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東京地方裁判所 平成12年(ワ)15732号 判決 2001年2月15日

原告

株式会社武蔵野化学研究所

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

島田康男

被告

ピューラック・ジャパン株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

中島徹

木村久也

斎藤亜紀

寺原真希子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、乳酸又はその容器若しくは包装に別紙「被告標章目録」記載の標章を付し、右標章を付した乳酸又はその包装に右標章を付したものを販売し、販売のため展示し、又はそれに関する広告、取引書類に右標章を付してはならない。

二  被告は、別紙「広告目録」記載の謝罪文を株式会社食品化学新聞社発行の「食品化学新聞」に一回掲載せよ。

三  被告は、原告に対し、金一八八五万円及びこれに対する平成一二年八月八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告は別紙「被告標章目録」記載の標章(以下「被告標章」という。)を乳酸に付するなどして使用し、原告の商標権を侵害していると主張して、商標法三六条一項に基づき被告標章の使用の差止めを、民法七〇九条、商標法三八条一項に基づき損害の賠償を、同法三九条によって準用される特許法一〇六条に基づき謝罪広告の掲載を、それぞれ求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、有機酸その他化学工業製品の製造、加工並びに販売、輸出入等を業とする株式会社であり、被告は、乳酸及び乳酸誘導体の輸入、マーケティング業務、販売及び新製品の開発等を業とする株式会社である。原告及び被告は、いずれもpH調整剤である乳酸を販売している(以下、原告の販売に係るpH調整剤である乳酸を「原告商品」、被告の販売に係るpH調整剤である乳酸を「被告商品」という。)。

2  原告は、左記の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。

出願年月日   平成七年六月七日

登録年月日   平成九年八月二二日

登録番号    第三三四一六一六号

商品区分    商標法施行令別表の商品区分第一類

指定商品    乳酸

登録商標    別紙「原告商標目録」記載のとおり

二  原告の主張

1  被告は、平成九年九月以降、被告商品に被告標章を付してこれを販売し、その広告に被告標章を付している。

2  被告標章と本件商標とは、称呼が同一で、外観も酷似している。また、原告は、実際に原告商品に本件商標を付してこれを販売しているところ、被告も同様に、被告商品に被告標章を付してこれを販売しており、原告商品と誤認混同を生じさせている。したがって、被告標章と本件商標は、類似しているということができ、被告が被告商品に被告標章を付してこれを販売し、その広告に被告標章を付す行為は、本件商標権の侵害行為に該当する。

3  被告は、平成九年九月から平成一二年三月までの間に、被告商品を合計一四五トン販売した。原告は、被告商品と競合する原告商品について、一トン当たり一三万円の利益を得ている。したがって、原告は、一八八五万円を自己が受けた損害として(商標法三八条一項)、被告に対しその賠償を求める。

4  被告は、業界紙である株式会社食品化学新聞社発行の「食品化学新聞」に被告商品の広告を掲載してきたから、被告の本件商標権侵害によって原告が被った被害を回復するためには、同新聞への別紙「広告目録」記載の内容の謝罪広告の掲載が必要である。

5  被告は、本件商標に係る商標登録が商標法四六条一項一号所定の無効事由を有すると主張する。

しかし、本件商標は、原告が昭和三三年ころから開発していた乳酸誘導体製品のうち、昭和四二年五月に製造販売を開始した、乳酸と乳酸ナトリウムの混合物からなる食品添加物であるpH調整剤の商品名である。このように、「カンショウ乳酸」は、原告自らが作出し、初めて使用した造語であり、原告の製造に係る乳酸と乳酸ナトリウムの混合物からなる食品添加物であるpH調整剤として、食品業界において広く知られるところとなった。そして、原告は、ブランド政策の観点から、平成七年六月七日、本件商標の登録出願を行い、平成九年八月二二日に設定登録を受けたものである。

