東京地方裁判所 平成12年(ワ)12323号 判決 2001年12月25日
原告
後藤秀三
訴訟代理人弁護士
増田利昭
被告
株式会社ブレーンベース
代表者代表取締役
佐宗隆正
訴訟代理人弁護士
西嶋勝彦
主文
1 被告は、原告に対し、金二一万九五一二円及びこれに対する平成一二年六月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを五〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 本判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金三三八万円及びこれに対する平成一二年六月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成一二年六月から本判決確定まで、毎月二五日限り金二五万円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告を解雇された原告が、解雇は無効であるとして、労働契約上の地位の確認と未払賃金及び将来賃金の支払を求める事案である。
1 争いのない事実
(1) 被告は、X線診断器、インプラント、手術用具等の医療材料・機器製造販売を主な業務とする株式会社である。
原告は、平成一一年一月六日、被告と雇用契約を締結して被告に入社したが、入社後三か月間は試用期間であるとされた。原告は、被告における営業業務、その他事務作業に従事してきた。
(2) 被告は、平成一一年四月一日、原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。
(3) 原告の賃金は、基本給二〇万円と営業手当五万円の合計二五万円であり、その支払は毎月二〇日締めで二五日払いであった。
2 争点
本件解雇の効力
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 解雇予告制度違反
被告は、本件解雇に際し、三〇日前の予告も、解雇予告手当の支給もしていない。
原告が平成一一年二月二〇日ころ、被告から三月一杯で辞めてもらいたいとの話をされた事実はなく、仮にその事実があったとしても、それは自主退職勧奨にすぎず、解雇の予告ではない。
本件解雇は、解雇予告制度(労働基準法二〇条、二一条但し書)に違反し、無効である。
(2) 解雇権(留保解約権行使)の濫用
本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないから、無効である。
ア 後記(被告の主張)(2)ア(原告が業務上の指示に従わなかったこと)について
後記(被告の主張)(2)ア中、原告採用に至るまでの被告の主張は不知。浅井から製品を配達するよう指示があったことは認めるが、その余はすべて否認する。原告が被告主張の業務上の指示に従わなかった事実、上司に対して口答えをしたり反抗的態度を取ったりした事実はいずれもない。
上記の浅井の配達指示の際、原告はパソコンの打ち込み作業中であったため、一〇分ほどで区切りをつけ、その後製品配達のための作業を大急ぎで二〇分ほどで準備し、すぐに出発した。
イ 後記(被告の主張)(2)イ(原告の勤務態度は不良であったこと)について
後記(被告の主張)(2)イの事実は全部否認する。
原告は、休日出勤を二回し、そのうち一回について翌月曜日に代休を取ったが、代休取得については被告代表者の了承を得た。原告は、精一杯協調性を保とうと努力していたのであって、被告の代表者や社員は原告を感情的、生理的に毛嫌いし、原告を偏頗的に見て非難しているにすぎない。
ウ 後記(被告の主張)(2)ウ(営業職として不適任であったこと)について
原告は、入社して三か月も経っておらず、被告から新入社員教育も受けていないのであるから、原告としては、場数を踏んで被告の製品についての知識を吸収するしかなかった。したがって、被告の取扱い商品(インプラント)のような専門性の高い商品について、当時の原告が専門医に説明できるだけの知識を身に付けることは不可能である。
原告は、商品説明会では、種々の雑用をするなど、自己の能力の範囲内できちんと業務を遂行していた。もっとも、商品説明は自ら進んで行うことはできなかったが、それは、できもしない説明をしないということであって、職務範囲内の適切な判断に基づくものであるし、医師から説明を求められたときは、説明できる他の社員等に回していたから、積極的に臨んでいなかったわけではない。
原告は、ワープロソフトや表計算ソフトの通常の使用ができることから、その旨を申告したが、パソコン能力が高度であると申告したことはない。原告は、顧客の住所録作成や案内状のファックス送信等の業務をきちんとこなしていたし、住所録の作成・更新などの打ち込み作業はとても半日でできるものではない。
