東京地方裁判所 平成12年(ワ)11283号 判決 2002年5月20日
原告
槇田昌弘
ほか一名
被告
星田有人
主文
一 被告は、原告槇田昌弘に対し、金二一四万七七六〇円及びこれに対する平成八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告京橋電設株式会社に対し、金三五一万四六四六円及びこれに対する平成八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告槇田昌弘(以下「原告槇田」という。)に対し、二八五万六七四〇円及びこれに対する平成八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告京橋電設株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、一〇四八万九〇一二円及びこれに対する平成八年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告らが交通事故により損害を受けたとして、被告に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づいて賠償を請求している事案であり、争点は損害額である。
一 争いのない事実
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成八年一一月二八日 午後五時一五分ころ
イ 場所 東京都渋谷区大山町二六番
ウ 原告車両 小川次一(以下「小川」という。)が運転し、原告槇田が同乗する自家用普通乗用自動車(品川三四ぬ四四七一)
エ 被告車両 被告が運転する自家用普通乗用自動車(足立三四さ一三一六)
オ 事故態様 被告車両が、停止中の原告車両に追突した。
(2) 責任原因
被告は、被告車両の保有者であり、前方注視義務を怠って本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、本件事故により生じた損害の賠償責任を負う。
(3) 原告槇田の傷害の内容及び治療経過
ア 傷病名
頸椎捻挫、頸椎棘突起変形、頸椎棘間靭帯炎
イ 治療状況
平成八年一一月二八日から平成九年三月一四日まで代々木八幡クリニックに通院した。
ウ 後遺症
平成九年三月一四日に症状固定し、局部に神経症状を残すものとして、後遺障害等級一四級一〇号の認定を受けた。
二 争点
(1) 原告槇田の損害額
(原告槇田の主張)
ア 受傷による損害
<1> 治療費 一〇七万〇二〇〇円
a 代々木八幡クリニック 一〇万九二〇〇円
b 成田文吾(指圧) 九五万四〇〇〇円
平成八年一一月二八日から平成一一年一〇月二七日まで通院
c アルファスター(指圧) 七〇〇〇円
平成九年三月八日から同月二三日まで通院
原告槇田は、本件事故直後から頸部から腰部にかけて激しい痛みがあり、また、湿布薬を用いると肌が腫れる体質であった。原告槇田は、代々木八幡クリニックの猪山茂医師の指示に従ってはり、指圧治療を受けたもので、本件の傷害ないし後遺症の性質に照らせば、医学的に合理的かつ必要性の高い治療方法であり、これに要する費用は本件事故と相当因果関係がある。
<2> 交通費 八〇六〇円
<3> 通院慰謝料 七〇万円
<4> 小計 一七七万八二六〇円
イ 後遺症による損害
<1> 後遺症慰謝料 一〇〇万円
<2> 韓国出張キャンセルに伴う損害 一三八〇円
原告槇田は、平成八年一一月二九日から韓国へ出張する予定であったが、本件事故により出張できなくなった。
<3> ハワイ旅行キャンセル代 七万七一〇〇円
原告槇田は、平成九年一月二九日からハワイに社内旅行をする予定であったが、本件事故のため旅行できなかった。直前まで参加する予定であったが、症状が改善されずキャンセルのやむなきに至った。
<4> 小計 一〇七万八四八〇円
ウ 合計 二八五万六七四〇円
(被告の主張)
ア<1> aは認める。その余は否認する。はり、指圧等の施術は、医師の指示もなく、原告槇田の症状改善に役立たなかったものであり、治療といえるものではなかった。また、痛みがあるからといって、症状固定後の治療を認めることはできない。