乳酸と乳酸ナトリウムを混合した場合に緩衝作用を有する混合液が得られるが、これについては、一般的に「乳酸緩衝液」という言い方がされることはあっても、「緩衝乳酸」という言い方がされることはない。乳酸と乳酸ナトリウムの混合物からなる食品添加物であるpH調整剤についても、「乳酸-乳酸ナトリウム緩衝剤」あるいは「乳酸-乳酸ナトリウムpH調整剤」と表示するのが一般的である(被告自身、本件商標に係る商標登録についての無効審判請求書において、「乳酸-乳酸ナトリウム緩衝剤」という表記をしている。)。原告の子会社の従業員によって書かれた「乳酸の特徴と食品の利用」という論稿(乙第一〇号証)には、「緩衝乳酸」という記載が「乳酸カルシウム」や「乳酸ナトリウム」などの記載と並列的に用いられているが、これは、本件商標の誤用であり、「カンショウ乳酸」が普通名称であるということの根拠にはならない。

これらの点に加えて、三共フーズ株式会社が原告との間で本件商標の使用許諾契約を結んでいること、株式会社キョクトー・インターナショナルが従前「緩衝乳酸」という表示を使用していたところ、原告からの本件商標権の侵害に当たる旨の警告を受けて「調整乳酸」という表示に改めていることなどの事実に照らせば、「カンショウ乳酸」は、普通名称ではなく、また、商品の作用・効能を表示するものでもないというべきである。

したがって、本件商標に係る商標登録は、無効事由を有するものではない。

三  被告の主張

1  被告は、過去において(ただし、被告が設立されたのは平成一〇年二月二日であるから、同日以降のことである。)、被告標章を被告商品の広告に付したことはあったが(乙第一号証)、被告商品のラベルに被告標章を付したことは一切ない。

2  そもそも、被告は、被告商品の広告において、被告標章を商標として使用していたわけではない。すなわち、被告は、被告商品である発酵乳酸の広告において、これを原料とする商品の普通名称(一般名称)として「カンショウ乳酸」と表示したものであり、当該広告には乳酸の一般名称である「発酵乳酸」、「発酵乳酸カルシウム」及び「発酵乳酸ナトリウム」という表示が並記されていること(乙第一号証及び第二号証)に照らしても、広告に付された被告標章が商標として使用されていたものではないことは明らかである。

3  被告標章と本件商標は、外観上類似していないし、仮に両者が外観、称呼及び観念上類似とされ得るとしても、本件商標及び被告標章に係る商品は食品添加物であり、その需要者は食品製造メーカーであって、その販売元による個別かつ直接の販売活動を通じてこれを購入するものであること、原告の商品と被告の商品は、原材料を異にしていること、被告が乳酸の広告に「カンショウ乳酸」と表示する場合には必ずそのすぐ近くに被告の会社名を表示していたことなどの取引の実情に照らせば、被告標章と本件商標は、出所の混同を生じたことはなく、そのおそれもない。したがって、被告標章は本件商標と類似していないというべきである。

4  仮に被告が被告標章を商標として使用していたとしても、本件商標に係る商標登録は、以下のとおり、商標法四六条一項一号所定の無効事由を有することが明らかであるから、原告の本件商標権に基づく請求は、権利の濫用として許されないというべきである。

(一) 本件商標は、化学物質の名称である「Buffered Lactic Acid」を和訳した「緩衝乳酸」という用語について(Bufferedは緩衝作用を意味し、Lactic Acidは乳酸を意味する。)、「緩衝」という漢字をカタカナにした上、全体を行書体で表示したものであって、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標といえるから、商標法三条一項一号所定の商標に該当する。

原告は、本件商標が原告の開発に係るpH調整剤の商品名であり、自らの作出に係る造語であって、普通名称ではない旨を主張する。しかし、それまで存在しなかった商品については、これに付されて使用される商標が初めからその商品の普通名称であるかのように取引界において認識され、普通名称化する傾向が強い。そして、「緩衝乳酸」という表示は、これを同業者が広範に使用したり、書籍等に普通名称であるかのように記載されていたことについて、原告自身が放置していたことも相まって、原告の商品に付された名称が普通名称化したものというべきである。この点は、原告の子会社の従業員によって書かれた「乳酸の特徴と食品の利用」という論稿(乙第一〇号証)において、「緩衝乳酸」という記載が「乳酸カルシウム」や「乳酸ナトリウム」などの記載と同列に用いられていることに照らしても明らかである。

(二) 本件商標は、緩衝作用を及ぼすという効能を有する乳酸という意味であって、商品の効能を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標といえるから、商標法三条一項三号所定の商標に該当する。

