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東京地方裁判所 平成12年(わ)343号 判決 2001年4月17日

主文

被告人を無期懲役及び罰金一〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある回転弾倉式けん銃一丁(平成一二年押第一八二三号の1)及び実包四発(同押号の2。ただし、うち二発は実射済みのもの)をいずれも没収する。

被告人から金二二億八九七六万七七〇〇円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

第一被告人は、

一  A、B、C、D、Eらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、平成八年四月初旬ころ、本邦外で、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶二三三キログラムを中華人民共和国船籍の貨物船「A野〇〇三九号」に積載させ、同月一〇日ころ、同船を熊本市所在の熊本港の西方約九キロメートルの海上に到着させ、同船に接舷した船外機搭載の小型船舶に右覚せい剤を積み替えて、熊本県玉名郡岱明町大字高道字大相地先所在のあさり貝荷揚げ場まで運搬した上、同日ころ、同所において、これを陸揚げし、もって、輸入禁制品である覚せい剤を本邦に輸入し、

二  A、Fらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、同月一二日ころ、東京都葛飾区奥戸《番地省略》所在のB山奥戸店駐車場において、Gらに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約三〇キログラムを代金六〇〇〇万円で譲り渡し、

三  A、Fらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、同月一八日ころ、右駐車場付近路上において、前記Gらに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約一九・九五〇キログラムを代金四〇〇〇万円で譲り渡し、

四  A、C、D、Eらと共謀の上、覚せい剤をみだりに輸入する意思をもって、平成九年一二月中旬ころ、本邦外で、覚せい剤様の結晶約二四〇キログラムを前記貨物船に積載させ、同月二三日ころ、同船を福岡県大牟田市所在の三池港の南西約二キロメートルの海上に到着させ、同船に接舷した前記小型船舶に右覚せい剤様の結晶を積み替えてこれを覚せい剤として取得し、前記あさり貝荷揚げ場まで運搬した上、同日ころ、同所において、これを陸揚げし、もって、覚せい剤として取得した物品を本邦に輸入し、

もって、Aらと共謀の上、営利の目的でみだりに覚せい剤を輸入し、譲り渡す行為と、覚せい剤をみだりに輸入する意思をもって覚せい剤として取得した物品を輸入する行為を併せてすることを業とした。

第二

一  正当な理由がないのに、平成一二年五月一二日午前六時二五分ころ、京都市伏見区石田大受町《番地省略》所在のC川一〇四号室のH方居室南側ベランダの引き戸に手をかけて同室内に侵入しようとしたが、右Hに発見されたため、その目的を遂げなかった。

二  法定の除外事由がないのに、同日午前六時五五分ころ、同区醍醐新町裏町《番地省略》先の道路を走行中の警ら用無線自動車内において、回転弾倉式けん銃一丁(平成一二年押第一八二三号の1)をこれに適合する実包四発(同押号の2)と共に携帯して所持した。

(証拠の標目)《省略》

(判示第一の一の輸入に係る覚せい剤の量の認定について)

検察官は、判示第一の一の輸入に係る覚せい剤の量について、少なくとも二四〇キログラムと主張し、共犯者であるBは、捜査段階において、右輸入に係る覚せい剤は、陸揚げ後、直ちに東京に輸送し、いったんその全量を自分の自宅一階にある工場に運び入れた上、同所でその全量を計算するとともに、一部を小分けしたが、その覚せい剤は、ダンボール箱一六個にそれぞれ一袋ずつ入れられており、その重量は、一六キログラムの袋が二個、一五キログラム強の袋が七ないし九個、一五キログラム弱の袋が五ないし七個で、合計約二四〇ないし二四二キログラムほどであった旨供述しているところ(甲141、144、202)、Bの右供述は、計量や小分けの方法を具体的かつ詳細に述べたものであり、実際に体験したものでなければ語り得ないような迫真性を備えている上、その内容は、判示第一の二及び三の覚せい剤譲受人であるGの隠れ家から押収された覚せい剤の袋ごとの重量やダンボール箱の数字の記載等とおおむね合致しているところから、基本的に信用性が高いと認められる。