<2> 認める。
<3> 争う。代々木八幡クリニック以外は治療として認めることができないこと、同クリニックでは頸椎捻挫等の傷病名で実通院日数一三日間の治療であることなどを考えると、通院慰謝料は二二万円が相当である。
イ<1> 争う。七五万円が相当である。
<2> 否認する。本件事故との因果関係は認められない。
<3> 否認する。受傷日から約二か月を経過しており、遊興目的の旅行の中止と本件事故との間に因果関係は存しない。
(2) 原告会社の損害額
(原告会社の主張)
原告槇田は、原告会社の代表取締役で、原告会社の株式を約六七%保有する事実上のオーナーであり、代替性のない地位にあり、営業を一手に引き受けている。原告会社では、原告槇田の労働時間の減少にかかわらず今後も従来どおりの報酬を支給することを決議してあるので、原告槇田の逸失利益相当分は、原告会社の損害となる(不真正間接損害)。同様の法理は民法四二二条に規定されている。被告は、原告会社が役員報酬を支給し続けるかどうか不確実である旨主張するが、逸失利益の計算は必ずフィクションを含むものである。また、原告槇田の原告会社への貢献度等からすれば、その役員報酬はすべて労働の対価である。
<1> 傷害による逸失利益 七六万七七六一円
症状固定前の原告槇田の労働能力は、最低でも従来の一割は喪失しており、原告槇田の本件事故発生前年度の年収につき、労働能力喪失率〇・一、事故日から症状固定日までの期間一〇七日として計算した。
二六一九万円÷三六五日×一〇七日×〇・一
<2> 後遺症による逸失利益 七五七万七一五九円
原告槇田の本件事故発生前年度の年収につき、一四級の労働能力喪失率〇・〇五、逸失利益相当期間七年として計算した。
二六一九万円×〇・〇五×五・七八六三(ライプニッツ係数)
<3> 車両修理代 二四万九六〇〇円
<4> 代車使用料 一一四万八九八〇円
原告車両の運転手として原告会社が雇用していた小川は、本件事故により負傷し運転できなくなったため、原告会社はハイヤーを使用せざるを得なかった。
<5> 車両評価損 一一万円
<6> 弁護士費用 六三万五五一二円
請求額の五%として計算した。
<7> 合計 一〇四八万九〇一二円
(被告の主張)
原告槇田の損害である逸失利益が、なぜ原告会社の損害になるのか理解できない。従業員に対する給与と異なり、原告会社は役員報酬を当然に支払わなければならない立場にない。原告会社は、株主総会決議、取締役会決議を経て役員報酬を支払うことを決めたのであり、原告会社自身の利益を考えた判断が入った役員報酬の支払である以上、相当因果関係の範囲内であるとはいえない。また、このような原告会社の判断から役員報酬が支払われたのであれば、そもそも原告槇田に逸失利益はなかったといわざるを得ない。さらに、原告会社が、原告槇田に従前どおりの役員報酬を支払うと決議しなければ原告会社も報酬支払義務を負わず、被告に対する損害賠償請求権も出てこなかったものであり、逸失利益相当額の損害賠償請求権は、本件事故によって発現したものではなく原告会社が支給を決議したから発現したものであり、相当因果関係の範囲にはない。また、原告会社の規模等からすれば、原告槇田の役員報酬の大部分(賃金センサス平成九年男子労働者大卒四〇~四四歳平均賃金七九一万七八〇〇円を超える部分)は実質的には利益配当である。
<1> 否認する。
<2> 否認する。原告槇田の第五頸椎棘突起の変形は、本件事故以前から認められる先天的なものであること、骨傷等の本件事故受傷に起因する器質的損傷は認められないこと、頸部痛等の症状と整合性のある有意な所見も認められないこと、後遺症の認定も他覚的所見により証明し得るものではなく、自覚症状のみであることなどを考えると、本件事故により労働能力が喪失したとまでいえない。また、原告会社が原告槇田に逸失利益分を支給し続ける保証はどこにもない。
<3> 二一万二五二〇円の範囲で認める。バッテリー上り点検・充電量点検及びサスペンション廻り各部点検の合計三万七〇八〇円(消費税込み)は本件事故と因果関係が認められない。
