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東京地方裁判所 平成12年(ワ)10835号 判決 2000年12月26日

原告

イオンケミカル株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

田中紘三

田中みどり

田中みちよ

被告

ファミリーテレホン株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

西尾孝幸

岡野由美

主文

一  被告は、原告に対し、別紙目録記載(一)の特許権について、移転登録手続をせよ。

二  原告は、被告に対し、別紙目録記載(二)及び同(三)の特許出願について、特許を受ける権利の移転請求権を有することを確認する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、汚泥、汚水疎水化剤の研究開発等を目的とするイオンケミカルインダストリー株式会社(以下「訴外会社」という。訴外会社の代表者は、原告代表者と同一人である。)において製造された汚泥・汚水焼却灰無害化処理剤、ダイオキシン無害化処理剤の販売を主な目的とする株式会社である。

(二) 被告は、昭和六〇年八月一日、通信機器等の開発、販売等を目的として設立された株式会社である。なお、被告は、平成一二年二月二五日、廃棄物及び汚染土壌の公害防止処理事業等を会社の目的に追加した。

2  本件特許権等

(一) 原告は、訴外会社から、別紙目録記載(一)の特許権(以下「本件特許権」という。)を譲り受け、平成一一年七月一五日、その旨の登録をした。

原告は、訴外会社から、別紙目録記載(二)(以下「本件特許出願(一)」という。)及び同(三)(以下「本件特許出願(二)」という。)の各特許出願について、特許を受ける権利(以下、これらの特許を受ける権利及び本件特許権を併せて「本件特許権等」という。)を譲り受け、平成一一年五月二〇日、特許庁長官にその旨の届出をした。

(二) 本件特許権について、平成一一年一一月五日、原告から被告に移転登録がされた。

本件特許出願(一)について、平成一二年一月一九日、特許庁長官に対し、原告から被告へ出願人の名義を変更する旨の届出がされた。

本件特許出願(二)について、平成一一年一〇月二七日、特許庁長官に対し、原告から被告へ出願人の名義を変更する旨の届出がされた。

3  原告と被告との契約関係等

(一) 原告と被告は、平成一一年一〇月五日、次のような内容の覚書(以下「本件覚書」という。)を交わした。

(1) 原告が特許を有するダイオキシン類無害化除去に関する事業の開発について協力し、事業の円滑な推進について協調する。

(2) 本事業に関する協調体制を証するため、原告は、本件特許権等について、被告に専用実施権又はこれに準ずる権利を設定する。

(3) 本事業に関する協調体制を証するため、原告は、本件特許権等について、いつでも名義の全部を変更できる書式を被告に託し、本事業の推進ができないときは、権利名義の全部について被告に変更する。

(二) 原告と被告は、平成一一年一〇月五日、次のような内容の金銭消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)を締結した。

(1) 被告は原告に対し、同日、五〇〇〇万円を貸し渡した。

(2) 返済期限   平成一二年一〇月四日

利息      年三パーセント

遅延損害金 年一〇パーセント

(3) 原告は、右債務の履行を担保するため、本件特許権等について、被告名義の専用実施権又はこれに準ずる権利を設定する。

(三) 原告と被告は、平成一一年一〇月一九日、次のような内容の金銭消費貸借契約書(以下「一〇月一九日契約書」という。)を作成するとともに、原告は被告に対し、本件特許権に関する単独申請承諾書と譲渡証書及び本件特許出願(一)及び(二)に関する譲渡証書を渡した。

(1) 被告は原告に対し、平成一一年一〇月五日、五〇〇〇万円を貸し渡した。

(2) 返済期限   平成一一年一二月三一日

利息      年三パーセント

遅延損害金 年一〇パーセント

(3) 原告は、右債務の履行を担保するため、本件特許権等について、被告に名義のすべてを変更し、被告名義の専用実施権又はこれに準ずる権利を設定する。

(4) 右債務につき、右返済期限までに返済された場合は、本件特許権等について、被告から原告に名義のすべてを変更する。ただし、右債務が返済期日までに履行されなかった場合は、担保とした特許に関する権利のすべてを原告から被告へ無償にて譲渡したこととし、原告は、債務に関する履行責任のみが継続することを認める。

