東京地方裁判所 平成12年(タ)273号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 榊原卓郎
同 安部陽一郎
同 依田敏泰
同 高橋俊彦
被告 B
右訴訟代理人弁護士 松原護
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 原告と被告を離婚する。
二 原告と被告間の長女C(昭和六二年五月二三日生。以下「C」という。)の親権者を被告と定める。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告が被告に対し、民法七七〇条一項五号に基づき、親権者を被告に定めての離婚を請求している事案である。
二 前提事実(認定に用いた証拠は( )内に掲げる。)
1 婚姻と出生
原告と被告は、昭和六二年一月八日婚姻の届出を了した夫婦であり(以下「本件婚姻」という。)、昭和六二年五月二三日、長女Cをもうけた。(甲一)
2 夫婦関係の破綻
原告と被告は、昭和六二年一二月ころから別居するようになり、別居期間は現在まで一三年近く続き、双方とも円満な夫婦の共同生活をする意思を喪失している。(甲三、乙五、原告・被告各本人、弁論の全趣旨)
3 原告と被告間における覚書の存在
原告と被告は、東京地方裁判所平成七年(タ)第三二〇号離婚請求事件(以下「別件訴訟」という。)の係属中である平成七年一二月二二日、Cが小学校を卒業する平成一二年三月三一日限り離婚し(親権者は被告)、原告が被告に対し、Cが二〇歳に達するまで、その扶養料として毎月一〇万円を送金して支払う、原告と被告との財産分与については、離婚届出までに双方協議のうえ定めるという内容を骨子とした覚書(以下「本件覚書」という。)を交わすことにより、原告は、右訴えを取り下げ、被告は、これに同意した。(乙一)
三 前提事実から容易に導かれる判断
前記二2の事実によれば、本件婚姻は、もはや正常な夫婦関係に修復が困難であり、破綻しているものと認めることができるから、本件婚姻には、婚姻を継続しがたい重大な事由があるというべきである。
四 争点
【争点1】原告は、本件婚姻の破綻につき、いわゆる有責配偶者であるか否か。また、原告が被告に対し離婚請求することが信義則に反し、許されないと認められるか否か。
(被告の主張)
1 本件婚姻の破綻は、以下のとおり、原告の覚せい剤常習による異常行動に基づくものであって、被告には何らの責任もない。被告は、Cの養育・教育問題を考え、やむなく原告と別居するに至ったが、この点については原告も同意し、自ら被告の肩書住所地のマンション(以下「被告のマンション」という。)から引っ越し、実家に戻ったものである。したがって、原告は、いわゆる有責配偶者であって、自ら招いた本件婚姻の破綻を理由にする離婚請求は許されない。
(一) 原告は、挙式直後の昭和六一年一二月二〇日、入籍はしない、子供は堕胎せよなどとわけのわからないことを言い出したため、本件婚姻の届出は、昭和六二年一月八日(以下後記(五)までは、年号については、いずれも昭和六二年であるので省略する。)まで遅れた。原告は、結婚後の被告のマンションでの婚姻生活において、感情の起伏が激しく、ぶつぶつ独り言を言ったり、急に大声を張り上げたりしていた。
(二) 原告は、一月中旬ころになると外泊が多くなったため、被告が興信所に調査を依頼したところ、D(以下「D」という。)に店を出させるために手付金を入れていたことが判明した。原告は、被告が説明を求めたのに対し、「どうしてこうなったかわからない。今別れると多額のお金を取られてしまう。」と言って頭を抱えていた。
(三) 原告は、二月二二日、卸値で時価一〇〇〇万円以上もの貴金属を盗難されたにもかかわらず、警察に届け出るのを止めると言い、原告の母もこれに同意した。被告は、原告が当日の行動につき何一つ説明することができなかったため、おかしい親子だと不審を持った。原告は、四月四日、原告の父の三回忌の法要の席で、突然立ち上がり、「いつ離婚するんだかわからない。」と大声でわめき、兄嫁に咎められると着席し、読経の間、下を向いてくすくす笑っていた。原告は、五月二三日にCを出産した被告を病院に見舞った際、女の子を帝王切開で産んだことが気に入らない、何億払っても別れてやると息巻いたかと思うと、その直後自分は何を言っているのだろうと言い、全く支離滅裂の状態であり、Cのお宮参りの際にも、こんなことをしても御利益がないとぶつぶつ言っていた。