<4> 一〇万三〇〇〇円の範囲で認める。原告車両は、平成八年一一月二九日修理工場入庫、同年一二月五日納車であり、ハイヤーの使用開始は同月二日であるから、代車の使用期間は同月二日から五日までの四日間である。原告車両と同等の代車使用料は一日当たり二万五〇〇〇円程度なので四日分一〇万円に消費税(三%)を加算する。代車としてのハイヤー使用料金、修理期間を超える使用料金は本件事故と因果関係がない。
<5> 否認する。原告車両の損傷はリヤバンパーに対するもので、修理費も二一万一五二〇円であり、修理しても回復し得ない損傷とはいえない。
<6> 争う。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(原告槇田の損害額)について
(1) 前記争いのない事実並びに証拠(甲一ないし五、六の一ないし八、七、九の二の一・二、一〇、一三の二ないし一三、一五ないし一七、二九、三五ないし三七、乙五、原告槇田本人兼原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告槇田(昭和三〇年六月二五日生、事故時四一歳)は、原告車両の後部座席に同乗していたが、本件事故により頸椎捻挫、頸椎棘突起変形、頸椎棘間靭帯炎の傷害を受け、平成八年一一月二八日から平成九年三月一四日まで代々木八幡クリニックに通院した(実日数一三日)。
イ 原告槇田は、本件事故後、首・腰・手足の痛みを感じ、歩行も困難となったが、湿布薬を用いると肌が腫れる体質であったため、代々木八幡クリニックの猪山茂医師の同意を得て、平成八年一一月二八日から平成九年三月一三日までほぼ連日(合計八四回)、あん摩マッサージ指圧師である成田文吾の自宅への往診による指圧を受けた。
ウ 原告槇田は、事故翌日の韓国出張をキャンセルしたが、年末の多忙期でもあったので、平成八年一二月二日から同月一七日まで、ハイヤーを利用して取引先等を回り、同月四日には名古屋に行き、同月六日及び七日は伊東に宿泊した。平成九年一月二九日からのハワイへの社内旅行もキャンセルし、同年二月ころまでは、首から腕にかけての痛みが激しく、字が思うように書けないときもあった。
エ 原告槇田は、平成九年三月一四日症状固定し、平成一〇年に入ってからも半日欠勤するなどしていたが、事前認定で後遺症は非該当となった。異議申立ての結果、平成一一年九月二日、頸部痛については、画像上、本件事故以前からの第五頸椎棘突起の変形が認められるものの、骨傷等の本件事故受傷に起因する器質的損傷は認められず、症状と整合性のある有意な所見も認められないことから、他覚的所見により証明し得る障害と評価することは困難であるが、事故後一貫して頸部痛を訴えており、事故状況や治療経過等から、訴えの症状の残存を完全に否定することは困難なものと判断されることから、頸部に対して局部に神経症状を残すものとして、一四級一〇号に該当すると判断された。
(2) 原告槇田の損害額
ア 受傷による損害
<1> 治療費 五八万九七〇〇円
a 代々木八幡クリニック 一〇万九二〇〇円
当事者間に争いがない。
b 成田文吾(指圧) 四七万七〇〇〇円
証拠(甲六の一ないし七、原告槇田本人兼原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、平成八年一一月二八日から平成九年三月一三日までの指圧施術料は一回九〇〇〇円又は一万五〇〇〇円で、原告槇田は、合計九五万四〇〇〇円を支払ったことが認められる。原告槇田は、症状固定日までの一〇七日間に八四回の指圧を受けているが、このような多数回にわたる施術の必要性が存在したとは認められないものの、前記のとおり、医師の同意を得ていることなどからすれば、全部についてその必要性を否定することも相当とはいえず、医師の診察治療を受けたのが一三日であることなど前記認定の治療経過、内容等を勘案して、支出額の五〇%に当たる金額を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
c アルファスター(指圧) 三五〇〇円