(三) 本件商標は、原告及び被告以外の他の会社によっても用いられていたものであって、特定の会社の業務に係る商品であることを認識することができない商標といえるから、商標法三条一項六号所定の商標に該当する。

5  仮に被告が被告標章を商標として使用していたとしても、被告標章については、「緩衝乳酸」という化学物質の普通名称を普通に用いられる方法で表示し、また、右乳酸の効能を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないから、商標法二六条一項二号により、本件商標権の効力が及ぶものではない。

6  被告においては、今後、被告標章を商標として使用する計画が全くないから、本件商標権を侵害するおそれはなく、原告の差止請求は理由がない。

7  原告が損害額算定の基準としている販売量及び利益額は、何ら根拠がない。

また、原告の商品と被告の商品との間に誤認混同が生じたことがないこと、原告及び被告以外の会社によっても「カンショウ乳酸」という表示が用いられていること、食品添加物については、需要者である食品メーカーはその原材料に着目するものであり、原材料が異なる原告の商品と被告商品との間に代替性があるとはいえないことなどに照らせば、被告が被告標章を使用していたことにより、原告の商品の販売量が減少したとはいえない。したがって、被告による被告標章の使用と原告の損害との間に因果関係を認めることはできない。

8  被告による被告標章の使用によっても、原告の業務上の信用は何ら害されていないから、原告の謝罪広告の請求は理由がない。

四  争点

1  被告がこれまで被告標章を被告商品のラベルや広告に付していたかどうか。

2  被告が被告標章を商標として使用していたかどうか。

3  被告標章と本件商標が類似しているかどうか。

4  本件商標権に基づく請求が権利濫用に当たるかどうか(本件商標に係る商標登録が商標法四六条一項一号所定の無効事由を有することが明らかであるか。)。

5  本件商標権の効力が被告標章に及ばないかどうか(被告標章が商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示し、また、その効能を普通に用いられる方法で表示したものかどうか。)。

6  原告の差止請求の可否(被告が今後、被告標章を商標として使用するおそれがあるかどうか。)

7  原告の損害賠償請求の可否及び損害額

8  原告の謝罪広告請求の可否(必要性の有無)

第三当裁判所の判断

一  争点1について

被告が被告標章を被告商品の広告に付していたことについては、当事者間に争いがない。

しかし、被告商品である乳酸そのもの又はその容器若しくは包装に被告標章を付したことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の本訴請求のうち、被告が乳酸又はその容器若しくは包装に被告標章を付していることを理由として、その差止め、損害賠償等を求めるものは、その余の点について判断するまでもなく失当である。

二  争点2について

1  商標法の趣旨が、商標の有する自他商品の識別標識としての機能を保護し、商標を使用する者の業務上の信用維持を図り、もって産業の発達に寄与し、併せて需要者の利益を保護するところにあることからすれば、商標権の侵害行為と認められるためには、単に登録商標と同一又は類似の標章が商品又はその容器若しくは包装に付されているというだけでは足りず、それが商品の出所を表示し、自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられていること、すなわち商標として使用されていることを要するというべきである。

2(一)  被告は、被告標章を被告商品の広告に付していたが、それは商品の普通名称として表示したものであり、被告標章を商標として使用していたものではない旨を主張する。そこで、まず、「カンショウ乳酸」という語が商品の普通名称であるかどうかについて検討する。

(二)  乙第一〇号証、第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 平成三年八月二〇日初版発行に係る書籍「新めんの本」(食品産業新聞社発行・日本製粉株式会社理事農学博士【C】著)の第三版(平成四年一一月一五日発行)九七頁には、茹で麺の保存のための処理に関し、加熱殺菌する場合には茹で麺のpHを下げてから行うのが効果的である旨、pHを下げるためには有機酸類を使用する旨、その使用方法としては酸を生地に練り込む方法と茹で麺を酸液に浸漬する方法とがある旨の記述があり、その記述と同じ頁には、各種有機酸を生地に練り込んだ場合の生地及び茹で麺の各pH値に関するデータ資料が掲載されている。右のデータ資料には、生地に練り込んだ各種有機酸の名称として、「緩衝乳酸」、「乳酸」、「リンゴ酸」、「フマール酸」及び「クエン酸」の各語が掲げられ、そのそれぞれについて生地及びそれを用いた茹で麺の各pH値が示されている。右書籍の茹で麺の保存のための処理に関する記述部分には、緩衝乳酸、乳酸、リンゴ酸、フマール酸及びクエン酸について、その意味内容を殊更説明するような記載はない。

