東京地方裁判所 平成12年(ワ)1281号 判決
原告 株式会社越前屋
右代表者代表取締役 園田誠
右訴訟代理人弁護士 菅野茂徳
被告 株式会社ビッグバン
右代表者代表取締役 佐々木吉之助
右訴訟代理人弁護士 辻洋一
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明渡せ。
二 被告は、原告に対し、平成一一年一一月二七日から右明渡済みまで一か月四五〇万円の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、被告の負担とする。
五 この判決は第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項と同じ。
二 被告は、原告に対し、平成一一年一一月二七日から右明渡済みまで一か月七八〇万円の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)について、所有権に基づき、明渡しを求めるとともに、賃料相当損害金の支払を求めた事案である。これに対し、被告は、占有権原として賃借権を主張するとともに賃料相当損害金の額を争った。
一 前提となる事実
1 株式会社桃源社は、平成元年三月六日、本件建物を含む別紙物件目録一記載の建物(以下「本件ビル」という。)を新築し、以後これを所有していた(争いがない)。
2 桃源社は、株式会社三井ファイナンスサービスに対し、平成二年三月五日、本件ビルについて極度額一〇〇億円の根抵当権を設定した。同社は、東京地方裁判所に対し、本件ビルについて、不動産競売事件を申し立て(平成四年(ケ)第三〇三三号、以下「本件競売事件」という。)、同裁判所は、平成四年九月一六日、競売開始決定をした(甲一)。
原告は、平成一一年一一月二六日、本件ビルを競落し、同日、原告のため、所有権移転登記がされた(争いがない)。
3 被告は、遅くとも平成一一年一一月二七日以降、本件建物を占有している(争いがない)。
4 東京地方裁判所執行官は、平成六年一月二八日提出の本件競売事件現況調査報告書において、本件建物について、占有者被告、占有時期平成元年七月一五日、占有権原賃借権、賃料毎月七八〇万円、保証金四億七四五六万円(返還義務あり)との調査結果を報告した。同裁判所は、右報告に基づき平成七年一月三〇日作成の物件明細書に、本件建物について被告の賃借権の存在を記載した。これに対し、債権者三井ファイナンスサービス代理人は、平成八年六月、当時の被告代表者が桃源社の代表者と共謀の上、被告本店所在地のマンションについて虚偽の賃貸借契約書を作成した競売等妨害罪の容疑で逮捕された事実などを踏まえ、同年一〇月に上申書を提出し、本件建物についての被告の賃借権は、競売妨害を目的とするための主張であり、正常なものではないことが明らかになったとして、裁判所に対し再考を求めた。同裁判所執行官は、平成九年四月三〇日、現況調査補充書を提出したが、執行官は調査の結果本件建物は所有者の占有であるとの意見であった。その後、本件建物については、被告主張の賃借権は非正常という判断のもと物件の評価が行われた(甲三、五、六、乙四、二三)。
二 主要な争点
1 賃貸借契約の存否。また、仮に存在するとして、その賃貸借契約は通謀虚偽表示に当たるか。
(被告の主張)
桃源社は、被告に対し、平成元年七月九日、本件建物を、左記の約定で賃貸した(以下「本件賃貸借」という。)。本件賃貸借は、更新されて現在に至っている。
記
期間 平成元年七月一五日から平成三年七月一四日まで
賃料 月額七五七万八〇〇〇円
共益費 月額九一万五〇〇〇円
保証金 四億七四五六万円
被告は、本件賃貸借が非正常賃借権であると主張する。しかし、本件賃貸借については、契約書が作成され、保証金も第三者からの借入により支払われている。被告は、本件建物を事務スペースとして使用し、平成七年度までは約定どおりの賃料の支払をしていたものであって、右主張には根拠がない。
本件競売事件において、債権者代理人は、一流紙の新聞記事を添付し、被告がいかにも競売妨害を行っているかのようなイメージを与える上申書を提出した。執行官は、これに眩惑され、再現況調査の報告に当たって本件賃借権を非正常賃借権としてしまったのである。
(原告の主張)
被告の賃借権は、執行妨害の実体を有する非正常なもので原告に対抗することができない。被告は、本件ビルの所有者である桃源社と実体的には同視される存在であり、賃借権は仮装したものであると考えられる。
