東京地方裁判所 平成12年(ワ)10714号 判決
原告 山口隆敏
被告 国
右代表者法務大臣 保岡興治
右指定代理人 住川洋英
同 田中芳樹
同 小林孝雄
同 森源二
同 大森康宏
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一〇〇万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、平成一〇年七月一二日に実施された第一八回参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」という)において、公職選挙法(以下「公選法」という)二一条一項の適用により選挙人名簿に登載されず、選挙権を行使できなかったことから、同条項は、日本国憲法(以下「憲法」という)が保障する選挙権を侵害する規定で違憲であり、不当に選挙権を侵害されたとして、公選法を立法した国に対し、国家賠償法一条一項に基づき慰謝料を請求している事案である。
一 争いのない事実等(証拠等で認定した事実は当該証拠等を末尾に掲記し、当事者間に争いのない事実は証拠等を掲記しない)
1 本件選挙の実施
(一) 平成一〇年七月一二日、本件選挙が実施された。
(二) 公選法は、投票が円滑に行われること(投票の円滑性)、二重投票を防止すること(選挙人の確認)という点から、選挙人名簿制度を採用し(公選法一九条)、選挙権を行使(投票)するためには選挙人名簿に登録されていなければならないと定め(公選法四二条一項)、その登録要件として、当該市町村の区域内に住所を有する年齢満二〇年以上の日本国民(法律の規定により選挙権を有しない者を除く)で、その者にかかる当該市町村の住民票が作成された日(他の市町村から当該市町村の区域内に住所を移した者で住民基本台帳法上の転入届をした者については、当該届出をした日)から引き続き三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者(以下、右要件を「継続居住要件」といい、これを満たしている者を「被登録資格者」という)としている(公選法二一条一項)。
(三) 選挙人名簿に登録されている者は、他の市町村の区域内に住所を移した場合において、なお選挙権を有するときは、当該他の市町村の選挙人名簿に登録されるまでの間、現に選挙人名簿に登録されている市町村において投票をすることができる。
ただし、公選法二七条一項の転出の表示をされた者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなった日の後、四か月を経過するに至ったときは、当該市町村の選挙管理委員会により、選挙人名簿から抹消される。
(四) 選挙人名簿に登録される資格を回復することにより転出の表示の消除が行われる場合としては、他市町村へ転出した者が再転入する場合がある(公選法施行令一六条)。この場合、公選法二八条二号に基づき、選挙人名簿から抹消される期限である四か月間に引き続き三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されているという登録要件を満たす必要がある。
(五) 被登録資格者については、定時登録(法一九条二項にいう、三月、六月、九月、一二月の登録月における登録)及び選挙時登録(法一九条二項の「選挙を行う場合」の登録)により、選挙人名簿に登録される。
(六) 本件選挙においては、直近の定時登録としては、平成一〇年六月一日現在住民基本台帳に記録されている者について同月二日に、選挙時登録としては、同月二四日現在住民基本台帳に記録されている者について同日に、それぞれ選挙人名簿に登録された。
(七) 本件選挙(選挙区選出)では、東京選挙区として東京二三区が同一選挙区となっていた。
2 原告の転居
(一) 原告は、平成四年八月二日、東京都葛飾区新宿五丁目二二番二一号葛飾ビューハイツ七〇一号(以下「葛飾区新宿」という)から東京都港区芝浦二丁目三番二六号田町東豊エステート七〇二号室(以下「港区芝浦」という)に転出した。
(二) 原告は、平成一〇年二月二二日、港区芝浦から東京都大田区上池台一丁目五二番一四号メゾンニューフィールド一〇二号室(以下「大田区上池台」という)に転出した。これにより港区の選挙人名簿には公選法二七条一項に基づき転出の表示がされた(甲一)。
