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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)172号 判決 2000年11月30日

原告 柘植玉妃 ほか1名

被告 中野税務署長

代理人 松本真 磯野宏 ほか2名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告が原告柘植玉妃に対し平成一〇年七月三日付けでした同原告の平成九年分の所得税の更正処分のうち、課税分離長期譲渡所得の金額金六二五七万三〇〇〇円及び納付すべき税額金一三六四万三二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  被告が原告柘植由妃に対し平成一〇年七月三日付けでした同原告の平成九年分の所得税の更正処分のうち、課税分離長期譲渡所得の金額金六二七四万九〇〇〇円及び納付すべき税額金一三六八万七二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告らの平成九年分の所得税に関し、被告が、土地の譲渡に係る譲渡所得の計算上、租税特別措置法(平成五年法律第一〇号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三九条一項に規定される相続税額の取得費加算の特例(以下「本件特例」という。)の適用は認められないとしてした更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。また、これと本件各更正処分とを合わせて「本件課税処分」という。)について、原告らがこれらを不服として、本件各更正処分のうち納付すべき税額が原告らの申告額を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求めている事案である。

一  法律の定め

措置法三九条一項は、相続による財産の取得をした個人で当該財産につき相続税法の規定による相続税額があるものが、当該相続の開始があった日の翌日から当該相続に係る相続税法二七条一項又は二九条一項の規定による申告書(これらの申告書の提出後において同法三条の二に規定する事由が生じたことにより取得した資産については当該取得に係る同法三一条二項の規定による申告書)の提出期限の翌日以後二年を経過する日までの間に当該相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合における譲渡所得に係る所得税法三三条三項の規定の適用については、同項に規定する取得費は、当該取得費に相当する金額に当該相続税額のうちその資産に対応する部分として政令で定めるところにより計算した金額を加算した金額とする旨規定している。

二  本件課税処分の経緯とその内容

本件課税処分の経緯は、別表一及び二<略>記載のとおりである。なお、原告らは、被告に対し、平成九年分の所得税の確定申告書について、法定申告期限内の平成一〇年三月四日及び同月一一日の二回にわたり提出しており、一回目の確定申告書において事業所得と給与所得のみを、二回目の確定申告書において譲渡所得のみを申告したところ、被告がした同年五月二九日付けの各更正処分は、これらの申告を損益通算したものである。

本件各更正処分において課税所得金額及び税額が原告らの申告額よりも増加したのは、原告らが譲渡所得の算出に当たって取得費に含まれるものとしていた相続税額につき、措置法三九条一項の期間が経過していると判断して取得費に含まれないものとしたことによるものであり、原告らもこの点以外には本件更正処分に違法がある旨の主張はしていない。

本件各賦課決定処分は、本件各更正処分を前提とすると、原告らは平成九年度の納付すべき所得税額を過少に申告していたこととなり、新たに納付すべきこととなった税額全額につき、国税通則法六五条四項所定の正当な理由があるとは認められないとして、同条一、二項を適用して過少申告加算税額を算出してされたものである。原告らは、本件各賦課決定処分固有の違法事由は主張していない。

三  前提事実(<証拠略>)

1  原告らは、昭和六一年八月一六日に死亡した李合珠(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であるところ、本件被相続人の遺言の内容は、原告らに対して何らの財産も相続させないとするものであった。原告らは、本件被相続人の死亡を、その死亡の二、三日後に知った。

2  原告らは、昭和六二年三月四日到達の内容証明郵便をもって、李純京、李純良、李恵齢、林麗美及び中台工業株式会社(以下「中台工業」という。)に対し、遺留分減殺請求権の行使をするとともに、遺留分の減殺及び遺産範囲の確定を求めて東京地方裁判所に訴えを提起した。東京地方裁判所は、平成四年六月二六日、林麗美及び李純京は原告らに対し、東京都新宿区新宿五丁目一〇五三番二所在の宅地一四一一・五七平方メートルほか二筆合計一七一六・四〇平方メートルの共有持分(以下「本件土地」という。)の移転登記を命ずる旨の判決をした。右判決はその後上訴されたが、平成八年九月二六日に上告棄却の判決がされ、一審判決が確定した。