証拠(甲六の八、原告槇田本人兼原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告槇田は、平成九年三月八日に指圧施術を受け七〇〇〇円を支払ったことが認められるが、前記のとおり五〇%相当額を認める。
<2> 交通費 八〇六〇円
当事者間に争いがない。
<3> 通院慰謝料 五五万円
前記認定の傷害の部位、程度、通院状況等に照らすと、傷害慰謝料は上記金額が相当である。
<4> 小計 一一四万七七六〇円
イ 後遺症による損害
<1> 後遺症慰謝料 一〇〇万円
前記認定の後遺症の内容、程度等に照らすと、後遺症慰謝料は上記金額が相当である。
<2> 韓国出張キャンセルに伴う損害
原告槇田は、平成八年一一月二九日の空港までのJR運賃五〇五〇円の領収書等(甲九の一の一・二)を提出するが、取消料一三八〇円の同年一二月三日付け領収証(甲九の一の三)には、同月四日分のJR取消料と記載されており、同年一一月二九日の運賃の取消料とは認められない。
<3> ハワイ旅行キャンセル代
原告槇田が、ハワイの社内旅行をキャンセルしたことは認められるが、本件事故の二か月後の旅行であり、早期にキャンセルすればキャンセル料を支払う必要はなかったものとみられるから、本件事故との相当因果関係は認められない。
<4> 小計 一〇〇万円
ウ 合計 二一四万七七六〇円
三 争点(2)(原告会社の損害)について
(1) 前記争いのない事実並びに証拠(甲一一の一・二、一六ないし二四、二九、三六、三八ないし四六、原告槇田本人兼原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告槇田は、電気工事士、高圧電気工事技術者、二級電気工事施工管理技術師等の免許を有しており、昭和五三年三月、学習院大学経済学部を卒業し、昭和五四年一月に原告会社に入社し、昭和六一年五月に取締役に、平成二年一一月に代表取締役専務に、平成三年一〇月に代表取締役社長にそれぞれ就任した。原告会社は、昭和三〇年四月に設立され、本件事故当時の資本金は六〇〇〇万円で、光ファイバーケーブル等の電線、変電設備、照明器具、工場の監視システム、空調設備等、主に産業用の電気・通信機器を取り扱っており、従業員は約三五名で、主たる取引先は小田急電鉄グループ、KDDI、花王等である。当初の筆頭株主は父の槇田保であったが、増資の際、原告槇田が約一億円を借金して株式を取得し、約六七%の株式を保有する筆頭株主となった。他の株主は、原告槇田の親類及び従業員取締役であり、原告槇田に敵対する株主はいない。
イ 原告槇田は、電気関係の資格を有していることを活かして、自ら営業を行うことにより取引先を獲得し、仕入れの値引き交渉を担当するほか、従業員の指揮監督等を行い、平成八年からは光ファイバー事業に乗り出すことを決定したが、この事業に携わっていた取締役営業部長が癌の告知を受けたことから、同部長の代わりを務めるなどした。原告槇田は、本件事故後労働時間が減少したが、前記借入金返済の必要性から、役員報酬は減額されなかった。
ウ 決算報告書(甲二〇)によれば、原告会社の平成七年度の売上高は約一三億〇六九五万円(以下、一万円未満は省略する。)、販売費及び一般管理費三億〇〇三七万円、営業利益四一五万円、当期利益一三八万円であるが、販売費及び一般管理費と題する書面(甲四三)及び役員報酬手当等及び人件費の内訳書(甲四四)によれば、同年度の販売費及び一般管理費は三億二〇三七万円で、そのうち給料手当は一億八九九六万円(役員報酬七七一六万円、従業員の給料手当一億一二八〇万円)、原告槇田の報酬は二三四四万円、賞与は二〇〇万円で、槇田保(取締役会長)の報酬は九三七万円、他の取締役四名の報酬は九三四万円ないし九七六万円であり、源泉徴収票(甲一一の一・二、三八)によれば、同年分の原告槇田の給与所得は二五八四万円、利益配当は三五万円である。