(四) 右2(二)の移転登録及び届出は、右(三)の原告が被告に対して渡した書類によって行われた。

二  本件は、原告が被告に対し、本件消費貸借契約に当たって本件特許権等に譲渡担保権を設定したところ、原告は、債務を弁済したので、本件特許権等について返還請求権(受戻権)を有すると主張して、本件特許権の移転登録手続を求めると共に、本件特許出願(一)及び同(二)についての特許を受ける権利の移転請求権が原告にあることの確認を求める事案である。

三  本件の争点

1  原告が被告との間で本件特許権等について締結した契約(以下「本件契約」という。)の法的性質、被告に清算義務があるかどうか、原告に受戻権が存在するかどうか

2  一〇月一九日契約書における前記第二の一3(三)(4)の約定は公序良俗に反し無効かどうか

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1について

(原告の主張)

1 本件契約は、原告が被告から五〇〇〇万円を借り受けるに当たり、本件特許権等を被告に譲渡することによって、右五〇〇〇万円の担保とするという内容のものであるから、その法的性質は、帰属清算型譲渡担保権設定契約である。

2 譲渡担保権者は、譲渡担保権の実行に際して清算義務を負うところ、被告は、清算義務を果たしていない。したがって、被告に本件特許権等が確定的に移転したとはいえない。

3 譲渡担保権設定契約においては、債務者が弁済すると譲渡担保が消滅し、その結果として設定者には返還請求権(受戻権)が発生するところ、受戻権は、弁済期が到来した後であっても行使することができる。

4 原告は、平成一二年六月三〇日、右五〇〇〇万円及びこれに対する利息を返済した。

5 したがって、被告は、原告に対し、本件特許権等について、返還請求権を有する。

(被告の主張)

1(一) 原告は、株式会社サンコーポレーション(以下「サンコーポレーション」という。)から、平成一一年五月末日を返済期限として五〇〇〇万円を借り受けた。しかし、原告は弁済できなかったため、サンコーポレーションに対し、株式会社ジーエムビーインターナショナルから預かった手形(同年一〇月二〇日満期)を預けるとともに、本件特許権に専用実施権を設定し、右返済期日は同年一〇月五日に変更された。

(二) 原告は、被告との間で、平成一一年一〇月五日に、本件覚書を交わし、本件消費貸借契約を締結した。原告は、被告から借り受けた五〇〇〇万円によって、サンコーポレーションに対する債務を返済して、右手形を取り戻し、右専用実施権設定契約は解除された。

ところが、その後、原告代表者が、被告との共同事業を一方的に断ってきたことから、同年一〇月一九日、前記第二の一3(三)のような内容の契約書(一〇月一九日契約書)を作成した。被告としては、原告が本件特許権等を無償で譲渡することを承諾したことによって、すべてを決着することとしたものである。

(三) 以上の経過により、被告は、本件特許権等について、平成一二年一〇月一九日の右契約における合意に基づき、原告から融資の対価として取得したのであるから、本件契約は、停止条件付代物弁済契約であって、清算義務を伴わないものと解するのが相当である。

2(一) 仮に、本件契約が譲渡担保権設定契約であったとしても、本件特許権等の移転は、期限までに返済したことを解除条件とするものであって、原告は、被告に対し、清算を要しない旨の合意をしたものと解することができる。本件特許の評価は、それ自体困難であり、債権額よりも高く評価できないものであるから、右のように解することが、当事者の意思にかなうというべきである。

(二) また、本件特許権等は、実施の実績がなく、その評価は、無価値に等しいのであるから、清算は不要である。

3(一) 本件においては、特許権の評価が困難であるという事情があり、かつ残債務が残るという合意をしながら、被告は残債務の請求をしていないのであるから、被告は、原告に対して、目的物の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をしたのと同様に解することができる。したがって、原告は、受戻権を有しない。

(二) 被告は、既に第三者と契約をして、本件特許権を実施しているから、原告は、受戻権を有しない。

(三) 原告は、被告に対して、共同事業をもちかけておきながら、それを一方的に断わるなど不誠実な対応に終始している。それにもかかわらず、原告に受戻権があると解するのは不当である。

二  争点2について

(原告の主張)

一〇月一九日契約書は、被告が原告代表者を被告会社に呼びつけ、被告社員が原告代表者を取り囲み、心理的に圧迫した状態で捺印させたものである。このような契約書作成の経緯及び第二の一3(三)(4)の約定の内容からして、同約定は、公序良俗に反し無効である。

(被告の主張)