(三) 原告は、さらに、平成一〇年四月一九日、大田区上池台から東京都港区南麻布一丁目一二番七号中村ビル二〇一号室(以下「港区南麻布」という)に転出した。
3 原告の選挙人名簿への登録、抹消
(一) 原告は、平成四年八月から同一〇年二月二二日まで、居住していた港区芝浦において、その住民基本台帳に記録されていたことから、港区の当時の選挙人名簿にも登録されていた。
しかし、平成一〇年二月二二日、港区芝浦から大田区上池台に転出したことに伴い、港区の選挙人名簿には公選法二七条一項に基づき転出の表示がされた(甲一)。
(二) 原告は、平成一〇年四月一九日、大田区上池台より港区南麻布に転出したため、大田区においては、被登録資格者とならなかった(引き続き三か月以上住民基本台帳に記録されなかった)ため、大田区の選挙人名簿には登録されなかった。
(三) 原告は、港区芝浦から大田区上池台に転居してから四か月経過後の平成一〇年六月二三日には、公選法二七条一項、同二八条二号に基づき、港区芝浦に居住していた際登録されていた、港区の選挙人名簿から抹消された。また、原告は、本件選挙の選挙時登録の基準日である平成一〇年六月二四日現在において、港区南麻布では、引き続き三か月以上住民基本台帳に記録されていないため、選挙人名簿には登録されなかった。
4 本件選挙における原告の選挙権
前記3でみてきたとおり、原告は、本件選挙の選挙時登録の基準日である平成一〇年六月二四日現在において、大田区、港区のいずれの選挙人名簿にも登録されていなかったため、公選法四二条の規定に基づき、本件選挙において選挙権を行使できなかった。
二 争点
同一選挙区内においても、「三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者」を被登録資格者として選挙人名簿に登載し、その登載された者のみに選挙を認める公選法二一条一項は、憲法一五条三項、同九七条で保障された選挙権を侵害する違憲な法令か。また、公選法二一条一項は、法の下の平等を定めた憲法一四条一項に違反するか。
(原告の主張)
1 規制態様
公選法二一条一項は、住民票の移動等による不正な投票を防止し、また選挙人名簿の正確性を確保することを目的としているが、三か月以上の継続居住要件により、原告のように、当該選挙における同一選挙区とされる市町村間で転居した場合には、不正投票の可能性はあり得ないにもかかわらず、選挙権が与えられないことになってしまう。
したがって、公選法二一条一項は、規制態様(手段及び方法)において国民の選挙権を奪うものであり、憲法の基本的人権の保障の精神に著しく反する。
また、公選法二一条一項の規定を、本件のような不正投票の可能性のあり得ない場合に画一的に適用することは、憲法一四条一項で保障された法の下の平等原則にも反する。
2 審査基準
選挙権は、憲法で保障された基本的人権の中でも特に重要な権利であり、選挙権を侵害する法律の違憲審査基準については、立法目的を達成するため、規制の程度のより少ない手段が存在するかどうかを具体的に審査し、それがありうると解される場合には当該規制立法を違憲とするという厳格な基準によるべきである。
(被告の主張)
1 規制態様
公選法二一条一項は、立法目的、手段のいずれにおいても、合理性を有している。原告は、短期間のうちに同一選挙区内で転居を繰り返しており、例外的な事柄であって、右合理性を揺るがすものではない。
継続居住要件は、地方公共団体の選挙における選挙権の要件が、引き続き当該市町村に三か月以上住所を有することとされていること(公選法九条二項)に対応しており、選挙人を選挙人名簿に登録するための合理的な技術的必要に基づくものであって、選挙人を公証するという名簿の必要からやむを得ないものである。
そして、公選法二七条一項、同二八条二号は、前住所地の市町村の選挙人名簿から抹消されるまでの期間について、転出後四か月を経過するに至ったときとしている。これは、前住所地から転出後直ちに選挙人名簿から抹消すると、いずれの市町村の選挙人名簿にも登録されないこととなるので、このような事態を防止するとの趣旨に出たものである。
また、選挙管理委員会などが画一的な運用をすることは、公正な選挙を行う以上当然のことであって、適用上問題はない。
2 審査基準