(四) 被告は、以上のような原告の言動から、原告の神経・精神が変調を来しているのではないかと不審に思い、原告の母に幾度となく質してみたが、いつも、そのうち治るでしょうと繰り返し、その原因等については何も説明してくれなかった。
(五) 原告は、一一月末日、友人と一緒にアメリカからコカイン四〇〇グラムを持ち込んだ容疑で空港警察に調べられたが、友人のみ逮捕され、原告は、帰宅を許された。原告は、被告が原告の会社の部屋に何か置いてあるのではないかと水を向けたのに対し、被告の甥に車を運転させて会社に行き、何かを処分してきた様子であった。被告は、この事件によって、約一年間の共同生活における原告の不審な行動が、覚せい剤の使用による異常行動であったものと合点がいった。原告は、数年前覚せい剤取締法違反で逮捕され執行猶予中とのことであったが、被告は、原告の親、兄弟が、すべてこの事実を知っていたにもかかわらず、被告には一切知らせずにきたことに、愕然とした。被告は、原告が更生する努力をするならば、これに協力して再出発することを考えたが、原告は、被告の申出に対し「俺の言うことを聞けない奴は離婚だ。」と言い張り、更生への意欲が全く見られない状態であった。
(六) 被告は、ここに至って、原告との共同生活を断念せざるを得ず、原告が自分の荷物を持って被告のマンションを出て、以後別居状態が続いている。
2 原告は、本件覚書締結後、平成一一年一月分までは扶養料月額一〇万円を被告に支払っていたが、同年二月分以降現在に至るまで、毎月一〇万円の扶養料の支払を全く怠っている。また、原告は、被告に対し、現在まで財産分与の協議をなしておらず、本件覚書での約束を履行していない。
したがって、原告が本件覚書の各約束を履行しない以上、離婚に応じる理由はない。
(原告の反論)
1(一) 被告の主張1(一)の事実は否認する。
(二) 同1(二)の事実中、Dが原告の友人であったこと、及び被告が原告とDとの関係を疑い、興信所に調査を依頼し、その調査結果を原告に示したことは認め、その余の事実は否認する。
(三) 同1(三)の事実中、C出産の事実は認め、その余の事実は否認する。
(四) 同1(四)の事実は不知または否認する。
(五) 同1(五)の事実中、原告が貴金属を盗難されたこと、及び警察に右被害を届けなかったこと、原告が過去に覚せい剤取締法違反で執行猶予判決を受けていることは認め、その余の事実は不知または否認する。
(六) 同1(六)の事実中、原告が両者了解の下で被告のマンションから引っ越し、実家に戻ったことについては認め、その余は争う。
被告は、勤務先のクラブの同僚の女性に対し、高利で金を貸し付け、取立も厳格に行っており、原告は、被告との交際の過程で、このような被告の友人や同僚に対する接し方の面で、自分と余りに違う被告の様子を知るにつけて、被告との婚姻がうまく行くかどうかについて不安を覚え、被告に対し嫌悪感を覚えることもあった。原告は、被告が原告を疑い、興信所に調査を依頼したことで、被告に対する不信感を深め、被告との婚姻生活の継続に重大な不安を覚えるようになった。また、原告は、被告が原告の母に対し、原告が金銭的に鷹揚であること等につき厳しく詰め寄る場面を何度となく目撃していた。
そして、原告は、被告の勝手な思い込みとそれに基づく追及に対し、「自分を信用できないのであれば、これ以上婚姻生活を続けていくことはできない。」と考えるに至り、被告にその旨話して、原告・被告とも了解の上、原告が被告のマンションを出ることになったものである。
2 被告の主張2の第一段の事実は認める。ただし、原告は資力がありながら扶養料を支払わなかったのではなく、自らの経済状況の悪化により支払う意思がありながら、これを支払うことができなかったのである。
同2の第二段は争う。
【争点2】原告が離婚請求をなすのは、事実上の夫婦生活を送っている外国人女性との婚姻届をすることを目的としたものであって、公序良俗に反し、権利の濫用に該当するものとして許されないものと認められるか否か。
(被告の主張)
原告は、平成一〇年一〇月三〇日、オーストリア国籍のE(以下「E」という。)との間にもうけた娘F(同年一二月九日生。以下「F」という。)を胎児認知し、以来原告の住所地において事実上の婚姻生活を送っている。この経緯からすると、原告は、Fを認知し、同女が出生して以来、Cに対する養育費の送金を止めていることが明らかである。