しかしながら、Bは、一六キログラムの袋が二個、一五キログラム強の袋が七ないし九個あったと供述する一方で、一五キログラムに満たない袋も五ないし七個あった旨供述しており、キログラム単位未満の過不足がどの程度あったかを正確に認定するに足りる証拠は存在しない。しかも、関係各証拠によれば、同人が一六キログラムと供述した袋に対応するとうかがわれる四五号物件の重量は一五・九七〇キログラムと三〇グラム不足しており、また、密輸入後に小分けされたものをみても、一袋一キログラムとして小分けされたものには九七六・四グラムのものが、一〇〇グラムとして小分けされたものには九六・九五八グラムのものが、一〇グラムとして小分けされたものには九・一二六グラムのものがあって、そのすべてが不足していたと認められるのである(甲73)。そして、以上のような証拠関係を前提としながら、判示第一の一の輸入に係る覚せい剤の量が、被告人に対する追徴額の算定の基礎となることも念頭に置きつつ、疑わしきは被告人の利益の原則に従い、右覚せい剤の量を慎重に検討すると、一袋当たりの量として、Bが一六キログラムと述べる袋は少なくとも一五キログラム、一五キログラム強と述べる袋は少なくとも一五キログラム、一五キログラム弱と述べる袋は少なくとも一四キログラムとし、袋の数として、一五キログラム強と述べる袋は少なくとも七個あったことまでは確実に認定することができるから、結局、一五キログラム入りの袋が計九個、一四キログラム入りの袋が七個の合計二三三キログラムの覚せい剤があったものと認めるのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち営利目的覚せい剤輸入及び譲渡と覚せい剤様物品輸入を併せて業とした点は包括して刑法六〇条、平成一一年法律第一三六号による改正前の国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)八条四号(なお、判示第一の一のうち覚せい剤の営利目的輸入の点は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項に、同二及び三はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項に、同四は刑法六〇条、麻薬特例法一一条一項にそれぞれ当たる。)に、判示第一の一のうち禁制品輸入の点は刑法六〇条、平成一二年法律第二六号による改正前の関税法(以下「関税法」という。)一〇九条一項、関税定率法二一条一項一号に、判示第二の一の所為は刑法一三二条、一三〇条前段に、同二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第二項、一項、三条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の麻薬特例法違反と禁制品輸入とは一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い麻薬特例法違反の罪の刑で処断し、各所定刑中、判示第一の罪について無期懲役刑及び罰金刑を、判示第二の一の罪について懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四六条二項本文により判示第一の罪の刑により、罰金刑については判示第一の罪の所定金額の範囲内で、被告人を無期懲役及び罰金一〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二五〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収してある回転弾倉式けん銃一丁(平成一二年押第一八二三号の1)及び実包四発(同押号の2)はいずれも判示第二の二の犯罪行為を組成した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれらをいずれも没収し、判示第一の一の禁制品輸入罪に係る覚せい剤二三三キログラムのうち一九二・〇八四八八六グラム(その余の四〇・九一五一一四キログラムは、鑑定のために費消されたか、被告人以外の者に対する被告事件の判決において没収の言渡しがされ、右判決が確定したことにより国庫に帰属したことが認められる。)は、関税法一一八条一項本文に掲げる犯罪貨物等に該当するから没収すべきものであるが、没収することができないので、同条二項によりその犯罪が行われた時の価格(一グラム当たり一万一四〇〇円)に相当する金額二一億八九七六万七七〇〇円を、また、判示第一の二の犯罪行為により被告人らが得た現金六〇〇〇万円及び判示第一の三の犯罪行為により被告人らが得た現金四〇〇〇万円は、いずれも麻薬特例法一四条一項一号の不法収益に該当するが、既に費消して没収することができないので、同法一七条一項前段によりその価額を、それぞれ被告人から追徴することとする。