3  林麗美及び李純京は、右判決の確定後、相続税額が過大となったとして、相続税法三二条に基づく更正の請求をした。原告らは、新宿税務署長から、相続税法三〇条に基づく期限後申告を求められたことから、その申告をした。

4  原告らは、右の期限後申告に伴う税額を納付するため、遺留分として取得した本件土地を売却することとし、本件土地を中台工業に対してそれぞれ代金一億五〇〇〇万円で譲渡した上、右税額を納付した。

四  争点

本件の争点は、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上、措置法三九条一項による相続税額の取得費加算の特例(本件特例)の適用の可否を考えるに当たり、同項所定の期間をどのように解すべきかであり、この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(被告の主張)

1 本件特例は、相続又は遺贈により財産を取得した個人で相続税の課税を受けた者が、一定期間の間に、その課税対象となった相続財産を譲渡した場合には、当該資産の譲渡所得の金額の計算上、その者に課された相続税額を当該資産の取得費として加算することを定めたものであるが、右期間については、当該相続の開始があった日の翌日から当該相続に係る相続税法二七条一項の規定による申告書の提出期限の翌日以後二年を経過する日までの間と規定されている。

2 本件においては、被相続人が死亡した昭和六一年八月一六日が本件特例における「当該相続の開始があった日」となり、また、右相続に係る相続税の申告書の提出期限は、相続税法二七条一項(平成四年法律第一六号による改正前のもの)により、その相続の開始があったことを知った日の翌日から六月、すなわち、昭和六二年二月一六日の二、三日後になるものと解される。したがって、本件土地の各共有部分が昭和六一年八月一七日から平成元年二月一六日の二、三日後までの間に譲渡されない限り、本件特例の適用の余地はない。

しかるところ、本件土地の各共有持分が譲渡されたのは、右期間を経過した後である平成九年三月一四日であるから、右各譲渡に係る譲渡所得の計算上、本件特例を適用する余地がない。

3 これに対し、原告らは、遺留分権利者たる原告らと遺留分義務者との間で遺留分の存否あるいはその割合について争いがあり、そのための裁判が確定することにより遺留分権利者の遺留分の存在及びその割合が確定した場合で、かつ、右遺留分義務者が相続税法三二条の更正の請求をした結果、当該遺留分権利者において、相続税法三〇条の申告を余儀なくされた場合においては、本件特例にいう「当該相続の開始があった日」について、遺留分の存否あるいはその割合に係る裁判が確定した日と解釈すべきであると主張する。

しかしながら、譲渡所得の計算上控除される取得費については、所得税法三八条一項において、「別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする」と定められているとおり、その者に係る相続税については、本来これが取得費に含まれないものであることは明らかであるところ、本件特例は、本来取得費に含まれない右相続税相当額について、租税政策上の見地から、特別の要件に該当する場合にのみ、例外的な措置として、取得費として加算することを認める旨を規定したいわゆる特例軽減措置である。そして、本件特例においては、右特別の要件として、相続の開始があった日の翌日から、当該相続に係る相続税の申告書の提出期限の翌日以後二年を経過するまでの間に、当該相続税に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡する場合という要件が定められているのであって、右期間の始期及び終期に係る特別の規定はなく、また、右期間を経過した後に当該資産を譲渡した場合の規定は一切設けられていない。

そして、一般に、租税法規について、その文言を離れてみだりにこれを拡張解釈することは、租税法律主義の見地から相当でないものと解されるが、措置法は、本来課税されるべき税額を政策的な見地から特に軽減するものであるから、租税負担公平の原則に照らし、その解釈は厳格にされるべきものであり、殊に、期限という明確で形式的な基準をもって規定されている条項については、厳格な解釈が要請されるというべきである。

そうすると、本件特例の「当該相続の開始があった日」の解釈については、これを他の事情を斟酌するなどして、類推、拡張することは許されないものであることは明らかであり、原告らの主張は失当である。

