東京地方裁判所 平成12年(ワ)11468号 判決 2001年6月28日
原告
髙平有二
被告
国
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、六八万三〇九四円及びこれに対する平成一二年六月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原動機付自転車を運転して一般国道一四号線を走行していた原告が、同国道上に散乱していたプラスチック片に乗り上げ、スリップして転倒したのは、被告において同国道の管理に瑕疵があったからであるとして、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、損害賠償の請求をした事案である。
一 証拠により容易に認められる事実
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲一、三、九の二、三、乙二ないし四、証人岩原良夫、原告本人、弁論の全趣旨)。
(一) 日時 平成一〇年一〇月二二日午後三時四五分ころ
(二) 場所 東京都江東区亀戸六丁目四一番六号地先の一般国道一四号線上り線(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車両 原動機付自転車(以下「原告車両」という。)
同運転者兼所有者 原告
(四) 被害車両 普通乗用自動車(以下「岩原車両」という。)
同運転者兼所有者 訴外岩原良夫
(五) 事故態様 駐車中の岩原車両に原告車両が追突した。
二 原告の主張
(一) 道路管理の瑕疵
(1) 原告は、原告車両を運転して、一般国道一四号線上り線を小松川方面から錦糸町方面に向かって、時速約三〇kmで走行中、本件事故現場付近に散乱していたプラスチック片に乗り上げ、スリップして転倒し、同車を岩原車両に追突させた。
(2) 同国道上に散乱していたプラスチック片は、同日午前九時三〇分ころ、所有者、運転者不明のトラックからダンボール箱に詰められた状態で落下し、後続の都営バスに踏まれて散乱したものであり、本件事故発生後警察官により除去されるまで、現場に放置されていた。
(3) 同国道は前記プラスチック片の散乱により危険な状態になっていたのであるから、道路管理者である被告には、同プラスチック片を速やかに除去すべき義務があったにもかかわらずこれを怠ったという、道路管理の瑕疵が認められる。
(二) 損害
本件事故により、原告は、右膝関節挫創、右肘部擦過創の傷害を負い、本件事故日から平成一〇年一一月二五日まで、医療法人社団恵信会友仁病院において治療を受けた。また、本件事故により、原告車両が破損して全損状態になり、原告が着用していたシューズ、ウエアーが破損し、岩原車両も破損した。したがって、本件事故による原告の損害は以下のとおりである。
(1) 治療費 一万六〇九四円
(2) 休業損害 一万六〇〇〇円
(3) 傷害慰謝料 二〇万〇〇〇〇円
(4) 原告車両全損分 一八万五〇〇〇円
(5) シューズ、ウエアーの破損分 八万一〇〇〇円
(6) 原告車両を使用できなくなったことによる損害 一〇万〇〇〇〇円
(7) 岩原車両の修理費用 八万五〇〇〇円
(8) 合計 六八万三〇九四円
三 被告の主張
(一) 道路管理の瑕疵について
(1) 本件事故現場付近に、プラスチック片が落下し、散乱したのは、本件事故時(午後三時四五分ころ)と比較的近接した時間帯である。そして、その時間帯は、道路管理者である東京国道工事事務所(建設省関東地方建設局の下部機関)による一日一回の道路パトロールの通過(午前九時五〇分ころ)の後であり、かつ、本件事故時までに、同事務所に対する通報等が一切なかったことからすれば、同事務所において同プラスチック片の存在を知り、これを除去することは不可能であったということができるから、かかる状況の下においては、被告の道路管理には瑕疵がなかったと認めるのが相当である。
(2) 仮に、前記道路パトロールの通過(午前九時五〇分ころ)の直後にプラスチック片が落下したとしても、<1> 同プラスチック片は、直径二ないし三mm前後、厚さ一ないし二mm前後の非常に小さなもので、その総量も約三〇cm3あるいはバケツ半分程度であったこと、<2> 本件事故発生時(午後三時四五分ころ)までの間に、本件事故現場付近を少なくとも自動車類八六〇〇台、動力付二輪車五二〇台の合計九一二〇台以上の車両が通過しているのであるから、これら次々と通過する車両により、同プラスチック片の固まりは路面一面に均等に広がっていったと認められること、<3> 原動機付自転車である原告車両以外に、前記のとおり五二〇台以上の動力付二輪車が何ら問題なく本件事故現場付近を走行していることに照らせば、本件事故発生当時の同プラスチック片の散乱状態をもって、本件事故現場付近の道路が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。また、本件事故時までに、道路管理者である東京国道工事事務所に対する通報等が一切なかったことからすれば、同事務所において、同プラスチック片の存在を知り、これを除去することは不可能であった。したがって、同様に、被告の道路管理には瑕疵がなかったというべきである。