また、右書籍「新めんの本」(第三版)一〇九頁には、包装茹麺の製造に際しての処理に関し、麺を茹で上げた後に水洗いし、有機酸液に浸漬して麺のpHを下げるようにするが、有機酸はそれぞれpHを下げる力が異なる旨の記述があり、その記述と同じ頁には、各種有機酸の強度比較に関するデータ資料が掲載されている。右のデータ資料には、各種有機酸の名称として、酸度の強い順に「フマル酸」、「酒石酸」、「フィチン酸」、「乳酸」、「緩衝乳酸」、「グルコン酸」、「リンゴ酸」、「クエン酸」、「リン酸」、「コハク酸」及び「酢酸」の各語が掲げられており、それぞれについて小麦粉ペーストをpH四・二にしたときの酸度(単位ppm)が掲げられている。そして、右記述に続けて、食味として感じる酸味はpHよりも酸の量に比例し、pHをできるだけ下げたい場合は、フマル酸や乳酸を使用するとよい旨が記載されている。右書籍の包装茹麺の製造に際しての処理に関する記述部分には、フマル酸、酒石酸、フィチン酸、乳酸、緩衝乳酸、グルコン酸、リンゴ酸、クエン酸、リン酸、コハク酸及び酢酸について、その意味内容を殊更説明するような記載はない。

(2) 平成九年二月発行の雑誌「月刊フードケミカル一九九七年二月号」の七五ないし七七頁には、平成三年四月から原告の従業員であり、平成九年二月当時原告の関連会社である武蔵野商事株式会社の従業員であった【D】の著作に係る論稿「乳酸の特徴と食品への利用」が掲載されている。右論稿には、食品添加物として使用されている乳酸塩類の種類として、「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」、「粉末乳酸ナトリウム」及び「カンショウ乳酸」が並列的に掲げられている。そして、「カンショウ乳酸」については、「乳酸に乳酸ナトリウムを配合し、緩衝性を持たせたpH調整剤である。pHの影響を受け易い食品成分に対しその緩衝作用により、望ましいpH領域内に安定させることができる。」との説明が加えられている。右論稿には、「カンショウ乳酸」が原告の開発に係るpH調整剤の商品名であることを示すような記載はない。

(三)  右認定の事実関係によると、食品業界においては、平成三年八月ないし平成四年一一月当時、「緩衝乳酸」について、「リンゴ酸」、「フマル酸」、「クエン酸」、「酢酸」などと並んで、食品に添加するpH調整剤の一つであると一般に認識されていたものと認められ、それが乳酸に乳酸ナトリウムを配合して緩衝性を持たせた有機酸であるということも、一般に認識されていたものと認められる。「リンゴ酸」、「フマル酸」、「クエン酸」、「酢酸」、「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」、「粉末乳酸ナトリウム」などが、いずれも有機酸類の種類を示す普通名称であるといえること、「緩衝乳酸」の「緩衝」を「カンショウ」とカタカナ表記しても、乳酸に乳酸ナトリウムを配合して緩衝性を持たせた有機酸であるという意味に相違を来すことがないことなどを併せみれば、「カンショウ乳酸」という語は、遅くとも平成四年一一月の時点において、既に商品の普通名称であったというべきである。

また、前記事実関係によれば、原告又はその関連会社の従業員であった【D】においても、平成九年二月当時、「カンショウ乳酸」の語が「乳酸カルシウム」、「乳酸ナトリウム」、「乳酸鉄」、「ステアロイル乳酸カルシウム」、「粉末乳酸」及び「粉末乳酸ナトリウム」と同列の食品に添加する乳酸塩類の一つの種類を表す名称と認識していたものと認められるが、このことは「カンショウ乳酸」の語が遅くとも平成四年一一月の時点において、普通名称となっていたという右認定を裏付けるものということができる。

(四)  この点について、原告は、「カンショウ乳酸」は原告が昭和四二年五月に製造販売を開始した原告商品を示す名称であり、自らの作出に係る造語であって、普通名称ではないとし、前記の論稿「乳酸の特徴と食品への利用」における「カンショウ乳酸」についての記述も、本件商標の誤用にすぎない旨を主張する。

