東京地方裁判所 平成12年(ワ)15383号 判決 2001年5月25日
原告
株式会社a銀行
上記代表者金融整理管財人
X1
X2
預金保険機構
預金保険機構代表者理事長
A
上記訴訟代理人弁護士
松山正一
高博一
草野多隆
鈴木純
石井和男
菅野茂徳
竹下博徳
奥野滋
村田珠美
山内久光
石田英治
被告
ナス物産株式会社
上記代表者代表取締役
B
上記訴訟代理人弁護士
黒沢雅寛
主文
1 被告は原告に対し、金八五七一万八八四〇円及びこれに対する平成一二年一月七日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の概要
本件は、原告が株式会社日本企画(以下「日本企画」という)に対し金員を貸し渡し、これに連帯保証した日本ステンレス精工株式会社(以下「日本ステンレス精工」という)から営業の譲渡を受けた被告(当時の商号は、ナスロジテム株式会社)が、日本ステンレス精工の原告に対する連帯保証債務も引き受けたとして、原告が被告に対し、連帯保証債務の履行を求めた事案である。
被告は、日本ステンレス精工から営業の譲渡を受けたことは認めたうえで、原告の主張する連帯保証債務については、これを承継していないとして争っている。
1 前提となる事実
(1) 原告は、銀行業を営む株式会社であり、被告は、鉄鋼、特殊鋼等の販売・加工などを業とする株式会社である。(争いがない)
(2) 原告は、昭和六一年四月三〇日、日本企画に対し、設備資金五億二〇〇〇万円を次のとおり定めて貸し渡した(以下「本件貸付」という)。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨、なお貸付の事実は争いがない。)
ア 最終弁済期日 昭和七三年七月二八日
イ 弁済方法 昭和六一年七月二八日を第一回とし、以後毎月二八日に二〇〇万円宛四八回、昭和六五年七月二八日から三〇〇万円宛二四回、昭和六七年七月二八日から四〇〇万円宛三六回、昭和七〇年七月二八日から五〇〇万円宛三六回に分割して支払う。
ウ 利率 年七パーセント(年三六五日の日割計算)
エ 利息の支払方法 昭和六一年四月三〇日を第一回としその後毎月二八日に一か月分を先払いとする。
オ 遅延損害金 年一八・二五パーセント(年三六五日の日割計算)
(3) 日本ステンレス精工は、前同日、本件貸付につき原告との間で連帯保証契約を締結した(以下「本件連帯保証契約」という。なお、本件連帯保証契約に基づき日本ステンレス精工が原告に対し負担する債務を「本件保証債務」という。)。(争いがない)
(4) 日本ステンレス精工は、平成一〇年一一月一〇日、被告(当時の商号は「ナスロジテム株式会社、以下「ナスロジテム」ともいう)との間で、日本ステンレス精工の営業全部を被告に譲渡する旨の営業譲渡契約(以下「本件営業譲渡契約」という)を締結し、同日両社の取締役会の承認を経たうえで、同年一一月二五日の両社の株主総会において承認された。その後、両社から原告宛に、その旨の通知がなされた。(争いがない)
(5) 日本ステンレス精工は、平成一一年一月二六日、解散決議をし、現在清算中である。(争いがない)
(6) 被告(ナスロジテム)は、平成一一年四月一日、ナス物産株式会社を吸収合併し、本店をナス物産の本店所在地に移すとともに社名をナス物産株式会社と改めた。(争いがない)
(7) 日本企画(その後社名変更して環境システム販売株式会社となった)は、本件貸付金につき、平成一一年八月五日返済分から支払を遅延し、原告が支払の催告をしたが支払をせず、平成一一年一二月一七日をもって、分割弁済の期限の利益を失った。平成一二年一月六日時点での日本企画の貸金債務残高は八五七一万八八四〇円である。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件保証債務が、本件営業譲渡契約の対象とされた日本ステンレス精工の営業に関する負債にあたると言えるか。
(原告)
ア 本件営業譲渡は日本ステンレス精工の営業全部の譲渡であり、日本ステンレス精工は事実上解散するということで、現に二か月後には解散の手続きがとられているところ、本件営業譲渡契約書(≪証拠省略≫)第二条によれば、本件営業譲渡契約に伴い日本ステンレス精工から被告に譲渡された財産は、譲渡日現在の日本ステンレス精工の営業に関する資産及び負債であるとされている。本件保証債務は、日本ステンレス精工の営業に関する負債であり、被告は当然に原告に対しその履行義務を負うものである。