4 なお、相続税法三二条は、新たに生じた相続特有の事由により、既に納税申告書の提出等により確定している課税価格及び相続税額が過大となった者に対し、減額更正の余地を与えようとする特則規定であるところ、不確定事実を基として課税することが事実上困難であることや、担税力、負担の公平の観点からすれば、その適用の前提として、同条各号のいずれかに該当する事由により、既に確定している課税価格及び相続税額が過大となったことが明らかとなることを要すると解される。そうすると、同条三号については、遺留分減殺請求権の行使により、財産権の具体的な移転が確定し具体的な税額等が明らかになることが必要であり、遺留分減殺請求について争いがある場合には、単に遺留分減殺請求権の行使がなされただけでは足りず、和解、調停あるいは判決などがあったときにはじめて「遺留分による減殺の請求があった」と解するのが相当である。

しかし、同条の解釈と本件特例の解釈とを連携して取り扱うべき理由はないから、同条の右解釈は本件特例の解釈に当たって考慮すべき事情とはなり得ない。

(原告らの主張)

遺留分権利者と遺留分義務者との間で遺留分の存否あるいはその割合について争いがあり、それに関する裁判が確定することにより遺留分権利者の遺留分の存在及びその割合が確定した場合で、かつ、右遺留分義務者が相続税法三二条の更正の請求をした結果、当該遺留分権利者において、相続税法三〇条の申告を余儀なくされた場合においては、本件特例にいう「当該相続の開始があった日」については、「遺留分減殺請求に係る争いが和解、調停あるいは判決によって解決した日」と解釈すべきであるところ、その根拠は以下のとおりである。

1 遺留分義務者は、相続税を納付するために、相続税の申告期限の翌日から二年を経過する日までの間に相続により取得した不動産を売却した場合、本件特例の適用を受けられ、その後に遺留分権利者から遺留分減殺請求権を行使され、相続財産の返還を求められた訴訟に敗訴し、判決確定後に相続税法三二条の更正の請求をすることになっても、そのことによって、本件特例の優遇を受けて得た利益には何ら変化が生じない。

これに対し、遺留分権利者は、本件特例の文言のとおりに解釈するのであれば、判決により遺留分割合を認められた不動産を売却し相続税を支払ったとしても、それが相続税の申告期限の翌日から二年を経過していれば本件特例の利益を受けることができない。このことは、遺留分権利者を著しく不利益に扱うことになり、不公平、不平等である。そして、遺留分義務者が、自らは本件特例の優遇を受けておきながら、遺留分権利者の権利の実現を遅滞させ本件特例の優遇を受ける権利を喪失させたり、あるいは喪失の可能性を示して紛争を有利に解決することを助長することにもなりかねない。このように、遺留分義務者は裁判が長期化することによるなんらの不利益もないのに、遺留分権利者は、本件特例の適用を受けられなくなる不利益が一方的に生ずることになる法の解釈、適用は許されない。

2 遺留分権利者は、遺留分減殺請求権を行使しただけでは何ら権利として公示されず、実際上、遺留分を売却するなどして現金化することができない。したがって、遺留分権利者は、遺留分に関する裁判の確定により遺留分割合が確定するまで、その権利を実現する方法がない。それゆえ、税務当局は、遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使しただけでは相続人として取り扱うことができないため、相続の申告義務を認めていない。

かかる立場にある遺留分権利者が、裁判の確定によって当該相続において実現できる権利を取得し、相続したことから生じる義務である相続税の納付を実行しようとして不動産を売却する場合、裁判の確定までに二年以上経過してしまったときは本件特例の適用を受けられないというのは、遺留分権利者の権利の性質を正しく理解しない誤った法解釈である。

したがって、遺留分権利者が、相続税を支払うために、判決の確定によって認められた権利を公示し、それを処分して納税をする場合には、本件特例の「当該相続の開始があった日」との文言を、遺留分権利者との関係では、前記のとおり読み替えなければならない。

3 被告は、遺留分義務者が遺留分の裁判で敗訴が確定し、敗訴により遺留分権利者に資産を移転する場合、遺留分による減殺の請求があったことを知った日の翌日から四か月を経過していたとしても、右判決の確定から四か月以内であれば、遺留分義務者は相続税法三二条三号に基づく更正の請求ができることを当然の前提としている。