(二) プラスチック片の散乱と本件事故との間の因果関係について
原動機付自転車である原告車両以外の動力付二輪車は、本件事故発生時まで本件事故現場付近を何ら問題なく走行していること、原告の転倒直前の走行速度が少なくとも時速約四〇ないし四三km、あるいは、時速約五三ないし五九km程度の速度であったことからすれば、本件事故の発生原因は、法定速度を超えたスピードで走行し、何らかの運転操作を誤ったという原告の過失によるものと推認される。
四 争点
(一) 道路管理の瑕疵の有無
(二) 道路管理の瑕疵と本件事故との因果関係
(三) 原告の損害額
第三争点に対する判断
一 争点一(道路管理の瑕疵の有無)について
(一) 本件事故状況等について
証拠(甲二、八、九の二、三、乙一ないし五、九、一三、一四、検甲一、証人岩原良夫、同栗原優介、同高野栄臣、原告本人)によれば、本件事故状況等について次の各事実が認められる。
(1) 一般国道一四号線の本件事故現場付近は、片側各四車線(計八車線)の直線、かつ、平坦なアスファルト舗装道路であり、道路総幅員が四〇m、車道部分の片側幅員が約一二・八mで、中央部分には幅員約二・五mの植え込みのある中央分離帯が、車道の両側には幅員約六mの歩道が設けられている。
(2) 本件事故時点において、本件事故現場付近の一般国道一四号線上り線側の歩道から約一・七mの車道上に、直径二ないし三mm前後、厚さ一ないし二mm前後の円筒形のプラスチック片が、長軸約七・七m、短軸約一・六mの楕円状の範囲で多数均等に散乱しており、そのプラスチック片の総量は約三〇cm3、あるいはバケツ半分程度であった(以下、本件事故現場に散乱していたプラスチック片を「本件プラスチック片」という。)。
(3) 原告は、一般国道一四号線上り線の第一車線(一番歩道寄りの車線)を、小松川方面から錦糸町方面に向かって、原告車両を運転して走行していたところ、本件事故現場付近において、道路上に前記(2)の状態で散乱していた本件プラスチック片に乗り上げ、タイヤが滑って転倒した。原告はその場で受け身の姿勢をとったが、原告車両は、そのまま滑走して、前方の車道上に駐車していた岩原車両に追突した。
(二) 本件プラスチック片の落下時間について
(1) 本件プラスチック片が何時ころ本件事故現場付近に落下したのかという点については、証人栗原優介及び同高野栄臣が、午後三時三〇分ころである旨の被告の主張に沿う証言(以下「栗原・高野証言」という。)をしているのに対し、証人岩原良夫及び原告本人は、本件事故現場付近で交通量調査をしていた調査員から午前九時三〇分ころであると聞いた旨の原告の主張に沿う証言ないし供述(以下「原告等供述」という。)をしている。そこで、以下、いずれの供述内容の信用性が高いかについて検討する。
(2) この点に関し、証拠(乙一ないし六、八の一、二、一三ないし一五、証人栗原優介、同高野栄臣、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。
<1> 本件事故当時、建設省関東地方建設局の下部機関である東京国道工事事務所が、一般国道一四号線のうち、本件事故現場付近を含む東京都中央区日本橋から東京都江戸川区大杉三丁目までの約九・一kmの道路の維持・管理を行っていた。そして、東京国道工事事務所においては、関東地方建設局道路巡回実施要領(案)(昭和五七年九月一四日建関道管第一三七号)に基づき、一日一回、道路パトロール車内から目視によるパトロールを実施していた。
同パトロール車は、本件事故当日は、午前九時五〇分ころ本件事故現場付近を通過したが、その際、本件事故現場付近に本件プラスチック片はまだ散乱していなかった。
<2> 東京国道工事事務所は、本件事故当日である平成一〇年一〇月二二日午前七時から翌二三日午前七時までの二四時間、本件事故現場付近での一般国道一四号線の交通量観測調査を、セントラルコンサルタント株式会社(以下「セントラルコンサルタント」という。)に対して依頼した。同会社の調査員である栗原優介(以下「栗原」という。)及び高野栄臣(以下「高野」という。)は、本件事故現場付近の一般国道一四号線上り線側の歩道上で、同上り線の交通量調査をしていた。同上り線の交通量調査をしていたのは、栗原、高野及び小松義孝の三名であり、所定の時間ごとに、三名のうちの二名が調査に当たり、一名は休憩をとるという形式で調査が行われていた。