このように、戸籍上の婚姻関係を正規の手続(養育費及び離婚給付金の支払を含む。)で解消しないうちに、事実上の夫婦生活を送っている外国人女性との婚姻届を提出することを目的として離婚請求をなすことは、公序良俗に反し、自己の義務を履行しないままの状態で、離婚請求をなすことは、権利濫用に該当するものであるから、原告の離婚請求は許されない。
(原告の反論)
被告の主張第一段の事実中、原告がEとの間でもうけたFを胎児認知したことは認めるが、その余の事実は否認する。
Eは、平成一一年六月一五日、既に出国しており、原告は、それ以来同女と連絡をとっていないし、Fは、Eが連れて共に出国している。
同第二段は争う。被告主張の本訴提起の目的は、被告の憶測にすぎない。
第三争点に対する判断
一 認定事実
前記第二の二の前提事実に加えて、証拠(甲二、甲三(一部)、乙二ないし五、原告(一部)・被告各本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件婚姻の破綻に至る経緯や破綻後の経過等に関する重要な事実関係として、以下の事実が認められる。
1 原告と被告は、昭和六〇年一二月ころ、被告の勤務するクラブ「マンハッタン」で知り合った。原告は、被告の客としてしばしば同クラブで遊興するうちに親しさを増し、昭和六一年四月ころからは、結婚を前提とした交際をするようになり、被告のマンションで同棲を始め、同年八月ころには、佐渡の被告の実家(旧家)に婚約を報告するに至った。
原告は、当時、同族会社のX商事株式会社の本部長を務め、他にも関連会社である太陽電気株式会社、日本オーロン株式会社の事業にも関与していた。原告は、過去に覚せい剤取締法違反の罪により有罪判決を受け、当時執行猶予中であったが、被告には、そのことを秘していた。なお、原告は、被告と交際中に、被告が同僚や知人に高金利で金を貸し、取立ても厳しくしていることや株式を運用して利益を得ていることなどを見聞きするにつけて、被告がしたたかであるとの認識を持っていた。
被告(当時三九歳)は、昭和六一年九月ころ、産婦人科医院で人工授精を施してもらい、Cを妊娠した。その際、原告は、医師に対し、過去に日本脳炎を患ったため、子供ができにくいと説明していた。
2 被告は、結婚式の前の昭和六一年一二月初めころから、情緒が不安定であるなど、原告の行動が変であることに気付いた。原告は、挙式後、原告の母が婚姻届を届けてくれたのに対し、自分の名前を書くことにつき、「書きたくないから、お前が書け。」とわめき、原告の母からも諭されるなどして入籍が遅れ、昭和六二年一月八日(以下、後記6までは、年号はいずれも昭和六二年であるので、記載を省略する。)に本件婚姻の届出がなされた。原告と被告は、婚姻後も引き続き被告のマンションで暮らしたが、原告は、感情の起伏が激しく、ぶつぶつ独り言を言うことが多くなり、被告が原因を聞いても、「お前が悪いのではない。」と言うだけであった。また、原告が、一月中旬ころになると外泊が多くなったため、被告は、不審に思って、原告の母にも告げたうえで興信所に調査を依頼したところ、原告がDと交際しており、同女に店を出させるために手付金を入れていたことが判明した。
3 その数日後、被告(当時妊娠中)は、原告の申出により、急遽中野区内の原告の実家で同居することになり、二月五日ころには右実家に移った。しかし、原告の様子は相変わらずで、原告の母に興信所の調査結果を見せると、原告の母が、原告に対し「お金がない人はだめだから、別れなさい。」と忠告したのに対し、原告の方は、「どうしてこうなったかわからない。今別れると多額のお金を取られる。」などと言って頭を抱えていた。被告は、このような原告親子の会話を聞いて呆れた。
原告は、二月二二日、卸値で時価一〇〇〇万円以上もの貴金属等が入ったアタッシュケースを車のトランクから盗まれた。原告は、自分が執行猶予中であることなどから警察との関わりを避けるべく、警察に被害届を出そうとせず、また、被告が尋ねても、その日のことを覚えていないと言って、頭を抱えてしまった。被告は、原告の母も届け出ないことにつき同意したため、おかしな親子だと不信感を強めた。
被告は、原告の実家に同居中、原告の帰宅が遅いことをなじり、女性がいるなどと言って責めたほか、原告の母に対しても、教育が悪いから、原告がこのようになったなどと非難した。これに対し、原告の母は、原告から些細なことで怒鳴り散らされるなどしていても、被告に対しては、原告におかしなことがあっても、女の人は言うことを聞いているようにと宥められていた。他方、原告は、被告から原告の言動につき細かく注意されるのが嫌で、家に帰りづらくなり、原告が興信所に調査を依頼していたことを知って憤るとともに、被告のしたたかさに改めて衝撃を受け、被告には太刀打ちできないものと観念した。結局、被告は、原告親子が基本的な生活態度につき、全くつかみ所がなく、自分の育った環境とは全く違うことを痛感させられ、このような生活に精神的にも疲れて我慢ができず、同月二七日ころには原告の実家を出て、被告のマンションに戻った。