ところで、相続税法三二条三号は、立法者が、遺留分減殺請求権が行使されたならば直ちに権利として実現できるかのように誤って認識していたことから設けられたものである。そして、税務当局においては、遺留分権利者の権利は、それに関する争いが解決するまで、権利としての実現ができないため、その文言どおり、単に遺留分減殺の請求があったことのみの段階で相続税法三二条三号による更正の請求と相続税法三〇条の申告を行わせる取り扱いが不可能であることから、法第三二条の三号を「減殺請求にかかる争いが和解、調停あるいは判決によって解決したこと」と解し、右条項を「死文化」することとした。これは、本来、租税法律主義に反する。

しかしながら、相続税法三二条三号について右のような解釈をとる以上、税務当局は、更正の請求を認めることにより反射的に義務として存在してくる遺留分権利者の相続税の納付についても、相続税の納付のための特典たる本件特例の二年の始期につき「当該相続の開始があった日」とあるのを、相続税法第三二条三号の更正の請求ができる時期をずらしたのに呼応して、「相続の開始があった日あるいは、減殺請求にかかる争いが和解、調停あるいは判決によって解決した日」と解釈して適用すべきであり、このように解釈することが法の趣旨に沿うものである。

このように、本件特例に関する原告ら主張の解釈は、法の趣旨に沿う解釈をして整合性を保ったことと関連する流れの中で発生する問題の解決策である。これに対して、本件特例につき、立法者がした法文作成の稚拙さを当事者の一方のみに特に不利益となるような解釈をし、不利益を押しつけるなどということを永続させようとすることは、まさに、税負担の公平の原則に反するもので行政庁として傲慢極まりなく許されざることである。

第三当裁判所の判断

一  所得税法三八条一項は、譲渡所得の計算上控除される取得費について、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする旨定めており、相続税は右の取得費に含まれない。

これに対し、本件特例は、一定の要件に該当する場合に、例外的な措置として、相続税を取得費として加算することを認めるものであるところ、これは、相続人が相続税の納税のため相続財産を処分しなければならない場合、その財産の処分に際して、その処分をした者に対し、被相続人の所有期間に生じたキャピタルゲインを含めて所得税を課税する(被相続人の取得価額に基づいて譲渡所得を計算する)ことから、当該納税者の負担感が強くなるという問題に対処するため、政策的な見地から、相続財産の処分をした場合、譲渡所得の計算上、相続財産に係る相続税額を取得経費に準じて加算することを認めた趣旨のものと解される。

しかるところ、本件特例は、その文言上、本件特例が適用となる譲渡の時期を明確に限定しており、その始期については、「当該相続の開始があった日の翌日」とし、その終期については、当該相続に係る相続税法二七条一項又は二九条一項の規定による申告書(これらの申告書の提出後において同法三条の二に規定する事由が生じたことにより取得した資産については当該取得に係る同法三一条二項の規定による申告書)の提出期限の翌日以後二年を経過する日と規定しており、その意義は一義的に明らかなものであること、また、相続税法三二条一号ないし四号の定める事由が生じたため新たに納付すべき相続税額が生じた者が同法三〇条に基づいてする期限後申告がなされた場合については何ら言及せず、この場合につき始期又は終期の基点を変更すべきことを定めていないことからすると、本件特例について、その始期を限定する「当該相続の開始があった日」との文言を、原告が主張するように、遺留分減殺請求権の行使があった場合においては「遺留分減殺請求に係る争いが和解、調停あるいは判決によって解決した日」と解釈することは、到底採用し得ないものというほかはない。(なお、原告は右のように始期の解釈のみを問題としているが、本件特例運用の可否において重要なのはむしろ終期であって、原告としては終期の解釈についても同様の主張をすべきものであったと考えられる。しかし、仮にそのような主張があったとしても、終期を定める基準についての措置法の定めは一義的に明確であり、その引用する相続税法の規定を本件に即していうと「その相続の開始があったことを知った日の翌日から六月以内」というもので、やはり一義的に明確であるというほかなく、これらについて例外的な定めのないことは前記のとおりであるから、始期についての主張と同様に採用し得ないものというほかない。)

