日

主文

被告人○○株式会社を罰金二億円に、被告人甲野太郎を懲役二年に処する。

被告人甲野太郎に対し、未決勾留日数中二〇〇日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人○○株式会社(以下「被告会社」という)は、東京都江東区亀戸<番地略>(平成六年五月一一日以前は東京都千代田区鍛冶町<番地略>)に本店を置き、コンピューターのソフトウェアの開発及び販売等を目的とする株式会社であり、被告人甲野太郎(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役として、同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人は、コンピューターのプログラム開発等を目的とする××株式会社(以下「××」という)の代表取締役として同会社の業務全般を統括していた分離前の相被告人乙野一郎(以下「乙野」という)と共謀の上、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空外注費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  平成六年四月一日から同七年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九億二四二万五〇二一円であった(別紙1の修正損益計算書参照)にもかかわらず、同年五月三〇日、東京都江東区亀戸二丁目一七番八号所轄江東東税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億四六三五万八三九六円で、これに対する法人税額が二四六四万八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成一一年押第七〇六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額三億二六三二万九九〇〇円と右申告税額との差額三億一六八万九一〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ

第二  平成七年四月一日から同八年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一五億八一三七万三八四九円であった(別紙2の修正損益計算書参照)にもかかわらず、同年五月三一日、前記江東東税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億五九二六万一四二八円で、これに対する法人税額が二四七一万三五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額五億八三八三万七〇〇〇円と右申告税額との差額五億五九一二万三五〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ

第三  平成八年四月一日から同九年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一八億五三四六万七六一五円であった(別紙3の修正損益計算書参照)にもかかわらず、同年五月三〇日、前記江東東税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億七五三四万六六一七円で、これに対する法人税額が三六八七万五二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額六億八四四七万五四〇〇円と右申告税額との差額六憶四七六〇万二〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断等)

第一  弁護人の主張

弁護人は、

一  被告会社から××の外注費について、

1 平成六年四月から平成七年一月までの間に被告会社から××に支払われた合計七〇〇〇万円は、被告会社から××に平成四年三月から平成五年一月までに三〇〇〇万円、同年七月から平成六年三月までに六五〇〇万円支払われたものの延長であり、いずれも、被告人が乙野から××とドトールコーヒーとの取引を継続するための資金援助を要請され、それを受けた被告会社が××へ援助として支払ったものであり、これを××がドトール関係の経費の不足分に当て、残りを被告会社に還流していたものである。右七〇〇〇万円のうち、被告会社に還流した金額を控除した分(一六パーセント)は、資金援助としての実体のあるものである。

2 △△ビルでの作業に関する××への外注費は、いわゆる水増し請求であり、そのうち被告会社に還流した裏金を控除した分は、架空ではなく、××自体の業務に対する支払いである。

旨主張しており、被告人も同様の供述をしている。

二  青色申告の承認取消に伴うプログラム等準備金に関する青色取消益について、ほ脱所得に算入すべきではない旨主張している。その理由の骨子は次のとおりである。

1 検察官がほ脱所得中に青色申告の承認取消益として被告会社のプログラム等準備金を算入すべきであると主張する根拠は、最高裁判所昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決に則ったもので、右判例によれば、①青色申告法人の代表者が自社が青色申告の承認を受けていることを認識していること、②そうである以上、ほ脱行為時に将来の青色申告の承認を取り消されるであろうことを当然認識できるからその取消益をほ脱所得に加えるべきであるとするものである。しかし、被告人は、被告会社が青色申告の承認を受けていることを認識していなかったのであるから、ほ脱行為時に将来青色申告の承認を取り消されるべきことを認識できなかった。また、被告人は、プログラム等準備金が青色申告法人に認められた特典であることも知らなかったのであるから、右最高裁判例を本件に適用すべきではなく、また、右判例に従っても、本件においては、プログラム等準備金をほ脱所得に算入すべきではない。被告人も、青色申告という言葉すら聞いたことがなかったから、当然取り消されることは知らなかった旨を供述をしている。

2 これまで青色取消益が問題とされた事例は全て、本来のほ脱行為による所得額からみればほんの付け足し程度のもので、もとよりこれを超える取消益の例は一つもない。これは、取消益を加えても所得額にさしたる変動もなく、刑の量定上被告側にさほどの不利益を及ぼすことはないとの実質的考慮に基づく判断であったと思料されるところ、本件においては、青色申告承認取消益が公訴事実のほ脱所得の八五パーセント以上に相当する額にのぼり、明らかにこれまでの事案とは異なっており、取消益の多さに鑑みて前記最高裁判例の射程距離外にある。

3 取消益に関しては偽りその他不正の行為を考えることができず、構成要件該当性がない、更には故意もないことからほ脱犯が成立する余地がなく、前記最高裁判例は誤りである。

三  そこで、以下、被告会社が計上した××に対する外注費が架空であると認定した理由及び青色申告の承認取消益がほ脱所得に含まれ、これについてもほ脱犯が成立すると認定した理由を説明する。

第二  ××に対する外注費が架空であること

一  関係証拠によれば、××に対する外注費に関して、次のような状況事実が認められる(以下、公判供述の引用については、供述者及び公判回数のみを略記し、書証の引用については、不同意部分を除く趣旨である)。

1 被告会社及び××の概要等

(一) 被告人は、昭和五八年二月に、それまで勤務していた東京コンピュータ販売株式会社を退職し、同社の同僚であったA(以下「A」という)、B(以下「B」という)、C(以下「C」という)及びD(以下「D」という)らとともに被告会社を設立し、代表取締役となった。その後間もなくE(以下「E」という)、F(以下「F」という)が被告会社に入社した。被告会社は、設立後間もなく、自動車部品商向けのプログラム開発及び販売に成功し、以後、自動車整備工場、板金業その他の業種に向けたそれぞれのプログラム開発及び販売を行って順調に業績を上げていった(D一六回、B一七回、F一八回、A二六回、乙二、三)。

(二) 乙野は、昭和五二年に有限会社乙野工業(以下「乙野工業」という)を設立して建設業及び建設機械の販売等を行っており、平成二年二月には○×株式会社を設立して代表取締役となり、建設機械の輸出入やハワイにおける土地の造成工事などを行っていたものの、事業は進展せず、平成三年二月、同社の商号を××株式会社に、目的をコンピューターのソフトウェア設計製作、プログラム開発等に変更し、同年五月ころから、株式会社ドトールコーヒー(以下「ドトール」という)の社員であったG(以下「G」という)を通じて、××でコンピューターを使用してドトールの顧客名簿の作成に関する業務を請け負うようになった。右業務遂行のため、××は派遣社員を雇うなどしたが、業務はドトール本社や船橋工場及び被告会社で、Gが取り仕切って行っていた。また、右の業務遂行に必要なコンピューターのリースを受ける際、××では与信がとれず、被告会社がリース会社からリースを受けて××に転リースをしていた。右の業務に関連して、平成三年七月から平成六年七月ころまで、ドトールから××に、毎月百数十万円ないし三百数十万円が振込入金されている(乙野三回及び六回《速記録添付の書面を含む》、G二四回、乙五七、五九、甲九五、甲九六)。

2 被告会社から××への入金が始まった経緯等

(一) 被告会社から株式会社×△システムへの入金

被告人は、昭和六三年ころから、株式会社×△システム(以下「×△システム」という)の代表取締役Qに依頼して、被告会社が扶桑電通株式会社(以下「扶桑電通」という)から受け取った販売奨励金を×△システムに対する架空外注の形で入金したり、あるいは、右販売奨励金を直接扶桑電通から×△システムに受け入れさせるなどして、その約五パーセントを協力金としてQに支払い、その余の約九五パーセントを×△システムから更に被告人の叔父であるHが経営する合資会社△□サプライ等に架空外注させ、同社に入金した金額の二〇パーセントを右Hへの協力金として、八〇パーセントは簿外で被告人にバックさせていた(Q二二回、甲六八、六九、乙一二)。右のような×△システムへの入金は、平成六年初めころまで続いていた。

(二) 被告会社から×△システムを通した××への入金

被告人は、平成二年後半ころ、以前被告会社がドトールから仕事を請け負ったことから面識のあったGを通じて乙野と知り合った。被告人は、平成三年四月ころから、被告会社ないし扶桑電通から×△システムへの入金を、×△システムからさらに××へ架空外注させて××名義の普通預金口座に振込入金させるようになり、乙野は、××に入金された金額の約八〇パーセントを簿外で被告人に還流していた(乙野三回、Q二二回、甲六九、甲九三資料⑥、甲九五、乙一二)。

(三) 被告会社から××への三〇〇〇万円及び六五〇〇万円の入金

(1) 被告人は、平成三年九月から、右(二)の×△システムを通じた入金の他に、被告会社から直接××名義の三和銀行月島支店の預金口座に月々数百万円の振込を行うようになり、平成三年一二月または平成四年一月ころ、当時被告会社の本社東京第二システム部に所属していたEに、××宛に三〇〇〇万円の発注書を作成し、××から請求書が来たら経理に回すように指示をした。Eは、被告人の指示に従い、業務の内容として「システム開発」「プログラム開発」「インストール」等と、支払い条件として「現金、出来高一〇回払い」等とそれぞれ記載した同年一月一〇日付、金額三〇〇〇万円の注文書を、××宛に送付した。乙野は、Eからの指示に従って、右注文書に対応する三〇〇〇万円を一〇回に分割した三〇〇万円の被告会社宛請求書及び納品書をそれぞれ一〇枚作成して、まとめて被告会社(E)宛に郵送した。右納品書及び請求書に対応して、被告会社より、同年三月から平成五年一月まで月々二九九万九二七九円(振込手数料を減じた金額。合計約三〇〇〇万円)が三和銀行月島支店又は同行横浜駅前支店の××名義の預金口座に振り込まれた。乙野は、毎月振込金額の八〇パーセントを、亀戸駅近くの喫茶店で被告人に渡していた(甲三七、乙野三回)。

(2) さらに、被告人は、平成五年の四月ないし五月ころ、当時被告会社福岡開発センター(以下「福岡開発センター」という)のセンター長であったBに、××宛に出来高一〇回払いで六五〇〇万円の注文書を作成するよう指示した。Bは、被告人の指示に従い、乙野と連絡をとって同人に六五〇〇万円という金額を告げて一〇回払いの請求書の作成を依頼し、被告会社の従業員に、業務名欄に「自動車鈑金システム開発」等と記載した六五〇〇万円の注文書(甲九三資料①)を作成させて、乙野宛に発送させた。乙野は、Bの指示に従い、右注文書に対応する六五〇万円の請求書(甲九三資料②)を作成して福岡開発センターに送付した。右請求書に対応して、被告会社より、同年七月に一二九九万九二七九円が、同年八月から平成六年三月までは月々六四九万九二七九円(いずれも振込手数料を減じた金額)が、前記横浜駅前支店の口座に振り込まれた(合計約六五〇〇万円)。乙野は、振込金額の少なくとも八〇パーセントを被告会社の社長室で被告人に手渡して還流させていた(甲四五、乙野三回)。