エ 以上のとおり、本件解雇は解雇事由がなく、被告の原告に対する個人的かつ感情的・生理的嫌悪感による恣意的な解雇であるから、無効である。
(3) よって、原告は、被告に対し、労働契約上の地位の確認と、確定未払賃金として、総額三三八万円(平成一一年四月六日から同月二〇日まで一三日分の未払額一三万円と同年五月分から平成一二年五月分まで一三か月分の未払額合計三二五万円との合計額)及びこれに対する支払期日の後である平成一二年六月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、将来賃金として、平成一二年六月から本判決確定まで毎月二五日限り二五万円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで同じく年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
(1) 解雇予告制度違反について
被告は、平成一一年二月二〇日ころ、原告に対し、原告を同年三月一杯で解雇する旨予告した。このことは、被告がその後原告の後任を募集し、高嶋雄介(以下「高嶋」という)を採用したという事情からして明らかである。したがって、被告には解雇予告制度違反の事実はない。
上記予告の事実が認められないとしても、被告は、平成一一年四月一日、原告に対し、本件解雇に係る通知書(書証略)を交付しているから、これから三〇日を経た同年五月一日には解雇の効力が生じている。
(2) 解雇権(留保解約権行使)の濫用について
本件解雇は、次のとおり客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認しうるから、有効である。
ア 原告は業務上の指示に従わなった。
被告は、平成八年一月に代表者佐宗隆正(以下「佐宗」という)他二名が起こした草創のベンチャー企業であり、その事業内容は、骨の病気治療に寄与すること、具体的には「人口骨や骨造成材料及びその手術器具や骨診断装置の研究開発と製造販売」であり、医療関連のハイテク事業であるが、平成一〇年年末当時の常勤社員は、佐宗を含めてわずか四名の零細企業であり、佐宗が営業や資金繰り、町田工場出張等に明け暮れるため、常時本社事務所において業務を切り回すのは、業務担当の浅井みち子(以下「浅井」という)のみであった。
そこで、被告は、事務所で浅井の指示の下に日常的製品の受注、発注、発送、各伝票類の作成作業、電話応対、顧客の開拓(電話、ファックス、インターネット等によるもの)、外部の会場を借り上げてのセールスキャンペーンの準備と当日の会場設営並びに客の応対等を期待して、営業担当者を採用することとした。これらの業務のためには営業経験とパソコン操作が可能であることが前提であったが、原告がこれらの条件を満たすと考えて、三か月の試用期間の約定で、原告を採用した。
ところが、原告は、原告に日常的な業務上の指示をする立場にある浅井の指示に従わず、佐宗の業務指示にも従わず、上司に対して口答えをしたり反抗的な態度を取ったりした。
例えば、原告は、手術中の医師から製品を至急に届けてほしい旨依頼された浅井が原告にその配達を指示したのに、急ぐことのないパソコン打ち込みを理由に、三〇分余を経て初めて配達に立ち上がった。このため、被告にとって大切な顧客である同医師の怒りを買った。
また、佐宗が急ぎのコピーを命じたのに対し、他に用務中でもないのにこれに素直に応じなかった。
イ 原告の勤務態度は不良であった。
被告の最重要行事は、休日に開かれる新製品発表会ないし商品説明会であり、その事前準備や当日の顧客への適切な応対のみならず、直後の顧客からの質問や注文に迅速、的確に応じ、これらに成功することが被告の業績に直結する。被告では、会の翌日は、顧客の反応を待ったり参加者にアプローチをする必要から、代休を取らないことになっており、そのことは原告にも伝えられていたが、原告は、平成一一年一月七日に開かれた新製品発表会の翌日に代休を取り、その後も何回となく同様の代休の取り方を続け、被告の業務展開に重大な支障を与えた。
また、原告は、小規模な零細企業である被告の職場において、他の者が忙しく働いている時や一定の作業に集中している時でも、手伝いをすることもなく、さして重要でもない顧客の住所をパソコンに打ち込む作業や、統計表の作成のためなどに終日パソコンに向かっている状態であり、上司、同僚との協調性に欠ける勤務態度であった。
ウ 原告は営業職として不適任であった。
原告は、製品についての質問にまともに答えられず、被告の製品を覚えようとする姿勢や努力が皆無であった。また、原告は、新商品説明会の会場でも、何ら積極的役割を果たそうとせず、壁側に佇立したままであり、営業職として必要な、顧客に進んで接し、好感を持たれるような努力をしなかった。
