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東京地方裁判所 平成12年(ワ)15335号 判決 2002年12月25日

甲事件原告兼

同事件原告亡A野花子訴訟承継人

A野春子(以下「原告春子」という。)

他2名(以上三名を「原告ら」という。)

乙事件被告

B山販売株式会社 (以下「被告会社」という。)

同代表者代表清算人

C川松夫

他1名(以上二名を「被告ら」という。)

以上五名訴訟代理人弁護士

相磯まつ江

芹澤眞澄

甲事件被告・乙事件原告

株式会社 整理回収機構

(以下、甲事件・乙事件とも、単に「回収機構」という。)

同代表者代表取締役

鬼追明夫

同訴訟代理人弁護士

田中純子

主文

一  (甲事件請求につき)

回収機構は、原告らに対し、別紙物件目録記載の土地・建物について経由されている東京法務局台東出張所昭和四九年九月一四日受付第一四八八四号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  (乙事件請求につき)

回収機構の被告らに対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、甲・乙両事件とも、回収機構の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の請求

一  原告らの甲事件請求

主文一項同旨

二  回収機構の乙事件請求

被告らは、回収機構に対し、各自

(1)  二億六一一一万三九九二円及びうち四一七七万円に対する平成一三年一月一一日から完済に至るまで年二五・五パーセントの割合による金員

(2)  一三〇三万五七一六円及びうち一七一万円に対する平成一三年一月一一日から完済に至るまで年二五・五パーセントの割合による金員

(3)  一一四九万一七一八円及びうち一二〇万一〇〇〇円に対する平成一三年一月一一日から完済に至るまで年二五・五パーセントの割合による金員

を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、亡A野太郎(以下「太郎」という。)の共同相続人であって、かつ、その共同相続人の一人であった甲事件訴訟承継前の同事件原告であったA野花子(以下「花子」という。)の共同相続人(訴訟承継人)である原告らにおいて、太郎がかつて所有し、現在、原告らが所有している別紙物件目録記載の土地・建物(以下「本件土地・建物」という。)について経由されていた東和信用組合(以下「東和信組」という。)を権利者とする根抵当権設定登記の無効を主張して、権利移転の付記登記を経由している回収機構に対し、当該根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める甲事件請求と、回収機構において、東和信組から譲り受けた根抵当権の被担保債権であるというB山販売株式会社に対する貸付金及びその余の同社に対する貸付金につき、被告会社が当該B山販売株式会社であることを前提に、被告会社及び同社の連帯保証人であるという被告C川に対し、約定遅延損害金を含め、その連帯支払を求める乙事件請求とからなる事案である。

二  前提となる事実

本訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下のとおりであって、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。

(1)  当事者等

① 太郎は、昭和五七年六月二八日に死亡し、その権利・義務は、太郎の妻である花子及びその子である原告春子(長女)、同秋子(三女)及び同冬子(四女)が共同相続し、その後、花子が平成一四年八月六日に死亡したため、花子が亡太郎から相続した権利・義務は、その子である原告春子、同秋子及び同冬子、すなわち、原告らに共同相続されている。

② 太郎は、かねて薬品販売に従事していて、B山株式会社(以下「B山」という。)の代表取締役として同社を経営していた。

B山は、薬品の卸売部門を拡充するため、その後、販売会社を設立することになった。その会社がB山販売株式会社(以下「B山販売」という。)であるが、同社の営業の本拠は、B山の本店所在地であった東京都台東区東上野《番地省略》(以下、便宜、「台東区東上野」という。)に置かれていた。

しかし、B山販売は、同地を本店所在地として設立登記がされたことがなく、東京都練馬区豊玉上《番地省略》(以下、便宜、「練馬区豊玉上」という。)であれば、同地を本店所在地として設立登記されたB山販売があるが、同社が被告会社である。

③ 東和信組は、B山ないしB山販売(同社が被告会社であるか否かはさておく。)と信用組合取引を継続していたが、その後、経営破綻に瀕し、平成一一年一〇月二五日に解散するに至った。

④ 回収機構は、債権回収などを業として、特別法に準拠して設立された株式会社であって、東和信組の債権についても、その対象に本件訴訟で問題となっている債権が含まれているか否かはともかくとして、その譲渡を受けている。