3 被告会社から××への七〇〇〇万円の入金状況等

引き続き、被告人は、平成六年三月ころ、Bに、××宛に同様に出来高一〇回払いで七〇〇〇万円の注文書を作成するよう指示した。Bは、被告人の指示に従い、乙野と連絡をとって同人に七〇〇〇万円の注文書を送付する旨告げ、一〇回払いで請求書を作成するよう依頼し、被告会社の従業員に、業務各欄に「自動車鈑金システム開発」等と記載した七〇〇〇万円の注文書(甲九三資料④)を作成させて、乙野宛に発送させた。乙野は、Bの指示に従い、右注文書に対応する七〇〇万円の請求書(甲九三資料⑤)を作成して福岡開発センターに送付した。右請求書に対応して、同年四月から平成七年一月まで月々六九九万九二七九円(振込手数料を減じた金額。合計約七〇〇〇万円)が前記横浜駅前支店の口座に振込まれた(右の振込のうち、平成六年五月以降のものが本件の罪となるべき事実第一に係るものである。)。乙野は、振込金額の少なくとも八〇パーセントを被告会社の社長室で被告人に手渡して、簿外で戻していた(甲四五、乙野三回、甲九五、甲九三資料⑥)。

なお、××は、前記2(三)(1)、(2)や右の各注文書に記載された業務を一切行っておらず、××において、乙野の知人の□□システムことR及び乙野工業宛に架空外注費を計上して、被告会社から受け入れた資金を流していた(乙野三回)。

4 △△ビルにおける作業に関する入金状況等

(一) △△ビルの賃借経緯等

(1) 福岡開発センターのデータ開発部に所属していたD(平成六年四月からは常務取締役)は、平成四年ないし五年ころから、自動車部品のカタログ情報をスキャナーを使って読み取ることにより、手作業のデータパンチを要せずに容易にデータ入力が行える自動読み取り装置の開発を始め、平成六年中に、手作業によるデータパンチと比較して約五〇倍の作業効率があり、実用にも耐え得る程度の装置(以下「自動データ読取システム」という)の開発に成功した。

(2) そのころ、被告人は、乙野に対し、Dを東京によこして××の方で自動データ読取システムを使用して仕事をさせることにする旨を告げ、当時被告会社の常務取締役で支援本部長であったFに対し、Dが××に行って仕事をするから××名義で事務所を借りるように指示をし、Fは、これに従って、平成六年一〇月ころから、不動産仲介業者生駒商事株式会社(以下「生駒商事」という)に依頼して東京都内亀戸近辺の事務所を探し、Dとともに候補となった事務所の案内を受け、東京都江東区住吉<番地略>所在の△△ビルの四ないし六階(以下「△△ビル」という)を賃借することに決めて被告人に報告した(賃料及び管理費合計四一万七八五〇円)。被告人は、Fに対し、被告会社の簿外資金から、△△ビルの当初の賃料、保証金及び仲介手数料等に当てるために現金を手渡した。同年一二月一日付で、△△ビルについて、貸主を共同ハウジング株式会社(以下「共同ハウジング」という)、借主を××、連帯保証人を乙野とする賃貸借契約が締結され(甲九三資料⑦)、Fは、同月二日、被告人から渡された現金から保証金(三六八万八〇〇〇円)及び一二月分の賃料を共同ハウジング宛に振込み、同年一二月二九日に平成七年一月分の賃料を共同ハウジング宛に、仲介手数料を生駒商事宛に、平成七年二月一日に二月分の賃料を共同ハウジング宛にそれぞれ振込んだ(甲三九、五一、F一八回)。

(3) 平成七年一月、乙野は、初めて△△ビルへ赴いて、F及びDと初めて対面し、Fが持参した△△ビルの賃貸借契約書に署名及び押印するなどした(乙野三回、F一八回、甲五一)。

(二) △△ビルにおける作業状況

(1) Dは、平成七年一月から、△△ビルに自らが開発した自動データ読取システムを持ち込んで、福岡開発センターのIと連絡をとった上、同センターから送付される依頼書に基づいて、自動データ読取システムを使用してデータを作成し、成果物をフロッピーディスクに入れて同センターに送付していた。同センターでは、成果物の検収は行っていなかった。

(2) 平成七年七月、△△ビルにおいて、女子アルバイトを採用することになり、まずDとFが面接をし、さらに、乙野が面接をした上で、Fの知人から紹介されたJ(以下「J」という)を採用した。同年九月ころには、さらに七、八名の女子アルバイトを採用した。Jは採用後すぐに福岡開発センターへ行って研修を受けるなどし、Jら女子アルバイトは、同センターの顧客データ入力担当女子社員と打ち合せて作業内容を理解し、同センターから送付される車検証、顧客名簿及び指示書等に基づいて、手作業で顧客データの入力を行い、成果物をフロッピーディスクに入れて同センターに送付していた。右作業は、Dが自動データ読取システムを使用して行っているデータ作成の業務とは別のものであり、従来同センターで行っている作業であった。

(3) Dの業務に必要なパソコン八台、女子アルバイトの業務に必要なパソコン約一二台は、いずれもDが福岡開発センターから調達したものである。××は、被告会社に右パソコンの対価又は使用料を支払っていない(乙野三回、四回、七回、D一六回、二五回、B一七回、甲三三、三六、三八)。

(三) ××から被告会社への請求

(1) Dの行う作業の基本単価については、被告人とDが相談して原則五〇円と決め、Dが、自ら作業した分について、毎月売上明細のメモ(甲九三資料⑧、甲九四資料一)を作成して乙野の自宅にファックスで送信していた。D作成のメモやファックス送信状は、○○の用紙である。乙野は、右メモに基づき、当初は自ら手書きで(甲九三資料⑨)、その後知人のRに依頼してワープロで(甲九四資料三)、被告会社宛の請求書を作成し、乙野が被告会社本社のF宛に送付したり、Dが被告会社に赴いた際にFに手渡すなどしていた。Dは、売上明細メモを作成する際、毎月の売上額が突出しないよう、実際の売上額より抑えて記載したことがあった。

(2) 被告人は、被告会社の正規の外注先であった有限会社□×(以下「□×」という)が、福岡開発センター宛に請求するべき外注費を、一旦××宛に請求させ、××から被告会社に請求させることとして、平成七年四月ころ、その旨Fに指示し、Fが同月二八日ころ、□△の代表取締役K(以下「K」という)に以後請求書を××宛に作成するよう指示した。右指示を受けたKは、その後、××宛の請求書を作成し、××に請求するようになった(甲五一、九四資料二)。一方、乙野は、被告人の指示を受け、同年四月の請求分から、□×からの請求金額をD作成の売上明細メモの金額に加算して被告会社宛の請求書(甲九四資料三)を作成していた。その後、乙野は、被告人の了解をとった上、平成八年一月の請求からは、□×からの請求金額に一〇パーセントを上乗せした金額をD作成の売上明細メモの金額に加算して被告会社宛の請求書を作成するようになった(甲九四資料一③、資料二、三参照)。

(3) 他方で、女子アルバイトの作業の対価については、××から被告会社に請求されておらず、その月々の処理件数について、Dも乙野も把握していなかった(乙野三回、四回、七回、D一六回、二五回、B一七回、F一八回、甲三三、三五、三八、乙一〇)。

(四) 乙野から被告人への簿外での還流状況

(1) 平成七年二月より、××からの請求書に記載された請求金額が、被告会社から、××の前記三和銀行横浜駅前支店や同行大船支店の預金口座に請求の翌月末ころに振込入金されていた。乙野は、振込みがなされると、前記□□システムことR、オツノコーポレーション(乙野工業)及び○□コーポレーションことS等宛に架空外注費を計上した上、それらの架空外注先名義で乙野が管理する預金口座に振込入金して資金を流した上、右各口座から出金して、平成七年一一月までは引き続き被告会社の社長室において、簿外で被告人に現金を手渡して還流させていた。その後、被告人の提案で、同年一二月二一日付けで、乙野の知人である川口一男名義で墨田区両国<番地略>(以下「△×」という)を被告人に還流させる簿外金から支出して賃借し、乙野は、同所に備え付けた金庫に現金を入れて被告人に簿外で還流させていた。

(2) 被告人に還流させる割合は、D作成の売上明細メモの売上金額(税抜き)から△△ビルにおける女子アルバイトの給料や△△ビル及び△×の家賃等の経費を差し引いた金額の八〇パーセントと被告人と乙野の間で約束されており、乙野は、売上から経費を差し引いた金額の八〇パーセントを、さらに七五パーセントと五パーセントに分けて別々の封筒に入れて、簿外で被告人に還流させていた。

(3) そのほか、乙野は、被告人から、△△ビルの保証金はいずれ××に戻るので、被告会社が簿外資金で立て替えた分を返済するように言われ、右のバック金とは別に、平成七年二月から一一月まで一〇回に分けて月々四〇万円を支払っていた。

(五) 基本契約書及び覚書の作成

被告人は、被告会社と××との間で、△△ビルでの業務に関連して契約書を作成することにして、その旨を乙野に伝えた上、Fを通じて、平成七年四月一八日ころ乙野と連絡をとらせ、そのころ、被告会社が××に情報処理等の業務を委託することを内容とする平成七年一月一日付の「データ作成の委託に関する基本契約書」(以下「基本契約書」という)(甲九三資料⑩)を作成した。また、被告人は、被告会社と××との間で、自動データ読取システムは××の所有であるが、××はそれを被告会社以外のために使用しないという内容の覚書を作成することにしてその旨を乙野に告げ、Fを通じて乙野と連絡をとらせ、平成八年八月二九日、乙野宛に右内容の「覚書」(甲九三資料⑪)を送付させ、乙野がFの指示に従って、作成日を平成七年一月一五日と記載し、××の社判等を押し、被告会社に送付した(乙野四回、甲五二)。

(六) Dの地位

Dが△△ビルで作業を行うようになった後も、被告会社の常務取締役という同人の地位は、国税当局による査察後、同人が平成九年九月に被告会社を退職して××の共同代表取締役となるまで変わらず、その間、同人は、給料を被告会社から支給され、被告会社の役員会に月に一回、また、毎週月曜に行われる朝礼にもそれぞれ出席し、福岡開発センターに赴くこともあった。そのほか、平成七年一一月には、被告会社の役員及びその家族ともどもでのグアム旅行に、Dも家族で参加した(D一六回)。

二  七〇〇〇万円が架空外注費であること

1 前記のように、××が、三〇〇〇万円、六五〇〇万円及び七〇〇〇万円の各注文書に記載された業務を全く行っていなかったこと及び被告会社から振り込まれた現金の少なくとも八〇パーセントが簿外で被告人に還流していたという事実のみからでも、被告会社から××へのこれら一連の外注は架空のものであると推認されるところ、その趣旨及び経緯について、乙野は、「平成三年から四年ころ、被告人から、まとまった金がいるということで、三〇〇〇万円を××に入れ、八〇パーセントを毎月戻すという約束をした。二〇パーセントは××の取り分で、仕事をした対価ではなく協力に対する謝礼である。その割合は被告人が決めた。平成四年一〇月か一一月ころ、被告人から、今度それなりのお金が必要なので金額を五、六千万に増やしたいと言われた。福岡のBから電話で六五〇〇万円と言われ、Bから日付が空欄の注文書が送付された。この注文書に見合う仕事は全くしていない。Bの指示で、注文書に遡らせた日付を入れて、すぐに請求書を出した。平成五年の年末に、被告人から、今度は七〇〇〇万円にすると言われ、Bから七〇〇〇万円の注文書が送られてきたので、請求書を福岡に送った。注文書の内容の意味はわからないし、実際の仕事をしたことはない」旨、要するに、××は被告会社からの入金に対応する何らの業務も行っておらず、××が受け取った二〇パーセントは脱税の協力金であるという趣旨の供述をしている(乙野三回)。