被告では、営業職はパソコンを駆使して顧客開拓をすることが期待されていたから、パソコン能力が高度であることは不可避である。原告は、面接時高度のパソコン能力があると自己申告していたが、現実には初心者以下であり、新たなソフトの作成はできず、住所録等のデータ打ち込み作業も、半日で完成する量を何日もかかって行うなどのスピードであった。
エ 以上のように、原告には、資質、能力、勤務態度、仕事への取り組み姿勢に大きな問題があり、協調性も欠いていた。被告は、試用期間中の原告の勤務状況を観察し、その能力、被告が求める適格性の有無を判断して、原告を解雇したのであるから、本件解雇は有効である。
第三当裁判所の判断
1 第二の1の事実、証拠(略)によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告の態勢、業務内容等
被告は、昭和六三年一二月に創業された株式会社であるが、骨の診断・治療のため、歯や顎の骨を修復する材料と術式(人口歯根である口腔インプラントと手術用ツールなど)の開発などの事業を行っており、この事業に関する実質的な営業を開始したのは平成八年三月である。平成一一年当時、被告の取締役は代表者佐宗のほか、竹内文人、宮路重広の三名であり、原告が被告に入社した平成一一年一月当時実際にその業務に携わっていたのは、佐宗、竹内のほか、被告本社事務所に常駐して業務全般(管理)を執り行う浅井及び技術関係の業務を執り行う林であった。
被告の具体的な業務内容は、上記の取扱商品についての発表会等(以下「商品発表会」という)を開催し、そこで、歯科医等の顧客となるべき者に商品の説明をして販売することにあり、また、その前提として、商品発表会開催の案内を全国各地の歯科医に対してファックス送信することにあった。
原告の入社後本件解雇までの間に開催された商品発表会は、下記のとおりである。
記
ア 平成一一年一月七日(木曜日)、品川区立総合区民会館において開催された「マイティス・インプラント新製品発表会」
イ 同月二一日(木曜日)、品川区立総合区民会館において開催された「マイティス・インプラント新製品発表会」
ウ 同年二月四日(木曜日)、品川区立総合区民会館において開催された「マイティス・インプラント新製品発表会」
エ 同月一一日(木曜日、祝日)、品川区立総合区民会館において開催された「マイティス・インプラント新製品発表会」
オ 同月一四日(日曜日)、京橋区民会館において開催された「マイティス・インプラント新製品発表会」
カ 同月二八日(日曜日)、学士会館において開催された「マイティス・インプラントの講習会」
キ 同年三月二二日(月曜日、祝日)、大阪府大阪市内において開催された「マイティス・インプラント新製品発表会」
(2) 原告の採用等
被告は、平成一〇年一一月一二日、新宿公共職業安定所に対し、次の内容を条件として求人を申し込んだ(求人票上の記載)。
ア 職種 営業
イ 仕事の内容 被告製品(インプラント、手術用具、X線診断器など)の病院、診療所向け販売業務(ルートセールスなし)
ウ 必要な経験・免許資格等 パソコン多少経験ある方
エ 毎月の賃金(税込み) 基本給一七万円ないし二八万円
被告は、新宿公共職業安定所から原告を紹介され、平成一〇年一二月一一日、佐宗が原告と面接した。被告は、パソコンの使用に精通しているなどといった原告の発言及び原告の提出した職務経歴書(書証略)の記載にも照らし、原告がパソコン操作及び営業活動の経験と能力を有するものと判断して、平成一一年一月六日、入社後三か月間は試用期間であることを条件に、原告と雇用契約を締結した。
原告は、被告に入社する前にも、平成一〇年一二月二五日以後同年中に二日程度アルバイトとして勤務し、また、平成一一年一月四日及び同月五日にも勤務した(被告代表者本人(佐宗)は、原告は平成一一年一月四日及び同月五日に勤務していない旨供述するが、反対証拠(略)に照らし採用できない)。
(3) 原告の業務内容
被告が原告の入社当時原告に対して当面期待した主な業務内容は、(ア)業務全般(管理)を執り行う浅井の業務の補助、とりわけ、販売した商品の発送の業務、(イ)商品発表会の開催の案内を、パソコンのファックスモデムを利用して、全国の歯科医にファックス送信する業務であった。(ア)の業務は浅井の指示の下、(イ)の業務は佐宗の指示の下、それぞれ行うものであった。
また、被告は、原告に対し、原告が被告の取り扱う商品についての知識を習得し次第、顧客となるべき歯科医等に対して商品の説明を行うなどといった業務に携わることも期待した。被告の取り扱う商品は専門性が高く、商品知識を習得するには通常入社から半年以上の期間を要するが、被告としては、原告につき、上記(ア)及び(イ)の業務に携わりながら、鋭意そのような知識の習得に当たらせることとしていた。