(2)  本件土地・建物の権利関係

① 本件土地・建物は、かつて太郎が所有していたが、現在、亡太郎の相続ないし亡花子の相続を原因として、原告らが各自持分六分の二の割合で共有登記を経由している。

② また、本件土地・建物には、太郎が所有していた当時、東京法務局台東出張所昭和四九年九月一四日受付第一四八八四号をもって、権利者を東和信組、債務者をB山販売とし、極度額を五〇〇〇万円とする根抵当権設定登記(以下「本件登記」といい、その根抵当権を「本件根抵当権」という。)が経由されていた。なお、その債務者として登記簿に記載されているB山販売は、被告会社と商号が同一であるが、本店所在地を異にしているため、B山販売が被告会社であるか否かについては争いがある。

③ しかし、東和信組は、前記のとおり、経営破綻したため、回収機構に債権譲渡をするに至ったところ、東和信組が経由していた前記根抵当権設定登記についても、その効力はともかく、平成一一年一〇月二五日、その被担保債権の債権譲渡を原因として回収機構に権利が移転したとして、権利移転の付記登記が経由されている。

三  本件訴訟の争点

(1)  甲事件請求の争点は、要するに、本件登記の効力いかんであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。

(原告ら)

① 本件登記は、B山販売を債務者とするが、同社(以下、本件登記に債務者として記載されているB山販売を「債務者会社」という。)は、被告会社と商号が同一であるが、本店所在地を異にするので、被告会社とは別会社であるところ、その住所地である台東区東上野に債務者会社は存在したこと(設立登記)がないので、本件登記は、債務者を欠き、東和信組が債務者会社に対して本件根抵当権の被担保債権とされている貸付金債権を取得することもあり得ないから、その被担保債権が発生する余地もなく、実体関係に符合しない無効の登記といわなければならない。

本件根抵当権の債務者会社が、実在しないB山販売ではなく、練馬区豊玉上を本店所在地として実在していた被告会社を債務者会社とする趣旨で設定されたものであったとしても、東和信組において、被告会社に対し、その本店所在地を練馬区豊玉上から台東区東上野に移転するよう求めるか、あるいは、本件登記の債務者会社の住所地を台東区東上野から練馬区豊玉上に更正するよう求めれば足りたはずであって、かつ、そのいずれであっても実行可能であった。しかし、実際には、回収機構が権利移転の付記登記を受けて原告らに対して被担保債権の弁済をめぐって折衝するまで約二五年間も放置されていたのである。その事実は、被告会社の本店所在地の移転あるいは債務者会社であるB山販売の住所地の更正によっては処理することができない事情があったから、すなわち、本件根抵当権の債務者会社が被告会社ではなかったからとみるほかない。

したがって、本件登記は、実体関係を欠く無効な登記として、抹消されるべきものである。

② 仮に本件登記が本件根抵当権の債務者会社を被告会社とする趣旨で有効と認められるとしても、東和信組から回収機構に対する債権譲渡通知は無効である。すなわち、本件譲渡通知は、平成一一年一〇月二五日付けで被告C川を被告会社の代表取締役として、被告C川に宛てて発送されているが、被告会社は既に昭和五九年一二月三日付けで解散登記がされているのであって、当時、会社の実体を失っていた。そのような実体を欠く被告会社の代表取締役であるという被告C川に宛てて発送した本件譲渡通知は無効である。また、その宛先も、被告会社の本店所在地である東京都練馬区豊玉上《番地省略》ではなく、東京都中央区日本橋蛎殻町《番地省略》となっている。

③ 仮に債権譲渡通知が有効であったとしても、本件抵当権の被担保債権として回収機構が主張している被告会社に対する貸付金は存在しなかったから、本件登記は、その被担保債権を欠く無効な登記として、抹消されるべきものである。すなわち、回収機構の主張する貸付金を証するのは、別紙手形目録一記載の約束手形であるが、当該手形(以下「本件一の手形」という。)には、振出人として「B山販売株式会社」の記名印が押捺されているところ、その記名印にボールペンで二本線が引かれて、これが抹消されている。それは、被告C川において、当時の東和信組の理事長から、その乱脈経理の辻褄を合わせるために必要であるからと言われ、本件手形を振り出すことにしたが、B山販売が手形金債務を負担するものでないことを明らかにするため、その会社名をボールペンで二本線を引いて抹消したのである。そもそも、そのB山販売が被告会社であったとしても、被告会社は、昭和五二年一〇月一五日、不渡りを出して倒産しているのであって、被告C川が被告会社の代表取締役として同日付けで本件一の手形を振り出して東和信組から融資を受けるはずがない。