右乙野の供述は、注文書記載の業務を××が全く行っていないという客観的事実に照らして自然で納得のゆく内容であるし、被告人とのやりとりについて具体的に供述しているほか、注文書作成に関与した被告会社の役員であるBの後記供述(甲四五)とも符合する。また、弁護人の反対尋問を経ても揺るぎがなく、乙野自身、被告会社の脱税についても共犯者として起訴されていたのであるから、実際に被告会社からの入金に見合う仕事をしていたとすれば、架空であったと供述することは想定し難いことなどに照らすと、信用性が認められる。

また、被告会社の役員で、右注文書の作成に関与したBは、捜査段階で検察官に対し、「平成五年五月ころ、被告人から電話で××宛に六五〇〇万円の注文書を出してほしいと言われた。被告人がいい加減な言い方をするわりに、発注額が多額で、しかも注文年月日から納期までたった二か月の短期間なのに、支払方法を出来高一〇回払いで日付も遡らせていることなどから、裏金を被告会社にバックさせるために架空の売上を計上させるためのものではないかと思った。乙野から最初の請求書が送られてきた後、成果物の検収作業の有無をチェックする係の者からどこに確認をとればよいのかと聞かれ、裏金を作るための架空のものと思っていたので、社長に確認しろと言う訳にもいかず、そのまま回せばいいからと言い、経理の係にも、そのまま支払うように言った。平成六年三月ころにも、被告人から電話で、××に七〇〇〇万円での注文書を出すように言われたが、平成五年に注文した自動板金システムのソフトが開発されたとは聞いておらず、今回の七〇〇〇万円も裏金を被告会社にバックさせるために架空の売上を計上させるためのものでないかと思ったが、裏金を作ることも、被告人は被告人なりに考えてやっていることと思ったので、了承し、乙野に連絡した」(甲四五)旨供述している。右供述は具体的かつ詳細で、被告会社創業時からの役員というBの地位に鑑みると、同人があえて被告会社や被告人に不利益となるような虚偽の供述をすることは考えられないことなどから信用性が認められる。なお、Bは、公判において、被告人に注文書の作成を依頼された際、ドトールの仕事に関連する開発費用が必要であると言われた旨後記被告人供述に沿う供述をしているが(B一七回)、その内容はあいまいで、しかも公判で突如供述を始めたものであって、捜査段階でそのような供述をしなかった合理的理由も窺われず、Bの右公判供述は信用できない。

2 この点、被告人は、公判において、「乙野から被告人にバックされた分は裏金であるが、バックされていない分については、××がドトールから請け負った仕事を維持していくための金であり、架空ではない。ドトールの鳥羽社長に気に入られた乙野がドトールより仕事を受注し、被告会社は表に出ずに裏から技術及び資金援助をし、Gがマネージメントを行った、××でやっているプログラムそのものを被告会社が援助しているおかげで××がドトールからの売上を維持できる」などと供述している(一二回、三四回。弁二六陳述書)。右被告人の供述の意味は必ずしも明確ではないが、要するに、被告会社がドトールと将来的に取引をするために、××とドトールとの取引を継続させたいという意図で被告会社が××を資金面及び技術面で援助をしたのであるから、架空外注ではないという趣旨であると考えられる。

しかし、××が行っているドトールの仕事に関する援助であるのに、全く関係のない「自動車鈑金システム」等という注文書を××宛てに出す合理的な理由は見出せないし、ドトールから××に対する入金は平成六年七月を最後に終了し、そのころにはドトールと××の取引も終了しているにもかかわらず、その後の同年八月から翌平成七年一月まで被告会社から××に月々七〇〇万円(六回、合計四二〇〇万円)の振り込みがなされていることに照らせば、七〇〇〇万円の入金は××が行っていたドトールの仕事とは何ら関連性がないものと窺われ、乙野も、被告会社とドトール及び××の関係について、被告会社が表に出られないから、乙野が表に出てドトールの仕事をするようになったのではない旨、被告人の供述を明確に否定している。この点、被告人は、「たまたま七〇〇〇万円の契約の途中でドトールとの取引が終わってしまったが、契約は一〇回と決まっていたので、契約の方を優先して、一〇回まではきちっとした」(三二回)などと供述しているが、ドトールに関する援助であるならば、ドトールの仕事が終了したらうち切るのが自然であって、四二〇〇万円もの大金を右のような理由で支払い続けることはおよそ考えられず、被告人の右供述は、不自然、不合理であって、到底信用できない。

また、被告人の主張する××に対する「援助」がいかなる性質のものか不明確であるが、被告人に、将来的に被告会社がドトールと取引をするために、××の業務を支援して乙野ないし××をドトールとの接点として利用しようという意図があったとしても、それは被告人の主観的な思惑にすぎないものであるし、そもそも、ドトールから請け負った××の業務に関して被告会社から支払いをしても、対価関係はなく、外注費にはなり得ない。仮に、右七〇〇〇万円のうち、被告会社が××からバックを受けていない分から、結果的に××がドトールから受注した業務のために出捐したことがあったとしても、被告会社は××に対して何ら具体的な業務を発注しておらず、月々××宛に支払っていた金額に対応する何らの成果物も得ていない以上、七〇〇〇万円全額が架空外注費であることに何ら変わりはない。

3 以上検討したとおり、被告会社から××へ入金された七〇〇〇万円の趣旨に関する乙野の供述には信用性が認められ、同供述及び前記Bの検察官に対する供述、その他関連の状況証拠に照らすと、平成六年四月から翌平成七年一月の間に、被告会社から××宛に計上された七〇〇〇万円の外注費(うち六三〇〇万円が罪となるべき事実第一に関するもの)は、全額架空のものであると優に認められる。

なお、被告人は、右七〇〇〇万円についての××の取り分は一六パーセントにすぎず、被告会社に八四パーセントを還流させていた旨供述しているが、還流させていた割合がどの程度であっても、架空外注であるという結論には何らの影響もない(被告会社からの月々の入金額である約七〇〇万円の八四パーセントに当たる金額が毎回××の架空外注先である□□システムに振り込まれているとしても、□□システムの預金口座から振込金額と同額が毎回出金されているわけではないこと、××の架空外注先である□□システム等にも乙野が協力金を支払っていたことに照らしても、□□システムに振り込まれた金額の全額が被告人に渡されていたことが明らかとはいえない。)。

三  △△ビルにおける作業についての外注費が架空であること

1 前記一4のとおり、①△△ビルの賃借手続は被告会社のFが行っており、乙野は事後的に契約書に署名をしたにすぎないこと、②Dの作業の基本単価はDと被告人が決めたこと、③被告会社は××からの成果物の検収を行っていないこと、④△△ビルに勤務していた女子アルバイトは、被告会社の業務を行っているにもかかわらず、××から被告会社へ対価請求がなされておらず、その作業による処理件数を乙野もDも把握をしていなかったこと、⑤△△ビルで使用していた自動データ読取システムをはじめ、その他のコンピューター類は、被告会社から対価なしに××に持ち込まれたこと、特にパソコンはDが持ち込んだものであること、⑥△△ビルで作業をするようになった後も、Dの被告会社での常務取締役という地位は変わらず、同人が被告会社から給料の支払いを受け、また、被告会社の役員会や朝礼などにも出席していたことなどに照らすと、△△ビルにおける作業は、××の業務とみられるものではなく、被告会社の業務であると強く推認されるが、以下、××自体の業務と評価できる部分があるかにつき、さらに検討する。

2 検討

(一) 乙野の役割等について

(1) 乙野は、△△ビルを××名義で賃借するようになった経緯について、「平成六年一〇月ころ、被告人から、『福岡にいるDという人を東京によこして、××のほうで仕事をさせるようにする。××の名前で東京で事務所を借り、人を増やす。事務所は探している。手作業のパンチより一〇倍から二〇倍能率が上がる機械を導入して仕事をする。これを今度、あなたの方でやってもらう。金額は二、三倍に増える。バックするお金は、今までとおり二〇と八〇だ』などと言われた」(乙野三回)旨一貫して明確に供述している。

Fが平成六年一〇月ころから、生駒商事に依頼して××名義で賃借する事務所を探していたことや、前記のとおり、平成六年四月から、被告会社において××に対する月々七〇〇万円の架空外注費が計上されて少なくとも八〇パーセントが簿外で被告人に還流されていたことに照らすと、右供述は自然であり、信用できるものである。

(2) また、△△ビルにおける自身の役割や仕事への関与について、乙野は、「平均すると週に一度程度、△△ビルに顔を出していた。一一時か一一時半ころ会社へ行き、三時くらいまでいて帰った。女性を入れるとか入れないとか、何人にするとか、減らしたいとか、機械を増やすとか、ほとんど事後報告のような感じだった。女性を入れる際、Dが単独で面接をしたこともあるし、私と二人で面接したこともかなりあるが、そういうこと以外は、ほとんどDとの話の接点はなかった。本来は△△ビルに行く必要もないが、Dにやっていただいているのに、私が代表者でぼけっとしているのも申し訳ないので行った」(乙野四回、七回)、「××の忘年会、新年会などをやっていて、最初の一、二回は出席した。出席者はアルバイトの女性とDと乙野だけである」(乙野七回)、「△△ビルの電気、ガス、水道の請求は、全部合計できたので月末に振り込んでいた。女子アルバイトの給料も、最初は一人一人振り込んでいたが、三和銀行の給料を振り込むシステムにした。△ムビルの家賃も月末に振り込んでいた」(乙野七回)旨供述している。

右供述に反する証拠は特になく、△△ビルで仕事をしていたDも、乙野が右供述以上のことをしていたとは供述していないこと等に照らしても、乙野の右供述は、信用できるものである。

(3) 右信用性の認められる乙野の供述によれば、乙野は、週に一度程度△△ビルに顔を出し、Dが作成した売上明細メモに基づいて請求書を作成したり、公共料金の振り込みなどは行っていたものの、△△ビルでの業務の内容の詳細も理解しておらず、業務そのものには何ら関与していなかったものと認められる。

(二) △△ビルにおける経費について

(1) △△ビル及び△×の賃料や女子アルバイトの給料等△△ビルにおける経費は、被告人と乙野との取り決めにより、被告会社に還流する前に売上金額から差し引いていた。

これについて、乙野は、「事務所の経費、女子アルバイトの給料、△△ビルで支払う家賃、その他雑費を差し引いた後の分から七五と二五に分け、さらに五パーセントを別途袋に入れて、結論からいうと経費を引いた後に二〇パーセントと八〇パーセントに分けた。被告人に指示されてそういう計算方法にした。最初から、経費分はうちの方でみるということを被告人が言っていた」(乙野四回)、「経費をみるということは、被告会社の方から事務所代金、水道光熱費、給料、その他多少かかる経費を払ってくれるということである」(乙野一〇回)などと供述している。右供述は、乙野が被告人に簿外で還流していた金を入れていた封筒に同封した経費メモ(甲九二資料四)及び乙野が作成していた総括表(甲九一別添一)と符合し、信用できる。

