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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)112号 判決 2001年12月18日

原告

A合名会社

代表者代表清算人

被告

葛飾税務署長 松上秀晴

訴訟代理人及び指定代理人は別紙訴訟代理人・指定代理人一覧のとおり

主文

本件請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が平成9年5月30日付けで原告に対してした残余財産の一部分配に係る法人税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

第2事案の概要

本件は、被告が、原告に対し、清算中の原告において、その所有財産である土地を清算人に分配して、残余財産の一部分配を行ったにもかかわらず、その申告がされていなかったとして、法人税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を行ったところ、原告が、上記土地は原告所有財産ではないから、残余財産の一部分配はされていないと主張して、上記各処分の取消しを求めた事案である。

1  法令の定め

(1)  清算中の法人に対する法人税の課税について

清算中の法人に対しては、その残余財産が確定した場合に、清算所得について法人税が課されるものとされているが、清算中に生じた各事業年度の所得に対しては、原則として、各事業年度の所得に対する法人税が課されない。

(法人税法(平成6年法律第42号による改正前のもの。以下「法」という。)5条、6条)

そして、清算所得の法人税について、予納制度が定められており、清算中の法人は、原則として事業年度ごとに、清算中の所得に係る予納申告として、一定の事項を記載した申告書を提出しなければならない。

(法102条)

また、法人が、その清算中に残余財産の分配をしようとする場合において、その分配をしようとする残余財産の価額がその解散の時における資本等の金額及び利益積立金額等の合計額を超えるときは、残余財産の全部の分配をする場合を除き、分配のつど、その分配の日の前日までに、その資本等の金額及び利益積立金額の合計額を超える部分の金額を残余財産確定の場合の清算所得の金額(法93条)とみなして計算した場合における法人税の額その他所定の事項を記載した残余財産分配予納申告書を税務署長に提出しなければならない。

(法103条)

残余財産分配予納申告書には、当該法人の名称、納税地や清算人の氏名住所等所定の事項を記載するものとされているが、このうち、法人税法施行規則(平成7年大蔵省令第13号による改正前のもの。以下「施行規則」という。)別表19(二)及び(三)に定めるものの記載については、これらの表の書式によらなければならないとされている。

(施行規則45条)

そして、上記残余財産の予納申告書を提出した法人は、当該申告書の提出期限までに、当該申告書に記載した法人税額を国に納付しなければならない。

(法106条)

(2)  租税特別措置法(平成6年法律第109号による改正前のもの。以下「租特法」という。)による減税措置

個人の有する土地等が、公有地の拡大の推進に関する法律(昭和47年法律第66号)6条1項の協議に基づき土地開発公社に買い取られる場合、原則として、譲渡所得の特別控除額が1500万円とされるなど、税法上の特例措置が定められている。

(租特法34条の2第1項、同条2項4号)

そして、資産の譲渡者がこれらの特例の適用を受けるためには、当該土地を公有地の拡大の推進に関する法律第6条1項の協議に基づき買い取ったものである旨を、事業施行者が証明する書類を確定申告書に添付することが必要とされている。

(租税特別措置法施行規則17条の2第1項6号)

2  前提となる事実(以下の事実は、各項末尾に掲げた証拠等により認定した。)

(1)  原告の解散に至る経緯等

ア 原告は、昭和14年6月1日、代表社員を乙(以下「乙」という。)、乙の妻である甲及び乙の長男である丙(以下「丙」という。)を社員として設立された合名会社であったが、昭和40年12月13日に乙が死亡した後、丙が原告の代表社員となった。

(争いのない事実)

イ 乙の死亡時点において、別紙土地目録第1記載の各土地の不動産登記簿上の所有者の名義は、原告とされていた。

(甲3の1・2、乙7、8の6、9)

ウ 別紙土地目録第1の5記載の土地は、昭和55年12月12日、二筆に分筆された上、一筆については、昭和56年12月2日付け売買を原因とする株式会社Bに対する所有権移転登記が、もう一筆については、昭和55年12月19日付売買を原因とする丁及び戊に対する所有権移転登記が、それぞれされている。