原告に期待される以上のような業務内容については、原告の入社当初佐宗から原告に対して説明がされた。
(4) 原告の勤務状況等
ア (3)(ア)の業務に関し、歯科医が患者の治療中に必要となった商品の発注を依頼してくる場合があり、この場合その商品の発送は緊急を要する。しかし、原告は、このような場合において、浅井から浅井が梱包を終えた商品を届けるよう頼まれても、パソコンでのデータ入力作業を止めず、これを届けるために事務所を出発するのは、浅井から依頼を受けてから三〇分程度後のことであった。しかも、原告が行っていたパソコンでの作業は、特段急を要するものではなかった。入社後本件解雇に至るまで、原告が上記のような緊急の必要がある場合に、上記のような態度を取ったことは三回程度あった。なお、この中には、顧客である歯科医から、配達の遅れについて後に苦情が寄せられた場合もあったが、佐宗が当該歯科医に謝罪して同歯科医との間の取引が打ち切られるまでには至らなかった。
イ (3)(イ)の業務においては、原告がファックス文書の内容自体を起案することはなく、パソコン内に入力済みの送信先(全国各地の歯科医等)に対し、当該文書を送信するための操作をするということであった。このパソコン操作は、既にパソコンに組み込まれているアプリケーションソフト「イージーファックス」を用い、かつ既に入力済みのファックス番号データを利用して行うものであり、パソコンの使用経験のある者にとって困難な作業ではなかった。
しかし、原告は、佐宗からの指導にもかかわらず、この作業を満足に行うことができなかった。結局佐宗は、原告が入社して二週間程度経過した後、この業務を原告に任せることをあきらめ、ファックス送信業務のすべてを自ら行うこととした。
ウ 原告は、佐宗が原告に対して急ぎのコピー取りを命じたり、新商品発表会に関する資料の作成を命じたのに対し、特段急を要する業務を行っているわけではないのに、これに応じないということがあった。
エ 原告は、平成一一年一月七日の商品発表会(上記(1)ア)の翌日に休暇を取り、また、日曜日に開催された同発表会のうちの一回(上記(1)オか同カのいずれか)の翌日に休暇を取ったことがあった。被告においては、商品発表会の翌日は、その参加者に対し、お礼の電話をかけ、又はお礼のファックスを送信し、あるいは商品の販売に関する交渉の段取りを行うなど、被告の業務推進にとって重要な業務が行われ、したがって、社員は必ず出勤するという慣行となっていた。
(5) 本件解雇
被告は、原告の以上のような勤務状況に照らして原告を解雇する旨決定し、平成一一年四月一日、原告を解雇する旨の意思表示をした(本件解雇)。
2 以上に照らし見当するに、原告は、原告の業務分担上その業務補助を行うべき浅井からの緊急の業務指示に対し、他に急を要する業務を行っているわけでもないのに、これに速やかに応じない態度を取るなどし(1(4)ア)、また、採用面接時にはパソコンの使用に精通している旨述べるなどしていたにもかかわらず、パソコンの使用経験のある者にとって困難な作業ではないファックス送信について、満足に行うことができず(同イ)、佐宗の業務上の指示についても、これに応じないことがあり(同ウ)、被告の業務にとって重要な商品発表会の翌日に二回休暇を取ったことがある(同エ。なお、上記1(1)、(3)及び(4)エの事実並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の業務内容や自らに与えられた業務内容に照らし、商品発表会の翌日には重要な業務があり、これを執り行うことについて被告から期待されていることを認識していたものと認められる)という状況にあったこと、しかも、これら原告の分担業務が全体として錯綜するなどといった、高度ないしは困難な事務処理を任されていたわけでもなかったこと、被告は、取締役を含めた実働社員四名の零細な規模の企業であること、以上の事情にかんがみると、将来的には原告に自ら顧客となるべき者に対する商品説明を行うなどして、上記1(3)のとおり、被告の商品の販売につながる業務を行うことを期待した被告にとっては、原告の業務状況は、遅くとも平成一一年三月末時点で、そのような期待に沿う業務が実行される可能性を見出し難いものであったと認めるのが相当である。
3 原告の主張等について
(1) 原告は、その本人尋問において、(ア)被告の指示の下、全国の歯科医等の住所、電話番号、ファックス番号を入力し、その業務時間の多くを費やした、(イ)パソコン上で在庫管理のためのデータ入力を行って、被告の業務に役立たせた、(ウ)業務補助のためのプログラムの作成について被告に提案した旨供述する。