この点、弁護人は、正規取引とすれば××の外注費は二〇パーセントにとどまらず、賃料、給料等を加えたものになるにすぎず、経費を被告会社が支払ったか、××が支払ったかにより架空取引か正規取引かを論ずることはできないと主張するが、売上から経費を差し引いて損益が計算され、経費が売上金額を超えれば損失が生じるものであるのに、本件においては、予め経費を差し引いているため、経費の額の多少にかかわらず、××には(全体の売上金額よりも経費が多額にならない限り)必ず二〇パーセントの利益が保証されていることになり、××の計算で経費が支払われていると評価することはできない。

(2) なお、弁護人は、××は△△ビルの保証金、不動産手数料、事務所備品代を負担している旨主張している。

しかし、保証金について、乙野は、「四〇〇万円払って、××の名義になっているから、将来的に事務所を返還すれば××に保証金が戻るんだから、それは××として返してほしいと被告人に言われた。四〇〇万円というお金はいっぺんに戻せないので、分割払いということで一〇回で、簿外で被告人に返した」(乙野三回、四回、八回)旨供述しているところであり、賃貸借契約名義上賃借人となっている××に返還請求権があるから、被告会社の簿外資金から出捐したものを、被告人に一〇回分割で支払っていたにすぎず、当初から××の計算で保証金を支払った場合とは異なる。不動産手数料についても、乙野が返還した四〇〇万円の中にそれが含まれていたという明確な証拠はないし、乙野自身、その点について明確な認識を持っていたとは窺われない。

また、備品代については、経費メモ(甲九二資料四の一九頁)によれば、当初備品代が経費として控除されていなかったものを、訂正して控除してあるのは明らかであり、乙野もその旨供述しており(乙野四回)、最終的には控除されたものと認められる。

(三) 女子アルバイトの仕事について

前記のとおり、女子アルバイトは、Jが福岡開発センターで研修を受けた上、同センターの女子従業員と打ち合わせて作業をしており、その業務内容は、Dの行っている業務とは別の、従来は福岡開発センターで行っていたものであること、その処理件数をDも乙野も把握しておらず、××から被告会社への対価請求もされないまま業務が行われていたことからすると、女子アルバイトは××の従業員として××の業務を行っていたとはいえず、被告会社の従業員として業務を行っていたと評価すべきである。

この点Dは、女子アルバイトを採用した理由について、「自動データ読取システムを用いた業務に万が一緊急の事態が生じ、手で打たなくてはならなくなった場合に、すぐできる体勢にしておかないとまずいので、リスクヘッジのために女子アルバイトを雇い、遊ばせておいてはもったいないので、福岡開発センターと連絡をとり、仕事を作った」(D一六回)、「請求していなかったのは、Dがやっている仕事は月々約三〇〇〇万円であるのに対し、女子アルバイトの顧客データパンチの仕事は一〇〇万円から二〇〇万円であったから、サービスしてもいいと思った」(D一六回、二五回)などと供述している。また、被告人もこれと同趣旨の供述をしている(被告人一三回)。

しかし、仮に採用目的がリスクヘッジのためであったとしても、実際は、自動データ読取システムについて不具合が発生したわけではなく、被告会社のための業務を行ったのであるから、やはり被告会社へ対価請求をしなかった点は不自然であり、Dの右供述は信用性に疑問がある。

なお、××の代表者であった乙野は、「女子アルバイトの作業はDの作業の補助をしているものだと思っていたから、請求しないのは当たり前」(乙野四回)と供述しているように、女子アルバイトの作業内容を認識していなかったものであり、他方で、Dが、福岡開発センターと相談した上、独断で女子アルバイトに被告会社からの業務をさせていたことが窺われるのであって、Dが、女子アルバイトを実質的に被告会社の従業員として扱っていたことを裏付けるものである。

(四) 自動データ読取システムについて

(1) 前記のとおり、平成七年四月一八日ころ、被告会社が××に情報処理等の業務を委託することを内容とする平成七年一月一日付の基本契約書(甲九三資料⑩)が、平成八年八月二九日ころ、自動データ読取システムは××の所有であるが、××はそれを被告会社以外のために使用しないという内容の覚書(甲九三資料⑪)が、被告会社と××の間でそれぞれ作成されている。

(2) これについて、被告人は、公判において、「自動データ読取システムは、乙野のアイディアで、Dがシステム化したものである」、「被告会社は、××に自動データ読取システムを譲渡した。対価は、乙野のアイディア料が一つ、Dが将来にわたって××へ行くことになっていたので、Dに対する手みやげが一つである。覚書に、被告会社に限定するという条項があるのは、元々アイディア料というのは払わなくていいもので、それを払うのだから、独占的に、被告会社以外に使えないことを含めて契約した」(被告人一三回)などと供述している。

(3) しかし、この点について、乙野は、「Dが来てから、支払の方が先行し、その後、基本契約書を作らないとまずいということで、被告人から平成七年三月か四月ころに話があって作ったもので、契約書に見合う業務の受託はない。覚書は、実際に取り交わしたのは平成八年夏ころで、被告人から、自動データ読取システムを使って売上が上がると、所有権を××に移すという名目なら二〇パーセントを××がもらうことが正当化できる書類ということで作られた。実際は、自動データ読取システムは、××が開発したものでも、開発費用を出したものでもなく、二〇パーセントの利益を受け取るに値するアイディアを出したこともない。Dが開発したと聞いており、Dは被告会社の役員だから、被告会社の所有物だったと今でも思っている。××が有償、無償で譲り受けたということはない。機械の値段は全然知らない」(乙野四回、七回)と供述している。

Fも、捜査段階で、右覚書について、「自動データ読取システムを被告会社でなく××の所有とするのは不自然であり、しかも、被告人は、日付を平成七年一月ころに遡らせるように指示してきたので、被告会社が××に対する外注費を操作して利益を圧縮して法人税をごまかし、裏で××に支払った金からバックしてもらっていることに関係し、それをカモフラージュするための工作の一つとして被告人が指示してきたのだと思っていた」(甲五二)と供述している。

右の乙野及びFの各供述は、相互に符合しており、また、基本契約書と覚書がそれぞれ別の機会にいずれも日付を遡らせて作成されていることに照らすと、合理的で納得できる内容であるから、その信用性を肯定できる。

(4) このような証拠関係に照らすと、自動データ読取システムは、被告会社から××へ移転されたとはいえず、また、基本契約書及び覚書は、××への外注が架空であることを取り繕うために作成されたものであることが明らかである。被告人の前記(2)の供述は、乙野のアイディアとDの研究との関連性に関する内容があいまいである上、乙野のアイディア料が譲渡の対価の一つであるとしながら、本来はアイディア料を払わなくてもよいなどと矛盾する内容になっている。自動データ読取システムが極めて画期的な機械であると供述しているのに、その価値も特に検討せずに安易に××に譲渡するという内容自体が不合理であり、信用できない。

(五) Dの地位及び同人の作業単価に関する被告人供述について

(1) 被告人は、Dが△△ビルで仕事をするようになった理由について、公判において、「Dは、マネジメントが嫌だということがあり、また、データが競合他社に漏れており、社内から漏れたのではないかという疑いがあって悩んでいた。自分が被告会社で仕事をするより、プログラムを作って被告会社に貢献する方がいいのではないかということがあった。平成六年の夏ころ、Dの出向についての具体的な話があり、思い切って東京がいいということを話し、独立してやるという話もしたが、Dが、社長どこか探しておいてよと言った。××が一番あっていると思って××にした。乙野に、Dが××に行くようになったという経過を説明し、口頭で、D頼むよと言ったところ、乙野は任せてくださいと言った」(被告人一三回、三三回、乙九)など、Dを××に出向させた旨供述している。

しかしながら、仮にそのような経緯があったとしても、前記一4(六)のように、身分上の手続等が全くとられておらず、Dが××の社員となったとは認められない。

(2) △△ビルでのDの作業の単価は被告人とDが決めたものであるところ、被告人は、「手作業のパンチだと単価は七〇から八〇円で、利益を乗せて一〇〇円くらいが相場なので、五〇円は、被告会社には損にならない妥当な単価である」旨供述しているが(乙七、一〇、被告人三三回)、××が妥当な単価で正規の外注を受けているのであれば、八〇パーセントを被告会社に還流させるのは明らかに不合理であり、むしろ架空外注であるからこそ還流させていると解する方が合理的である。

3 まとめ

前記1の諸事情に加え、①乙野は△△ビルでの実質的な業務を何ら行っていないこと、②△△ビルの経費は、実質的に全額被告会社が負担しており、××の計算で支払われているとはいえないこと、③女子アルバイトの賃金も実質的に被告会社が負担していることなどに照らすと、△△ビルでの業務については、××自体が独自の業務として行っていたと評価できる部分はないものと認められる。したがって、△△ビルにおける作業についての被告会社の××に対する外注費はすべて架空というべきである。

第三 青色申告の承認取消に伴うプログラム等準備金に関する青色取消益のほ脱所得算入の可否

一 一般に、青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるためにほ脱行為をして、その事業年度に遡ってその承認を取り消された場合には、そのほ脱所得額は、青色申告の承認がないものとして計算した額によるものと解されるから、損金算入が否認されることとなった金額(いわゆる青色取消益)は、ほ脱所得に算入されることになる(最高裁判所昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決参照)。

もちろん、租税ほ脱犯は故意犯であるから、故意すなわち脱税の犯意が必要であり、法人税法一五九条の過少申告ほ脱犯が成立するためには、実行行為である「偽りその他不正の行為」及び結果である「法人税を免れたこと」についての故意を必要とするが、その認識内容は、偽りその他不正の行為についての認識と、これによって正規の法人税を免れることについての認識があれば足り、具体的な所得金額やほ脱税額、また、その計算の基礎となる所得圧縮金額等、あるいは、各勘定科目ごとの個別的なほ脱額についての認識まで必要としないものと解される(東京高等裁判所昭和五四年三月一九日判決参照)。

そしてまた、法人税法一五九条のほ脱犯は、「偽りその他不正の行為により」、法人税を免れたときに成立するものであるから、「偽りその他不正の行為」とほ脱結果との間には因果関係の存在を必要とし、右行為との間で無関係に生じたと評価すべきほ脱の結果は、同条にいう「偽りその他不正の行為により免れた法人税額」には含まれないと解される。

そこで、以下、本件プログラム等準備金に関する青色取消益のほ脱所得算入の可否に関し、被告人についての故意の有無と、ほ脱結果との間の因果関係の存否を検討する。

二 被告人の故意について

租税ほ脱犯における実行行為である「偽りその他不正の行為」とは、過少申告ほ脱犯の場合、真実の所得金額よりことさら少ない所得を申告する行為と解されるところ、関係証拠によれば、被告人は、本件において、自ら架空外注費を計上するなどの方策を考えて被告会社の所得を秘匿し、真実の所得金額よりことさら少ない所得を申告することについての認識をもって、法人の代表者として(税理士等を介して)確定申告を行い、これによって正規の法人税を免れることについての認識を有していたことが明らかである。