イ 本件営業譲渡契約書二条でいう営業に関する負債とは、日本ステンレス精工が企業として活動する際に負担したすべての債務を含むというべきである。被告の主張するように日本企画が本件貸付によって原告から融資を受けた金員の使途が俗に言うラブホテルの建設のための資金であったとしても、日本ステンレス精工は自身の企業としての信用力を利用して日本企画のために本件連帯保証契約を締結したのであるから、日本ステンレス精工の企業活動によって負担した債務であることが明らかである。
ウ 本件営業譲渡契約が締結された当時の原告の担当者と被告の担当者の間の話合いでも、本件保証債務が除外されるという話は一切出ていないし、営業譲渡後の平成一一年一月二八日に日本ステンレス精工は清算会社になったところ、日本ステンレス精工の側から本件連帯保証債務が残存しているとして原告に対し、その減免の交渉がなされた事実もない。
(被告)
ア 本件営業譲渡契約によれば日本ステンレス精工の営業に関する負債についても被告が譲渡を受けたのは事実であるが、ここでいう日本ステンレス精工の営業に関する負債とは、日本ステンレス精工の本来の営業であるステンレス販売に関して発生した債務に限定されるものである。
イ 会社がその能力の範囲内ですることができる行為の中には、本来の会社の目的外の行為も含まれているというべきところ、本件営業譲渡契約の対象となるのは、会社本来の目的する営利活動による行為に限定されるものである。本件保証債務は、日本企画が俗に言うラブホテルを建築するための資金の融資を原告から受ける際に、日本ステンレス精工の代表取締役であるCと日本企画の代表取締役であるDが特別な関係にあったことから、日本ステンレス精工と日本企画の間には何ら営業上の関係がないにもかかわらず、CがDとの特別な関係を維持するために保証するに至ったもので、会社本来の目的外の行為というべきであり、本件保証債務は、日本ステンレス精工の営業に関する債務とは言えない。そして、原告もそのことを承知していたものである。
ウ 実際にも、日本ステンレス精工と被告間の営業譲渡に伴う資産及び負債の明細は、≪証拠省略≫の「譲渡内訳表」によって明らかにされており、この中には、本件保証債務は含まれていないし、また、当時日本ステンレス精工が日本企画に対し有していた貸金債権も含まれていない。なお、この貸金債権については、日本ステンレス精工が日本企画に対し、後日債権放棄をしている。
(2) 本件営業譲渡を受けた被告が、日本ステンレス精工の営業により生じた債務を引き受ける旨の広告をしたと言えるか(商法二八条の適用の有無)
(原告)
原告と被告らの間で平成一〇年一一月二五日頃に行われた本件営業譲渡についての説明では、本件保証債務が譲渡の対象外であるとの説明は一切なされなかった。そして、その後に送付された挨拶状によれば、被告は、日本ステンレス精工の営業全部の譲渡、業務継承、債権債務の責任ある継承をすると述べており、取引通念に照らしても、本件保証債務も被告に継承されると読めるものである。しかも、この挨拶状では、より端的に債務を責任をもって継承するとしているのであるから、本件保証債務を被告が引き受ける旨の広告というべきであり、商法二八条の適用がある。
なお、被告は、本件保証債務は、日本ステンレス精工の営業によりて生じた債務とは言えないと主張するが、本件連帯保証債務は、日本ステンレス精工の企業活動上の取引行為、正確には付属的商行為によって発生した営業債務である。
(被告)
本件保証債務は、前記(1)の被告主張イで述べたとおり、日本ステンレス精工の営業により生じた債務とは言えず、商法二八条の適用の余地はない。
第3当裁判所の判断
1 本件営業譲渡契約の内容、締結に至った経緯及び締結後、本件提起に至る間の原告と被告の交渉の経緯について
前提となる事実と証拠及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。