4 原告は、四月四日、原告の父の三回忌の法要の席で、突然立ち上がり、「いつ離婚するかわからない。」と大声でわめき、兄嫁に咎められると着席したが、読経の間、下を向いてくすくす笑っていた。また、原告は、被告が五月二三日にCを出産した知らせをことづてで聞いた際、病室に怒鳴り込んできて、帝王切開が気に入らない、何億払っても離婚してやると息巻いたかと思うと、そのうち、自分は何を言っているのだろうと言うようになった。さらに、原告は、Cのお宮参りの際にも、こんなことをしても御利益がないなどと、ぶつぶつ言い、原告の母は、これを宥めたものの、被告に対しては、そのうち治るでしょうと言って、取り合わなかった。
5 被告は、原告が七月にアメリカへ友人と共に行くと言った際には、原告の母に対し電話で、もしかしたら覚せい剤ではないかと質したのに対し、原告の母がこれを否定したので、原告の母の言葉を信用していた。ところが、原告は、一一月末日、友人と一緒にアメリカからコカイン四〇〇グラムを持ち込んだ容疑で空港警察で取調べを受け、友人のみ逮捕され、原告の方は帰宅を許された。原告は、家宅捜索を恐れて動揺していたため、被告が、原告の実家か、原告の会社の部屋に何か置いてあるのではないかと水を向けたのに対し、原告は、被告の甥を呼び出し、車を運転させて会社に赴いた。
被告は、この事件によって、これまでの原告の異常行動が覚せい剤のせいだったのではないかと気付き、原告の母に電話で知らせようとしたところ、電話に出た原告の妹が、「またやったの。」などと発言したため、知人に確かめたところ、原告が覚せい剤取締法違反で有罪判決を受け、当時執行猶予中であって、原告の母や兄弟がこれを隠したがっていたことが判明した。
6 そこで、被告は、まず原告に覚せい剤をやめさせなければならないと考えて、被告の母も呼んで、原告親子と話し合ったが、原告の母は、世間体が悪いから、病院にも入れたくないし、警察にも行かせたくないと消極的で、原告も、反省する様子もなく、「俺の言うことを聞けないやつは離婚だ。何億でも払ってやる。」と言い張るのみで、ともにらちがあかなかった。このため、被告は、もうどうしようもないとあきらめ、Cにはこのような父親の姿を見せて育てられないと考えて、別居する方がよいと決意するに至り、原告に対し、とにかく被告のマンションから出ていくよう申し入れた。これに対し、被告のしたたかさや厳しい気性をよく承知していた原告も、被告が自分を信用できないのであれば、自分が出ていくしかないものと観念して、別居することを了承し、一二月ころ自分の荷物を持って被告のマンションを出て行った。原告と被告は、以後現在に至るまで一三年近く別居を継続している。
7 原告は、別居期間中、被告に対し、当初の一年数か月の間は一か月一〇〇万円を、その後二、三か月は一か月三〇万円を、またその後平成一一年二月ころまでは一か月一〇万円を、生活費または養育費として支払ってきた。
その間、被告が、まず昭和六三年六月ころ、原告を相手方として東京家庭裁判所に離婚の調停(理由は原告による覚せい剤の常習)を申し立てたが、同年一〇月、財産分与と扶養料の条件が折り合わず(原告が併せて五〇〇〇万円を提示したのに対し、被告は二億円を希望した。)取り下げた。次に、原告の方が被告を相手方として、同裁判所に離婚の調停を申し立てたが、同じく右条件が合わず、平成二年四月に調停が不成立となった。そこで、原告は、平成七年六月になって、被告を相手方として別件訴訟を提起したが、財産分与の点で合意に達することができず、右訴訟係属中の同年一二月二二日に、訴訟外で、両代理人の指導の下、原告・被告ともその内容に納得し、本件覚書を交わすことにより、原告は、別件訴訟を取り下げた。
8 原告は平成八年ないし九年ころから、オーストリア人女性Eと交際を始め、平成一〇年一〇月二六日ころには、Eのために資金を提供して購入したマンションである原告の肩書住所地で同女と同棲を始め、同月三〇日には、同女との間にもうけたFを胎児認知した。
しかし、原告は、平成一一年春ころ、原告と実兄が大株主となっていた株式会社三井埠頭に対する特別背任罪で逮捕勾留され、同年七月ころには有罪判決(懲役三年、執行猶予五年)を受けた。その間の同年六月一五日に、Eは、Fを連れて出国し、以後は来日していない。