二  これに対し、原告らは、遺留分義務者が、相続税の申告期限の翌日以後二年を経過する日までの間に相続により取得した不動産を売却した場合には、本件特例の適用を受けることができ、その後に遺留分権利者から遺留分減殺請求権を行使され、敗訴したとしても、本件特例による優遇を受けた利益に何ら変化がないにもかかわらず、遺留分権利者が勝訴して取得した不動産を売却した場合には、所定の期間経過後においては本件特例の適用による利益が受けられず、不公平、不平等であると主張する。また、原告らは、遺留分は、遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使しただけでは直ちに実現することができず、その段階において遺留分を譲渡することが実際上不可能であるという性質を考慮すれば、「遺留分減殺請求にかかる争いが和解、調停あるいは判決によって解決したとき」をもって、本件特例の定める期間の始期とすべきであると主張する。

しかしながら、本件特例は、相続により取得した財産を譲渡したときは、いかなる場合にも譲渡所得の計算において相続財産に係る相続税額を取得経費に準じて扱うべきことまでを定めたものではなく、一定の期間内にされた譲渡についてのみ右加算を許容したものであることは、前記一で判示したとおりである。したがって、相続財産の譲渡時期によって本件適用の有無につき差異が生じることは、本件特例が当然に予定した区別である上、譲渡の時期が遺留分義務者との抗争において遅延したとしても、事案の内容次第では遺留分義務者を非難することができないこともあるから、本件特例の運用につき原告指摘のような状況が生ずるとしても一概に不公平、不平等ということはできないし、仮に遺留分義務者が違法な抗争に出たために、遺留分義務者(編注・「義務者」は「権利者」の誤りか)が本件特例を受けられなくなったとするならば、その不利益は事案の内容に応じて遺留分義務者との間で分担されるべきものであるから、いずれにしても遺留分義務者との均衡を考慮して本件特例につき法の文言から離れた解釈をすることはできない。また、本件特例は、文言上、相続に起因して取得した財産の譲渡が実際上容易かどうかを考慮することなく、一定の期間内になされた譲渡についてのみ適用されることが明らかであり、遺留分権利者がその権利を譲渡することは法律上何ら支障がないのであるから、財産の譲渡が実際上困難であることをもって本件特例所定の期間を延長する解釈をとることは到底不可能というほかはない。以上によれば、原告らの右各主張はいずれも採用できない。

さらに、原告らは、遺留分義務者について相続税法三二条三号の「遺留分による減殺の請求があったこと」との規定について、税務当局がこれを文言どおり解釈せず、「減殺請求に係る争いが和解、調停あるいは判決によって解決した日」と解釈する以上、本件特例の適用についても、「当該相続の開始があった日」を「減殺請求に係る争いが和解、調停あるいは判決によって解決した日」と解釈すべきである旨主張する。

しかしながら、相続税法三二条三号に関する右のような解釈の当否はともかく、本件特例は、相続税法三二条に基づく更正の請求がなされた場合について何ら言及するところがなく、同条とは、法律上、直接の関係がない規定であることは明らかであって、一方の文言の解釈が他方の文言の解釈に直接影響する関係にあるとはいえない。また、原告らは、税務当局が同条三号について文言を拡張した解釈をとっていることは、右条項を「死文化」し、租税法律主義に反するものと主張しながら、同時に、本件特例について同条三号についてと同様の文言を拡張した解釈をとるべきことを主張しているのであって、その主張自体、背理といわなければならない。すなわち、仮に同号の解釈に関する原告の主張が正しいとするならば、原告としては、相続税法三〇条による申告を求めた税務署長の行為が違法であること又は右申告による相続税の納付が誤りであったことを主張して国家賠償請求又は誤納金還付請求をすべきであって、本件特例の解釈を云々すべき筋合いはないのである。したがって、原告らの右主張は採用できない。

三  以上によれば、本件各更正処分について本件特例の適用がないとしたことは適法である。そして、本件各更正処分に他に違法事由は見当たらず、適法な計数処理がされているものと認められるし、これを前提とする本件各賦課決定処分は、国税通則法六五条に基づき適法にされたものと認められ、計数処理を含め何らの違法事由も見当たらないから、本件課税処分はいずれも適法なものというべきである。

四  よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤山雅行 谷口豊 加藤聡)

別表一及び二<略>

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