(1) 日本ステンレス精工は、Cが設立した会社で、被告(当時の商号はナスロジテム)は日本ステンレス精工に対し、ステンレス鋼材を販売していたが、日本ステンレス精工の業績が悪化したため、平成八年一月、被告は、Cの要請を受けて、日本ステンレス精工に資本参加するとともに、Cの社長からの退陣を求め、Eを社長として送り込み、日本ステンレス精工を実質的に経営するに至った。しかし、日本ステンレス精工は、経理上損金処理をしないまま決算してきたことによる含み損、回収不能な貸付金、さらには本件保証債務のような問題債務等経理上多くの問題を抱えていた。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
(2) 日本ステンレス精工は、平成一〇年一月、販売先の会社が倒産したことにより、経営の継続が困難となった。そこで、日本ステンレス精工に対し多額の売掛金債権を有していた被告は、親会社である日本冶金工業株式会社(以下「日本冶金工業」という)の指示もあり、日本ステンレス精工と被告の経営安定とステンレス取引の顧客に迷惑をかけない方策として、日本ステンレス精工の営業をナスロジテムに営業譲渡し、その後ナス物産とナスロジテムが合併することにした。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
(3) 日本ステンレス精工の営業をナスロジテムに譲渡するに当たっては、日本ステンレス精工の旧経営者であるCに関連する問題のある債務は日本ステンレス精工に残し、日本ステンレス精工の本来の営業に関する債務だけをナスロジテムに引き継ぐことにした。そのため、両社の間では、昭和六一年に日本企画が俗に言うラブホテルを建築する資金を原告から借り入れるに当たりCが本来の日本ステンレス精工の営業と関係なくいわば私的に行った本件保証債務は、営業譲渡の際に引き継がれる債務から除かれ、また、併せて、当時日本ステンレス精工が日本企画に対し有していた貸金債権も引き継がれる財産には含まれないこととされた。この貸金債権については、日本ステンレス精工が日本企画に対し、後日債権放棄をしている。(≪証拠省略≫)
(4) 平成一〇年一一月一〇日に締結された本件営業譲渡契約(両社の株主総会での承認は同年一一月二五日)では、営業譲渡に伴い譲渡される財産は、譲渡日現在の日本ステンレス精工の営業に関する資産及び負債とされ、その細目については、日本ステンレス精工とナスロジテムが協議のうえ決定するものとされたが、協議の結果作成された、承継される財産の譲渡内訳書及び勘定科目内訳書(≪証拠省略≫、作成日付けは平成一〇年一二月三一日)には、本件保証債務に関する記載は存しない。(≪証拠省略≫)
(5) 平成一〇年一一月二五日、当時の日本ステンレス精工の代表取締役F(日本冶金工業からナス物産に出向後、平成一〇年六月一五日に日本ステンレス精工代表取締役に就任)、ナス物産株式会社の常務取締役G、日本冶金工業のHらが、原告の川口支店を訪れ、原告の川口支店長ら担当者と面談した。その際、日本冶金工業グループの方針として、日本ステンレス精工の営業をナスロジテムに譲渡し、ナスロジテムがナス物産を吸収合併するという趣旨の説明がなされたが、本件保証債務に関しては、これがナスロジテムへの営業譲渡の対象外であるとの趣旨の説明はなされなかった。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
(6) 平成一〇年一二月に日本ステンレス精工とナスロジテムの両社から原告(西川口支店)宛に送付された挨拶状(≪証拠省略≫)には、「日本ステンレス精工からナスロジテムへ営業の全部を譲渡することを決議した」、「今後の取引は、ナスロジテムが従業員共々、日本ステンレス精工の義務を引き継ぐとともに、債権債務を責任をもって継承する」との趣旨の記載がある。
(7) ナスロジテムは、本件営業譲渡契約を結んだ後、原告に対し、本件営業譲渡契約書や取締役会議事録、その後のナス物産との合併に関する契約書などを交付し、本件営業譲渡契約についての理解を求めた。平成一〇年一二月二八日、日本ステンレス精工の代表取締役Fは、弁護士及びナス物産の社員を同道して原告の川口支店を訪れ、本件保証債務についての保証解除の申し入れをしたが、これに対しては、原告側からナスロジテムが本件保証債務を引き継ぐのは当然との指摘があった。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
(8) 原告は、平成一一年一二月一三日に被告に到達した書面で、主債務者である日本企画の債務の履行がないことを理由に本件保証債務の履行を求めたところ、被告は、本件保証債務は、日本ステンレス精工の営業に関する債務ではなく、日本ステンレス精工から債務の引受をしていないとして争った。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