④ 仮に本件一の手形に係る被告会社に対する貸付金が存在していたとしても、その弁済期は、遅くとも被告会社が解散した昭和五九年一二月四日から進行していると解されるべきところ、回収機構に対する前記債権譲渡通知が被告C川に到達したのが平成一〇年一〇月二五日であるから、回収機構が第一貸付金を譲り受けた時点では、既に消滅時効が完成していたところ、原告ら(甲事件訴訟承継前の同事件原告であった花子を含む。)は、本件訴訟において、物上保証人として、その消滅時効を援用したので、本件登記は、本件根抵当権の被担保債権の消滅によって効力を失い、抹消されるべきものとなった。

この点につき、回収機構は、消滅時効の中断を主張するが、被告C川は、昭和六三年四月一日から平成一一年二月二日まで合計六七八万円を支払っているところ、それは、本件一の手形に係る借入金の支払ではなく、D原有限会社振出の別紙手形目録二、三記載の約束手形を含む手形割引に係る借入金の支払を続けていたものである。仮にその支払が本件一の手形に係る借入金の支払であったとしても、被告会社としての支払ではなく、被告会社の連帯保証人となっていた被告C川が個人として支払ったものにすぎず、これによって、被告会社が債務を承認(あるいは時効利益を放棄)したことにはならないから、その支払によって、消滅時効は中断していない。

(回収機構)

① 本件根抵当権は、被告会社を債務者とする貸付金を担保するために設定されたものであって、本件登記では、債務者会社の住所地を台東区東上野と記載しているが、それは、被告会社が本店所在地の練馬区豊玉上に営業の本拠を置かず、台東区東上野で営業をしていたからである。因みに、本件根抵当権設定契約ないし本件登記の申請に際しては、債務者会社の代表取締役の印鑑証明書として、被告会社の代表取締役である被告C川の印鑑証明書が徴求されているのであって、本件登記に記載された債務者会社の住所地が被告会社の本店所在地でないとの一事から、原告ら主張のように債務者を欠くとみるべきものではなく、債務者会社の本店所在地を誤記して登記されているというにすぎず、本来の本店所在地を前提にした債務者会社は、被告会社にほかならないから、本件登記を無効とまでいうべきではない。

② 債権譲渡通知が被告会社の解散後にされていることは認めるが、解散した会社も清算のためには存続し、被告C川が清算人として解散後の被告会社を代表するのである。原告ら主張の債権譲渡通知は、被告会社が解散しているため、本店所在地に通知しても不到達となることが明らかであるため、代表取締役であって、清算人となる被告C川個人の住所に送達したものであって、何ら瑕疵はなく、そのことから本件登記を直ちに無効といい得るものでもない。

③ 本件抵当権の被担保債権は、乙事件請求に係る第一貸付金として存在しているのであって、被告会社に対する貸付金である。

④ 被告会社の代表取締役であった被告C川は、これまで、東和信組に対し、被告会社の借入金を支払っている。その支払のうち、平成八年一月二三日の支払は、第一貸付金に対する支払であって、かつ、その支払は被告会社としての支払にほかならないから、本件一の手形に係る貸付金は、債務の承認によって消滅時効が中断しているところ、回収機構は、乙事件を提起して貸付金の支払を求めている。したがって、原告ら主張の消滅時効は完成していない。

また、原告らは、回収機構との折衝に際し、被担保債権の残債務を確認したうえ、減額交渉をしているのであって、自ら債務を承認しているから、そのような原告らが本件訴訟において消滅時効を援用するのは、信義則に反し、権利濫用としても許されない。

(2)  乙事件請求の争点は、本件貸付金の存否及びその帰すうであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。

(回収機構)

① 東和信組は、本件根抵当権設定契約に基づき、被告会社に対し、被告C川及び太郎を連帯保証人として、以下の貸付けをした。なお、①の貸付金が本件根抵当権の被担保債権となっている貸付金である。

ア 別紙手形目録一記載の約束手形(すなわち、本件一の手形)に係る貸付金(以下「第一貸付金」という。)

(ア) 貸付金残金 四一七七万円

(イ) 約定損害金 二億一九三四万三九九二円

(ウ) 東和信組において、本件一手形の振出日である昭和五二年一〇月一五日、訴外会社が日本不動産銀行に対する借入金の返済ができなくなったため、その借入金相当額である四五七五万六二二二円を訴外会社に貸し付けることとして、同社に代わって日本不動産銀行に返済したことによる本件一の手形の額面額に相当する貸付金と貸付日から平成一三年一月一〇日まで約定の年二五・五パーセントの割合による遅延損害金である。