(乙5、7)

エ 甲、乙の次女である己、乙の三女である庚、乙の四女である辛及び乙の五女である壬(以下、これら5名を併せて「甲ら」という。)は、平成5年7月20日、原告及び丙を相手方として、原告の代表取締役の職務執行停止の仮処分の申立てをした。

上記仮処分事件について、丙、甲ら、原告の間で、平成5年9月20日、別紙審尋調書(第一)(和解)添付の和解条項のとおりの和解が成立した(以下「本件和解」という。)。

(争いのない事実)

オ 上記和解を受けて、平成5年10月4日、同年9月20日付けで丙が代表社員を辞任し、甲が代表社員に就任した旨の登記がされた。

(乙10)

さらに、同年10月21日、別紙土地目録第1の1記載の土地を同目録第2の3ないし6に分筆する旨、同目録第1の2記載の土地を同目録第2の1と同7に分筆する旨、同目録第1の3記載の土地を同目録第2の2と同8に分筆する旨の登記がされた。

(甲3の1・2、乙8の1ないし5)

そして、平成6年1月27日、昭和40年12月13日付けで己、庚、辛及び壬が、原告に社員として入社した旨の登記並びに平成5年12月30日付けで原告が総社員の同意により解散した旨た旨の登記がされた。

(乙10)

こうして、原告は、甲を代表清算人、己、庚、辛及び壬を清算人とする清算中の法人となった。

(争いのない事実)

カ 甲ら及び丙は、平成6年12月6日、本件和解に基づいて協議(以下「本件協議」という。)を行い、その結果、別紙土地目録第2の1及び2記載の土地を甲が、別紙土地目録第2の3ないし7記載の土地を己、庚、辛、壬が各4分の1ずつ、別紙土地目録第1の4及び同目録第2の8を丙がそれぞれ取得することが決定された。

(弁論の全趣旨)

キ 甲らは、平成6年12月27目、D公社との間で、甲については、別紙土地目録記載第2の1及び2記載の土地を代金額合計2億4689万2480円で譲渡する売買契約を、己、癸、辛及び壬については、同目録第2の3ないし7記載の土地を代金額合計1億9696万6160円で譲渡する売買契約をそれぞれ締結し、同日、甲らは、上記各土地を同公社に引き渡した(以下、上記二つの売買契約を併せて「本件譲渡」といい、別紙土地目録第2の1ないし7記載の土地を併せて「本件土地」という。)。

なお、同日受付で、同日付買収を登記原因として、原告からD公社に対し所有権が移転された旨の所有権移転登記がされている。

(争いのない事実)

(2)  原告に対する課税経緯等

ア 原告は、平成7年7月31日、被告に対し、施行規則別表19(一)に定められた書式(清算事業年度予納申告分)を使って、「平成6年6月1日から平成7年5月31日までの清算中の事業年度分の残余財産分配予納申告書」と題する書面を作成し、所得金額を4億0526万1351円、納付すべき法人税額を1億3373万6200円とする申告書を提出した。

そして、上記申告書には、貸借対照表、本件譲渡に係る利益4億4371万2044円を特別利益として計上した損益計算書、「残余財産の一部分配の場合のこの申告に係る分配額」の欄に4億0536万4351円、「解散時の資本の金額又は出資金額」の欄に13万円、「清算所得金額」の欄に4億0526万1351円とそれぞれ記載した施行規則別表19(3)の「清算所得の金額の計算に関する明細書」がそれぞれ添付されていた。

なお、上記貸借対照表には、借入金等の負債及び根抵当権が設定されている土地が資産として計上されている。

(争いのない事実)

イ 被告は、平成9年5月30日、原告に対し、清算所得金額を4億4372万8640円、納付すべき法人税額を1億4643万200円とする残余財産の一部分配に係る法人税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税2196万4500円の賦課決定処分(以下「本件加算税賦課処分」という。)をした。

なお、被告は、同日、原告に対し、平成6年6月1日から平成7年5月31日までの清算中の事業年度の法人税について、所得金額を3億4945万4651円、納付すべき法人税額を818万4200円とする更正処分をした。