2 争点(1)(本件保証債務が、本件営業譲渡契約の対象とされた日本ステンレス精工の営業に関する負債にあたると言えるか)について
前記認定の事実によれば、本件営業譲渡契約書第二条には、「営業譲渡に伴い譲渡される財産は、譲渡日現在の日本ステンレス精工の営業に関する資産及び負債」であるとされており、この字句自体の解釈としては、営業譲渡の対象となる負債が、被告の主張するように、日本ステンレス精工が本来目的とする営利活動により生じたものに限定されると解釈することはできず、原告の主張するとおり、日本ステンレス精工の付属的商行為によって生じた債務も含むものと解するのが相当である。しかしながら、一方で、営業譲渡契約において、当事者間で別段の合意をすることによって、営業譲渡の対象となる資産及び負債の範囲を限定することはもとより可能であり(このことは本件営業譲渡契約書第二条に営業譲渡の対象となる資産及び負債の細目については日本ステンレス精工とナスロジテムが協議のうえ決定すると記載されていることからも窺える。)、前記1の(3)及び(4)で認定した事実によれば、本件営業譲渡契約においては、日本ステンレス精工と被告(ナスロジテム)の間の合意により、本件保証債務については、これを被告が引き受けず、日本ステンレス精工の債務として残したことが認められる。そうであるとすれば、本件保証債務は、本件営業譲渡契約の対象とされていないと言わざるを得ず、この点に関する原告の主張は採用できない。
3 争点(2)(本件営業譲渡を受けた被告が、日本ステンレス精工の営業により生じた債務を引き受ける旨の広告をしたと言えるか)について
商法二八条は、商号を続用しない営業譲受人が、譲渡人の営業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、営業譲受人が重畳的に営業譲渡人の債務の弁済の責めに任ずべきものとしているが、同条の趣旨が、商法二六条と同様、いわゆる外観理論もしくは表示行為の禁反言の理論に基づく債権者保護の制度であり、広告を信頼した債権者を保護する制度であることからすると、ここで言う「広告」とは、必ずしも債務引受の文言を使用したものに限定すべきではなく、社会通念に照らし、債権者において、営業譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受けたものと信ずるのが相当と認められる場合であれば足りると解すべきである。
これを本件についてみると、前記1の(6)で認定した挨拶状の記載内容によれば、日本ステンレス精工がナスロジテムに営業の全部を譲渡したことを述べたうえで、ナスロジテムが日本ステンレス精工の債権債務を責任をもって継承するとしており、営業の全部譲渡があれば営業に関する債務全部も当事者間では譲受人に移転すると解されること、また、≪証拠省略≫の記載内容と弁論の全趣旨によれば、被告がこの挨拶状を原告以外の取引関係者にも送付していると認められることからすると、被告は、この挨拶状により、商法二八条でいう債務を引き受ける旨の広告をしたものと認めることができる。
なお、被告は、本件保証債務は前記1の(3)で認定したその実態に照らし、商法二八条でいう「営業によりて生じた債務」には当たらないと主張するが、「営業によりて生じた債務」とは、被告の主張するように、日本ステンレス精工が本来目的とする営利活動により生じたものに限定されると解釈することはできず、原告の主張するとおり、日本ステンレス精工の付属的商行為によって生じた債務も含むものと解するのが相当であるから、この点に関する被告の主張は採用できない。
また、被告は、原告は、本件保証債務の実態を承知しており、本件保証債務が会社本来の目的外の行為により生じたもので、本件営業譲渡契約の対象となっていなかったことを知っていたかのごとく主張するが、前記認定の事実に照らしても、原告は被告が本件保証債務を引き受けたものとして扱っていたことが明らかであり、この点に関する被告の主張も採用できない。
第4結論
以上の次第であって、原告の請求が理由があることは明らかであるから、これを認容することとし、主文のとおり判決をする。
(裁判官 西岡清一郎)