選挙制度の仕組みに関する法律の規定の合憲性を判断する基準については、国会の具体的に定めたところが、国会の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており、これを是認することができないかどうかにより判断すべきである。
第三争点に対する判断
本件選挙では、原告が、公選法二一条の継続居住要件を満たさなかったために、選挙権を行使できなかったことに関して、公選法二一条一項が原告の選挙権を侵害し、憲法一五条三項、同九七条に違反し、また憲法一四条一項に違反して違憲であるかについて検討する。
一 公選法二一条一項の立法目的について
公選法二一条一項は、選挙時登録の直前の選挙期間中のみの意図的な住民票の移動による不正な投票の防止及び選挙当日では投票者の選挙権の有無の審査が事実上不可能であるというという立法事実を前提に、あらかじめ選挙権の有無を調査して有権者を登録しておけば投票が円滑に行われるという点や、選挙人名簿の確認により二重投票の防止ができるという点から選挙人名簿制度を採用したものであると認められる。
したがって、選挙人名簿制度を採用した公選法二一条一項の立法目的は正当であり、この点については、原被告双方特段の争いはない。
二 公選法二一条一項が立法目的を達成するために採用した手段について
1 選挙権の保障は、民主制国家存立の根幹をなすものであり、最大限に尊重されなければならない。したがって、投票の円滑化及び不正投票の防止という立法目的を実現するための手段の適否を考えるに当たっては、選挙権が国民の基本的な権利であることを念頭に置き、選挙権の制約は必要やむを得ない場合に限られると解するのが相当である。
2 以上を前提に、公選法二一条一項が、必要やむを得ない限度の制約といえるかについて検討する。
(一) 公選法が、市町村ごとに作成された選挙人名簿制度を採用して選挙権行使の基礎としていることについて、選挙の当日、投票しようとする者が、投票権を有しているかどうかを審査することは事実上不可能であること、あらかじめ選挙権の有無を調査して有権者を登録しておけば投票が円滑に行われること、選挙人名簿の確認及び活用により、二重投票の防止が可能になること等から選挙人名簿制度を採用していること自体は合理的であるというべきである。
また、住民の住所等の実態把握その他、選挙資格の確認のために必要な資料は住民と密接なかかわりを有する市町村において有していることが少なくないと認められ、選挙人名簿を市町村ごとに作成することも合理的であると認められる。
さらに、東京二三区における特別区を、一つの市町村と同様に取り扱うことは、その住民とのかかわり及び規模からいっても合理性のあるところである。
(二) 次に、継続居住要件が必要やむを得ない限度の制約といえるかについて検討する。
(1) 公選法は、継続居住要件を外して罰則のみをもってしては不正投票を防止できないという現実的要請と投票の機会を保障する観点から、引き続き三か月以上の継続居住要件を課す一方で、移転のための旅行期間及び転入届提出の猶予期間を考慮して、前住所地の市町村の選挙人名簿から抹消される期間を転出後四か月間として確保するなどしている(公選法二七条一項、二八条二号)。
このように抹消される期間を転居後四か月間確認する規定を設けたのは、前住所地から転出後直ちに選挙人名簿から抹消すると、いずれの市町村の選挙人名簿にも登録されないことになるので、このような事態を防止するためであり、また、四か月の期間を設けたのは、選挙人名簿登録の要件である住民基本台帳記録三か月の期間に、移転のための旅行期間及び転入出届提出の猶予期間を合わせても四か月の期間があれば、提出後十分な余裕を持って新住所地の選挙人名簿に登録されることを考慮したものである。仮に、右四か月の期間を無制限に長期にすると、当該市町村に住所を有しない選挙人をなお当該市町村の選挙人名簿に記載し、かつその投票を認めることとなり、選挙人名簿の正確性を著しく損ねることになる。
以上のように、公選法の継続居住要件は、必要やむを得ない限度の制約といえ、合理性のあるものということができる。
(2) ところで、原告は、本件選挙において実際に選挙権が与えられなかったのであるが、それは、前記第二、一、2で摘示したとおり、短期間に転居を繰り返したことから、継続居住要件を満たさず、また前登録の抹消猶予期間も経過してしまい、選挙人名簿への登録がされなかった結果であり、公選法の予定しない例外的な状況であったということができる。