栗原及び高野は、それぞれ、同人等がペアになって調査に当たっている際に、本件プラスチック片が落下し散乱していくのを目撃し、次いでその一〇ないし二〇分後に本件事故を目撃した旨証言しているところ、本件事故発生時までに同人等がペアになって交通量調査に当たったのは、午前九時から午前一〇時まで、午後〇時から午後一時まで、午後三時から午後四時までの三回である。
<3> 前記<2>のセントラルコンサルタントの交通量調査によれば、本件事故当日における一般国道一四号線上り線の交通量は、午前九時から午後四時までの間で、自動車類が一万二三〇四台、動力付二輪車が七九三台、午前一〇時から午後三時までの間で、自動車類が八六〇〇台、動力付二輪車が五二〇台、本件事故の発生時刻(午後三時四五分ころ)を含む午後三時から午後四時までの間で、自動車類が一七一六台、動力付二輪車が一〇六台であった。
<4> 本件事故当日に、東京国道工事事務所に対して、本件プラスチック片の落下及びその処理依頼等の通報は一切なかった。
(3) そして、前記(2)<1>によれば、本件事故現場付近に本件プラスチック片が落下したのは、道路パトロール車が同所を通過した午前九時五〇分以降であると認められるところ、落下時間を午前九時三〇分ころとする原告等供述はこれと符合しない。また、直径二ないし三mm前後、厚さ一ないし二mm前後の円筒形という本件プラスチック片の形状からして、同プラスチック片は、落下後はその上を走行した車両等により時間の経過に従って徐々に散乱していったものと考えられるところ、前記(2)<3>によれば、仮に、本件プラスチック片が落下したのが午前九時三〇分だとすると、本件事故発生時までに、本件事故現場付近の一般国道一四号上り線を自動車類で八六〇〇台ないし一万二三〇四台が、動力付二輪車で五二〇台ないし七九三台が走行したことになり、本件プラスチック片の散乱状況が前記(二)(2)で認定した程度にとどまっていたとは考え難い。
さらに、栗原・高野証言は、本件事故及び本件プラスチック片の落下・散乱の様子を直接目撃した者の証言であり、それぞれ、落下時間を午後三時三〇分ころとする根拠について、栗原・高野のペアで交通量調査に当たっていた時のことであり、目撃後、二人で危ない等と話をしたことを挙げ、また、その時点では西日が差し(栗原証言)、あるいは、日が落ちかかっていた(高野証言)旨を明確に述べている。そして、前記(2)<2>によれば、本件事故発生時までに同人等がペアで交通量調査に当たっていたのは、午前九時から午前一〇時まで、午後〇時から午後一時まで、午後三時から午後四時までの三回であり、それぞれが二時間程度間隔を空けた時間帯なのであるから、二人同時に目撃の時間帯を誤って記憶した可能性は極めて低いものと考えられる。
これに対し、原告等供述は、栗原又は高野から聞いた内容を述べたものにすぎず、前述のとおり、他の証拠関係に沿わない点も存する。
以上の事情を総合勘案すると、栗原・高野証言には、本件事故以外の部分についていささか曖昧な点が存すること、法務省に勤務し訟務事務を担当した経験を有する証人岩原が、本件プラスチック片の落下時間については国の道路管理の責任を念頭に置きつつ交通量調査員から特に念を押した上で聴取した旨を証言していることを考慮しても、なお、原告等供述より栗原・高野証言の方が信用性が高いものというべきである。
(4) したがって、本件プラスチック片は、栗原・高野証言のとおり、午後三時三〇分ころに本件事故現場付近に落下して散乱し、その約一五分後に本件事故が発生したものと認められる。
(三) 道路管理の瑕疵の有無について
そこで、前記(一)、(二)認定の事実を前提として被告の道路管理の瑕疵の有無について検討するに、本件プラスチック片が本件事故現場付近に落下し散乱してから、本件事故が発生するまでには、わずか一五分程度しか時間的間隔が存しないこと、本件事故発生時までに道路管理者である東京国道工事事務所に対して、本件プラスチック片の落下及びその処理依頼等の通報は一切なかったことからすれば、被告が、本件事故発生時までに、本件プラスチック片の存在を知り、これを除去することはおよそ不可能であったというべきである。したがって、被告の道路管理には瑕疵がなかったものと認めるのが相当である。
二 結論
以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典 村山浩昭 来司直美)