また、決算報告書(甲二一)によれば、平成八年度の売上高は一五億〇二八二万円、販売費及び一般管理費三億三六六七万円、営業利益五八六二万円、当期利益六七七万円であるが、販売費及び一般管理費と題する書面(甲四五)及び役員報酬手当等及び人件費の内訳書(甲四六)によれば、同年度の販売費及び一般管理費は三億一六六七万円で、そのうち給料手当は一億五九六〇万円(役員報酬七〇四七万円、従業員の給料手当八九一二万円)、原告槇田の報酬は二四〇〇万円、賞与は一〇〇万円、槇田保の報酬は六三九万円、他の取締役六名の報酬は二六六万円ないし八七〇万円であり、源泉徴収票(甲三九)によれば、同年分の原告槇田の給与所得は二四六〇万円である。
エ 営業活動の成果は約二年後に現れるため、原告会社の平成九年度の売上高は二三億七三一九万円と増加し、営業利益は四六六四万円、当期利益は一八八万円であり(甲二二)、源泉徴収票(甲四〇)によれば、同年分の原告槇田の給与所得は二七〇〇万円である。また、平成一〇年度の売上高は一二億一六〇三万円、平成一一年度は一四億二〇一〇万円である(甲二三、二四)。
(2) 原告会社の損害額
原告会社は、原告槇田に対し、本件事故後も事故前と同程度の報酬を支払ったとして、原告槇田の休業損害相当額及び後遺症による逸失利益相当額を損害として請求するが、取締役の報酬は、株主総会決議により定められるものであって(商法二六九条)、従業員に対する給与と異なり従前と同額の支払が義務付けられているとはいえないから、原告会社が原告槇田に支払った報酬を当然に本件事故により被った損害ということはできない。しかしながら、原告槇田は、原告会社の実質的なオーナーであり、原告槇田の借入金の返済を可能にし、事故前と同様の生活状態を維持・継続させるため、現に従前と同程度の役員報酬が支払われているという本件の事情を考慮すると、原告会社が原告槇田から労務の提供を受けないにもかかわらず報酬の支払をしたことによる損害は、本件事故と相当因果関係の範囲内にあると認めるのが相当である。
ところで、会社役員の報酬中には、役員として実際に稼働する対価としての実質をもつ部分と、そうでない利益配当等の実質をもつ部分とがあるとみるべきであるところ、後者については、傷害の結果役員を解任されるなどの事情がなくその地位に留まる限り、原則として逸失利益の問題は発生しないが、前者については、事故による傷害の結果労務を提供できなくなった場合には逸失利益の問題が生じる。前記のとおり、原告槇田は、原告会社の代表者として取引先との交渉、従業員の指揮監督等をして実質上稼働していたものと認められるが、その報酬額、原告会社の規模、売上高及び利益額、他の取締役の報酬額等を勘案すると、原告槇田の報酬には利益配当分が含まれているものといわざるを得ず、実際に稼働する対価は、平成七年分役員報酬二五八四万円の約六〇%に相当する一五〇〇万円とみるのが相当である。
<1> 傷害による逸失利益 四三万九七二六円
原告会社は、原告槇田が、本件事故後症状固定日までの一〇七日間に、従前の九〇%程度の労働しかできなかった旨主張するが、前記認定の原告槇田の傷害の内容、通院状況、治療経過等に照らせば、同主張は相当である。よって、原告会社は、原告槇田から労務の提供を受けないにもかかわらず、従前と同様の報酬を支払ったものとして、次のとおり算定した金額が原告会社の被った損害というべきである(円未満切捨て)。
一五〇〇万円÷三六五日×一〇七日×〇・一=四三万九七二六円
<2> 後遺症による逸失利益 二〇四万二四〇〇円
原告槇田の後遺症の内容、程度、仕事の内容等からすれば、原告槇田は、収入を挙げるに当たり本件事故前に比べて相当程度の努力をしていることが認められ、症状固定時から三年間、その労働能力を五%喪失したものとみるのが相当である。原告会社は、その間、原告槇田から労務の提供を受けないのに従前と同様の報酬を支払っており、原告会社の被った損害は、次のとおり、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定した金額というべきである。
一五〇〇万円×〇・〇五×二・七二三二=二〇四万二四〇〇円
<3> 車両修理代 二一万二五二〇円