前記のように、法人税法一五九条の過少申告ほ脱犯が成立するための故意としては、具体的な所得金額やほ脱税額、所得圧縮金額、各勘定科目ごとの個別的なほ脱額についての認識まで必要としないものと解されるので、本件のほ脱犯の故意としては、被告人の右のような認識内容で十分であると考えられる。

したがって、弁護人が主張するように、被告人において、被告会社が青色申告法人であること、プログラム等準備金が青色申告法人に認められた特典であること及び不正行為をすれば将来青色申告の承認を取り消され、プログラム等準備金に係る青色申告承認取消益が所得金額に算入されることの認識がなかったとしても、本件におけるほ脱の故意が存在しないことにはならない。

三 因果関係について

1  本件における因果関係については、被告人がした「偽りその他不正の行為」、すなわち真実の所得金額よりことさら少ない所得を申告した行為とほ脱結果との間の因果関係を検討することになるが、この場合、行為時に、通常人が知り又は予見することができたであろう一般的事情及び行為者が現に知り又は予見していた特別の事情を基礎として、通常人が、行為者の立場に立ったとき、行為と結果との間に原因結果の関係があると認め得るか否かによって判断するのが相当であると解される。

本件においては、被告人が、本件当時、被告会社が青色申告法人であるということ及びプログラム等準備金が青色申告法人に認められた特典であることをいずれも認識していなかった旨供述する一方、青色申告の承認取消が行政機関による事後的かつ裁量的行政処分に基づくものという事情があるので、以下、具体的状況に即して因果関係の存否を検討することにする。

2 本件に至る経緯・背景事情等

関係証拠(B一七回、F一八回、M一九回、L二〇回、N二〇回、A二六回、被告人三〇回、甲五九、六四、六五、一〇三等)からは、次の事実が認められる。

(一) 被告会社における経理、税務体制等

(1) 昭和五八年初めころ、被告人は、被告会社設立に際して、Cと面識のあったN公認会計士兼税理士(以下「N」という)に被告会社の顧問を依頼し、そのころNが被告会社の顧問税理士に就任した。Nは、同年二月二一日、被告会社の法人設立届出書(甲一〇四①)及び青色申告の承認申請書(甲一〇四②)等を作成して税務署に提出する手続を行った(翌昭和五九年一月三一日右申告について自動承認)。その後、同人は、昭和五九年一月期及び昭和六〇年一月期の被告会社の決算及び確定申告手続を行い、同年秋ころ、被告会社の顧問を退任した。

(2) 昭和六〇年九月ころ、P税理士(以下「P」という)が被告会社の顧問税理士に就任し、昭和六一年一月期から平成三年一月期までの被告会社の決算及び確定申告手続を行った。

(3) 昭和六一年二月ころ、被告人が従前から被告会社の財務経理関係のことについて相談を持ちかけるなどしていたL(以下「L」という)が、被告会社に取締役副社長として入社して、経理、財務、人事、総務等(開発及び販売を除くすべての業務)の担当役員となった。昭和六三年九月一日、Lの誘いで、M(以下「M」という)が被告会社に入社し、間もなく経理課長となった。

(4) 平成三年七月ころ、被告会社の顧問税理士はPからO公認会計士兼税理士(以下「O」という)に変更になり、平成四年一月期以降の決算及び確定申告手続はOが行ってきた。

(5) 被告会社の法人税確定申告の方法は、設立当初から一貫して青色申告であった。

(二) 被告人の納税手続関与状況等

(1) 被告人は、平成六年三月期までは自ら青色の法人税確定申告書に署名をしていたが、平成七年三月期以後は、Fが代筆したり、ゴム印を押してすませていた(F一八回)。

なお、被告人は、平成二年から、個人の所得税について青色で確定申告をしていた。その申告手続はKが代行し、結果を被告人に事後報告していた(K二八回)。

(2) 被告会社では、被告人も出席する役員会において、月次の貸借対照表、損益計算書、資金運用表等の資料を配付し、四月の役員会では営業年度の予想実績の統括表を、六月の役員会では確定申告書及び申告書に添付した決算書の写しを配布していた(F一八回)。

(三) プログラム等準備金制度導入の経緯

(1) Oは、被告会社の顧問就任の前後に、当時経理課長であったMに、被告会社ではプログラム等準備金制度の適用ができる旨報告した。平成三年八月六日ころ、Oは、事務所から被告人及び立川経理部次長宛のプログラム等準備金に関する資料(甲一〇二)をファックスで送信した。右の資料には、同制度が青色申告法人に認められた制度であることが明記されており、被告会社でコピーされるなどしてMも受け取り、目を通した上、保存していた。

(2) Oは、Mにプログラム等準備金制度の説明をした後、被告人にも被告会社で直接面会して、同制度について説明し、その導入を勧めた。被告人は、Oに同制度を導入する手続を依頼した。

(3) 被告人が、Mに対し、プログラム等準備金制度を利用した場合、コンピュータプログラムの開発に必要な外注費を経費として計上できなくなるのではないか、又は、プログラムを資産として計上しなくては同制度の適用を受けられないのではないかなどと質問したため、Mは、その旨をOに問い合わせた。Oは、同年一一月五日ころ、右の質問に対する回答書を作成し、租税特別措置法のコンメンタールの該当部分をあわせて被告会社に送付した。MはOの回答を被告人に報告した。右回答書添付の資料にも、同制度が青色申告法人に認められた制度であることが明記されている。

(4) 同月九日ころ、被告会社の役員会において、プログラム等準備金制度についての報告がなされた。

(5) Oは、被告会社が開発した「パーツマン(自動車部品商システム)」及び「スーパーフロントマン(自動車整備業システム)」について、情報処理振興事業協会の登録手続を行うなどし、同月三〇日、右登録がなされた。被告会社は、平成四年一月期からプログラム等準備金を積み立て、確定申告にあたって損金算入処理をするようになった。

(四) 平成九年一二月二二日、被告会社に係る平成七年三月期以降の青色申告の承認の取消決定がなされた(甲一〇六)。

3 プログラム等準備金制度の導入に関する被告会社内の具体的検討状況

(一) Oが被告人らへ同制度の説明をした状況等について

(1)① 被告会社にプログラム等準備金制度を導入する手続を行ったOは、検察官に対し、「顧問税理士就任後間もなく、被告人やMにプログラム等準備金制度の内容を説明して、被告会社でも積み立てるべきだと勧めた。はじめにMに説明し、被告人との面会日時を調整してもらった上、被告人と直接会って、同制度の内容、被告会社が開発しているソフトウエアがその適用を受けられること及びどれくらいの金額を積み立てて損金算入できるかを説明した。被告人は、私から見れば素人だったが、私の説明を十分理解した上でプログラム準備金を積み立てるという結論を出し、手続を私に依頼した」旨(甲六五)供述しており、また、公判においても、「Mにプログラム開発準備金という制度が特別措置法に規定されていることを説明した。新しい節税方法で、金額も大きいので、Mから、一度被告人と直接会って説明してくれということがあり、顧問に就任してから二か月後くらいに、被告人に会った。M同席だったと思うが、被告人に、プログラム開発準備金制度を導入すればどれだけ節税できるかということに絞って説明し、売上高の二〇パーセントがプログラム開発準備金として合法的に節税できるので、是非導入されたらいかがですかと言った。青色申告に伴う制度だという話は、被告人にもMにもしていない」旨(O二七回)供述している。

右Oの供述は、捜査段階と公判段階でプログラム等準備金について、まずMに説明した上、被告人との面会日時を決め、M同席の上被告人と直接面会して同様に説明したという大筋において概ね一貫しており、その内容も自然であるから、右大筋の限度では信用できる。ただし、青色申告に伴う制度だと説明していないとする部分については、被告会社の顧問税理士であり、プログラム等準備金の導入を提案したという同人の立場に鑑みると、にわかにはその信用性を肯定できない。

② Lは、公判において、「平成三年中に、被告人と共に昼食をしたときに、被告人から、Oから紹介があって、プログラム等準備金という制度があり、税制上相当のメリットが得られるという話を聞いた。それにより、プログラム等準備金のことを初めて知った。そのメリットは、概算して荒利の二〇ないし二五がプログラム等準備金として留保できるという意味と聞いた。被告人に、『租税特別措置法』のプログラム等準備金と聞いた。被告人に、資料をOからMに渡してあると聞いて、Mから資料を取り寄せて読んだ」(L二〇回)旨供述している。

Lは、平成六年一二月に被告会社を退職しているが、本件ほ脱とは何らの関係もないこと、退職の理由について「被告人に以後報酬を出さないと言われて、事実上退職する形になった」と供述していることなどに照らすと、被告会社の元取締役とはいっても、第三者的立場にあるものである。また、供述内容も、Mから取り寄せた資料の体裁まで詳細に供述しているなど、具体性があり、Lの供述は基本的に信用できる。

③ Mは、捜査段階で、検察官に対し「Oが被告会社の顧問税理士になった一か月くらい前、同人が被告会社の事務所に来て、『被告会社は青色申告をしているのだし、コンピュータプログラムを開発している会社なのだから、プログラム等準備金という制度を利用できる可能性がありますよ。これを使えば、プログラムの売上の一部を社内留保できますよ。節税になりますよ』などとプログラム等準備金を導入してはどうかと提案した。それまでプログラム等準備金という制度を知らなかったが、プログラム等準備金という制度が被告会社にとって大変有利になる制度だと分かったので、被告人に、『O先生からプログラム等準備金という制度の説明を受けました。青色申告をしている法人で、コンピュータプログラムを開発している会社が、認定されたプログラムの売上高の一部を社内留保できる制度です。社内留保の方法として売上高の一部を資本として計上すれば自己資本比率も上がって、金融機関はもちろん、取引先に対する信用をアップさせられます』などと報告した。被告人の指示を受けて、Oと被告人が直接会える機会をセッティングした。Oは被告人と会ったときも、私に説明したときと同様に、『被告会社は青色申告をしている法人ですし、コンピュータプログラムを開発している会社ですから、プログラム等準備金という制度を利用できますよ』などと言っていた。被告人は、その場でOに被告会社でプログラム等準備金を利用できるよう手続を進めて下さいと言ってお願いしていた。Lからも、『社長からプログラム等準備金というコンピュータプログラムを販売した売上高の一部を社内留保できる制度があると聞いたけれど、資料があったら見せてくれないか』などと言われ、資料を見せた」(甲五九)旨供述している。

Mの捜査段階の右供述は、MがOにプログラム等準備金制度の説明を受けた後、被告人とOの面会の機会を設けて、Oが被告人に同制度の説明をした際には同席したという大筋において、信用できるOの供述と符合しており、Mが被告会社の経理課長で、被告人が代表取締役社長であったという当時の二人の立場からすると、自然な内容であること、Lとの関係についても、被告人からプログラム等準備金のことを聞いたのでMから資料を取り寄せたというLの供述と符合していること、また、OからM及び被告人に対する説明の内容についても、専門家である税理士の立場からの税制上の説明として、不自然な点がないこと等に照らして、基本的に信用できる。