一方、原告は、同年二月分以降は、本件覚書で被告に対し支払を約束したCの扶養料を支払っていない。
9 原告は、平成一二年三月末を過ぎて、原告代理人が預かっていた離婚届を中野区役所に提出しようとしたが、被告が不受理届を出していたため、受理されなかった。そこで、原告は、本件婚姻を解消して、何とかEに対する責任を果たしたいとの気持ちもあって、本件訴訟を提起した。
現在、原告・被告とも、本件婚姻を継続する意思は完全に喪失している。しかし、原告は、平成七年一二月以降現在に至るまで、本件覚書で約束した財産分与についての協議をすることもなく経過した。そして、原告は、当法廷において、被告に対し少なくとも数百万円単位の慰謝料を支払う責任があることを自認しながらも、原告が経営する関連会社が巨額の債務を抱えているとして、目下被告に対する支払意思は全くなく、将来にわたっての支払の具体的目途を示すこともできないと供述している。他方、被告は、被告所有のマンションから一か月六〇万円程度の家賃収入を得てCと一緒に生活しているが、被告の前記のような供述を受けて、離婚が認められてからでは、原告が財産分与の協議とその支払を履行することは期待できず、被告とCともども納得できないとして、本訴で離婚が認められることに強く反対している。
以上のとおり認められ、証拠(甲三、原告本人)中、右認定に反する部分は採用できない。
二 判断
1 前記一の認定事実によれば、本件婚姻は、入籍後一年足らずで、また、原告・被告の同棲開始からでも一年半余りで破綻したものであるところ、原告は、覚せい剤取締法違反により執行猶予中であることを秘して婚姻したうえ、これを知らない被告にとっては、非常に不可解で異常な言動を日常生活の中で繰り返すことにより、被告に不信感を募らさせたり、覚せい剤の件が露見してからも、原告が、被告の提案にも耳を貸さず、原告の母も世間体を慮って、ともに更生に向けての努力をしようとしなかったことにより、夫としてはもとより、Cの父としての被告の信頼を完全に失わせるに至ったことが認められる。そして、覚せい剤の影響が現れたものとみられる原告の一連の異常な言動や、被告との信頼関係を築く努力をしようとしなかった原告の態度に照らせば、被告との性格の不一致や生育した環境の相違等を取り上げるまでもなく、原告には、夫婦共同生活を続けていくうえでの基本的な落ち度があったものと認められる。したがって、原告は、本件婚姻の破綻について、いわゆる有責配偶者と評価することができる。
2 ところで、既に原告と被告の別居期間は、一三年近くの長期に及ぶうえ、被告には被告所有のマンションから得られる賃料収入が月額六〇万程度あることからすると、被告には自活能力があるものと認められるから、離婚によって被告及び被告と同居する長女Cが精神的、経済的に大きな打撃を受けるとは認めがたい。また、原告と被告の同居期間は前記のように極めて短期間であって、その間夫婦共同で築き上げた財産として清算すべきものは格別見出しにくいから、原告が被告に対し主として支払うべき金員は、婚姻破綻の原因を作ったことについての適正な「慰謝料」の性質を有するものと認められる。
ところが、前記一の認定事実によれば、原告は、離婚届出までに双方協議のうえ財産分与について定めることを約束した本件覚書を交わしたにもかかわらず、今日までその話し合いを進めないまま、Eのためにマンションを購入する資金を提供する一方で、現在に至っては資金繰りができないとして、ほとんど開き直った態度で、自らも支払責任自体は自認しているところのいくらかのまとまった金員を用意して、この際自己の責任を果たそうとする努力をすることすらなく、本件訴訟により一方的に離婚を請求するのみであることが窺われる。このような原告の態度は、本件覚書で自らなした合意にも反し、著しく誠実さに欠けるといわざるを得ない。
3 したがって、現時点における原告の以上のような態度にかんがみると、原告は、いわゆる有責配偶者でありながら、自己の責任を果たすことなく離婚を請求するものと認められ、先に本件訴訟で原告の離婚請求を認容すれば、後に被告が財産分与の申立てをしても、原告が誠実に財産分与の協議に応じることは期待しがたいから、信義誠実の原則に照らし、現時点で離婚請求を認容することは相当でないものというべきである。
三 むすび
以上の次第で、原告の請求は理由がないから、棄却せざるを得ない。
(裁判官 徳岡由美子)