(争いのない事実)

ウ 原告は、平成9年6月13日、被告に対し、本件決定処分及び本件加算税賦課処分について、異議申立てをしたが、被告は、同年10月14日付けで、異議を棄却する旨の異議決定をした。

(争いのない事実)

エ 原告は、平成9年11月15日、国税不服審判所長に対し、本件決定処分及び本件加算税賦課処分について、審査請求をしたが、同所長は、平成11年2月25日、これを棄却する旨の裁決をした。

(争いのない事実)

3  当事者双方の主張

(被告の主張)

(1) 本件決定処分の根拠について

ア 残余財産分配額 4億4385万8640円

上記金額は、原告の清算期間中である平成6年12月27日に、原告が、原告の清算人である甲らに分配した残余財産の価額である。

すなわち、原告は、本件譲渡のされた平成6年12月27日、清算人らに対し、原告が所有していた本件土地を原告の残余財産として分配したものであり、本件土地の分配後も、原告は負債である借入金等や、資産である根抵当権が設定された土地を有しており、原告の残余財産の確定があったとはいえないことから、上記の分配は、残余財産の一部分配であるというべきである。

そして、残余財産の分配が現物で行われる場合には、その現物の時価相当額がその残余財産の分配の価額となると解され、残余財産分配の日である上記平成6年12月27日における本件土地の時価は、本件譲渡の代金額に一致すると認められることから、原告が清算人らに対し残余財産の一部として分配した価額は、上記金額となる。

イ 解散時の資本等の金額 13万円

上記金額は、原告が解散時における出資金の額である。

ウ 清算所得金額 4億4372万8640円

上記金額は、前記アの残余財産分配額4億4385万8640円から、前記イの解散時の資本等の金額13万円を控除した金額である。

エ 納付すべき法人税額 1億4643万200円

上記金額は、前記ウの清算所得金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項の規定により1000円未満の端数切捨て後のもの)に清算所得の法人税の税率100分の33(法99条1項)を乗じた金額(通則法119条1項の規定により、100円未満の端数切捨て後のもの)である。

オ 結論

本件決定処分に係る原告の残余財産の一部の分配については、その分配をする本件土地の価額が、原告の出資金額及び利益積立金額の合計額を超えるから、法103条1項の規定により残余財産の一部分配に係る予納申告書をその分配の前日までに提出しなければならないところ、原告はこれをしていなかったのであるから、被告が同項の規定に基づいて計算した金額を清算所得の金額とみなして行った本件決定処分は適法である。

(2) 本件加算税賦課処分の根拠

被告は、本件決定処分に伴い、通則法66条1項の規定に基づき、本件決定処分により納付すべきこととなった上記法人税額1億4643万円(通則法118条3項の規定により1万円未満の端数切捨て後のもの)に、100分の15を乗じた金額である2196万4500円を無申告加算税として賦課決定したものである。

原告は、平成7年7月31日に本件土地の売却益を特別利益とする法102条による清算中の所得に係る予納申告書のみを提出しており、残余財産の一部分配に係る申告はしていないが、原告には通則法66条1項ただし書所定の正当な理由があるとは認められない。

(3) 原告の主張に対する反論

ア 事前協議について

原告は、本件決定処分及び本件加算税賦課処分について、事前協議において、本件土地が乙の個人で所有していた遺産であることを確認していたにもかかわらず、原告所有の土地であることを前提とした課税となっており、禁反言の原則に反し、許されないと主張する。

しかし、被告が、本件土地が乙の個人所有であったことを認めた事実はない。

そもそも、事前協議は、特例制度の的確かつ円滑な運用を図るため、事業の施行者が資産の買取り等に着手する前に、税務当局とその特例の適用に関して協議を行う慣行によって行われているものであり、その実態は、税務当局が、事業施行者からの申出に伴い提出された一件書類に基づいて、特例を規定する条文に照らし、形式上、証明書が発行できる事業に該当するか否かを判断する確認作業である。