しかし、(ア)については、ファックス送信のためになにゆえ住所のデータを入力する必要があるのかについて、原告は同尋問において必ずしも合理的な説明をすることができていない。また、(ウ)については、原告がプログラム作成について提案したことは、佐宗もその本人尋問において認めるところであるが、証拠(原告本人、被告代表者本人)によれば、その提案内容は佐宗からみて無意味なものであり、佐宗は原告に対し、その作成をしないように指示したことが認められる。そして、(ア)ないし(ウ)の供述全般について、反対証拠(佐宗が、その本人尋問において、原告が入社した当時には、ファックス番号について既に大量のデータがパソコン上に入力されてあり、原告が新しいデータを入力した量は多くなかった、また、原告は佐宗が指示もしていないパソコン作業を行っていた旨供述していること)もあることに照らせば、原告の上記供述は採用することができない。
(2) 原告は、本件解雇は、被告の原告に対する個人的かつ感情的・生理的嫌悪感による恣意的なものである旨主張する。確かに、浅井作成に係る陳述書(書証略)及び同人の証言、竹内作成に係る陳述書(書証略)並びに佐宗作成に係る陳述書(書証略)及び同人の本人尋問の結果をみると、原告の人格的な欠陥を指摘し、同人に対する嫌悪感を露わにする部分がある。しかし、被告が原告を解雇する旨決定した動機が上記の嫌悪感等にあったことを認めるに足りる証拠なく、一方で、原告を解雇することを決定した動機が1(5)のとおりであることにかんがみれば、原告の上記主張は採用できない。
(3) 商品発表会の翌日の休暇の件(1(4)エ)に関し、原告は、日曜日に開催された商品発表会の翌日に休暇を取得することについて、佐宗の了承を得た旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、採用できない。
4 ところで、原告の入社時から本件解雇時まではいまだ試用期間であったところ、一般に、試用期間の定めは、当該労働者を実際に職務に就かせてみて、採用面接等では知ることのできなかった業務適格性等をより正確に判断し、不適格者を容易に排除できるようにすることにその趣旨、目的があるから、このような試用期間中の解雇については、通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められるというべきである。しかし、一方で、いったん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇用関係に入った者は、本採用、すなわち、当該企業との雇用関係の継続についての期待を有するのであって、このことと、上記試用期間の定めの趣旨、目的とを併せ考えれば、試用期間中の解雇は、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当と是認される場合にのみ許されると解するのが相当である。本件においては、その試用期間が上記のような趣旨、目的とは異なる趣旨、目的にあるものであるとはうかがわれないから、本件の試用期間も上記趣旨、目的にあるものと認められ、そうすると、試用期間中である本件解雇に関し、その有効性の判断に当たっては、上記の基準が妥当すると解すべきである。
上記2の認定にかんがみれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当と是認される場合に当たると解するのが相当である。
よって、本件解雇は有効である。
5 ここで、その余の被告の主張について検討する。
(1) 被告は、原告は商品説明会の会場で何ら積極的役割を果たすなどしなかった、また、顧客からの製品についての質問にまともに答えられず、被告の製品を覚えようとする姿勢や努力が皆無であった旨主張する。
確かに、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、(ア)商品発表会においては、原告は特段役割を果たさず、しかも、必要もなく被告からの指示もないのに、参加者を会場へ誘導するとの名目で、長時間会場を離れるといった行動を取ることがあったこと、(イ)原告は被告の製品を覚えようとする姿勢や努力を怠っており、その結果、商品発表会において参加者からの質問にまともに答えることができなかったことが認められる。しかし、(ア)については、このことによって、原告が被告の従業員としての適性に欠けるとか、被告の業務が阻害されたなどとまで認めるには至らない。また、(イ)についても、被告の取り扱う商品は専門性が高く、商品知識を習得するには通常入社から半年以上の期間を要することは、上記1(3)のとおりであるから、このことをもって、原告が営業職、あるいは被告の従業員として不適任であるとすることは困難である。他に、被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