証拠(甲一二、一三の一五・一六、乙三)及び弁論の全趣旨によれば、原告車両は、平成五年一月に新規登録された日産シーマで、時価額は二六一万円であり、走行距離は約九万〇一六二kmであったこと、本件事故により後部が損傷し、平成八年一一月二九日、修理工場に入庫し、小田急交通株式会社作成の同年一二月二日付けの修理見積りは、リヤバンパ、トランクリッド、左テールランプ等につき二四万九六〇〇円(消費税込み)であったが、バッテリー上り点検・充電量点検及びサスペンション廻り各部点検の合計三万七〇八〇円(消費税込み)は本件事故と因果関係が認められないとして、同月一三日、二一万二五二〇円で協定されたこと、同月五日納車されたこと、原告会社は、平成九年二月一〇日、修理代を支払ったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
<4> 代車使用料 四二万円
証拠(甲一三の一ないし一四・一六、三〇、乙四、原告槇田本人兼原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、小川を原告車両の運転手として雇用していたこと、小川は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、平成八年一一月二八日から平成九年三月一日まで代々木八幡クリニックに通院したこと(実日数一三日、平成八年一二月一七日までの実日数一〇日)、原告会社は、平成八年一二月二日から同月一七日まで、原告車両と同等クラスのハイヤーを使用し(実日数一二日)、乗車料金一〇九万三一八〇円(名古屋に行った同月四日は約三〇万円、伊東に行った同月六日は一〇万円、都内を乗車した日は平均約七万円)、通行料金・駐車料金二万二九九〇円、消費税三万二八一〇円の合計一一四万八九八〇円を小田急交通株式会社に支払ったこと、日産シーマのレンタル料金は一日二万五〇〇〇円であることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。前記のとおり、同月五日には原告車両の修理は完了していたが、原告会社は運転手を雇用して原告車両を使用していたのであり、直ちに別の運転手を雇用できたという事情は認められないから、小川が乗務できるようになるまでの間は代車を使用する必要性が認められ、小川の傷害の内容、通院状況からすると同月一七日までは運転が困難であったものとみることも相当である。もっとも、被害者には損害拡大防止義務があるから、名古屋及び伊東へは公共交通機関を利用すべきであること、ハイヤーではなくタクシーでも足りたと考えられることから、代車使用料として、前記ハイヤーの乗車料金全額を認めるのは相当でなく、都内の乗車料金の約五〇%相当額である一日当たり三万五〇〇〇円の一二日分を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。通行料金・駐車料金については、本件事故により支出を余儀なくされたとはいえないから損害とは認められない。
<5> 評価損
財団法人日本自動車査定協会作成の証明書(甲一四)には、事故減価額は一一万円である旨記載されているが、その具体的な算出根拠が明らかでなく、採用することができない。原告車両は、本件事故当時、新規登録後四年近く経過しており、その間九万km以上走行したこと、原告車両の損壊状況、修理費の額等を総合すると、評価損は認められないというべきである。
<6> 小計 三一一万四六四六円
<7> 弁護士費用
本件事案の難易、審理の経緯、請求額、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、四〇万円と認めるのが相当である。
<8> 合計 三五一万四六四六円
第四結論
以上によれば、原告槇田の請求は、被告に対し、二一四万七七六〇円及びこれに対する不法行為の日である平成八年一一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、原告会社の請求は、被告に対し、三五一万四六四六円及びこれに対する不法行為の日である平成八年一一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。
(裁判官 鈴木順子)