他方、Mの公判供述をみると、Oが被告人と面会した際に自分は同席していなかったなどとする点は、前記Oの供述に反するし、被告人自身がM同席の上Oから説明を受けたと供述していること、捜査段階の供述を変更したことについて合理的理由が認められないことなどに照らすと信用できない。被告人にプログラム等準備金について直接説明したことはなく、Lを通じて説明したとする点も、Lの供述と反し、信用できない。また、プログラム等準備金制度導入時、Mは経理担当の課長であり、同制度導入に関しては被告会社の窓口となってOとやりとりをしていたことが窺われ、自ら同制度について勉強したと供述しているところ、MがOから提供を受けて目を通している資料には、同制度が青色申告法人に適用される制度である旨明確に記載されていることなどに照らすと、公判において、プログラム等準備金が青色申告の特典であると気づいたのは平成八年四月ころ別件でOに青色申告が取り消されるのではないかと照会した時であるなどと供述している点は、明らかに不自然である。被告会社の従業員であるというMの立場に鑑みると、公判においては、被告会社及び被告人に不利益な供述をすることを回避しているものと考えられ、Mの公判供述は、総じて信用性に乏しい。

(2) 以上のOの公判及び捜査段階における供述、Mの捜査段階における供述を総合すると、OがMに被告会社におけるプログラム等準備金制度導入の可能性を説明した後、Mが被告人にこれを報告し、被告人の求めでOが直接被告人に面会して同制度について説明したことが認められる。

さらに、Lが被告人からプログラム等準備金制度について初めて聞いた時に、「租税特別措置法」と聞いたと供述していることなどからすると、Oから被告人に、同制度について、法律上の根拠を含めて一通りの説明がなされたことが窺われる。

(二) 役員会でプログラム等準備金制度の報告がなされた状況について

(1) 被告会社の役員会議事録にはプログラム等準備金についての記載があり、被告人自身も、役員会で同制度が話題に上ったことを認めている。その状況について、F、B、Aらは次のように供述している。

① Fは、捜査段階において、検察官に対し、「平成三年ころの取締役会で誰であったかよく覚えていないが、『Oから被告会社は青色申告法人だから、租税特別措置法のプログラム等準備金という制度の適用を受けることが可能であるから、その適用を検討したらどうかと勧められ、検討したところ、この制度を導入することにした』という報告を聞いた。被告人も、被告会社にとってかなりの節税効果をもたらすことから、会社経営者として、積極的にその導入を検討したようで、『Oから聞いたり、資料を送ってもらったりして検討したが、被告会社にとって、かなりの節税効果をもたらすすばらしい制度だ』などと言って喜んでいた」(甲五八)旨供述している。

他方、Fは、公判においては、「プログラム等準備金について、役員会で説明を受けたかと思うが、誰から説明を受けたか、どのような説明を受けたかは余り覚えていない。被告人が、被告会社にとってかなりの節税効果をもたらすすばらしい制度だと言ったのは聞いていない。プログラム等準備金が青色申告法人に認められた特典であるということは、認識していなかったと思う」(F一八回)旨供述している。

② Bは、検察官に対して、「平成三年の取締役会でプログラム等準備金の説明を受けた。L副社長か、経理のMだったかはっきりしないが経理担当者が、役員らに対し、『被告会社のようにコンピュータプログラムを開発している会社には、青色申告の特典としてプログラム等準備金という制度があり、売上のうちのかなりの部分をプログラム等準備金という形で内部留保できるので節税になるということです。検討した結果、来期からこれを導入することにしました』と説明し、被告人も、『そうなんだ。節税になるから、導入することにした』と言った」(甲四八)旨供述している。

他方、Bは、公判において、「平成三年ころの取締役会で、経理担当者からプログラム等準備金について説明があったが、優遇措置とか、青色特典とかいう言葉はなかった。優遇措置という認識はなかった。被告人が節税になるから導入することにしたとも言っていなかったと思う」(B一七回)と供述している。

③ Aは、公判において、「被告会社で平成四年一月期からプログラム等準備金制度を導入した前年の秋ころの役員会にMが来て、二、三分、プログラム等準備金という制度があって、相当節税になるという話を聞いた。役員たちは、ああ、節税になるならいいんじゃないかという形で終わった。準備金があるという言葉はあったが、内容等の説明は一切ない」(A二六回)旨供述している。

(2) 右各供述をみると、F及びBは、いずれも捜査段階では、プログラム等準備金について、「青色申告法人だから」、「青色申告の特典として」などとプログラム等準備金制度は青色申告が要件となっているという趣旨の説明があった旨供述しているのに、その後、公判になると、説明内容について明確な記憶がないとしながら、ことさらに、青色申告に係わる説明はなかったという点だけ明確に否定しており、不自然である。また、Aの供述も、プログラム等準備金について役員会で話題になったことを認めながら、内容について一切説明がなかったとする点で不自然である。同人らが被告会社の役員であり、青色申告の承認取消益が被告会社のほ脱所得に含まれるかどうかについて強い利害関係を有していることからすると、同人らの右公判供述は信用性に乏しい。

むしろ、Bは、青色申告の承認取消が検察官の取調べ以前から被告会社内で問題になっていた状況下において、取締役会で「青色申告の特典」としてプログラム等準備金制度についての報告がなされた旨の被告会社及び被告人に不利益となる虚偽の供述をすることは考えにくく、同人の捜査段階の供述は信用性を肯定できる。また、Fについても、Bと同様の立場にあったものであるから、右のような状況下で被告人や被告会社に不利益な供述をした捜査段階の供述は信用できる。

(3) そして、B及びFの捜査段階の供述によれば、被告会社の役員会において、プログラム等準備金制度について報告がされた際、同制度を導入すれば節税効果がある旨が報告されたことが認められ、さらに、同準備金が青色申告の特典であることの説明があったことも認められる。

(三) プログラム等準備金制度導入に際しての被告人の対応状況

被告人は、前記のように、Mに対し、わざわざOから直接説明を受ける機会を設けるよう指示し、また、「プログラム等準備金を利用した場合、コンピュータプログラムの開発に必要な外注費を経費として計上できなくなるのではないか」などと具体的な質問をしていること、被告人自身、捜査段階で「Oと会って、プログラム準備金制度の説明を受け、ディスカッションをし、自分でもプログラム準備金について勉強し、被告会社でも適用されるか、適用を受けた方がよいか検討した。その結果、被告会社でこの制度の適用を受けた方がよいと判断し、Oに手続をお願いした」(乙一五)と供述していること、前記Fの検察官に対する被告人のプログラム等準備金制度導入検討状況に関する供述等からすると、被告人自身が同制度に興味をもって、自ら積極的にその導入について検討していたことが窺われる。

(四) 以上、(一)ないし(三)で認められる諸事情に照らすと、被告人は、プログラム等準備金制度導入に相当関心を抱いており、また、理解がどの程度であったのかは別として、プログラム等準備金が青色申告の特典であることについての説明がなされた席にいたことがあり、その旨の説明を聞く機会があったと推認できる。

なお、被告人は、公判において、「Oに直接会って、プログラム等準備金というものがあって、認定されたプログラムの売上の二五パーセントが節税できると説明を受け、正直言ってびっくりして、話を聞いたりしたりしたが、『それは先生すごいですね、じゃあ、是非お願いします、先生さすがですね、なぜほかの先生はこんなことを教えてくれなかったんですかね』と話しただけで、プログラム等準備金制度について自分で勉強したことはない」(三〇回、三五回)と供述しているが、被告人に対して同制度の概要について説明がなされた旨のOやMの供述に反している上、社長である被告人がわざわざ顧問税理士に面会をしてまで同制度についての説明を求めたというのに、売上の二五パーセントが節税になるという説明しかなく、その根拠すら聞いていないというのは不自然であって、被告人の右供述は信用できない。

また、被告人は、「プログラム等準備金制度について最初に聞いたのは、雑談の中でMかLからである。Lが、私から同制度のことを初めて聞いたと供述しているのは、私とLがよく食事に行っていたから、そのときに、Mからも聞いていると思うけど、プログラム等準備金というのは何かすごいらしいねという形の切り口で話したような雰囲気であった。私の性格からして、プログラム等準備金が大体売上げの二五パーセントくらい節税できるということは入るが、専門用語をきちっと覚える性格ではないので、租税特別措置法に基づくということを私から聞いたというLの証言は、明らかに間違いである」(三〇回)などと供述している。しかし、Lがプログラム等準備金について聞いた相手が被告人であるということは、その旨供述するLの供述をMの捜査段階の供述が裏付けており、十分信用できるものであるのに対して、被告人は、逆に、Lからプログラム等準備金制度について聞いたかもしれないなどとあいまいかつ不合理な供述をしており、「被告人がLに対してプログラム等準備金制度の話をしたことはない」旨の被告人の右供述部分は信用できない。

4 プログラム等準備金制度導入後の状況

(一) Oは、公判において、「プログラム等準備金導入によりどれだけ節税できたかという初年度の手柄を強調したかったので、平成四年一月期の申告期限である三月末日の遅くとも一週間前に被告人に直接会って決算の原案を説明した。被告人からは、おかげさまで相当な節税ができて、先生の専門家としての腕のよさがわかりましたと言われた」(O二七回)旨供述している。

(二) 被告人も、公判において、「Oから最初の一回決算の説明を受けたことがある。五パーセント節税できるようになったという話があり、顧問料を上げた」旨(被告人三〇回)供述している。

(三) Mも、捜査段階では、「平成六年五月の申告までは、申告書に被告人の署名をもらっていたが、その際には、プログラム等準備金制度を使うことによりどれだけの効果が出ているかをOや私が数字をあげて説明した。同制度を利用した場合としない場合で具体的にどれだけの違いが生じるかを表にして、毎会計年度の税務申告にあたり、被告人にも申告書に署名してもらうときに見せていた」(甲五九)旨供述している。

(四) これらの供述は、いずれも相互に補強し合うもので、十分信用できる。したがって、被告人は、確定申告書に署名をしていただけでなく、プログラム等準備金による節税の効果についての報告も受けていたことが認められる。

5 会社関係者等のプログラム等準備金の青色特典に関する認識等

(一) Fの認識

Fは、捜査段階において、「私は平成五年四月から支援本部長という経理部門を統括する部署の責任者の地位にあったし、昭和六一年には被告会社の取締役になり、取締役会に出席していたので、被告会社が法人税の確定申告において青色申告をしているということは当然にわかっていた。青色申告が正しい記帳、帳簿類の備え付け、保存等が正しく行われ、正しい申告を前提とする制度であり、そのために税制上の優遇措置、特典が認められていることももちろん知っていた。不正な経理処理をすれば青色申告が取り消され、青色申告の税制上の特典が取り消されることも知っていた。プログラム等準備金が青色申告によって認められた税制上の優遇措置、特典であることももちろんわかっていた。平成四年以降、経理部門の責任者として、青色申告法人で利用可能な税制中の優遇措置については、常に研究してきた。平成八年ころには租税特別措置法によって認められた特典である輸入製品国内市場開拓準備金や製品輸入額が増加した場合の法人税額の特別控除という制度について導入できないか検討した。このような青色申告法人に認められる税制上の優遇措置について検討するときには、被告人にも報告していた」(甲五八)、「平成八年五月ころに、未払い費用の経理処理を巡って、税務署に利益操作と疑われて青色申告が取り消されるのではないかということをMが心配して言ってきたため、Mに指示してOに相談させたこともある」(甲一〇一)旨供述している。

右供述は、被告会社の経理責任者というFの立場から、不自然な点がなく、また、具体的で、客観的証拠(甲六五末尾資料)やMの公判及び捜査段階の供述にも合致するもので信用できる。