一〇月一九日契約書は、原告代表者が、被告会社に来社し、契約内容について、十分に確認した上で捺印したものであって、被告に対して、譲渡証書及び単独申請承諾書を渡している。そして、第二の一3(三)(4)の約定の内容は、暴利行為ではない。したがって、右約定は、公序良俗に反するものでもない。

第四当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件契約の法的性質について

前記第二の一の争いがない事実によると、一〇月一九日契約書には、原告は、債務の履行を担保するため、本件特許権等について、被告に名義のすべてを変更する旨、債務が返済期限までに返済された場合は、本件特許権等について、被告から原告に名義のすべてを変更するが、債務が返済期日までに履行されなかった場合は、担保とした特許に関する権利のすべてを原告から被告へ無償にて譲渡したこととする旨の条項が存することが認められ、この事実に弁論の全趣旨(被告は、答弁書及び平成一二年七月一四日付けの準備書面において、本件特許権等は、貸付金の担保とした旨主張していたこと等)を総合すると、本件契約は、原告が被告から五〇〇〇万円を借り受けるに当たり、その担保として、原告が有する本件特許権等を被告に移転する旨の帰属清算型譲渡担保権設定契約であると解するのが相当であって、停止条件付代物弁済契約であるとは認められない。

なお、前記第二の一の争いがない事実3(三)(4)認定に係る一〇月一九日契約書の文言を文字どおり読むと、本件契約は、返済期日に債務が履行されないときは、原告は、被告に対して、本件特許権等を無償で譲渡し、原告の債務は全額について存続するとの内容であるということになる。しかし、当事者双方ともそのような主張をしていない。また、そうであれば、原告から被告に対する本件特許権等の譲渡は、対価性のない行為ということになるが、原告が被告に対してそのような対価性のない行為をすべき実質的な関係は何ら認められないから、右のような内容であると解することは著しく不合理である。したがって、本件契約の法的性質は、右のとおり帰属清算型譲渡担保権設定契約であると解するのが、当事者の意思に沿った合理的な解釈というべきである。

2  清算義務の存否について

右1で述べたとおり、本件契約は、本件特許権等を目的物とする譲渡担保権設定契約であるから、譲渡担保権の実行に当たっては、原則として、譲渡担保権者である被告は、譲渡担保権設定者である原告に対して、清算義務を負うというべきである。

被告は、本件特許の評価は、それ自体困難であり、債権額よりも高く評価できないものであるから、清算を要しないと解することが、当事者の意思にかなうと主張するが、本件特許権等を評価することが不可能であるとは解されず、また、前記第二の一の争いがない事実によると、原告と被告は、原告出願に係る本件特許権等に関する事業について、提携して事業を進める旨約して、本件消費貸借契約を締結し、本件特許権等を五〇〇〇万円の債権の担保としたことが認められ、この事実に弁論の全趣旨(被告は、自分で本件特許権を実施していると主張していること等)をも総合すると、本件特許権等が無価値であるとか、評価額が明らかに債権額よりも低いとは認められない。したがって、右の被告主張の事実は認められないから、これらの事実を根拠として清算を要しないと解することはできない。

また、被告は、本件特許権等は、実施の実績がなく、その評価は、無価値に等しいのであるから、清算は不要であるとも主張するが、右のとおり、本件特許権等が無価値であるとは認められないから、被告のこの主張も採用できない。そして、その他に、本件において、清算義務が生じないというべき事情を認めるに足りる証拠はない。

3  受戻権の存否について

(一) 帰属清算型の譲渡担保においては、債務者が債務の履行を遅滞し、債権者が債務者に対し目的物を確定的に自己の所有に帰せしめる旨の意思表示をしても、債権者が債務者に対して清算金の支払若しくはその提供又は目的物の適正評価額が債務を上回らない旨の通知をしない限り、債務者は受戻権を有し、債務の全額を返済して譲渡担保権を消滅させることができると解するのが相当である(最高裁判所昭和六二年二月一二日第一小法廷判決・民集四一巻一号六七頁参照)。そして、清算金の支払若しくはその提供又は目的物の適正評価額が債務を上回らない旨の通知は、清算金の算定根拠と評価費用等の債務者の負担すべき費用の額とを具体的に示してしなければならないというべきである。