イ 別紙手形目録二記載の約束手形(以下「本件二の手形」という。)に係る貸付金(以下「第二貸付金」という。)

(ア) 貸付残元金 一七一万円

(イ) 約定損害金 一一三二万五七一六円

(ウ) 東和信組において、訴外会社から本件二の手形を割り引いて割引金を貸し付けたその残元金と年二五・五パーセントの割合による約定遅延損害金の未払分である。

ウ 別紙手形目録三記載の約束手形(以下「本件三の手形」という。)に係る貸付金(以下「第三貸付金」という。)

(ア) 貸付残元金 一二〇万一〇〇〇円

(イ) 約定損害金 一〇二九万〇七一八円

(ウ) 東和信組において、訴外会社から本件三の手形を割り引いて割引金を貸し付けたその残元金と年二五・五パーセントの割合による約定遅延損害金の未払分である。

② 被告らは、第二及び第三貸付金が消滅していると主張するが、完済されている事実はなく、第一貸付金も存在している以上、これに対する返済が過払金として、相殺の反対債権となり得るものでもなく、これまでの支払によっても、なお前記残元金及び約定損害金が未払いとなっている。

③ 被告らは、消滅時効を援用するが、被告C川は、被告会社の代表者(ないし清算人)及びその連帯保証人として、第一貸付金についても、第二及び第三貸付金と同様、その返済を続けていたのに、本件訴訟において消滅時効を援用するのは、権利を濫用するものであって、許されない。

(被告ら)

① 第一貸付金につき

ア 回収機構が主張している第一貸付金を借り入れた事実はなく、本件一手形が東和信組の訴外会社に対する貸付けの見返りとして振り出されたものでないことは、原告らの甲事件における主張と同じである。

イ 仮に第一貸付金が被告会社に対する貸付けとして存在していたとしても、消滅時効が完成しているので、被告らは、本件訴訟において、これを援用する。

② 第二貸付金及び第三貸付金につき

ア 第二及び第三貸付金は、被告会社の代表取締役であった被告C川の東和信組に対するこれまでの支払によって完済されているか、仮に完済されていないとしても、第一貸付金に対する返済は、当該貸付金が存在しない以上、過払金として相殺の自働債権となるところ、被告らは、本件訴訟において、相殺の意思表示をしたので、第二及び第三貸付金は、これまでの返済と相まって、消滅している。

イ 仮に第二及び第三貸付金の消滅が認められないとしても、回収機構は、東和信組と被告会社との取引約定で遅延損害金の割合が年二五・五パーセントと取り決められていたと主張するが、その約定はなく、また、東和信組からその割合による遅延損害金の支払を請求された事実も、回収機構に対する債権譲渡の対象として年二五・五パーセントの割合による遅延損害金が譲渡された事実もないから、せいぜい年一二パーセントの割合の限度で遅延損害金が認められるべきものである。

第三当裁判所の判断

一  原告らの甲事件請求について

(1)  本件根抵当権の債務者会社と被告会社との異同

本件登記に係る本件根抵当権は、その債務者会社が被告会社と同じ会社であるというには、原告ら主張のとおり、商号は同一であっても、本店所在地を異にし、かつ、会社の設立には準則主義が採用されていることを考えると、本件登記に記載された住所地を本店所在地として設立登記がされていない債務者会社は実在しない会社であって、実在する被告会社と別の会社(あるいは当該会社を呼称する個人。以下同じ。)であったという余地もないわけではない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、本件根抵当権の設定契約に際して、B山販売を債務者とする契約書が作成されているところ、同社の代表取締役として表示されている被告C川が提出したと窺われる代表者の印鑑証明書は、被告会社の代表者の印鑑証明書である。その印鑑証明書が提出されるに至った趣旨は、契約書に記載されたB山販売が被告会社であることを前提に、住所地を台東区東上野と記載したが、そこが被告会社の本店所在地でなく、したがって、そこを住所地とする代表者の印鑑証明書を入手する余地もないため、本店所在地が練馬区豊玉上である被告会社の印鑑証明書が提出されたものと推認することができる。本件登記がB山販売の住所地を被告会社の本店所在地である練馬区豊玉上と記載することなく、本店所在地でない台東区東上野と記載して受け付けられたのは、物上保証に係る担保権の設定登記については、債務者の資格証明書の添付が必要とされていなかったため、前記契約書を原因証書としても、本件登記が受けられたからというほかなく、被告会社とは別の会社として台東区東上野のB山販売を債務者とする趣旨であったとみるのは困難である。