本件譲渡に関しても、事業施行者であるD公社と被告との間で事前協議が行われているが(以下「本件事前協議」という。)、本件事前協議において、被告は、甲らが、その個人所有の土地を公共事業のために譲渡した場合に特例制度の要件を満たすこと、すなわち、D公社が行う本件土地の買取りが、公有地の拡大の増進に関する法律に基づく買取りであることについての確認作業を行ったにすぎず、甲らの本件土地の取得原因が相続であるか否かを確認したものではない。

イ 葛飾税務署法人第1部門上席調査官C(以下「C調査官」という。)との面談について

原告は、C調査官との協議により、本件譲渡について、原告が所得税33%に見合う税金を支払うことにより、本件全てを終結し、今後一切課税しないとの合意が成立していたと主張する。

しかし、C調査官が、原告や原告関係者と上記のような合意をしたことは一切ない。

(原告の主張)

(1) 残余財産を一部分配した事実がないこと

本件土地は、もともと乙が個人で所有していたものであり、原告の所有財産となったことはない。

そして、乙の死亡後、相続人である丙及び甲らが本件土地を相続し、本件和解及び本件協議の結果、甲らが本件土地を取得することとなったものである。

したがって、原告が残余財産の一部分配として本件土地を甲らに分配した事実はなく、本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、課税要件を欠いており、違法である。

(2) 本件事前協議に反するため、禁反言の原則に反すること

甲らは、D公社から本件土地の売却を強く要請され、葛飾区の福祉のためにやむなく、本件譲渡について減税措置が受けられることを条件に、上記要請に応じたものである。そして、被告は、本件事前協議において、本件土地が乙の遺産であり、本件譲渡に関し、租特法34条の2第2項4号の規定に基づく特例措置が適用されることを了解していた。

そこで、甲らは、被告が、本件事前協議により、本件土地が乙個人所有の財産を相続により取得したものであることを認めており、本件土地譲渡について、上記特例による減税措置を必ず受けられるものと信頼して、本件譲渡を行った。

そうすると、本件土地が原告所有であったことを前提とする本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、甲らの上記信頼に反し、過大な課税処分を行ったものであり、禁反言の原則に反するものであり、違法である。

しかも、本件譲渡について、己は、栃木税務署に対し個人資産の譲渡として所得税の確定申告書を提出し、なんらの処分も受けていないことに照らすと、本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、税務署ごとに取り扱いを異にするものであって、公平性をも欠いており、違法である。

(3) 課税合意に反するため、禁反言の原則に反すること

仮に、本件土地が原告所有財産であり、残余財産の一部分配として甲らに分配された事実があるとしても、原告とC調査官との間で、平成7年7月31日、本件譲渡に関して、原告が所得税33%に見合う税金1億1889万1482円を支払えば、葛飾税務署はそれ以上の課税は行わないとの合意が成立し、この合意に基づいて、原告は、同額の税金を納付した。

したがって、本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、上記合意に反するものであり、禁反言の原則に反し、違法である。

(4) 清算所得の金額算定に誤りがあること

仮に、本件土地が原告所有財産であり、残余財産の一部分配として甲らに分配された事実があるとしても、残余財産の価額の算定において、本件譲渡代金相当額から本件土地に関し甲個人が負担した費用合計702万0504円が控除された上で算定されるべきである。

ところが、本件決定処分においては、本件土地の譲渡代金額をそのまま残余財産の価額としていることから、その算定方法に誤りがあるというべきであり、違法である。

(5) 無申告加算税が違法であること

原告は、本件譲渡について、平成7年7月31日、残余財産の一部分配の予納申告書を提出しており、無申告ではない。

したがって、本件加算税賦課処分は、無申告加算税を課すべき要件を欠き、違法である。

仮に、平成6年12月27日に残余財産の一部分配として本件土地が分配されたものであるとして、申告期限である平成6年12月26日までに申告していないことから、無申告であるとされたとしても、葛飾区の強い要請を受けて、甲ら個人の資産売却であることを被告も了解した上で、本件譲渡が行われたにもかかわらず、葛飾税務署から、本件譲渡に係る個人としての譲渡所得の申告を拒絶されたこと、原告は、それ以後継続的に葛飾税務署と交渉を続け、最終的に、C調査官の指導を受けて、平成7年7月31日に、本件譲渡に係る法人税の申告をしたことなどの事情が認められることからすれば、予納申告期限を過ぎて申告したことには正当な理由があるというべきである。