(2) 商品発表会の翌日の休暇の件(1(4)エ)に関し、被告は、商品発表会の翌日の休暇が許されないことは原告に伝えてあった旨主張し、上記のとおり、原告は商品発表会の翌日には重要な業務があることを認識していたものと認められるものの、それ以上に、被告主張のような明確な伝達がされたことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上のとおり、被告の上記各主張は採用できず、同主張に係る事実を解雇事由ないしはその一部として付加して検討することはできないものといわざるを得ない。しかし、この事実を除いて考えても本件解雇が有効であることは、上記2及び4で認定・判断したとおりであり、したがって、この点で上記4の判断が左右されないことは明らかである。
6 解雇の時期について(解雇予告制度違反の主張に対する判断も含む)
(1) 被告が原告に対し、平成一一年四月一日に解雇の意思表示をした(本件解雇)ことは、上記1(5)のとおりである。
これに対し、被告は、同年二月二〇日ころ、原告に対し解雇の意思表示をした旨主張し、これに沿う証拠(略)もある。
しかし、証拠(略)によれば、佐宗は、原告に対する解雇の通知にかかる事務処理を自ら行い、その際、労働基準法二〇条所定の解雇予告制度について認識していたこと、すなわち、同年二月二〇日ころに解雇の意思表示をしたとすると、同年四月一日の時点で既に解雇の効力が生じていたことを認識していたことが認められ、このことからすると、佐宗は、意思表示をする必要のない解雇を、同年四月一日に行った(本件解雇)ことになるというべきである。このことに、同年四月一日付けの解雇通知書(書証略)には、被告が原告に対し同日以前に解雇の意思表示をしたことをうかがわせる記載がないこと、被告代表者本人(佐宗)は、解雇の意思表示をした日付について同年二月二〇日である旨供述するが、同日は土曜日である一方、土曜日は原告の被告における休日であったこと(書証略)を併せ考えれば、上記証拠を採用するには至らない。
被告は、原告の後任として高嶋を採用したことは、原告に対する解雇の意思表示があったことを示す旨主張し、証拠(略)によれば、被告が同年三月一六日に高嶋を採用したことが認められるが、原告の後任が採用されることとそれ以前に解雇の意思表示があったこととは必ずしも直接結び付くものでないというほかはなく、かえって、原告を同年四月一日に解雇するのに先だって高嶋を採用したと解する余地もあるから、同主張は採用できない。
よって、同年二月二〇日ころ、原告に対し解雇の意思表示をした旨の被告の上記主張は採用できず、そうすると、被告が原告に対してした解雇の意思表示は、同年四月一日付けのもの(本件解雇)のみであると認めるのが相当である。
(2) 原告は、本件解雇は解雇予告制度に違反してされた解雇である旨主張するのでこれを検討するに、労働基準法二〇条所定の予告期間を置かず、また、予告手当の支払をしないで労働者に解雇を通知した場合、その解雇は即時解雇としての効力を生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知後同条所定の三〇日の期間を経過するか、又は予告手当の支払をした場合には、解雇の効力を生ずるものと解すべきである(最高裁第二小法廷昭和三五年三月一一日判決民集一四巻三号四〇三頁)。被告が本件解雇に関し、即時解雇を固執する趣旨でないことは明らかであるから、本件解雇につき、同条所定の三〇日の期間を経過した平成一一年五月一日をもってその効力を生ずると解するのが相当である。この見地からすれば、原告の上記主張は採用できない。
(3) 以上からして、被告は原告に対し、平成一一年四月三〇日までの分の賃金の支払義務を負うことになるが、被告は、原告に対し、平成一一年四月五日までの賃金を支払っている(書証略、被告代表者本人)から、認容すべき未払賃金は同月四月六日から同月三〇日までの分ということになる。原告の月例賃金額は二五万円であり(第二の1(3))、休日は日曜日、土曜日、祝日とされている(書証略、弁論の全趣旨)から、本件における未払賃金額は二一万九五一二円(計算式は下記のとおり)である。
記
250,000×12÷246×18=219,512.19
注・「246」は平成一一年中上記休日を除いた日数
7 結論
以上の次第であって、本訴請求は、未払賃金である二一万九五一二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一二年六月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告のその余の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉崎佳弥)