もとより、B山販売の住所地を被告会社の本店所在地である練馬区豊玉上ではなく、台東区東上野と記載した本件登記では、直ちに担保権の実行が可能であるのか否か、疑義を挟まざるを得ないのであって、東和信組においても、以上の点については、当然に承知していたはずであるのに、これを是正する措置を講じた形跡がないのは、金融機関の対応として杜撰といわざるを得ない。この点を踏まえ、原告らが、本件根抵当権は、被告会社を債務者会社としたものではなく、実在しないB山販売を債務者会社とするものであって、これを実体関係に符合した有効な登記とみる余地がない旨を主張するのも分からないわけではない。しかし、実在しないB山販売を債務者会社とする無効な登記とみるのは相当でなく、被告会社が練馬区豊玉上に本店を置くが、実際には、台東区東上野に営業の拠点を置いていたため、台東区東上野を被告会社の住所地として契約書が作成され、本件登記が申請されたものといわざるを得ない。

したがって、本件登記が実体関係に符合しない登記であるとして、その抹消を求め得るという原告らの主張は採用することができない。

(2)  原告らは、債権譲渡通知に瑕疵があったと主張するところ、その主張によっても、回収機構が本件抵当権に係る権利の移転を原告らに対抗し得ないというにとどまり、原告らが本件登記の抹消が認められない場合に、東和信組から回収機構に対する権利移転の付記登記のみの抹消を求める場合であればともかく、そのような場合ではない本件において、債権譲渡通知の瑕疵のいかんによって、本件登記の抹消請求の当否が決せられるわけではなく、本件登記の抹消を求めるための主張としてみれば、債権譲渡通知の瑕疵をいう原告らの主張は失当といわざるを得ない。

(3)  回収機構は、本件根抵当権の被担保債権として、本件一の手形に係る第一貸付金を主張するところ、本件一手形には、被告会社の記名(但し、その住所地は、練馬区豊玉上ではなく、台東区東上野)・捺印があるが、原告ら主張のとおり、会社名に二本線が引かれていて、これが抹消されたかの形状となっている。その二本線を引いた筆記具が原告ら主張のようにボールペンであるのか、あるいは、鉛筆であるのかは、本件一手形(原本)の表面を一瞥しただけでは判然としないが、金融機関である東和信組に保管されていた本件一の手形に、これが第一次貸付金の見返りとして被告会社が振り出したものであるとすれば、後日(本件訴訟においても、そうであるとおり)、疑義を挟まれかねない二本線を残しておくとは考えられないところであって、二本線が消されないで残っていたということは、反対に、その記載に意味があって、もともと消すことができない筆記具で記載されていたか、消すことができる筆記具で記載されていても、消してはいけない記載であったからと推認させるところである。

もとより、東和信組の対応は、前説示したとおり、杜撰なものであったが、そうであるからといって、前記二本線も、意味がないまま、不用意に記載し、そのまま放置されていたとみるのは困難であって、何らかの意味があって記載され、かつ、そのまま残っていたと認めざるを得ない。

そこで、その意味について審究すると、原告らは、この点につき、本件一の手形は、当時、東和信組において、理事長の乱脈な経営が糾弾され、あるいは、糾弾されるおそれがあったため、経理の辻褄を遭わせるために被告C川から振出・交付を受けたものであると主張するところ、弁論の全趣旨によれば、被告会社は、本件一の手形の振出日には、倒産していて、東和信組から本件一の手形の額面額に相当する資金を借り入れる状況にはなかったと認められる。回収機構は、その主張を変遷させた後、最終的に、第一貸付金が被告会社の日本不動産銀行に対する借入金の弁済のためであったと主張するのであるが、倒産した被告会社が同銀行に対してのみ返済する合理的な理由はなく、その主張を直ちに採用することはできない。そして、以上に加えて、被告会社の会社名に記載された前記二本線は、被告会社が手形金債務を真実負担する場合でないことを注記するために、振出人を抹消する趣旨で記載されたとみる余地があって、そうみるほうが二本線が現存していることの意義に合致すると解されること、東和信組がその乱脈経営を糾弾される事態になったことも、証拠(被告)上、厳然たる事実であって、前記した契約書に対する措置が杜撰であったのも、そのような乱脈経営に通ずるところがあるのでないかと推察されることなどを総合考慮すると、本件一の手形は、被告会社(但し、その住所地は、前記のとおり、台東区東上野)が手形債務を負担する趣旨で振出・交付されたものと認めるのは困難であって、これを見返りとして、第一貸付金が貸し付けられたという回収機構の主張を採用することはできず、原告ら主張の経緯で振り出されたものとみるほかない。