4  争点

以上によれば、本件の争点は次のとおりである。

(1)  甲らは、本件土地を、乙の個人所有財産を相続して取得したものであるか、あるいは、原告所有財産を残余財産の一部分配として取得したものであるか。

(争点1)

(2)  本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、本件事前協議に反し、禁反言の原則に反するか。

(争点2)

(3)  本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、原告とC調査官の間でされた課税合意に反し、禁反言の原則に反するか。

(争点3)

(4)  清算所得金額の算定に誤りがあるか。

(争点4)

(5)  本件加算税賦課処分の適法性

(争点5)

第3当裁判所の判断

1  争点1について

(1)  証拠等によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件土地は、いずれも、昭和34年4月17日受付で、原告を所有者とする所有権保存登記がされている。

(争いのない事実)

イ 原告の昭和55年6月1日から昭和56年5月31日までの事業年度(以下「昭和56年5月期」という。)の法人税の確定申告書及び昭和56年6月1日から昭和57年5月31日までの事業年度(以下「昭和57年5月期」という。)の法人税の確定申告書に添付されている「固定資産(土地、土地の上に存する権利及び建物に限る。)の内訳書」(以下「固定資産の内訳書」という。)及び「土地の売上高等の内訳書」には、葛飾区白鳥所在の宅地の一部が二度にわたって売却されている事実が記載されており、当該確定申告書において法人所有土地の売却による土地の売却益が申告されている。

上記売却の事実は、別紙土地目録第1の5の土地についての前提事実記載の所有権移転登記に記載された事実と一致する。

(乙4ないし7)

ウ 原告の昭和57年6月1日から昭和58年5月31日までの事業年度(以下「昭和58年5月期」という。)の法人税の確定申告書に添付された「固定資産の内訳書」には、葛飾区白鳥所在の宅地に係る期末現在高22万1903円の記載があり、当該金額は、昭和58年5月期の確定申告書添付の貸借対照表の土地勘定の金額と一致する。

(乙3)

エ 昭和58年5月期の確定申告書に添付の貸借対照表の土地勘定の金額である上記22万1903円は、原告が平成7年7月31日に提出した予納申告書に添付された損益計算書の特別利益の部に本件土地の簿価として記載されている14万6596円と同予納申告書に添付されている平成7年5月31日現在の貸借対照表に資産として計上されている土地勘定の金額7万5307円とを合計した金額に一致する。

(乙3、12)

オ 昭和56年5月期、昭和57年5月期及び昭和58年5月期の原告の確定申告書添付の上記各「固定資産の内訳書」に記載されている葛飾区白鳥所在の宅地には、本件士地が含まれている。

(争いのない事実)

(2)  以上の事実に前提事実を併せて検討すると、本件土地の所有者は、昭和34年に所有権保存登記がされてから、本件譲渡に至るまで、登記簿上一貫して原告とされていたこと、丙は、原告の代表者であった当時、本件土地が原告所有であることを前提とした確定申告等の財務処理を行っていたこと、本件和解調書には本件土地について「A合名会社所有」と明記されていることが認められる。

そうすると、少なくとも乙死亡の時点において、本件土地を所有していたのは、乙個人ではなく、原告であったものと認められる。

これに対し、原告は、本件土地を取得した時期は、原告が設立される以前の昭和13年ころであり、その購入資金も、乙が個人で営業していた金属加工業により得た収入であるから、本件土地は、乙個人で取得したものである、原告を所有者とする所有権保存登記がされているのは、戦後、本件土地が区画整理地となり、区画整理事業に際し、職権により、土地利用者にすぎない原告を所有者とする保存登記がされたと推測されると主張する。