すなわち、一般的に転居を伴う移動については、前記(1) の手当により、投票の機会が保障されているのであるが、原告は、平成一〇年二月二二日に港区芝浦から大田区上池台へ、同年四月一九日に大田区上池台から港区南麻布へ転出しており、必ずしも一般的な移動とはいえない上、選挙登録が同年六月二四日に行われる旨選挙管理委員会により決定され、同年六月二一日に四か月間の抹消猶予期間が経過したことにより、すべての選挙人登録名簿に登録されていない状態が生じたものであり、極めて例外的な事案というほかない。すなわち、仮に、原告の港区芝浦から大田区上池台への転出が平成一〇年二月二二日ではなく、同月二五日であれば、港区の選挙人名簿からは抹消されず、原告は港区で選挙権を行使することができた。また、原告の大田区上池台から港区南麻布への転出で平成一〇年四月一九日ではなく同年五月二三日であれば、原告は大田区で選挙権を行使することができた。さらには原告は、平成一〇年三月二日までに港区芝浦から大田区上池台に転入し、同年六月二四日まで居住していれば大田区で選挙権を行使することができた。以上のように、原告が本件選挙権を行使できなかった事態は、期間的な間隙をぬっておきた、まれな事象ということができる。
(3) 本件のような例外的事例の場合にも、選挙の機会を保障するためには、選挙人名簿制度を採用し、継続居住要件を前提とする以上、なお何らかの条項を設けるほか、住民基本台帳の取扱い等の変更などを視野に入れて検討しなければならないところ、それでは選挙制度自体の運営に支障が出ることが予想される。
なるほど、前述のように、選挙権は最大限尊重されるべき国民の基本的な権利であるが、本件のような例外的な場合を含め、すべての場合に、選挙の機会を保障することは、実際上困難というべきであり、本件のような例外的な場合に選挙権が保障されないことをもって違憲であるということはできない。
3 小括
以上の検討から明らかなとおり、本件においては、公選法二一条一項が継続居住要件を定めていることは、その目的である、住民票の移動等による不正な投票の防止及び選挙人名簿の正確性の確保という点から、必要やむを得ない制約であり、違憲ということはできない。
三 原告のその他の主張について
1 原告は、本件のような同一選挙区内の移動であれば、二重投票や住民票の不正移動による不正な投票はあり得ないから、他選挙区間の移動と同様に処理して選挙権を侵害するのは違憲であると主張する。
しかし、前記一で判断したとおり、公選法二一条一項は、不正投票の防止だけに限られず、投票の円滑性の確保等も目的として規定されたものであり、不正投票の可能性がないことのみを重視して違憲ということはできない。
のみならず、国民の投票する選挙には、各地方自治体の選挙、衆議院選挙など各種の選挙があるところ、原告の主張を推し進めれば、各選挙ごとに別異の選挙人名簿を作らなければならないことになろうが、選挙制度全体の円滑な運営等の観点からは採用し難い主張である。よって、この点の原告の主張は採用することができない。
2 また、原告は、公選法二一条一項の画一的な適用は憲法一四条一項で保障されている法の下の平等に反すると主張する。しかし、憲法一四条一項は、いかなる差異も許容しない趣旨ではなく、合理的な差異であれば許容する趣旨であると解され、公選法二一条一項が正当な立法目的を達成するための必要最小限度の制約であると認められれば、そこから派生して生じる差異は法の下の平等に反しないというべきである。
これを本件についてみるに、前記認定によれば、公選法二一条一項の規定は必要やむを得ない限度の制約であると認められるから、そこから派生して生じる選挙人間の差異も合理的な差異であると認められる。よって、公選法二一条一項が憲法一四条一項に反して違憲であるとする原告の主張は理由がない。
第四結論
以上によれば、公選法二一条一項は、投票の円滑性及び不正投票を防止するという立法目的を達成するための必要やむを得ない限度の手段と認めることができ、同条項が憲法一五条三項、同九七条、一四条一項に反し違憲無効であるとの原告の主張は理由がない。よって原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないので、これを棄却することにする。
(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 足立正佳 裁判官 富澤賢一郎)