しかるところ、証拠(乙一)によると、被告は、平成一二年一月一二日、原告に対し、「平成十一年十月五日付にて、ファミリーテレホン株式会社とイオンケミカル株式会社及び村上範武との間で締結した金銭消費貸借契約書に基づき、貸付金の返済期日が過ぎましたので、特許につきましては、当社に確定的に帰属することになりましたことを通知致します。」と記載した書面(以下「本件通知書面」という。)を送付したことが認められるが、この通知によって、被告が、原告に対して、清算金の支払若しくはその提供又は目的物の適正評価額が債務を上回らない旨の通知をしたとは認められず、その他、この事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告は受戻権を有し、債務の全額を返済して譲渡担保権を消滅させることができる。

(二) 被告は、本件においては、特許権の評価が困難であるという事情があり、かつ残債務が残るという合意をしながら、被告は残債務の請求をしていないのであるから、被告は、原告に対して、目的物の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をしたのと同様に解することができると主張するが、右2で述べたとおり、評価が不可能であるとは認められず、また、被告が残債務の請求をしていないからといって、清算金の支払若しくはその提供又は目的物の適正評価額が債務を上回らない旨の通知をしたといえないことは明らかであるから、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、既に第三者と契約をして、本件特許権を実施しているから、原告は、受戻権を有しないと主張するが、そうであるからといって、原告が受戻権を失ったと解することはできない。

さらに、被告は、原告が被告に対して、共同事業をもちかけておきながら、それを一方的に断わるなど不誠実な対応に終始しているにもかかわらず、原告に受戻権があると解するのは不当であると主張するが、被告が主張する右事情は、原告の受戻権が消滅する事情ということはできない。

4  受戻権の行使について

(一) 証拠(甲一一、一二、一六、乙一、乙八の一、二、乙一三)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、平成一一年一二月二七日 原告に対し、金利の計算関係及び振込口座を記載した書面をファックス送信した。

(2) 原告代理人C弁護士は、平成一一年一二月二九日、被告に対し、五〇〇〇万円に対する同日までの利息である三五万三四二四円を振込送金した。

これに対し、被告の常務取締役Dは、同日、C弁護士に対し、平成一一年一二月三一日までに元利金の入金が確認できない限り、権利を履行する旨の書面をファックス送信した。

また、同日夜、原告代表者は、電話で、Dと話したが、その際、Dは、五〇〇〇万円を返しても本件特許権等は返還しない旨述べていた。

(3) 被告は、返済期日である平成一一年一二月三一日が経過した後に、原告に対して、貸付金五〇〇〇万円の返還を請求したことはない。

(4) 被告は、平成一二年一月一二日、原告に対し、本件通知書面を送付した。

(5) 原告は、平成一二年五月三〇日に、本訴を提起した。

被告は、同年六月二九日、答弁書を提出し、その中で、本件特許権等は、貸付金五〇〇〇万の担保としたものであるところ、約定どおり返済がされなかったので、被告のものとなった旨の主張をした。

(6) 原告は、被告を被供託者として、平成一二年六月三〇日、元金五〇〇〇万円に平成一一年一二月三〇日及び同月三一日分の利息八二一九円を加算した五〇〇〇万八二一九円を東京法務局に供託した(以下「本件供託」という。)。

(二) 右(一)認定の事実に弁論の全趣旨(本件訴訟における本件特許権等に関する被告の主張内容等)を総合すると、被告は、貸付金五〇〇〇万円の返済期限である平成一一年一二月三一日が経過した後の時期においては、原告からの右貸付金の返済を受領することを明白に拒絶しているものと認められるから、本件供託は、適法であり、既に右貸付金は弁済されたと認められる。

したがって、原告は、被告に対して、本件特許権等について返還請求権を有するものと認められる。

二  以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 内藤裕之 裁判官 岡口基一)

別紙目録

(一) 特許権

特許番号  特許第二七一八九〇四号

発明の名称 焼却灰無害化処理剤

出願年月日 平成七年三月二日

出願番号  〇七ー〇四二九五三

登録年月日 平成九年一一月一四日

(二) 特許出願

発明の名称 臭気性ガスの脱臭剤

出願年月日 平成九年七月三一日

出願番号  特願平九ー二〇五九〇五

公開年月日 平成一一年二月二三日

公開番号  特願平一一ー〇四七二四五

(三) 特許出願

発明の名称 ダイオキシン類無害化除去剤およびその使用方法

出願年月日 平成一〇年三月一三日

出願番号  特願平一〇ー〇六三五三三

公開年月日 平成一一年九月二一日

公開番号  特願平一一ー二五三七四八

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