しかし、原告代表者の供述においても、本件土地の取得時期や取得原資は必ずしも明らかではなく、本件土地は、原告の設立前に乙個人が取得したものであるとの原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

しかも、仮に、乙個人が、昭和13年ころに本件土地を取得したとしても、そのことと、乙の死亡時において本件土地が原告所有であるという事実とは、直接に矛盾するものではない。また、所有権保存登記がされた経緯に関する主張については、証人Eが、これに沿う証言をするものの、同証人自身の推測を述べるものにとどまり、ほかにこれを裏付ける証拠もないから、原告の上記主張は、前記認定を左右するものとはいえない。

また、原告は、本件土地を含む乙の遺産の分割について、丙と甲らとの間に生じた紛争を解決するために、丙との間で本件和解などを行ったのであり、乙の遺産分割をめぐる話合いの結果として、本件土地を甲らが所有することになったと主張し、原告代表者は、本件土地が乙の遺産であると思っていたと供述している。

しかし、原告という合名会社の社員権自体が、乙の遺産という側面を有していることからすれば、乙の遺産分割協議の中に、原告所有の財産の処分に関する事柄が含まれていても不自然なことではなく、現に、前提事実記載のとおり、乙の遺産に関する話合いは、原告の代表取締役の職務執行停止の申立事件を通じて行われていること、前提事実記載のとおり、本件協議において甲ら及び丙がそれぞれ取得する不動産を決定するのに先だち、己、庚、辛及び壬を原告の社員とする旨の登記手続と原告の解散登記手続とが同時に行われているが、これらの登記手続は、本件土地を含む原告所有財産を丙及び甲らに分配することを目的として行われたものとも推測できることなどを考慮すると、原告が主張するように、乙の遺産分割協議の中で本件不動産の取得者が決定されたとしても、そのことから本件土地が乙個人の遺産であると認めることはできない。

そして、原告代表者が、本件土地を乙の遺産とした相続税の申告をしておらず、本件和解においても、本件土地が原告所有と明記されていることに対して特段の異議を述べていなかったこと(原告代表者)などからすれば、本件土地は乙個人の遺産であると思っていたとの原告代表者供述は採用できない。

以上によれば、本件土地は、少なくとも乙の死亡時点においては原告の所有する財産であったと認められるから、甲らが、個人として、本件土地をD公社に売却するに先だって、原告は、残余財産の分配として、清算人である甲らに対し、本件土地を分配していたものと認めることができる。そして、平成7年7月31日に原告から提出された申告書によれば、原告には、上記分配後も資産と負債があると認められることからすれば、上記の分配は、残余財産の一部分配として行われたものというべきである。

2  争点2について

(1)  証拠等によれば、以下の事実が認められる。

ア D公社は、平成6年3月、税理士E(以下「E税理士」という。)を通じて、甲らに対し、本件土地を白鳥地区「障害者福祉館、高齢者用区民住宅」用地として売却して欲しいと申し入れたが、甲は、自身が高齢であって、本件土地に永年住み慣れていて、今後も住み続けたいという希望があったため、これを断った。

(原告代表者、証人E)

イ 甲らは、その後再度、葛飾区から本件土地を譲渡して欲しいという申入れを受け、D公社事務局長F(以下「F事務局長」という。)から、租税特別措置法による減税措置があることなどの説明を受けた。

(原告代表者、証人E)

ウ F事務局長は、平成6年10月ころ、甲ら及びE税理士に対し、「租税特別措置法関係」と題する書面を示しながら、本件土地をD公社に譲渡した場合、売主に課税される譲渡所得税については、公有地の拡大の推進に関する法律に基づく譲渡として、租税特別措置法に基づく減税の特例措置が受けられること、この特例措置を受けるためには、税務署との事前協議によって税務署の確認を受ける必要があること、事前協議の手続などはD公社が行うことなどを説明した。

(証人E、甲4)

エ そこで、甲らは、本件土地を売却しても減税措置を受けることができ、そのための手続も葛飾区あるいはD公社が責任をもって行ってくれるものと考え、本件土地をD公社に売却することを決意した。