なお、検察官は、被告人の判示第二の二の所為につき、けん銃加重所持罪のほか、けん銃実包所持罪(銃砲刀剣類所持等取締法三一条の八、三条の三第一項)も併せて成立する旨主張するが、法は、けん銃を適合実包と共に携帯、運搬又は保管する場合について、当該けん銃の発射に伴う危害発生の危険性が格段に高まることに着目し、けん銃所持罪の加重類型としてけん銃加重所持罪の規定を特に設けているのであり、けん銃加重所持罪とけん銃実包所持罪とはいずれも、けん銃の発射に伴う危害の防止を主たる目的とするものであるから、けん銃加重所持罪が成立するとき、これとは別に、けん銃実包所持罪として重ねて処罰するまでの必要性は認め難い。したがって、判示第二の二の所為について、けん銃実包所持罪はけん銃加重所持罪に吸収され、けん銃加重所持罪一罪のみが成立すると解するのが相当であり(東京高裁平成一一年(う)第一五〇〇号同年五月二三日判決参照)、検察官の右主張は採用しない。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、平成八年四月、営利の目的で、輸入禁制品である覚せい剤二三三キログラムを密輸入し(判示第一の一)、そのうち約五〇キログラムを二回にわたり、代金合計一億円で譲渡し(判示第一の二及び三)、さらに、平成九年一二月、覚せい剤様の薬物約二四〇キログラムを覚せい剤として輸入し(判示第一の四)、もって、規制薬物等を輸入し、譲り渡すことを業としたという麻薬特例法違反及び関税法違反の事案、並びに他人の家屋に侵入しようとしたが未遂に終わった住居侵入未遂の事案(判示第二の一)及びその直後にパトカーの中でけん銃一丁を適合実包四発と共に携帯して所持したという銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案(判示第二の二)である。

二1  そこでまず、判示第一の麻薬特例法違反及び関税法違反についてみるに、判示第一の一の輸入に係る覚せい剤の量は、二三三キログラムと類例を見ないほど大量である。被告人は、元暴力団組員として複数の暴力団組織と関係を有するものであるところ、右覚せい剤は、当初より日本国内の暴力団関係者に売却することを予定して密輸入されたものである。しかも、そのうち約五〇キログラムは、覚せい剤を組織的に密売していた暴力団関係者に現に譲渡されており(判示第一の二及び三)、その余の覚せい剤及び判示第一の四で密輸入された覚せい剤様の薬物(以下、判示第一の一の輸入に係る覚せい剤等を併せて「本件覚せい剤等」という。)も、密輸入後直ちに暴力団組織に売却されたことがうかがわれる。

要するに、被告人が輸入した本件覚せい剤等の大部分は、社会に拡散され、濫用されるに至った可能性が高いのであり、判示第一の犯行の結果は極めて重大である。

2  被告人は、外国の覚せい剤密造・密売組織と接触を持って、自ら覚せい剤の密輸ルートを開拓するとともに、暴力団関係の知人であるAに声をかけて、Aの指揮命令に従うB、C、Dらを集めさせたほか、密輸されてくる覚せい剤の瀬取りを行うため、小型船舶の所有者であるEを仲間に引き入れ、Aを中心とする密輸の実行グループを組織し、それぞれに役割を分担させて前記のような大量の覚せい剤の密輪・密売を敢行したものである。このように、被告人を中心とする覚せい剤密輸グループによる判示第一の犯行は、まさしく組織的に敢行された職業的な犯行であり、被告人はその首謀者であったということができる。