したがって、Fは、青色申告制度の内容や被告会社が青色申告法人であること、プログラム等準備金が同制度の特典であること、不正行為をすれば青色申告の承認が取り消されることをいずれも認識していたものと認められる。

なお、同人は、公判において、「青色申告の意味や、不正な経理処理をすれば青色申告が取り消され、税法上の特典が遡って取り消されることは、査察前は知らなかった。査察前は、プログラム等準備金が青色が前提ということは認識していなかったし、被告会社が青色申告法人であるということも意識したことはない」(F一八回)などと供述しているが、Fが査察前から青色申告が取り消されることを心配したり、プログラム等準備金以外の青色特典の導入を検討していた事実が客観的に認められるにもかかわらず、被告会社が青色申告法人であることすら意識していなかったとする内容は、極めて不合理であり、Fの右公判供述は到底信用できない。

(二) Bの認識

Bは、捜査段階で前記のとおり、役員会でプログラム等準備金が青色申告の特典であると説明があった旨供述しており、さらに、「プログラム等準備金という言葉を役員会で初めて聞き、被告会社のようなコンピュータプログラムを開発している会社に対する税制上の優遇措置があることを知った。その後の役員会で、経理担当の者から、プログラム等準備金が被告会社にも認められ、税制上の優遇措置が受けられたと報告を受けた」(甲四八)旨供述しており、同人も、プログラム等準備金が青色申告の特典としての税制上の優遇措置であることを認識していたことが認められる。

なお、同人は、公判では、「優遇措置という認識はなかった。プログラム等準備金が有利になるか不利になるかは当時私にはわからない」などと供述しているが、右供述が信用できないことは、前記3(二)(2)のとおりである。

(三) Mの認識

Mは、経理担当者としてプログラム等準備金制度導入についてOから直接説明を受け、資料を検討するなどしていたものであり、また、平成八年五月三日ころには、Fの指示により、Oに対し、被告会社の未払い費用の経理処理を変更をすると、青色申告取消処分になるのではないかとの質問をしたことに照らしても、当然にプログラム等準備金が青色申告法人の特典であることを認識していたものと認められる。

6 P及びNの各供述について

(一) 検察官は、被告人が、被告会社が青色申告法人であること、プログラム等準備金が青色申告法人に認められる制度であること、不正申告をすると青色申告の特典が受けられなくなることなどを認識していたと主張し、その根拠として、P及びNの供述を挙げているので、両名の供述を検討する。

(二) Pは、検察官に対し、「昭和六〇年九月ころ、被告会社の顧問税理士になってほしいという話があり、被告会社の会社事務所へ行き、直前の昭和六〇年一月期の決算書と確定申告書を見せてもらったところ、被告会社は青色申告法人だった。私は被告人に『青色申告の特典はぜひ生かしましょう。被告会社は業種からいって、青色申告の特典である電子機器利用設備取得や中小企業者の機械の特別償却が適用できるはずです。また、いろんな準備金の積立が認められるし、欠損金の繰り越し控除の適用も受けられますよ。私が関与していくうちに、適用できる青色申告の特典を生かしていきましょう』などと話した。被告人に、今後私が顧問税理士として被告会社の経理や確定申告を見ていく過程で適用が受けられる青色申告の特典を生かしていくと話した。次に、被告人に、『税金で得をすることは考えないでください。不正なことをして税金をごまかしたりすることはやらないで下さい。正しい申告をしないと、青色申告の承認が取り消されてしまい、青色申告の特典が受けられなくなって過去の分もだめになってしまいます。それだけでなく、重加算税とか余分な税金がかかってくることになってしまいます』などと話した。これは、私が常々顧問先等に対して言っていることである。被告人は、私の話をうなずきながら聞いており『そのことはよく分かっています。そのようなことは絶対にやりませんから』と言った。最初に被告人に会って顧問就任を承諾した後、顧問を辞めるまで、少なくとも五、六回は被告人に会って話したし、電話でも何回か話をしたことがある。被告人は、私から見て、会社経営者として必要と思われる税法や会計の知識を十分持っており、私の説明を十分理解していた。また、私が被告人に直接会ったときに、少なくとも二、三回は『税金で得をしようなどと考えないでくださいよ。正しい申告をしないと青色申告の承認が取り消されてしまい、青色申告の特典が受けられなくなり、過去の分もまとめてだめになってしまいます。重加算税とか余分な税金もかかってきますよ』などと話した」(甲六四)旨供述している。

Pの右供述は、Pが交通事故の遭遇する以前の供述であって、証人尋問において同人は供述することが不能で、反対尋問を経ていないものであることから、その信用性については慎重な検討が必要である。まず、右供述では、Pが被告人に対して「青色申告の特典を生かしていきましょう」などと話したとされているが、これを踏まえて、それら特典を利用した旨やその利用を検討した旨の供述が全くない。また、Lは、「P先生に、税制上のメリットが出せないかと何度も確認しておったが、特段ないということであった」(L二〇回)と供述していること、関係証拠からはPが被告会社の顧問税理士であった時代に何らかの青色特典を利用したとは窺われないことに照らすと、被告人に青色申告制度の特典や、不正行為をすると青色申告の承認が取り消されることなどを説明したとする供述部分の信用性には疑問がある。

(三) 被告会社設立時の顧問税理士であったNは、「昭和五八年二月中旬ころ、被告人がAかCと一緒に事務所に来て、口頭で顧問をお願いしますと依頼された。後日、税務署等への届け出など設立事務が終了して間もないころ、一番最初に会社におじゃましたとき、被告人に、『届け出しました、青色申告でないと損ですよ』と、損得だけで極めて短絡的に説明した。単に、青である、青のほうが得であるという説明しかしていない。そのとき、法人の設立届出書、青色申告の承認申請書などを見せた。会社が最初の決算を組んだとき、相当額の赤字が出ていたので、私の事務所で、被告人に、赤字が発生しているが、青色申告で得にできているので、赤字は繰越せますと説明した。被告人は、繰越欠損について、即座に理解し、質問はなかった」(N二〇回)旨供述している。

右供述は、最初の決算時に、社長である被告人に「青色申告法人だから赤字を繰り越せる」と説明したという内容自体は不自然なところはないものの、Nは、公判廷において、被告人を指してAかCであると言い、Aを指して被告人ではないかと証言しており、設立当時、経理関係を担当していたのがAであったこと(A二六回)に照らすと、Nが青色申告の説明をした相手がAであった可能性を否定できない。

(四) 以上の諸点、さらに両名の供述内容が供述時点から十年ないし十数年前の事柄であることをも考慮すると、P又はNの供述から、被告人において被告会社が青色申告法人であること等を認識していたものと認定することはできない。

7  まとめ

以上のとおり、①被告会社は、被告人が中心となって設立した法人で、設立時から青色申告法人であったこと、②被告人は、平成六年三月期までは被告会社の青色の法人税確定申告書に自ら署名をしていたこと、③被告人が出席する役員会では月次決算の資料や確定申告の結果に関する資料が配付されていたこと、④被告人は、被告会社の代表者として、積極的にプログラム等準備金制度の導入を検討し、自らその導入を推進したものであり、その際には、顧問税理士から直接説明を受けたり、経理担当者に質問をするなどしていたこと、⑤被告会社の役員会で、プログラム等準備金制度導入前に、同制度について報告がなされ、同準備金が青色申告の特典であることの説明があったこと、⑥被告人には、プログラム等準備金が青色申告の特典である旨の説明を聞く機会があったこと、⑦被告人は、プログラム等準備金制度を導入することにより節税になるとの認識を有しており、また、決算時には節税の結果の報告を受けていたのであり、少なくとも同制度が税制上の優遇措置であるということは認識していたこと、⑧被告会社の役員であるF及びB並びに経理課長であったMは、プログラム等準備金制度導入時に、同準備金が青色申告の特典であることを認識していたこと、⑨被告会社では、経理担当者がプログラム等準備金以外の青色特典の利用について検討したり、青色申告の承認が取り消されるのではないかと懸念して顧問税理士のOに質問するなどしていたこと、⑩被告人が自らの所得税について青色申告をしていたことなどの事情が認められる。

右のとおり、被告人が本件の「偽りその他不正の行為」を行った時点において、右①ないし⑩のような一般的状況及び被告人をめぐる特別事情が認められる。

以上を前提として、本件における「偽りその他不正の行為」とほ脱結果との因果関係をみるに、通常、このような事情の下においては、会社の代表者としてプログラム等準備金制度を自ら導入した経営者であれば、自らの会社が青色申告をしている法人であること、プログラム等準備金が青色申告の特典であること及びほ脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことを行為時において当然認識できる状況にあったと考えられる。また、前記諸状況に照らせば、本件当時、被告人においても、被告会社が青色申告法人であること及びプログラム等準備金が青色申告の特典であることを認識していた可能性があり、少なくとも、本件犯行時までにこれらを十分に認識する機会があったものと認められる。そして、被告人は、右のような状況下において、自ら中心となって架空の外注費を計上するなどの不正経理をして過少申告行為を行っており、結果的に被告会社について青色申告の承認取消に至ったものである。

他方で、本件プログラム等準備金に関する青色申告の承認取消益部分が本件過少申告行為とは無関係な特段の事情に基因したものと認め得る事情は見出せない。

以上検討したように、本件において、プログラム等準備金に関する青色申告の承認取消益は、被告人の過少申告行為と無関係に生じた結果とはいえず、被告人の行った「偽りその他不正の行為」との間に因果関係を肯定するのが相当である。したがって、本件ほ脱所得に算入すべきものと解される。

四  その他の弁護人の主張について

なお、弁護人は、青色申告の承認取消益のほ脱所得に占める割合が高いことから、本件は前記最高裁判例の射程外にあると主張するが、右承認取消益のほ脱所得に占める割合については、ほ脱犯の正否を左右する問題ではない。

また、法人税ほ脱犯における「偽りその他不正の行為」とは、前記のとおり、真実の所得金額よりことさら少ない所得を申告する行為と解されるから、弁護人の、青色申告の承認取消益に関しては偽りその他不正の行為を考えることができず、構成要件該当性がないという主張は採用できない。

以上より、プログラム等準備金相当額の青色申告の承認取消益算入に関する弁護人の前記各主張はいずれも採用できない。

第四  東京事務所経費、雑収入及び事業税認定損について

一  東京事務所経費について(別表1の(1)ないし(3)参照)

1 △△ビルにおける作業に係る経費は、被告会社の経費として認めるべきであるが、関係証拠を精査すると、平成八年三月期及び平成九年三月期において、被告会社の経費として認容すべきであるのに、検察官主張の東京事務所経費としては損金算入すべき経費として認容されていないものがあるので(検察事務官作成の捜査報告書《甲五》参照)、次のとおり、これを被告会社の経費として認容する。

(一) 女子アルバイト丙野花子の社会保険料について(別表1の(2)及び(3)の③欄)