(原告代表者)

オ 甲らは、平成6年11月29日、「土地買取希望申出書」を記入し、D公社が、これを東京都に対して提出し、東京都は、同月30日、土地買取協議団体決定通知書を発行した。

(甲5、15、乙14の1・2)

カ 税法上の特例制度の的確かつ円滑な運用を図るため、事業の施行者が資産の買取り等に着手する前に税務当局との間で慣行として行われている、特例の適用に関する事前協議として、本件譲渡に関し、D公社と被告との間において、本件事前協議が行われた。

(争いのない事実)

キ F事務局長は、E税理士及び甲らに対し、本件事前協議の結果、被告が、本件譲渡について、本件特例措置が適用されることを認めたという説明をした。

(証人E)

(2)  以上の事実を前提として、本件事前協議の内容について検討する。

原告は、本件事前協議において、本件土地の真実の所有者は、乙の遺産相続として本件土地を取得した甲ら相続人であり、甲ら個人から本件土地がD公社に本件土地が譲渡されるという内容が確認されていたと主張する。

しかし、そもそも、本件特例が適用されるか否かは、甲らが本件土地を相続によって取得したのか、原告の残余財産の分配として取得したのかとは全く別個の事柄であるから、甲らの本件土地の取得原因は、被告とD公社との間の事前協議において確認されるべき性格の事項であるとは認められない。

そして、上記認定事実によれば、甲らは、事前協議において、甲らが相続により本件土地を取得したということまでが事前に了解され、多額の税金を課税されることはないと思って本件譲渡に及んだものであることが窺われるものの、現実に、被告が、本件事前協議において、本件土地が乙の遺産であり、甲らが相続により本件土地を取得したという事実を、予め認めていたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件決定処分及び本件加算税賦課処分が本件事前協議で確認された事柄に反する処分であって、本件決定処分及び本件加算税賦課処分が禁反言の原則に反するとの原告の主張は、その前提を欠いており、失当というほかない。

なお、原告は、己について、栃木税務署において、個人資産売却としての申告を受け付けたことと比較して本件決定処分及び本件加算税賦課処分は公平性を欠くとも主張しているが、本件譲渡が個人資産の売却であることと、原告の残余財産の一部分配があったとして、それについて課税されることとは、矛盾する事柄ではないから、公平を欠くという原告の主張は失当である。

3  争点3について

原告は、C調査官と原告との間では、本件譲渡に関する課税についての合意が成立しており、本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、上記合意に反するものであり、禁反言の原則に反すると主張する。

この点、証人Eは、C調査官が、平成7年7月25日、証人Eに対し、本件譲渡について所得税33%にみあう納税がされれば、それ以上の課税はしないとの確約をしたと供述し、原告代表者甲も、1億1800万円余りの国税と6900万円余りの地方税を支払えば、全て終わりになるとE税理士から説明を受けていたと供述している。

しかし、C調査官は、上記確約があったと証人Eが供述する平成7年7月25日より前の、同月10日付けで、既に新宿税務署法人課税部門に異動しており(乙20)、同調査官自身、上記のような確約をしたことはないと供述していること(証人C)、上記合意があったとの主張は、不服審査の段階では主張されておらず、平成12年3月29日付け原告準備書面によって初めて主張されたものであること、証人Eは、C調査官と面接した際には、常に甲らが一緒であったと供述しているところ、甲自身は、C調査官から、本件に関する課税について、上記金額を支払えば終わるという話を直接聞いていないと供述していること、証人Eの供述内容をみても、C調査官の具体的発言に係る供述は「「仕方がねえな」と発言した」という程度の内容にとどまっていることなどに照らすと、上記証人Eの供述部分は採用できない。

そうすると、上記合意を認めるに足りる証拠はないというほかなく、上記合意違反を理由に禁反言の原則に反するとの原告の主張は、前提を欠いており、採用できない。

4  争点4について

本件土地が残余財産の一部分配として分配された日は、本件譲渡時(平成6年12月27日)以前であり、少なくとも、本件土地の具体的取得者が決定された本件協議時(平成6年12月6日)以降であると認められるので、特段の事情のない限り、残余財産として甲らに分配された価額は、本件譲渡の代金額に一致すると認めることができる。