また、被告人は、判示第一の各犯行に際して、中国に数度にわたり渡航するなどして現地の関係者と打ち合わせを重ねるとともに、あらかじめ暴力団関係者と連絡を取り、密売の手はずを整えるなど、周到な事前準備を行った上で、中国船籍の貨物船に本件覚せい剤等を積み荷に紛れ込ませて積載し、あさりの輸入を装って瀬取り海域まで搬送し、配下のAらを九州に赴かせた上、日没後、小型船舶を右貨物船に接舷させて本件覚せい剤等を積み替え、夜間、人気のないあさり貝荷揚げ場に本件覚せい剤等を陸揚げさせたものである。さらに、被告人らは、待機させていた自動車に覚せい剤等を積載させて東京に運搬した後、間をおかずに本件覚せい剤等を暴力団関係者に売り渡しているほか、判示第一の二の犯行においては譲渡場所を直前に変更するなど、譲渡に際しても用心を重ねているなど、判示第一の各犯行は、取締機関に発覚しないよう極めて綿密な計画の下に敢行されたものであって、その態様も組織的で極めて大胆かつ巧妙というべきである。

3  さらに、被告人は、判示第一の二及び三に係る暴力団関係者への覚せい剤約五〇キログラムの譲渡によって合計一億円という多額の不法の利益を獲得しているほか、その余の本件覚せい剤等についても、密売により多額の利益を取得したことがうかがわれる。そして、被告人は、判示第一の犯行を敢行した理由として、金に困っており、ただ銭にすればいいと思った旨を当公判廷において臆面もなく供述するなど、自己中心的かつ利欲的な動機に基づく誠に反社会的な犯行というほかない。

また、被告人は、当公判廷において、本件犯行を敢行したことについて、今から後悔しても何の役にも立たないので後悔しないなどとも述べるところ、被告人のかかる態度からは、反省悔悟の念はもとより、自らの刑責に真摯に向き合う姿勢も全くうかがうことができない。

加えて、被告人が、本件犯行発覚の後、約二年間にわたって逃亡していることに照らすと、犯行後の情状も悪いというほかなく、被告人の経歴等にも照らすと、法規範無視の態度も顕著である。

三  次に、判示第二の二のけん銃及び実包所持の点についてみるに、本件けん銃は、殺傷能力の高い真正けん銃であり、被告人は、その供述を前提としても、これを適合実包とともに三、四年間にわたって隠匿所持していたものであり、その態様も、けん銃一丁に適合実包四発を装填した状態で携帯したというもので、極めて危険なものである。しかも、被告人は、本件犯行当時、判示第一の各犯行が捜査機関に発覚して逃亡中であったばかりでなく、当時親しく付き合っていた女性が別の男性に騙されていると考え、その男性の部屋と間違えて、判示第二の一の住居侵入未遂の犯行に及んでおり、被告人自身、その部屋にその男がいれば撃ち殺していたと思う旨供述していることも考慮すると、本件けん銃所持に伴う危険性は現実化していたというべきである。

また、住居侵入未遂の犯行も、被告人は、結果として見ず知らずの他人の家に、いきなりベランダから押し入ろうとするなどしており、その態様は悪質である上、被害感情も厳しいものがあるが、被告人は、何らの慰謝の措置も講じていない。

四  以上の事情を総合考慮すると、被告人の刑事責任が極めて重大であることは明らかである。

他方において、被告人が、判示第一の犯行に関して、自己が首謀者であることを潔く認め、逮捕される前に、共犯者らのために、その旨記載した上申書を司法機関に提出していること、当公判廷でも、判示第一の犯行に係る覚せい剤の製造元を明らかにするなど、被告人なりに事実を明らかにしようとする姿勢もうかがわれること、京都で親しく交際していた女性が被告人の安否を気遣っていること、被告人の前科はいずれも二〇年以上も前の古いものであること、その他被告人のために酌むべき事情が認められる。

しかし、前記のような判示第一の犯行の結果の重大性、その態様の悪質性、被告人の役割の重要性等に照らし、共犯者の処罰状況等をも勘案しつつ検討すると、右のような被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても、被告人に対しては、無期懲役及び罰金一〇〇〇万円に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 伊藤雅人 蛯原意)

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