検察事務官作成の捜査報告書(甲一三七)並びに××の平成七年一二月期及び平成八年一二月期の総勘定元帳(甲一一四、一一五)の法定福利費欄(番号六五三)によれば、平成七年一〇月から平成九年九月まで、△△ビルの女子アルバイト丙野花子(以下「丙野」という)の社会保険料の一部を××が負担していたことが認められ、これは被告会社の経費として認容すべきである。××負担分の金額を明記した証拠はないので、被告会社及び被告人に有利に計算することとし、丙野分が発生する前の平成七年六月から九月までの××の法定福利費の月計である三三万六四四九円と、丙野分発生後の同年一一月から平成八年九月までの同月計である三七万一六七九円との差額である三万五二三〇円から、丙野本人負担分である一万六一一七円を差し引いた一万九一一三円が、平成七年一〇月から平成九年三月まで月々××が負担していた社会保険料であると推認されるので、これを被告会社の経費と認める。

(二) 通信費について(別表1の(2)及び(3)の④欄)

証拠物を精査すると、平成七年三月七日に乙野名義で△△ビル四階に電話の設置をしたことを示す証拠(甲一一七のうちの日本電信電話株式会社東京支店作成の△△ビル四階××株式会社宛の電話移転に関する書面)並びに同年五月ないし八月分(甲一一八のうちの電話番号〇三―****―****に係る請求書三通)及び平成八年九月分及び一〇月分(甲一二四のうちの右と同様の請求書一通)の△△ビル四階に設置された電話料金の請求書が存在し、各請求書に記載された請求金額は××の総勘定元帳(甲一一四、一一五)の通信費(番号六七一)欄の電話料の記載と符合することから、××では△△ビル四階に電話を設置し、平成七年四月から平成九年三月までの二期の間、電話料金を支払っていたものと認められる。証拠物中に請求書が存在しない月についても、証拠物(甲一一六ないし一一九)中右以外の電話の請求書などを区別して精査すると、△△ビル設置の電話料金は総勘定元帳上特定可能であり、右二期分にわたる通信費(別表1の(2)及び(3)の④欄)は、被告会社の経費として認容できる。平成九年一月ないし三月の電話料金については、証拠上その確定金額は不明であるが、平成八年四月から同年一二月までの電話料金の平均額である一万一三四八円を経費として認容する(なお、平成七年四月分の料金《平成七年四月一日から同月三〇日の基本料金と同年三月七日から二〇日の通話料。ただし、現金払いとなっているため五月に計上》については、請求書がなく、総勘定元帳上も特定できないが、平成七年五月分《現金払いとなっているため六月に計上》の請求書の記載から三一七二円と認められ、また、平成七年三月分《現金払いとなっているため四月に計上》の料金は、平成七年三月七日から同月三一日の基本料金を日割り計算した額であるから、二五三三円と認められる)。

(三) 広告宣伝費について(別表1の(2)及び(3)の⑤欄)

関係証拠(甲一二八《そのうち信和通信社から××株式会社宛の請求書一通》)から、平成九年二月二八日ころ、××が広告料(五万九七四〇円)を支払ったものと認められ、これは被告会社の経費として認容する(なお、関係証拠《甲一一九のうちの株式会社リクルートフロムエーから××株式会社D宛の請求書二通》によれば、××の平成八年一二月期の総勘定元帳の広告宣伝費欄《番号六六二》の一月三一日の記載及びこれに基づいた東京事務所経費に係る捜査報告書《甲五》の記載《八万一四〇〇円》は、八万二四〇〇円の誤りであると認められる。)。

2 なお、東京事務所経費に係る捜査報告書(甲五)においては、経費として××の総勘定元帳に記載されている公表金額に簿外で支出した経費として認容すべき費用を加えた合計金額(甲五の「東京事務所経費合計表」の各月④欄)と、乙野が毎月被告人に架空外注費を還流させる前に経費を差し引いていた際に作成していた経費メモに経費として記載された金額(同表の各月①欄)を比較して多額である方を各月の被告会社の経費として認容しているから、新たに認容すべき経費(別表1の(2)及び(3)の③ないし⑤欄)を前記合計金額(前同両表②欄)に加算した上、その加算した金額(前同両表⑥欄)と経費メモ記載の経費の金額(前同両表①欄)の多い方から脱税経費等(前同両表⑦欄)を差し引いた金額(前同両表⑧欄)を東京事務所経費として認容することとする(捜査報告書《甲五》の「東京事務所経費合計表」の平成八年三月期及び平成九年三月期の「⑨○○(株)の経費認容額(税込)」欄の金額を別表1の(2)及び(3)の⑧欄のとおり修正し、捜査報告書《甲五》の二頁の「東京事務所経費合計表」の前同二期に関する金額を別表1の(1)のとおり修正する。)。

二  雑収入について(別表2の(1)ないし(5)参照)

1 被告会社は、消費税について税抜経理を採用していることから、平成八年三月期及び平成九年三月期における東京事務所経費の認容額を別表1の(1)のとおり変更することに伴い、消費税の再計算を行うとともに、仮払消費税額も再計算することとなる。そのため、仮受消費税と仮払消費税の精算に伴う雑収入額(甲七関係)に変更が生じる。

2(一) すなわち、平成八年三月期については、被告会社の経費として認容する東京事務所経費(課税仕入れとならない給料及び法定福利費《以下「給料等」という》を除く)を別表1の(1)の「経費認容のうち課税分」欄のとおり九〇九万二六円に変更することに伴い、当該経費に含まれる消費税額が二六万四七五八円となる(同表の「消費税額」欄)。平成八年三月期は、消費税の控除対象仕入税額について簡易課税が適用されるので、東京事務所経費に係る仮払消費税は二六万四七五八円となり、これを雑収入から減算する(捜査報告書《甲七》三頁雑収入明細書を別表2の(1)のとおり修正する。)。

(二) 次に、平成九年三月期については、消費税の控除対象仕入税額につき本則課税が適用されるので、被告会社の経費として認容する東京事務所経費(課税仕入れとならない給料等の金額を除く)を別表1の(1)の「経費認容のうち課税分」欄のとおり一〇二三万九一八九円に変更することに伴い、仕入に係る仮払消費税の再計算(別表2の(3))及び消費税額の再計算(別表2の(4)及び同2の(5))を行い、別表2の(2)のとおり、公表計上の仮受消費税から再計算した仮払消費税を控除した金額と再計算した消費税額(未払消費税額)との差額を消費税に係る雑収入の金額とする(捜査報告書《甲七》三頁雑収入明細書を別表2の(1)のとおり修正する。)。

(なお、公表上の仮受消費税の金額《五億七四一〇万六〇二〇円。別表2の(2)の調査額の①欄及び別表2の(3)の公表金額》は、被告会社が決算計上した仮受消費税の金額であるから、正当な消費税額を計算する過程における課税売上の対象となる仮受消費税額《別表2の(5)の「課税売上合計」に係る②仮受消費税額。五億七三九八万四三二八円》とは異なっている。)

三  事業税認定損について(別表3参照)

平成八年三月期の所得金額が後記四のとおり一五億八一三七万三八四九円となるため、これを前提に、平成九年三月期の事業税認定損の金額を再計算すると、別表3のとおり、一億七五五二万一二〇〇円となる。

四  平成八年三月期及び平成九年三月期の所得金額及びほ脱税額等

右のとおり検察官が主張する平成八年三月期及び平成九年三月期における東京事務所経費、雑収入ないし事業税認定損の金額を変更すると、別紙2、3の修正損益計算書及び別紙4のほ脱税額計算書のとおり、被告会社の平成八年三月期における所得金額は一五億八一三七万三八四九円、ほ脱税額は五億五九一二万三五〇〇円と、平成九年三月期における被告会社の所得金額は一八億五三四六万七六一五円、ほ脱税額は六億四七六〇万二〇〇円となる。(法令の適用)

一  罰条

1 被告会社 第一ないし第三の各事実につき、いずれも法人税法一六四条一項、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項、法人税法一五九条二項(情状による)

2 被告人 第一の行為

平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項

第二及び第三の各行為

いずれも刑法六〇条、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項

二  刑種の選択 被告人につき、いずれも懲役刑を選択

三  併合罪の処理

1 被告会社 刑法四五条前段、四八条二項

2 被告人 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第三の罪の刑に法定の加重)

四  未決勾留日数 被告人につき、刑法二一条

五  訴訟費用  被告会社及び被告人につき、刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

本件は、コンピューターのソフトウェアの開発及び販売等を目的とする被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括掌理していた被告人が、プログラム開発等を目的とする株式会社の代表取締役と共謀して、架空外注費を計上するなどの方法により被告会社の所得を秘匿して行った法人税の過少申告ほ脱の事案である。

本件のほ脱税額は三期合計約一五億八〇〇〇万円余りと極めて高額であり、通算のほ脱率も94.6パーセントと高率である。本件の犯行態様は、脱税の協力会社宛に予め架空の注文書を送付して架空の請求書を作成させ、定期的に架空の外注費を計上して、手数料を支払って簿外で現金を還流させていたというものであり、特に、平成七年一月からは、被告会社の役員に協力会社名義で賃借した事務所で仕事をさせて架空外注費の計上額を増加させ、また、簿外資金を保管する金庫を設置する事務所を賃借していたなど、被告会社の役員をも巻き込んだ計画的で巧妙な犯行である。共犯者である協力会社の代表者にも自らの利得を得る意図があったとはいえ、被告人が本件の首謀者であることは明らかである。被告人は、本件の動機について、公判廷で、取引先との関係や従業員の慰労のためには領収書のもらえない資金が必要であるとか、自社ビルの購入のために裏金が必要であったなどと縷々述べているが、そのような発想は、納税義務を無視したものであり、酌量すべき事情に当たらない。本件のほ脱所得は、その大部分が現金で保管されていたとはいえ、共犯者への脱税協力金として支払われているほか、役員賞与として配布したり、社員旅行の際の小遣いや従業員共々の飲食にも費消されている。これらのことからすると、被告会社及び被告人の刑事責任は重いというほかない。

他方、本件において、プログラム等準備金に係る青色申告の承認取消益は、三期総額で、被告人が意図的に行った架空外注費の三倍以上の金額となっており、本件のほ脱所得の大半を占めているが、これが本件犯行後の承認取消によるものである点は、量刑上相当程度しん酌すべき事情である。また、被告会社は、本件ほ脱に係る法人税を含め、本税、附帯税合計約四五億八三八四万円を予納していること、本件後、金融機関から招請した者に金銭の管理を一切任せるなどの再発防止策をとっていること、被告人は、昭和五八年に被告会社を設立して代表取締役に就任し、自動車部品商や自動車整備業向けのソフトウェア等を開発、販売するなどして、その手腕によって従業員が約一五〇〇名になるまでに同社を発展させたほか、日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会の理事に就任し、ソフトウェア業界の発展にも寄与したこと、今後の被告会社の経営にも、被告人の存在が重要とみられること、被告人は、本件による逮捕後保釈されるまで、既に約一一ヶ月間の身柄拘束を受けていること、被告人の帰りを待つ妻がいること、被告人には前科・前歴がないことなど酌むべき事情も存する。

以上の諸事情を総合考慮すると、被告人甲野については、有利な事情を最大限しん酌してもなお、本件の重大性に照らすと主文掲記の実刑はやむを得ないところであり、被告会社については主文の刑が相当と判断した。

(求刑 被告会社につき罰金二億五〇〇〇万円、被告人につき懲役三年)

(裁判長裁判官・池田耕平、裁判官・佐藤基、裁判官・關紅亜礼)

別紙一〜四<省略>

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