2 賃料相当損害金の額
(原告の主張)
被告自ら本件競売事件の現況調査時に、賃料は月額七八〇万円であると回答している。また、これが認められないとしても、本件ビル近隣の賃料の相場は月額坪一万五〇〇〇円から二万円であり、被告の占有面積から算定して賃料相当損害金の額は月額四五〇万円を下らない。
第三争点に対する判断
一 本件賃貸借契約の存否、通謀虚偽表示の成否(争点1)について
1 証拠(甲一、乙一、六、八、九、一一、一二、被告代表者本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 桃源社は、一時期六〇棟を超えるビルを所有するなど多数の不動産資産を保有していた株式会社である。本件ビルはその所有物件の一つで第三一桃源社ビルと呼ばれていた。被告の現代表者である佐々木吉之助(以下、本項で「佐々木」という。)は平成元年以降桃源社の代表取締役である。
被告は、昭和六一年六月に設立され老人医療センター等の各種医療設備の管理、経営並びに賃貸借及び医療経営コンサルタントの業務等を定款に掲げた株式会社である。当初その代表者は星野泰子であったが、平成一一年一〇月同人は辞任し、佐々木が代表者に就任した。また、同社の専務取締役である佐々木ツヤは、佐々木の妻という関係にある。被告は、一時期約一二〇名前後の従業員を登録しており、その主要な業務は、熱海にある桃源社所有の滞在型リゾートホテルの業務管理であった。なお、被告の本店所在地は平成九年まで港区南麻布五丁目三番四四号パレロワイヤル二〇二号室であったが、これは星野の住所と同一であり、星野の自宅であったことが窺われる。
(二) 本件ビルは、桃源社が施主となり新築され、平成元年三月に躯体部分ができあがった。被告は、本件建物の内装が行われていない同年七月九日に桃源社との間で賃貸借契約書を作成した。右契約書では、契約期間は同月一五日から二年間(更新可能)、賃料月額七五七万八〇〇〇円翌月分を毎月末日払い、共益費月額九一万五〇〇〇円毎月末日払いと記載され、また、契約に基づく債務を担保するため、保証金四億七四五六万円を預託するとの記載があった。
被告は、昭和リース株式会社から平成元年七月二六日付けで保証金名目で四億七五〇〇万円を借り入れ、これを桃源社に預託した。右借入金の相当部分は、実際には、本件建物の内装費用の支払いに充てられた。そして、平成二年三月五日に至り、本件ビルについて保存登記がされた。
(三) 右契約書作成後、被告が桃源社に対し約定どおり各月ごとに賃料、共益費を支払うことはなかった。被告は、決算時において、債務をきちんと履行しているという外形を示すために、当初は大信販等のノンバンクから資金を借り入れ、右借入金をもって年度末において賃料債務を精算するという処理をしていた。
(四) 本件建物のうち、一階から三階までは、主として輸入家具を展示する被告名義のショールームとして使用され、四階は一部が家具の展示と会議室であり、五階は事務室となっていた。
2 以上の事実のとおり、被告と桃源社との間では平成元年七月九日に賃貸借契約書が作成されており、また、同月二六日付けで、被告が第三者の昭和リースから保証金名目で四億七五〇〇万円を借り入れているというのであり、平成元年当時すでに両者の間で賃貸借契約が存在するという外形が存在することは否定しがたい。また、右外形作出の時期に照らすと、この賃貸借がもっぱら執行妨害の目的によるものであるともにわかには言いがたい。
3 ところで、建物賃借権には、債権でありながら、賃借人の保護のため、特別法により、その登記がない場合でも建物の引渡しにより対抗力が認められ、更新拒絶や解約に正当事由による制限が付されている。また、判例上賃貸人の地位の移転は特段の事情がない限り所有権移転登記によるものとされ、賃貸借存続中に右地位の承継があった場合には、旧賃貸人に差し入れられていた敷金は新賃貸人に当然承継される関係にある。このような物権に類似する強い効力を有する建物賃借権の発生が認められるためには、賃借人において保護に値する実質的な利益を備えていることが必要であり、外形的に賃貸借契約の存在が認められる場合であっても、賃貸人と賃借人との関係、契約に至る経緯、賃料の支払状況、賃料不払時の賃貸人の対応等を総合して、賃借人に保護されるべき利益がないと認められるときは、その賃貸借契約は民法九四条一項の法意に照らして無効であると解するのが相当である。