(4)  原告らは、第一貸付金が認められるとしても、その時効消滅を主張するところ、第一貸付金が実際に存在したとすれば、その貸付けから東和信組が経営破綻し、回収機構が債権譲渡を受けるまで二五年余の歳月が経過しているのであって、その間、被告会社が営業の実態を失い、解散させられていることは、東和信組においても把握し得ないわけではなく、被告会社の代表取締役であった被告C川から、第一貸付金についても分割支払を受けていたとして、その支払が実際に存在していた第一貸付金に対する返済であったとしても、その額は些少であって、第一貸付金を回収するためには、本件根抵当権の実行に至っているのが金融機関の対応として当然であって、この点は、前記した杜撰さには関係がないことである。その際、本件登記に記載された債務者会社と被告会社との異同が問題となり得るにしても、本件根抵当権を設定した当初から承知していたはずの事情にすぎず、被告会社の本店所在地を移転するか、債務者会社であるB山販売の住所地を更正するなどして、東和信組において、解決し得る問題にとどまるはずであったのに、東和信組は、本件根抵当権の実行に至っていないのである。それというのも、結局、その被担保債権である第一貸付金が実際に被告会社に貸し付けられたものではなかったからではないかと推認させるものであって、被告C川の前記した分割支払も、第一貸付金の存在を前提とするものではなく、前説示したところからして、東和信組の帳簿上の操作によるものとしか解されず、本件において、その推認を妨げる証拠はない。

(5)  したがって、原告らが仮定的に主張する本件根抵当権の被担保債権として第一貸付金が認められる場合の消滅時効の成否についてさらに進んで検討するまでもなく、回収機構が本件根抵当権の被担保債権であると主張する東和信組の被告会社に対する第一貸付金を認めることができないから、本件登記は、その被担保債権を欠く登記として、抹消されるべきものといわなければならない。

二  回収機構の乙事件請求について

(1)  第一貸付金の存否とその帰すう

回収機構は、東和信組の第一貸付金の成立を原因として、被告らにその支払を求めるが、甲事件請求に対する判断で説示したとおり、第一貸付金を認めることはできない。

(2)  第二及び第三貸付金の存否とその帰すう

① 回収機構が主張する第二及び第三貸付金につき、その前提となっている東和信組が被告会社から割り引いた本件二及び三の手形につき、東和信組が被告会社からその約束手形が不渡りとなったため、第二及び第三貸付金の返済義務が生じたことは、被告らも自認するところである。

② しかるところ、被告会社の代表取締役であった被告C川において、その支払が第二及び第三貸付金のみに対する支払であったか否かはともかくとして、東和信組に対して支払を続けてきたところ、《証拠省略》によれば、平成八年三月一八日当時の第二貸付金の残元金は一七一万円、平成一一年二月二日当時の第三貸付金のそれは一二〇万一〇〇〇円であったと認められる。

これに対し、《証拠省略》によれば、被告C川は、前認定の実際には存在しない第一貸付金に対する返済として、昭和五二年一〇月一五日から平成八年一月二三日まで、合計三九八万円余の支払をしていることが認められるところ、その支払は、前説示したところからして、法律上の原因を欠く支払であったといわなければならないから、原告ら主張の相殺の反対債権として、これを肯認することができる。

被告らは、前記両債権の相殺を主張するが、第二及び第三貸付金の残元金が前認定の合計二九一万一〇〇〇円であったとしても、第一貸付金に係る不当利得債権が三九八万円余であるから、その金額からして、第二及び第三貸付金の残元金は、前記基準日において、相殺によって消滅していたと優に認めることができる。

③ そうすると、第二及び第三貸付金は、年二五・五パーセントの遅延損害金の約定の効力について言及するまでもなく、相殺による第二及び第三貸付金の消滅をいう被告らの主張は理由がある。

(3)  したがって、回収機構の乙事件請求は、第一貸付金についても、第二及び第三貸付金についても、いずれも理由がない。

三  よって、原告らの甲事件請求を認容し、回収機構の乙事件請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 滝澤孝臣)

<以下省略>

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