しかし、当初は特定の商品の商品名であったものが、その後次第に自他識別力を失い、当該種類物を示す普通名称として一般に認識されるに至るということは、決して珍しいことではなく、「カンショウ乳酸」が昭和四二年五月に製造販売が開始されたpH調整剤の商品名であり、原告の作出に係る造語であったとしても、以後平成七年六月まで二八年余にわたる期間が経過していることを考えれば、そのことから直ちに普通名称であることが否定されるものではない。また、右論稿における「カンショウ乳酸」に関する記述については、仮に「カンショウ乳酸」が原告商品を示す名称であったとすれば、その著者が原告又はその関連会社の従業員であった以上、右論稿中にその旨をいくらでも注記することができたはずであり、そのような注記なしに「カンショウ乳酸」の語が用いられていることは、むしろ「カンショウ乳酸」の語が普通名称となっており、原告の関係者ですら原告商品との関連性を注記することなく右の語を用いてしまったことをうかがわせるものということができる。

なお、第三者が原告との間で本件商標の使用許諾契約を結んだり、「緩衝乳酸」という表示を「調整乳酸」という表示に改めたという事実は、「カンショウ乳酸」の語が普通名称であるとの前記認定をくつがえすに足りるものではない。

3  右に判示したところを前提に、被告が被告商品の広告に被告標章を付したことが、被告標章の商標としての使用に当たるかどうかについて判断する。

乙第一号証及び第二号証によれば、被告が被告標章を付した被告商品の広告の態様は、別紙「被告広告態様A」及び「被告広告態様B」記載のとおりであったことが認められる。そして、前判示のとおり、「カンショウ乳酸」という表示は、遅くとも平成四年一一月の時点では商品の普通名称であったというべきであるから、右の広告は、いずれも単に被告が取り扱っている食品添加物である乳酸の種類として、「発酵乳酸(五〇、八八、九〇パーセント)」、「発酵乳酸カルシウム(顆粒)」、「発酵乳酸ナトリウム(五〇、六〇パーセント)」と並んで、「カンショウ乳酸」があることを示したものにすぎないというべきである。

したがって、被告が被告商品の広告に被告標章を付したことは、商品出所表示機能、自他商品識別機能を果たす態様で被告標章を用いたものとはいえず、被告標章の商標としての使用に当たらないというべきである。

4  以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告商品の広告に被告標章を付していることを理由として、その差止め、損害賠償等を求めるものも、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  争点4について

1  以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないものであるが、加えて、以下に述べるとおり、本件商標に係る商標登録には無効理由が存在することが明らかであるから、原告の本訴請求は、権利の濫用として許されないというべきである。

2  商標法は、商標登録に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには特許庁の審判官の審判によることとし(商標法四六条、同法六三条二項において準用する特許法一七八条六項)、無効審決の確定により商標権が初めから存在しなかったものとみなすものとしており(商標法四六条の二第一項本文)、商標権は無効審判の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。しかし、商標登録の無効審決が確定する以前であっても、商標権侵害訴訟を審理する裁判所は、商標登録に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該商標登録に無効理由が存在することが明らかであるときは、その商標権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(特許権侵害訴訟に関する最高裁平成一〇年(オ)第三六四号同一二年四月一一日第三小法廷判決・民集五四巻四号一三六八頁参照)。

3  前に判示したところによれば、「カンショウ乳酸」という語は、本件商標が登録出願された平成七年六月七日当時には、既に商品の普通名称であったというべきであるところ、本件商標は、別紙「原告商標目録」記載のとおり、「カンショウ乳酸」という語を行書体で横書きしたにすぎないから、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというべきである。

4  そうすると、本件商標に係る商標登録は、商標法四六条一項一号所定の無効事由(同法三条一項一号該当)を有することが明らかであるといえるから、本件商標権に基づく請求は、権利濫用に当たるというべきである。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 中吉徹郎)

裁判官田中孝一は、海外出張のため署名押印できない。裁判長裁判官 三村量一

別紙被告標章目録

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別紙原告商標目録

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別紙被告広告態様A

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別紙被告広告態様B

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別紙

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