これを本件についてみると、まず、被告の役員構成に加え、被告の主力業務が桃源社の所有であるホテルの業務管理であったことなどに照らすと、被告の桃源社に対する従属性は相当強度なものということができる。被告の設立の経緯について、被告代表者は、本人尋問において、桃源社の業務が多岐にわたり拡大し、同社に対する融資枠が非常に大きくなったことが金融機関から問題視され、金融機関から、別会社の設立を求められ、被告も含め一〇社ほどの会社を設立した旨供述しているところ、桃源社の資産の内容、規模、被告の設立時期をも考慮すると、被告の設立は、いわゆるバブル経済期において桃源社グループに対する金融機関からの融資の枠を確保するための方策であったことが推認される。次に、被告は、本件ビルの保存登記の半年以上前を始期として内装未完成であった本件建物の賃貸借契約を締結しているが、これは物件使用の対価として賃料を支払うという賃貸借契約の本旨からみてかなり特異な契約である。しかも、契約に際し、四億七四五六万円という極めて高額の保証金が差し入れられているが、この保証金額は契約書の文言にいう契約上の債務の担保という観点からは合理的に説明することができない。むしろ、保証金が第三者からの借入れで調達され、実際は主として本件建物の内装費用に充てられたことからすると、保証金の預入れという構成自体がノンバンクから融資を引き出すための方策であり、この融資は実質上桃源社本体に対する迂回融資ではなかったかという疑いがある。更に、賃料については、当初から契約書の約定どおりには支払われておらず、年度末の決算において、対外的に経理の適正を示すために借入金での精算処理が行われていたにすぎない(なお、被告の平成六年度確定申告書には、借入金の借入先にノンバンクと見受けられる会社の記載はなく、桃源社からの四億八八〇七万〇二六五円の短期借入金の記載があり、被告代表者は否定するものの、賃料精算時の不足金は最終的には賃貸人たる桃源社からの短期貸付金によってまかなわれた形になっている(甲六、乙一〇の6)。)。そして、被告代表者は、平成八年以降は、年度末での精算もやめ、賃料を月額五〇万円に減額し、残額は保証金と相殺する旨合意したとする(乙八、被告代表者本人)が、賃料月額五〇万円という合意は本件建物の規模、従前賃料額に比して極端に低額であり、賃料不払に対する賃貸人の合理的な行動であるとはいえない。以上の事情に照らすと、被告と桃源社間での賃料や保証金に関する処理は主として融資先に対する説明のため形式を整えたものであり、その契約関係は正常な賃貸借とは言い難く、その実質はグループ企業間の使用貸借というべきである。そうすると、被告の主張する本件賃貸借は虚偽表示であり、無効である。
三 賃料相当損害金の額(争点2)について
原告は、本件建物の賃料相当損害金の額として、契約書の記載に基づき月額七八〇万円と主張するが、右記載が必ずしも契約関係の実態を反映していないことは前認定のとおりであり、右金額を相当賃料額認定の基礎とすることはできず、他に、本件建物の相当賃料額を直接認めるに足りる証拠はない。
証拠(甲一三の1、2、弁論の全趣旨)によれば、六本木駅に近い港区元麻布、麻布十番所在の事務所用賃貸物件(中古)の賃料額(共益費含む。)として、一坪一万六〇〇〇円のものと、同二万〇六〇〇円のものがあることが認められ、右事実からすると、本件建物の相当賃料額は一坪一万六〇〇〇円程度であると推認することができる。そして、これに本件建物の総床面積九八一・五六平方メートルを乗じて算定すると、結局本件建物の平成一一年一一月二七日以降の相当賃料額は、原告の仮定的主張にある四五〇万円を下らないものと認める。
四 結論
以上によれば、原告の請求は、主文記載の限度で理由がある。
(裁判官 太田晃詳)
(別紙)
物件目録
一 所在 港区西麻布三丁目五八番地四、五八番地二一、五八番地一九
家屋番号 五八番四の二
種類 店舗事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付五階建
床面積 一階 二九二・三四平方メートル
二階 二三一・六五平方メートル
三階 二二二・〇一平方メートル
四階 一五三・八七平方メートル
五階 八一・六九平方メートル
地下一階 二六五・六五平方メートル
地下二階 三〇八・二八平方メートル
二 右記載の建物のうち
一階ないし五階部分