これに対し、原告は、甲個人が、本件土地に関する費用として合計702万504円を支出していることから、残余財産の価額の算定としては、上記費用相当額が控除されるべきであると主張する。

確かに、原告が残余財産の分配として本件土地を甲らに分配した後、本件譲渡の日までに、甲ら個人が本件土地の価額を上昇させる費用(例えば整地費用や土地上の建物撤去費用)を負担しているとすれば、分配された残余財産の価額は、本件譲渡の代金から、その費用相当額を控除した金額になるというべきである。

しかし、上記費用に関して原告が提出した各証拠を検討すると、甲個人が支出したとする費用のうち、416万630円分については、領収書の宛名が原告であって、原告が支出したと認められる費用であり(甲24ないし31、33、34、42、44)、285万7974円分については、弁護士費用、印紙代や引渡しのための引越し費用など、本件土地の価格に直接影響を与えるものではない事柄に係る費用であり(甲17ないし23、35ないし41、43)、1900円分については、原告が支払ったのか、甲個人が支払ったのか証拠上不明の費用である(甲32)。

そうすると、本件土地を残余財産として分配を受けたときから、本件譲渡までに、甲個人が、本件土地の価額を上昇させる費用を支出したと認めることは困難であり、残余財産として分配された価額は、本件譲渡代金に一致すると認められる。

したがって、被告が行った清算所得金額の算定には誤りはないと認められる。

5  争点5について

原告は、残余財産の一部分配について、平成7年7月31日に申告書を提出しているので、無申告ではないと主張する。

しかし、本件土地が残余財産の一部として分配されたのは、遅くとも平成6年12月27日の本件譲渡の日であるから、その前日である平成6年12月26日が予納申告書の提出期限であり、原告は提出期限内には、申告書を提出していないと認められるから、仮に、原告が主張するように、平成7年7月31日に、残余財産の一部分配に係る申告書を提出しているとしても、上記申告期限内には、本件残余財産の一部分配に係る予納申告ついて無申告であったというほかない。

そして、前記のとおり、甲らは、原告所有財産の分配についての話合いの過程において、本件土地について、乙の相続財産として申告せず、本件土地が原告所有であることを本件和解調書に明記するなど、本件土地が原告所有であることを前提にした行動をとっていること、原告代表者において、本件土地が乙個人所有であるとの事実を客観的に裏付けるに足りる事実を認識していたといった事情も認められないことからすれば、原告代表者が、十分な税務知識を有さない高齢者であることや、前記のとおり、本件事前協議で確認された事柄について誤解していたことなどを考慮しても、原告代表者において、本件土地を甲らに分配することは、乙の遺産の分割であって、原告の残余財産の一部分配ではないと認識したことがやむを得ないと認めるに足りる事情は存しないというほかない。

そうすると、甲自身は、本件土地をD公社に売却することを望んでいなかったにもかかわらず、同公社担当者から、税金については心配しなくてよい旨説明され、被告が本件事前協議によって、本件土地が亡き乙の遺産であることを了解済であると甲らが誤解したため、本件譲渡を決意したなどの事情を十分考慮しても、上記無申告であることに正当な理由があったと認めることはできないといわざるを得ない。

なお、原告は、本件譲渡後、葛飾税務署と交渉を重ね、葛飾税務署員の指導のもと、平成7年7月31日に、残余財産の分配の申告をしているので、正当な理由があると主張するが、前記のとおり、残余財産の分配の日は遅くとも平成6年12月27日であると認められ、申告期限は、遅くとも、その前日の平成6年12月26日であるから、申告期限後の事情が、期限内に無申告であることの正当な理由なる余地はなく、原告の上記主張は失当である。

したがって、本件加算税賦課処分について、なんら違法な点はないと認められる。

第4結論

以上によれば、本件決定処分及び本件加算税賦課処分は、いずれも適法であると認められ、原告の本件請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)

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